富士宗学要集第一巻

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寿量品文底大事

問ふて曰く開目抄上に云く一念三千の法門は寿量品の文の底に秘し沈め給へりと云ふ意趣如何。
 
仰に云く当流の相伝惟に谷れり口外すべからずと雖も末代の為に一筆之を残り敢て聊爾の義有るべからず、文底とは他の門徒に於いては平文面には様々の料簡を為すと雖も聖人の御本懐に於ては全く知らざる者なり、所謂文底とは久遠下種の法華経、名字の妙法に今日熟脱の法華経の帰入する処を志し給ふなり。
 
されば妙楽大師釈して云く雖脱在現具謄本種と云云、今日霊山会上の熟脱の法華経は我等が得分に非らず断惑証理の聖者三周得悟の声聞の為なり、さて下種の法華経は久遠名字の妙法なり、然れば日蓮聖人本因妙の修行を手本として妙法蓮花経の五字を余行に亘さずして下種し給ふ者なり、一毫未断の我れ等末代嬰児の一切衆生、妙法の名字を聞いて持つ処に即身成仏を遂ぐるなり、誠に我れ等が為に有り難き法相なり。
 
若し余行に亘さば一部の法華経なるべきなり、夫れを宗旨の本意とは沙汰せざるなり、されば一所の所判に末法に入りぬれば余経も法華経も詮無し乃至妙法蓮華経に余行を交へばゆゝしき僻事なりと遊ばさるゝ此の意なり、秘すべきなり。
 
南無妙法蓮華経  日蓮日興記
 
編者曰く房州日山写本等に依て之を写し延書となす、首題等の一行に二線を加へたるは後加にして削除すべきが故なり。

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