H12.8.2

はじめに
地域生活において教育文化はどういう力を持ってるのか?
地域に学校があるってどんなこと?
1 子どもと教師の苦悩の深まり
学びと生活を通じて子どもが社会的に成長しいく存在→揺れている
不登校があたりまえの時代 全国で13万人
校内暴力・器物破損行為の増加(攻撃性・引きこもり)
学級崩壊 福島県で約1割→授業が進められない(孤独・無能感が子どもたちの中に広がってきている)
子どもの願い→中学生(自分はどう生きていくのか・もっとわかりたい)
教師→子どもの変化についていけない・騒ぐ子どもと話をしている暇もない
苦しみの涙・・・同僚・校長から能力がないというレッテルを貼られることの悔しさ(教師もじわじわと競争させられている)
親の意識の変化→学校・教師に意見を言う親
教師は家庭教育に対する批判意識が強い
民教研 今サークルとは? すぐれた自主性を学ぼう→自分の学校でできないもどかしさ
子ども・教師の苦悩にどう寄り添うのか?
2 地方分権の流れをどう見るのか
(1)新自由主義と教育改革・・・規制緩和
悩める子ども、大人を巡って論議されてきた
学校選択の自由化・特色ある学校作り
校長のリーダーシップ
学校の自主性・自立性
2002年学校5日制へのスリム化
(2)県と市町村への転化とそれらの関係
背景に何があるのか?
学校競争による学校のリストラのねらい
学校をスリム化させ、民間資本の参入を目的?
(3)分権の幻想と可能性
3 分権化の中での新たな動向
(1)学校選択の自由と学校のリストラ
学校が自由に組める時間 中3生 1/4 中1生 15%
学習集団(多様な編成ができる、能力別etc)と生活集団の分離
30人学級の要請・・・教師と子どもの関わりが深まる
定数として配置→具体的な配置として多様な形を作れる(教委側)
校長の人事権・予算権保証(特色のある学校・特色に合った予算)
校長教育責任制の徹底→学校が生き残るための
福島県三春町長・・・課長・助役の廃止
地方分権の時代に官僚的発想で事が進む時代ではない
職員の持てる力を引き出す→職員の同意を取り付ける
(2)学校の自主性・主体性と管理職のリーダーシップ
校長のリーダーシップとは何か? 何かをやらせる→権力者
困っている教師を支援し立ち直らせる
保護者・親・子ども・教職員からの信頼がなければ成立しないのでは?
教職員の力を発揮できるシステムを構築する
(3)競争による管理の仕組みづくり
管理職が職員のヤル気を引き出すにはどうしたらいいか?
人事考課制度→給料に跳ね返る事は定着してく
校長=経営者 働く人はどのように関わって行くのか?
中国の改革 進学競争・校長教育責任制
課題−教師の能力を高める
教職員評価システムが進む
(4)多様な共同実施と効率化(学校スリム化)
学校にいてこそ学校事務職員
学校栄養職員・専科教員・給食センター民営化→合理化・能率化・財政的には必要かも?
大学事務の一元化 学部事務職員14名→3名(学部に事務室なし)
事務職と話し合う時間なし
学生の情報が入らない
学生と教授の共有空間(事務室)がなくなる
4 学校における新たな公共性の創出
(1)教職員同士の同僚生をたぐり寄せる
子どもは単なる教育の受け手→一緒に学校を作る
子ども・父母とともに学校を作ることが教育の公共性
合意する力をどう作るのか、共に実行・実践することで深まる
教師→教育の専門家(公共性あり)、住民の評価能力を高めながら専門性を高める(学校の説明責任が必要になってくる)
(2)子どもの参加による学校づくり
参加とは何か→子どもに聞く
子どもを真ん中において、子どもの願いをわかってあげる=安心感・信頼感を持つ(人間として大切にされていると思う)
(3)父母・住民の参加と協同
親は本当に学校を選びたいと思っているのか?
学校選択ではなく協同参加ではないのか?
学校・教師いじめではなく一緒に学校を作っていく
説明責任を通じて学校の公共性を作り上げて行く必要性が大切
(4)教育・文化と地域づくりの視点
学校はいつもあるもの・学校がなくなって初めて、学校が何であったかわかる。
総合学習を通じて子どもの学習はできない。地域の人々の中に黙々と努力している人を教えなくて何を教えるのか?