エクアドル第三日目


<5/25>

  朝7:22(日本時間5/25 21:22)に目覚める。寝ぼけまなこの頭で、少し整理しておかないと・・
・。
  昨夜グアヤキルに着いたとき、少しむっとするような生暖かい風が俺を出迎えてくれた。ロッシオの車の
窓から入ってくる風が、今度は俺に心地よく吹いてくれたっけ。 ホテル の部屋は完全空調(72Fに
設定された 温度計は、70Fを示していた。約21℃)で肌寒くて、長袖の Tシャツに着替えることに
した。日本だったら、立て続けにコーヒーを3〜4杯飲んでいるころだろう。
  部屋にはテレビ(既にスペインの番組が流れている)、洗面所にはバス・トイレはもちろん、洗面台には
ドライヤー、歯磨きセット(そういえば、マイアミでは備えられていなかった)、 クシ、綿棒、水に入れて飲
むソーダの粉末等、日本でのホテル にも劣らない品物が揃えられている。 旅行ガイドブックには、三番
目に記載されていた。
  銀行の営業時間は、 9:00〜13:30。今日は土曜日。昨夜空港に着いたとき、いくら疲れていたと
はいえ両替(US$ )に両替しておかなかったのは、過去2回の旅行の教訓が生かされていない。



  気がついたら、外の日差しが強くなってきたようだ。そして街は、動き出していた。新聞(後で
わかったが、朝3時頃には ドアの隙間に差し込まれていた)予想では、最高気温32℃(最低24℃。
マイアミでの、最高気温の予想は31℃)。さて、9時頃には俺も動き出すか・・・。8:24。



  歩き回って ホテルに戻ってきて時間をみたら、10:32。 カフェテラスで足を傍の椅子に延ばしたまま、
2杯目のコーヒーをゆっくりと飲んでいるところだ。8時30分に停電になってしまって、予定を繰り
上げてそのまま ホテルを出てグアヤキルの探索に出かけていたのだ。 ホテルの階段の照明はついていたか
ら、非常電源でも動いていたのか?。 
   ホテルの目の前に教会(CATEDRAL)があったので、とりあえずこれを目印にして銀行(バンコ、 
BANCO)を捜し歩いていた。結局、 ドルへの交換はできなかった。
  本日は土曜日、手持ち ドルの量が少ないのか?  最初の銀行では20分以上(しびれを切らして、
マネージャらしき人に トラベラーズチェックを見せて、”両替できるか?” と聞いたら、先に割り込ませて
くれた。まだ前には15人以上並んでいたっけ)待たされた挙げ句に、 ドルがないと断られたのだ。
銀行街を見つけるまでに30分以上歩いたであろうか、持病の腰痛がでてきていてた。久しぶりに歩
いたせいもあって、腰以外にも疲れがきている。あちこちが、身体を動かすだけで痛む・・・。
  それからは並ばずに、まずマネージャらしき人に尋ねるようにしたが、なんと3ヶ所全てで断られた。 
  テルに戻ってフロントでどこか紹介してもらおうと帰りかけたが、なんと ホテルへの帰り道を見失ってい
た。何度同じところを、歩いたであろうか・・・。例の目印の教会まではたどり着けたのだが、そ
れからがわからない。警官らしき人に尋ねること2回、なんと先ほどから通り過ぎていた ビルの間
に挟まれていた・・・。
  似たような ビルが立ち並ぶ風景を見ると、まさかグアヤキルだとは思われない。



  外気の熱と疲れと痛みで、部屋に戻ってシャワーを浴びた。両替できなかった無念さが、汗と一緒に
なって身体に染み込んでいた。この時は ドル紙幣がオールマイティーであると思い込んでいて、この国の
スークレに対する不安があった。スークレにすると、単位が万単位になる。大きな数字の紙幣を何枚も持つ
ことが、なんか信じられないのだ。
  ここまで来ると、 インドやネパールのように日本円は通用しない。日本は経済国として知られては
いるが、こんなにはるか日本より遠く離れたところでは・・・・。



  街の中は雑多で、埃と汚れ、匂ってくる異臭、そして車の排気ガス で満ち溢れていた。銀行街周
辺ではきれいに整備されているが、ちょっとそこから外れると、そこかしこに少年たちの靴磨き
(大人もいる)と宝くじを売っている人々、そしてインディオが道で小銭をねだっている。小さな荷車
を利用した果物( バナナ、パイナップル、スイカ、リンゴ、椰子の実等)売り、トウモロコシ焼き、バナナ焼き、
ジュース売りが歩道に並んでいる。
  トラベラーズチェックで買物をできるところを探したが、2件(大きな ビル構え)とも断られた。
  ホテル のマネージャらしき人が、月曜日になれば ドルに交換できる銀行を紹介してくれることになった
が、その日はグアヤキルを旅立つ前日である。こうなれば、スークレを信頼して使っていくしかない・・・。



  街の歩道は段差が多く、何度つまずいたであろうか。店毎に、歩道まで勝手に舗装をしているせ
いである
  そこに人の目を気にせず、つばを吐く。鼻を、指でかむ。そして強い日差しと、熱気。
  街の中で、キリストをたたえる人々の行進を見た。歌を唄い、 ビラを配りながら整然と歩く数百人の
人々、そして車。 マイクを持った男の人が歌の輪の中心となって、大きな声の合唱が長く続いていっ
た。



  12時過ぎに、再度 ホテルを出た。今度は観光地巡りである。できるだけ写真を撮ろうと思うのだが、
建物や像などは平気で カメラを向けることができるのに、人々や店(小さな)を撮るのにまだちゅう
ちょしている。もっと、大胆にならないと・・・。しかし、できるだけ危険は避けたいし。
  車の洗車( ボロ布で拭くだけ)の声がかかるのを待っている少年たち、靴磨き、種々の物売り、
そして人々のおこぼれを期待してたむろする人々、観光地の木々の日陰で寝ているホームレス達・・・。
  物売りのように、自分の力で稼げる人(ほとんどが請け負い?。親方の店から観光客用の品々を
担いで出てくる少年2人を見たことがある。肩に麻袋一杯に入れてあったが、売れればいいのだが
・・)はまだ幸せである。英語ガイドの ロッシオの車に乗せられて ホテルに向かっているとき、停車した
車に子どもを連れたインディオの母が、黙って手を差し出したことがあった。ロッシオはその親子を追い払
った後、俺に言った。
    ”あんな人々は、無視をしたほうがいい”と・・・・。
  歩道に足を延ばしたまま、幼い娘を抱いたインディオの母親がいた。写真を撮らせてもらおうと カメラ
を向けたとき、その母親は必死で娘を抱きしめたのである。みすぼらしい姿の娘を、写真に撮らせ
まいとしたのだ。
  ”自分は写ってもいい、でも娘だけは・・・”そんな思いが、 カメラを構えている俺に伝わってき
た。小銭をあげるためその親子に近づいたとき、母親の横にも小さな女の子が寝ているのがわかっ
た。本当に可愛い、寝顔であった・・・・。
  もう一度撮ってもいいかと母親に尋ねたら、必死で首を振って断られた。立ち去る俺に
” グラーシャス:ありがとう”という、喉から絞り出すような小さな声が聞こえてきた。
  インドの非カースト制以下の人々が社会から遠ざけられ、生活が貧窮しているのと異なって、ここの国
の若者たちは自分の努力で生活を向上させることができる。しかしそんな中で、先住民のインディオの
中でも最も社会から取り残された人達(女、子ども、老人)が、ただじっと物乞いをすることで生
き延びようとしている姿は、心悲しく、そして自分の力の無さをつくづく感じさせる。



  朝から歩いているとき、上から水が落ちてきたり、道路が所々濡れているわけがやっとわかった。
クーラーの水である。道路側に出ているクーラーの水抜き配管が、全て道路側に出ているのだ。商店で使っ
た水も、そのまま道路に流されている。道路の片隅には、生ごみが捨てられている。それも、人通
りの多い交差点の隅に・・・・。
  道路工事で出てきたガレキを人の力で(スコップ) で車に積み込んでいるのを見たが、放置されたま
ま積み上げられているのも数ヶ所あった。道路工事が中断されたままになっているため、水やゴミ
が溜まり、人も車も通れなくなっている。今朝の新聞で見た、あの工事現場だ・・・。
  街中を走っている車も、ドアのノブが取れたまま、バンパーは落ちかかっている。 バスも、傷だらけ
で錆びていて、大きな穴があいたまま。 バスに乗れるのは、まだいいのかもしれない。トラックの荷台
に大勢の人間を乗せているのが走っていたり、そうかというと傷一つなく奇麗に手入れされた バス
や乗用車。
  腰は痛み、そして身体は疲れきっている。食事をして、早く休まないと・・・。



      煙草 : Malloro  エクアドル製造(PUBLICA DEL ECUADOR)
              箱の表示には、 3,000スークレと明記されている。が、とてもじゃないが
              その値段では売ってくれない。 
              この国では、煙草はバラ売りが当たり前。というより、ほとんどの人
              が吸わないのでは・・・。

      ガードマン  : 銀行には、軽機関銃を持った警備員が常駐している。腰に拳銃を
              ぶら提げたガードマンも。 携帯無線を常備している。大きな商店にも常
              駐し、売り棚毎に制服姿の女性(説明、万引き防止?)が立っている。
              ホテル も、しかり・・・。



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