松野殿御消息

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松野殿御消息の概要

【建治二年二月二十七日、松野六郎左衛門、聖寿五十五歳、真筆−断存】 
柑子一篭・種種の物送り給ひ候。
法華経第七巻薬王品に云く「衆星の中に月天子最も為第一なり。此の法華経も亦復是くの如し、千万億種の諸の経法の中に於て最も為照明なり」云云。
文の意は虚空の星は或は半里、或は一里、或は八里、或は十六里なり。天の満月輪は八百里にてをはします。
華厳経六十巻或は八十巻、般若経六百巻、方等経六十巻、涅槃経四十巻・三十六巻、大日経・金剛頂経・蘇悉地経・観経・阿弥陀経等の無量無辺の諸経は星の如し。法華経は月の如しと説かれて候経文なり。
此れは竜樹菩薩(りゅうじゅぼさつ)・無著菩薩・天台大師・善無畏三蔵等の論師人師の言にもあらず、教主釈尊の金言なり。譬へば天子の一言の如し。
又法華経の薬王品に云く「能く是の経典を受持すること有らん者も亦復是くの如し、一切衆生の中に於て亦為第一」等云云。
文の意は法華経を持つ人は男ならば何なる田夫にても候へ、三界の主たる大梵天王・釈提桓因・四大天王・転輪聖王・乃至漢土日本の国主等にも勝れたり。
何に況や日本国の大臣・公卿・源平の侍・百姓等に勝れたる事申すに及ばず。
女人ならば■尸迦女・吉祥天女・漢の李夫人・楊貴妃等の無量無辺の一切の女人に勝れたりと説かれて候。
案ずるに経文の如く申さんとすればをびただしき様なり。人もちゐん事もかたし。
此れを信ぜじと思へば、如来の金言を疑ふ失は経文明かに阿鼻地獄の業と見へぬ。進退わづらひ有り、何がせん。
此の法門を教主釈尊は四十余年が間は胸の内にかくさせ給ふ。さりとてはとて御年七十二と申せしに、南閻浮提の中天竺王舎城の丑寅(うしとら)耆闍崛山にして説かせ給ひき。
今日本国には仏御入滅一千四百余年と申せしに来りぬ。夫より今に七百余年なり。
先き一千四百余年が間は日本国の人、国王・大臣乃至万民一人も此の事を知らず。
今此の法華経わたらせ給へども、或は念仏を申し、或は真言にいとまを入れ、禅宗持斎なんど申し、或は法華経を読む人は有りしかども、南無妙法蓮華経と唱ふる人は日本国に一人も無し。
日蓮始めて建治五年夏の始より二十余年が間唯一人、当時の人の念仏を申すやうに唱ふれば、人ごとに是を笑ひ、結句はのり、うち、切り、流し、頚をはねんとせらるること、一日二日・一月二月・一年建治二年ならざれば、こらふべしともをぼえ候はねども、
此の経の文を見候へば、檀王と申せし王は千歳が間阿私仙人に責めつかはれ、身を牀となし給ふ。
不軽菩薩と申せし僧は多年が間悪口罵詈せられ、刀杖瓦礫を蒙り、薬王菩薩と申せし菩薩は千二百年が間身をやき、七万二千歳ひぢ(臂)を焼き給ふ。
此れを見はんべるに、何なる責め有りとも、いかでかさてせき留むべきと思ふ心に、今まで退転候はず。
然るに在家の御身として皆人にくみ候に、而もいまだ見参に入り候はぬに、何と思し食して御信用あるやらん。
是れ偏に過去の宿植なるべし。来生に必ず仏に成らせ給ふべき期の来てもよをすこころなるべし。
其の上経文には鬼神の身に入る者は此の経を信ぜず、釈迦仏の御魂の入りかはれる人は此の経を信ずと見へて候へば、水に月の影の入りぬれば水の清むがごとく、御心の水に教主釈尊の月の影の入り給ふかとたのもしく覚え候。
法華経の第四法師品に云く「人有て仏道を求めて一劫の中に於て合掌して、我が前に在て無数の偈を以て讃めん。是の讃仏に由るが故に無量の功徳を得ん。持経者を歎美せんは其の福復た彼れに過ぎん」等云云。
文の意は一劫が間教主釈尊を供養し奉るよりも、末代の浅智なる法華経の行者の、上下万人にあだまれて餓死すべき比丘等を供養せん功徳は勝るべしとの経文なり。
一劫と申すは八万里なんど候はん青めの石を、やすり(鑢)を以て無量劫が間するともつきまじきを、梵天三銖の衣と申して、きはめてほそくうつくしきあまの羽衣を以て、建治三年に一度下てなづるに、なでつくしたるを一劫と申す。
此の間無量の財を以て供養しまいらせんよりも、濁世の法華経の行者を供養したらん功徳はまさるべきと申す文なり。
此の事、信じがたき事なれども、法華経はこれていに、をびただしく、ことごとしき事どもあまた侍べり。
又信ぜじと思へば多宝仏は証明を加へ、教主釈尊は正直の金言となのらせ給ふ。諸仏は広長舌を梵天につけ給ひぬ。 正直-
父のゆづりに母の状をそゑて賢王の宣旨を下し給ふが如し。三つ是一同なり、誰か是れを疑はん。
されば是れを疑ひし無垢論師は舌五つに破れ、嵩法師は舌ただれ、三階禅師は現身に大蛇となる。徳一は舌八つにさけにき。
其れのみならず、此の法華経並に行者を用ひずして、身をそんじ、家をうしない、国をほろぼす人人、月支・震旦に其の数をしらず。
第一には日天朝に東に出で給ふに、大光明を放ち天眼を開て南閻浮提を見給ふに、法華経の行者あれば心に歓喜し、行者をにくむ国あれば天眼をいからして其の国をにらみ給ひ。
始終用ひずして国の人にくめば、其の故と無くいくさ(軍)をこり、他国より其の国を破るべしと見えて候。
昔し徳勝童子と申せしをさなき者は、土の餅を釈迦仏に供養し奉て、阿育大王と生れて、閻浮提の主と成て、結句は仏になる。
今の施主の菓子等を以て法華経を供養しまします、何かに十羅刹女等も悦び給らん。悉く尽しがたく候。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。
二月十七日  日蓮花押 
松野殿御返事 

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