富士宗学要集第一巻

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引導秘訣

一、示して云はく観法とは智慧なり此の観法は下愚の凡夫の叶はざる処なり、其の故は観は一心三観一念三千なり、是れの如く観じて精霊の開悟利立ち所に開くこと今時如何有るべきやと云ふに、日蓮大聖人の御書に云はく信は慧の因・名字即信を以て慧に代ふ、世間に於て金を以て銭に替へ力に替る事之れ有り、当宗は信心を以て智慧に替えて観法とするなり。
 
二、臨終を進る文の心持の事。
示して云く南無妙法蓮華経と一返唱へ若有発心欲得阿耨多羅三藐三菩提現世安穏後世善処、受持法華名者福不可量と、是れは生者に臨終を進むる文なり、口の内へ唱え入るべき者なり、心持とは我か唱る即臨終者の信心強盛の心なりと思ひ詰めて進むべし、秘すべし秘すべし。
 
三、死人に臨終を進むる事。
文に云はく南無妙法蓮華経、若有発心欲得阿耨多羅三藐三菩提、毎自作是念以何令衆生得入無上道速成就仏身と、是れも我か是くの如く唱る事は即死人が唱ふると観ずべし、秘すべし秘すべし。
 
四、死人沐浴の文の事。
南無妙法蓮華経と一返唱へ、若持法華経其身心清浄、不断煩悩不離五欲、得浄諸根滅除諸罪と、其の時の心持は一処の書判に妙法とは本性一如にして其の躰清浄にして不変なり云云、是の時妙法は一切と成る、此の水も妙法が水と成り顕れたりと心に思つて深く余念を絶つべし云云。
 
五、入棺の時。
南無妙法蓮華経と一返唱へ、乗此宝乗直至道場文乗是宝庫遊於四方文、心持は此の棺即大白牛車と云云。
 
六、出棺。
示して云はく南無妙法蓮華経と一返唱へ、以仏教門出三界苦能解一切生死縛云云、死人の家を出る時なり此の時三界の家を出ると心得べし、偏に信心肝要なり。
 
七、道行の時の観法の事。
南無妙法蓮華経と一返唱へ、乗是宝車遊於四方、嬉戯快楽自在無礙文、今此三界皆是我有、其中衆生悉是吾子、而今此処多諸患難唯我一人能為救護文、娑婆世界其地瑠璃坦然平生閻浮檀金、以界入道宝樹行列、諸台桜観皆悉宝成其菩薩衆咸処其中、若有能如是観者当知是為深信解相文。
 
八、導師の時は心持肝要なり。
惣して死人に我れ導師をする物ならば死すと聞くと欲心を離れ余念を絶し先づ導師を為ざる前に、三宝の御前にして今日亡魂の開悟得脱を祈り奉りて憑を懸け、自我偈百巻、題目一千返、三度礼拝は三千なれば百界千如三千世間の悟を顕す義なり、さて只心に信力計と示すは一念、押取ては一念三千本門事一念三千と云ふ法門なり此一念の外成仏なきなり。
 
九、其の上三諦の観法肝要なり。
三諦とは空仮中なり、夫とは今三力を以て三諦と意得べきなり、三力とは仏法僧なり、仏力を頼むは仏好中道にして中道、さて法力とは平等にして空なり、僧とは信力肝要なり、故に逆縁悟に至るは是れ偏へに仮諦なり、去る程に信力法力仏力三を以て詮要とすべきなり、而も是全く三諦と意得べし秘すべし秘すべし。
 
十、導師霊地に臨む心持。
大漫荼羅に向ひ奉りて蓮祖を偏へに頼み奉り我等が導師と思ふべからず、高祖大聖人を御導師と頼み奉りをがみ、心に強く仏身を念ずべきなり、返す返す欲心余念を絶して信心肝要なり、秘すべし秘すべし。
 
十一、導師題目を唱ふ。
此の題目は即死人の心を南無妙法蓮華経と云ふと思うて、さて大漫荼羅をも死人の悟が此の如く顕れたりと心に存すべし、返す返す信心甲斐無くんば叶ふべからざるなり。
 
十二、別して云はく若し導師と定まらば一七日精進して熾盛に御経を読むべし、其の故は導師無道心にして御経を読まずんば何を以て霊魂開悟せん、亡魂地獄に堕ちなば導師も遁るべからず一大事と云ふは是れなり。
 
十三、譬の段の事。
示した云はく常々行力弱しては叶ふべからず、其の故は譬て云ふ時此の年月奉公せずんば我が用の時は憑とも叶ひ難し、去る程に此旨を持ち常に三力を嗜むべし。能くさへ導師すれば我れも開悟するなり。
 
十四、荼毘の時、棺の枕の方に立つて爆に火を付け額に頂き眼を塞ぎ示して云はく、南無妙法蓮華経、不断煩悩不離五欲、得浄諸根滅除諸罪と文秘すべし。
 
十五、総勘文の事。
示した云はく南無妙法蓮華経と唱へ、柔和質直者即皆見我身と云ふは是れなり、聖霊即自受用身と云ふ仏なりと云ふ文言なり、秘すべし信力無くんば叶ひ難し。
 
十六、爆を三たび廻す事。
示した云はく諸法従本来常自寂滅相、仏子行道己来世得作仏文、一切業障海皆従妄想生、若欲懺悔者端座思実相、衆罪如霜露恵日能消除、此の上題目三返唱へて火を三たびまわしまわして捨るなり、示した云はく火とは自受用の智火と云う即ち妙法の智恵を火と取るなり、是れを以つて煩悩を焼くと思ふべきなり、秘すべし。
 
十七、曼荼羅の事。
是れ即冥途の挙状なり例せば世間に挙状あれば故無く通るなり、但し挙状偽り有れば叶はず、其の如く権教の偽の挙状は叶はざる者なり、されば実教の真実の漫荼羅は何の愚か有るべきや、依つて経に云はく為説実相印文、是れ釈迦法王の印判と云ふ意なり、漫荼羅授与の時深く此の旨を思ふべし、又衣と唱ふる大事も之れ有り。
 
十八、三度四門を廻る事。
示した云はく一切衆生煩悩生死の縛、左巻に廻り居たる間、迷の衆生となるなり、今生死の縄を解きほどく意なりと観すべし。
 
十九、引導の事。
示して云はく引の字をひくと読むなり、譬へば糸の曲り巻き居たる如く曲り居たる物を引くには引の字を書くなり、而も一切衆生煩悩悪業の縄につながれて曲り居たるを引き出して霊山へ送り届る心なり、其の姿は導師無二の慈悲心に住して聖霊に廻向すべきなり、秘すべし秘すべし。
 
二十、位牌を立つる心持の事。
示して云はく当宗の位牌とは多宝涌出宝塔を表するなり、題目を書く事は釈迦の智恵を顕すなり、此の位牌の前に孝子等集つて回向するは十方分身諸仏集つて宝塔を礼拝し給ふを表するなり、返す返す此の心持を観心と云ふなり。
 
廿一、総勘文。
示して云はく妙法蓮華経五字は十方諸仏の悟の内証を五百塵点より観顕し給ふ釈迦観法の妙法なりと心得て、無二の信心をはげます処が即当宗真実の観心なり、是れを軽んずるを高慢と云ふ此義を深く知るを仏果内証と云ふ、此の義を常に胸に当つべきなり秘すべし秘すべし。
 
編者曰く雪山文庫蔵精師写本等に依り延書とす、精師は開山より代師に相承して西山本門寺に在りと云ひ、其他「蓮祖御談日興筆受」なんど書けるあれども、西山には写本すら現存せず、又有師の条目と背反する新義多ければ、有師及び房山継師已後の書にして後人猥りに宗開両祖に偽托したるものと認め且らく茲に編次す、蓋し依用すべき所少き所なり。

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