策士の戯れ〈3〉





 


「おいナタクっっ!!何もそこまで念入りに壊さなくてもいいだろうっ!!」
 悲鳴というか絶叫に近い怒声に、やりたい放題黄巾力士を攻撃していたナタクの手がぴたりと止まる。
「………誰だ?」
 常時悪い目つきで(ほっとけ)じろりと横を睨めば、記憶に薄い仙人の顔。
 既に眦には涙が滲んでいた。
「………何を泣いている?男のくせに」
「何を、ぢゃないっ!これは太乙じゃなくオレのなんだよっ!ちゃんと文字を読め、文字をっ!」
 びっと黄巾力士に刻まれている道徳の二文字を指し、持ち主は涙声で今更遅い注意を促す。
 が、当のナタクは至って無表情のまま、
「オレは文字が読めん」
 あまりにも簡潔明快な応えを返した。
「……うん……まあ、そーくるだろうとは思ってたんだけどさぁ………どうせ太公望から『太乙が来てるぞ。日頃の恨みを晴らすために、まず黄巾力士を壊してから嬲り殺しにしてやれ』とか言われたんだろ?」
「よくわかるな。その通りだ。………だが、そうなると太公望は俺に嘘をついたのか?」
「ご名答……仕返ししようって気があるなら、ついでにあいつ殺してきてくれ」
「わかった」
 結構物騒な会話を繰り広げて、ナタクはあっさりその場を離れていった。
 彼にただならぬ期待すら抱きつつ、道徳は弱々しい足取りで黄巾力士に歩み寄る。
 コレの外殻は特製な為、そう簡単に壊せる代物ではない。事実、あのナタクの猛宝貝を連打でくらいながらも、一向に外見に異常は見られなかった。
 が、操縦席となると話は別。
 太乙が不必要に精密かつ複雑に造りあげたので、定期的に検査をしなければならないほどに精密な構造になっている。
 故に。
 攻撃に対する耐性なぞないに等しい。
「…………だぁぁっ!だからってここまで壊すか、普通!?」
 あちこちから黒い煙を吐いている黄巾力士の上で、道徳は思いきり叫んだ。
 もう見るも無残なほどにめちゃくちゃにされた操縦席内部。
 当たり前だが、自分ごときの手におえる破損状態ではない。どれほど太乙が彼に恨まれているかがよく分かる………それはともかく。
 そう。太公望は最初からコレが狙いだったのだ。
 自分が仙人界に帰れぬようにするために。
「…………どーしろって言うんだ…………?」
 心底途方に暮れて、道徳は頭を抱えつつ沈み込んだ。
 帰れない、という事実に畳み掛けるようにして、際限ない不安が立ち上ってくる。
 ここには道徳が大の苦手とする三人組……つまり天化と楊ゼンと太公望とがセットで揃っているのだ。
 そう考えるだけで、気が遠くなりそうになるのに、
「………うーん…………」
 と、本気で遠退きかけた意識を何とか持ち堪えさせて、道徳はまだショックで上手く働かぬ頭を必死で回転させた。
 とにもかくにも、仙人界に戻らなくては話が始まらない。
「んんー……と…………」
 道徳はあぐらをかき、腕組みをしたまま深く考え込んで、


 対策その一:ナタクに太乙を連れてきてくれるよう頼む
 結論:多分太乙の名を出した時点で殺される(自分が)
 対策その二:楊ゼンに太乙を連れてきてもらう
 結論:あいつに貸しをつくるのはヤだ。どうせタダなわけがない
 対策その三:哮天犬をかっさらって仙人界に戻る
 結論:喰われる可能性大
 対策その四:誰かが下に降りてくるのを待つ
 結論:待ってられるか


「だーっ!どーすればいいんだっ!!」
 どうひねっても最後には行き詰まる結論に、道徳は卓袱台返しならぬ、黄巾力士の部品を引っ繰り返して叫んだ。
 が、更に考えてみると、結構色々と望みがあることに気づく。


 対策その五:ナタクに責任追及させて連れかえってもらう。もしくは太乙意外の誰かを呼んできてもらう
 結論:多少危ないけど、哮天犬よりはずっとマシ
 対策その六:雷震子に以下同文
 結論:かなり安全。師匠と違ってあいつはいい奴
 対策その七:四不象に以下同文
 結論:安全確実。あの霊獣は欲しかった


「よしっ!このどれかでいこう!そうと決まれば善は急――」
「コーチ〜〜っ!捕まえたさ〜〜っ!!」
 すぱんっ。
くるっと振り向いた瞬間に鮮やかな足払いをくらわされ、道徳の身体はキレイに花咲く野原へと転がった。
 見張った眼をやれば、いつの間に追いついていたのか、上機嫌な天化の顔がある。
「んな………っ!」
「部屋って言ったけど、別にどこでもいーや。ここなら(多分)誰もこねーし……なあ、コーチ」
「なあコーチ、じゃなーいっ!!やだぞ!絶っっ対にやだぞ!これ以上何かしたら蹴り飛ばすからな、本気でっ!」
「本気って………コーチにマジで蹴飛ばされたら、骨なんて軽く折れるさ………」
「だから言ってるんだ!ほら、早くどけ……っ!」
 この台詞にはさすがの天化も身の危険を感じたのか、不満そうな表情ながらも一応身を引いた。道徳はゼエゼエと息をはきつつ、おろされかけた上衣のジッパーをあげる。
「とっ、ともかくだ天化。紫陽洞から勘当されたくなかったら大人しくしてろよ」
「え〜、勘当まで言うさ〜……?コーチ、ちょっと性格悪くなったさ」
「お前の変貌に比べれば何てことないっ!大体悪くさせてるのはどこのどいつらだっ!」
 何だってこーゆー不健全な会話ばかりかわさなくてはいけないのか、堅物の道徳には辛すぎるコトだっだ。
 それでも乱れた息を整え、何とか身を起こすと、
「天化。あの雲中子の弟子か、四不象の居場所を教えろ」
「雷震子とカバっち……?ああ、成程。でも別にそんな急いで帰らなくたっていいさ〜。少しはココで休んできゃいいのに」
「お前らがいないんなら、喜んでそうさせてもらうよ………いいから早くっ」
「ハイハイ、じゃあ行くさ………なあコーチ、それなら近い内に里帰りしてもいーい?」
「イ・ヤ・だ」
「………それって普通、イヤじゃなくてダメって言うもんさ………」
 などとおおよそ師弟らしからぬ言葉の応酬をしながらも、道徳と天化はおおむね何事もなく野原を離れて行った。



 勿論。
 天化が素直に道案内をしたのにはワケがある。
 何をどう頑張ろうと、彼が仙人界に戻れないことはよく分かっていたから。

 

 


 そしてその頃太公望は、



「のう雷震子。ちょっと雲中子にまで言伝を頼まれてはくれんか?」
「あぁ?ヤダぜ、あの野郎のところになんか」
「まあそう言わず………この書簡を渡してくれるだけでよいのだ。礼は酒で弾んでやるから」
「…………酒、か。ふん、わかったよ。何だ、これ渡すだけでいいんだな?」
「ああ、そうだ………よしなに頼むぞ(にやり)」

 


「ええっ!お休みをくれるんッスか?ご主人が!?」
「何じゃ、その横暴な主に仕える従者のような台詞は………まあよいが、おぬしには色々と働いてもらったからのぅ。仙人界に行って、存分に羽を伸ばしてくるがよいぞ」
「はぁ〜、何だか夢みたいッスね〜、ご主人からそんな労わりの言葉が聞けるなんて………」
「……スープー。ケンカを売っとるのか?」
「いえっ!滅相もないッス!じゃあ(ご主人の気が変わらないうちに)行ってくるッスよ〜」
「おお、ゆっくりしてこい………せめて、十日ばかりは、の」

 

 


「ふむ………これで可能性はふたつ消したか。あとは………」
「おい」
 ぺたぺたと回廊を進み、いつになく楽しげなカオで考え込んでいる太公望に、あからさまな殺気を孕んだ台詞がよせられる。
 ん?と振り向けば、そこには既に宝貝を構え終えたナタクが浮かんでいた。
「(いたいた、後はこやつだな)おおナタク。どうかしたのか?」
「とぼけるな。来ていたのは太乙ではなかったぞ」
「ほぉ………それはすまぬのぅ。上空から見ただけだったから間違えてしまったらしい。…………それはそうと、殷氏からの手紙が来ておるぞ。久々にお前に会いたいとな」
「何?」
 ぴくり、と反応を返すナタクに、太公望はにこにこと笑みながら書簡を取り出す。
「ほら、これじゃ。………帰郷を許してやるから、行くか?」
 ぱっとそれを奪い取り、ナタクはしげしげと眼を通す。
 そして、
「………行っていいのか?」
「ああ、勿論だとも」
「じゃあ行ってくる」
「道中気をつけてな。ああ、それとナタク。その書簡はちゃんと殷氏に返すのだぞ」
「?何故だ?」
「それが礼儀というものじゃ」
「わかった」
 単調すぎる会話を終えて、ナタクはそれこそさっさと西岐城を後にした。
 後に残ったのは、してやったりと笑いを深める太公望である。

 

 

 

 

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うーん、これからコーチはどうなるんでしょうね(笑)

 

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