いつも僕が望めば、あの人は笑ってくれた。
僕だけのものじゃない、僕だけのものにはならない微笑みで。
ねえ師匠……僕は貴方をを手に入れるために、これ以外の方法を知らないんです……
びゃくすい
白 悴 ー後編ー
「楊……ゼン……」
もはや完全に血の気の失せた唇から、弟子の名が絞り出される。
僅かに埃の窺える衣服。今の今まで、修行に励んでいたのだろうか。
その端正な容貌からは、感情の欠片すら読み取ることは出来なかった。
「……残念。帰ってきちゃったか」
ぺろ、と舌を出して、普賢は玉鼎を抑えつけていた手を離し、身体を立ち上げる。
そして、すぐに上半身を起こして荒い息をつく玉鼎を、複雑な眼光で一瞬だけ見据えると、
「邪魔者は消えるよ………じゃあね、玉鼎。また」
そうとだけ場で言葉を述べ、楊ゼンの脇を擦りぬけて洞府を出ていった。
残されたのは、呼吸すら苦しくなるほどの張り詰めた沈黙。
「………師匠」
しばし膠着状態が続いた後、それを破ったのは楊ゼンの方だった。
何も反論できずに、床の上で震えている玉鼎に歩み寄り、その身を荒く引き起こして、
「何を、していたんですか?」
薄ら笑いながら、楊ゼンは問うた。
その冷たい微笑に、玉鼎の背を嫌な汗が伝う。
不本意にも、膝ががくがくと鳴り始めて、
「ぁ、違………」
「まあいいです。………来て下さい、師匠」
唐突にぐい、と腕を掴み寄せて楊ゼンは広間の奥の回廊へと足を進ませた。
何処へ行くのか、何をするのか。
その応えを思い知らされた身体は、否応なく激しい拒絶と恐怖を呼び起こす。
「楊ゼン………!」
「言い訳はいりません。………貴方は誰のものか、その身に嫌と言うほど教えてさし上げますよ」
「ぅ………ぁ、ふ……っ」
ギシギシと寝台が不自然な軋みを奏でる。
その上には、狂ったような情事を強いられている者と……それを強いている男。
玉鼎の衣服は脱がすことすらもどかしかったのか、袖と背中にだけ辛うじて纏わっていた。
……両足を大きく割られて胸につくほど掲げられ、身体は楊ゼンの足の上に乗せられている。舌と薬で丹念に愛撫された蕾は、自身の重みの所為か、楊ゼンの屹立した欲望を根元まで飲み込んでいた。
「師匠……いいですよ………」
既に三度精を放たれたそこは、楊ゼンがズルリと己を引き抜き、また打ちつける度に卑猥な音を立てて彼を締め付ける。
「う………ぅっ……」
逃げることも抗うことも適わず、玉鼎はただ楊ゼンの肩に身体を預けて喘ぎをこぼすしかなかった。
半開きになった紅い唇から透明な水滴が糸をひく。ぐちゅ、と腰を持ち上げられて繋がりが浅くなったところで、すぐ最奥まで突き立てられ、下腹をせり上がってくる圧迫感と嘔吐間を玉鼎は死ぬ思いでやり過ごした。
そんな虐げるような注挿を幾度も繰り返し、楊ゼンの息が段々と荒くなってくる。なかのものが硬度を増すに連れ、玉鼎もより辛い感覚に翻弄されて、
「ぅぁ……っぁっ………」
彼の下肢がびくりと痙攣した。
楊ゼンの吐き出した白い液体が、秘部に含み切れずに玉鼎の大腿を伝い落ちてゆく。
その慣れない感覚に玉鼎は一度ぶるっと震えると、涙のひどい顔を楊ゼンの肩に擦りつけた。
その意識していない動作がまるで恐怖に怯える子供の様で、楊ゼンの唇には不釣合いな笑みが浮かぶ。
「ぁ……ぁ、はっ……ぅ、ふぅ……っ……」
ヒューヒューと掠れた細い息を何度も何度も不規則について、玉鼎はがたがたと身体を振動させながら涙を流した。
散々擦られた内部が熱をもって疼いている。じわじわと襞に浸透していく不快感をどうしても抑えることが出来ずに、
「楊ゼっ……も、やめ………」
「辛いですか、師匠。………もう、こっちも限界かな……?」
くすくす笑いを噛み殺しながら、楊ゼンは自分で貫いたままの玉鼎の蕾を指の腹で撫でる。そのまま、許容を超えたものを受け入れたそこにつっ、と長い指を無遠慮に突き刺した。
「痛……ぅ!嫌……!」
「ああ本当に僕の出したものでいっぱいですね……美味しかったでしょう。物欲しそうに腰を揺らしていらっしゃったから」
「な………」
酷い言い草に、玉鼎は涙を溜めた眼を見張る。そんな事あるはずがない。薬の所為で確かに痛みは消えても……痛覚の無い、不気味な不快感にずっと苦しんでいたのだから。
ぎゅ、と思わず憤りを込めて楊ゼンの服を握り締めれば、それを察したのか、なおも深く指を挿入された。
「…………っ、ぅ!」
「いけませんよ、師匠……僕に逆らうなんて。まだ、仕置きが足らないのですか」
不意に変わった声色に、玉鼎の身体はギク、と強張る。深い闇色の眼の奥は、恐怖と言う名の戦慄で塗り潰されていた。
「……ぁ……や……」
「まあどちらにせよ……解放してあげる気なんてないのですけれどね」
一瞬だけ凍った微笑みをたたえて、楊ゼンはぐ、と自分の肢の上から玉鼎を布の海へと敷き倒す。
「ぅ……ぁぁっ!」
交わったまま、無理に体勢を変えられて、脊髄を激痛が駆け抜ける。
耐え切れず口を突いた叫びに、楊ゼンはわざとらしい表情を作って、
「あれ……痛いですか、師匠。薬が切れてしまったみたいですね」
そう呟き、寝台横の机上に置かれていた小瓶を手に取る。
そのまま、なかの琥珀色の液体を口に含むと、玉鼎の唇を強引にこじ開けてそれを飲ませようとした。が、
「嫌……だ……!」
玉鼎は思うように動かない手足で必死な抵抗を見せる。もう本当に……苦しくて、耐えられなかったのだ。
だが、それでも楊ゼンは僅かに秀麗な美貌を歪めただけで、
「大人しくしていてください……そんなに下から飲ませて欲しいんですか?」
「ッ!」
たったそれだけの静かに脅しに、玉鼎の体は竦んで動かなくなる。
怖に彩られた彼の頬を、楊ゼンは形だけの優しさで包み込んで、
「僕の言うことを聞いてくださる貴方は好きですよ、師匠……ちゃんと全部飲んでくださいね、もっと僕と愉しめる様に……」
囁きつつ、更に多くの液体を自分の口に流し込むと、楊ゼンは小刻みに微動している玉鼎の唇にそれを余すことなく注ぎ込んだ。
異様に甘いそれに、喉元まで吐き気がこみ上げるが、楊ゼンがそれを許すはずがない。
「さ、師匠………早く」
その優しく感じる声音に隠された、僅かな尖りに背を押されて、コク…と玉鼎は震える喉へと液体を通した。
「聞き分けが良いですね……いつもそうだと嬉しいんですが」
楊ゼンは笑いながら玉鼎の汚れた口端を舐める。それと同時に、ずる、と自身を濡れた蕾の中へ進めた。
「………っ……!」
その衝撃に弓なりに反った玉鼎の背を、楊ゼンは強く掻き抱いて、
「薬が効いてくるまで……少し我慢してください」
「ぁ………ぁ、ぅ……!」
折った膝を抱えたまま、楊ゼンは玉鼎の内を擦るようにして腰を揺らす。それでも足りないと言わんばかりに、玉鼎の欲望を弄びながら彼の腰を浮かせ、真上から突き下ろす様にして律動を繰り返した。
「………ひ……ぁっ……ぅ!」
あまりに激しい動きに、呼吸をするいとまさえ見出すことが出来ない。
断続的な息を吐き出しながら、どうにか意識をつなぐ玉鼎に、楊ゼンもどこか思い詰めた表情で、
「……すみません、師匠………でも、駄目なんです。どれだけ貴方を抱いても……」
「……?ぅ、く……っ……」
「…………少しも、満足できない………」
呻くように呟いて、楊ゼンは玉鼎の腰を両手で強く抱き、なお深い繋がりを求めた。
「ぁ……あぁっ………」
最奥を思う様抉られて、玉鼎は悲鳴にも似た嬌声を漏らす。強制的に持たされた熱が酷く辛くて……苦しくて………
「楊………ゼン……」
知らず、目の前の男に縋るように手を伸ばす。
涙で霞んで、眼は像を結ばない。
それでも………
「僕には、貴方しかいないんです、師匠………」
それでも握り返された掌の温もりと、愛した弟子の声だけは、不思議なほど鮮明に感じられた。
「やあ楊ゼン。こんにちは」
後日の、白昼。
訪ね来た来客を、楊ゼンは顰めた顔で迎えた。
「………何か御用ですか、普賢真人さま」
「別に…君に用はない。玉鼎に会いに来ただけだよ」
「師匠は今寝ていらっしゃいますよ。また後日にして頂けませんか」
「そう、随分と寝起きが悪いんだね」
「……おかげさまで」
にべもない返答。書棚に顔を向けたまま、こちらを窺おうともしない。
普賢はそんな彼の様子に、僅かに目を細めて、
「ねえ楊ゼン。玉鼎は君のモノ、じゃないんだよ」
唐突に、本筋を切り出した。一瞬楊ゼンの肩が止まり、ぱたり、と書を閉じる音がする。
「…判ってますよ、そんな事」
「じゃあなぜあんな酷いことをするの?……まるで病人の様だったよ、昨日の彼」
その明らかな咎めを含んだ口調に、楊ゼンはゆっくりと身を返す。
複雑で曖昧な感情の色が……その眼には浮かんでいた。
「………不安だからですよ」
そして、ぽつ、と呟き出される言葉。
「え?」
「師匠は優しい人だから……貴方も、誰の気持ちも本気で拒むことが出来ない。僕だけに、ああなわけじゃないんです」
だから、どうしても不安を拭い去ることができない。
欲しくて手に入らなかったのは彼だけで、あの美しい眼には自分だけを映していて欲しくて。
……簡単に断ち切れる想いなら、最初からあの人に涙を流させるような真似はしなかった。
身勝手な独占欲と罵られようと……もうこの気持ちはどうしようもないから。
「だから、貴方には渡しませんよ。絶対」
有無を言わせぬ強い光を彼の眼に見定めて、普賢は唇を引き結んだまま眉を寄せる。
……今、この道士を言葉だけで責めることは出来た。
だが、結局は自分も、玉鼎に対して同じ事をしているんだろう。
この彼に対する怒りは、ただの嫉妬と同等のものなのかもしれない。
「……そう。でも、どうかな………?」
いささかの意地の悪さをたたえた普賢に、楊ゼンは冷たく尖った声を投げる。
「………どういう事ですか?」
「だって玉鼎は優しいんでしょう?……君にだけ、じゃない……」
「…………」
その静かな呟きに、楊ゼンは普賢を睨みつけながら苦い表情を作った。
そして、無言のままに、また棚へと向き直る。
普賢はその後ろ姿を射る様に見据えながら、ふっと口元を自嘲に緩ませた。
……そう、君が憎いよ、楊ゼン。
何に屈することも知らない、あの自尊高い男にそこまでさせる君が。
………もし今、この道士の深い傷を抉り返して……それを眼前に突きつけるような真似をしてやったら………
「……君は、どんなカオをするんだろうね、玉鼎………」
何より護りたかったものをこなごなに崩されて。
でもそうすれば、憎しみからでも怒りからでも、君は僕だけを見てくれるだろうか。
初めてぎゃ〜っ!初めてあからさまな楊玉に挑戦したっていうのに、いきなりこれです(汗) 管理人の性格が嫌というほど表れてます。
それにしても玉鼎サマ可哀想でした(お前が言うな)……といいつつも、もっと色んなことさせたかったのですが(しっかり考えてた奴/死)
それはまた次に……(にやり)
うう、全然すっきりしない終わり方でごめんなさい。どうか寛大なお心で許してやってくださいませ。
微妙(?)な三角関係が書けて嬉しかったです(笑)
そして玉鼎サマを喘がせるのは、非常に楽しいということが判明……(こらこら)