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五次元世界の冒険   マデリーン・ラングル                
A Wrinkle in Time   by  Madeleine L'engle  1962

「まぼろしの白馬」と同じく、あかね書房刊「国際児童文学賞全集」の一巻で、1965年に発行されました。「五次元世界…」といかにもSFっぽい邦題がついていますが、原題は「時間にしわを寄せる」の意味でまさに時空間に皺を寄せて一瞬に移動する「ワープ」を指しています。1998年に発刊35周年を記念してバンタム・ダブルデイ・デル社よりピーター・シスのイラストを表紙にしたTime Quartet(A Wrinkle in Time; A Wind in The Door; A Swiftly Tilting Planet; and Many Waters) を発刊しました。

五次元世界の冒険 表紙
政府関係の極秘の仕事をしていた物理学者の父が行方不明になりました。町の人は若い女と出奔したと噂していましたが、娘のメグは信じていませんでした。やはり化学者の美しい母と自分たちを父が捨てるはずがないと確信していたからです。
父を捜すために、気が短くて落ちこぼれのメグと人の心が読める不思議な変わり者の弟チャールズ、霊感の強いスポー系の高校生カルビンの3人は、不思議な3人の老婦人の助力を得て地球から離れて時間と空間の旅に出ます。しかし自分の能力を過信した弟は「それ」と呼ばれる敵の罠にかかって心を操られてしまいます。弟を敵から取り戻し地球を含む宇宙を救う使命は特殊な能力は何も持たないメグの双肩に委ねられることになります。

この登場人物達のキャラクターや、対決する超越的な邪悪な存在「それ」を考えると、現在この作品と似たものを挙げるさしずめ「ハリー・ポッターシリーズ」でしょう。「指輪物語」程の悲劇性や大河エピックではありません。
ハリーほどの豪華絢爛とした舞台装置は無いし、小説としての形式も魔法横行のファンタジーとジュビナルSFという異なった体裁をとっていますが、そこに展開されるのは現実の延長としての非現実世界での冒険です。つまりロー・ファンタジーに分類される境界線上の作品といえるでしょう。
決して卓越した能力の持ち主でない(その片鱗は見せるのですが)つまり読者が感情移入して分身になれる主人公が、恐れ、苦しみながらも、勇気を振り絞って悪に立ち向かいます。そしてその勇気を支えるものは、友情であり、家族の愛なのです。

愛や友情や友情や勇気といった肯定的な人間性を描くのにこの「五次元世界の冒険」は最適な舞台を提供しています。人は限界的状況に置かれたときその人間性や高潔な意志が試されます。現実にはあり得ないような限界状況を設定できるSFが人間を描くのに最も適した文学形式であるといった議論が以前にたたかわされたのを懐かしく思います。)
「五次元…」は、悪をうち破るために我が身を犠牲にした星々や、「それ」にとらわれた弟を取り戻すためにただ一人で敵の星に赴いた姉について細かに描き出します。ジュビナル作品とはいえ、献身や愛といった普遍的なテーマは作品に深みを与え大人の鑑賞に十分堪えるといえるでしょう。

A Wind in the Door 表紙
邦訳版を初めて読んだのは小学生時、まだ真にSFの何たるかを知らなかった時代に、このタイトルは実に新鮮で、このような舞台仕立ては「夢中になって離れられない」ほどの魅力でもって私を虜にしました。まさにSense of Wonderを実感した最初の経験でした。
過去に読んだ忘れられない物語について語ろうと思い立ち、このページを書くために原書を買って改めて読みましたが、この作品がTime Quartetとよばれる4部作の第1作であること、メグ、チャールズ姉弟には双子の兄弟がいたこと(第4作Many Watersで活躍するのですがこの作品では出番がないので、邦訳版ではあっさり存在までカットされていました)、三人のおばあさんの意味深なネーミングなど今回知ったこともあり、改めて初めて本を手にした頃の素朴な興奮と同じ思いが甦るのを感じています。



五次元世界の冒険 Virtual Libraryへ(少しだけ邦訳版を引用してあります)