椿愛しき艶煩い 〈中〉


 

 

 

 





「………でも火影様。オレ本当に変身術なんて出来ませんよ。習ったこともないですし…………」

 あれから。

 昼食を終え、廊下を歩きながら、二人はまだ問答を繰り返していた。

 イルカとしては、何とかない悪知恵を絞ってこの任務を回避したいらしい。

 だが無論のこと、面の皮の厚さで火影に適うわけがなかった。

「なーにを言っておる。そんなもの大抵の忍には使えんわい。………それもお前に頼んだ要因の一つだ」

「え?」

「いるであろう?お前の一番側に。誰よりもその術が得意な子供がな」

 そんな間接的な助言に、イルカは一瞬考え込んですぐに信じられないというように眼を見張った。

「…………って、まさかナルトに!?」

「ご名答。あやつの変身術は、そりゃもう見事なもんじゃからな」

 まったく、何度鼻血を吹かされたことか。

 そんな呑気な回想にひたる火影とは裏腹に、イルカは可哀相なぐらいのうろたえを見せた。

 そりゃそうだろう。あの好奇心旺盛な子供に何をどう言って、術の伝授をしてもらえというのか。

「勘弁してくださいよ、火影様…………どの口であんな破廉恥な術の方法を請えって言うんですか」

「そこは任務と思って諦めるしかあるまい。ああ勿論見合いのことは他言無用じゃぞ」

「………言われなくても、自分から墓穴を掘るような真似はしませんよ…………」

 そんなことをうっかり口滑らせようもんなら、向こう三ヵ月はそれをネタにからかわれる。

 とにかく違う意味で神経の擦り減る任務に、イルカは早くも深々と溜め息をついて、

「ま、愚痴っても始まりませんね…………あ、ところでその見合いっていつなんです?」

「明日」

 ずるっ。

 抑揚のない告白に、何もない床でイルカの足が絡まる。

「明日ぅっ!?じゃあ全然時間がないじゃないですかっ!!」

「そうだ。頼んだぞ」

「た、頼んだって…………」

 少しは悪びれる様子を見せてほしい。

 だがそんなことを火影に面と向かって口にできるわけがなく、イルカは先程より更に重い足取りのままに額を抑えた。

 では、今すぐにでもナルトに会ってこなければ。

「…………じゃあ、これで失礼致します」

 疲れ切った挨拶を言い残し、ふっと彼は回廊より姿を消す。

 多分、生真面目で朴訥な彼にとっては、ある意味何よりも辛い任務だろう。

 それを重々承知していながら、火影はへりくつをこね回して、無理矢理イルカにそれを押しつけたのだ。

 勿論、普段であれば、他の対抗策を練るなり何なりした筈なのだが…………



「…………まあ、ちょっとした八つ当たりとでも思ってもらえればよいか………」



 手塩にかけて育てた可愛い孫娘、椿。

 その彼女が、大名との見合いを蹴り、老中の子息との縁談を破って捨てるほど、一途に思っている相手。



 ………それがお前だと知ったら、一体どんな顔をするのだろうな。



 そんなわけで、少し苛めるぐらいは許してもらおうか。

 

 

 

 

 

 

 

 



「はぁ――………」

 おさえようと思う側から大きな吐息が漏れる。

 火影によれば、今日のナルト達の班は東の森で実習中だとか。

 それを受けて、イルカはそちらへとぼちぼち足を進ませていたわけなのだが、

「ったく………なんでオレがこんな目に………」

 彼の口から、聞くことも珍しい愚痴がひっきりなしにこぼれる。

 ナルトが勝手に『お色気の術』とか名指して乱用している変身術(かわりみのじゅつ)――正しくは『鏡転身の術』。

 言葉通り、イルカには興味も何もなかった類の術だ。

 故に、それを覚えるには実際に一度見せてもらうのが一番手っ取り早い。時間さえあれば巻物なり術書なり見て体得するのだが、いかんせんそれも出来そうになかった。

「はぁ………」

 もう一度長く嘆息し、イルカはナルト達がいるはずの森へと足を踏み入れる。

 言い遅れたが、あの破戒忍と顔突き合わせなきゃならないというのも、溜め息の原因の一つだ。

「おーい、ナルトー………いないのかー………?」

 サクサクと緑の芝生を歩み、イルカはあちこちを見渡しながらナルト一行を探す。

 今日もカカシ先生を相手に一対三で演習をしていると聞いた。

 で、あれば、多分そのやり合いに水をさしてしまうとは思うのだが、

「こっちもそう悠長に構えてはられんからなー………おい、誰かいるんなら――」

 と、お世辞にも気を張っていたとは言い難い状況のなか、

「うわっ!!」 

 ガキィッ!!

 突如茂みの中からクナイを繰り出され、イルカは咄嗟に短刀を抜き放ってそれを受け止める。

 速さがある分、結構な衝撃が手に伝わってきた。

 そして、そんな奇襲をお見舞いしてくれたのは、例の天才少年サスケ。

「な、な………?」

「今だナルト、サクラ!」

 その殺気ごもる攻撃の意図も掴めぬまま、サスケはキィンッ!とイルカの短刀を弾いて大きく後退する。

 そして瞬間、

「わかったわ、サスケ君!」

 ボコボコッ!

 聞き覚えのある可愛らしい女の子の声に呼応し、イルカの足もとの土が異常な撓み(たわみ)を見せたかと思うと、大地を突き破って無数の植物の根が踊り出てきた。

「ちょ………一体何を………!」

 などと反論のいとまもなく、ぎちぎっと足首から膝までを根に絡め取られ、完全に動きを封じられる。

 木霊操術。植物にチャクラを注ぎ込んで意のままに動かす………確かサクラが得意としていたような………

 冷静に混乱しつつも、イルカは何かの誤解を解こうと顔を上げて、

「いくってばよ、カカシ先生っ!」

「んなっ………!」  

 今度こそ完璧に青ざめた。

 足を根に捕らわれた状態で、眼に映ったのはものすごい数のナルト。

 そして、彼の台詞の内容から、遅くもようやく疑問が瓦解する。

 要するに、自分の変化でもしたカカシと間違っているのだろう。

「ち、違………!オレは本物だってナルト!」

「へっへーん、それで何度もだまされたかんな!今日こそ一発いれてやるってばよっ!」

 何とも勇ましい気合いを掲げて、影分身したナルト一同は一斉にイルカに突進してきた。

 一発どころか、顔の原型が崩れるまでタコ殴りにされそうな勢いだ。  

「………っ!ったく、あの人は余計なことばかり………!」

 さすがにそれを甘んじて受ける気にはなれなかったのか、イルカは刹那にババッと印を切り結び、ナルトに向かって掌をかざす。

 ヒュ……ゴウァッ!!

「ぅえ………!?って、うぎゃぁッ!!」

 イルカを中心に放射状に巻き起こった風の大渦に、ナルトはたまらず弾き飛ばされる。

 風遁、青嵐の術。

 殺傷能力は皆無だが、物凄い風圧を生じさせて周囲のものを蹴散らす、攪乱専用の術だ。

「ぅあたっ!」

 イルカはといえば、乱れた動悸を宥めつつ、その風の渦を解き、何気ない動作で足を縛る根っこに手をつけた。

 そして、

「…………戻れ」

 静かにそう言い放つと同時、しゅるしゅると根はイルカの足から離れ、地面の下へともぐっていく。

 サクラにこの術を教えたのは他ならぬ彼だったので………それらを自らの支配下に置くのは造作ないことだった。

「………っはー。まったく驚いた。おい、サスケもサクラも。俺は正真正銘本物だって言ってるだろ?カカシ先生なら、さっきからそこにいるじゃないか」

 そのくせして傍観を決め込むのだから、本気でタチが悪いと、イルカは木上の一点を迷いなく指し示す。

 すると、その箇所の景観がゆらりと傾ぎ、カカシは実に鮮やかに地上へと降り立ってきた。

「あはは、バレてしました?気配は消してたつもりだったんですけど」

「あんなお粗末な消し方で?もしかしてオレを馬鹿にしてるんですか、カカシ先生」

 ぱっぱっと手を払って、イルカは憎々しげに相手を睨みつけたが、やがてすぐに思いなおしたように、今だ木の下で頭を抱えているナルトへと歩み寄る。

 余談だが、サクラは勿論、サスケでさえ今の今までカカシの気配を掴めてはいなかった。

「ナルト、悪かったな、大丈夫か?」

「………うー、大丈夫だけど………ホントにイルカ先生?」

「昔の教師との区別さえ出来ないのか、お前は。大体カカシ先生なら、あの状況をもっと上手く回避するだろ?」

 ホラ、とナルトの身体を持ち上げるようにして立ちあがらせ、改めてイルカはカカシの方に向き直る。

 その背高い相手の両隣は、バツが悪そうにしている二人の生徒の姿があった。

「ご、ごめんなさい先生………あの、カカシ先生よくイルカ先生に化けるから………」

「………ごめんなさい」

 カカシが相手であったなら、おそらく絶対口にしないだろう謝罪の言葉を、サスケももごもごと言い放つ。

 可愛い元生徒達にそうして謝られれば、それ以上何を咎めれるはずもなかった。

「いやいや、もういいよ。それよりサクラも随分と上達したなぁ。術の操り方、見事だったぞ」

「え、ホントですか?」

「ああ、それとサスケも。あと少しで喉掻っ切られるところだった」

「………すみません」

 眼を伏せて言いよどむ彼に、誉めてるんだぞと苦笑しながら念を押し、最後にイルカの目線はカカシに向けられる。

 勿論、それまで生徒達に注いでいた感情とは、あからさまに様相が違った。

「………随分と、勝手にオレの姿使って遊んでくださってるみたいですね。嬉しいですよ」

「ホントですかぁ?そりゃよかった。いえね、みんな偽物だと分かってても、あなたの姿使うと腕が鈍るものですから」

 それが面白くてついついねぇと嘯くカカシを、もういいですと冷たい言葉で遮り、

「………ともかく。修行中お邪魔して申し訳ないんですが、暫くナルトをお借りしていいでしょうか?」

「は?ナルトを?」

「ええ、………ちょっと急ぎの用があるもので、じゃっ」

 多くを語りたくないと目で訴えた後、イルカはひょいとナルトを小脇に抱えるなり、一目散にその場を逃げ出したのだった。



「…………どうしたんだろ、先生」

「さあ…………またあのウスラトンカチが何かしでかしたんじゃないのか」

 そのもう米粒になっている二人を見送りながら、とりとめのない会話を交わすサスケとサクラだ。

 

 

 

 

 

 

 



「な、なあ先生。一体どうしたんだってばよ」

 どこからどう見ても、まともな顔色とは言い難いイルカを、ナルトは心配そうに見上げた。

 あの後、彼は教え子をさらうようにして、この人気の無い林へとやってきていた。

 だがどうしても、肝心の口火を切ることが出来ない。

(ああもう、どうしろって言うんだよ)

 何だか自分の中の道徳心が失われるようで、思わずこんな任務放りだしくなったが、そうもいかない。

 ああだこうだと話しかけてくるナルトに上の空で相槌を打つこと小一時間。

 ようやっと心が決まった…………かに見えた。

「あ、あのさぁナルト。それでちょっと頼みがあるんだが」

「えー、オレに?うんうん、なにぃ?」

「ああ、えっとなぁ…………そのお前、……………………の術、使えたよな?」

「えぇ?何の術だって?」

「…………あー…………だから、こう女に変わる…………」

「……?………それって、お色気の術?」

「はは、そうそう。………………それで…………あの、もう一回だけ、オレに見せて…………くれない、か?」

「は?」

 その、ナルトの不審丸出しな顔を見て、イルカは落ちれるところまで後悔した。

 これではまるで自分が変態ではないか。

「見せてって………イルカセンセーに?………へぇ~、何だかんだ言って先生もやっぱ興味あるんだぁ?」

 ゴンッ。

 絶対言われると思っていた台詞をそのまま言われ、イルカは無意識のうちにナルトの頭を殴りつけていた。

 しかも狙ったわけではないのに、先ほどしこたま木にぶつけた箇所を。

「いってぇぇッ!!何も殴らなくてもいいだろっ!」

「大人をからかうんじゃないっ!………い、いいからとっとと見せてくれ。時間がないんだ」

 後半の台詞をごにょごにょと濁しながら、イルカはがしがしと頭を掻き毟った。

 何の因果で、十以上も歳の違う子供と色話なんぞをしなきゃいけないのか。

「時間って何の?」

「お前は知らなくていい」

「あーひっでー。それが人に物を頼む態度ぉ?イルカ先生いっつも俺にそう言ってるんじゃんか」

 身に覚えのある言葉を蒸し返されて、うっとイルカは思わず反論に困る。

 確かに、この子供には常々礼儀を忘れるな、と口を酸っぱくして躾ていただけに、それ以上ツッコミようがない。

「だ、だからそれは―………」

「それは?」

 火影様に頼まれて(脅されて)、女に化けて見合いの席に出て、しかも寝所にまでご一緒しなきゃいけないわけで………

 ………なんてコトをどの面下げて説明しろと?

 第一、こんなこっ恥ずかしい任務を誰かに知られるだけでも、自分の自尊など木っ端微塵に吹き飛んでしまう。

「………っ………ああもう頼むよナルト!この通りっ!」

 延々悩んだ挙句、イルカが思いついた方法と言えば、ひたすら拝み倒すことぐらいだった。

 ぱんっと恩師に手を合わされ、頭を下げられて、ナルトとしては驚く他ない。

 なにせ、そう深刻な問題だとはまったく思っていなかったのだ。せいぜい、ちょっとしたイルカ先生(かなり珍しい)茶目っ気だとでも。

「せ、先生?何、そんな大事なことなの?」

「ああ、もうむちゃくちゃ大事なことだ。それでオレの将来決まっちまうんだからな」

「ええっ!?」

 お色気の術が、先生の身の上に関係?

 はっきり言って全然接点が掴めないが、イルカの必至な様子を見る限り、余程の事態なのだろう。

 ナルトはイルカの未来を自分が握っていることに何だか張り切り、どん!と小さな胸を叩いた。

「よーし、まかしとけってばよ先生!大出血サービスで悩殺ポーズお見舞いしてやる!」

「んなもんいるかーっ!!いいから、フツーに頼む、フツーにっ!」

 大体以前から疑問ではあったが、こんな術をこいつはどこで知ってくるのだろう。

 更に悩殺とまでくれば、既に子供の知っていていい知識ではない。

「育て方間違えたかな………」

「何か言った、先生」

「いやいや何も」

「………そお?まあいいや、よしっ!」

 ぱぱっと素早く印を切り、ナルトはぐっと眼を瞑る。

 そのとき、練られたチャクラの量、印の結びなどをイルカは瞬時読み取り――………

 ぼんっ!!

 すぐに変わり果てた(用法間違い)ナルトを拝む羽目になったのだが………

「………だーっ!!だから服ぐらい着させて変身しろって言ってるだろっ!」

「なんだよーっ!それじゃあお色気の術のイミないんじゃんっ!

「そんなの子供は使わんでいいっ!!」

「………だって服着せて変身する方法知らねーんだもん」

「…………じゃあ先にそう言え…………」

 何でそうワケのわからん術を……とイルカは額に指をあてがいつつも、改めてナルトを真面目な眼で見やった。

 彼(?)の身体を包むように纏われているチャクラ。眼で見るというよりは肌で感じ取って、その量をもう一度確認する。

 チャクラと、印の形。そしてそれを結ぶ時間。

 その辺が分かれば、何とか真似することが出来る。

「………よし。サンキュ、ナルト。もういい」

「えーっ!?もうういの?一体何がしたかったんだってばよ、イルカ先生」

 このナイスバディに見惚れるわけでもなく、寧ろ妙に理性的な眼で見つめられ、ナルトとしては結構自信に傷ついたようだった。

「オレと付き合いたかったんじゃねーのー?それとも目の保養にしたかったとか?」

「悪いが、教え子に魅入って興奮するようなシュミはない。笑えん冗談言ってないで、とっとと戻れ」

 でなきゃまた殴るぞ、と拳を構えられ、ナルトは慌てて術を解いた。

「ちぇっ。………別に冗談で言ってるつもりねーのに」

「ん?何だ、ナルト」

「なーんでも。なあなあイルカ先生、結局お色気の術が何なのー?」

「教えない。ちゃんとこの礼に今度ラーメン奢ってやるから。じゃあなっ」

「ちょ………イルカせんせ………!」

 ぴっと手を上げて、ナルトが引きとめの言葉を発しようとする前に、その姿はふいっと掻き消える。

 そして気づけば、既に彼は林から抜けて町並みを遁走していた。

「もーっ!何なんだよ、センセーってばーっ!」



 そんな不満たっぷりなナルトの非難を背に、しかし安堵の溜め息をつくイルカだ。

 

 

 

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ぐああ、まとめようとすればするほど話が膨れ上がる…やはり短編はとっても難しいです(TT)
次回はイルカ先生女になってる上、そのまま襲われていますので、苦手な方はご注意下さい(流汗)

 

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