富士宗学要集第三巻

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蓮祖は末法下種の仏なるが故に自ら南無日蓮大聖人と称する事

夫れ吾が高祖大聖は末法下種の仏なり。故に諸文の中に自ら日蓮大聖人と称するなり。
撰時抄下廿九に云く、南無日蓮聖人と唱へんとすとも南無と計にてやあらんずらん不便々々等云云。又卅三に云く、日蓮当世には日本第一の大人なり等と云云。既に大人なり、聖人なり、故に是れ大聖人なり。

聖人知三世抄廿八九に云く、日蓮は一閻浮提の第一の聖人なり文。第一とは即ち大の字を顕すなり。故に開目抄上十一に云く、此等の人々に勝れて第一なる故に世尊をば大人と申すぞかし云云。故に知んぬ、第一とは即ち是れ大の義なり。豈自ら大聖人と称するに非ずや。凡そ大聖人とは仏の別号なり。故に孔子云く、此の土に聖賢なし、西方に仏図と云ふもの有り、是れ聖人なり等云云。方便品に云く、恵日大聖尊と云云。尊即人なり、人即尊なり。故に唯我独尊唯我一人等之を思ひ合すべし。故に大聖尊とは即ち是れ大聖人なり。故に開目抄上十一に云く、仏世尊は実語の人なるが故に、聖人大人と号するなり等云云。此等の文分明なり、豈大聖人とは仏の別号に非ずや。蓮祖既に自ら大聖人と称す。豈末法下種の仏に非ずや。後代の弟子等敢て口外する勿れ。

問ふ、他門流の如き皆日蓮大菩薩と号す。是れ併ら勅命に由る故なり。故に中正論廿八十に云く、吾祖の菩薩号は人王九十九代後光厳院の御宇覚僧正祈雨の効験に依る。文和元年壬辰六月廿五日に大菩薩の綸旨を賜ふなり。又後光厳院の震筆の上に立ち渡るの和歌を書し其の下に大文字に日蓮大菩薩と云云文。既に綸旨に由る何ぞ之を用ひざるや。
答ふ、彼は世間の天子の綸旨に由る。此は出世の法王の勅命に由る。況んや復大菩薩は是れ僧宝なり。大聖人は是れ仏宝なり。何ぞ内証深秘を知らずして漫に僧宝と為さんや。

下山抄廿六五十二に云く教主釈尊よりも、大事なる行者の日蓮等云云。佐渡抄十四十に云く、法花経の行者をば、梵釈左右に侍り、日月前後を照したまふ。かゝる日蓮を用ひぬるとも、あしくうやまはゞ国亡ぶべし等云云。既に教主釈尊より大事なる日蓮なり。何ぞ下して僧宝となさんや。彼れは既に下して僧宝となす、豈悪布く敬ふに非ずや。
問ふ、正しく蓮祖を以て、大聖人と号する謂れ如何。
答ふ、在世に三度の高名、滅后に三事の符号等、具に撰時抄下愚記の如し云云。又廿二卅一、卅九廿六。
問ふ、聖人は一千年に一たび出で、賢人は五百年に一たび出づ。黄河は●●流れを分ち、五百年には半ば、河すみ千年には共にすむ云云。御書六卅六、蒙十一四十九、同十四四十四。

御書十七十九に云く、仁王経に云く聖人去る時七難必ず起る云云。日蓮は聖人に非ざれども、法花経を説の如く、受持すれば聖人の如し。又世間の作法兼て知るによりて注し置く事、是れ違ふべからず。現世に云ひをく言の違はざらんを以て後生の疑ひをなすべからず。日蓮は此れ関東の御一門の棟●なり、日月なり、亀鏡なり、眼目なり。日蓮去る時七難必ず起るべし文。又四十三に云く、今こそ仏の説き置き給ひし後五百歳末法の初、況滅度後の時に当りて候らへ。仏語空しからずば一閻浮提の内に定めて聖人出現して候らん。聖人出る験には一閻浮提第一の合戦起るべしと説かれ候。已に合戦も起りて候。聖人や一閻浮提の内に出でさせ給ひて候らん。麒麟出でしかば孔子を聖人としる、里社鳴つて聖人出で給ふ事疑ひ無し。仏をば栴檀の木生ひて聖人としる、老子は二五の文を踏み聖人としる等文。又黄河の如き賢人出る則ば、半ば河清み、聖人出る則ば、則ち共に清む云云。蒙廿七八十六往見。

御書六卅六に云く、外典に云く聖人は一千年に一たび出で、賢人は五百年に一たび出づ文。王子年拾遺記に云く、丹丘千年に一たび焼け、黄河一たび清む。皆至聖之君以て大瑞と為す、又黄河清んで聖人生る文。

文選五十九良註に云く、五百年に賢人生る文。晋書註に云く、千年に一たび聖人出る事を見、五百年に一たび一賢を見る。又孟子十四に云く、孟子云く、沛wより湯に至るまで五百有余歳文。趙子云く、五百歳に聖人出で天道のみ常なり。然るに亦遅速有り、正しく五百年なる事能はず。故に有余と云ふ文。是れ聖人は五百年なり。必ずしも五百に限らざる例なり。文選五十三に云く。運命論に云く、夫れ黄河清んで聖人生る註に善云く、聖人命を受け瑞応先づ河に見はれ、河水先づ清み、清み白に変じ、白、赤に変じ、赤、黒に変じ、黒、黄に変じ各三日。黄河は千年に一たび清む、清む則き聖人時に生る。

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