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翌日は晴天.天気には連日恵まれた.今日はテンパサ-ル観光.
朝食はプ-ルの見えるラウンジでのバイキングだった.お天気もよく,気持ちのいい朝食だった.食後,かの2人が迎えにきた.”オハヨゴザマス”と流暢な日本語だ.私たちが車に乗ろうとすると,2人が後部座席のドアをさっと開けてくれる.あっと驚いてしまったが,結局旅行期間中,車の乗り降りはずっとそうだった.VIPではないが,何か,気後れしてしまう.テンパサ-ルまでの車内で自己紹介をされたが,ガイド氏は,どうも私と同じ年らしい.アジアの他国の贅沢な若造夫婦をどう見ただろう?国力の差と言ってしまえばそれまでだが,ちょっとこちらも考えてしまった.
クタからテンパサ-ルまでは,快適なドライブ.車窓からの風景は,私たちが子供のころの田舎の水田風景だ.つまり日本の区画整理前の水田のようだ.ただ,日本よりも広々としている.田舎のわりに快適な道路は,車が少ないのと観光開発が急ピッチで進んでいるためと思われる.サヌ-ル近くでは,バイパスも工事中だった.
テンパサ-ルに近づくにつれて,車もふえ道も狭くなる.いつの間にか市内に入り,中心街のあたりに入ってきた.市内に中位の川が流れており,その脇で車が止った.市場だ,降りろという.日本の駐車場のような,鉄筋コンクリ-トの枠だけのような建物である.中国の桂林の市場と似ている.まず,氏神?にお参りし,(市場に出入りする人は,毎日祈り,ささ寿司のような供え物をするという.当然,市場には,供え物専門の店もある.)中に入ると,品物の豊富さ,新鮮さに驚く.山のように積まれた珍しい果物の説明を聞きながら市場をひと周り.健康的な活気のある市場だった.写真は遠慮したほうが,ということなので残っていないのが,残念である.
続いてテンパサ-ルの町の郊外だろうにア-トセンタ-に案内される.かなり広大な公園の中の美術館といったところだろうか.奈良公園みたいなイメ-ジだ.野外ステ-ジで割れ門などのインドネシアの伝統建築を紹介され,ア-トセンタ-の絵でバリの伝統行事を説明された.ア-トセンタ-というのだから美術館だと思うが,美術品の題材がバリの伝統美術や行事なので,それでバリの伝統の解説をしたんだと思う.
続いて,ちょっと市内にもどり,博物館へ.こちらは,バリの伝統建築と文化.何と言ってもガル-ダの強烈さが印象に残っている.no photograph という事だったが,こっそりとガル-ダの写真を撮った.ガラス越しなので写りは悪いのが残念だが.そして手の込んだ建築も印象に残った.
おきまりの買物は,銀細工の店と,織物の店へ.銀細工は,妻がイヤリングを.織物は,生地を1枚とおみあげのハンカチ.どちらの店でもけっこう高価な買物で,迷ってしまった.それにしても,日本円とかなり桁が違い感覚が麻痺してしまう.桁が違いすぎるので,大きな額を言われても買ってしまうが,あとで冷静になると,とても高かったなあと思う.ガイド氏は,どちらの店でも大いに待たせてしまった.この店が郊外にあり,バリの田舎をドライブした.ガイド氏は,田舎の助けあいや風習について話てくれた.村が隣組みのような感じで,農繁期は,すべて助けあいだという.そういえば,むかし,”すばらしき世界旅行”で見たな.ただし,最近の風潮は変化して来ている,とも言っていた.昼食はサヌ-ルの中華レストランへ.
もう,昼下がりだったが,ホテルへもどり,夕方のケチャダンスまで休憩.
ホテル内は,日本人がほとんどいなく,白人(オ-ストラリア?)が多い.プ-ルの水は冷たく,海は以外と濁ってみえた.午後だから海の向こうがやけに明るく感じる.(そういえば,この海はインド洋だ!!!)始終風が吹いていて,やや肌寒いくらいの陽気だ.そうか,ここは南半球か.白人の子供の姉弟がプ-ルであきもせずに遊んでいる.