十三話ー妖仙の脈動






 


「飛天夜叉……だと………?馬鹿な………」
 知らず擦れた声が喉をついた。
 飛天夜叉といえば、十天君の立場にありながら、同じ島の仙道を多殺し、人間をそれこそ数多惨殺した最凶の仙人だ。
 その乱行が通天教主の不評を買い、地位を剥奪されて金鰲を追われたとか………
「悪いが本当だ。……まあ、追い出された、っていうよりは自分から出てきたんだけどな。あそこにいたら満足に殺しもできねぇ。十天君である以上、好きに出奔することも無理だしよ」
 だから教主の逆鱗に触れるような真似をしたんだが。
 そう笑いながら語る男を、玉鼎は不快もあらわな眼で見据えた。
「………人間を殺すために、金鰲を出たと?」
「ああ」
「………救いようのない男だな。貴様は仙人の名を汚した。……この力は、けして私欲の為に与えられたのではない」
 カッ、と靴を鳴らして、玉鼎は相手との距離を狭める。
 彼の抑えきれぬ怒気を感じ取ってか、夜叉も笑いを消して宝貝を構えた。
「綺麗事を。手にした力をどう使おうが勝手だ」
「………それが、貴様らが崑崙山の仙道から忌み嫌われる原因だ」
 言い放つなり、玉鼎は一歩を強く踏み込んで剣を振るう。
 その剣圧によって生じた白い衝撃波は、間違いなく敵の身体を切り裂くはずだった。
 だが、
「面白ぇ」
 ほとんど玉鼎が動くのと同時に、夜叉も黒剣を薙ぎ下ろしていた。
 そして、斬仙剣とは形状の違う、黒い衝撃波が生み出され、
「!」 
 バシュゥゥゥゥッ!!
 双方から放たれた風の刃がせめぎ合い、耳に煩い摩擦音を残して相殺する。 
 思っても見なかった返され方に、玉鼎は僅かに眼を見張った。
「俺もお前と同じ系統の宝貝でね………ちなみに、迅さには自信がある」
 言って、笑いながら剣を動かした。
 たしか手の動きがほとんど眼では追えない。
 だが、玉鼎とて迅さに関しては同様だ。
 再び、ほぼ同じ瞬間に出でた刃が、拮抗して夜気に散る。
「流石。しかし、これじゃあキリがねぇなぁ………さてどうするか」
 心底愉しそうな微笑を浮かべつつ、夜叉は顎をしゃくる。
 そうして、不意に踵を蹴ると、玉鼎向かって猛進した。
「な………!」
 ギィンッ!!
 異常な速さで脳天に振り下ろされた黒剣を眼前でどうにか受け止める。
 そのまま刃をずらして相手の喉元に突き立てようとした。
 しかし、
「!くっ………!」
 ザッ…………
 刹那に玉鼎は瞠目し、咄嗟に相手の膝を蹴り飛ばしてその反動で後退する。
「へぇ、避けたか………凄ぇな、上手い逃げ方だ」
 さすがに感心してか、夜叉は蹴られた膝をさすって黒剣をグン…と縮めた。
 伸縮自在の宝貝、陽炎鬼。鍔競り合いで身体が固まった時を狙って刃を伸ばし、首を切り落としてやろうと思ったのだが。
 後退する際、膝を拉ごうかという勢いで蹴り上げられては、さすがに痛みで身体が止まる。
 その隙をついて自分から離れ、体勢を立て直そうとしたのだろう。戦いでは身体の均衡が崩れた瞬間が一番危険なのだから。
「…………しかしまぁ、完全にかわすのは無理だったか」
 夜叉は玉鼎の様子を細めた眼で見て、嬉しそうに声を弾ませる。
 伸びてきた剣を、顔を逸らして避けた時に、彼の首には細い傷が刻まれていた。
 ポタポタと、傷口から玉のような血が溢れ、濃緑の襟元を紅く染め上げている。
「……っ………」
 血液が流れ出す感覚と、けして小さいとは言えぬ痛みに顔をしかめるが、玉鼎の表情にはこれといって危機感が浮かんでいるわけではない。
 むしろ、なお冷静さが増したようだった。
「………成程、面白い宝貝だ。では、次は私から行かせてもらう」
 澄んで冷たい啖呵を切るなり、玉鼎はパサリと髪を払う。
 そして次の瞬間には、夜叉の背後に回り込んでいた。
「………なっ………!」
 想像を絶する速度で切り出された剣を、夜叉は驚愕しながらも腕の薄皮一枚を犠牲にかろうじてかわし、ザザッと地に膝をつく。
 だが既に玉鼎はそれに追いついており、容赦なく頭上から斬仙剣を振り下ろした。
「くっ!」
 ギンッ!と金属音をたてて刃が触れ合った瞬間、彼は無理なく自分から剣をひいて、また違う角度から責め立てる。
 受けてはいなし、またそれを流して、
 言葉通り、斬撃の嵐が続いた。


 ザッ…………


「ふーッ」
 何とか相手の剣を強く弾き返して、一旦間合いを取り、大きく夜叉は息を吐き出す。
 その身体の節々には中小の傷が入り乱れ、細い筋を作っていた。
 対して玉鼎の方は、あまり目立った変化はない。
 反撃を許さないほどの猛攻を敵に叩きつけていたのだから、まあ当たり前といえるのだが。
「どうした………随分と息が乱れているようだが」
「はっ………正直言って驚いてるぜ、これほど強敵だとはな。さすが今の十二仙のなかで最強なだけある」
 額から眼に入る汗を拭って、夜叉はそう嘯いた。
 玉鼎はその言葉に強く眉をひそめる。
「十二仙は強い………皆、聖哲に長けた賢人ばかりだ。……貴様のような者に計られたくはないな」
「はは、違いねぇ」
「………もう、遊びは終いだ。覚悟を決めてもらおうか、飛天夜叉」
 にわかに玉鼎の声が不穏を帯び、スッと辺りの空気が冷える。
 また残像を残して消える気かと、夜叉は少なからず身構えたが、その気配は無かった。
 かわりに、剣でいう居合い抜きのような体勢をつくる。
「………?何する気だ、衝撃波が俺に通用しねぇことは………!」
 夜叉が訝った呟きを言い終える前に、玉鼎は筆舌に尽くしがたい迅さで剣を抜き放った。
 ザァッ!!
 明らかに、先程よりも数段速度の増した剣圧の波が敵を襲う。
「効かねぇって言っただろ!」
 無論それを予測していた夜叉は、予め起こしてあった複数の黒い衝撃波でそれを相殺させた。
 だが、それが玉鼎の狙い。
 彼は既に地を駆け、波の拮抗によって生まれた砂塵の中へと飛び込んでいたのだ。
「………な………に………!」
 視界が晴れる直前に砂の渦を斬って現れた相手に、夜叉の対応は完全に遅れた。
 その隙をつき、渾身の力を込めて彼の胴体を払う。
「ぐ……ぅ…………ッ!」
 その痛撃をどうにか脇腹辺りで受け止めたものの、夜叉の四肢は均衡を失って吹き飛ばされ、岩壁にしたたかに叩きつけられる。
 間髪入れずその後を追い、玉鼎は注意のそれた彼の指から、黒剣を遠くへと弾き飛ばして、ぴたりと喉元に剣を突きつけた。
 それに気づいて、夜叉はくっと荒んだ顔で笑う。
「………っは………お前、とんでもねぇことしやがるな………衝撃波の相殺と同時に、その渦中に突進するなんざ………一歩間違えば身体砕けてたぜ………?」
「……生憎、貴様と違って惜しむ命ではないのでな………殉死には何の躊躇いもない。例え首だけになっても、その喉笛を破ってやるさ。
 ………これで終わりだ、飛天夜叉」
 怜悧な声で言い終え、ぐっと柄を持つ手に力を込めると、今しもその喉に刃を突き立てようとした。


 だが、


「…………そうかな」
 焦りも抵抗もない様子でそんな言葉をもらす相手に、なに、と玉鼎が眉目を寄せたその時、
「そこまでだ玉鼎真人!剣を捨てろ!」
 背後に、聞き慣れぬ叫び声が叩きつけられる。
 そして、そのすぐ後に………………


 ……………幼い子供の、泣き声。


「な…………!」
「遅いぞ、伍(ウー)。もう少しで殺されるところだった」
「すまねぇ頭。………人間どもの集落を探すのに、少し手間取ってよ」
 止めを刺すのも忘れて振り返れば、そこには先の仕留め損ねた妖怪仙人。
 血で汚れた太い腕のなかに、恐怖で叫ぶことすらできずにいる幼子を見つけた。
 呆然となっている玉鼎の腕に、スッと何気ない夜叉の指がかかってくる。
「!」
 ハッと我にかえって腕を引こうとしたが既に遅く、斬仙剣を絡め取るようにして奪われていた。
「予想通りだな、玉鼎真人。………強いが、本当に甘い。たかがガキ一匹の為に、敵に背を見せるとは」
「貴様………!」
「おっと。いいのか、俺に逆らって」
 その茶化した物言いに、思わず繰り出しかけた拳をぐっと留まらせる。
 それを見て、夜叉が嘲ら笑うように口笛を吹いた。
「効果絶大だな。………人質を取りにいかせて正解だった」
「………だったら、さっさと殺したらどうだ」
 その怒りに彩られた台詞に、まさか、と夜叉は肩を竦めて首を振る。
「殺すのが目的なら、お前が背を見せた時点でとうに殺してる。………力づくで言うことをきかせるには、少々危険性が高かったからな。こういう手段に出たまでだ」
「………?何のことだ?」
「さあ……わからない辺り、益々好みだ。それより、どうもまだ安全とは言えないか。……お前みたいに頭の切れる奴だと、何を企むかわからない」
 さてどうするかな、と口だけは考える素振りを見せて、夜叉は玉鼎から少し距離を取った。
 そうして、

「手負いにすれば、少しは大人しくなるだろう………動くなよ」

 にっと端正な顔を冷笑で包み、夜叉は拾い上げた陽炎鬼を振りかぶる。

 鈍く光る刀身が、闇を照らす月に重なった。

「十天君………!」

 

 玉鼎の声が、不自然に途切れる。


 黒剣の生んだ刃は肌を切り裂き、花弁のような鮮血が夜気に散った。

 

 


 …………後に響くのは、殺した呻きと、歪んだ嘲笑。

 

 

 

 

 

 



「…………っ!」
 限りなく嫌な衝動が背筋を走り抜けて、楊ゼンはバッと身を起こした。
 広間の卓子の上。いつのまにか眠ってしまったらしい。
 わけもわからずに乱れる息を正そうともせず、細かく律動する指で額を抑えた。
 べったりと浮き出た汗。
 煩わしいほどに耳元で鳴り響く鼓動。
 耐え難い感覚だった。


「師匠………」


 思わず口をついて出た言葉にハッとする。
 何かが、あった。
 確証も根拠も何もない。だが身体は考えるより先に動いていた。
 三尖刀を奪い取るように手にし、外に飛び出す。
 相変わらず己を拒むように、夜の闇は広がっていたけれど。


 そんなことは構わない。


 早く師匠に会いたい。


 今夜の赫い月を見ると、どうしようもなく胸がざわめく。  

 

 

 

 

 

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ああ、玉鼎サマが大怪我を;;
どうも私的にこの方はお強い人で、楊ゼンに好き勝手させる為には怪我なりなんなりさせなきゃ、
多分うまくいかないだろーなーと考えて(何をだ?)しかし玉鼎サマが誰かに負けるのは嫌…と
妄想のなかでひとり葛藤した挙句(変態)、オリキャラまで作ってこんな話にしてしまいました(おいこら)
次回は夜叉に襲われてます。ええ、そういう意味で(笑)
そして楊ゼン君が完全に壊れます。月の所為らしいです(謎)

 

拉ぐ(ひしぐ)…押しつぶすこと。

 

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