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幇間・太鼓持ちとは

 

 



 

 

太鼓持ちは艶っぽいお話や芸をして宴席を盛り上げます

ebisusama
伝統的お金持ちの神様「恵比須様」の瞬間芸
2001年撮影・(株)角川書店提供
 太鼓持ちは何故、艶っぽいお話や芸をするのかと申しますと、日本国は近年を除いて長い間稲作中心の農業国でしたから、季節に合わせて農作業をしないと食べ物が無くなる冬を越す事が出来無いので食糧確保がもっとも重要でした。

 その食糧とは植物では花が咲き雄蕊の花粉が雌蕊に受粉する事で果実が実り、動物では雄と牝が交尾する事で増える、一番美しく重要な行為により食糧も確保出来、来年の食糧の元となり次世代につながって行く重要なもので、それらが又我々の生活の安定をもたらし子孫の繁栄にも成りますので、艶っぽい行為は幸福につながると古代日本人は考えたのだと思います。

 普段は真面目に地域の人達と共に一生懸命働いた昔の日本では、たまのお休みの日は一段落した農作業を地域の皆で喜び、普段の真面目さを解き放ち多少の羽目を外して一緒に美味しい食事やお酒を頂き楽しく過し、明日からの仕事の英気を養う行為が宴会の始まりであり、宴会の宴席の時にだけ艶っぽい話や芸で楽しむ事を許されたのが、専門職の太鼓持ち芸として伝承されて来ました。

 芸者よりも古くから存在する太鼓持ち(正式名称は幇間/ほうかん)芸は、永年に渡り培われて来た日本の文化や行事を基本として、歴史や文化を比喩して楽しいお遊び芸に造られ、時代に磨かれてお客様に対応してお相手をし、お客様が主役となりお仕事を忘れて楽しんで頂ける様に、目立たない様にお客様を指南し補助する役が太鼓持ち業なのです。

 

 



 

 

「太鼓持ち」「男衆(おとこし)とは違います。

 時折お間違いになるのに京都の花街で舞妓さんのお着物の着付けを手伝ったり、舞妓さんが始めてお座敷に出られる「店出し(みせだし)」や、芸妓さんに変わる「衿かえ」(舞子さんの時は着物の下に着る「長じゅばん」の衿の色は赤系だったのを、芸妓さんになると白色に変わりますのでこの様に申します)の行事の時に一緒に付いて挨拶回りをされる男性の「男衆(おとこし)」さんは女性達の裏方のお仕事で、お座敷には揚がりませんので、「太鼓持ち」とは違い全く別のお仕事です。

 

 



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