十二話ー妖仙の脈動〈上〉






 

 

 


「討伐?」
 相も変わらず良い天気に恵まれた、昼より少し前の時刻。
 言伝のために洞府を訪れてきた太乙に、玉鼎は鸚鵡返しに聞き返していた。
「うん、人間界のある山中に妖怪仙人が巣食ってるんだって。………何でも、通る人間を遊び半分で殺し続けてるらしいよ」 
「……………」
 その聞き捨てならない台詞に、玉鼎は険しく眉をひそめた。まがりなりにも仙人と称されるものが何と言う様か。
「でね、そこがどうやら通行要所地帯らしくて……物資の流通が止まってしまってるものだから、いくつもの集落が干上がる寸前らしいんだ。それをどうにかしろって……まあ、お人好しなあの人に言いつけられたわけなんだけどさ」 
 一体どこからそんな情報を仕入れて来るんだかとか肩を竦める彼に、教主をそんな風に言うものではないと窘め、玉鼎は暫し考え込んだ。
 人を脅かす妖怪の討伐。
 その教主の君命に逆らうのはやぶさかではない。が、
「何故私に?………余程の手練なのか、その仙人たちは」
 こう言った命がくだされるのは大抵道士と決まっている。十二仙が直接に動けば、金鰲島にあまり好ましくない影響を及ぼすことは必然だからだ。
 その尤もな玉鼎の疑問に、しかし太乙は言いにくそうな様子で首を振ると、
「うん、それがねぇ………前にひとり道士を送ったんだけど………まだ、戻ってこないんだ」
「……何?」
 戻ってこない。
 それが何を意味するのか、言わずとも明らかなことだ。
「………そうか。元始天尊様も、犠牲は最小限に抑えたいのだろうな」
「うん……だからわざわざ危険をおかしてまで、君に申し出たんだと思うよ」
 手中の湯呑みをもてあそびながら、太乙もどこか沈んだ声音で呟く。
 この友人が強いことは重々承知しているけれど、それでもやはり不安を拭い去ることは出来なかった。
 闘いでは、何が起こるかわからないのだから。
「……ああ、そうだ玉鼎。楊ゼン君についていってもらったら?」
 彼なら、君の背中を十分に守ることができる。
 そう得意げに提案する太乙に、玉鼎は曖昧な笑みを浮かべると、
「いや………楊ゼンは、まだ………」
「まだって、彼ももう十分に大人じゃないか。仙人の資格だってとうに取ってるし………もしかして闘いに出すのが嫌だとか言うんじゃないよね」
 片眉をさげて呆れる友人に、玉鼎はそうかもな、と苦笑してお茶を濁した。
 確かに、可愛い弟子を今回の闘いに出したくはなかった。
 …………過剰な気遣い故の、甘い考え。
 そうわかってはいても、かつて同門だった者と対峙させたくない。
 こんなことを言えば、きっとあの子は怒るのだろうけれど。
「………私が一人で行くさ。地上で勝手な横行に身を落としているところを見ると、おそらくははぐれ仙人だろう。そうなれば金鰲とは直接的な関わりがない………夜の闇に姿を隠して、始末してくるとしよう」
 それで誤魔化せるとは思っていないが、金鰲も縁を切った者にそこまでの義理は無いはず。
 元始天尊様もその辺を見越して、自分に動くよう命令したのだろうが。


「今夜にでも出る………太乙、場所を教えてくれないか?」

 

 

 

 

 

 



 深夜。
 いつも通り洞府に帰ってきた楊ゼンは、まず師が広間にいないことに少なからず驚いた。
 そして、辺りの沈黙が普段より重いことに気づく。
「…………師匠?」
 カツ、と跫音を響かせながら名を呼んでも、返ってくるのは己の冷えた声音ばかりで。
「……師匠………どこへ………」
 にわかにせりあがってきた不安を散らし、楊ゼンは洞府の外へと発作的に飛び出した。
 常時黄巾力士が落ち着いている場所に、今はその影が無い。
 竜吉公主にでも会いに行ったのだろうか。先程まで自分が側にいたあの人の元へ。
「それは、ないな………」
 こんな夜更けに尋ねるような真似をする人ではないし、第一どこへ行くにも必ず書置きを残していってくれた。
 それもなく、出かけたということは………
「………………」
 あまり嬉しくない応えを心中に思って、楊ゼンはふと夜空に月を見つける。

 


 はかったような満月。
 それが己の瞳に赫く映るのは、ただの気のせいなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 



「ここか………」
 ザッと砂埃を足で奏で、玉鼎は山中の一角に差し掛かった。
 狭くも広くも無い程度に切り開かれた山道。両端にそびえたつ剱山から、いかにこの道を開鑿することが困難だったかがうかがえる。
 だから余計に怒りが胸をついた。
 斬仙剣に手をかけ、玉鼎は当の山道を歩き始める。
 まだ日がおちて浅いにも関わらず、往来を行き交うものは一人とていなかった。
「…………………」
 夕暮れ時。
 山の手前で黄巾力士を降り、山中を歩いて、遠目に垣間見た集落の痛々しい様子が、また瞼に浮かぶ。
 食事時だというのに、煙一筋すらのぼらぬ民家。
 外に出て遊んでいた幼子も、片手で数えるほどで、
 それは到底、玉鼎のような者の眼に耐えうる光景ではなく………
 ………涌き出てくる怒気を宥めつつ、半刻ばかり歩いただろうか。
 不意に、肌を撫でる夜気が刺を帯びた気がした。
 ぴたりと、玉鼎の歩みが止まる。
「出てこい」
 尖った岩々が多く突き出す場に、それよりも鋭く冷えた挑発が響き渡る。
 静かでいて尚深い怒り。
 その言葉に誘発されてか、玉鼎の背後に三つの気配が生まれた。
 手にしている宝貝の形状から見て、間違いなく妖怪仙人。
 三人とも完全な人形を取っている。
「はぁ……これはこれは。また随分と愚かで極上な道士がやってきたものだな」
「つい先日血祭りにあげてやったっていうのに、崑崙の教主とやらも学習しない奴だ」
「だがそれで、俺らは旨い思いができる」
 方々に言い放ち、妖怪仙人はタンッと玉鼎と同じ道にまで飛び降りてきた。
 そこで改めて、月に照らされた彼の容姿を掴むことが出来たのか、思わずひとりが口笛をこぼす。
「へーぇ、まあまあどころか空恐ろしいほどの顔つきしてやがる………殺すのが勿体ねぇな」
「じゃあやってからにするか?お前も好きだよな」
 にやにやと品の悪い笑みを浮かべつつ、ひとりの妖怪仙人が宝貝を緩慢な動作で手に取った。
 その瞬間、
「黙れ」
 ザンッ…………
 冷淡に吐き捨てて、玉鼎が前振り無く剣を振りかぶる。
 残像すら眼の端に残らなかった、その迅さの直後には、四肢を切り捨てられた妖怪仙人の原型が岩の上に転がっていた。
 斬仙剣。
 その格の違う威力を目の当たりにした瞬間、妖怪仙人たちの顔から血の気が引く。
「…………な、え?
 ………ま、まさかてめぇは………!」


 崑崙の、十二仙。


 上擦った呻きを言い終える前に、再び玉鼎の宝貝が牙を向いた。
 音速を誇る剣先を見切ることなど、ほぼ不可能に近い。
 あえなく、もうひとりの妖怪仙人の四肢が闇に散る。
「………じ、十二、仙………?う、嘘だろ、何でこんなところに………」
 先程の威勢の良さは欠片もなく、最後の敵は無様なほどにふためいてざざっと後退した。
 それでも恐怖に震える足が、満足に動かない。
 相手から放たれる殺気に、身が凍り付きそうだった。
「どうした?己より力が劣る者には惨い死を与えておきながら、私相手にはその様か……?」
「……ま、待………っ!」
「虫酸が走る。貴様のような輩には」
 ザッ……と再び玉鼎が足を鳴らす。
 怒り故に冷えた美貌からは、凄絶なまでの畏怖を感じた。
「ひっ………ひぃっ………!」
 その圧倒される気に顔を歪めながら、男はただ後ろへと身体をずらすしかない。
 そうして、強張った背に岩壁が当たった。
「……………!」
 絶望に眼を見開く敵に、玉鼎は尚も歩を進めて、
 ……そのまま、おもむろに斬仙剣を構えた。
「対峙した相手の力量すら見抜けぬ者との勝敗など、とうに決まっている。………諦めることだな」
 仲間の返り血で汚れた、醜い形相を見下ろし、玉鼎は静かに宝貝を振り下ろそうとした。
 その瞬間。
 頭上に、戦慄さえ覚える殺気が膨れ上がる。
「――――ッ!」
 ダァァァァァンッッ!
 上を仰ぐいとますら惜しみ、咄嗟に地を蹴って離れた場所に、轟音を立てて何かが着弾してきた。
 剣。いや、宝貝。
 固い地盤を易々と貫いた切っ先からは、放射状に地面が深く抉られている。
 今のそれをまともにくらったならば、間違い無く五体は砕け散っていただろう。
「………何者だ」
 僅かに乱れた姿勢をスッとただし、玉鼎は今だ砂煙の中にいる相手に誰何を投げる。
 が、
「………!」
 突如、砂埃の中から鋭い刃が突き出された。
 玉鼎は、そのまっすぐに自分の眼を狙ってきた刃を斬仙剣で弾き返し、飛び退いて更に大きく間合いを取る。
 顔をあげれば、相手は既に粉塵の中から出で、彼の前に佇んでいた。
 この男も………妖怪仙人。
 完璧な人形に加え、長身の玉鼎よりも更に背高く、まるで豹のような体躯をしている。
 浅黒い肌と、僅かに茶の混じった白い髪の、整った顔立ちをしていながら、一種異様な風体の男だった。
(強い………)
 先程の攻撃といい、最初に対峙した奴らとはまるで格が違う。
 その能力に裏づけされてか、全身から自信と余裕が滲み出ているようだった。
「そのへんにしといてくれるか?……こんな頼りねぇ奴でも、一応俺の部下だからな」
「………その割に、出てくるのが遅かったようだが」
 冷淡に言葉を突き返し、ザッと玉鼎は警戒した態勢を取る。
 あまり手放しで戦えるような敵ではなさそうだ。
「ああ。ちょいとお前を観察させてもらったのよ。………まるで舞のように優雅な剣術だ。金鰲にいた頃にも見たことはねぇ」
「……………」
「それにお前は随分と高貴な匂いがする。その宝貝といい、本当に崑崙の十二仙か?」
「応える義理はない」
「………確かにな」
 にべもない玉鼎の返答に、それでも気を悪くしたような素振りは見せず、ひらひらと男は持参の剣を手中で振り回していた。
 黒塗りの宝貝。
 短剣、と言うには無理があるが、それでも大した長さはない。斬仙剣の三分の一ぐらいだろうか。
 その代わりに、かなり刀身が太かった。
 一見しただけではあまり使い勝手が良さそうには見えず、玉鼎は訝った顔つきになるが、
「………お前が、この山道に巣食う親玉か?」
「酷ぇ言われようだな。まあそうだがよ」
「崑崙の教主、元始天尊の命だ。……大人しく従うなら、苦しまぬよう命を絶ってやるが………どうも無駄のようだな」
「わかってるじゃねぇか。………生憎と、まだやられる気はないんでね。それにそっちこそ人の楽しみを邪魔するな……と言いたいところだが、やはり無駄かな」
 に、と邪気ある笑みを浮かべ、剣呑な眼差しで相手は玉鼎を見据える。
 だが無論、そんなものに気後れするような彼ではない。
「ああ、無駄だ」
「だろうな。………崑崙十二仙が玉鼎真人。成程、噂以上の美丈夫だ」
 揶揄されたと感じたのか、玉鼎真人の眉目がきつく寄せられる。それに、男はおっと、と両手を前に突き出して、
「勘違いするなよ、別にからかってるつもりはねぇ。……その腹が立つぐらいにお綺麗な眼が、俺の好みだって言ってるだけだ」
 精悍な雰囲気を装いながらも、触れれば壊れそうなぐらいに繊細な美貌をしている。
 金鰲にいた頃にも、嫌と言うほどこの男の噂は耳に入ってきた。
 十二仙のなかで……崑崙山のなかで、最も誉れ高い美貌を有するという………
 ………だが、正直言ってこれほどまでとは思ってもみなかった。
 だからこそ最初、部下を犠牲にしてまでその麗姿に見惚れていたのだから。
「貴様………」
「あ、悪ぃ。弁解になってなかったか?………まあいい、そっちの名だけ知ってるのは公平じゃねぇから、俺も名乗るぜ?」
 勝手に話を進める男に、玉鼎がいい加減にしてもらおうと声を荒げる寸前、


「金鰲の奴らは夜叉、って呼んでた。………さあ、楽しい殺し合いをしようじゃねぇか。玉鼎真人様よ」


「!」
 軽く口にされたその名に、玉鼎の顔は凍りつく。
「……な……に………?」
「ああ、やっぱ驚いたか………そ、俺の仙人名は飛天夜叉。元十天君の一人だ」



 飛天夜叉(フェイティエンイエチア) 。

 


 かつで金鰲で、悪鬼と怖れられた妖怪。        

 

 

 

 

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ぬがぁ〜〜っ。もうわけがわかりません。何なのよこの話(お前が言うな)
しかもまた勝手にオリキャラ…うわぁ;;
あ、あと二話ほど待ってくだされば、裏な内容になりますので……はい(TT)
次回は戦闘シーンしかないので、思いっきりつまらないです、ええ(泣)

 

開鑿(かいさく)…谷などを切り開くこと

 

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