Section 5 バロンダンス
また,晴天の一日.これは,正式なオプショナルツア−ではないが,バロンダンスを見に連れて行ってもらう.あのガイド氏は,これがなかったら休みだったのかな?何度か通って見覚えのある道だから,テンパサ−ル近くまでいったのだろう.ある村の田園のなかに,竹で作ったようなスタンドが見えてくる.中に入ると,白人を中心とした観光客がすでに200-300人ばかり座っている.ほぼ満員だが,日本人は,数えるばかりだ.スタンドは1方向で,前には,ケチャダンスのステ−ジと同じような,割れ門と,右手に,10数人の演奏が,すでに音合せをしている.ガラメンといわれる楽器らしいが,独特の音の重ねあわせとスタンドの屋根でだろうか,音が反響してちょっとした世界を作っている.そういえば,中国の杭州でも同じような音を聞いた.音楽に引き込まれていると,前触れもなく,バロンダンスが始った.ダンスは,獅子舞のようなガル−ダと,王子の物語.昼間なのでケチャダンスの時のような神秘的なものや,エネルギ−は感じないが,バロンダンスは物語的な面白さを感じた.
スタンドを出ると,少しあぜ道(まさに,あぜ道である.)を歩いて,村の墓地を見せてもらう.例の,レンガ色の壁に囲まれ,割れ門から中に入る.建築もバリ独特のもので,墓地というより,日本でいう,”村の鎮守”といった所らしい.ガイド氏が,墓地と,村の集会場をかねたような所だと解説してくれる.壁と建物の至る所にガル−ダや,同じような伝説の生き物が顔を出し,4方をみている.真っ青な空の下のレンガ色と石作りの灰色のコントラストが独特である.この墓地ひとつで博物館ひとつできそうである.しかし,これが日本の寺院と同じ仏教系の建築だろうか?妙な明るさを感じる.かえりにガイド氏に言われるように,お供えをし,お祈りして帰ってきた.土地の神は,突然の異邦人にどう思っただろう?
ホテルへの道すがら,ガイド氏は世間話とも何ともつかぬ話をしていた.その中で印象に残ったのは,かの宇野首相のスキャンダルでの失脚の件である.かの,かつての愛人による失脚さわぎは,芸者というものへの珍しさと合せて,ここインドネシアでも格好のニュ−スソ−スになったのだろう.ガイド氏は”アハァハァハアハァ−”と笑って見せた後で,”でも,インドネシアでは,えらいひとのスキャンダルは,みんながひそひそと話すだけなんですよう.”ここで日本人が思いだすのは,かのスカルノとデビ夫人の件だろうか?ガイド氏は,皮肉もあったろうが,ある程度日本を褒めたつもりかもしれないが,何か,ちょっと,背中が涼しくなった.