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元気が出る新農業セミナーinおくえつ

主催:大野・勝山地区広域行政事務組合(NOSAI奥越)   後援:福井新聞社
ここでは、農業共済組合より提供された記事を掲載しております。(山田正美)

はじめに
NOSAI奥越では、新食糧法を正しく理解してもらい、現在の農業を取り巻く諸問題に対し、農業者自身が消費者とともに方向性を見い出してもらうことを目的に、2月10、11両日にわたり、奥越地域地場産業振興センターにて「元気が出る新農業セミナーinおくえつ」を開催しました。以下はその報告の一部です。スペースの都合上新食糧法及び米の流通に関する講演については割愛させていただきました。
 なお、当記録の文責はNOSAI奥越にあることを申し添えます。
この記録に関する問い合わせはNOSAI奥越近藤まで。
E-mail : GBH04725@niftyserve.or.jp

講演テーマと講師紹介


■ 「希望と安心の持てる地域農業」 中川清氏
昭和8年、福井市に生まれる。昭和24年に就農し、現在約7haの水稲を作付けしている。福井県農業指導士の制度発足初年度に県指導農業士として認定を受ける。現在、福井県農業農村検討委員会委員も勤める。「あぜ道のシグナルT・U」著者。

■ 「どうなる世界の食糧事情」 神田浩史氏
京都市出身 京都府美山町在住。京都大学卒業後、ODA(政府開発援助)の開発コンサルタントとしてタンザニア、バングラデシュなどで働く。退職後、京都府美山町に移住し、農業をしながらNGO(非政府組織)活動に携わり、現在、京都市にある地域自立発展研究所の事務局長として様々な分野で活躍中。

■ 「食の安全性を考える」 帰山 順子 氏 福井県立藤島高等学校を卒業後、3年間県庁に勤務し、結婚を機に主婦業に専念。7年前に福井県民生協に就職する。昨年、消費生活アドバイザーの資格を取得し、食品の安全性の追求や、家計を通して見た暮らしの変化の調査などを手がける。

■ 「上手な防除のやり方」 岩泉 俊雄 氏 勝山市出身。長年、農業試験場で病害虫の予察・防除などの研究に携わり、現在、福井県植物防疫協会に勤務する。病害虫予察のエキスパート。


■  意見交流会(コーディネーター:小野寺和彦)

目次

希望と安心のもてる地域農業(中川清氏)
農業を変えよう/新食糧法下で何が変わったか/生産者としての自己紹介/共通の立場に立って意見の疎通を図ること/希望がもてる農業とは/安心のもてる農業とは/地域農業と農協の意味/農家も消費者という考え方−共生社会/前向きな姿勢で/「ぼくは稲刈りが好き」

どうなる世界の食料事情・地球規模で地域農業を考える(神田浩史氏)
自己紹介&少し田んぼもやっています/京の「おばんざい」から考える/東南アジアから来る日本の食材/米の自由化でアジアの農民が潤う!?/国際市場で米の流通を見る/貧者を直撃する米の自由化/永続性のないアメリカ農業/社会コストをふまえて地域を考える/自由貿易の促進とアジアの農業/経済成長による農業生産の減退/21世紀へのシナリオ/「地球大」への対応と「地域主義」の模索/地場のものを活かす/「地域」の価値掘り起こしと「流通経済圏」

上手な防除のやり方・これからの病害虫防除の方向性・(岩泉俊雄氏)
はじめに/病害虫の現状と問題点/侵入害虫の防除/大規模・広域防除と農薬/無農薬農業は可能か/農薬耐性菌・殺虫剤抵抗性害虫/良食味(コシ・ササ)指向/農林産物検査規定出荷基準/コシヒカリは優等生か/斑点米のカメムシ防除について/侵入害虫について/生産者自身で病害虫の発生を予察しましょう/西欧諸国の現状は「天敵利用」/ふるさと特産の再評価/結び

意見交流会(司会 小野寺氏)


希望と安心の持てる地域農業
中川 清 氏
農業を変えよう
 朝起きたら、大変な新しい雪が降り、驚いているところです。新しい雪が降ったときに大勢の人が集まって物事を起こすのは時代の流れを変える1つのきっかけだと昔から言われております。元禄の時代に赤穂浪士が吉良上野之助を本所松坂に討ち入ったあの時も12月24日、雪が降っていたと歴史上にありますし、徳川幕府がつぶれ、明治政府になるきっかけを作った桜田門外の変で水戸浪士が井伊大老に天誅を下したのも3月3日、雪の中で行われたことです。また、昭和に入って起きた2.26事件というのも雪の中でした。  今日は奥越の地にこれだけの人が集まって雪の中で何か協議をするのですから、明日から奥越の農業は変わるきっかけだと思ってがんばっていきましょう。

新食糧法の下で何が変わったか
 このセミナーに参加されている方の中に消費者はおられないとお聞きしていましたが、消費者の方も多少おられるようですね。ありがとうございます。しかし大部分の方がお作りになっている方だろうと思いますので、そういうところから話をして行きたいと思います。
 お米を作っておられる方にお聞きしたいと思います。みなさんは何のためにお米を作っておられますか?親が田圃を残したから仕方がなく作っておられる方、定年になってこれが生き甲斐だという方、生活のためにやっておられる方、色々な方がおいでになるだろうと思います。
 先ほど松島先生から新しい食糧法の話がありましたが、食管制度の時にはみんな共通の目的の為にお米を作っていました。お米をとにかく増産すればいいという目的です。しかし、何年か前から目的が少しづつ変わって来ています。今回の新食糧法の下では、何が一番変わるかといいますと、お米を作るという基本的な所では変わりませんが、お米を作る人の目的や意義に少しづつ差が出るのだろうと私は思います。

生産者としての自己紹介
 私は、農家の次男であり本来なら農業をする立場ではありませんでしたが、事情があって学校を中途でやめて農業を始めました。そんな中で何年か前に新農法というのがありまして、農業者も他産業並の所得を他産業並の労働時間であげようという方向付けがなされました。私は、農業をやり出したその頃、30年前からそのことを実行しようと取り組んで来ました。
 まず、何をやったかと言いますと農作業場の照明・電灯を取りはずしました。それはどういうことかといいますと他産業並の労働時間で仕事をするのだから、夜には仕事をしないのが一番良いと思ったからでした。この電灯を外すといいうことは最初は大変でした。これを松島先生に話した時に先生はこんな風に言われました。「電灯というのはここについているのもデントウというけれども、昔からずっと続いているのもデントウという。それを一度はずしたら新しい農業が出来るぞ」と。なるほどデントウをはずすというのはそういう意味もあるのかなと思いました。
 それから、私の集落の中で労働時間を短縮するために畦を取り払い区画を広げました。私の集落では畦がほとんどありません。集落の全員で話し合って、農道間の田は1人で作るという米作りを今日まで続けて来たのです。畔を取り払うのは大変な作業でしたがそういう農業をずっとやってきました。ある意味では物好き農業をずっとやってきたと思っています。そういう私が、今日希望と安心の持てる地域農業と言うことで何か締めくくりをつけようという気持ちは毛頭ありません。今日おいでの皆さん方になにか心に残る問題を提起できたらなと思って話をしていきたいと思います。

共通の立場に立って意思の疎通をはかること
 今年は2月が29日あります。この年にはオリンピックがあります。もう一つアメリカの大統領選挙があります。アメリカの大統領の選挙というのは、日本の選挙と違い各州毎に少しづつ票を積み上げていきます。その選挙が一番先に行われるルイジアナ州では最近選挙が行われたということをお聞きになった人も多いと思いますが、このルイジアナ州で3年ほど前に一つの事件がありました。
 皆さん方の記憶にあるかもしれませんが、日本の当時16才の服部くんという少年が道に迷ってよその家に行ったところ、そこにいた青年にピストルで撃たれ死亡しました。この青年は裁判で無罪になりましたが、その後少年のお父さんがアメリカの銃社会に問題を提起しつつ民事訴訟を起こし、民事裁判ではつい最近有罪が確定しました。3年間をかけてこの裁判をしてきたわけですが、この事件は、アメリカの銃社会が引き起こした事件だと言われています。しかし、私はもう一つ違った見方をしたいと思います。
 なぜこんな事件が起きたのでしょうか。もしその時に日本人とアメリカ人の間に言葉が通じたならこんなことにはならなかっただろうと思います。その少年は道に迷ってその家に近づきました。ところがそこの付近には最近泥棒が来たということでずいぶん警戒をしていたのです。物音がしたから外に出てみたらわけの分からない人間が立っていたので「とまれ」と言ったそうです。しかしルイジアナ州の方言で「とまれ」と言われたために少年には通じなかったのです。少年は敵意が無いことを証明しようと思いニコニコと笑って近づきました。しかし、恐ろしさに怯えている者とっては不敵な笑いを示したというふうにしかとられなかったのです。その時におたがいに言葉が通じていたならば、「私は道に迷ったので家を訪ねたいのですが・・」という意思が通じれていたならば、こういう事件は起らなかっただろうと思います。
 このことは単にアメリカで起こったから申し上げるわけではありません。同じ日本の中でも、米を作っている者と買っている方とで意思がはたして通じているのでしょうか。今日はお米をお買いになる立場の方も何人かいらっしゃるから申し上げるのですが、さきほど松島先生も大阪の市場でお米がいくらだという値段を表示されました。みなさんも去年のお米はいくらだと言うと、基本米価16,800円だというふうにお答えになるだろうと思います。しかし、お米を買うのに1俵単位では絶対といっていいほど買いません。おそらくキロ単位で購入しているはずです。それを農業者は自分たちの都合のいいように、1俵いくらと言いますが、1俵という単位は幻の単位なのです。売っておられる方にしてもおそらく30キロでしょう。大阪の市場の倉庫に行きましたらまだ60キロの袋がありましたから全くないとは言いませんが、ほとんどのところが30キロ単位になっていると思います。消費者と同じ立場に立つならキロ単位にしていくこと。こんな小さなことから意思の疎通が図れるようになるのではないでしょうか。
 私たちが一生懸命作ったコシヒカリが、先ほど1俵いくらだと言われましたが、農協に仮渡しで出したお米が1キロ315円60銭です。消費者の方はコシヒカリをいくらでお買いになっているでしょうか。5千4〜5百円程度でしょうか。お米が高いというのはこういうところから出ています。精米と白米の差もあるでしょうし、保管、流通の経費もあるだろうけれども、生産者と消費者が共通の立場に立つところから理解がもっと深まってくるのではないでしょうか。私は自分で作ったお米を消費者に直接お届けすることを何年か前から少しづつやってきました。その中で消費者の方からいろいろな話をお聞きしながら、まずそのことを感じたのです。なぜ農家は自分たちだけにわかる話し方をするんですか。みなさんもぜひ一つの問題提起としてお考え頂きたいと思います。これが私が最初に申し上げました、言葉が通じないという要因がこういうところにあるのではないでしょうか。
 もし、私がこの時計を中国へ持っていって売ろうと思ったら、この時計はこういう物ですということを中国語で説明しなければ日本の時計メーカーの技術者がどんなに説明してもわかってもらえないだろうし、理解してもらえないだろうと思います。消費者にわかるためには生産者自らが消費者にわかるようなものの話し方をしなければならないでしょう。日本人というのは言わなくてもわかる、心は通じると思い込んでいます。これは家族制度がそうさせているのだろうと思いますが、これからははっきりと言葉で話をする必要性が出てくるでしょう。
 先ほどウルグアイラウンドの合意のところで、松島先生もいろいろなことをお話されていましたが、6年後にどうなるのかというようなことですね。だいたい日本人は外国へ行くと言わなくてもわかるだろうというところで協議をして帰るということが実に多いのです。私もアメリカの農業を視察に行きました。前に行った人が私に視察団の団長をしろということで団長として行ったわけですが、一番先に注意されたことは、「団長さん気をつけて下さいよ。向こうの人が説明した時にうんうんとうなずいてはいけない・・」といったことです。私がここで話をしている時もうんうんと頷いている方がいらっしゃいますが、日本人はうんうんと頷く癖があります。向こうの人が日本にお米を買って下さいとかなんとか言った時に、私も英語は堪能では無いけれど少しはわかる所があるものですから、何となくうんうんと聞いている。そして立ち上がって団長の意見を聞いたら米は絶対に輸入しません。こういうことをいくら言っても、アメリカ人は聞いているときにはあの人は個人的にはうんうんと頷いていて納得していた、立場上反対しているだけだというふうにしか取られないから、絶対相手が言うときにうんうんと頷いて聞いたらだめだと、注意されたわけです。日本人というのは言わなくてもわかる、握手をすればそれでいいというところが随分あります。消費者の方にも我々の苦労は言わなくてもわかって貰えるだろうという安心感だけでは決してだめなものがこれからたくさん出てくるでしょう。物事をしっかり説明できる要素というものを農業者の中で大事にしていかなければならないのではないでしょうか。
 これから農業をやる人がどんどんと少なくなってくるでしょう。少なくとも今の数より増えることはないだろうと思います。その一つの例ですが、昔は私の家でも、鶏も牛も飼っていました。鶏は今でも飼っていますが牛の数は減らなくても、牛を飼っている人が少なくなると、牛を飼うということに対しての理解がだんだん少なくなるのです。お米作りだってお米作りをする人の数が少なくなると、だんだんお米作りに対する理解が少なくなってくるだろうと思います。そのためにもぜひとも生産者の一人として自分のお米を食べて下さる人、流通経路は色々あると思いますが、農協に出荷して農協から米を買って食べて下さる人でもいい、自分の米を買って下さる人を誰と誰が食べて下さるのかがわかる、そういうつながりというものをもっとしっかりしていくネットワークが必要ではないでしょうか。
 福井県の耕作面積は1農家当たり平均1ヘクタールは切れるのでしょうが、仮に1.5ヘクタールお作りになれば1ヘクタール5トンお米はとれますから、7.5トンとれるということになります。では消費者はそれで何世帯くらいまかなえるかと言いますとだいたい今1カ月で1世帯で食べられるお米というのは月に15キロから20キロなんです。すると1年に150キロから200キロぐらいになるでしょうか。そうするとだいたい1人の生産者に対して50軒から70軒くらいの消費者とのつながりがしっかりできるはずなんです。
 そういうことで理解を深められるような組織作りがもっとしっかりできないだろうかなと私は思います。そうすればその人たちが農業を理解する国民の1人になって頂ける。それが私は必ずできるはずだと思うのです。特に、奥越地方はそれにもっとも適しているように思います。なぜかといいますと、過疎になるといいますが、過疎になるのはなぜかといいますと、この地域の人が都会に出て行ったから過疎になったのです。特に若い人が出て行ったから過疎になります。だから、そういう人たちを農協の組織をあげて全部洗い出して、その人たちに、ふるさとを維持していくためにふるさとの農産物を買って下さい、という運動を起こせばいいじゃないですか。別に高く買って下さいとはいいません。あなたがスーパーでお買いになるお金をふるさとのお米を買うために協力をして下さい。そういう運動をどんどん起こし、むしろ都会に親戚がたくさんあれば、それだけ増えてくるわけです。これからは計画外流通米というそうですが、私は去年までは特別栽培米という制度を利用いたしまして、お米を一番最初に私の父親の兄弟に売りました。あなたのふるさとのお米を食べて下さいということで、先ほど松島先生が兵庫県の業者がビニールの袋を作ったと言われましたが、私もそういった袋に入れてその親戚へお米を送るわけです。おいしいとおっしゃれば近所の人に勧めて頂く。私のふるさとを守るために協力をして下さい。あなたの生まれたふるさとの農産物を守るために、奥越の農産物を買って下さいということをここから出ていった人たちに呼びかけてやって欲しいのです。そしてその人たちが別に余分に出すお金でなく、ふるさとの農産物を買って頂くことによって、ふるさとの農業が元気が出るのであったらこんなにいいことはないだろうということです。

希望が持てる農業とは
 元気が出るとはどういうことかと言いますと、ここに書いてあるように希望がもてるということです。希望が持てるということはどういうことかと言いますと、私は誰かから期待されるということが大きな希望の要因だろうと思います。一生懸命お米を作ってもこれは誰が食べるのかわからない米を作るよりは、これはあの人の為に作るんだという米の作り方をしたならば、その方がはるかに元気が出るでしょう。みなさんはお家に帰ってお食事をされますね。家族の人が食事を作られる時この食事は誰の為に作る料理だと思うことで作り方にも張り合いが出るし希望が持てるでしょう。誰が食べるかわからない。帰ってくるか帰ってこないかわからない人の為に作るよりははるかに元気が出ます。希望が持てるというのはそういうことでしょう。
 さて、私の家族の話を少しします。私は娘がおりまして、お婿さんを貰いました。その子供、孫が3人おります。その孫が一生懸命私の仕事も手伝ってくれます。子供が学校の体育大会で一等になったのも大ことでしょうが、私の仕ことを手伝ってくれた時の姿は写真に写して賞状と一緒に座敷に掛けてあります。家の仕ことを手伝ってくれた姿も大事ですから額に入れて飾っています。帰ってきておじいちゃんご苦労さんと子供が言ってくれれば同じ働いても働きがいが違うでしょう。
 一つの例ですが、私は福井の南部農協という所に所属していますが、25程の集落があります。その集落である調査をしました。どういう調査かといいますと米をどれだけとれたかという調査をしたのです。調査方法はそれぞれの農家の限度数量をどれだけオーバーしたかを調べました。その結果に大きな特徴が出ました。農協のカントリーへ持っていく人より最後まで自分の家で調整する人の方がはるかに出荷量が多かったのです。普通自分の家で調整をすると、闇米を売って少ないのかと思っていたのですが、まったく逆の結果が出ました。何故でしょうか。それは自分の家で乾燥調整ができるということは、家族が少しは手伝って、みんながご苦労様と声を掛けてくれる、そういうものがあるからできるのではないでしょうか。その家族の期待が収量増に結びついたと思いました。そのことを一つの表にして農家の皆さんにお見せしたことがあります。家族から期待される、お米を食べてくれる人が期待をしてくれるということです。
 私は朝ここに来る前に何軒かのお家へお米を届けてまいりました。毎月10日は配達をする日と決めていますので、10日になると向こうの人が待っていてくれます。持っていった時に来月も頼むね。雪の中大変ですね。と言って頂ければこれは米を作る者としてこんな冥利なことはありません。また来年もよろしくねと言われることの喜びというのは何ものにも代え難いものがあります。

安心の持てる農業とは
 もう一つ、安心の持てるということですが、これも家族の話をします。一番下の孫は、このあいだやっとおむつがとれたばかりですが自分でトイレに行くよう教えています。田舎の家というものは、いつも明るい電気がついていません。夜になるといらない所の電気は消してあるものですから、トイレにいくのが恐いと言います。見ていてあげるから行ってこいと言うと、見ててくれるかと後ろを振り向きます。顔が見えると安心して行きます。まず顔が見える、声が聞こえるだけでも安心します。声が聞こえる、顔が見える、それが安心の基本ではないでしょうか。
 去年の2月に阪神で大変大きな地震がありました。あの時に何人か建物の下敷きになりました。下敷きになっていた人に話を聞くと、不安で仕方がなかった。けれども外から「今助けに行くぞ」と声が聞こえた時に安堵した。そういう話がいくつもあったのではないでしょうか。あそこに動物園がありますが、動物園の園長もこんな話をされていました。動物園の動物は1匹づつしかいない動物と猿のように何匹か集団でいるのとがいます。猛獣というのは本当は強いはずなのに、一匹しかいないと、そういう動物の方が地震の時に恐がった。1人ぼっちとはそれほど不安なのであるという1つの例です。
 農家の人も、ぜひ何人かの消費者としっかりネットワークを組んで、そういうものの中から安心してお米も作れるだろうし、消費者の方も作って下さる方の顔が見えるところで作られるなら、安心して食べて頂けるのではないでしょうか。安全は大事ですが、この世の中で絶対安全というのは非常に難しいでしょうが、少なくとも安心感の持てるものだけは消費者にお届けしたい。私はそう思いながら今日までお届けしてきました。

地域農業と農協の意味
 これからは農協の果たす役割は大変大きいと思います。先程も言いましたようにこの地域から出られた方を掘り起こしてそういうネットワーク作りをするということでは、個人の力では限りがあります。ぜひとも地域ぐるみでそういう人たちを掘り起こして私たちのふるさとの農産物を食べて貰う運動の1つを力として、私は農協というものがあるのだろうと思います。農協の協という字は力を3つたすという字を書くのですが、これからは目的は違ってもせめて力だけは足していこうではありませんか。心は違っていても力だけは足していこうとするのが農協の精神だと思います。みんなで力を合わせて地域を守り、農業を守る農協を再確認をして頂きたいと思います。

農家も消費者もという考え方−共生社会
 日本に伝わる昔話があります。一番親しまれてきた昔話に桃太郎というのがあります。おじいさんとおばあさんがいておじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川に洗濯に行きました。川上から桃が流れてきて、桃を切ったら男の子が出てきて、その子が大きくなったら、きびだんごを持って鬼が島へ鬼退治に行ったという話ですが、あの桃太郎が鬼が島に行った時に、桃太郎がなぜ犬と猿と雉を連れていったか。それにはわけがあります。それは昔から意見の合わないもの、仲の悪いものを犬猿の仲と言いました。その犬と猿を1つにまとめて行ったから宝物が取れたという教えがあると聞いています。雉を連れて行ったのは新しい情報を掴むという教えがあると聞きました。鬼が島へいったのに宝物を船で持って帰ったという話は少しも聞きません。なんの不思議もなく荷車を引いてかえった話しか聞いていません。なぜ荷車かというと左右の車が同じでないとひっぱれません。荷物は前と後ろのバランスをしっかりとらなければならないという教えがあの中にあると聞かされています。これからの世の中に大事なことはたくさんあると思いますが、私は生産者も消費者も立場の違う人も意見の違う人もみな一緒に・・そういう共生社会の意味あいというものがあるのだろうと思います。農業が地域の緑を守るのだからといって大事にされるということだけでは決して農業は育たないと思います。ぜひ頼りがいのある農業だと言われるようにがんばろうではありませんか。そのことが元気が出るという一番のもとだろうと思います。

前向きな姿勢で
 今日会場においでのみなさん方に、農業にコンピューターを活かしておられる方がいますでしょうか。私は、コンピユーターが農業の救世主になるとは毛頭思いませんが、あんなもんは難しい、あれは若いもんしか出来ないのだと言って横を向くと言う姿勢が農業をダメにします。ぜひみなさんコンピュータに取り組んでみて下さい。私は60の手習いで勉強をしています。これからもずっと物好き農業をやろうと思っています。常になにか新しい物を求めているかぎり希望という火は決して消えないものだと思います。
 最後に私の孫が書いた作文を読んで終わりにしようとおもいます。JA福井県中央会が募集した第20回「ごはんお米と私」で賞を頂いたものです。

「ぼくは稲刈りが好き」
 今日から稲刈りだぞとお父さんが言いました。僕も行くと言って家を飛び出しました。僕は田植えより稲刈りが好きです。なぜかと云うと鎌で刈る時のざくざくという音が色々に聞こえて楽しいからです。そしてなによりよりも稲のプーンとした匂いが、もうすぐ食べられるよと言っているみたいです。
 僕の家ではおじいさんとお父さんがお米を作っています。無農薬でEM農法なので日本一おいしいです。僕は2年生の時、田圃作りの勉強をしました。
田起こしや田植え、そして肥料もやりました。稲刈りの日はうれしくて朝から待遠しかったです。脱穀や籾摺りも昔の機械でやりました。そして自分達の作ったお米でおにぎりを作って食べました。とってもおいしかったです。
稲刈りをしながら、このお米はもうすぐ食べられるなぁ、と思うと嬉しくなりました。稲がちくちく背中に当たって、早く刈ってよと言っているようでした。そして今日はいよいよ新米を炊く日です。お米をとぐ音もいつもと違うような気がします。炊けるにおいもいつもより甘いような気がしました。茶碗によそったご飯を見て、「おいしそうに光ってるの」と弟が言いました。
 光っているのはおじいちゃんとお父さんの汗の結晶かと思いました。やっぱり新米はおいしいと思いました。僕のおじいちやんはいつも新米みたいに食べられるように籾のついたまましまっていて、食べるたびに籾摺り、精米をします。だから尚更おいしいのです。僕のおじいちやんやお父さんみたいにおいしいお米を作りたいです。そしてずっと稲刈りが好きでいたいです。
みなさん。消費者の方や次の世代の子供達から注目を浴びるような農業環境をがんばって作り出しましょう。
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どうなる世界の食糧事情
・地球規模で地域農業を考える・
神田 浩史 氏

自己紹介&少し田んぼもやっています
今紹介していただきましたように京都府の美山町というところに住んでいます。福井にも美山町というところがあると聞くんですけども、多分似たところかと思うのですが、すごい山の中です。京都市まで出るのにバスで2時間半。京都から福井まで雷鳥で来る方が近いというところなんです。しかも、日曜でしたら日に3本しかバスがなく、鉄道は全くありませんし、小浜まで出た方が近いというくらいのところです。ですから、福井がすごく近いところにおりまして、雪も今年はすでに1mを記録したりというところですから、京都京都といっても広いもんで、そういう豪雪地帯からやってきております。ただスキー場というのもあるにはあったんですけど、非常に道路事情が悪かったり、あるいは京阪神の人は福井に行ったりする。京都のスキー場というのは軒並みつぶれていくというふうな状況にあって、産業がほんまにないというふうな町になってきてます。
 ただ近年、茅葺きの里ということで売り出してまして、茅葺き屋根の家が日本で一番よけいに残っている地域です。町中で三百戸の茅葺き屋根の家が残っていて、それで茅葺き職人の人も何人かが町に根付いているということですので、冬に雪が降る前っていうのは町中で茅刈りを今でもやっている。茅葺きの家がそれだけありますから、需要があるもので、茅が非常に大事にされている。ただそれでも最盛期、1960年代人口が1万1千人あった町が今、5千5百人、ちょうど半分、30年間で半分になってしまいました。高齢化率、65歳以上のご老人が28%を超えたというふうに新年の町の広報紙に書いてあります。ですからきのうちょっと資料をいただいたんですけどお隣の和泉村というところが高齢化率が26%というふうに書かれてありましたから、和泉村よりももっと高齢化が進んで人口がどんどん減っているところなんです。
ただそういう町にもともと京都市内の生まれ・育ちの僕らも含めた様々な人間が都会から移り住んできている。京都市内で美山町というと「ああ、ええとこに住んでいますね」と最近言われる。水がうまい、空気がいい、環境がすごくいい。すごく不便ですけどそれが逆に環境がいいってことで町からいろんな人たちが来る。雇用の機会はあんまりありませんから、手に職を持った人たちが多いんですね。陶芸家、音楽家、あるいは僕なんかのように文筆なんかで生計たてている人間なんかが移り住んで来ている。そして農業やってますって紹介されたんですけど、農業者の方々の前で話するのは非常に恥ずかしいぐらいの規模で、田んぼが2反、畑が1反っていうくらいのものなんです。でも都会育ちの僕にとっては、それでも手に余るぐらいの規模ですし、またその山奥の平地というのは町の面積の3%ほどしかないというところで、今3反の田畑をやっているというのはふつうの規模なんですね。平均規模でやっていて、ただ田畑を耕す人たちの主力というのが70代になってきてますから30代の僕が田んぼにいますと周りのおばあちゃんらが寄ってきてくれる。いろんなことを教えてくれたり、話をしてくれたりするんです。
 そしてもううひとつ僕らはやっぱり都会にひとつの基盤を持っていたり、人のつながりを持っていたりしてます。そういう人たちを月に1回招いて農業体験というふうなことをやったりしています。ですから農業っていいましても、それで専業でばりばりやっているわけではなく、もともと農学部ってものを出ながら農業を知らなかったものですから、多少なりとも農村に暮らし、農業に触れてというレベルでやっているところです。ただ2反の田んぼというのは山間地の生産性の低いところですけども年間だいたい10俵以上(注:2反での意味)はとれますので、そうなってくると家族で食べるには十二分に余ってくるので、それは若干売りながらというふうなことでやっています。

京の「おばんざい」から考える
一般に、京都の伝統食なんかを「おばんざい」といっています。料亭とかででるごちそうではなしに、日常食べるような食事、例えば「水菜の炊いたの」というふうな言い方をするんですけども、水菜と油揚げを煮あわせただけのものなんかが「おばんざい」というようなかたちで今、結構脚光を浴びている。京都の飲み屋さんなんかで「おばんざい」を出すというところが結構なお金を取ってやっていたりするんですね。ただその「おばんざい」のもとになるものは京都の伝統野菜が非常に多い。福井でこういう話をしてどれだけ通じるか自信がないのですが、例えば真っ赤な金時人参とか京都では尾張大根というんですけど、丸大根ですとか、聖護院かぶらという大きなかぶらですとか、あるいは「すぐき大根」など。「すぐき」という独特の乳酸発酵でつける漬け物ですけど、その材料になるかぶらの一種なんです。京都市内ではそういったものを生産するところがなくなってきているので、京都の近郊で作っていくというふうになっています。
 僕は京都に戻る前は一時期、長野県に住んでいたことがありまして、そこで懐かしいもんですから京都の伝統野菜を種だけ入手して作ってみたことがあるんです。長野県の安曇平というところで若干の畑をやりながら暮らしていたんですけども、安曇平というのは非常に土地が肥えて、日照時間が長くって、生産性が高いところです。でも、そこで京野菜を作ってもうまくいかない。もちろん農業技術の未熟さっていうのもあるかと思いますが、やっぱりその地場に根ざした種というのはその地場でこそうまい具合に作れるんだと思います
 今美山で京野菜をいろいろ作っているんですけど、特に丸だいこんなんかは全然味が違うというか、おいしいものができるんですね。ですから京都の近郊農家というのはもともと京都に食材を出すということで成り立ってきたというところなんですけども、そういうところで若い人の間でも結構、京野菜というものを作ることによって農業というものをもう一度再建できるんやなというふうな動きが出てきている。そして、産直運動という形で消費者に直接出すということは都会近郊では多いんですけども、それだけではなしにもともと京都で伝統的な食事を作ってきた人たちと結びつくということで、農業を成り立たせていこうというふうな人たちが非常に多い。そして、これはもうひとつ言うと、やっぱり京野菜というのは京都近郊でこそできるもんですから、たとえ野菜がどれだけ輸入に頼ろうが、海外の市場がどうなろうが、ほとんど左右されない特別な市場になってくるんですね。
 それから僕は料理をするのも好きなので、京料理の変形版みたいなことを色々と友達と一緒に考えて、試しています。自分で食材を作るだけやなしに、それをどういうふうにしていったら今流に、若い同世代の人たちが食べたり、飲んだりということをしてもらえるのかなということを考えながら、楽しくやっているとこなんです。

東南アジアから来る日本の食材
さて地域自立発展研究所といういかめしい名前の研究所の研究員でもあるので、東南アジアへたびたび出かける。東南アジアのこの10年くらいの変貌ぶりというのを間のあたりにしているわけです。例えばタイ。アジア地域で特に日本が食材を頼っている地域というのは3つあると思うんですね。それが中国であり、台湾であり、タイという3つです。今圧倒的に中国−中華人民共和国に頼るところが大きいんですが、しかしここ数年来タイも日本への食材供給地域として成長してきた。特にタイから日本に来ている品目で大きいものはタマネギですとか、かしわ−鶏肉ですね、それからアスパラガス、そしてエビなんかもすごく大きなシェアを占めています。たぶんこの勝山でも焼鳥屋さんなんかに行ったら焼き鳥が出てくると思うんですが、焼き鳥なんてものは今90数%がタイで串にまで刺して冷凍して日本に持ってくる。それを地元の飲み屋さんで焼くだけ焼いて出しているという状態ですから、非常に見えないところでアジアとつながっているという状況があるわけです。ですから日本のタマネギ市場というものの変動というのは即タイの農家に直結しているところがあります。ただタイの農村を歩いていますと、タマネギに関してこぼされるのは日本の規格の厳しさです。要するに日本向けの輸出のタマネギを買い付ける業者の人たちというのは二つの定規を持って回るんです。2種類の穴の大きさの定規を持って回って小さい方の穴は通さずに、大きい方の穴を通るというタマネギしか買い付けない。それぐらい均質なタマネギを買うということをやってまして、これはアスパラガスも同じです。アスパラガスの生産農家に対して定規を渡すんです。そしてこの定規の長さになったときに出荷するようにと指導する。ですから単作で日本向けの輸出作だけを作る農家というのが拡がっているんですけども、一方ではそういう農家では規格外となったタマネギがどんどん捨てられていくというふうな状況があります。

米の自由化でアジアの農民が潤う!?
 そしてもう一方では日本の中でこういう議論があります。米が自由化されたら国際的な米の値段が上がるのでアジアの農民が潤うんじゃないかというふうに経済の専門家の人たちはごくごく単純に言う。しかしそれは非常に短絡的な見方であって、米が自由化されて米価が上がって誰が儲かったかというは93年に日本で米不足が起こったときに起きた現象で立証されているんです。それは誰かというと米を途中で流通させる人なんです。タイの場合は特にミドルマンと呼ばれる中間業者が、非常な力を持っています。そこの人たちというのは大変な利益をそのとき得たんですね。というのはあのとき米の国際価格というのは2倍にあがりましたから、そうなってくると間で利益を得る人はいっぱいいるんですけども、タイで米を作っている人はさして利益を得ていないという現実があるんです。それだけではなしにタイの東北部というところは人口増と非常に生産性が低いところですんで、自分たちが食べられるだけの米がないんですね。そこで何が2年前に起こったかというと米価が上がったために、そこの貧しい農民たちが米を買えないという事態が起こったんですね。ですから米が自由化されて、国際的な米の値段が上がってきたら農民が潤うからいいじゃないかという図式は現場を知らない、流通の仕組みを知らない、数字だけで者を見る経済の学者さんが唱えていることである。ひとつずつ村を回って、聞いてみると現実は全然違う。
 そして東北のタイでどうしてそんなに米を買わなければならない状況がでているかっていうと、これは自由化ということに即して農業が変わってきた。商品作物を単一的に作ろうというタイの政府政策もあって、それでお百姓さんたちがそれまでの自給的な農業から転換して、キャサバですとか、あるいは最近ではユーカリ。なんでユーカリが農業なのかと思われるかもしれませんけども、畑をユーカリ林に変えて、そしてパルプなどを扱う製紙会社なんかと結びついてユーカリをつくってそれをパルプ会社に持っていくというふうな行程ができています。キャッサバの場合はどうなるかというと、ヨーロッパに輸出されてヨーロッパで家畜の飼料になってます。ですからもともと貧しかったという側面だけではなしに、自由化というふうな中で新たな貧しい段階というのがでてきてるんですね。ですから額面通りそういうキャッサバが売れたり、ユーカリが売れたりして、収入を得ても自分らが日頃の生活の糧として得ようとしている米なんかが、一方ではどんどん上がっていくという現実がある。そしてその他の農産物の価格というのはそんなに上がっていくわけではなく、タイでは上がる傾向にはありますけども、一定のところまできたら自由市場の原理でもって、頭打ちになったり、あるいは下がっていく。だからそんなにしんどい農業をやるくらいならバンコクにいって稼いだ方がいいじゃないか、そしてバンコクだけではなくバンコクのむこうには日本がある。日本に出稼ぎに行って帰ってきたら家の一軒くらい建つ。どんなリスクが伴っても日本に行く流れというのはとどまることはない。  ここの街には初めてきたので、どうかわかりませんけども、長野にいた経験ではどんなに山奥に行ってもスナックにタイの人が働いているという状況があった。それから長野では小諸という古い町があるんですけども、そこではタイの人が500人暮らしている。どういう事情かというのはつぶさには調べてないんですけども、人口5万人の街に500人のタイの人が暮らしていて5軒のタイ料理屋があって、そのタイ料理屋が非常においしいタイ料理を出してくれる。ですから僕は、冗談混じりに小諸名物は最近そばやなしにタイ料理やで、というくらいの状況になっています。ですから自由市場でもって様々なところが潤うのではない。逆の現象というのはすでにもう方々で出ていて、それは日本の農山村に非常に大きな影響を及ぼすだけでなく、東南アジアのそういう農村にとっても大きな影響を及ぼしているっていうふうなことなんですね。

国際市場での米の流通をみる
 そしてもうひとつ、世界ってもっともっと拡がっているんだなということを実感させられたのは2年前の米騒動の時です。世界中で米というのはそんなに国際市場に流通しているものではない。それは今日お配りした資料に統計ででてますけれども、米というのは世界中合わしてみても1500万トンくらいしか流通してない穀物です。これはトウモロコシとか小麦なんかに比べると非常に流通量の少ない穀物なんですね。その米の価格を誰が左右するかというと、やっぱり大きな輸入国が現れたときに米の価格というのはものすごく変動する。米の価格というのはお配りした資料の一番上の図−1の国際価格の推移というところに米の国際価格が載ってますし、その下の世界の米の生産及び輸出入というところにどれくらいの米が世界で流通しているかということが書いてあります。それで見てみますと70年代の末から80年代初頭というのは米の国際価格というのは非常に高かったときです。
 僕はこの直後にタンザニアに水田づくりの仕事で行ってたことがあります。タンザニアで水田というと不思議な気がするでしょう。アフリカ大陸の東側にあるキリマンジァロというアフリカ大陸最高峰の山があって、その裾野で僕は水田を造成するという仕事をやっていたことがあります。工事が始まったときに地元のお百姓さんたちから、なんでこんなところに田んぼを作るんだと詰め寄られたのです。僕は答えに窮して、それで先人たちが作ったレポートをみかえしてみますと、当時80年代初頭というのは米の国際価格が非常に高かった。このグラフをみてもらってもわかると思います。1トンの価格が500ドルを超えている時期というのが80年前後です。なぜこんなに高かったかというと輸出する国というは当時タイくらいしかなかったんですね。輸出国がタイくらいしかないときに、輸入国で大きなところが2つデンと構えていた。2つの輸入大国というのはインドとインドネシアです。米がその2つの国で不足したんでそこが買っていた。そしてその2つともが米が主食の国ですから、米をどんどん入れていたんですね。
 ただ83年から84年くらいにインドとインドネシアは実態はわからないのですけども、国家レベルでいうと、米は足りるようになりましたと、食料輸入をストップしますということを宣言する。実際この両国は米の輸入をストップさせましたから、米の価格はそれだけでも下がる要因が大きかったんですけども、一方でアメリカが政策的に米を輸出する、当時レーガン政権が米の輸出の競争相手であるタイの輸出競争力を落とそうということで補助金をつけてアメリカの米を世界市場に流すということを始めた。ですから米の国際価格というのは大暴落します。1トンが200ドル前後でもってずっと推移する。そしてタイでは米余りが起こってさらにそのあと80年代後半になってきますとベトナムが米を輸出するし、そして最近ではビルマ、ミャンマーというふうに呼ばれていますけど、ビルマも米輸出をどんどん始めた。ですから米の国際価格というのは低値で安定していた時期が80年代であるわけです。

貧者を直撃する米の自由化
 ところが数字を見ますと94年だけポコッと上がっているんですね。1トン400ドルの水準まで上がった。これは理由は簡単です。日本が輸入したからなんですね。それでタイで1等米を日本が非常な高値で入れた。そしてこの年、米の国際流通量というのは1500万トンでそのうち、下の表でわかりますように日本が精米レベルで94年に210万トン。それまでゼロに近い数字しか輸入していなかった日本が210万トンの米をボンと輸入した。そうすると世界中で流通している米の1割以上を日本が輸入したわけです。それも等級の高いお米を高いお金で輸入したわけですから、当たり前のことですけども米の価格というのはボンと上がります。国際価格が上がって誰が泣いたか。ひとつわかりやすいのはこの表で見てもらいますと米をコンスタントに輸入している国があります。イランですとかサウジアラビアといった中東の国々です。そしてサウジアラビアというのは産油国であって所得水準が非常に高いところですから米の国際価格が変動したってそんなに影響は受けない。でも、イランでは米が買えないというようなことで、イランの業者の人と僕はタイで会ったんですが、こんなに高かったらもうイランの業者では手が出せないというふうにぼやいていました。そしてイランも石油を売っている国ですから、多少は経済的にもゆとりがある。
 その先があるんです。実はアフリカ大陸の西の端に米を主食としている国がいくつかあります。その中で、なじみはないかもしれませんけどもアフリカ大陸の一番西の端にある小さな国、セネガルとザンビアという国。そこは米が主食なんですけどもイランよりもはるかに経済的には貧しい国です。一人当たりの年間所得が200ドル。日本がだいたい今、3万ドルですから200ドルというのはどういう水準か想像してもらいたいのです。そこの人たちは米を主食にしているんですけども自分のところで米ができないものですから輸入に頼っていた。その輸入米が一気に倍の値段になったら、買えないというふうになっていく。
 ですから日本であれほど酷評されたタイ米というのは実は世界的にいうと非常に多くの人たちを食べさしているものだということです。それを日本で足らんからといって輸入して、しかも輸入したらまずいからといって大阪なんかでは犬にやるとか公園に捨てる。僕らから見れば非常に失礼なことがいっぱい報道されたんですけれども、それは日本の中で迷惑だとか、あるいはタイのお百姓さんとの関係で失礼だとかいうことだけではなく、アフリカ大陸の西端までその影響を及ぼしているということです。日本ではほとんど報道もされていないし、知られてない事実ですけども、米というのはそういうものだということです。

永続性のないアメリカ農業
 今年はミニマム・アクセスと言われる輸入自由化の第1歩ですから、そんなに量が入ってきてませんし、あるいはまた中間業者・流通業者も配慮して高値で競り落としていますから、アメリカの米がそんなに安いというイメージはないと思います。国宝ローズというコシヒカリに食味が似ているカリフォルニアのお米が10キロで3千円代ですから、福井で無農薬のコシヒカリでしたら10キロ8千円とか9千円とかいうレベルでしょう。それに比べたらはるかに安いことは確かですけどもしかし10キロ3千円代と言いますと日本でも安い米ですとそれくらいの値段ですから、そんなに競争力があるとは思えない。でも今後アメリカの戦略としてはある程度の年限までは意識して日本市場に米を輸出するということをやると思います。
 ただアメリカというのは広い国ですけども、今の米生産の主力地は全然米作に適していない気候なんですね。日本の場合は温帯モンスーンという気候区分になっていますが、夏が非常に暑く、その夏の前に雨が降るというふうな米に非常に適した気候なんですね。ですから日本ですと北海道は品種改良の結果米ができるようになったところですけども、それ以外のところでは簡単に米が作れる。もちろん先人たちの色々な技術改良ですとか、あるいは田んぼを守っていくという努力の末、今の農業体系というものがあるわけですけども。それに比べてアメリカというのはどういうふうにして米を作っているかというと雨がとにかく少ないんです。年間に1000ミリ程度の降水量というところがほとんどです。1000ミリといいますと、福井では年間2000ミリ程度でしょうからそれに比べると半分くらいです。タンザニアでも水田を作っていたところが、700ミリしか雨が降らないところで年間2回作るという無茶な計画でやっていまして今現在その計画は全くうまくいっていない。実際作れるわけでもないし、米の国際市場も低迷しているし、地元の人たちの主食でもないからもう本音を言えばやめたい、それが日本が援助を続けることによって、つまり国際的に補助金を出して米作りを続けさせているといった不思議な現状があるんです。地元の農家の人たちにしてみたら営農意欲なんてあるわけがない。それがアメリカの場合、1000ミリ程度の雨でもって米を作るというのはどういうことかっていうと、水の確保が非常に大変なんですね。極端なところでは表流水がないんで地下水を汲み上げて田んぼを作っている。
 こんな農業が長続きするわけがないです。そして、かなり粗放な、大規模な農業というのは機械化・化学化というのがとことんまで進んでいますから、その機械化の弊害、表土が非情に固くなって、起こすのも大変だという事態が起きています。もうひとつは化学化の弊害ということでもって土壌がやせてきている。だから特にアメリカの畑地なんかでは表土の流亡が深刻な問題になっていまして、それに伴って水の涵養力−つまり水を蓄える力が落ちているわけです。そこで地下水を汲み上げて田んぼを作るというふうなことは非常なリスクを伴うことであって、長続きする、永続化できる農業形態では全然ないわけです。70年代末から政策的に米を作るということをアメリカ合衆国政府が奨励してそれこそ輸出に補助金を出すということでやってきましたけれども、そんなに続く農業ではないですね。今、アメリカ合衆国で全耕地の10数%が使いものにならないようになっているというデータがあります。これは驚くなかれ1600万ヘクタール。日本の全耕地が約500万ヘクタールですから、日本中の耕地の3倍以上がアメリカで使いものにならない耕地になってきている。ですから新農政ではもっと大規模化を図る、省力化を図る、機械化を図る、化学化を進めるといったシナリオが書かれていますけれども、それの先を行っているアメリカで起こっていることを教訓として僕らは知っておかなければいけないと思います。

社会コストを踏まえて地域を考える
 ところでアメリカというのは非常に民主的なところで例えば、一昨年ですけどもアメリカの灌漑局の局長がアメリカではもうダムは造らないという発表をしたんですね。これは国際的に非常な衝撃をもたらした。ダムでもって河を治めていくという思想はもうすでに過ちであるという発表をしました。ダムというのは70年に1回くらい更新しなければいけない技術であってそれにかけるお金というのを考えたらもっともっと自然にあった、生態系にあった技術でもってコスト削減がはかれるはずだ、ダムのような無駄な投資はもうやらないと発表したんですね。日本の建設省がそれで一番あせって、あれはアメリカの特殊事情であって日本では同じことは言えない、というふうに発表したんです。しかし実際アメリカのテネシー川というところの開発事業、大規模のダムをどんどん造るという事業を日本で真似て、方々で造ってきたという歴史的な経緯があるわけです。本家本元のアメリカでその誤りを認めたなら、日本も様々な大規模開発について自然破壊とか生態系の攪乱といった経済だけでは測れない、いわば社会的なコストというものに考慮してよいのではないかと思うわけです。
日本では経済コストということばかり言われますけども、社会コストという考え方。地域を守る、環境を豊かにするといったことに寄与する産業としての農業の位置づけというのがあると思うんですけど、その社会コストをどういうふうに見ていくかというのがこれからの課題としてある。そして日本が国際市場で恐々としているアメリカではすでにその社会コストというのをどういうふうに配慮していくかということが議論されている。とろが日本に入ってくるのは経済コストの削減のはなしばかりで、そうすれば経済的には日本の農業というのは合わないからとか、中山間地はもう切り捨てるといった農政になってきている。中山間地に対しては助成金、いやこれからは所得補填で対応するといった発想になってきている。これはヨーロッパ、ECなんかでとられている政策ですけれども、条件の悪いところ、ただこの所得補填という考え方をどう説明するかということで大きく違ってくるんですが、やっぱりこれが社会コストの考え方かなというふうに僕は思うんですね。というのはやっぱり中山間地というのは水源地ですからそこで農産物・林産物を作るというだけではなしに、それ以外の付加価値というのは非常に高い。やっぱり水を守る利水・治水両方の面から水源地というのは非常に大事ですし、中山間地の農地というのをどう維持していくかということが、下流に暮らす街場の人間も考えていかなければならないことですし、街の人間がそれをコストとして負担していく必要というのがある。ですから和歌山県のある町長が提案している水源税という考えがあります。下流の人たちに安全な水を供給する対価として、水道代に税金を上乗せしてその税金は山村で吸収する。それくらいやっぱり大事な役割というのを中山間地・山村というのは担っているんだぞというふうな。逆に山村からの価値発想というのが今、方々から出てきている。いろんなことから教えられるんですけども僕なんかはそういった発想をおもしろいなと思っている。

自由貿易の促進とアジアの農業
 ただ世界的に見ますと自由貿易というのはどんどん押し進められていく。ちょうど昨年11月、大阪でAPECという大きな国際会議が開かれました。アジア太平洋経済協力大阪会議というのがありました。ぼくはそれに向けてNGOという、いわば民間の国際協力に携わっている人間が集まってAPECというのをどう考えたらよいのかという会議を開いた。それを京都で主催してアジア各国、そしてアメリカ、オーストラリア、ニュージーランドからいろんな人が来て、話を聞かしてもらって議論したんです。そのなかで僕らが考えている以上に、特に東南アジアの人たちというのはこの自由貿易に対して危機意識が強い。アジアの農村にとってはプラスになるのではないですかというと、日本で統計だけで判断している経済学者さんたちが言うているような楽観論ではなしにアジアの農村こそがこの自由貿易で大変なんですよと言っている。というのはなぜかというと先のタイの例で言いますとキャッサバを作ってタピオカ(でんぷん)という形でヨーロッパへ輸出するんですけども、これは大変な窒素輸出なんですね。要するに土壌の成分を作物に変えて、それを遠いヨーロッパまで持っていって、そこで家畜が食べる。そしてヨーロッパで牛が出す糞尿というのは絶対にタイまで戻ってくるわけがない。ですから農地というのはそこで作った生産物に対して、還元するもの、それが糞尿であったり、ゴミであったり、残滓であったりというものが入ってきて初めて地力が維持できるわけです。ところが一方的に窒素の生成物である作物だけが行ってしまって、その消化された後のものは帰ってこないという状態がずっと続くわけです。これは別にタイとヨーロッパだけの関係やなしに、アメリカと日本の関係でもそうです。
 今、日本の穀物飼料というのはもうほとんど、90数%アメリカ、オーストラリアなんかに頼っている。海外から穀物飼料が来る。それが、日本にいる牛が食べて、どうするかといえば、全部糞尿で出す。牛が糞尿を出すためだけにアメリカまで連れていくようなそんなあほなことをする人はいませんから。ただ、原理的に言えば、アメリカから穀物を持ってきたら、その持ってきた船で日本で出た牛の糞尿を積んで帰ってもらわないことには、アメリカの農地の収支が合うわけがない。タイも一緒ですね。それはフィリピンでもそうです。バナナをどんどん作って日本に輸出する。しかしバナナの皮も帰ってこないし、食べた人の糞尿というのも帰ってこない。一方では日本にしろヨーロッパにしろ家畜の糞尿や人間の糞尿をどう処理するかというのは大きな問題になっていて人間の場合下水にそのまま流すことによって川とか海に非常に負荷をかける。富栄養化といわれます。特に近畿の場合でしたら琵琶湖の富栄養化というのが深刻な問題になっているんですけれども、処理しているからいいだろうというだけではなく、窒素化合物がいろんな形で海底や湖底にたまってくるんですね。そしてあるものは酸素や二酸化炭素などと結合して、窒素酸化物というものになってこれが酸性雨の原因になってくる。ヨーロッパで今、非常に深刻な酸性雨というのは何も発電所や自動車からの排気だけではなしに、日常的にそうやって家畜や人間が糞尿を出すというところからも始まっている面があるんです。ですから日本にしろ、ヨーロッパにしろ先進国と呼ばれるところでは窒素がどんどんたまって、特に日本の場合はゴミの問題が深刻で、そして家畜の出す糞尿も産業廃棄物という考え方になっていて、一部で燃やしたりしています。しかし少なくとも日本の農地に還元していくという流れを作っていく必要があるんじゃないか思います。
 僕の住んでいる美山町でも7軒だけ酪農家があるというところで、牛乳というのは大市場に出してもとても太刀打ちできませんから、地域にだけ出す。美山町内だけで売っているという牛乳を作っている。美山牛乳というのは京都市内の人にしてみたら垂涎の的になっているんですけれども、この美山だけでしか売らないんです。その売り方がすてきだなと思うのはまず地域の子どもたちが飲むということを考える。給食は全部美山牛乳なんです。低音殺菌の簡易パッケージで長距離輸送するという発想はありませんから非常に簡単なパッケージでもってそれを売っている。そして町内で売って余った分だけを京都なんかで消費者運動とか生協活動をやっている人たちに分けてあげるというような発想で牛乳を生産している。200ccのパックが美山町内で1個60円ですから1gで考えたら高いものですけど、しかし町内で作って低音殺菌でおいしいものですから、それでもええやないか。京都市にいくとこれが70円に値段が上がるんですけども、それでも京都市内でも非常に人気があって美山の牛乳というのは有名になっています。そしてその酪農家というのは比較的若い人が担っていてその糞尿を堆肥化するというのを農協なんかが音頭をとって始めようとしているわけですね。もちろん飼料まで地場で作れたらいいんでしょうけども、現在の日本の農業事情から考えてそこまで理想的なことを追求するというのは非常に難しい。しかし今現在、非常な危機にある山間地の農業なんかでできることをとにかくやってみようというところで試みられている非常におもしろい例かなと思うんです。せめて地元の牛の糞尿は捨ててしまうんやなしに地元の田んぼや畑に返していこういうふうな発想ですね。ですから日本なんかでもタイやフィリピンや、あるいはアメリカやオーストラリアからいっぱい穀物を持って来るんですからこれをゴミとしたりあるいは空気中に出してしまって窒素酸化物として厄介者にしてしまうのではなしに、地元の農地に還元していくということをできないか、といったことを考えています。もちろんこのへんでこういった取り組みがあるかどうかということは知らんものですから、言わしてもらうのですけれども、ただ窒素の一方的な流亡ではアメリカでもタイでも地力の低下が著しい。ですから安閑とただタイが食料輸出国でいてくれるという考えはいろんな面から難しい。

経済成長による農業生産の減退
 まずアジアの急激な経済成長に伴う農業人口の減少というのがあります。そしてこれも経済成長に伴うのですけども、条件のいい農地ほど工業団地、住宅団地に変わっていっているという現実があります。そしてもう一方では国際市場にさらされて、農家のやる気というのが減退している。これは所得が相対的に低下する。相対的というのは工業から得られる所得、あるいは都市生活から得られる所得に比べて農業の所得というのが、低く押さえられていたらそのまま農業に踏みとどまろうという人は減っていくわけですから、これは日本で60年代、70年代と経験してきた状態かと思います。そしてこれが非常に深刻なんですけども土壌の疲弊ということがタイそして中国で確実に起こりうる、あるいは起こっていることなんですけども日本の周辺の食料供給国で食料が足らなくなる事態が起こるんじゃないかということ。僕なんかはこういうことをずっと警鐘して歩いているわけなんですけども、日本の食糧自給率というのはエネルギー換算で言いますと40%ないんですね。

21世紀へのシナリオ
   4割も自分とこで供給できてない状態で外部に頼っているんですけどもこれは中国があるから、タイがあるからということで安閑としていたんです。けれども昨年とうとう恐れていた事態といいますか、これからこういう流れになるのかなということなんですが、中国が初めて穀物輸入国に転じました。それまで中国というのはどんどん輸出する一方だったんですけれども、それが昨年飼料用の穀物に限定していますが、それをアメリカから輸入するということになってきた。人口の増大そしてもうひとつは肉食の増大なんですね。これは今お配りした資料の裏側にそういうグラフが出ています。中国の肉類の消費量−これはソ連とドッキングで載っているのは単に統計の都合なんですけども、中国の肉類の消費というのはウナギのぼりに増えてきているわけです。ですからそういうこともあって飼料用の穀物が不足してアメリカから輸入したということがある。今後基幹食糧と呼ばれるところもどんどん減っていくだろう。一方で日本の野菜の供給の現状というのはグラフの上に載せてますけど、野菜生産というのは日本ではどんどん減少していて特に重たい野菜ですね、ダイコン、ハクサイ、キャベツ、タマネギというのが農業の担い手の高齢化に伴ってどんどんなくなっていく。ですから美山町の近くでも試みられるというのは農業を高齢化に合わして、変えていこうというので、軽量野菜、山菜、キノコ類への転換というのがほうぼうで起こっています。ところが例えば福知山という町の農協が奨励しているのがタラノメ栽培なんですけどもタラノメってそんなに年間通じてみんなが喜んで食べるものじゃなしに、あれは春先に「ああ、春なんやな」ということで天ぷらなどにしておいしいもので、夏の暑いときに天ぷら食べたってうれしないなと思うんです。そんなタラノメ栽培を一生懸命奨励しているんですけど、実際ハクサイやキャベツというものは台湾から入れている例は非常に多いんですね。そしてカボチャなんかですと今、トンガが日本への主供給地になってます。

「地球大」への対応と「地域主義」の模索
 ほんとにそういうところにずっと頼り切っていていいのだろうかということを考えていかなければならないでしょう。それにやっぱり世界的な食料の逼迫というのは、中国なんかは人口増がすさまじい、そして経済成長に伴って消費増がすさまじいわけですから、そこに食料を頼り切っているというのは、実はそういう足下の危険性に気がつかなければならない。それを考えていったときに逆に農村の方がこれからうまくいくんじゃないかというのが、僕らなんかが短絡的かもしれませんが、思うところなんです。というのは自分で作ってしまうと強い。当たり前のことですけども、ですから農業問題、食糧問題といわれるのはたしかに農村にとってみれば、それが価格の低下といった形で大きな問題になります。でも都市においてはもっと大きな問題になってくる。自分らの食べるものを誰が供給してくれるかわからないというふうな事態ですから、今都会でもって農村への回帰、農村志向、農業志向というのは非常に高まっている。僕なんかがねらっているその「百姓入門」という講座をやっているんですけども、すごい人気講座になっている。キャパシティの問題から10人しか受け入れられませんよといってやってるんですけども、問い合わせがたくさんあるんですね。で、断っているというのが、現状で多分そいうのをいくつかやっていっても、今、町でそういう危機意識を持っている人は必ず来るんだろうなと思っています。そしてそういう人を、まあ僕も含めてですけどもいきなり農業をやるという蓄積もありませんですし、ノウハウもわからないし、難しいけれども何らかの形で農とつながっていたい、関わっていたいという流れは確実にある。農家から見たらそんなものちゃんちゃらおかしいよ、相手にするかいというふうに思われているかもしれませんですけどそういう芽というのはやっぱり大事じゃないかなと僕は思ったりしてます。

地場のものを活かす
それともう一方では、地場の産業、伝統産業、いわゆる「京のおばんざい」なんかに代表されるようなものというのをどれくらい、大事にあたためていって、蘇生していって、そこの価値をどうやって見いだしていけるかというのが大きい。長野県の例を2つ紹介したいと思うんですけども、長野県の北側に小川村という山村があります。豪雪地帯ですし、ほんとに山がちなところで過疎化で困っていたところなんですね。最近ですと長野のオリンピックが98年にありますんで、それのオリンピック道路なんかが通っているところなんですが、その村で何やってもあかんからどうしようかというときに、年寄りしかいないならば年寄りを活用する産業を興そうという発想で産業を興した人がいる。産業を興したというのは厳密な言い方ではないんで、もともとあった芽というのを大事に育んで、今や一大産業にしている。今や村の名物にしてしまった。「お焼き」産業なんです。福井県にもお焼きってあると聞きますけども、長野のお焼きというのも谷によって味が違うと言われるくらいいろんなお焼きがある。そこでもって小川村というのはお焼きを作るということで大きな工場を村にボンと作るんではなしに、高齢者の人が通いやすいように集落にひとつずつ、古い家を改造した工場というのを作って、そこでおばあちゃんらがぺちゃくちゃとしゃべりながらお焼きをつくるというようなことをやっていく。最終的には工場でもって冷凍食品にしたり、あるいは長野県内でしたら半製品で出して、方々で売るということをやっています。このお焼きというのは地場の野菜を使って作るということと、それから長野にとっては非常な名産ということで善光寺なんかに観光に来る人たちには非常に売れている。今度オリンピックに海外から人がたくさん来ても、多分売れるんやないか、ちょっとのりすぎかなと思うきらいがあるくらいにやってられるんですけども、アメリカまでおばあちゃんらがお焼きを売りに行くわけです。どっちも粉食どうしやから絶対に合うはずやといって行くんですよ。それでほんまにお焼きが売れるんです。それはまあ1回行ったら珍しくて売れますよね。ジャパン・フェアか何かでこういうものを売る。そうすると長野県のほんまの山村の小さな産業というのがジャパン・フェアで売ることによってアメリカのそこに行った人にしてみたら、ああジャパンにはこういうもんがあると、というふうになっていく。それで今度はおばあちゃんらがアメリカ行かなあかんから英語勉強せなあかんなあというて英語を勉強しようということになる。まあ、英語勉強するといっても、しゃべれるというようなものではなしになじむという程度のものですけども。そうやって非常に高齢化の進んだ山村ながら、元気にやっていける。そして、お焼きというのはおそらくこれが輸入自由化されたって、タイでこれを作って日本に輸入されるということってあんまり考えにくい。ですから、地場の技術、伝統の食というのを大事にしながら、周辺部の農村・山村の供給物と結びついてやっていけるという例です。
もうひとつ小川村で試みられているのが、善光寺の門前町における朝市なんです。これは何かというと小川村というのは若い人は全部長野市に通勤するというふうな形態になっていて長野市までクルマで1時間弱。ですからここから福井間かなという距離のところですけども、それをクルマに人が一人しか乗らないという状態なわけです。みんなひとり1台に乗って行くわけです。人間一人以外はカラでいくわけですから、無駄ですよね。荷駄を積んでいないという意味で無駄なんです。そんな無駄をするくらいやったら、通勤のクルマに地元で余った野菜を積んで持っていく。それで長野の善光寺の門前の商店街で青空市で売るんです。長野市というのは人口が40万を超える地方の中核都市ですから、必ずしもみんなが農業やっているわけではないし、長野の町のど真ん中でそれを売ることによって非常にはける。地元の新鮮な野菜、それこそ朝取り野菜を買えるということでどんどん売れていく。小川のおばあちゃんらはおもしろいものですから、また野菜を作る。というふうに実にうまい循環というのがでてきている。
ですから今、僕なんかが話してきた中の自由貿易の中で農業というのは非常に危機に瀕しているというのは事実ではあります。しかしその危機という中でチャンスの芽がいっぱい出てきていて、どうやってそれをつかんでいくのかということ。何もそういうチャンスというのは僕らみたいなよそ者が来てこんなところで語ってどうこうというわけではなしに、地元で多分そういう芽というのは必ずある。それを育むという土壌が地元にあるのか、それとも地元で何かを言い出した人をはみ出し者、はねっかえり者として踏みつけてしまうのか、というあたりで今後、農村にしろ山村にしろ岐路があるんじゃないかなというふうに思っています。僕なんかはいろんなところをまわってそういうふうな芽を教えてもらって、自分なりに消化するということを楽しみにしているし、そういうことを仕事にしているということでここに来さしてもろたということです。

「地域」の価値の掘り起こしと「流域経済圏」
最後にもう一点だけ言っておきたいことは、繰り返しになりますが、社会コストということをこれからどう考えていけるか、その価値観というものをどう発信していけるかということ。そして都会に相当数そういうことに危機感を持っている、関心がある人たちがいる。ですから多分福井の、ここから見たら大都会の東京、大阪、名古屋を意識するということも大事かもしれませんが、もっと近い福井ですとかあるいは勝山の街の中ですとか、大野ですとかというふうな近場の人がいるところで人がどのようにつながっていけるかということ、僕なんかはこれを「流域で見た経済圏」というふうに考えているところがあります。ですから九頭竜川の流域でもってどいうふうな経済圏が構想できるのか、それはなにも物流だけではなしに、特に水ですとか環境の保全ですとか、あるいは伝承を将来に残すとかいう文化的な価値、環境的な価値という社会的な価値をどういうふうに永続化していけるのか、農業もやはりこういう視点に立って何をここの基幹に据えていくのか、というようなことをかんがえていったら豊かな、それこそピンチをチャンスに変えれるというふうなことができるんじゃないかと思っています。
はなはだ雑ぱくな観念的な話で申し訳ないです。というのもここの農業のことをきちんと調べてではないので失礼とは思いますが、そういうことを提案さしてもらって話を終えたいと思います。目次へ


食の安全性を考える
帰山 順子 氏

今日は、消費生活アドバイザーという立場よりも、20年以上の主婦歴がございますので、消費者として、主婦としての視点から、農家の方にどういった作物を作っていただきたいのか、どのように農業との関わりを持つと良いのかというようなことをお話しさせていただきたいと思います。

輸入食品の増加と旬の地場野菜の減少
皆さんのお家のお正月のおせち料理の中身はどうでしょうか。わが家でもエビを食べますと、このエビはタイとかインドネシア産です。カズノコはカナダ産がほとんどです。ベニザケはアラスカ産です。このように、水産王国と言われた日本ですが、今はいろんなものが空を飛んでくる時代です。空を飛ぶマグロとかウナギの時代なんだなと痛感いたします。おせちの中のレンコンとかキヌサヤとかアスパラガスなど、ちょっとした野菜もほとんどが輸入です。本当に輸入食品が多くなっています。
私たちの食卓に地場ものが少なくなり、今何が旬なのかということがわからなくなってきています。今旬として一番おいしいものにホウレンソウがあります。旬の野菜というのは、私たちの体のエネルギーの基になります。同じホウレンソウでも夏場のものと冬場のものとでは持っているエネルギーが違います。旬の時に旬のものをおいしくいただくということがとても大切だと思います。
輸入食品が増えたということで、いろいろ調べてみますと、94年の統計の中でも、いろいろな加工食品に使う原材料として使う野菜などの輸入の割合が大変増えています。そのトップがトマトです。ケチャップとかジュースとかピューレなどがありますが、その原材料の82%が輸入です。それからタケノコ、キュウリ、ナス、イチゴなどもほとんどが輸入されています。
いろんなものが輸入されてきますと、私たちの所へ、残留農薬とかポスト・ハーベスト農薬などいろんな農薬や添加物がどんどん入ってきます。ですから、しっかり関心を持たなければいけないということが、「食べ物通信」という雑誌にも「ますます難しくなる食の安全の確保」として特集されています(資料1参照)。その中にはこんなことも書かれています。94年はお米を250万トン輸入しましたが、お米だけでなくて、米粉調整品も前年の80%増、ビスケットとかクラッカーで60%増、牛肉や鶏肉も10%増、オレンジジュースでは75%増となっていて、非常に輸入が増えているのです。ミネラル・ウォーターにカビが入っていたということで大騒ぎになりましたが、ああいう非アルコール飲料も2倍に、ビールについても低価格ということで輸入ビールが3倍に増えています。こういうふうに輸入が増えてくる中で本当に私たちの食が大丈夫なんだろうかということで、10分程ビデオを観ていただきたいと思います。

(ビデオ上映)
ポスト・ハーベスト農薬の残留問題
このビデオは「ポスト・ハーベスト農薬汚染」という題名で日本子孫基金というところで制作されたものです。(ポスト・ハーベスト農薬とは収穫後の農産物を保存するために使用する農薬のことです。)恐らく皆さん初めて観られたのではないかと思いますが、去年、輸入のリンゴを安いからと買われた方はいないでしょうか。今のビデオにありましたように、非常に毒々しい、いかにも何か付いているという感じです。食べてみておいしくはなかったですね。リンゴの生産者の方にお聞きしても、あのリンゴには勝てるとおっしゃいます。但し、恐いのは加工に回った時です。私たちが生で果物として食べる時には、値段が高くてもやっぱり国産のおいしいリンゴを買われると思います。しかし、輸入リンゴが加工品として出回った場合には全くわかりません。ジャムでも輸入のリンゴを使いましたとは書いてありません。ジャムとして瓶に入ってしまったら全くわからないのです。どういう農薬が使われているのか、中に何が入っているのかも全くわかりません。
また、バナナについても出ていましたが、ご年輩の方はご存じかと思いますが、昔のバナナは値段も高かったですから、風邪をひいた時やお誕生日に食べられるというようなものでした。その頃のバナナは皮に黒い斑点があったり、実が黒く変色していたりしたものです。ところが今のバナナは艶やかで綺麗でシミひとつありません。普通に置いておけばどんどん黒いシミが出てきます。実際のバナナの実は付け根の方が完熟してくるとポロリと落ちるわけです。そういう自然の生理作用として一番付け根の方が腐りやすいわけです。そこが先に黒くなってしまうと商品価値が無くなりますから、ビデオにあったように大きなプールに入れてデノミルという殺菌剤を使ったりという処理をするわけです。日本に入ってくるバナナのほとんどに、皮の部分はもちろん実にもそういう薬物が残留しています。
育てるために使った農薬というのは実の中に残留するということはほとんどありませんが、収穫した後で腐らないようにとか保存性をよくするように使った農薬はずっと残留して私たちの食卓へ上がってくるのです。日本向特撰などという箱がビデオの中にも出ていましたが、日本向特選というのはつまり丁寧にポスト・ハーベストされるということです。
新食糧法が制定されたり、WTO協定がらみで食品衛生法が改正されたりということで、私たちの食に関わる色々なことが国際平準化で、規制緩和されてしまいます。ポスト・ハーベスト農薬などが認められていくひとつの兆しじゃないかなと思いますのも、今のバナナなどに使われていたイマザリルという農薬ですが、これが、一昨年食品添加物として指定されました。それからもう少し前の話になりますけれども、アメリカからサンキストのレモンを輸入した時に、東京都衛生局の検査でOPP(オルト・フェニル・フェノール)という農薬が検出されました。そこですぐに廃棄しなければならないということで、海に大量にレモンが投棄されました。ところがアメリカが日本に対して抗議をした。アメリカで輸出するために処理している農薬が日本で残留しているからと言って認められないとなると、これは貿易摩擦になるということで圧力がかかって、OPPが食品添加物として認められてしまった。元々は農薬で、残留していてはいけないということで厚生省が廃棄しなさいというものが、国際的な圧力がかかって食品添加物としてならば残留していても構わないということになったのです。
仁短のある先生にお聞きしますと、例えばグレープフルーツの皮はかなり厚いですから、外側から多少防腐剤、防かび剤が付いていても大丈夫だろうとおっしゃるのですが、ご自身は食べないそうです。なんでもかんでも恐いと思ってしまうのも良くないのかも知れませんが、普通に考えて、国内でとれたものと、遥か彼方の国からやって来るものとの鮮度が同じということ自体おかしいことだと思いませんか。いかにポスト・ハーベストが丁寧にされているかということです。
 どういったものが残留値として調べられるかということでアメリカと日本のニンジン、タマネギ、ダイズの農薬について、お配りした資料に書いてあります。実際にキャプタン、臭化メチルなどは日本での残留農薬の規制がないんです。ですからいくら調べようと思っても、日本の基準で調べていても調べる対象が違うので出てこないのです。そういう基準で検査して厚生省では残留農薬を検査したけれども大丈夫だというんですけれども、実際にはいろんなものから農薬の残留が検出されています。日本で使われている農薬は多くても300はないということで、そのうち頻繁に使われている農薬は200程で、そのうち基準が定められているのが108しかないんです。そして、世界全体では700種類の農薬が使われていると言われます。これもWTOの中で農業貿易を均衡にして輸入を自由化して行こうという中での話ですから、国によってはもっと違う農薬が使われているでしょうし、私達の知らない農薬もあると思います。
 また、農産物がいろんな国から輸入されていますが、それとは逆に多くの農薬が輸出されています。そして日本で使われなくなった農薬が第三世界などへ輸出されて、そこで作られた作物が日本へ輸入される。そういう現状があります。日本では農薬についての基準は、農水省の農薬の登録基準で定められています。ところが、とれた作物というのは農産物じゃなくて食品になります。ですから、厚生省が食品を扱う食品衛生法では農薬などの規制がありませんでした。だから、残留値というのが決められていなかったんです。これから厚生大臣が農水省から書類をとって、いろんな安全性を確認しながら農薬の残留基準を作っていくという、後手後手の行政対応です。どんどん世の中が進んで、それについていけないのが、今の農水省や厚生省の実態だと思います。
リンゴやオレンジなどもジュースになるのに加工用のラインに回っていくわけです。それもそのまま処理されてTBZなどの発ガン性がある農薬が残留したまま絞られて天然果汁のパックとして売られます。当然そういうものの中からも残留農薬が検出されます。また、今はハウス栽培でイチゴもいつでも食べられるようになりましたけれども、少し前までは、冬場のケーキに使われるイチゴはほとんどが輸入物でした。そのイチゴに先程もビデオに出ていたキャプタンという殺菌剤がかけられていました。ケーキの上のイチゴがいつまでも赤いので、どれくらい持つのか実験しましたところ、1週間してもカビない。2週間経っても腐らないんです。普通イチゴはちょっと傷ついているとそこからすぐに痛んだり、カビたりしますが、腐らないのはポスト・ハーベストでいろんな農薬がシャワーされているからです。
食品添加物の中にもアレルギーを出すような物もあります。それから直接ガン細胞になるような物もあります。また、ガンになる働きかけをするガン・イニシエーターもあります。そういう食品添加物の中にもたくさん恐い物があります。農薬という物は基本的には農業の薬じゃないんですね。農業用の毒薬なんです。毒薬だということを忘れてはならないと思います。食品添加物や、農薬や、日本ではジャガイモの芽止めとして唯一認められて使用されている放射線の照射、恐らくこれは規制緩和で放射線を照射した外国の農作物がどんどん輸入されることになってくると思いますが、こういう物のうち何が一番恐いですかと先程のビデオを制作された方にお聞きしますと、一番恐いのは農薬だとおっしゃいます。なんと言っても農毒薬なんだからとおっしゃいます。農業に従事されている方は、農薬の使い方や、気をつけなければならないことは重々ご承知なんでしょうけれども、ついつい慣例というものがあるんですね。もしご希望の方はビデオをお貸しいたしますので、先程の続きを観ていただくと良いんですけれども、大豆とか小麦などに外国では手掴みで農薬をやっています。先程のビデオの中でも、そうですね。あれはあそこで働いている従業員が知らないから素手で触っていましたけれども、それが農薬だとわかっていたらとても素手では触れないだろうと思います。あれは、日本の商社が日本人の私たちのために丁寧に外国の生産者を指導して、ポスト・ハーベスト農薬を施してくれているんです。必ず日本の商社が入っています。だから、私たち消費者が、見た目が綺麗な安ければ外国の物でも構わないという態度で、消費者がどんどんそういった物を求めていくと、どんどん商社はそういった物を作るようになると思います。ですから、私達消費者がそういう面を気を付けなければならないのだなと感じるところです。

農業体験を通じて
 私自身は全く農業をやりませんが、農業をちょっとだけ体験しようということで、11月に大野へサトイモ掘りにきました。ところがとっくにイモは掘ってしまってあって、ハウスの中にサトイモが積んである状態でした。1日研修に来ましたので教えて下さいということで、サトイモの小イモがくっついているのをはずす作業をしました。大きなかたまりから小イモをはずして、小イモについているヒゲ根をきれいに落として、それから大きさを選別して、小さいのは表面をきれいに洗って「洗い子」にして、それを冷凍食品として加工するわけなんですけれども、その作業をしながら色々お話をお聞きしました。外は霰が降って寒かったんです。ハウスの中といっても小さいストーブが1つ置いてあるだけですから、とても寒いんです。半日作業しているだけでかなり手が痛くなりました。お昼からは暖かい所で作業して下さいということで、洗ったサトイモに赤い斑点や傷が付いていますから、それをきれいに包丁で取って、商品として袋の中に詰めて冷凍する作業をしました。その作業を年輩のおばちゃん達と黙々と作業するんです。中で私が一番若かったですし、ベテランの主婦として包丁さばきには自信がありましたので、これは負けていられないと思いまして、軍手をして包丁を持って小さいサトイモの上と下を取るわけですので、なかなか大変な作業でしたが一生懸命やりました。1時間もやっていると筋が張って来てとても痛いんです。でも隣の60才を越えたおばちゃんは黙々とやっているんです。いつもですとおばちゃん同士で世間話をしながら作業をされるそうなんですけれども、毛色の変わった姉ちゃんが来たということで、黙々と皮取りをしました。2時間やっただけですが、次の日体中が痛くて大変な目に遭いました。私が体験したのは、サトイモの植付けから収穫して出荷するまでの長いプロセスのうちのほんのわずかです。それでも、こんな大変な作業があって私達の手元に届くんだということがわかって、私自身にとっては非常にいい経験でした。その時に聞いたお話の中で、とても印象に残ったお話があります。サトイモ選別機を購入したんだけれども、手伝いに来てくれる作業する人がどんどん高齢化して、サトイモの入った箱を選別機まで持ち上げられなくなってしまった。いい機械があっても使えずに皆手で選別していると言うんです。ただ、この方はお花を栽培されています。花づくりをするようになったことで若い研修生の方がそこへ来るようになった。そしてサトイモの作業も若い研修生も一緒になってやってくれるようになった。それでなんとかサトイモをやめないで続けられる。花をやって本当に良かった。花は観ていて綺麗なだけでなく、若い子も来てくれるし、人にいっぱい夢も与えてくれる。何よりも農業を続けていく上で明るい見通しができた。と言って喜んでおられました。値段で勝負しようとすると輸入の安い物には太刀打ちできません。でも地場の特徴を活かして、ちょっと視野を広くすることによって夢が持てる農業というのができるんじゃないかと思いました。

リンゴのオーナー制度と地場産直
私は青森にリンゴの木を持っています。自分が育てているわけではなくて、オーナーということで、北斗という種類の木を5年前に植えていただきました。今年は2つか3つ小さい実がなりました。そのうち自分の木からとれたリンゴの実が届くだろうと思って楽しみにしています。リンゴのオーナー制度ということで青森に400本ぐらいの木が植えられています。それぞれ持ち主がいるわけです。年間何万円ということで育てて貰って果実を送って貰うんです。そういうオーナー制度に取り組んでる生産者の人はこうおっしゃるんです。リンゴのオーナー制度をやっていて、儲かるかと言ったら、儲からないと言うんです。11月頃には吹雪に備えて全部の木にコモをかけて、春にははずして、剪定して、除草剤を使わないで下さいと言われているので、除草の機械で除草するそうです。とても年間2万円程の管理料では合わないと言うんです。それで、大丈夫ですか、続けられますか。と尋ねますと、私一代でリンゴの生産を終わっても仕方ないと思っていたけれども、二十歳になる息子さんが親父の姿を見ていて一緒にオーナーの方のために、リンゴを僕も作ろうと思う、リンゴ農家としてやっていこうと思うということで、後継者ができた。ただのリンゴ生産者ということなら、恐らく息子さんは他の仕事に就いていただろう、しかし、オーナー制度では消費者との直接のふれあいがあります。リンゴと一緒に温かい津軽弁で手紙が来ますので、こちらからも返事の手紙を出します。何か遠いところに親戚ができたような感じです。ですから、生産者の方にとっては300人の親戚ができたようなものです。だから、この300人の親戚がいるということで僕は親父の跡を継いでリンゴをやろうと思うということで息子さんが育った。これを聞きまして、将来は津軽までリンゴの木を見に行こう。ということで、私自身も非常に気持ちが温かくなりました。何かちょっと工夫をすることで農業は元気が出てくると思います。私達消費者はそういう生産者の方と上手に手を結びあって、地場産直ということをやっていけたらと思います。

消費者として考えなければならないこと
今、自給率30%ですので、全部輸入を打ち切ってしまったら私達は食べていけません。しかし、農家は絶対つぶれないと思います。農業はなくならないと思います。都会や町の消費者は大打撃になります。そういう中でどこかで消費者と生産者が一緒な高さで話し合って、農業の体験をしたり、消費者が何を求めているのかということをわかっていただく場を持っていくということは、これからの食生活ではとても大切なのではないかなと思います。
先程の講演で日本が輸入するということが、相手国にどういう影響を与えるのかという話がございましたが、トンガでカボチャが作られて、カボチャを作ればカボチャ御殿が建つそうです。但し、日本の規格に合わなかったり、品質が非常に悪かったりすると、一切引き取りしてもらえない。それで、一昨年トンガの人はカボチャを食べる習慣がないので、自分の所は飢死しそうなのにカボチャは捨てなくてはいけない。日本は引き取りをしてくれないので、お金が入ってこない。借金をした畑はやっていけなくてどうしようもない。という窮状に追い込まれたそうです。それも全部日本の商社が仕掛けているんです。また、今はタイの山の中の山間民族にゴボウやニンジンを作らせたり、ありとあらゆることを商社がやっています。それは、私達消費者がそれを望むからそうするという面もあると思います。もっと消費者が賢くなって、地元で活気のある農業を応援できるようなそういう体制ができてくれば、輸入のポスト・ハーベストの問題もなくなるし、これはだれそれさんが作ってくれたお米だからとおいしくいただけけます。作る人も食べる人も同じ生活者だということでこれからどんどん一緒に考えていきましょう。私も皆さんの所へ是非お邪魔させて下さい。一緒にいろんな農業ができたら良いなと思います。

生産者と消費者の距離を近くして
最後に、資料の5、6ページに全中から出されている日本の農業のファクト・ブックの中の資料ですが、消費者が何を求めているのかということで、農水省のデータでも、一番関心があるのが食品の安全性ということで、ダントツの1位です。やはり、安全な食品を求めています。そして食品について何を一番心配しているのかというと、農薬や抗生物質等の残留です。ですから、是非農業をされる方も、全く無農薬なんて言いません、農薬を全く使わない農業なんていうものは私は嘘だと思います。と言いますのは、私は鯖江に住んでいますが、朝日町のお米で特別栽培米で減農薬のハナエチゼンをいただいています。そのお米は除草剤を1回だけ使います。要するに初期除草で一発処理剤を1回だけ使います。後は全て機械で除草します。それから、一切その他の農薬は使いません。ということで、確かに夏場になるとよくJAの看板の所などにカメムシ防除用とか病害虫対策とかでいろんな防除策が出ていますが、ちょっと我慢をして農薬をやらない。カメムシが出ると、お米に黒いシミが付くんですね。付くといっても茶碗一杯の中にせいぜい2粒か3粒黒いシミのあるお米が入るくらいです。それを無くすために防除の薬を撒きます。確かに薬を撒いてしまえばお米は綺麗な白いままのお米です。でも、冬を越すためにカメムシが2粒3粒汁を吸ったって、別に私達に発ガン性が出るわけでもなければ催奇性が出るわけでもなし、アレルギーの原因になるわけでもありません。私は防除をするよりも少々色が悪くても黒い粒が混じっていても、そういうお米の方がいいんじゃないのかなと思って、減農薬米をいただいています。無農薬米というのも作っていらっしゃるんですが、私はそれは買いません。値段が高いからじゃないんです。その御苦労を思うんです。一度除草剤をやるかやらないかで、農作業の手間は格段の差があると言うんです。本来お米というのは農薬がそんなに残留しないそうですが、それでもできれば減農薬の方がいい。で、こだわって無農薬のお米にすると生産者の方がどんなにお金を出しても大変なんだということも考えます。これは生産者の方と直接お話をして、どういう農業をしていらっしゃるのかというお話を聞くことで、自分で納得して、私は減農薬のお米にしようということで決めたわけです。そういったことで、消費者として生産者とお話をするということも大切なんだと思います。これから、私達消費者が生産者と一緒に日本の農業を、自給率を下げないようにということで日本のおいしいお米やお野菜を食べていく。私は消費生活アドバイザーという立場からいろんな消費者の方にそういうお話をしていきたいなと思っています。目次へ


上手な防除のやり方
・これからの病害虫防除の方向性・
岩泉 俊雄 氏

はじめに
上手な病害虫の防除の方法は、結局は自らの体験の中から築き上げていくものです。今日はそのコツをお話しさせていただきます。従来の防除の方法を根本的に変えなければ今後の農作物の生産安定は図れません。
一般的に、病害虫についての情報やチラシなどは、その地域全体の防除方法についてのものであって、個々の圃場で発生する病気や害虫は各々違っています。ですから結局、農家自身がそれに的確に対応しなければ、完全な防除はできません。
外国からもどんどん農作物が入ってくる中で、ポストハーベストなど食品の安全性についての関心が高まってきています。生産者自身がそういう世の中の流れに対応していかないとこれからの時代は切り抜けていけません。
安全な農作物生産は農薬を減らすことから始めていきましょう。消費者の中には無農薬を希望している方もいらっしゃいますが、いま急に無農薬で生産することは現実的に無理があります。しかし、多くの消費者のニーズに答えるためには、農業生産者は農薬を減らす努力をして、何年か後には無農薬に近い状態に持っていかなければならないと思います。そして国民全体が安心して食べられる安全な食糧生産の方向に皆の努力でもって行けたらよいと思います。

(スライドを使用しながら説明)
病害虫防除の現状と問題点
稲の病害虫の被害は、穂が稔るまでの間なら、初期に対策を講ずれば挽回できますが、穂首イモチだけは発病後には回復させる防除方法がありません。
トビイロウンカは他の種類のウンカと違って日本では越冬せず、東南アジアから台風に乗って飛んできます。このトビイロウンカの群を運ぶ台風がたまたま日本に上陸して、台風の勢力が弱まった時、急にウンカの大群が落ちてきます。県内では河野村から越前町の海岸辺りに落ちることが多いようです。したがって予察が困難です。また非常に増殖力が強く、わずかな期間で大きな被害が出ます。
水稲の防除は年間に4回ほどすればある程度病害虫を防げます。1回目はイネドロオイムシ、ハモグリバエ、イネミズゾウムシ等の防除で、移植時に育苗箱に粒剤等を撒きます。1カ月以上稲株の中に若干の薬効が残って殺虫効果があります。2回目は葉イモチ防除です。中山間地や水の冷たいところ等では特に必要となります。3回目は穂揃い期、紋枯病と穂首イモチの防除です。4回目は着色粒のうちのカメムシによる斑点米の防除です。特にカメムシ類は発生予察も困難です。穂揃期から傾穂期に防除が必要となってきます。従来、水稲の場合この4回でほぼ完全に防除できましたが、転作が始まってそれぞれの作物の防除も必要となり、水稲の農薬に加えて様々な種類の作物に多くの農薬を購入して撒かなければならなくなりました。
転作作物のうち、大豆の葉が乾燥時期になってもなかなか落ちず、収穫後に乾燥させるために積んださや豆の中から白い幼虫が出てくるのはシロイチモジマダラメイガで、豆はクズになって売り物になりません。これは必ず防除しないと止まりません。
ウコンノメイガは大豆の葉を丸めた中に昼間はかくれていて夜になると葉を食べに出てきます。この虫は、何年に一度か大発生することがあります。

侵入害虫の防除
次は侵入害虫について述べます。外国から新しい害虫が入ってくるのでなかなか防除が困難です。ミナミキイロアザミウマはスリップスの一種ですが増殖力が強く、農薬にも強い。この虫の幼虫(1齢から4齢)は葉の汁を吸い、その後土の中でサナギになり、羽化した成虫は今度は葉を食害します。葉についている幼虫を防除したつもりでも、土中のサナギは死なないので、しばらくすると成虫が出てきます。虫の性質をよく知った上で的確な防除をしなければ無駄に終わることもあります。一般的な防除については農協の営農指導員や改良普及センターの方に聞けば十分ですが、この虫のような特殊な害虫については自ら勉強して、適期に防除する必要があります。この虫に食害されたナスは火傷したようになり、商品価値が無くなります。これはナスの小さい花が咲いてガクの下にパチンコ玉くらいの実がなる時に、この虫の成虫が実とヘタのすき間に隠れていて卵を産みつけ、孵った幼虫が針の先ほどナスの実を食害するために起こります。だから実が大きくなってから気づいて、あわてて農薬をかけても遅いのです。この虫はナス以外の多くの作物にもつきます。
コナジラミ類はトマト、ピーマン、ナス、キュウリなどをハウスで作っていて、茎葉を揺らすと、粉のような小さい蛾が飛ぶものです。オンシツコナジラミというスリップスが外国から早く入ってきましたが、タバココナジラミも入ってきました。オンシツコナジラミは植物の生育を抑制するだけですが、タバココナジラミは例えばトマトですと、罹った時期により異なりますが、ある一定の段階まで来ますと色も変わりませんし、柔らかくもなりません(紅白トマト)。これは1、2段目で花房を付ける頃に害を受けたものが4、5段目の果実に被害が出るようになります。ですから被害が出た頃にいくら農薬をかけても意味がありません。このコナジラミが多発生し、被害が出てそのトマト産地が全滅したという例もあるほどです。ウィルスが関係しているとも言われ、目下研究中です。

大規模・広域防除と農薬
昔はニカメイチュウの防除などは個人的に動力噴霧器で防除していましたが、最近は請負防除か航空防除に変わりました。この場合、単位面積当たりの薬物の量は同じですが、大規模・広域に一斉に散布するので、全体の薬物の量は多くなってしまうという問題もあります。
また、大型スピードスプレイヤーをトラクターで引っ張ると、100mの幅で農薬がかけられます。農家としては安くて簡単に適期を逃さず防除したいと考えていますが、消費者はこれを見るとひどい農薬をかけていると考え、すぐやめてくれということになります。

無農薬農業は可能か?
農薬を撒かないと2、3割減収という作物もありますが、キュウリやトマトは8割以上が商品価値が無くなってしまいます。ですから最小限度の農薬撒布は必要です。皆さん、どなたでも無農薬とか減農薬がいいと言います。私は農薬を減らす努力はしなければならないと思いますが、明日から農薬を全部無くしてしまえという議論には反対です。そんなことをしたら日本の農業は壊滅状態になってしまいます。3年前の大冷害では、冷害に強いと言われた品種でも、低温と日照不足で稲体が弱っていたのでイモチ病に耐えられませんでした。宮城や秋田では10アール当たり1俵しか取れないというようなところも多くありました。やはり農薬の力は利用する必要があります。

農薬耐性菌・殺虫剤抵抗性害虫
現在農林大臣が登録許可している農薬は約6千種類あります。同じような薬剤や成分でも、メーカーや剤型(乳剤・液剤・粒剤等)によって別のものとして登録します。なぜこんなに多くの農薬があるかという話をします。昔カスミンとかキタジンとかイモチによく効く薬がありました。そのうちに、この薬に耐えた強い病原菌だけが生き残り、この薬が効かなくなります。さらに強い薬が開発されるとそれにも耐える強い系統だけが淘汰されることなく、残ります。そのようにして本県内でもカスミンとかキタジンは効かないか効き難くなってきています。ですから違う薬を撒かなくてはいけません。病虫害が出たら農薬で殺してしまえというやり方では、我々に勝ち目はないようです。ツマグロヨコバイもバッサという薬がよく効きましたが、最近ではほとんど効かなくなってしまっています。薬と虫とのいたちごっこです。
キャベツの害虫で一番恐いのはコナガ(小菜蛾)です。コナガは20日程で1世代を送ります。放っておくと秋までにひどいことになってしまします。1週毎に薬を撒かないと防除できません。しかし、防除の度に強い個体だけが生き残り、淘汰しながら世代交代を繰り返しますので、殺虫剤抵抗性がついてきて3・4年で薬が効かなくなってしまいます。 ある病害虫にある農薬をかけると生き残るのが必ず出てきます。その生き残ったのを半分まで死ぬような濃度で同じ薬をかけます。この実験を繰り返しますと、種類によっては数世代で10倍以上の濃度が必要となってしまいます。実際にはそんな濃い農薬は残留農薬も多くなり不経済でもあり使えませんので薬を替えなくてはならないということになる訳です。
干ばつの年に里芋のズイキが折れる「ズイキ倒れ」は、ズイキと芋の間が軽石のようになっていて、中にネダニがいます。ネダニは土の中にいるから防除しにくいという面もありますが、かなり薬剤抵抗性もついてきていてジメトエイトという薬が効かなくなり、最近はトクチオンなどの新しい薬が出てきましたがこれも続けて使用するうちに効かなくなってきます。
10年間無農薬で人工飼育したネダニの個体は2.3ppmの濃度のバイジットで半分死にますが、実際の耕地にいる、例えば越前町の耕地の場合30.0ppmの濃度でないと死にません。13倍の濃度でないと効かなくなっているのです。他の地区では8倍とか18倍とかがありました。18倍もの濃度の農薬は使えません。害虫の殺虫剤に対する抵抗性の調査をしてから薬を撒かないと、薬が少しも効かないということになります。これは、薬が効かないのでも撒き方が悪いのでもありません。虫の個体群そのものに抵抗性がついてきているのです。

良食味米(コシ・ササ)指向
美人薄命の例えのごとく、コシヒカリは味も良いし、見栄えも良いし、人気があって高く売れますが、何より病害虫に弱いし、倒伏しやすい。干ばつや台風や冷害で大きな被害が出ますので、どうしても農薬を使う量は多くなってしまいますし、農薬を全然使わないというのは無理な話です。
キュウリでも6・7本同じ太さ同じ長さのが綺麗に並べてラップしてありますと高く売れますが、太さや長さが不揃いだったり、曲がっていたりしたものは半分の値段で量を倍にしても売れません。同じ木になったもので栄養価値も一緒なら安くて量が多い方がよいと私は思いますが、最近の若い消費者はそう思わないようです。

農林産物検査規定出荷基準
斑点米は、カメムシが穂揃期から傾穂期頃に畦畔雑草地から飛んできて稲穂の籾の上から汁を吸った跡です。乳熟期に吸われればミヨシになります。糊熟期に吸われれば半分欠けたような米になります。登熟期になって吸われますと斑点米になります。普通の汚れた米なら精米機にかけて白米にすると米糠と一緒に落ちてしまいますが、斑点米は白米にしても残ります。斑点米は黒くなっているだけで毒でも何でもありませんが、農林産物検査規則があって食糧事務所の検査官が農協で検査するときに、千粒の中に1粒までなら1等米の判を押してくれますが、2粒入っていたら2等米の判を押してしまいます。3粒までなら良いが4粒入っていたら3等米の判を押します。これは検査官が悪いわけでなくて、法律でそう決められているのです。7粒までなら農協でとってくれますが、8粒以上入っていたら等外で農協もとってくれません。この等級を格上げようとすればカメムシ防除の回数を増やさなければならないのです。農薬を撒くなと言う人が多いですが、検査官が判を押してくれなければ農家は食べていけませんので、農薬を撒かなくてはいけないのです。誰が悪いのかよく考えて下さい。農薬を散布する農家だけを敵視することは、不公平です。

コシヒカリは優等生か?
 以前、収量があって病気にも強いホウネンワセという品種がありました。良食味米の時代に入ってコシヒカリにとって替わられましたが、私は「ホウネンワセの先にホウネンワセなし、ホウネンワセの後にホウネンワセなし」と言って最高の品種と認識しています。コシヒカリを開発された丸岡にお住まいの元県農業試験場長の農学博士−石墨先生もコシヒカリは生産者にとって優等生の品種ではないと言っておられます。「コシヒカリは味も良し見栄えも良し高く売れます。消費者にとっては良いかも知れませんが、優等生の品種とは何かと言えば、農家が栽培しやすくて収量が安定していて、しかも農薬も少なくて良い、病虫害も少なく管理しやすい品種だ」と言われます。
私はこの先生の言葉を信頼します。

斑点米のカメムシ防除について
 カメムシは春から夏にかけて畦畔雑草地へ寄ってきます。そこで稲が乳熟期になってきた頃、畦の雑草を刈り取り、火をつけて雑草を燃やすとカメムシは田へ入っていきます。田へ入ってみるとコシヒカリが丁度乳熟期を迎えています。こんなごちそうはないということで皆籾を吸い始めます。その結果が斑点米になるのです。昭和30年代まではカメムシが稲の害虫として被害がないことはありませんでしたが、全々問題になりませんでした。カメムシによって検査等級が落ちることはなかったのです。ところが30年代後半からカメムシが本県の大野勝山でも非常に問題になって、検査に通らない米がたくさん出ました。薬もどんどん出てきましたが、先程の抵抗性の話のように、同じ薬で3年も4年も淘汰を繰り返しますと、殺虫剤抵抗性が発達してきて薬がだんだん効かなくなります。だから薬を替えます。替えてもまた効かなくなります。この繰り返しになる訳です。害虫防除というのは、薬と虫とのいたちごっごとなるのです。

侵入害虫について
もう1つ農薬が多くなる原因に侵入害虫というのがあります。外国から国内へ入って来た害虫が居座って、主要な病害虫になっていくのです。これは明治時代のルビーロームシ、ヤノネカイガラムシから始まって昭和53年のミナミキイロアザミウマまでどんどん入って来ています。最近特に海外旅行ブームで外国からの土産品の中に病害虫が紛れ込んでいて、日本に入ってくるケースが非常に多くなっています。
 アメリカシロヒトリは1年に2回世代交代して、ものすごい増殖力を持っています。これがプラタナスだけ食べていてくれればいいんですが、イネ科以外なら何でも食べます。これが農作物につくとどうしようもないんです。大変恐ろしい害虫です。これは進駐軍が駐留した翌年から繁殖し出しました。おそらく進駐軍の荷物の中に紛れ込んで入ってきたものと言われています。日本中でこの虫のいない所はありません。
 イネゾウムシは成虫が稲の葉に穴を開けるだけで後で治ってしまいますが、イネミズゾウムシは成虫が越冬地から出てくるとまずイネの葉を食べて卵を生みます。その後、茎を伝って根の中へ入って約1カ月間イネの汁を吸って成長します。そしてサナギになって、いよいよ成虫になるころに土の中から出てきて畦畔雑草地で越冬します。これは昭和49年に初めて日本に入って来ました。そして2・3年で全国に蔓延してしまいました。その当時の農薬はどれ一つ効きませんでした。研究している間に全国に広がってしまったのです。従来のニカメイチュウとかウンカ、ヨコバイは農薬もあるので防除が遅れても全滅ということはありません。しかしイネミズゾウムシの場合は、やや異なります。親は稲の葉を食べ、子は根の汁を吸って生育を抑制します。最近はよく効く粒剤が開発されましたので、防除できるようになりました。
ミナミキイロアザミウマは菊の葉を加害し、葉を加害された菊は、いくら花が立派でも売り物になりません。奥越でも菊を栽培している方もいらっしゃいますが、この虫はなかなか殺せません。困った害虫のひとつです。

生産者自身で病害虫の発生を予察しましょう
農業試験場ではトラップで害虫の発生調査をしています。その調査データに基づいて皆さんの所へ発生予察情報を流しています。コナガのトラップは性フェロモンを利用しています。アブラムシの場合は黄色が好きな特性を利用して黄色水盤を使います。田の縁に黄色のバケツを置いて、水を入れておくと飛び込んでくるのです。多く飛び込んでくれば、そろそろ防除しなければならないとわかります。菊の害虫アザミウマの予察には、蝿取紙を長くしたような黄色リボンを使います。これで平年より多いか少ないか、早いか遅いかがわかります。だから病害虫防除所からのニュースに頼らずとも、自分の耕地は自分自身で予察できるのです。病害虫防除は普及所の専門員が言って来るまで放っておくというのでなく、自分自身の耕地の農作物の害虫防除は自分自身で予察して防除するようにしましょう。

西欧諸国の現状は(天敵の利用)
オンシツコナジラミを食べて生きているオンシツツヤコバチという体長0.2mmぐらいのハチがいます。このハチは農薬のかかりにくい葉の裏でも、どこでも飛んでいって完全防除をしてくれます。しかしこのハチはコナジラミだけしか食べません。西欧諸国では、減農薬の運動が盛んで天敵の利用が進んでいます。最初は値段が高かったのですが、オランダやベルギーでは政府や農協もお金を出して普及させ、大量生産もできるようになり、従って価格も下がり農薬ぐらいの値段で手に入るようになりました。現在では日本でも農薬と同じぐらいの値段で輸入できるようになりました。西欧諸国では、どうしても農薬を使わなければならない時は農薬を使いますが、原則としては天敵を利用して防除しているというのが現状です。日本はその点非常に遅れています。

ふるさと特産の再評価
どこかでうまい金儲けの作物があると聞いてきて、自分の所でもやってみようというのは絶対にやめた方がよい。昔から「豆種は3里離れたところからもらってくるな」と言われています。これはどういうことかと言うと、3里離れた地域で良い豆が栽培されていても、その種をもらってきて自分の所で植えてもそんな簡単に良いものが取れる訳がないということです。豆でさえ3里離れた地域ではなかなか適応できないのです。まして他の作物は尚のことです。それぞれの地域で何百年何千年か根付いてその地域の気象条件、土壌条件、栽培技術に育まれて地域特産として良いものができるのであって、ある日どこかから、種を貰ってきて作れば、良いものができるなどといううまい話はないのです。勝山にもミズナ、サトイモ、イチゴ、赤カブラ、ダイコンなど先祖代々受け継がれ、育まれてきた特産品があります。これを大切にしなくてはなりません。そしてそれをブランド化して売っていくのが、これからの地場産業の生き残り作戦ではないかと思います。三国の花ラッキョウはネダニで苦労していますが、明治初代からずっと続いています。そして今では、大阪の桃屋の花ラッキョウの原料の70%のシェアを持っています。こうなると安定生産が可能です。値段も安定しますし、生産計画もできます。また、南条の花ハスも京阪神ではすっかり定着してきています。まさに、地域特産作物こそ、再評価して、守り伝えてゆくべきではないでしょうか。

結  び
大分県の山村住民の要求からスタートしたとされている産直運動は、今全国に広がり、大きな運動として発展しています。また、運営上の問題点も多く、その理念からみれば必ずしも成功例ばかりではありません。
しかし、今後とも生産者はもとより消費者や研究者などあらゆる人々の協力を得て、安全な食糧生産のために、減(省)農薬に努め、天敵やフェロモン剤を利用した効率的な農業生産が実現できることを期待しながら、報告を終了します。目次へ


意見交流会
司会:小野寺和彦

(司会) 新農業セミナーの交流会を始めさせていただきます。昨日、本日と大変足道の悪い中お越し下さいまして、2日間に渡り講義を聴いて頂いてお疲れのことと思います。また講師の皆様本当にありがとうございました。この交流会は時間的には1時間ほどと大変限られていますが、今までは聴く一方でしたので、できるだけリラックスした雰囲気で自由に多くの方にご発言頂ければと思って設定したものでございます。講師の皆様にも質問がありましたら、突っ込んだ質問をして頂けたらと思います。いくら困らせて頂いても結構です。また参加者の皆様方も自分自身のなさっていることや意見、このセミナーを聴いて頂いての感想など自由にご発言下さい。何か一方の方向に意見をまとめるとかという場ではございませんので自由にご発言下さい。

意見交換を始める前に、私どもがこのセミナーを開催した主旨の説明をさせていただきたいと思います。ガット・ウルグアイラウンドの合意を受けて新食糧法が施行されました。そして昨年からミニマム・アクセス米が入ってきて、少しずつ上積みされていくが、5年後にはどうなるのか。さらに上積みされていくのか、それとも関税化されるのか。いずれにせよ、日本に入ってくる輸入食糧の垣根が今後高くなることはなく、低くなる一方です。そういう意味でも、日本の農業は今大変な転換の時期にある訳です。そういう時期に私たちが地域の農業をどういった方向に考えていったら良いのかということの1つの参考にするために、こういったセミナーを開催したものです。

それから、2日間に渡っての講義の内容を今日だけの参加の方もいらっしゃるかも知れませんので、簡単におさらいをしたいと思います。
まず最初に、新食糧法の解説と題して福井新聞社の松島翠さんから講義を頂いたわけです。新食糧法そのものについては大概の方は新聞等でその概略をご存じのことと思いますが、最終的には消費者に喜ばれる米を作っていって欲しいということで言葉を結ばれていました。

次に、こちらにいらっしゃる中川さんにお話をしていただきました。大変力強いお話で、私共も含め、農業をやっている皆さんも大変勇気付けられたことと思います。農作業小屋の電灯をはずして労働時間を短くする。電灯を伝統にかけて今までの伝統にこだわらず新しく変えていくということ。また、生産者と消費者が同じ土俵に立つということなどが大変印象に残りました。また具体的な提案として、若い人達が地域からどんどん出ていってしまってその地域の人口が減少してしまう場合どうしたらよいのかというと、都会へ出ていった若い人達にこそ地域の農産物を送って消費して貰う。ここからは私の想像になりますが、その人達に周りの人に地域の特産物を勧めて貰う。こういう具体的な提案がございました。大変面白い発想だなと思いました。

昨日の3人目は卸の仕事をやっていらっしゃる津志さんから講義いただきました。その中で、良いコシヒカリの見分け方を先輩に訪ねた所、その農協の反収を聞いてみれば良い、7俵なら買っても良いだろう。9俵もの反収があったらダメだと教わったそうです。輸入米が入ってくる中で地域の農業をどうしていったらよいのかということで、基本的な方向性として、あまりにも当たり前のことかもしれませんが、低コストで品質の良い米を作れば良いんだとおっしゃっていました。

この後、昨日だけの出席の方のアンケートの回収をさせていただきました。その中で、これからの農業は厳しい。今後さらに低コスト化を進めてさらに品質の良い米を作っていく努力はもちろんしなければならないが、なかなか難しい。津志さんの言い方も厳しかったので、このセミナーのタイトルにもある「元気が出る」に反して元気をなくしてしまったという方が結構多かった。でもよく考えてみると、ガット・ウルグアイラウンド合意の裏には、市場原理というか、垣根をなくして自由に物をやりとりするという考え方がある。そして、米の流通の場では、そういう市場原理が最も働いている。そういう場から見ると、津志さんのような突き放すような言い方も厳然たる現実だろうと思います。そういうところも事実として受けとめていかなければならないと思います。

今日の神田さんは、京都の日常的な伝統食としてのおばんざいについてお話しいただきましたが、京の地元で採れた野菜で作らないとおいしくないということでした。逆にそういうことをテコにして若い農業者達が地域の再建を図っている。平成5年の不作に関わる緊急輸入米で誰が一番儲けたのか。タイの農民が儲かったのか。違う訳ですね。中間の流通業者が儲けたんです。タイの農民は決して儲かってはいない。誰が泣いたのか。アフリカで米を主食にしているザンビアやセネガルといった国の人々が日本が米を緊急輸入したために、米の価格が暴騰して米が買えなくなってしまって困ったということです。京都の美山町で作っている牛乳は、長距離輸送を考えず、地元での消費だけを考えているので低温殺菌だけしかしていない。仮に余れば余った分だけ京都市内へ売っている。こういう考え方は非常に面白い。神田さんは長野にも住んでいらっしゃたことがあるそうですが、長野のおやきについて足元の価値を見直すという主旨のお話でした。また街に通勤する人の車のトランクは、どうせ空いているだろうからそこに地場の野菜を積んで貰って売れるところまで運んで貰うと言う話も面白かった。

帰山さんからは、緊急輸入米の中からもいろいろな残留農薬が検出されたということ、ポストハーベストについてはビデオを交えてリアルな形でお話しいただきました。農薬ブーメランという言葉は使われませんでしたが、日本で毒性が強過ぎるなどとして使えなくなった農薬が、東南アジアに輸入されてそこで使われた農薬のかかった農産物を日本が輸入する。つまり、日本でなら本来使われるはずのない農薬が残留した農産物が、結果として日本の市場に出回ってしまっていると言う話も非常に示唆に富むお話だったと思います。トンガのカボチャを大量に日本の商社が買い付けて、規格に合わない物は全て捨てられる。しかもトンガの人達はカボチャを食べる習慣がない。規格に合わないといって捨てられると現金収入の道がないので、カボチャを作って生計を立てている人は生きていけないことになる。自分たちが食べない物を自分たちの町で大量に作るということがどういう結果を招くかという事がトンガの例でよくわかると思います。リンゴのオーナー制度の話でも、青森にリンゴの木を1本持っていらして、そこのリンゴの生産者の方は300人のオーナーを抱えていて、300人の親戚ができたようなもので、この経営をおいそれとやめるわけには行かないということで、息子さんが経営を継がれたという事です。

最後に岩泉さんからは、上手な防除のやり方ということでお話しいただきました。消費者ニーズもあるし、農家さんの健康という意味もあって農薬は最小限にとどめたい。ということであれば、それぞれの地域で病虫害を予察する事が必要となる。それが地域や集落の自立性を取り戻す事にもなる。それから人間に、環境にやさしい防除のやり方がいろいろある。農薬以外の防除のやり方が開発され利用されつつある。また他の講師の方もおっしゃっていたこととだぶるんですが産直で生産者と消費者の交流を図り、これを始めていろんな理解が得られていくということもお話しされていました。

解説が長くなりましたが、今から意見交換をしていきたいと思いますが、私の方で交流会のキーワードということで、5点ほどあげてみました。必ずしもこれにこだわらずにいろんな意見を出して欲しいのですが、1つはボーダーレスの時代。自由化という言い方もできるかと思いますが、国境の垣根がだんだん低くなってきている。物がその垣根の低くなったところをどんどん行き来しているということです。2つ目が規制緩和ということです。帰山さんの話にもありましたが、アメリカで農薬として使われているものが、日本ではダメだということで食品添加物としてなら認められているということです。量の面だけでなく質の面でも規制緩和が進められています。3つ目が市場原理です。物を生産する場合最も安いコストで作れるところで集中的に作れれば一番いい、逆に言えば、条件の悪いところはそういう生産をしなくてもいいというのが市場原理の考え方だと思います。ガット・ウルグアイラウンドの合意の考え方はまさしくそういう考え方が裏にあります。4つ目が顔の見える関係。これは中川さんもおっしゃっていましたが、生産者と消費者あるいは産地と都会の顔の見える関係を作っていこうじゃないかということです。5つ目は地域主義です。自分の足元を見つめていこう。自分の地域の食糧は自分の地域でまかなっていこうじゃないかという考え方です。いろんな分野の講師の方を選んだつもりでしたが、こういう部分はかなりだぶって語られていました。これ以外のことでもいいですのでいろんな意見を述べていただきたいと思います。
実はこちらから2市1村お1人ずつご指名をしてございますので、その方に最初に3分ほどずつ、簡単な自己紹介と自分がどういう農業経営をやっていらっしゃるかということ、それから今回のセミナーの感想、これからの夢、希望、不安、課題などをお話ししていただきたいと思います。まず最初に大野市のAさんお願いいたします。

( A ) 私は富田地区で水稲を19ha程全面耕作しております。他に委託を35町ぐらい請け負っています。その傍ら事務的な仕事にも携わっています。今日の農業情勢は非常に厳しい状況下におかれています。私自身も先の見通しがつかないままにやっております。実は私も中川さん同様県の指導農業士会の一員でありまして、いろんな機会にいろんな情報を得て大野の中でどのような農業を経営していったら良いかということを模索している最中です。今日のお話の中にもありましたように、大野は内陸型の非常に温度差の激しい、湿度の高い気候ですので、病虫害には非常に厳しい立地条件です。こういう点からあまり欲張らずに自然にできる地元のお米を作っていきたいと思っています。

(司会) では次に勝山の野向町のBさんお願いいたします。

( B ) これからの生き残れる農業を考えるということで少しお話をさせていただきます。主食である米づくりは政府所管により農民は計画にも生産調整にも従ってきました。毎年諸経費は上昇し続ける中、米価は25年前の水準のままです。労働賃金も当時の約5倍にもなり、担い手労働者は生活資金を得るために他の産業へと離れていきます。今は田畑を保持するような手段だけです。こういう実態の中で、中には老後の資金となる年金までも農機具の購入等に出費している方もいます。誠に遺憾なことです。60歳を過ぎた人が農業の担い手というのが実態です。そこで、生き残れる農業を考えていかなければならないと思います。既に組織のある集落は申し分ありませんが、これから組織化を進めるには中山間地域ではいろいろな条件の違いがあり、問題を克服しながら前進して理解を求めて取り組まなければなりません。まず省力化を軌道に乗せるにはどうすれば良いかお尋ねいたします。1つは採算のとれる農業経営について。2つ目は受託者促進対応、担い手確保について。3つ目は生産組織を育成するにはどういう進め方がいいか。以上3点をお尋ねいたします。

(司会) 3点質問がありましたが、いずれも大きな問題だと思います。中川さんが最適でしょうか。お答え願います。

(中川) とても明快なお答えはできませんが、まず、自分の作った物に自信を持つことが一番大事ではないでしょうか。農家は今皆自信をなくしているような気 がして仕方がありません。ここに卵を持っていますが、私はこの卵に絶対の自信を持っています。なぜなら、これは家の鶏が生んだ卵なんです。私はお客さんに言います。この卵は温めておくとヒヨコになります。スーパーで買ってきた卵は温めておくと腐ります。あなたはどちらを選びますかと。鶏が10羽いたら仮に10個卵を産むかもしれませんが、この卵を採るためには10羽の中に1羽だけ雄を入れておかなければなりません。そうすると11羽の餌を食べさせなければこの卵は10個産まれません。だから1割だけは高くなります。それであなたはどちらを選びますかと言ったら、この卵を選んでくれる人にはこの卵を差し上げればよいのです。農家が自分の作った物に絶対の自信があれば、もう少し展望が開けるものと思います。採算というのは、勿論お金の面もありますが、気持ちの上で張り合いがなかったら、これは絶対に採算は合わないだろうと思います。それから担い手の確保については、今の若い人は自分たちが年とった時にもらえるかどうか分からないような年金の掛金を一生懸命しているんです。ですから、年金をもらう人たちも年金の1割ぐらいは地域の若い人に所得確保のために使って下さいよ。ただあげるんじゃない。若い人に地域の仕事をしてもらって、自分は一日休んで労賃を支払うくらいの気持ちがなかったならば、地域でそういう担い手は育たないと思います。畜産農家は畜産ヘルパーを育てるために仕事を一日休んでいます。そのために行政もお手伝いをしています。地域の農業も将来地域を担ってくれる人たちを皆で育てる。自分の家の跡継ぎを自分の家でだけ育てるのでなく、その地域で誰か跡継ぎを育てるために皆で知恵だけでなくお金も出さなければダメだと思います。そういう中から何か展望が開けるのではないでしょうか。お答えにはなっていないかもしれませんが。

(司会) もう1人和泉村のCさんお願いいたします。

( C ) 和泉村では専業はできません。村の全面積の97%が山林ですので、耕地面積は多い世帯で50a少ない世帯で20aぐらいです。村でもスイートコーン、穴馬かぶらを特産として奨励しており、大変ご好評をいただいています。新緑まつりや紅葉まつりでも県外客にも非常に好評です。私は菊4a,スイートコーン5a、穴馬かぶら4a、水田56aを耕作しています。何と言いましても、和泉村は水稲だけでは生き残られません。そういうところから住民は換金作物を考えております。菊を13名の方が栽培しており、名古屋の方へ流通経路を開拓しました。村の助成を得ながら多角的な経営を実践しています。山間僻地については省力化と換金作物が命題となっています。

(司会) 和泉村ではイベントが成功していますが、そのようなイベントと作物との関連ということについてはいかがでしょう。

( C ) 春の新緑まつり、秋の紅葉まつりに合わせて、農家はある意味では楽しんで換金作物に取り組んでいます。

(司会) それでは、ご自由に質問等お願いします。

( D ) オリゼメートによって米の中に農薬が残留しているのかどうかお尋ねします。10年ほど前に池田町で、全く無農薬無肥料の米と普通栽培の米とを1カ月ほど清水に浸したものを見たのですが、普通栽培の方は1カ月ほど経つと玄米でも黄色くなり、水も濁るんです。それだけ不純物が出てくるということになりますと、ああいう稲熱病の薬を稲に吸収させて、澱粉が蓄積される米粒の中に入っていないのかどうか。農協は全然残っていないと言いますが、私は経済的な観念からオリゼメートを無くしたいなと思っています。 (岩泉) オリゼメートについて化学分析もしてありますし、残効期間が何日というデータも出ているのでそれをお送りすることもできます。ただ、一般論的な言い方をしますと、現在農林省の方で農薬取締法による許可を取っている値というものは残留農薬を検査して、ラットとかマウスとかが一生涯食べ続けた場合に影響が出る毒物量の約100分の1まで薄めた値を出して、それを我々が一生涯食べ続けたとしも影響が出ないということが科学的に証明された値な訳です。それでないと農林大臣の許可が出ない訳です。全ての農薬はこの許可を得ています。ただ問題なのは何日以内、何倍以内の濃度で、何回以内に抑えなさいという厳しい基準がありますが、これを完全に守って栽培した作物ならば、現在わかりうる範囲内では安全であると言えます。ただこれはあくまで平均値であって、子供やお年寄りなど一人一人のケースがあるので、そこまでは科学的データを取ってはいません。また、人体実験もできませんので、変わってラットなどの実験動物で一連の細かい試験をしまして、それを100倍ぐらいに薄めた値で、我々が一生涯それを食べ続けても安全だろうという基準で許可しているので我々はそれを信用するしかないだろうと思います。
資料の中の、オリゼメートによく似た薬剤の毒物の残効はほとんど違いません。ppmが出てきたではないかといっても、農薬取締法が作られた頃はコンマ2桁までしか測定できませんでしたが、現在はコンマ9桁まで出ます。そうすると現在では全ての農薬で残効があるというデータになってしまう訳です。そしてその数値はここで書かれている農薬取締法基準の数値の100分の1以下の数字です。ですから、今の所は農薬取締法の基準の数値を信用していただいて、農家の方もその基準を守っていただきたいと思います。

(帰山) アトピー性皮膚炎などのアレルギーのお子さんを持つ親の会によると、普通の米だとアレルギーが出てしまう場合でも無農薬米ならアレルギーが出ないそうです。その違いは明らかにあります。体に害とは言いませんが、そういう抵抗力の弱い子供にとっては、農薬というのは何らかの関係があるのではないかと言われています。

( E ) 新食糧法の中で、政府が管理する米の量は全体の15%か20%にしか過ぎなくなり、米価の決定についても自主流通米を中心にして決定していくようになると言われています。そのような中で、農業共済事業関係についても政府のお金が補助金などの形で相当入って来ています。今マスコミで取り上げられている住専問題でも国民の税金を使うという事で騒がれていますが、米全体の20%程だけを政府が扱って残りは市場原理に基づいて動いている物について、国民の税金を使うのはまずいんじゃないかという考え方もできるわけです。米については、共済制度につきましても強制加入ということになっておりまして、3年ほど前の冷害の時にも相当大きな共済金が出された経過もございます。政府の管理する米の量が少ないのに、強制加入で国民の税金を使うことについては非常にまずいんじゃないかという考え方もできるわけです。そうしますとこれからは共済制度も強制加入でなく、生命保険や災害保険のような任意加入で運営せざるを得ないような形になって来るのではないかと言う考え方もできます。そこで農業関係で強制加入をやっている事情等については神田さんに、大規模農家の立場でこれからの米について今までの共済事業が良いのかどうか、それとも全く違った意味での、生命保険のような本当の意味での共済事業、保険事業というのが良いのか、またそういう風になった場合の対応の仕方については中川さんの方からご意見を頂ければありがたいと思います。

(司会) 質問を整理させていただきますと、米の政府管理部門が非常に小さくなっていると、市場に任せていく部分が非常に膨れ上がるだろうと、そういった中で農家を保護するのに多額の税金を使う。しかも水稲共済については強制加入制度を取っている。そういうのがおかしいんじゃないかという事についてお答えすればよろしいんですね。神田さんに共済制度についてとおっしゃりましたが。

( E ) 神田さんには、外国でも強制加入を取っているところがあるのか、そういうところが農業の実勢に役立っているのかどうかということ。また中川さんには、福井県の中の大規模農家の立場として共済制度をどうお考えかということです。

(中川) 考え方を変えて欲しいと思います。健康保険は強制加入になっていますね。どれかに入っている必要がある。生命保険は自由に入る。なぜ強制加入になっているかと言えば、基本的なものだから強制加入になっているんです。健康が一番大事だということで。だからお米の保険が強制加入になっているのは、米が主食だという位置付けをされているから強制加入になっているんです。そこの所をまず考えていただきたい。ですから、強制加入をやめて自由加入にして下さいということを、もし農民の側から言い出すのなら、お米が主食であるという立場を自ら捨てるという覚悟がなかったら、そういうことは言ってはいけないと私は思います。お米は日本の主食だ。だから日本の国が保険機構をしっかりしていくんだ。健康保険と同じ考え方です。生命保険はそれぞれ死んだ後の保険は自分の裁量で決めればよいのです。健康というのは基本的なことだし、まわりにも迷惑をかける。だから強制的にかけているわけです。
もうひとつ政府の米の取扱量が減るという話です。確かに減ります。しかしこれまでの福井県の実状を見ますと、福井県での政府米と自主流通米の割合を調べて頂ければ、今の15%の政府米の割合よりもはるかに低いんじゃないでしょうか。元々自主流通米という形で来た。だから私は基本的には何も変わらないと考えています。福井県のお米に皆もっと自信を持って欲しい。新潟の魚沼の米が非常に良いと言われますが、魚沼の米を買って自分の所の米と消費者に食べ比べて貰って下さい。魚沼の米の方が絶対うまいという人は少ないと思います。私は自分の作った米にそれぐらいの自信を持っています。是非皆さんも心配ばかりしないで元気を出して欲しいと思います。

( E ) 福井県という地域の中ではそういう言い方もできます。自分の作った物に絶対の自信を持つ必要はあります。しかし国全体から見れば、先程言ったような形にだんだんならざるを得ないと思います。

(中川) 考えていただかなければならないのは、農林予算というと農家のために使われるという考え方をずっとしておられる方がたくさんある。ところが、農林予算というのは国民の食糧を安定させるために使う費用だという風に考えなければならない。防衛庁の予算というのは自衛隊の隊員や家族のためにあるわけではありません。日本の防衛のためにあるわけです。同じ事です。農林省の予算は日本の国の食糧を安定させるためにあると考えていた頂ければ、その予算を使うということが必ずしも農家のためだけに使うということではなく、日本の国のために必要な分だというような捉え方をしなければならない。もう少し目を開いてみていかなければならないと思います。
昨日松島さんが米が一割多く採れると価格が3割下がる。だから生産調整をしっかりやらなければ価格維持ができないとおっしゃっておられました。私は少し観点が違うんです。農家が、価格を維持するために生産調整をすると言うと、生産調整する田にお金を出しなさいと言うと、価格を維持するために生産調整して休んだ田にお金を出せというのはどういうことだという不平が消費者側から出てくるのは当然だろうと思います。私はそういう言い方は是非やめなければならないと思います。なぜ生産調整するのかと言えば、需要が少ないからその需要に見合っただけの生産調整をするのだという考え方をはっきり出すべきだと思います。必要がないから生産調整するのであって、価格維持のために生産調整するという言い方を農民自体がしているのは間違いだと思います。

(司会) 税金がいろんな形でどこかに使われていると見られていることに対して、私どもも含めて農業に携わる者や関係機関の者はきちんと答えられるようにしておくことが必要だと思います。

( F ) 私は農家組合長をしております関係上、小さい農業をやっておられる方でも日本の農業を守るためにどうでもお願いしますということで転作をお願いしています。なだめたりすかしたりしながら何とかこなしていますが、3反ぐらいを作っておられる方は、定年後、家で寝ているよりも健康のためにもいいし自分の田を持っているんだから、農業でもしようかという事でやっておられる方が多い。そうすると、大規模な農家に対しては生産調整の必要性もある程度わかっていただけるが、小さい農家の方は、米が値上がりしようと値下がりしようと関係ない。自分の健康のため、暇を使ってやっているんだから転作はどうかやめさせて欲しいとおっしゃる訳です。小さい農家の方は、米だけ作っていればさほど労力も農薬も機械もいらないが、転作すれば、かなりの負担になります。そういう点をどのように理解して貰ったらよいのかという点が1つ。
もう一つ、帰山さんの時のビデオを観て驚きました。相当大げさにやっている様にも思いますが、借りたい人に貸しましょうというのでなく、進んでPRしていただきたい。

(司会) 講師の方も主催者も生産調整を進める側ではないので何とも返答のしようがありません。

(帰山) 日本子孫基金というところであのビデオを1万5千円で売っています。よろしかったら是非JAとか市役所とかでお買い求め頂けたらと思います。生協の方でも喜んでお貸しいたしますのでお申し出頂きたいと思います。

( G ) 帰山さんが、私は減農薬米を頂いています。1粒や2粒斑点米があっても良いじゃないかとおっしゃっておられましたが、その反対に、岩泉さんからは、時期を見計らってきちんと農薬を撒いた方がいいと言うお話を聞きました。その結果、私が考えますに、規制緩和で、食糧庁の検査をもう少し緩和していただきたい。そのアピールをもっとしていただきたい。そしてその結果、斑点米が増えたことによって減農薬米や無農薬米が減れば米の供給量は減るんじゃないかと考えました。つまり、量を取らない。昨日の津志さんのお話の中にもありましたが、8俵取るより7俵取る方がうまい米が取れるとお聞きしましたので、その点からみても、多く取らない方が減反にも繋がって行くし、良いのじゃないかと思いますがいかがでしょう。

(帰山) 岩泉さんも最終的には、今までの繰り返しで農薬をどんどんやる。それで虫が強くなる。また違う薬をやるという今までの繰り返しじゃなくて、いかに上手にタイミングよく少量の農薬で、また天敵を利用したより農薬を減らした農業をもっとおっしゃりたかったんだろうと思いますが、時間の関係上、その辺を触れられるのが足りなかったんだろうと思います。減農薬の場合、隙間を空けて苗を植えます。たくさん植えて収量を取るのでなく、丈夫な苗を育てることで元気なお米を作るという考え方です。ですから93年の冷害の時も減農薬の田では収量は落ちていません。7俵取れています。ですから作り方だと思うんです。
日本の商社が日本に輸入するためにあの手この手で外国の産地に色々なノウハウを教えています。この農薬を使いなさい。取ってからはこれで消毒しなさい。殺菌をしなさいと指導する訳です。今の商社のノウハウというのはすごいですね。恐らく、日本で農業を指導されている方よりも、ノウハウをたくさん持っています。非常に研究しています。いかに安く現地で作って、日本に売り込むかという研究は凄いものです。ですから、もっとプロにならないといけないと思います。
 プロが作るから、少々虫がいても、この程度なら薬を撒かなくてはいけない、この程度なら放っておいて害が出ても大丈夫だという判断ができるます。常にハラハラドキドキして防除ごよみを見て薬を撒こうかというのでなく、自信を持って農業をしていただきたい。できた産物については私たちもどういうふうにして作られたかというのを理解して頂かなければならない。そこが消費者と生産者との絆を作る事だと思います。ですから、私は敢えてカメムシの食べた黒い米を頂くのです。

(中川) カメムシが入ったお米が困るというのは、消費者はそんなことを一言も言っていないんですね。精米業者がやかましいんですね。だから、生産者は消費者のニーズに応えて米を作っているのではない。お金をくれる中間の流通業者の言うなりに米を作ろうとするからそうなるんです。今度福井の米のグレードアップのために網の目を1.85にするという話がありますが、あれも精米業者が歩留まりを90%以上に上げるために、粒が大きければ歩留まりが良くなるのでそういう網を使う訳です。消費者が決して大きい粒が欲しいと言っているわけではないんです。そこらへんの所をはっきり見極めないと、どうしてもお金をくれる人のニーズに合わせる。野菜でも市場の要望で品揃えをしなさいというので、消費者が曲がったキュウリがダメだと言っているんじゃなくて、市場が売りやすいからそろった品物を出しなさいと言うんです。消費者と直接取引してお聞きすると、曲がっていても良いという声が聞こえるんです。

(岩泉) 帰山さんがおしゃったのと私の意見とは全く一緒です。しかし、なぜ私が立場が違うかというと、法律に則って食糧事務所の検査官が検査をされる時に、斑点米があったがために持って帰れと言われたのでは農家はたまったものではない。だから、農家自身が自ら対応していく必要があるだろうということです。
結論から言うと、消費者が斑点米を食べましょうと言うなら、恐らく政府もそんな厳しい検査規則は改正すると思います。しかし私も長い間県職員をしておりましたし、消費者と一緒になって反対しようという事はできなかったし、今も、そういうことを言うんじゃなくて、現に法律があるのなら、その法律の枠内でうまくやれば防除できるんだから、早めに予察すれば3回のところ1回で済みます。1回で済むのなら、消費者も理解してくれるだろうと、その技術は現にあると。けれども実際はなかなか難しいので、航空防除をやったりそういうことになる。だから、技術的にはタイミングが良ければ異常多発しなければ1回の防除で済むのです。そういうことを申し上げたかったんです。

( H ) 私は減反政策は一番の愚作だと思います。後継者も育たないし、やる気も無くしてしまう政策だなと思っています。今の消費者が米を食べないから食べる分だけ作るというのはわかります。西播米穀の方もいってらっしゃたが、私自身もそう思うんですが、田の収量を少なくした方が良いんじゃないかと。減反するよりも収量を少なくした方がいいんじゃないかと思います。しかしこれは皆欲がありますから7俵で止めろと言ってもそうはいかないとは思いますが、そのへんはJAなり生産組織が管理するような形でそういうふうに持っていけないかなと思います。そうした方が農薬も少なくて済むし、肥料も少なくて済む。絶対おいしい米が取れると言うことを私も確信を持って言えます。少なくとも我々ここに参集した者については、それぐらいの認識を持って今後生き残るために県なり農協なりに働きかけて、そういうグループの人は減反しなくても良いよと。その代わり1反7俵なら7俵と決めましょうと、それ以上は絶対に取らないというグループができても良いんじゃないかと思いますがいかがでしょう。

(中川) 生産調整をそういうふうに後ろ向きにとらえないで頂きたい。元気が出る農業というのは、例えば奥越の中で自分だけが元気が出るよりも、奥越全体が元気が出るのが良い。福井県の農業総生産額は800億円ですが、これはずっと20年前から増えていない。福井県は米の生産地で、減反率は全国で一番低い中でそうなんです。九州や四国、北海道や東北でも10年前から農業総生産額は増えています。転作率はうんと高いところなんです。だから、転作が農業のやる気を無くしたというのは、日本全国の趨勢を見ても決して当たっていないと思います。前向きな考え方を持たないで元気が出る農業にはならない。是非そういう風に前向きに考えて欲しい。

(神田) 僕は今の意見にむしろ賛成です。中川さんは今後向きな意見と言われましたが、僕はむしろ前向きな意見じゃないかと思います。実際、収量を落としていくというようなやり方でやろうとしている米専業の友達が、山形の非常に農業の盛んなところにいます。化学肥料と農薬の投与量を減らすためにも収量を落としても良いじゃないかと。ただ個人でやっているだけで、今言われたようにグループで減反を無くしていくというような方向付けまでは行っていませんけれども、農業を長い間続けていくというようなことを考えると、全部の田を耕しながら最大取るというような考え方じゃない方がいいんじゃないかと考えている人もいっぱいいるんですよ。今の意見は、僕は今後の方向性としては検討していくというより、前向きな意見として伺いました。

(司会) 議論をもっと続けたい所でやめなければいけないので、大変心苦しいんですが、また何か機会がありましたら最初からこういう熱い議論が出てくるように持っていったら大変うれしいなと思っております。
進行係も自分の意見が言えないので欲求不満なので、閉会の挨拶と兼ねて私の思っていることを言わせていただきます。
 昨日卸業者の方が福井米の市場での評価が今一つなので、もっとコスト削減を図らなければならないということで、皆で盛り上げようというのが盛り下がってしまった、というアンケート結果が結構多かった。私も昨日家に帰ってから、ヤケ酒風に茶碗でガブガブ飲みながら考えていたんです。いろいろ考えている中で、ふと思い出したのが、日本農業新聞にちょっと前に載っていた記事で、隣の白峰村で村民が皆雪だるまを作ったというどうでもいいような話なんですけれども、平成2年から始まった地域おこしのイベントなんです。平成2年は1473個の雪だるまを玄関先に作ったというんですね。思いつく人も突拍子もないことを思いつくんですが、それを実行してしまう村民も村民だなと思いますが、ふと、この記事が思い浮かんだんです。どうしてこの記事が思い浮かんだのかと自分で考えたんですが、市場原理がまかり通っている中で、コスト削減だ、規模拡大だという方向で、仮にそれをかなり進めたとしても太刀打ちできるのか。私は、同じ土俵の上では戦えないと思うんです。とすれば、片方の足は土俵の上に置いておくんですが、もう片方の足は土俵の上からはずしてしまって、もう1つ別な価値あるものを作っていく必要があるんじゃないかと思う訳なんです。で思い出したのがこの記事なんです。これで村民が元気が出ると。金沢へ勤めていて滅多に帰って来ない若者も雪だるまを作るためにわざわざ年休を取って帰って来たということが書いてあるんです。算盤勘定だけでない部分で何かやっていくと。もしかしたら、それをやっていくことによって算盤の方も後からついてくるんじゃないかという気がした訳です。市場原理に対抗するには地域を愛しいと思う心で戦わなければだめなんじゃないかという言葉を申し上げまして閉会の言葉といたします。
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