聖愚問答抄

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聖愚問答抄の概要

【文永二年、聖寿】 
夫れ生を受けしより死を免れざる理りは、賢き御門より卑き民に至るまで人ごとに是を知るといへども、実に是を大事とし是を歎く者、千万人に一人も有がたし。

無常の現起するを見ては、疎きをば恐れ親きをば歎くといへども、先立つははかなく、留るはかしこきやうに思て、昨日は彼のわざ今日は此の事とて、徒らに世間の五慾にほだされて、

白駒のかげ過ぎやすく、羊の歩み近づく事をしらずして、空しく衣食の獄につながれ、徒らに名利の穴にをち、三途の旧里に帰り、六道のちまたに輪回せん事、心有らん人誰か歎かざらん、誰か悲しまざらん。

嗚呼老少不定は娑婆の習ひ、会者定離(えじゃじょうり)は浮世のことはりなれば、始めて驚くべきにあらねども、正嘉の初め世を早うせし人のありさまを見るに、

或は幼き子をふりすて、或は老いたる親を留めをき、いまだ壮年の齢にて黄泉の旅に趣く心の中、さこそ悲しかるらめ、行くもかなしみ、留るもかなしむ。

彼楚王が神女に伴いし情を一片の朝の雲に残し、劉氏が仙客に値し思ひを七世の後胤に慰む、予か如き者底に縁て愁いを休めん。

かかる山左のいやしき心なれば身には思のなかれかしと云ひけん人の古事さへ思ひ出でられて、末の代のわすれがたみにもとて、難波のもしほ草をかきあつめ、水くきのあとを形の如くしるしをくなり。

悲しいかな痛しいかな。我等無始より已来、無明の酒に酔て六道四生に輪回して、或時は焦熱大焦熱の炎にむせび、或時は紅蓮大紅蓮の氷にとぢられ、或時は餓鬼飢渇の悲みに値て、五百生の間飲食の名をも聞かず。

或時は畜生残害(ざんがい)の苦みをうけて、小さきは大きなるにのまれ、短きは長きにまかる、是を残害(ざんがい)の苦と云ふ。

或時は修羅闘諍の苦をうけ、或時は人間に生れて八苦をうく。生・老・病・死・愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五盛陰苦等なり。或時は天上に生れ五衰をうく。

此くの如く三界の間を車輪のごとく回り、父子の中にも親の親たる子の子たる事をさとらず、夫婦の会遇るも会遇たる事をしらず、迷へる事は羊目に等しく、暗き事は狼眼に同し。

我を生たる母の由来をもしらず、生を受けたる我が身も死の終りをしらず。

嗚呼受け難き人界の生をうけ、値ひ難き如来の聖教に値ひ奉れり。一眼の亀の浮木の穴にあへるがごとし。

今度若し生死のきづなをきらず、三界の篭樊(ろうはん)を出でざらん事かなしかるべし、かなしかるべし。

爰に或る智人来て示して云く、汝が歎く所実に爾なり。此くの如く無常のことはりを思ひ知り、善心を発す者は麟角(りんかく)よりも希なり。此のことはりを覚らずして、悪心を発す者は牛毛よりも多し。

汝早く生死を離れ菩提心を発さんと思はば、吾最第一の法を知れり、志あらば汝が為に之を説て聞かしめん。

其の時愚人座より起て掌を合せて云く、我は日来外典を学し、風月に心をよせて、いまだ仏教と云ふ事を委細にしらず。願くば上人我が為に是を説き給へ。

其の時上人の云く、汝耳を伶倫が耳に寄せ、目を離朱が眼にかつて、心をしづめて我が教をきけ。汝が為に之を説かん。

夫れ仏教は八万の聖教多けれども、諸宗の父母たる事戒律にはしかず。

されば天竺には世親・馬鳴等の薩広、唐土には恵広・道宣と云ひし人是を重んず。

我が朝には人皇四十五代聖武天皇の御宇に、鑑真和尚此の宗と天台宗と両宗を渡して、東大寺の戒壇之を立つ。爾しより已来当世に至るまで、崇重年旧り尊貴日に新たなり。

就中、極楽寺の良観上人は上一人より下万民に至るまで生身の如来と是を仰ぎ奉る。彼の行儀を見るに実に以て爾なり。

飯島の津にて六浦の関米を取ては諸国の道を作り、七道に木戸をかまへて人別の銭を取ては諸河に橋を渡す。慈悲は如来に斉しく、徳行は先達に越えたり。

汝早く生死を離れんと思はば、五戒・二百五十戒を持ち、慈悲をふかくして物の命を殺さずして、良観上人の如く道を作り橋を渡せ。是れ第一の法なり。汝持たんや否や。

愚人弥掌を合せて云く、能く能く持ち奉らんと思ふ。具に我が為に是を説き給へ。

抑五戒・二百五十戒と云ふ事は我等未だ存知せず。委細に是を示し給へ。

智人云く、汝は無下に愚かなり。五戒・二百五十戒と云ふ事をば孩児も是をしる。然れども汝が為に之を説かん。

五戒とは一には不殺生戒、二には不偸盗戒、三には不妄語戒、四には不邪淫戒、五には不飲酒戒是なり。二百五十戒の事は多き間之を略す。

其の時に愚人礼拝恭敬して云く、我今日より深く此の法を持ち奉るべし。爰に予が年来の知音、或所に隠居せる居士一人あり。

予が愁歎を訪はん為に来れるが、始には往事渺茫として夢に似たる事をかたり、終には行末の冥冥として弁へ難き事を談ず。

欝を散し思をのべて後、予に問て云く、抑人の世に有る誰か後生を思はざらん。

貴辺何なる仏法をか持て出離をねがひ、又亡者の後世をも訪ひ給ふや。

予答て云く、一日或る上人来て我が為に五戒二百五十戒を授け給へり。実に以て心肝にそみて貴し。

我深く良観上人の如く、及ばぬ身にもわろき道を作り、深き河には橋をわたさんと思へるなり。

其の時居士示して云く、汝が道心貴きに似て愚かなり。今談ずる処の法は浅ましき小乗の法なり。

されば仏は則ち八種の喩を設け、文殊は又十七種の差別を宣べたり。或は螢火日光の喩を取り、或は水精瑠璃の喩あり。爰を以て三国の人師も其の破文一に非ず。

次に行者の尊重の事。必ず人の敬ふに依て法の貴きにあらず。されば仏は依法不依人と定め給へり。

我伝へ聞く、上古の持律の聖者の振舞は殺を言ひ収を言ふには知浄の語有り、行雲廻雪には死屍の想を作す。

而るに今の律僧の振舞を見るに、布絹財宝をたくはへ、利銭借請を業とす。教行既に相違せり、誰か是を信受せん。

次に道を作り橋を渡す事、還て人の歎きなり。飯島の津にて六浦の関米を取る、諸人の歎き是れ多し。

諸国七道の木戸、是も旅人のわづらい只此の事に在り、眼前の事なり。汝見ざるや否や。

愚人色を作して云く、汝が智分をもつて上人を謗し奉り、其の法を誹る事謂れ無し。知て云ふか、愚にして云ふか、おそろし、おそろし。

其の時居士笑て云く、嗚呼おろかなりおろかなり。彼の宗の僻見をあらあら申すべし。

抑教に大小有り、宗に権実を分かてり。鹿苑施小の昔は化城の戸ぼそに導くといへども、鷲峰開顕の莚には其の得益更に之れ無し。

其の時愚人茫然として居士に問て云く、文証現証実に以て然なり。さて何なる法を持てか生死を離れ速に成仏せんや。

居士示して云く、我れ在俗の身なれども深く仏道を修行して、幼少より多くの人師の語を聞き、粗経教をも開き見るに、末代我らが如くなる無悪不造のためには念仏往生の教にしくはなし。

されば恵心の僧都は「夫れ往生極楽の教行は濁世末代の目足なり」と云ひ、法然上人は諸経の要文を集めて一向専修の念仏を弘め給ふ。

中にも弥陀の本願は諸仏超過の崇重なり。始め無三悪趣の願より終り得三法忍の願に至るまで、いづれも悲願目出けれども、第十八の願殊に我等が為に殊勝なり。

又十悪五逆をもきらはず、一念多念をもえらばず。されば上一人より下万民に至るまで、此の宗をもてなし給ふ事他に異なり。又往生の人それ幾ぞや。

其の時愚人の云く、実に小を恥じて大を慕ひ、浅を去て深に就は、仏教の理のみに非ず、世間にも是れ法なり。我早く彼の宗にうつらんと思ふ。委細に彼の旨を語り給へ。

彼の仏の悲願の中に五逆十悪をも簡ばずと云へる、五逆とは何等ぞや、十悪とは如何。

智人の云く、五逆とは父を殺し・母を殺し・阿羅漢を殺し・仏身の血を出し・和合僧を破す、是を五逆と云ふなり。

十悪とは身に三・口に四・意に三なり。身に三とは殺・盗・婬、口に四とは妄語・綺語・悪口・両舌、意に三とは貪・瞋・癡、是を十悪と云ふなり。

愚人云く、我今解しぬ。今日よりは他力往生に憑を懸くべきなり。爰に愚人又云く、以ての外盛にいみじき密宗の行人あり。

是も予が歎きを訪はんが為に来臨して、始には狂言綺語のことはりを示し、終には顕密二宗の法門を談じて、予に問て云く、抑汝は何なる仏法をか修行し、何なる経論をか読誦し奉るや。

予答て云く、我一日或る居士の教に依て、浄土の三部経を読み奉り、西方極楽の教主に憑を深く懸くるなり。

行者の云く、仏教に二種有り。一には顕教、二には密教なり。顕教の極理は密教の初門にも及ばずと云云。

汝が執心の法を聞けば釈迦の顕教なり。我が所持の法は大日覚王の秘法なり。

実に三界の火宅を恐れ、寂光の宝台を願はば、須く顕教を捨てて、密教につくべし。

愚人驚て云く、我いまだ顕密二道と云ふ事を聞かず。何なるを顕教と云ひ、何なるを密教と云へるや。

行者の云く、予は是れ頑愚にして敢て賢を存ぜず。然りと雖も今一二の文を挙げて汝が矇昧を挑げん。

顕教とは、舎利弗等の請に依て、応身如来の説き給ふ諸教なり。密教とは、自受法楽の為に、法身大日如来の金剛薩zを所化として説き給ふ処の大日経等の三部なり。

愚人の云く、実に以て然なり。先非をひるがへして賢き教に付き奉らんと思ふなり。

又爰に萍のごとく諸州を回り、蓬のごとく県県に転ずる非人の、それとも知らず来り門の柱に寄り立て含笑語る事なし。

あやしみをなして是を問ふに始めには云ふ事なし。後に強て問を立つる時、彼が云く、月蒼蒼として風忙忙たりと。

形質常に異に、言語又通ぜず。其の至極を尋れば当世の禅法是なり。

予彼の人の有様を見、其の言語を聞て、仏道の良因を問ふ時、非人の云く、修多羅の教は月をさす指、教網は是れ言語にとどこほる妄事なり。

我が心の本分におちつかんと出立法は其の名を禅と云ふなり。愚人云く、願くは我聞んと思ふ。

非人の云く、実に其の志深くば壁に向ひ坐禅して本心の月を澄ましめよ。

爰を以て西天には二十八祖系乱れず、東土には六祖の相伝明白なり。汝是を悟らずして教網にかかる。不便不便。是心即仏、即心是仏なれば此の身の外に更に何にか仏あらんや。

愚人此の語を聞て、つくづくと諸法を観じ、閑かに義理を案じて云く、仏教万差にして理非明らめ難し。

宜なるかな、常啼は東に請ひ、善財は南に求め、薬王は臂を焼き、楽法は皮を剥ぐ。善知識実に値ひ難し。

或は教内と談じ、或は教外と云ふ。此のことはりを思ふに未だ淵底を究めず、法水に臨む者は深淵の思ひを懐き、人師を見る族は薄氷の心を成せり。

爰を以て金言には依法不依人と定め、又爪上土の譬あり。若し仏法の真偽をしる人あらば尋ねて師とすべし、求めて崇べし。

夫れ人界に生を受くるを天上の糸にたとへ、仏法の視聴は浮木の穴に類せり。

身を軽くして法を重んずべしと思ふに依て衆山に攀、歎きに引れて諸寺を回る。

足に任せて一つの巌窟に至るに、後には青山峨峨として松風常楽我浄を奏し、前には碧水湯湯として岸うつ波四徳波羅蜜を響かす。

深谷に開敷せる花も中道実相の色を顕し、広野に綻ぶる梅も界如三千の薫を添ふ。言語道断心行所滅せり。

謂つべし商山の四皓の所居とも、又知らず古仏経行の迹なるか。景雲朝に立ち、霊光夕に現ず。嗚呼心を以て計るべからず、詞を以て宣ぶべからず。

予此の砌に沈吟とさまよひ、彷徨とたちもとをり、徙倚とたたずむ。

此処に忽然として一の聖人坐す。其の行儀を拝すれば法華読誦の声深く心肝に染て、閑窓の戸ほそを伺へば玄義の牀に臂をくだす。

爰に聖人予が求法の志を酌知て、詞を和げ予に問て云く、汝なにに依て此の深山の窟に至れるや。予答て云く、生をかろくして法をおもくする者なり。

聖人問て云く、其の行法如何。予答て云く、本より我は俗塵に交て未だ出離を弁へず。

適善知識に値て始には律、次には念仏・真言・並に禅、此等を聞くといへども未だ真偽を弁へず。

聖人云く、汝が詞を聞くに実に以て然なり。身をかろくして法をおもくするは先聖の教へ、予が存ずるところなり。

抑上は非想の雲の上、下は那落の底までも、生を受けて死をまぬかるる者やはある。

然れば外典のいやしきをしえにも、朝に紅顔有て世路に誇るとも、夕には白骨と為て郊原に朽ちぬと云へり。

雲上交て雲のびんづらあざやかに、回雪たもとをひるがへすとも、其の楽みをおもへば夢の中の夢なり。

山のふもと蓬がもとはつゐの栖なり。玉の台・錦の帳も後世の道にはなにかせん。

小野の小町・衣通姫が花の姿も無常の風に散り、攀噌・張良が武芸に達せしも獄卒の杖をかなしむ。

されば心ありし古人の云く、あはれなり鳥べの山の夕煙をくる人とてとまるべきかは。末のつゆ本のしづくや世の中のをくれさきたつためしなるらん。

先亡後滅の理り始めて驚くべきにあらず。願ても願ふべきは仏道、求めても求むべきは経教なり。

抑汝が云ふところの法門をきけば、或は小乗、或は大乗、位の高下は且らく之を置く、還て悪道の業たるべし。

爰に愚人驚て云く、如来一代の聖教はいづれも衆生を利せんが為なり。始め七処八会の筵より終り跋提河の儀式まで、何れか釈尊の所説ならざる。設ひ一分の勝劣をば判ずとも、何ぞ悪道の因と云べきや。

聖人云く、如来一代の聖教に権有り実有り、大有り小有り。又顕密二道相分ち、其の品一に非ず。須く其の大途を示して汝が迷を悟らしめん。

夫れ三界の教主釈尊は十九歳にして伽耶城を出て、檀特山に寵て難行苦行し、三十成道の刻に三惑頓に破し無明の大夜爰に明しかば、

須く本願に任せて一乗妙法蓮華経を宣ぶべしといへども、機縁万差にして其の機仏乗に堪へず、然れば四十余年に所被の機縁を調へて、後八箇年に至て出世の本懐たる妙法蓮華経を説き給へり。

然れば仏の御年七十二歳にして、序分無量義経に説き定めて云く「我先きに道場菩提樹の下に端坐すること六年にして、阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得たり。仏眼を以て一切の諸法を観ずるに、宣説すべからず。

所以は何ん。諸の衆生の性慾不同なるを知れり。性慾不同なれば種種に法を説く。種種に法を説くこと方便の力を以てす。四十余年には未だ真実を顕はさず」文。

此の文の意は仏の御年三十にして寂滅道場菩提樹の下に坐して、仏眼を以て一切衆生の心根を御覧ずるに、衆生成仏の直道たる法華経をば説くべからず。

是を以て空拳を挙げて嬰児(えいじ)をすかすが如く、様様のたばかりを以て四十余年が間は、いまだ真実を顕はさずと年紀をさして、青天に日輪の出で、暗夜に満月のかかるが如く、説き定めさせ給へり。

此の文を見て、何ぞ同じ信心を以て仏の虚事と説かるる法華已前の権教に執著して、めずらしからぬ三界の故宅に帰るべきや。

されば法華経の一の巻方便品に云く「正直に方便を捨て但無上道を説く」文。

此の文の意は前四十二年の経経、汝が語るところの念仏・真言・禅・律を正直に捨てよとなり。

此の文明白なる上、重ねていましめて第二の巻譬喩品に云く「但楽て大乗経典を受持し、乃至余経の一偈をも受けざれ」文。

此の文の意は、年紀かれこれ煩はし、所詮法華経より自余の経をば一偈をも受くべからずとなり。

然るに八宗の異義蘭菊に、道俗形ちを異にすれども、一同に法華経をば崇むる由を云ふ。

されば此等の文をばいかが弁へたる。正直に捨てよと云て余経の一偈をも禁むるに、或は念仏、或は真言、或は禅、或は律、是れ余経にあらずや。

今此の妙法蓮華経とは諸仏出世の本意、衆生成仏の直道なり。されば釈尊は付属を宣べ、多宝は証明を遂げ、諸仏は舌相を梵天に付けて皆是真実と宣べ給へり。

此の経は一字も諸仏の本懐、一点も多生の助なり。一言一語も虚妄あるべからず。

此の経の禁を用ひざる者は諸仏の舌をきり、賢聖をあざむく人に非ずや。其の罪実に怖るべし。

されば二の巻に云く「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば、則ち一切世間の仏種を断ず」文。

此の文の意は若人此経の一偈一句をも背かん人は過去現在未来三世十方の仏を殺さん罪と定む。

経教の鏡をもつて当世にあてみるに、法華経をそむかぬ人は実に以て有りがたし。

事の心を案ずるに不信の人尚無間を免れず。況や念仏の祖師法然上人は法華経をもつて念仏に対して抛てよと云云。五千七千の経教に何れの処にか法華経を抛てよと云ふ文ありや。

三昧発得の行者生身の弥陀仏とあがむる善導和尚、五種の雑行を立てて、法華経をば千中無一とて千人持つとも一人も仏になるべからずと立てたり。

経文には若有聞法者、無一不成仏と談じて、此の経を聞けば十界の依正皆仏道を成ずと見えたり。

爰を以て五逆の調達は天王如来の記■に予り、非器五障の竜女も南方に頓覚成道を唱ふ。況や復■■の六即を立てて機を漏らす事なし。

善導の言と法華経の文と実に以て天地雲泥せり。何れに付くべきや。

就中、其の道理を思ふに、諸仏衆経(しゅうきょう)の怨敵、聖僧衆人の讎敵なり。経文の如くならば、争か無間を免るべきや。

爰に愚人色を作して云く、汝賎き身を以て恣に莠言を吐く。悟て言ふか、迷て言ふか、理非弁へ難し。

忝なくも善導和尚は弥陀善逝の応化、或は勢至菩薩の化身と云へり。法然上人も亦然なり。善導の後身といへり。

上古の先達たる上、行徳秀発し、解了底を極めたり。何ぞ悪道に堕ち給ふと云ふや。

聖人云く、汝が言然なり。予も仰て信を取ること此くの如し。但し仏法は強ちに人の貴賎には依るべからず。只経文を先きとすべし。

身の賎をもつて其の法を軽んずる事なかれ。有人楽生悪死
有人楽死悪生の十二字を唱へし毘摩大国の狐は帝釈の師と崇められ、諸行無常等の十六字を談ぜし鬼神は雪山童子に貴まる。是れ必ず狐と鬼神との貴きに非ず。只法を重んする故なり。

されば我等が慈父教主釈尊、双林最後の御遺言・涅槃経の第六には、依法不依人とて、普賢・文殊等の等覚已還の大薩z法門を説き給ふとも、経文を手に把らずば用ゐざれとなり。

天台大師の云く「修多羅と合する者は録して之を用ひよ。文無く義無きは信受すべからず」文。釈の意は経文に明ならんを用ひよ。文証無からんをば捨てよとなり。

伝教大師の云く「仏説に依憑して口伝を信ずること莫れ」文。前の釈と同意なり。

竜樹菩薩(りゅうじゅぼさつ)の云く「修多羅に依るは白論なり、修多羅に依らざるは黒論なり」文。意は経の中にも法華已前の権教をすてて此の経につけよとなり。

経文にも論文にも、法華に対して諸余の経典を捨てよと云ふ事分明なり。

然るに開元の録に挙る所の五千七千の経巻に、法華経を捨てよ乃至抛てよと嫌ふことも、又雑行に摂して之を捨てよと云ふ経文も全く無し。

されば慥の経文を勘へ出して、善導・法然の無間の苦を救はるべし。

今世の念仏の行者・俗男・俗女、経文に違するのみならず、又師の教にも背けり。

五種の雑行とて、念仏申さん人のすつべき日記、善導の釈之れ有り。

其の雑行とは選択に云く「第一に読誦雑行とは、上の観経等の往生浄土の経を除て已外大小乗顕密の諸経に於て受持読誦するを悉く読誦雑行と名く。

乃至第三に礼拝雑行とは、上の弥陀を礼拝するを除て已外、一切諸余の仏・菩薩等及諸の世天に於て礼拝恭敬するを悉く礼拝雑行と名く。

第四に称名雑行とは、上の弥陀の名号を称するを除て已外、自余の一切仏・菩薩等及諸の世天等の名号を称するを悉く称名雑行と名く。

第五に讃歎供養雑行とは、上の弥陀仏を除て已外、一切諸余の仏・菩薩等及諸の世天等に於て讃歎し供養するを悉く讃歎供養雑行と名く」文。

此の釈の意は第一の読誦雑行とは、念仏申さん道俗男女、読むべき経あり、読むまじき経ありと定めたり。

読むまじき経は法華経・仁王経・薬師経(やくしきょう)・大集経・般若心経・転女成仏経・北斗寿命経、ことさらうち任せて諸人読まるる八巻の中の観音経、此等の諸経を一句一偈も読むならば、たとひ念仏を志す行者なりとも、雑行に摂せられて往生すべからず云云。

予愚眼を以て世を見るに、設ひ念仏申す人なれども、此の経経を読む人は多く師弟敵対して七逆罪となりぬ。

又第三の礼拝雑行とは、念仏の行者は弥陀三尊より外は上に挙ぐる所の諸仏・菩薩・諸天・善神を礼するをば礼拝雑行と名け又之を禁ず。

然るを日本は神国として伊奘諾・伊奘冊の尊此の国を作り、天照大神垂迹御坐して、御裳濯河の流れ久しくして今にたえず。豈此の国に生を受けて此の邪義を用ゆべきや。

又普天の下に生れて三光の恩を蒙りながら、誠に日月星宿を破する事尤も恐れ有り。

又第四の称名雑行とは、念仏申さん人は、唱ふべき仏菩薩の名あり、唱へまじき仏菩薩の名あり。

唱ふべき仏菩薩の名とは、弥陀三尊の名号、唱ふまじき仏菩薩の名号とは、釈迦・薬師・大日等の諸仏、地蔵・普賢・文殊・日月星、二所と三島と熊野と羽黒と天照大神と八幡大菩薩と、

此等の名を一遍も唱へん人は念仏を十万遍百万遍申したりとも、此の仏菩薩日月神等の名を唱ふる過に依て無間にはおつとも、往生すべからずと云云。

我世間を見るに、念仏を申す人も此等の諸仏・菩薩・諸天善神の名を唱ふる故に、是れ又師の教に背けり。

第五の讃歎供養雑行とは、念仏申さん人は供養すべき仏は弥陀三尊を供養せん外は、上に挙ぐる所の仏菩薩諸天善神に香華のすこしをも供養せん人は念仏の功は貴とけれども、此の過に依て雑行に摂すと是をきらふ。

然るに世を見るに、社壇に詣でては幣帛を捧げ、堂舎に臨ては礼拝を致す。是れ又師の教に背けり。汝若し不審ならば選択を見よ。其の文明白なり。

又善導和尚の観念法門経に云く「酒肉五辛誓て発願して手に捉らざれ口に喫まざれ。若し此の語に違せば即ち身口倶に悪瘡(あくそう)を著けんと願ぜよ」文。

此の文の意は念仏申さん男女尼法師は酒を飲まざれ魚鳥をも食はざれ。其の外にらひる等の五つのからくくさき物を食はざれ。是を持たざる念仏者は今生には悪瘡(あくそう)身に出で、後生には無間に堕すべしと云云。

然るに念仏申す男女尼法師此の誡をかへりみず、恣に酒をのみ魚鳥を食ふ事、剣を飲む譬にあらずや。

爰に愚人の云く、誠に是れ此の法門を聞くに、念仏の法門実に往生すと雖も、其の行儀修行し難し。

況や彼の憑む所の経論は皆以て権説なり。往生すべからざるの条分明なり。

但真言を破する事は其の謂れ無し。夫れ大日経とは大日覚王の秘法なり。

大日如来より系も乱れず善無畏不空之を伝へ、弘法大師は日本に両界の曼陀羅を弘め、尊高三十七尊秘奥なるものなり。

然るに顕教の極理は尚密教の初門にも及ばず。爰を以て後唐院は法華尚及ばず況や自余の教をやと釈し給へり。此の事如何が心うべきや。

聖人示して云く、予も始は大日に憑を懸けて、密宗に志を寄す。然れども彼の宗の最底を見るに其の立義も亦謗法なり。

汝が云ふ所の高野の大師は嵯峨天皇の御宇の人師なり。然るに皇帝より仏法の浅深を判釈すべき由の宣旨を給て、十住心論十巻之を造る。

此の書広博なる間、要を取て三巻に之を縮め、其の名を秘蔵宝鑰と号す。

始異生羝羊心より終秘密荘厳心に至るまで十に分別し、第八法華・第九華厳・第十真言と立てて、法華は華厳にも劣れば大日経には三重の劣と判じて、

此くの如きの乗乗は自乗に仏の名を得れども後に望めば戯論と作ると書て、法華経を狂言綺語と云ひ、釈尊をば無明に迷へる仏と下せり。

仍て伝法院建立せし弘法の弟子正覚房は、法華経は大日経のはきものとりに及ばず、釈迦仏は大日如来の牛飼にも足らずと書けり。

汝心を静めて聞け。一代五千七千の経教、外典三千余巻にも、法華経は戯論三重の劣、華厳経にも劣り、釈尊は無明に迷へる仏にて、大日如来の牛飼にも足らずと云ふ慥なる文ありや。

設ひさる文有りと云ふとも能く能く思案あるべきか。経教は西天より東土に■ぼす時、訳者の意楽に随て経論の文不定なり。

さて後秦の羅什三蔵は我漢土の仏法を見るに多く梵本に違せり。

我が訳する所の経若し誤りなくば、我死して後身は不浄なれば焼くると云へども、舌計り焼けざらんと常に説法し給ひしに、焼き奉る時御身は皆骨となるといへども、御舌計りは青蓮華の上に光明を放て、日輪を映奪し給ひき。有り難き事なり。

さてこそ殊更彼の三蔵所訳の法華経は唐土にやすやすと弘まらせ給ひしか。

然れば延暦(えんりゃく) 寺の根本大師、諸宗を責め給ひしには、法華を訳する三蔵は舌の焼けざる験あり、汝等が依経は皆誤れりと破し給ふは是なり。

涅槃経にも我が仏法は他国へ移らん時誤り多かるべしと説き給へば、経文に設ひ法華経はいたずら事、釈尊をば無明に迷へる仏なりとありとも、権教実教・大乗小乗・説時の前後、訳者能く能く尋ぬべし。

所謂老子孔子は九思一言・三思一言、周公旦は食するに三度吐き、沐するに三度にぎる。

外典のあさき猶是くの如し。況や内典の深義を習はん人をや。其の上此の義経論に迹形もなし。

人を毀り法を謗じては悪道に堕つべしとは弘法大師の釈なり。必ず地獄に堕んこと疑ひ無き者なり。

爰に愚人茫然とほれ、忽然となげひて良久しうして云く、此の大師は内外の明鏡、衆人の導師たり。

徳行世に勝れ、名誉普く聞えて、或は唐土より三鈷を八万余里の海上をなぐるに即日本に至り、或は心経の旨をつづるに蘇生の族途に彳む。

然れば此の人ただ人にあらず。大聖権化の垂迹なり。仰て信を取らんにはしかじ。

聖人云く、予も始めは然なり。但し仏道に入て理非を勘へ見るに、仏法の邪正は必ず得通自在にはよらず。是を以て仏は依法不依人と定め給へり。前に示すが如し。

彼の阿伽陀仙は恒河を片耳にただへて十二年、耆兎仙は一日の中に大海をすひほす。張階は霧を吐き、欒巴は雲を吐く。然れども未だ仏法の是非を知らず、因果の道理をも弁へず。

異朝の法雲法師は講経勤修の砌に須臾に天華をふらせしかども、妙楽大師は感応斯くの如きも猶理に称はずとて、いまだ仏法をばしらずと破し給ふ。

夫れ此の法華経と申すは已今当の三説を嫌て、已前の経をば未顕真実と打破り、肩を並ぶる経をば今説の文を以てせめ、已後の経をば当説の文を以て破る。実に三説第一の経なり。

第四の巻に云く「薬王今汝に告ぐ、我所説の経典而かも此の経の中に於て法華最第一なり」文。

此の文の意は、霊山会上に薬王菩薩と申せし菩薩に仏告げて云く、始華厳より終涅槃経に至るまで無量無辺の経恒河沙等の数多し。其の中には今の法華経最第一と説かれたり。然るを弘法大師は一の字を三と読まれたり。

同巻に云く「我仏道の為に無量の土に於て始より今に至るまで広く諸経を説く、而も其の中に於て此の経第一なり」と。

此の文の意は又釈尊無量の国土にして或は名字を替へ、或は年紀を不同になし、種種の形を現して、説く所の諸経の中には此の法華経を第一と定められたり。

同き第五巻には、最在其上と宣べて大日経・金剛頂経等の無量の経の頂に此の経は有るべしと説かれたるを、弘法大師は最在其下と謂へり。

釈尊と弘法と、法華経と宝鑰とは実に以て相違せり。釈尊を捨て奉て弘法に付くべきか。又弘法を捨てて釈尊に付奉るべきか。

又経文に背て人師の言に随ふべきか。人師の言を捨てて金言を仰ぐべきか。用捨心に有るべし。

又第七の巻薬王品に十喩を挙げて教を歎ずるに第一は水の譬なり。江河を諸経に譬へ、大海を法華に譬へたり。

然るを大日経は勝れたり、法華は劣れりと云ふ人は、即大海は小河よりもすくなしと云はん人なり。

然るに今の世の人は海の諸河に勝る事をば知るといへども、法華経の第一なる事をば弁へず。

第二は山の譬なり。衆山を諸経に譬へ、須弥山を法華に譬へたり。

須弥山は上下十六万八千由旬の山なり。何れの山か肩を並ぶべき。

法華経を大日経に劣ると云ふ人は富土山は須弥山より大なりと云はん人なり。

第三は星月の譬なり。諸経を星に譬へ、法華経を月に譬ふ。月と星とは何れ勝りたりと思へるや。

乃至次下には「此の経も亦復是くの如し、一切の如来の所説、若しは菩薩の所説、若しは声聞の所説、諸の経法の中に最も為れ第一」とて、

此の法華経は只釈尊一代の第一と説き給ふのみにあらず、大日及び薬師・阿弥陀等の諸仏、普賢・文殊等の菩薩の一切の所説諸経の中に此の法華経第一と説けり。

されば若し此の経に勝りたりと云ふ経有らば外道天魔の説と知るべきなり。

其の上大日如来と云ふは久遠実成(くおんじつじょう)の教主釈尊、四十二年和光同塵して其の機に応する時、三身即一の如来暫く毘盧遮那と示せり。是の故に開顕実相の前には釈迦の応化と見えたり。

爰を以て普賢経には釈迦牟尼仏を毘盧遮那遍一切処と名け、其の仏の住処を常寂光と名くと説けり。

今法華経は十界互具・一念三千・三諦即是・四土不二と談ず。其の上に一代聖教の骨髄たる二乗作仏(にじょうさぶつ)久遠実成(くおんじつじょう)は今経に限れり。

汝語る所の大日経・金剛頂経等の三部の秘経に此等の大事ありや。

善無畏・不空等此等の大事の法門を盗み取て、己が経の眼目とせり。本経本論には迹形もなき誑惑なり。急ぎ急ぎ是を改むべし。

抑大日経とは四教含蔵して尽形寿戒等を明せり。唐土の人師は天台所立の第三時方等部の経なりと定めたる権教なり。あさましあさまし。汝実に道心あらば急いで先非を悔ゆべし。

夫れ以れば此の妙法蓮華経は一代の観門を一念にすべ、十界の依正を三千につづめたり。


◆ 
爰に愚人聊か和いで云く、経文は明鏡なり。疑慮をいたすに及ばず。

但し法華経は三説に秀で一代に超ゆるといへども、言説に拘はらず経文に留まらざる我等が心の本分の禅の一法にはしくべからず。凡そ万法を払遣して言語の及ばざる処を禅法とは名けたり。

されば跋提河の辺り沙羅林の下にして、釈尊金棺より御足を出し拈華微笑して、此の法門を迦葉に付属ありしより已来、天竺二十八祖系乱れず。唐土には六祖次第に弘通せり。

達磨は西天にしては二十八祖の終、東土にしては六祖の始なり。相伝をうしなはず、教網に滞るべからず。

爰を以て大梵天王問仏決疑経に云く「吾に正法眼蔵の涅槃妙心実相無相微妙の法門有り、教外に別に伝ふ、文字を立てず、摩訶迦葉に付属す」とて、迦葉に此の禅の一法をば教外に伝ふと見えたり。

都て修多羅の経教は月をさす指、月を見て後は指何かはせん。心の本分禅の一理を知て後は、仏教に心を留むべしや。されば古人の云く、十二部経は総て是れ閑文字と云云。

仍て此の宗の六祖恵能の壇経を披見するに実に以て然なり。言下に契会して後は教は何かせん。此の理如何が弁へんや。

聖人示して云く、汝先ず法門を置て道理を案ぜよ。抑我一代の大途を伺はず、十宗の淵底を究めずして、国を諫め人を教ふべきか。

汝が談ずる所の禅は、我、最前に習ひ極めて其の至極を見るに甚だ以て僻事なり。

禅に三種あり。所謂如来禅と教禅と祖師禅となり。汝が言ふ所の祖師禅等の一端之を示さん。聞て其の旨を知れ。

若し教を離れて之を伝ふといわば、教を離れて理なく、理を離れて教無し。理全く教、教全く理と云ふ道理、汝之を知らざるや。

拈華微笑して迦葉に付属し給ふと云ふも是れ教なり。不立文字(ふりゅうもんじ)と云ふ四字も即教なり、文字なり。此の事和漢両国に事旧りぬ。

今いへば事新きに似たれども、一両の文を勘へて汝が迷を払はしめん。

補註十一に云く「又復若し言説に滞ると謂はば、且らく娑婆世界には何を将て仏事と為るや。禅徒豈言説をもつて人に示さざらんや。文字を離れて解脱の義を談ずること無し。豈に聞かざらんや」。

乃至、次ぎ下に云く「豈に達磨西来して直指人心見性成仏すと。而るに華厳等の諸大乗経に此の事無からんや。嗚呼世人何ぞ其れ愚かなるや。汝等当に仏の所説を信ずべし。諸仏如来は言虚妄無し」。

此の文の意は若し教文にとどこほり、言説にかかはるとて、教の外に修行すといはば、此の娑婆国にはさて如何がして仏事善根を作すべき。

さように云ふところの禅人も、人に教ゆる時は言を以て云はざるべしや。其の上仏道の解了を云ふ時、文字を離れて義なし。

又達磨西より来て直に人心を指して仏なりと云ふ。是程の理は華厳・大集・大般若等の法華已前の権大乗経にも在在処処に之を談ぜり。

是をいみじき事とせんは無下に云ひかひ(甲斐)なき事なり。嗚呼今世の人何ぞ甚ひがめるや。

只中道実相の理に契当せる妙覚果満の如来誠諦の言を信ずべきなり。

又妙楽大師の弘決の一に此の理を釈して云く「世人教を蔑にして理観を尚ぶは誤れるかな誤れるかな」と。

此の文の意は今の世の人人は観心観法を先として経教を尋ね学ばず。還て教をあなづり、経をかろしむる、是れ誤れりと云ふ文なり。

其の上当世の禅人自宗に迷へり。続高僧伝を披見するに、習禅の初祖達磨大師の伝に云く「教に籍て宗を悟る」と。

如来一代の聖教の道理を習学し、法門の旨・宗宗の沙汰を知るべきなり。

又達磨の弟子六祖の第二祖恵可の伝に云く「達磨禅師四巻の楞伽を以て可に授けて云く、我漢の地を観るに唯此の経のみ有り。仁者依行せば自ら世を度する事を得ん」と。

此の文の意は達磨大師天竺より唐土に来て四巻の楞伽経をもて恵可に授けて云く、我此の国を見るに是の経殊に勝れたり。汝持ち修行して仏に成れとなり。

此等の祖師既に経文を前とす。若し之に依て経に依ると云はば大乗か、小乗か、権教か、実教か、能く能く弁ふべし。

或は経を用ひるには禅宗も楞伽経・首楞厳経・金剛般若経等による。是れ皆法華已前の権教覆蔵の説なり。

只諸経に是心即仏即心是仏等の理の方を説ける一両の文と句とに迷て、大小・権実・顕露・覆蔵をも尋ねず。只不二を立てて而二を知らず、謂己均仏の大慢を成せり。

彼の月氏の大慢が迹をつぎ、此の尸那の三階禅師が古風を追ふ。然りと雖も大慢は生ながら無間に入り、三階は死して大蛇と成りぬ。をそろしをそろし。

釈尊は三世了達の解了朗かに、妙覚果満の智月潔くして、未来を鑑みたまい像法決疑経に記して云く「諸の悪比丘或は禅を修する有て経論に依らず、自ら己見を逐て非を以て是と為し、是邪是正と分別すること能はず。

遍く道俗に向て是くの如き言を作さく、我能く是を知り我能く是を見ると。当に知るべし此の人は速かに我法を滅す」と。

此の文の意は諸悪比丘あつて禅を信仰して経論をも尋ねず、邪見を本として法門の是非をば弁へずして、而も男女尼法師等に向て、我よく法門を知れり人はしらずと云て、此の禅を弘むべし。

当に知るべし。此の人は我が正法を滅すべしとなり。此の文をもつて当世を見るに宛も符契の如し。汝慎むべし、汝畏るべし。

先に談ずる所の、天竺に二十八祖有て此の法門を口伝すと云ふ事、其の証拠何に出でたるや。

仏法を相伝する人二十四人、或は二十三人と見えたり。然るを二十八祖と立つる事所出の翻訳何にかある。全く見えざるところなり。

此の付法蔵の人の事、私に書くべきにあらず。如来の記文分明なり。

其の付法蔵伝に云く「復比丘有り名けて師子と曰ふ、■賓国に於て大に仏事を作す。時に彼の国王をば弥羅掘と名け、邪見熾盛にして心に敬信無く、■賓国に於て塔寺を毀壊し衆僧を殺害す。

即ち利剣を以て用て師子を斬る。頚の中血無く唯乳のみ流出す。法を相付する人是に於て便ち絶えん」。

此の文の意は、仏我が入涅槃の後に我が法を相伝する人、二十四人あるべし。其の中に最後弘通の人に当るをば師子比丘と云はん。

■賓国と云ふ国にて我が法を弘むべし。彼の国の王をば檀弥羅王と云ふべし。邪見放逸にして仏法を信ぜず、衆僧を敬はず、堂塔を破り失ひ、剣をもつて諸僧の頚を切るべし。

即師子比丘の頚をきらん時に、頚の中に血無く、只乳のみ出ずべし。是の時に仏法を相伝せん人絶ゆべしと定められたり。

案の如く仏の御言違はず、師子尊者頚をきられ給ふ事、実に以て爾なり。王のかいな共につれて落ち畢ぬ。

二十八祖を立つる事、甚以て僻見なり。禅の僻事是より興るなるべし。

今恵能が壇経に二十八祖を立つる事は達磨を高祖と定むる時、師子と達磨との年紀遥かなる間、三人の禅師を私に作り入れて、天竺より来れる付法蔵系乱れずと云て、人に重んぜさせん為の僻事なり。此の事異朝にして事旧りぬ。

補註の十一に云く「今家は二十三祖を承用す、豈誤有らんや。若し二十八祖を立つるは、未だ所出の翻訳を見ざるなり。近来更に石に刻み版に鏤め七仏二十八祖を図状し、各一偈を以て伝授相付すること有り。

嗚呼仮託何ぞ其れ甚だしきや。識者力有らば宜しく斯の弊を革むべし」。

是も二十八祖を立て、石にきざみ版にちりばめて伝ふる事、甚だ以て誤れり。

此の事を知る人あらば此の誤をあらためなをせとなり。祖師禅甚だ僻事なる事、是にあり。

先に引く所の大梵天王問仏決疑経の文を教外別伝(きょうげべつでん)の証拠に汝之を引く、既に自語相違せり。

其の上此の経は説相権教なり。又開元・貞元の再度の目録にも全く載せず。是録外の経なる上権教と見えたり。然れば世間の学者用ゐざるところなり。証拠とするにたらず。

抑今の法華経を説かるる時、益をうる輩迹門界如三千の時、敗種の二乗仏種を萠す。

四十二年の間は永不成仏と嫌はれて、在在処処の集会にして罵詈誹謗の音をのみ聞き、人天大会に思ひうとまれて、既に飢ゑ死ぬべかりし人人も、

今の経に来て舎利弗は華光如来、目連は多摩羅跋栴檀香如来(たまらばせんだんこうにょらい)、阿難は山海恵自在通王仏(さんかいえじざいつうおうぶつ)、羅■羅は踏七宝華如来(とうしっぽうけにょらい)、五百の羅漢は普明如来、二千の声聞は宝相如来の記■に予る。

顕本遠寿の日は微塵数の菩薩、増道損生して位大覚に隣る。されば天台大師の釈を披見するに、他経には菩薩は仏になると云て、二乗の得道は永く之れ無し。

善人は仏になると云て、悪人の成仏を明さず。男子は仏になると説て、女人は地獄の使と定む。人天は仏になると云て、畜類は仏になるといはず。然るを今の経は是等が皆仏になると説く、たのもしきかな。

末代濁世(まつだいじょくせ)に生を受くといへども、提婆が如くに五逆をも造らず三逆をも犯さず、而るに提婆猶天王如来の記■を得たり。況や犯さざる我等が身をや。

八歳の竜女既に蛇身を改めずして南方に妙果を証す。況や人界に生を受けたる女人をや。

只得難きは人身、値ひ難きは正法なり。汝早く邪を翻し正に付き、凡を転じて聖を証せんと思はば、念仏・真言・禅・律を捨てて此の一乗妙典(いちじょうみょうてん)を受持すべし。

若し爾らば妄染の塵穢を払て、清浄の覚体を証せん事、疑なかるべし。

爰に愚人云く、今聖人の教誡を聴聞するに日来の矇昧忽に開けぬ。天真発明とも云つべし。理非顕然なれば誰か信仰せざらんや。

但し世上を見るに上一人より下万民に至るまで、念仏・真言・禅・律を深く信受し御座す。さる前には国土に生を受けながら争か王命を背かんや。

其の上我が親と云ひ、祖と云ひ、旁念仏等の法理を信じて他界の雲に交り畢ぬ。

又日本には上下の人数幾か有る。然りと雖も権教権宗の者は多く、此の法門を信ずる人は未だ其の名をも聞かず。

仍て善処悪処をいはず、邪法正法を簡ばず、内典五千七千の多きも、外典三千余巻の広きも、只主君の命に随ひ、父母の義に叶ふが肝心なり。

されば教主釈尊は天竺にして孝養報恩の理を説き、孔子は大唐にして忠功孝高の道を示す。

師の恩を報ずる人は肉をさき身をなぐ。主の恩をしる人は弘演は腹をさき予譲は剣をのむ。親の恩を思ひし人は丁蘭は木をきざみ伯瑜は杖になく。

儒外内、道は異なりといへども報恩謝徳の教は替る事なし。然れば主師親のいまだ信ぜざる法理を我始めて信ぜん事、既に違背の過に沈みなん。

法門の道理は経文明白なれば疑網都て尽きぬ。後生を願はずば来世苦に沈むべし。進退惟谷(しんたいきわま)れり、我如何がせんや。

聖人云く、汝此の理を知りながら猶是の語をなす。理の通ぜざるか、意の及ばざるか。

我れ釈尊の遺法をまなび、仏法に肩を入れしより已来、知恩をもて最とし、報恩をもて前とす。

世に四恩あり。之を知るを人倫となづけ、知らざるを畜生とす。予父母の後世を助け、国家の恩徳を報ぜんと思ふが故に、身命を捨つる事敢て他事にあらず、唯知恩を旨とする計りなり。

先ず汝目をふさぎ、心を静めて道理を思へ。我は善道を知りながら、親と主との悪道にかからんを諫めざらんや。

又愚心の狂ひ酔て毒を服せんを我知りながら、是をいましめざらんや。

其の如く法門の道理を存じて、火血刀の苦を知りながら、争か恩を蒙る人の悪道におちん事を歎かざらんや。

身をもなげ命をも捨つべし。諫めてもあきたらず、歎ても限りなし。

今世に眼を合する苦み、猶是を悲む。況や悠悠たる冥途の悲み、豈に痛まざらんや。恐れても恐るべきは後世、慎ても慎むべきは来世なり。

而るを是非を論ぜず親の命に随ひ、邪正を簡ばず主の仰せに順はんと云ふ事、愚痴の前には忠孝に似たれども、賢人の意には不忠不孝是に過ぐべからず。

されば教主釈尊は転輪聖王の末、師子頬王の孫、浄飯王の嫡子として五天竺の大王たるべしといへども、生死無常の理をさとり、出離解脱の道を願て、世を厭ひ給しかば、浄飯大王是を歎き、四方に四季の色を顕して、太子の御意を留め奉らんと巧み給ふ。

先づ東には霞たなびくたえまより、かりがねこしぢに帰り、窓の香玉簾の中にかよひ、でうでうたる花の色、ももさへづりの鴬、春の気色を顕はせり。

南には泉の色白たへにして、かの玉川の卯の華、信太の森のほととぎす、夏のすがたを顕はせり。

西には紅葉常葉に交はればさながら錦をおり交へ、荻ふく風閑かにして松の嵐ものすごし。

過ぎにし夏のなごりには、沢辺にみゆる螢の光あまつ空なる星かと誤り、松虫・鈴虫の声声涙を催せり。

北には枯野の色いつしかものうく、池の汀につららゐて、谷の小川もをとさびぬ。

かかるありさまを造て御意をなぐさめ給ふのみならず、四門に五百人づつの兵を置て守護し給ひしかども、終に太子の御年十九と申せし二月八日の夜半の比、車匿を召して金泥駒に鞍置かせ、伽耶城を出て檀特山に入り十二年、

高山に薪をとり深谷に水を結て難行苦行し給ひ、三十成道の妙果を感得して、三界の独尊一代の教主と成て、父母を救ひ群生を導き給ひしをば、さて不孝の人と申すべきか。

仏を不孝の人と云ひしは九十五種の外道なり。父母の命に背て無為に入り、還て父母を導くは孝の手本なる事、仏其の証拠なるべし。

彼の浄蔵(じょうぞう)・浄眼は、父の妙荘厳王(みょうそうごんのう)外道の法に著して仏法に背き給ひしかども、二人の太子は父の命に背て雲雷音王仏の御弟子となり、終に父を導て沙羅樹王仏と申す仏になし申されけるは、不孝の人と云ふべきか。

経文には「棄恩入無為、真実報恩者」と説て、今生の恩愛をば皆すてて仏法の実の道に入る、是れ実に恩をしれる人なりと見えたり。

又主君の恩の深き事汝よりも能くしれり。汝若し知恩の望あらば深く諫め強て奏せよ。非道にも主命に随はんと云ふ事、佞臣の至り、不忠の極りなり。

殷の紂王は悪王、比干(ひかん)は忠臣なり。政事理に違ひしを見て強て諫めしかば、即比干(ひかん)は胸を割かる。

紂王は比干(ひかん)死して後、周の王に打たれぬ。今の世までも、比干(ひかん)は忠臣といはれ、紂王は悪王といはる。

夏の桀王を諫めし竜蓬は頭をきられぬ。されども桀王は悪王、竜蓬は忠臣とぞ云ふ。

主君を三度諫むるに用ゐずば山林に交れとこそ教へたれ。何ぞ其の非を見ながら黙せんと云ふや。

古の賢人世を遁れて山林に交りし先蹤を集めて、聊か汝が愚耳に聞かしめん。

殷の代の太公望は■渓と云ふ谷に隠る。周の代の伯夷・叔斉は首陽山と云ふ山に篭る。

秦の綺里季は商洛山に入り、漢の厳光は孤亭に居し、晋の介子綏は緜上山に隠れぬ。

此等をば不忠と云ふべきか、愚かなり。汝忠を存ぜば諫むべし、孝を思はば言ふべきなり。

先ず汝権教権宗の人は多く、此の宗の人は少し、何ぞ多を捨て少に付くと云ふ事、必ず多きが尊くして少きが卑きにあらず。賢善の人は希に、愚悪の者は多し。

麒麟・鸞鳳は禽獣の奇秀なり。然れども是は甚だ少し。牛羊・烏鴿は畜鳥の拙卑なり。されども是は転多し。

必ず多きがたつとくして少きがいやしくば、麒麟をすてて牛羊をとり、鸞鳳を閣て烏鴿をとるべきか。

摩尼金剛は金石の霊異なり。此の宝は乏しく、瓦礫土石は徒物の至り、是は又巨多なり。

汝が言の如くならば、玉なんどをば捨てて瓦礫を用ゆべきか。はかなし、はかなし。

聖君は希にして千年に一たび出で、賢佐は五百年に一たび顕る。摩尼は空しく名のみ聞く、麟鳳誰か実を見たるや。

世間出世善き者は乏しく、悪き者は多き事眼前なり。然れば何ぞ強ちに少きをおろかにして、多きを詮とするや。

土沙は多けれども米穀は希なり。木皮は充満すれども布絹は些少なり。

汝只正理を以て前とすべし。別して人の多きを以て本とすることなかれ。

爰に愚人席をさり、袂をかいつくろいて云く、誠に聖教の理をきくに、人身は得難く、天上の絲筋の海底の針に貫けるよりも希に、仏法は聞き難くして、一眼の亀の浮木に遇ふよりも難し。

今既に得難き人界に生をうけ、値ひ難き仏教を見聞しつ。今生をもだしては又何れの世にか生死を離れ菩提を証すべき。

夫れ一劫受生の骨は山よりも高けれども、仏法の為にはいまだ一骨をもすてず。

多生恩愛の涙は海よりも深けれども、尚後世の為には一滴をも落さず。拙きが中に拙く、愚かなるが中に愚かなり。

設ひ命をすて身をやぶるとも、生を軽くして仏道に入り、父母の菩提を資け、愚身が獄縛をも免るべし。能く能く教を示し給へ。

抑も法華経を信ずる其の行相如何。五種の行の中には先ず何れの行をか修すべき。丁寧に尊教を聞かん事を願ふ。

聖人示して云く、汝蘭室(らんしつ)の友に交て麻畝の性と成る。誠に禿樹禿に非ず、春に遇て栄え華さく。枯草枯るに非ず、夏に入て鮮かに注ふ。

若し先非を侮て正理に入らば、湛寂の潭に遊泳して無為の宮に優遊せん事疑なかるべし。

抑も仏法を弘通し群生を利益せんには、先ず教・機・時・国・教法流布の前後を弁ふべきものなり。

所以は時に正像末あり、法に大小乗あり、修行に摂折あり。摂受の時折伏を行ずるも非なり、折伏の時摂受を行ずるも失なり。然るに今世は摂受の時か、折伏の時か、先づ是を知るべし。

摂受の行は、此の国に法華一純に弘まりて邪法邪師一人もなしといはん。此の時は山林に交て観法を修し、五種六種乃至十種等を行ずべきなり。

折伏の時はかくの如くならず。経教のおきて蘭菊に、諸宗のおぎろ誉れを檀にし、邪正肩を並べ、大小先を争はん時は、万事を閣て謗法を責むべし。是れ折伏の修行なり。

此の旨を知らずして摂折途に違はば、得道は思もよらず、悪道に堕つべしと云ふ事、法華・涅槃に定め置き、天台・妙楽の解釈にも分明なり。是れ仏法修行の大事なるべし。

譬へば文武両道を以て天下を治るに、武を先とすべき時もあり、文を旨とすべき時もあり。

天下無為にして国土静かならん時は文を先とすべし。東夷・南蛮・西戎(さいじゅう)・北狄蜂起して野心をさしはさまんには、武を先とすべきなり。

文武のよき事計りを心えて時をもしらず、万邦安堵の思をなして世間無為ならん時、甲冑をよろひ兵杖をもたん事も非なり。

又王敵起らん時、戦場にて武具をば閣て筆硯を提ん事、是も亦時に相応せず。

摂受折伏の法門も亦是くの如し。正法のみ弘まつて邪法邪師無からん時は、深谷にも入り、閑静にも居して、読誦書写をもし、観念工夫をも凝すべし。是れ天下の静なる時筆硯を用ゆるが如し。

権宗謗法国にあらん時は、諸事を閣て謗法を責むべし。是れ合戦の場に兵杖を用ゆるが如し。

然れば章安大師涅槃の疏に釈して云く「昔は時平かにして法弘まる。応に戒を持すべし杖を持すること勿れ。今は時嶮しくして法■る。応に杖を持すべし戒を持すること勿れ。

今昔倶に嶮しくば倶に杖を持すべし。今昔倶に平かならば応に倶に戒を持すべし。取捨宜きを得て一向にすべからず」と。

此の釈の意分明なり。昔は世もすなをに、人もただしくして、邪法邪義無かりき。されば威儀をただし、穏便に行業を積て、杖をもつて人を責めず、邪法をとがむる事無かりき。

今の世は濁世なり。人の情もひがみゆがんで、権教謗法のみ多ければ正法弘まりがたし。

此の時は読誦書写の修行も観念工夫修練も無用なり。只折伏を行じて、力あらば威勢を以て謗法をくだき、又法門を以ても邪義を責めよとなり。取捨其旨を得て一向に執する事なかれと書けり。

今の世を見るに、正法一純に弘まる国か、邪法の興盛する国か、勘ふべし。

然るを浄土宗の法然は念仏に対して法華経を捨閉閣抛とよみ、善導は法華経を雑行と名け、剰へ千中無一とて千人信ずとも一人得道の者あるべからずと書けり。

真言宗の弘法は法華経を華厳にも劣り、大日経には三重の劣と書き、戯論の法と定めたり。

正覚房は法華経は大日経のはきものとりにも及ばずと云ひ、釈尊をば大日如来の牛飼にもたらずと判せり。

禅宗は法華経を吐たるつばき・月をさす指・教網なんど下す。小乗律等は、法華経は邪教、天魔の所説と名けたり。

此等豈謗法にあらずや。責めても猶あまりあり、禁めても亦たらず。

愚人云く、日本六十余州人替り法異りといへども或は念仏者・或は真言師・或は禅・或は律誠に一人として謗法ならざる人はなし。

然りと雖も人の上沙汰してなにかせん。只我が心中に深く信受して、人の誤りをば余所の事にせんと思ふ。

聖人示して云く、汝言ふ所実にしかなり。我も其の義を存ぜし処に、経文には或は不惜身命とも、或は寧喪身命とも説く。

何故にかやうには説かるるやと存ずるに、只人をはばからず経文のままに法理を弘通せば、謗法の者多からん世には必ず三類の敵人有て、命にも及ぶべしと見えたり。

其の仏法の違目を見ながら、我もせめず国主にも訴へずば、教へに背て仏弟子にはあらずと説かれたり。

涅槃経第三に云く「若し善比丘あつて法を壊らん者を見て、置て呵責し駈遣し挙処せずんば、当に知るべし是の人は仏法の中の怨なり。若し能く駈遣し呵責し挙処せば、是れ我が弟子真の声聞なり」と。

此の文の意は仏の正法を弘めん者、経教の義を悪く説かんを聞き見ながら、我もせめず、我が身及ばずば国主に申し上げても是を対治せずば、仏法の中の敵なり。

若し経文の如くに、人をもはばからず、我もせめ、国主にも申さん人は、仏弟子にして真の僧なりと説かれて候。

されば仏法中怨の責を免れんとて、かやうに諸人に悪まるれども、命を釈尊と法華経に奉り、慈悲を一切衆生に与へて、謗法を責むるを、心えぬ人は口をすくめ眼を瞋らす。

汝実に後世を恐れば、身を軽しめ法を重んぜよ。是を以て章安大師云く「寧ろ身命を喪ふとも、教を匿さざれとは、身は軽く法は重し、身を死して法を弘めよ」と。

此の文の意は身命をばほろぼずとも正法をかくさざれ。其の故は身はかろく法はおもし。身をばころすとも法をば弘めよとなり。

悲いかな、生者必滅の習なれば、設ひ長寿を得たりとも、終には無常をのがるべからず。

今世は百年の内外の程を思へば夢の中の夢なり。非想の八万歳未だ無常を免れず。■利の一千年も猶退没の風に破らる。

況や人間閻浮の習は、露よりもあやうく芭蕉よりももろく、泡沫よりもあだなり。水中に宿る月のあるかなきかの如く、草葉にをく露のをくれさきだつ身なり。若し此の道理を得ば後世を一大事とせよ。

歓喜仏の末の世の覚徳比丘、正法を弘めしに、無量の破戒此の行者を怨て責めしかば、有徳国王正法を守る故に、謗法を責めて終に命終して阿■仏の国に生れて、彼の仏の第一の弟子となる。

大乗を重んじて五百人の婆羅門の謗法を誡めし仙予国王は不退の位に登る。

憑しいかな、正法の僧を重んじて邪悪の侶を誡むる人かくの如くの徳あり。

されば今の世に摂受を行ぜん人は謗人と倶に悪道に堕ちん事疑ひ無し。

南岳大師の四安楽行に云く「若し菩薩有て悪人を将護し治罰すること能はず乃至其の人命終して諸悪人と倶に地獄に堕せん」と。

此の文の意は若し仏法を行ずる人有て、謗法の悪人を治罰せずして、観念思惟を専らにして、邪正権実をも簡ばず、詐て慈悲の姿を現ぜん人は、諸の悪人と倶に悪道に堕つべしと云ふ文なり。

今真言・念仏・禅・律・の謗人をたださず、いつはつて慈悲を現ずる人此の文の如くなるべし。

爰に愚人意を竊にし言を顕にして云く、誠に君を諫めて家を正しくする事、先賢の教へ本文に明白なり。外典此くの如し。内典是に違ふべからず。

悪を見ていましめず、謗を知てせめずば、経文に背き、祖師に違せん。其の禁め殊に重し。

今より信心を至すべし。但し此経を修行し奉らん事叶ひがたし。若し其の最要あらば証拠を聞かんと思ふ。

聖人示して云く、今汝の道意を見るに鄭重慇懃なり。所謂諸仏の誠諦得道の最要は只是れ妙法蓮華経の五字なり。

檀王の宝位を退き竜女が蛇身を改めしも、只此の五字の致す所なり。

夫れ以れば今の経は受持の多少をば一偈一句と宣べ、修行の時刻をば一念随喜と定めたり。

凡そ八万法蔵の広きも、一部八巻の多きも、只是の五字を説かんためなり。

霊山の雲の上鷲峰の霞の中に、釈尊要を結び地涌付属を得ることありしも、法体は何事ぞ只此の要法に在り。

天台・妙楽の六千張の疏玉を連ぬるも、道邃・行満の数軸の釈金を並ぶるも併しながら此の義趣を出でず。

誠に生死を恐れ涅槃を欣い、信心を運び渇仰を至さば、遷滅無常は昨日の夢、菩提の覚悟は今日のうつつなるべし。

只南無妙法蓮華経とだにも唱へ奉らば、滅せぬ罪やあるべき、来らぬ福や有るべき。真実なり。甚深なり。是を信受すべし。

愚人掌を合せ膝を折て云く、貴命肝に染み、教訓意を動ぜり。然りと雖も上能兼下の理なれば、広きは狭きを括り、多は少を兼ぬ。

然る処に五字は少く文言は多し。首題は狭く八軸は広し。如何ぞ功徳斉等ならんや。

聖人云く、汝愚かなり。捨少取多の執須弥よりも高く、軽狭重広の情溟海よりも深し。

今の文の初後は必ず多きが尊く、少きが卑しきにあらざる事、前に示すが如し。

爰に又小が大を兼ね、一が多に勝ると云ふ事、之を談ぜん。彼の尼拘類樹の実は芥子三分が一のせいなり。されども五百輛の車を隠す徳あり。是小が大を含めるにあらずや。

又如意宝珠は一あれども万宝を雨して欠処之れ無し。是れ又少が多を兼ねたるにあらずや。

世間のことわざにも一は万が母といへり。此等の道理を知らずや。

所詮実相の理の背契を論ぜよ。強ちに多少を執する事なかれ。汝至て愚かなり。今一の譬を仮らん。

夫れ妙法蓮華経とは一切衆生の仏性なり。仏性とは法性なり、法性とは菩提なり。

所謂釈迦・多宝・十方の諸仏・上行・無辺行等、普賢・文殊・舎利弗・目連等、大梵天王・釈提桓因・日月・明星・北斗七星・二十八宿・無量の諸星・天衆・地類・竜神・八部・人天大会・閻魔法王、

上は非想の雲の上下は那落の炎の底まで、所有一切衆生の備ふる所の仏性を妙法蓮華経とは名くるなり。

されば一遍此の首題を唱へ奉れば、一切衆生の仏性が皆よばれて爰に集まる時、我が身の法性の法報応の三身ともにひかれて顕れ出ずる。是を成仏とは申すなり。

例せば篭の内にある鳥の鳴く時、空を飛ぶ衆鳥の同時に集まる。是を見て篭の内の鳥も出でんとするが如し。

爰に愚人云く、首題の功徳、妙法の義趣、今聞く所詳かなり。但し此の旨趣正しく経文に是をのせたりや如何。

聖人云く、其の理詳かならん上は文を尋ぬるに及ばざるか。然れども請に随て之れを示さん。

法華経第八陀羅尼品に云く「汝等但能く法華の名を受持せん者を擁護(おうご)せん福量るべからず」。

此の文の意は、仏鬼子母神・十羅刹女の法華経の行者を守らんと誓ひ給ふを讃むるとして、汝等法華の首題を持つ人を守るべしと誓ふ。其の功徳は三世了達の仏の智恵も尚及びがたしと説かれたり。

仏智の及ばぬ事何かあるべき。なれども法華の題名受持の功徳ばかりは是を知らずと宣べたり。

法華一部の功徳は只妙法等の五字の内に篭れり。一部八巻文文ごとに、二十八品生起かはれども、首題の五字は同等なり。

譬ば日本の二字の中に六十余州島二つ入らぬ国やあるべき、篭らぬ郡やあるべき。

飛鳥とよべば空をかける者と知り、走獣といへば地をはしる者と心うる。

一切名の大切なる事蓋し以て是くの如し。天台は「名詮自性句詮差別」とも、「名者大綱」とも判ずる此の謂れなり。

又名は物をめす徳あり、物は名に応ずる用あり。法華題名の功徳も亦以て此くの如し。

愚人云く、聖人の言の如くば実に首題の功莫大なり。但し知ると知らざるとの不同あり。

我は弓箭に携り兵杖をむねとして未だ仏法の真味を知らず。若し然れば得る所の功徳何ぞ其れ深からんや。

聖人云く、円頓の教理は初後全く不二にして、初位に後位の徳あり。一行一切行にして功徳備はらざるは之れ無し。

若し汝が言の如くば、功徳を知て植ゑずんば、上は等覚より下は名字に至るまで、得益更にあるべからず。今の経は唯仏与仏と談するが故なり。

譬喩品に云く「汝舎利弗、尚此の経に於ては信を以て入ることを得たり、況や余の声聞をや」。

文の心は、大智舎利弗も法華経には信を以て入る、其の智分の力にはあらず。況や自余の声聞をやとなり。

されば法華経に来て信ぜしかば、永不成仏の名を削て、華光如来となり。

嬰児(えいじ)に乳をふくむるに、其の味をしらずといへども、自然に其の身を生長す。

医師が病者に薬を与ふるに、病者薬の根源をしらずといへども、服すれば任運と病愈ゆ。

若し薬の源をしらずと云て、医師の与ふる薬を服せずば其の病愈ゆべしや。薬を知るも知らざるも、服すれば病の愈ゆる事以て是れ同じ。

既に仏を良医と号し、法を良薬に譬へ、衆生を病人に譬ふ。されば如来一代の教法を擣■和合して、妙法一粒の良薬に丸ぜり。豈知るも知らざるも、服せん者煩悩の病愈えざるべしや。

病者は薬をもしらず病をも弁へずといへども、服すれば必ず愈ゆ。行者も亦然なり。法理をもしらず煩悩をもしらずといへども、只信すれば見思・塵沙・無明の三惑の病を同時に断じて、実報寂光の台にのぼり、本有三身の膚を磨かん事、疑ひあるべからず。

されば伝教大師云く「能化所化、倶に歴劫無く、妙法経の力、即身成仏す」と。

法華経の法理を教へん師匠も又習はん弟子も、久しからずして法華経の力をもつて、倶に仏になるべしと云ふ文なり。

天台大師も法華経に付て玄義・文句・止観の三十巻の釈を造り給ふ。妙楽大師は又釈籤・疏記・輔行の三十巻の末文を重ねて消釈す。天台六十巻とは是なり。

玄義には、名体宗用教の五重玄を建立して、妙法蓮華経の五字の功能を判釈す。

五重玄を釈する中の宗の釈に云く「綱維を提ぐるに目として動かざること無く、衣の一角を牽くに縷として来らざる無きが如し」と。

意は此の妙法蓮華経を信仰し奉る一行に、功徳として来らざる事なく、善根として動かざる事なし。

譬ば網の目無量なれども、一つの大綱を引くに動かざる目もなく、衣の糸筋巨多なれども、一角を取るに糸筋として来らざることなきが如しと云ふ義なり。

さて文句には、如是我聞より作礼而去まで文文句句に因縁・約教・本迹・観心の四種の釈を設けたり。

次に止観には、妙解の上に立てる所の観不思議境の一念三千、是れ本覚の立行本具の理心なり。今爰に委しくせず。

悦ばしいかな、生を五濁悪世に受くといへども、一乗の真文を見聞する事を得たり。

熈連恒沙の善根を致せる者、此の経にあい奉て信を取ると見えたり。汝今一念随喜の信を致す。函蓋相応感応道交疑ひ無し。

愚人頭を低れ手を挙げて云く、我れ今よりは一実の経王を受持し、三界の独尊を本師として、今身より仏身に至るまで此の信心敢て退転無けん。

設ひ五逆の雲厚くとも、乞ふ提婆達多が成仏を続ぎ、十悪の波あらくとも、願くは王子覆講の結縁に同じからん。

聖人云く、人の心は水の器にしたがふが如く、物の性は月の波に動くに似たり。

故に汝当座は信ずといふとも後日は必ず翻へさん。魔来り鬼来るとも騒乱する事なかれ。夫れ天魔は仏法をにくむ、外道は内道をきらふ。

されば猪の金山を摺り、衆流の海に入り、薪の火を盛んになし、風の求羅をますが如くせば、豈好き事にあらずや。

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