権実相対  (ごんじつそうたい ) 関連語句 権実

 大乗教の中で権大乗と実大乗を区別・相対して、実大乗の教えが勝れていることを示すこと。『大学三郎殿御書』〔21615〕には「天台已前の諸師は法華経等の一切の大乗経を小衍相対を以て之を釈す。王臣の差別無く、上下之を混す。仏法未だ顕れず、愚痴の失之有り。天台已後に諸宗小衍相対の経々を以て、権実相対 相対之を定む。天台の智之を盗めり」とあり、天台智顗以前の諸師の教判には権実相対がなく大小(小衍)相対だけであったが、智顗が権実相対を立てたので、以後は皆それに習ったことが指摘されている。古来、日蓮宗学では五重相対(内外・大小・権実・本迹・教観または種脱)を立て、あらゆる思想・宗教を比較研究して、その中から事の一念三千・妙法五字を末法の要法として選び出す方法手順としている。その中の第三が権実相対で、具体的には爾前四十余年の諸大乗経=権大乗、『法華経』=実大乗と立て分け、爾前経が衆生の機根に合わせて種々の方便をもって誘引した未顕真実の方便教であるのに対して、『法華経』のみが釈尊の真実の教えをそのまま示した真実教であると規定する。『開目抄』〔16034〕に「此に予愚見をもつて前四十余年と後八年との相違をかんがへみるに、其の相違多しといえども、先ず世間の学者もゆるし、我が身にもさもやとうちをぼうる事は、二乗作仏・久遠実成なるべし」とあるように、この権実判定の根拠は『法華経』迹門の二乗作仏と本門の久遠実成の有無にあるとされる。これは、この二つの大事が末法の衆生救済を実現する妙法五字に至るための重要な要素であるという理由による。