Section 6
最後の日.今日も快晴.今日は,プ−ルサイドで1日過ごそう.天気は快晴だが,比較的涼しい風が吹いていく.今日も本を持って気が向いたらプ−ルに入り,椰子の木の下でごろごろしていた.プ−ルの周りは,椰子の木が立ち,その下に椅子が並んでいる.椰子の木には,木の板と木ズチがつるされており,それをたたくとプ−ルサイドのバ−から民俗衣裳を着たウエイタ−がやってくる.また,時々プ−ルの周りを客に愛想を振りながら歩いている.
お昼辺りから,お腹の具合が悪くなってきた.
空は青く,風はすこし肌寒いくらいだったが,そのせいで冷えたのか,下痢をしてやたらトイレに行きたい.妻がかのウエイタ−氏に昼食のハンバーガーを注文するころは,何も食べたくない,午後にはもうここに居たくない,という感じになってきた.妻には悪かったが,早目に部屋にもどり,ベッドに横になってトイレとの往復になった.”どうも食あたりらしいな・・・”そんな気がしてくる.妻が荷物をかたづけだすころには,もうダウンである.しばらくやすませてもらった.と言っても,横になってトイレとの往復である.この頃が,一番しんどかった.夕方,ボーイ氏が無情にもベッドメイキングに来て,”荷物をフロントに運ぶ”と言う.きっと,私たちと同様,夜バリ着の日本人がこの部屋に入るのだろう.ロビーでぐったりしていると,ガイド氏がやってきて,”ははあー,ゆうべビ−ル飲み過ぎましたかぁー”と笑う.妻が,現地の旅行代理店の人と清算をしている.その横で私はうつろな目をしているだけである.
空港に送られ搭乗手続きをしてもらい,“それでは,お気を付けてィ.”“お世話になりました.”とガイド氏と別れ,出国.うす汚れた1階から2階の待合室にあがると,けっこう明るいム−ドだ.それから1時間ばかり待ち時間があるのだが,始めはソファに横になっていたが,落ち着いてきて,少し売店を見る.
国際空港で見慣れた免税店は無く,建て付けたような,いわゆるブランド物の免税店がある.といってもショ−ケ−スの中に少しの商品が展示してあるだけで,まるでいなかの百貨店のようである.その一角で,やはりショ−ケ−スの中に見慣れた箱を少し入れて,ショ−ケ−スに両肱をついた女の子が”マカデミアンナッツゥ−”と言っている.”あれは,リゾ−ト地共通のおみあげか.”と妙なところで感心する.もう1つ,民芸品の店があり,こちらはけっこうな品揃である.バリを旅行中ずっとガル−ダの彫り物を探していたのだが,なかなか適当な物がなかったのだが,ここでひとつ購入した.いまも部屋にかざってあるが,羽根の1部がかけてしまった.そのあと,スナックカウンタ−でコ−ラを買った.1000ルピア(約100円)ぐらいだったと思うが,カウンタ−の女の子が ”チップチップワタシニオミアゲィ”とカウンタ−越しに私の財布に手をのばし,1000ルピアのコインを摘んでいく.気分の悪い私にはむっとする気力もない.
待合室の私たちの前のソファには2組ほどの若い夫婦が,談笑している.2才位の女の子を1人連れていてその子がお漏らしをしてしまって,お父さんが慌てている.今に,家族旅行は海外でも珍しくない時代が来るのだろうか.
夜行便の飛行機は,気分の悪い私にはけっこうしんどい.ほぼ満席なので,横になるのは不可能.スチュワ−デスさんに相談すると,”緑色のいい薬をあげます.”とサクロンをくれた.結局,トイレに通いながら,狭いジャンボの座席で,じっとしていた.自分ではときどきうとうとした程度だと思ったが,けっこう寝ていたかもしれない.しかし,おなかの力の入らない所に,やはりときどきふわふわする夜間飛行である.かなり長い夜には違いなかった.
朝を感じたのは,かなり日本に近づいてからだっただろう.ゆうべもらった薬のせいか,それとも帰ってきた安心感か,だいぶん楽になっていた.飛行機を降り,ほっとしながらコンコ−スを歩いていると,”東南アジアからの帰国者で体調のすぐれない人は伝染病の恐れがあるので検査を受けろ”とアナウンスしている.それでは,と医務室へ行くと,パスポ−トを見せて問診を受ける.旅行日程と,ホテル・レストラン以外で食事をしたか?(例えば屋台とか.)生物,生水は食べたか?など.食べないと答えたが,”氷はどうですか?”と聞かれて返す言葉がなかった.そして,部屋の一角が区切ってあり,洋式の便座だけが置いてあり,スポイドの先を丸めて焼いたようなガラス棒をわたされ,あそこでこれをおしりに突っ込んで便を付けて来い.と言う.予想外の検査方法である.検査の結果,問題があったら,1週間以内に連絡するとの事.自分では,その時点でかなり楽になっているように思っていたが,結局,それ以後10日ほどおなかに力の入らない日が続いた.義母に”食あたりは恐ろしいものだ!”と説教もされた.検査の結果は音沙汰無しで,まあ,ほっとした.
今回のtourは大阪発着で,成田から大阪への飛行機も含まれるのだが,私たちは放棄して羽田から小松へ直接帰ることにしていた.入国審査をすませ, リムジンに乗るべくコンコ−スに降りると,JTBのカウンタ−に私たちの名前がある.何事?と行ってみると,高速道路で事故があり,羽田で乗り継ぐべき飛行機に間に合わない可能性が有るとの事.間に合わなかったら羽田でJTBのカウンタ−に行け,と指示された.日本に帰って安心する一方,”何か,管理されてるな.”とも感じずにはいられなかった.
幸い,渋滞は大した事もなく,羽田へついたが,この頃になると,空腹を感じ,羽田で立ち食いのカレ−ライスを食べた.これほどおいしいカレ−ライスは初めてだったし,もう無いように思う.