書評:NARRATIVE ANALYSIS - by Catherine Kohler Riessman 1993 (in Boston University) -

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導入:物語の位置づけ

 物語的な研究を論じるのにふさわしい単一の学問分野はない。物語的な研究は,そもそも学際的なものであり,社会科学の研究に,「現象を解釈するための形式」を新しく設定しようというものである。文学における写実主義,あるいは現実主義と呼ばれる研究は,自然科学の方法にならうものであり,社会生活を完全な形で理解することはできないとするが,アメリカの研究者のリーダーたちは,人間行動の原理を定式化するのに,自然科学の方法ではなく物語的な方法へと方向転換しつつある。ヨーロッパでは,理論を作り上げる方法を開発するにあたって,「物語的な研究形式」がとれるようにするための環境を整備した。Todorovは1969年に,新しい科学,すなわち物語的な研究の形式を,そこから生まれてくるものが学問的知識として認められるものにしようと,ナラトロジー(narratology)という用語を作り出した。

 話をするということ(story telling)は,われわれ研究者が資料でおこなっていることや,研究対象であるインフォーマントが研究者の前でおこなっていることを,よく分かるようにするというのが目的である。話をするというメタファー(story metaphor)は,われわれがある特定の文脈の中で,あることがらの順序や内容(text)を勝手に創り上げているということを示している。(1)機械的メタファーというのは自然科学の分野から取り入れられたものである(自然科学の分野では疑問の声が挙がりつつある)が,この言葉は,われわれがある世界を客観的に記述しているということを示し,またそれによって,われわれが記述した世界の外側にいるということを表している。

 物語的分析は物語そのものを研究対象とする。私のここでの議論は,いろいろある中で,一人称で語られたものに限定する。目的は,インタビューの相手が,自分たちの生活の中で起こった出来事や,自分たちの行為に意味づけをするときに,それらの出来事や行為をどのような順で並べるか,そしてその順序づけがどのような経験に基づいたものかを見ることである。われわれが採ろうとしている方法論,すなわち物語的分析は,インフォーマントの存在を物語として考察するものであり,この方法を採ることによって,その物語が言葉や文化的な背景の中で,どのように記述しまとめられたのか,さらには,それによって聞き手をいかに説得させるものになったかを分析することができる。物語的な研究における分析は,インフォーマントが自分の経験について語るとき,その語りが言葉でどのように表されているかということではなく,その語りの枠組みを創造するのである。すなわち,われわれの問いは,その物語がなぜそのように語られたのかなのである。

 自然や世界が何かを物語るというのではなく,人間個々人が語るのである。物語はあることがらを表現したものであるため,もとの事柄に対する解釈が含まれることは避けられない。ポスト実証主義の研究では,事実と解釈を大きく区別することはない。人間は力と想像力によって,物語られたものに何が含まれ何が排除されているか,出来事がその人によってどのように作り上げられたか,そういったことがどのような意味に支えられたものかが理解される。個々の人間は,個人的に物語る中で,過ぎ去った出来事や行為をアイデンティティーの主張や人生の構成として作り上げていくのである。

 ひとりの人間が語る自分の歴史の中では,その人は主人公であったり,あるいは犠牲者であったりする。その中で,語り手は,聞き手との間で,何かを強調し,何かを省いているのである。どのような語り方であろうと,そこには聞き手に訴えたいものがあるはずだ。人が語る自分史は,単なる独り言ではなく,語り手にとって重要な何かを意味しているのである。そしてその人が語る自分史こそが,その人のアイデンティティー形成に大きく寄与しているのである。

 語るということは,単に情報を言葉にして積み上げていくというのではなく,語り手が経験したことを組み立ていくことであり,語り手の記憶を系統的に組織していくことであり,人生のどこかに区切を入れたり,目的は何だったかと問い直したりすることによってこれまでに起こった出来事を人生として組み立てていくことなのである。人が自分の人生を語れば,それは自叙伝という物語になる。これによってできあがった個人的な構成物,つまり自叙伝的物語は,その人の人生を他者と共有できるものにし,その人の人生がどのようなものであったかは,他者と十分整合のとれたものになる。


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