石川県金沢市のビル街におけるハヤブサの繁殖と巣内雛のバンディング
−日本初の産卵記録から繁殖成功へ−


松村俊幸1・竹田伸一2・苅田章3・長田勝4
1 福井県海浜自然センター・2いしかわ動物園・3NHK科学環境番組部・4ベルグラ山の会

 石川県におけるハヤブサの繁殖記録は,能登や加賀の海岸,七ツ島などの報告がそのほとんどを占めるが,金沢市のビル街においても1998年と1999年の産卵例が,断片的ながら報告されている.その後もこの繁殖行動は継続しており,2001〜2003年には繁殖成功に至った(竹田 1998,日本野鳥の会石川支部 1999,山本ほか 1999,松村 2002).そこで今回は,金沢市のビル街における1998〜2003年までのハヤブサの繁殖状況についての経過をまとめ,同時に巣内雛のバンディングを行ったので報告する.
 金沢市のビル街でのハヤブサの産卵は,1998年に金沢市香林坊にある北國新聞会館の17階のテラスで,4卵産んだのが最初である.テラスは雨ざらしで,卵は人工芝の上に直接産卵された.これらの卵は孵化せず,この時の様子は新聞でも報道された(北国新聞 1998).翌1999年には,同ビル12階の非常用バルコニーの防水シート上で抱卵しているのが確認され,産み足されたと推定されるものも含め,最終的に6卵産んだ.このバルコニーは,屋根があり雨ざらしではないにも関わらず,卵はいずれも孵化しなかった。これら2年間に放棄した卵は回収し,内部を取り出したところ,未受精卵かもしくは途中死亡卵で,すでに腐敗してほとんど液体状だった.失敗の原因は,雨ざらしで卵が濡れたこと,卵が床面を転がり散乱するために親鳥が十分に抱卵ができなかったことによると推測される.卵が散乱しないようにするには砂利を敷き詰めればよいと思われたが,防災上の理由と,ハヤブサが求愛する際に発する鳴き声が,仕事上に支障をきたすとの苦情がテナントから寄せられ,砂利を敷くことは許可されなかった.しかも,来季には営巣地として選ぶことを避けるため,非常用バルコニーには防鳥用のネットが張られ,この場所での繁殖活動はできなくなった.
 北國新聞会館で営巣できなくなったハヤブサのペアは,2000年には新しい営巣場所としてJR金沢駅前のヴィサージュビルを選んだ.17階の休憩室のテラスの屋根において,散乱する3個の卵と抱卵中の親鳥を確認したので,最低4個は産卵したと推定されたが,この時も卵は孵化せず繁殖は失敗した。失敗の原因は,北國新聞会館の時と同じく,卵の散乱と雨ざらしによると考えられた.
 そこで,2001年には抱卵の際に安定して卵を抱けるようにするため,ヴィサージュビルへ2000年に巣として利用したテラスに砂利を敷き詰めることを願い出たところ,快く承諾を得ることができた.そこで,2001年2月8日に水槽の底砂に利用されている6〜9mmの大磯砂を敷き詰めた.産卵は,3月17日,19日,21日にそれぞれ1個ずつ行われ,雨ざらしではあったがこれまでのような卵の散乱は見られず,順調に抱卵した.そして,4月17日に1羽,18日に2羽が孵化した.雛は3羽とも順調に成長し,5月28日以降に巣立った.6月12日には,2羽の幼鳥が営巣地の周辺にいるのを確認した.この段階で,日本国内においてビル街でハヤブサが繁殖成功した事例は報告されておらず,この記録が国内初記録となった.

 2001年に初めて繁殖に成功してからは,2002年と2003年の2カ年とも連続して繁殖に成功した.2002年は4個産卵し,2卵が孵化,雄と雌が各1羽ずつ巣立った,しかし,巣立ってから2日後にヴィサージュビルの吹き抜けにおいて,雄の死体が回収された.死亡原因としては,窓ガラスに激突し,たまたま吹き抜けの外口部から内部に落下した可能性が示唆された.2003年は4個産卵し,4卵すべて孵化し,5月26日前後にすべて巣立った.性比は雄雌ともに2羽ずつであった.しかし巣立つ前の5月20日には,雄1羽がテラスを踏み外して落下し,公園でカラスなどの襲われているところを人間に保護された.この個体は尾羽の付け根部分にけがをしていたが,軽傷と見られたので,同日,屋上に放鳥され,その日の内に屋上から5m下の巣のあるテラスに自力で移動した.さらに5月27日には,営巣地から南東に約2.6km離れた金沢市本多町で雄1羽が保護され,市内の獣医師で治療を受けたが,6月28日に死亡した.保護されてから死亡するまで,体の痙攣が止まらない症状が続き,最後は食欲が急に低下し死亡した.
 このようにハヤブサが人工的な環境で繁殖する際には,人間の手助けにより営巣環境を整えることが,繁殖成功率を上げる上で重要な鍵を握ると思われる.さらに繁殖成績を上げるためには,事故が多い巣立ち前後に,人間の監視態勢を整えることも必要であろう.
 当地における巣内雛のバンディングは,2002年に2羽(雄雌各1羽ずつ),2003年に4羽(雄雌各2羽ずつ)行った.2002年が22日齢,2003年が24〜26日齢の巣内雛を対象として実施し,環境庁リングと観察時の個体識別用に,赤紫色のアルミのカラーリングを装着した(ただし2002年の雌個体は,カラーリングのみとした).しかしながら,2002年と2003年の両年とも,それぞれ雄が1羽ずつが巣立ち後死亡したので,分散したと推定される幼鳥は,2カ年で4羽であった.このカラーリングは,直線距離で270m程度離れた所でもリングの存在を認めることができたので,分散調査には効果を発揮するものと思われる.

画像提供:松村俊幸

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