あぜみちの会ミニコミ紙

みち16号

(1998年冬号)

 



シグナル


福井市 中川清


 新しい年が明けた。
 毎年、年の初めに「今年こそは…」という誓いを立てるが、実現は難しいことが多い。
 北陸ではなかなか初日の出は拝めない。でも暗い曇った雲間の中から見える日の出はかえって輝かしく見える。
 一本の「ろうそくの光」が明るい日中より、暗い夜の方が明るく輝いて見える原理かもしれない。
 日の出の時の太陽だって、日中の太陽と同じ筈なのに、輝きが違って見えるから不思議である。
 その日の出の太陽の光に背を向けると、自分の影が目の前の大地に大きくゆれて見える。
 心に動揺があり自分独りの時だと、思わずその自分の影に怯えることがある。
 昨年は暗いニュースが多かった。全国的豊作の中で、本県の作柄は今一つであったし、米価は大幅に下がった。米の在庫は増え続け、転作はさらに強化される。
 経済不況とかでどこもかしこも元気がなく、また大型倒産金融不安の風が吹き荒れた。そういう暗い中でも、探したらどこかに少しは明かりがあるものだと思う。
 昨今、その明かりに気づかずに、背を向けているから、己の影に己がおびえているのではないだろうか。
 わずかでもその明かりの方を向いて歩き出す姿勢が今何より大切だと思う。
 農作物をはじめあらゆる植物はみんな明かりに向かって伸びて生長する。それを身をもって、一番知っているのが我ら百姓である。
 明かりに背を向けた人の顔は暗く見えるし、明るい方を向いている人の顔はきっとその明かりに照らされて明るく輝いて見える筈です。そしてその明るい顔に周りの人も元気付けられるでしょう。
 「みち」は人の歩いた軌道です。今年も「みち」をお届けします。
 今年は「あぜみちの会」結成十周年です。初日の出を拝みながら、今年は「明かりに向かって…」と志をたてました。

杉木立の中の収穫祭


福井市 屋敷紘美


 山裾の高台をのぼって、新興団地を前方に見ながら車を右折させると、道路に落ち葉が散り敷いてあって、「エコロファーム山崎農園」の収穫祭はすっかり晩秋の中である。
 山里にある山崎さんの農場は三方を杉木立や雑木林に囲まれていて、南の方角が谷間に落ち込んでいる。対する低い山々との間には田畑や家並みや道路が走っていたりする。風景はすっかり枯れ果てているが、穏やかな生活の匂いがあって、見るものの心をなごませる。山崎さん夫婦の人柄がその風景のなかにすっぽりと収まっていると、僕には感じられる。
 あぜみちの会の仲間たちは日曜ごとに三々五々集まっては収穫祭の準備をしてきた。前日は最後の仕上げをして前夜祭を楽しんだ。前田氏の手打ちソバは定番のごちそうである。この日はあまり天気がよくなくて、明日はどうなるかと心配する声もあったが、過去三回の収穫祭はいずれも好天だったからという、なんの根拠もない理由をつけて、みんなは晴れることを納得している。晴れも雨も天の恵みとでもいうように、会員の意気は軒昂なのだ。
 そして、当日は好天だった。
 農場の入口には朝早くからたくさんの人たちが集まってくれて、「これまでにないこと」と僕たちを喜ばせた。その後も陸続とお客さんがきてくれて、広い農場は華やかな雰囲気につつまれた。
 もみ殻を焼く周囲に母子がうろうろしていて、「まだか、まだか」と少し照れくさそうに催促している。
どうしても今日は焼き芋を食べたいと思ってきたのだという。担当の青木さんと川端さんがあせってさかんにもみがらの中をさぐっている。なかなか焼けないらしい。
 子どもの性器のように小さい焼き芋を「熱い、熱い」といいながら、手のひらで転ばす母子の目のかがやきがすばらしかった。
 モチつきのところでは長い行列ができている。もち米を蒸したり、ついたり、うす取りを担当している人たちはあぜみちの会の人ではないから、多分地元の人たちだろう。とにかく、手際がよい。そういえば、この日の収穫祭や前日の前夜祭にはたくさんのご婦人や男の人が参加されていた。彼らの動きはきびきびしていて清々しい。山崎さん夫婦の地元での存在の重さと、ネットワークの広さを彷彿とさせる情景である。僕はおろし餅が大好きでこういうイベントに参加する楽しみの一つなのだが、まさか行列に入ることもできず、目をチラチラむけるだけだった。いつもそうなのだ。だから、台所方の婦人がトレーにいれた餅を持ってきてくれたときには一番に手をだした。われながらいじましいことだと思う。
 しかし、おいしかった。
 2棟のハウスのなかでは、常連の売り手たちのほかに地元で朝市を開いている人たちも加わって即売会をやっている。いつもながら、この市場が圧倒的人気である。収穫祭に来てくれる人たちの一番のお目当てもこの即売会だと思わせる。地域の人たちが農業者に寄せる期待が農産物、それも顔の見えるそれだと言うあたりまえのことがことさらに実感される。
 もう一つのハウスでは新しい試みとして「百姓トーク」が開かれた。山崎さんはこれまで「あおぞら塾」を塾長として主宰されている。最近は織田町だけでなく、福井や鯖江からも塾生が集まってくるという。最近、家の光協会から出版された「全国農業塾データブック」に福井県で唯一つ掲載された貴重な存在である。そういう山崎さんの意向もあって開かれたのだが、中川・古道・名津井さんは、僕たちあぜみちの会のリーダーでもあり、それぞれ独特の味と実践に裏づけられた深みのある話をされた。自分の恥を晒すことになるが、僕は乳牛というのは本来的に牛乳を出す性質をもっているのだと漠然と考えていた。名津井さんの話を聞いて彼女たちもやはり妊娠しなければ乳を出さないことを知って、おおげさにいえば、まさに晴天の霹靂であった。百姓トークの前に演奏してくれた丹生農業改良普及センターの若い二人のバンジョーとフルートによるカントリーアンドウエスタンの弾き語りに聴き入っていると、ハウスの中が別世界のようで楽しかった。所長さんのギターも愛嬌があった。
 こんどの収穫祭で僕が最も楽しみにしていたのは織田焼きに会えることだった。北野さんという人が実際に会場にきてくれて実演をしてくれるという。期待どおり、よかった。僕は受付近くにあった展示の中から、カッパの絵柄のお猪口とパンジーを植えたコーヒーカップ様の小さな鉢を手にいれた。自宅に帰って妻に見せると、彼女もお猪口が気に入ってどうして私の分も買ってこなかったのかと責められた。さてどこで手にはいるのだろう。
 杉木立に晩秋の早いタ闇がせまる頃、僕たちはすっかりこの一日に満足して、いそいそとご苦労さん会の席についた。

収穫祭を終えて


織田町 やまざき農園 山嵜繁信・美枝子


 準備や前夜祭 そして本番。今日も休息時間には大慌てで作ったブタ汁やすっぱいヤキイモ 即売コーナーや体験コーナー 百姓トークなど楽しかったこと 失敗やびっくりがみんなの話題になっています。
 さて 去る十一月二十三日に催されました「第四回 あぜみちの会 収穫祭」におきまして 皆様方にはご多忙な中にも関わらず多大のご支援ご協力を賜りましたことを 担当いたしました農場主として厚くお礼申し上げます。おかげさまで心配いたしました天候にも恵まれ 遠く県外からも含め 千人余の来場者を数えることが出来ました。また 来場された方々がさまざまな出会いふれ合いの時を楽しく過ごしていただけましたことにつきましても 皆様方のご配慮の賜物と深く感謝しております。
 ときあたかも 環境問題 食糧問題 そして経済問題等々が火山の噴火のように社会のひずみの中から吹き出しているこの時 このたびの収穫祭は我が家の今まで思いもよらなかった一面を見せてくれ ともすればしぼみそうになる元気玉が反対に一回り大きくなったような気が致します。今後ともあぜみちの会の皆さんをはじめとして 地域の仲間たちのご協力やご支援をいただきながら私たちらしい活動をすすめていきたいと思いますのでなにとぞよろしくお願い申しあげます。

直播き始末


福井市 安実正嗣


 低コスト稲作の決定版と意気込み、収穫までこぎつけたものの、収量的には十アール当たり四七五キロ。北陸の作況指数どおり振るわなかった。とはいえ、表土五十センチ下は砂利層という砂質乾田での直播は、実用化のめどが付き、世に出る時を迎えたと考えている。
 「みち」一四号で紹介した浅耕乾田直播(安実流直播)の栽培法をくり返すと、
一、不耕起のまま春を迎えた圃場をドライブハローで浅く耕す(七〜八センチ)。
二、既発生の雑草がある場合は、耕起一週間ほど前にバスタ等で処理(部分、全面処理)。
三、元肥、土改剤は耕起前に施す。
四、浅く耕した上へ忌避剤(キヒゲンセット等)をまぶした芽出し籾を全面散播する(反当たり一〇キロ)
五、播種後、覆土がわりにドライブハローのPTOを中立にして転がすように歩く。
六、播種後、約二〇日で草丈は二〜三センチになる。この時通水、除草剤を散布する(一発剤)。
七、以後は移植栽培に準ずる。注意点として、直播苗は極めてハモグリバエの被害に弱いので、防除には関係者の指導が重要です。
 一回の除草剤散布で不十分な場合は、クリンチャー等が極めて有効です。
 この技術の特徴は、直播全体にいえることですが、育苗、苗運びが不要である以外に、
a.代かきしないことでトラクターの寿命を延ばせる。
b.湛直のようにカルパーコーティングを必要とせず、雨天以外作業制約がない。
c.土塊の間へ種子が落ちるため、湛直より倒伏が少ない。
d.スニーカーや地下足袋で作業が出来る等。
 この手法に至ったわけは、十年程前に東京で石川短大の中村教授より「カルパー使用の土壌中湛水直播法」を伺い、教授に対し「土中直播は農家に普及しない」と指摘したことから始まりました。批判するからには対案を持つのが当然だと思い、独自の手法を見つけることが出来たと思います。しかし、除草剤の発達がこのように簡便な乾直を可能にしたと考えています。
 次に湿田における場合、稲刈り跡の圃場が乾いている頃にサブソイラーでの排水、ロータリートレンチャーで排水溝(管理溝代わり)を掘り、表面水をはく努力をすれば、この手法による適地はもっと増えるものと期待できます。
 いずれにせよ、直播きは移植との組み合わせ技術と考えるべきです。作期の分散、労力分散の効果は低米価の時代だけにさらなる規模拡大へ向けた戦略の一つに位置付けたいものです。

読者からのメッセージ(1)


福井県三方町 杉田寿男


 ミニコミ誌を郵送して戴き有難うございます。
 勝山の牧場(ラブリー牧場)を離れ、安定収入の無い農業に足を踏み入れた私にとって、山形での三日間は自然農法の大切さを再認識させられる旅となりました。
 中川さんをはじめ志を同じくする諸先輩方に出会えたことはとてもラッキーだったと感謝しております。 さて「みち」についてですが、ミニコミ誌でありながら投稿されている方々の意見や思いが良く伝わっていて内容は充実していると思います。
 農業関係者とのネットワークづくりを目的としているせいか少し堅苦しくも感じられましたが、農業者同志が深く結ばれるには丁度良いのかも知れませんが……。
 30才で新規就農したものとして個人的な意見ですが、農業技術の成功例、顔の見えない人でも意見交換しあえる場を与えるというのもコミュニケーションがとれて活性化するのではないかと思われます。
 「みち」のメッセージを通じて真の農業者の増すことを期待しています。
 今後とも、よろしくお願いします。有り難うございます。

読者からのメッセージ(2)


福井県南条町 宮地哲三


 前略ご免下さい。みなさんお元気ですか。
 「みち」をいただきながら欠礼致し申し訳ありません。
この時代、どこも大同小異でしょうが難しさを感じながら頑張っています。
 ま、朝の来ない夜はないと言いますから。
 前向きに切り拓き、自らつかむ姿勢を忘れなければ、自ずと道は拓けるのかなと思います。
 この間久しぶりにTさんと一杯やる機会を得ました。
機会をみて一度ダベリングしたいですね。早々

読者からのメッセージ(3)


富山県北陸経済研究所 白江 一昭


 中川さんとお会いして随分になります。ご多用中にもかかわらず快くお会い戴き、長時間にわたり懇切丁寧にご教示賜り、農業の奥の深さ、哲学に深い感銘を受けましたこと、昨日のように感じられます。
 その時以来、会費が切れている筈にもかかわらず「みち」をお送り戴き、深謝申し上げます。引き続きお送り戴きたく会費をお送りさせて戴きました。
ご厚意に感謝申し上げますと共に今後とも私も勉強させて戴きたくよろしくご指導ご支援の程をお願いします。頑張ってください。

読者からのメッセージ(4)


尼崎市 徳千代みゆき


 お盆が過ぎても、まだ暑い日が続いていますが、そんな中での農作業ご苦労さまです。
 ミニコミ誌「みち」同封くださいまして毎回読ませていただいております。
 尼崎の都会の中の一消費者として胸が痛むことばかりです。
 私の周りで売られている食べ物に無関心でいることが、私達の健康をこわしているだけでなく、農業従事者や、大きな事を言わせていただくなら、農政まで不健全にしているのではないかと最近思うのですが。
 「そんな私に何が出来るのだろうか?」これが実感です。
 どうかこんな私達消費者にあきらめないで、手を差しのべ続けてください。
 今後、またお会い出来るでしょうか。
 おからだに充分気をつけられて頑張って下さい。
 お会い出来る日を楽しみにしています。

菜園の朝


清水町 島津一郎


井戸端会議ならぬ畑端会議メモ
 ここには約五〇アールの菜園畑団地があり、区画も整備され水も来るようなっている。集落の大半の人々がここで「野菜づくり」をする。毎朝四、五人は集まってくる。
 ○○さんは毎朝、見まわりと茄子等の収穫にやってくる。それから村(集落)の田んぼ全部を見回りする。
菜園づくりは女性の仕事と相場になっている。ここに集まってくる「おばさん達」のアドバイス役が普及OBの○○さん……
話し相手から作業の代行もしている。そんなやり取り日記から…
八月上旬頃<天気続きのなかの秋野菜準備>
▽カボチャや西瓜の蔓は始末したし草も取ったけど何時、雨が降るこっちゃら
▽起こすまで何日あっても石灰は早くやっといてもいいんかのう……そりあー土に聞かんと分からんわー(冗談、冗談)
八月お盆前後<畑はこうやって起こすもの>▽今日もまた雨が降らんの、畑どうやって起こすんかのう……カンカラカン(硬い)やわー
▽○○さんちはトラクターで起こしたんやの……うちのテイラーでは起こされんのでー、とても細かくなっていて(逆転ロータリ使用)何時でも大根(秋野菜の横綱)播けるわ
▽うちの畑もトラクターで起こしておくれのー……
そんなら明日の朝にでもしておくわ
▽トラクターで起こすと深く起きてるから畦が立て易いんでのう……ありがたかっわー
八月下旬頃<作り方あれこれ>
▽この白菜やらキャベツなんて大きくなったのぅ……
何時植えなったんじぇいの
▽あの水のやりかた、うんまくさい(上手な)のー……○○さん動力噴霧機で簡易なスプリンクラー潅水……初めて見る機具に皆感心ばかり……ほかの人のこと放っておくわけにもいかず皆が使えるようにする……こんな上手(好都合)な機械があるんなら「きく」のマルチの下に水やれんかのう……もう切花も終わったことだしマルチを裂いたら……そうかそうか
▽ブロッコリー今頃播くとあかんかのう……今から播いて何時穫れると思う
▽こんな苗はどうやって作ると良いのかのう……
セル苗と言っての一寸技術がいるわいの
▽セル苗ちゅうのはどんなの……そりあ一度私の家まで見に来てください一寸ばかり金をかけて「トレイ」という入れ物と「土」は購入したほうが安心で良い苗が出来るわいの
▽この珍しい道具(型付ローラーや播種板のこと)も買うのけのう……こりぁー貸してあげるわいの
九月初め頃<播旬の判断と管理>
▽玉葱はもう播いて良いんけのう……もう良いけど土をもっと細かくしないと生えないよ
▽この大根、良く生えたのう……やっぱり水のやりかたが良かったんじゃわのう
▽この間、播いた人参一寸も生えてこんでのう……
そりあー水やりがうまくないんじゃの。なんでも水やり三年というからねー
▽まだ雨降らんがのう……
このポンプで水やっておくれの……よっしゃ、今やるけどこの前に虫の薬やっておくと良いがのう……そうやそうや……家まで取りに帰る
▽このあいだ貰ったハクサイの苗、うまく根がついたわの……何時頃、肥やしやったら良いんかの………マルチがしてあるからやらなくても良いんでは……なんでえー
 マルチ談義一くさり……早く帰ろう、遅刻するわー
▽レタスの苗、もう、ね(無い)んけのうー……私らはレタスの苗は作れんわいの……また秘伝を教えるよ……セルトレイで作れるようにしてあげるわいの…
▽この畑、草が生えていないけど何かまいているんではないの……植える前に粒の除草剤を撒いたんでのう……そんなの今度使うときおしぇて(教えて)おくれのぅ
▽昨日の雨、まだ足りんのう……それじゃまたポンプ使えるようにするか…
▽なすび(茄子)が成らんようになってしまったでのう……茎の切り返しって知っている
▽こんなに余計、なんじゃらかんじゃら播いたけど、皆んな食べ切れんわー……そりゃあーのう、土地のあるお陰で作れたんじゃ……
皆で分けあったら良いんでは……それもそうじゃ、百姓はこれが一番良いんでのう…
▽○○さんちはこの春にブロッコリーやらハクサイをつくんなはったけど、あれどうやって作るの……こりぁーハウスで苗を作ったんでのう、おばはんらは無理だろうから、その時になったら苗を分けてあげるようにするわいの……こりぁーまた楽しみが増えたのう
九月中頃<野菜泥棒の発生>
▽お盆前後に定植したハクサイずいぶん大きくなっただろう。一寸見てくるか……なんじゃこりゃー−畑の中央部で一五、六株が土の付いたまま抜けている−まさしく人の手で抜き取られた跡である。泥棒ではないか…周辺にいた常連のおばさん達もビックリ??
 他の畑でも一寸あったという……なんでこんな物を盗んでいくのだろう、不思議でならない、生態的にはあの大きさで自分の畑に持っていって植えたとて大きくはならないし、食べるにしては小さい……人の物が欲しくなっただけなのか……収穫する頃に来れば少しぐらいは分けてあげるものを……この気持ちが百姓の良いところ……分かっているのかねぇ
九月二三日<お彼岸の中日>
▽植えるときや播くときに施しておいた殺虫剤も切れてきている頃だ。○○さんは高尚な動力噴霧機で薬剤散布をしている。
 いつものおばさん達もこれを見ていて「うちの畑もやって貰らえんけのう」うちにはこんな機械がないんでのう
 ○○さんはこんな事になる位のことは承知している。余分に作ってある薬剤を快く引受ける
▽この間の薬、よう効いているわのー……虫が固まって死んでいるわのー
 このハクサイ根が腐って来たんでどうしたらいいんかのう……(難腐病や根こぶ病の発生)これは薬がある事はあるけど今になってはどうしょうもないもんで。おばはん、この畦の高さ、どう思う。うちのものより随分低いでしょう、ここから関係してくるもんだから植えるときからの取組みが大切になるんですわ……ふーん
一〇月一二日<日曜日のこと>
▽しばらく畑を覗かなかったら皆待ち構えていたように集まってきた。とにかくハクサイやらカブが萎れるんでどうしたら良いかのう……の連発
 どうしたことか今年はネコブや軟腐病が目だって多い、しかも指導機関の指導もあってハクサイの早期栽培に目だって多いことに驚くばかり……
 今更対策があるわけでなし、もっぱら口説きやら愚痴の聞き役に徹しているばかり

今、殿下地区では(その2)


福井市 藪 十四子


 十月○日
 市モニタ 二三人来苑
「あらアッ!十四ちゃんでないのッ」
 とよちゃんなんて、子どもの頃にしか呼ばれた記憶しかない私の耳に、晴天のへきれきの如き声。実に五十年ぶりの旧友との出会い。
 十月○日
「かわいい雪ぐつありがとう。温かいわらのかおりと手ざわり。昔が懐かしく涙が出ました。」
 八十歳を越された恩師の奥様から電話のお声。
 はからずも掲載させていただいた『みち十四号』「今、殿下地区では」の文中で、ふるさと定食を紹介させていただきましたが、今回は町づくり事業活動として、薬草、わら細工等の部会について述べたいと思います。
 冒頭の文はすべて殿下のそば、民芸品がとりもった出会いです。本当にこうした活動には予想しない心温まる思い出が生まれます。
 薬草、わら細工等の活動は、殿下のそば、および山菜&そば定食を賞味に来られたお客様に、何か殿下地区独自のおみやげを考えたい、というのがその活動の発想でした。そこで中高年女性の手により、殿下の風土、伝承の中から生まれたのが、「ミニ深ぐつ」「ミニてご」「ござぼうし人形」です。さらに殿下は薬草の宝庫です。自然の中で自然に育った、すぎな、よもぎ、どくだみ、かき葉を組み合わせた「ふるさと健康茶」を、更に平成九年六月には、殿下で生産されている木炭とそばがらを利用して「安眠枕」を工夫し、民芸品として売り出しました。こうしたものの生産と販売との関係は、素人の私たちにとってはなかなか難しい仕事であり、四苦八苦の平成九年でありました。ただ私たちは確かでていねいな商品を目標に、あまり欲を出さず、祖先から伝承されてきた尊さを失わず、殿下独特の味わい、雰囲気、感触を民芸品の中に込めたいとの一心でつくり上げてきたのでした。
 これまでそば及びそば定食を賞味下さったお客様を対象に販売させていただいてきましたが、市農政課や高志農業改良普及センターの皆様の温かい御指導と励ましによりまして、地区外の大きなイベントにも出店させていただくこともできました。その回数は一年間に内外共に五十数回に及んでおります。
 手間をかけ心を込めた民芸品は、越知の手打ちそばとそば定食の味わいとともに、それぞれの家庭の玄関、居間、台所等に、素朴ではありますが、ふくいくとした香りと郷愁をただよわせていることでしょう。 今年で三年間の町づくり活動は終了しますが、三ヶ年の流れは私たち中高年女性に一つの歴史をつくりました。さらに次代に向かっての歩みの指針も得ました。今までの歩みを振り返ることにより、より新たな殿下の民芸品創作という夢に向かって、今、中高年女性はその歩みを進めております。

自分流唐詩散策(四)


福井市 細川嘉徳


 人 生 感 意 気

 功 名 誰 復 論

 人生 意気に感ず
 功名 誰か復論せん

 人生は本当に自分を作ってくれる相手に感激し その人のためならば 自分の生命さえも惜しまない 手柄や名誉などは問題にするに足りない
 「事実は小説より奇なり」という言葉があります 私は昨年趣味(詩吟)のイベントにスタッフとして参加させていただき貴重な体験をしました 大会を盛り上げる柱として「福井県民歌」を歌おうということになり始めたのです コーラス界で有名なO先生と良いテーマに恵まれたものの 集まった面々は平均年齢50歳前後の男女六十名 いずれも十年以上も詩吟の節で凝り固まった海千山千のオジン・オバンたちです 音楽家は気難しい人が多いとの予想に反して O先生は大変明るいお人柄で先ず発声練習を続けて二〜三回 日頃詩吟で声は出しているものの 緊張のあまり何か叫んでいるようにしか聞こえません これで果たしてものになるのだろうか 一瞬不安がよぎります
 「いい声ですね 私のコーラスへ来て下さいよ」会員の緊張で引きつっていた顔が急に笑顔から爆笑に変わり 重苦しかった空気は吹っ飛んでしまったのです いつも教室で担当の先生から 何回も同じことを注意されていた者が今日は全員が褒められたのです 先生の絶妙なタイミングでのこの一言に 会員はまんまと乗せられてしまったのです 練習は回を重ねる毎に熱気がみなぎり 次第に内容も厳しくなっていったのです
 「いい歌は人が聞いて感動するものです そのためには先ず自分が感動しなければなりません」「歌に取り組む姿勢が人を引きつけるのです」洋楽の先生からなんと詩吟の神髄を教えられたのです 詩吟の音楽としての共通点を強調されるのです この言葉に感動してか 中身はともかく年を忘れて一心に歌う姿は 昔の少年時代そのままであり瞳が輝き次第に厳しくなる練習にも笑顔の絶える日はありませんでした こうしてついに本番の時が来たのです
 水を打ったように静かな会場に 軽やかなピアノが越前平野の夜明けを告げます 美しい山々の連想の中に緞帳が上がりコーラスが始まりました
 長江は野に横たはり
 青海は岬に歌う…
 おおらかに響く歌声は「美しい国 住み良い故郷日本一越前若狭」を見事に歌い上げたのです 練習の成果を思うように出せたせいか どの顔も充実感にあふれ光り輝いています まずまずの成果でした それにしても あの活力はどこから来るのだろう 歌うことそのものが楽しいのか 音痴の自分を一〇〇%認めた上でのO先生の偉大な吸志力か まさに「唐詩選」の最初にある魏徴の「人生意気に感ず」そのものです 歌の出来ばえはともかく 一心に歌った姿勢がさわやかな共感を呼び観客の大きな感動を呼んだのです 成果は確実に参加者全員に積み重ねられたのです 後日O先生をお招きしての打ち上げは大いに盛り上がり一段と大きな花が咲いたのでした

笑顔がすべてさ


福井市 名津井 萬


 私の親友の一人にT君がいる。中学の同級生で、席も相前後していた。
 卒業と同時に、T君は郵便局に勤め、私は農業に従事した。
 T君とは年に一、二回会う程度だが親友である。T君は自転車で砂利道を郵便配達することからスタートして、現在は福井市内のトップクラスの郵便局長である。時々、ユーモアのある毒舌を吐く男で、目は刑事のような鋭さがある。
 先日、T君の郵便局をたづねた。女性局員が、笑顔と大きな声で「いらっしゃいませ」と迎えてくれた。奥の席から鋭い目を柔らげて「おう、入れよ」と促す。中学卒業後、共に今年は四十九年目である。T君に郵便畑五十年の集約と結論は何かとたづねると、即座に「笑顔、笑顔、笑顔、そして、いらっしゃいませ。有り難うございました」だと言う。だが、この三つは出来そうで、なかなか出来ない様だ。
 市内のスナック「P」のママさんは、この道に入った頃「いらっしゃいませが、はずかしくて言えず、人の陰にかくれていた」と言う。また「H」のママさんも「最初は、いらっしゃいませと大きな声では、とてもはずかしくて言えなかった」と言う。
 T君とある店で飲んで出る時、店の女性がコップを洗いながら下を向いて「有り難うございました」と言ったら、T君は即座に「有り難うございましたは、客の方を見て言う方が良いね」と毒舌を吐く。 T君は今日も局員に「学歴、学力じゃない、笑顔だ、いらっしゃいませだ、有り難うございましただ」と叱咤激励している。T君から「客」という、人に対する真の真髄を教わった。
 先日、JA大野市阪谷支所に出向いた時、待ち時間に機関紙「JA大野」(十二月号)を読んでいたら、「農協とは」の問いに対して「笑顔のある、あなたの暮らしを耕します」と素晴らしい答えがあった。 また、何で読んだか定かでないが「どうせ過ごすなら、笑顔で過ごそう、この一生」との言葉も思い出した。人間社会はまず第一に笑顔がすべての様だ。
 私は、この五十年、農業の世界で、物言わぬ稲と乳牛を相手にして来た。私の集約と結論は、稲の身になって考え、乳牛の身になって考える事だ。稲の身になってやればやるほど米作り名人に近づくと思う。乳牛の身になってやればやるほど理想の酪農経営に近づく事が出来ると思う。
 「相手の身になって考える事だ」その結果はやっぱり笑顔が生まれる。
 そして私の師であり、範は「稔れば実るほど頭垂れる稲穂」である。

変なお父さん


道谷至信


 私は平成十年 六二歳の初老になります。六〇歳を機に会社を退職し農業で余生を送りたいと思っていましたが 社長より「もう暫く会社に残ってほしい」との一声 会社の仕事を続けることにしました。最近はコンピュータなどによる管理が進められ 我社も例外ではありません。 大変便利なものですが 私にとっては何となく冷たさを感じます。
 私も今までのような気力 体力を維持することは難しく給料を下げていただくことを条件にしました。いささか困ったような顔でしたが 私の気持ちを理解して下さいました。
 家内にも十分そのことを話して理解してもらいました。家内からは「体を休めてほしい」との進言でした。
 会社の仕事も営業(外廻り)から総務(内勤)の長に換えてもらい 今までとは体を休めることが可能かと思いましたが 考えと現実とは一致しません。気持がつい営業に向いてしまい 切換えの難しさを痛感しています。
 今までより体を休めるどころか残業 休日出勤が増えてしまいました。しかし私は有り難いことだと思っています。
 家内曰く「お父さんは変わった人やね…」
 私の家は二ヘクタールの田畑を耕作しています。昭和三〇年頃より田園の稲藁を取り入れ藁仕事をしています。
 筵織りから叺へ 現在は縄を綯っています。叺は米の出荷に俵から叺で出荷したときがありました。その後麻袋となり現在は紙袋での供出です。叺を織っていたときは ずいぶん忙しい思いをしました。
 その父も亡くなり母も年老いて二年前くらいから縄を綯えなくなりました。
 機械は十分使えるので 私も遊び心で縄を綯ったところ意外と面白いのです。朝起きたとき 土日の時間のあるときなど縄綯機の所に行きます。今年(平成九年)の秋は天候にも恵まれ 青いきれいな藁がたくさん取れました。
 以前は我が集落でも多くの人が縄を綯っていましたが 現在はほとんど止めてしまいました。ましてや手差しのでの縄綯いは私だけでしょう。
 家内曰く「お父さんは変わった人やね…」

編集後記



読者諸氏には、山崎農園の収穫祭を十分堪能していただけたでしょうか。
私達の仲間が、地域で存在感のある農業者として受け入れられていることが、収穫祭へのたくさんの来場者によって示されるのに立ち会うのは、なにものにも変え難い喜びであり、誇りでもあります。 最近一部とはいえ、「売る農業より自給する農業」を実践する一群の人々がいます。園芸作物だけでなく米さえ価格低下が著しい中で、地域自給の輪を広げる視野の先に農業の自立を展望しようというものです。これは農業者による収穫祭の企画と一脈通じるところがあります。
 ともあれ、山崎さんご夫婦にはたいへんなご苦労をおかけしました。
 今年の秋には、また新しい農業者の世界をおみせできると思います。
 乞う ご期待!!(屋敷)

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