誓凛seirin


――――誠を誓ふる者は凛々たる剛気を纏ってやまず
真に誓ゑる者は時の賢王の寵を受けて栄達す


 

 

 

 

「へぇ………、男やもめの住まいにしては、随分にこざっぱりとしてるな」

「は、はは………恐縮です」

 ホーホーと梟が間延びした鳴き声を刻む夜分。

 イルカは自宅の玄関口で、強張った笑顔を浮かべながら、傍らの人物をたどたどしい様子で中へと招き入れていた。

「ええと、本当に陋宅の限りで申し訳ないのですが………どうぞこちらに」

「ああ、そんあこと気にしなくていい。こっちは匿ってもらう身の上だからな、文句は言わんさ」

 他愛ない会話をぎくしゃくと交わしながら、離れの一室に客人を案内し、彼の荷物を文机に置く。

 これから、十日前後。この十畳ほどの和室が、彼の部屋となる。

 その短いようでとてつもなく長い日数に、イルカは早々と疲れた溜め息をついていた。

 全くと言っていいほど、ぼろを出さずに上手くやって行く自信がない。

 何といったって、今ここにいらっしゃるお方は―……………

「で、お前はイルカと言ったな。………これから暫く、世話になる。まあ気楽に宜しくやってくれ」

 そうして、できる筈もない気遣いとともに差し出された手を、イルカはひきつりながらも控えめに握り返して、

 

「………い、いえとんでもない。こちらこそ………宜しくお願い致します、城主様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――そう。そもそもの事の起こりは、火影の突拍子もない暴言からだった。

 

 

 

「はぁっ?」

 まさに晴天。地上の風が、そのまま上空にまで吹きぬけていきそうな、雲ひとつない春晴れの候。

 アカデミーの屋上で、どう耳を素直にしても聞き間違いとしか思えない台詞に、イルカは恐ろしく間の抜けた声を発していた。

 しかし、それを吐いた張本人――火影は、至って呑気な表情で、キセルからいくつもの丸い煙を浮かせながら、

「まあそういうわけだ。ひとつよろしく頼むぞ」

「いや、ちょっと待ってくださいって火影様。………今、何て仰いました?」

 くるりと回れ右して去ろうとした老翁の服をはしっと掴み、イルカはかなりジトついた調子で再度尋ねる。

 絶対に何かの聞き間違いだ。

 でなければ、説明がつくはずもない。

「………仕方ないのぉ。任務内容ぐらい、一度で把握してほしいもんじゃが」

「ええすみません、生憎と俺は慎重なもので………それで、さっき 『お前に胡須賀の城主の面倒と護衛を申し付ける』 とかいう幻聴が聞こえた気がしたんですけど勿論違いますよね、火影様」

「………………眼が座っとるぞ、お主………………」

「当たり前でしょうがっ!どういう了見で、中忍の俺にそんな大役が回されるんです!故須賀っていったら、八十万石を統べる主要大名じゃありませんか!」

「その通りだ」

「いや、だから………」

 さらりと怒号をいなされ、イルカは急激に力が抜け出て行くのを感じた。

 まあ元より、口喧嘩でこの人に適うわけがないのだが、

「って、そうじゃなくて………俺は真面目に聞いてるんです。理由を仰ってくださらないと、とても納得できませんよ」

「わしとて大真面目に話しとるわい。………だが理由か。そうだな、では手短に説明するぞ」

 ゆらゆらと、今度は器用にも波状の煙をくゆらせ、火影は布帽をスッと目深に被った。

 

 

 彼が言うには、故須賀の現城主は、生まれつき蒲柳の質で、とても天寿をまっとうできそうにないということ。

 その為に、早々に後釜を決定する必要があり、候補には城主の嫡男、穂積と老中の子息、紫苑とがあがっているらしい。

 無論、順当に行けば嫡子のほうが有利ではあるが、城主はそこで公明正大に跡取りを決めるにあたり、一計を案じた。

 つまりは、家系血筋云々にとらわれず、真に城主としての器があるかどうかの試験を設けるというのだ。

 その試験の結果次第によっては、双方ともを不適正とみなし、新たな候補者を募ることも否まないらしい。

 息子可愛さ故に無条件で城主の権限を明け渡し、そして潰れていく権力者が珍しくないこのご時世、実に優れた妙案であるとは思うのだが、

 

 

「………しかし、そこで焦ったのはご嫡子の穂積様だ。大きな声では言えんが、放蕩の地でゆくようなお方での。
 比べて老中様
――実はわしの古くからの友人なんじゃが――のご子息は、それはもう知慮に長けた好青年でいらっしゃる。というわけで、穂積様に与する連中としては面白くないわけじゃな」

「成程。よくあるお世継ぎ騒動ですか……それで、その試験までの十日あまり、ご令息のお命が危ないというわけですね?」

「うむ。………浅はかではあるが、暗殺は確実な方法じゃからの。家来とはいえ誰も信じられぬし、いつ味方と思っていた者に寝首をかかれるやもしれん………とまあ、それで例の老中様から、どうかこの火影の里で内密に紫苑様を預かって欲しいと頼まれたわけじゃ。
 実を言えば、こういった依頼はあまり好ましくないのだが―……ま、そこはそれ依頼主とは旧知の仲じゃ、無下に断るのも気が引ける。それで結局、わしはお前に白羽の矢を立てたわけだな」

「………………………」

 

 まあ何というか、確かに経緯は理解出来たし、紫苑様をこの里に匿うことにも、別段異議があるわけではない。

 が、しかし。

 何故にその白羽の矢が自分に立てられなければいけないのか、イルカが一番理由を求めたいのはそこだった。

 

「大体、そーいう高貴な身分の方からの依頼は上忍に任せられるもんでしょうが………その候補様だって、中忍風情の世話になんかなりたくないと思いますよ?」

 

 いっそ火影様がお世話をすればいいのに。

 口に出さずとも、多分十分に通じたことだろう。

 

「………まあ、な………そう言ってしまえばそれまでだが………どうしても納得してはくれんか?」

「当然です」

「………そうか。では仕方ない」

 にべもないイルカの返答に、火影は多少の困ったような感情を面に浮かべ、スッとキセルを脇に下ろした。

 そうして、諦めてくれたのかとホッと一息をつく中忍の肩に、おもむろにぽん、と皺手を置いて、

「え?」

「『お願い』で通じないならば『命令』でゆこうか。さて、イルカ。紫苑様をお隠しし、不貞の輩から守ること。これは長からの命令だ。逆らうことは?」

「………………許されません」

「そうだ。よくわかっているではないか。………では、紫苑様は明晩にでもご到着なされる。せいぜい気合いを入れておもてなしをするのじゃぞ」

 あくまで内密をことを終わらせたい由、全てお前一人で面倒を見てもらう。

 なに、家事労働なんぞはお手のものだろうて。

 

 そう陽気に嘯きつつ、屋上を出てゆく火影の後ろ姿を、イルカは実に疲れ果てた顔で見送ったのだった。

 

 

 ………やっぱりヒラになんかなるもんじゃない、と結構切実な思いを胸に抱きつつ。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――とまあ、そんな曲折を経て、彼を無事迎え、今に至っているわけだが………………

 自尊高いお上の連中のこと、俺なんかが世話役では怒り出すのでは、と微かに抱いていたイルカの期待は残念ながら成就する事無く、その老中の子息紫苑様は、実に英邁な方だった。

 歳はイルカと同じぐらいか、もしくは三つ四つ上で、彼より頭一つ分ほど背が高い。

 そしてさぞかし姫君達の憧れの的になっているだろう、涼しげで端正な容姿に切れ長の三白眼。僅かにくせのついた、腰下まである黒髪は、城内に仕えている時とは違い、結いもせずに流れるままになっている。

 ………加え、「人の上に立つ者」の雰囲気とでも言うのだろうか。

 どうにも近寄りがたいものがあり、始終必要以上に気を張っては、どっと疲れるという始末だった。





――では、手前は自室に居りますので、入用がございましたら遠慮なく申し付けてください」

「ああ、すまないな」

 あれから。

 一通り、それなりに広い家のなかを案内して回り、一応の落ち着きを見せた頃合い。

 彼を最初に通した部屋へと誘導し、イルカはその場から退室しようとしていた。

 彼の、おおよそらしからぬ謙虚な物言いに、いえ、と苦笑で返し、正座して頭を下げつつ襖を閉める。

 そうして、タン、とそれを閉めきってから、ハーッと大きな息をついた。

 

 初日から、思いっきり神経がすり減った気がする。

 こんな様で、後二十日もそつなく過ごすことが出来るのだろうか。

 

「………う~ん、自信ないなぁ………」

 などと、とめどない不安と疲労を感じつつも、イルカはとぼとぼと廊下を引き返して行った。

 

 

 彼の受難は、まだ始まったばかりである。

 

 

 

 

〈二〉へ

 


というわけで、妄想の赴くままに書き殴った長編(またか)でございマス。もういい加減にしろという感じ(TT)
今のところはまだ普通の内容ですので、表に置いておきます。
その内カカシ先生に筋違いの嫉妬は受けるわ、紫苑様に遊郭に連れ込まれるわでヒドイ目にあうのですが(笑)

栄達(えいたつ)…出世すること。
陋宅(ろうたく)…自宅の謙称。
蒲柳の質(ほりゅうのしつ)…生まれつきに身体が弱いこと。
英邁(えいまい)…優れて賢いこと。

 

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