ヒロ・ヤマガタ プロフィール


本ページは,ヒロ・ヤマガタ先生の出版物を参考にまとめたものです。

年 齢 詳   細
1948
(昭和23)
 5月30日,滋賀県米原町に生まれる。
1972
(昭和47)
24  9月渡仏。
 エコール・デ・ボザール(パリ国立美術学校)奨学聴講生。
1973
(昭和48)
25  パリの「93画廊」と長期契約。
 オーストリア・ウィーンの「オットー画廊」で初個展。
 イギリス・ウィンザー,西ドイツ・ミュンヘン,イタリア・ローマで個展を開く。
 モンマルトルの丘で人気画家となる。
 ピーター・ブリューゲル,ジャック・プレヴエール,アンリ・ベルヌイユなどの各絵画,詩,映画に深い影響を受ける。
1974
(昭和49)
26  サロン・ド・ボザール,フランス芸術家協会展,サロン・ド・ドートンヌ等に出品。
 イギリス・ウィンザーの「ウィンザー・アンド・イートン美術」で個展。
 ナイーフ画家として名を知られるようになる。
 欧州・米国・日本等のミュージシャンのパリ・コンサートのオルガニゼーションに東奔西走。
1975
(昭和50)
27  オーストリア・ウィーンと西ドイツ・ミュンへンの両「オットー画廊」で個展
 サロン・ド・ボザール,フランス芸術家協会展,サロン・ド・ドートンヌ等に出品。
1977
(昭和52)
28  サロン・ド・ボザール,フランス芸術家協会展,サロン・ド・ドートンヌ等に出品。
1978
(昭和53)
29  モナコ,パリ,ロサンゼルスから前者は壁画,後者はシルクスクリーンの各作品制作依頼があり,後者を選択。活動の場をロサンゼルスに移す。
 カリフォルニア州サンフランシスコの「コリー画廊」,カリフォルニア州ロサンゼルスの「セレンゲピティ画廊」,シカゴ,ニューヨーク,ダラスで各個展(シルクスクリーン)。空前の大成功を収め,一躍,実力作家として不動の評価。
 サロン・ド・ボザール,フランス芸術家協会展,サロン・ド・ドートンヌ等に出品。
1979
(昭和54)
30  カリフォルニア州ロサンゼルスの「セレンゲピティ画廊」,ニュージャージー州ミルバーンの「ザ・グラフィック・イメージ」,ミネソタ州ミネアポリスの「エレーヌ画廊」,カリフォルニア州サンフランシスコの「コリー画廊」,カリフォルニア州サンディエゴの「バザー・デル・ムンド」で各個展。
 ニューヨーク・アートEXP0に出品。
1980
(昭和55)
31  ミネソタ州ミネアポリスの「エレーヌ画廊」で個展。
 ニューヨークのアートEXP0,ワシントンのアートEXP0,サンフランシスコ(西海岸)のアートEXP0に各出品。
1981
(昭和56)
32  ニューヨーク・アートEXP0に出品。
1982
(昭和57)
33  ロサンゼルスの「マーチン・ローレンス画廊」と契約。
 カリフォルニア州ロサンゼルスの「マーチン・ローレンス画廊」,東京の「ガレリア・プロバ」で各個展。
 ニューヨーク・アートEXP0に出品。
1983
(昭和58)
34  カリフォルニア州クパチーノの「シャボット画廊」,アラスカ州アンカレッジの「ステファン美術」,カリフォルニア州ロサンゼルス・ペンシルバニア州フィラデルフィアの「マーチン・ローレンス画廊」,東京の「ガレリア・プロバ」「ギヤルリーしんくら」で各個展。
 レーガン大統領を名誉会長とする「人類飛行200周年記念」財団祝典ポスター原画に作品「エアーショウ」(1982年製作)か選ばれる。
 ニューヨークとダラスのアートEXP0に出品。
1984
(昭和59)
35  ロードアイランド州プロビデンスの「ウォリック画廊」,イリノイ州シカゴ・イリノイ州パラタイン・ミシガン州デアボーンの「オースチン画廊」,アラスカ州アンカレッジの「ステファン美術」,カリフォルニア州ロサンゼルス・カリフォルニア州ニューポートビーチ・ペンシルバニア州フィラデルフィアの「マーチン・ローレンス画廊」,カリフォルニア州クパチーノの「シャボット画廊」,東京の「ガレリア・プロバ」で各個展。
 日本初大規模個展を小田急百貨店(新宿)で開催,大成功をおさめる。
 オリンピックが開催されるロサンゼルス市の観光誘致キャンペーンの公式ポスター原画の制作(作品:LA's The PLACE)を依頼される(オリンピック参加の世界140か国の全選手・役員にもプレゼントされた)。
 ロードアイランド州で9月21日を「ヒロ・ヤマガタの日」に定める。同州ウォリック市より名誉市民の称号を受ける。
 ニューヨークとダラスのアートEXP0に出品。
1985
(昭和60)
36  ロードアイランド州プロビデンスの「ウォリック画廊」,カリフォルニア州キャンベルの「シャボット画廊」,カリフォルニア州ロサンゼルス・カリフォルニア州ニューポートビーチ・ペンシルバニア州フィラデルフィアの「マーチン・ローレンス画廊」,イリノイ州シカゴ・イリノイ州パラタイン・ミシガン州デアボーンの「オースチン画廊」,アラスカ州アンカレッジの「ステファン美術」で各個展。
 ニューヨークとロサンゼルスのアートEXPOに出品。
1986
(昭和61)
37  ロードアイランド州プロビデンスの「ウォリック画廊」,カリフォルニア州キャンベルの「シャボット画廊」,カリフォルニア州ロサンゼルス・カリフォルニア州ニューポートビーチ・ペンシルバニア州フィラデルフィアの「マーチン・ローレンス画廊」,イリノイ州シカゴ・イリノイ州パラタイン・ミシガン州デアボーンの「オースチン画廊」,アラスカ州アンカレッジの「ステファン美術」,イリノイ州シカゴの「メリル・チェイス画廊」で各個展。3月から日本国内巡回個展(東京・有楽町西武,大阪・大丸,名古屋・松坂屋,横浜・高島屋,福岡・博多大丸)。9月,東京セントラル美術館で個展。
 西武マリオン(銀座)で個展開催。
 レーガン大統領を会長とする「自由の女神100周年記念」事業団の祝典オフィシャル・ポスター及び作品制作(作品名:自由の女神)の依頼を受ける。ニューヨークの米国独立記念祭で作品の除幕式が行われる。
 エドワード・ケネディー議員と共にチャリティーに参加し,ケネディー財団のアートを通して身体の不自由な子供や大人の生活を潤いのあるのもにするという企画「ベリー・スペシャル・アーツ(VSA)プロジェクト」の基金を集める。
 レーザー・アートの実験を開始。
 ニューヨークのアートEXPOに出品。
1987
(昭和62)
38  カリフォルニア州シャーマンオークス・西ロサンゼルス・ペンシルバニア州フィラデルフィア・ニューヨーク州ショートヒルズの「マーチン・ローレンス画廊」,マサチュセッツ州ボストンの「メトロポリス画廊」,東京の「日本国内巡回個展」「Hanae Mori」「ガレリア・プロバ」で各個展。
 東京「ザ・スペース」をはじめ,大阪,名古屋,福岡で個展開催。
 アメリカ・オリンピック委員会より,1988年開催予定の「カルガリー冬季オリンピック」公式ポスターの原画製作(作品名:カルガリーオリンピック)を依頼される。「ソウル・オリンピック」公式ポスターを製作(作品名:ソウル・オリンピック1,2)。
フジサンケイグループ主催の「夢工場'87」のポスターのための原画製作(作品名:サマー カーニバル)。
 アメリカ政府より,憲法制定200周年記念原画制作依頼(作品名:ウィ・ザ・ピープル),同原画によるシルク付公式豪華本(THOSE WORDS THAT BIND)装丁。その装丁とブックデザインは,ピエール・カルダンとヒロ・ヤマガタ。
 ヤマガタ財団設立。ケネディ財団と共同で身体障害者のチャリティイベントを開催する。
 ニューヨークのアートEXPOに出品。
1988
(昭和63)
39  マサチュセッツ州ボストンの「メトロポリス画廊」,オーストリアの「ザルトブルグ・カントリー・クラブ・ハウス」,カリフォルニア州シャーマンオークス・ニューヨーク州ソホの「マーチン・ローレンス画廊」,東京の「ガレリア・プロバ」で各個展。
 2月ニューヨーク,4月東京の「フジヰ画廊」で水彩画展。
 「世界・食の祭典’88」(作品名:サマー・フェスティバル),JR「アメリカン・トレイン・イン・ジャパン」(作品名:アメリカン・トレイン)のポスター原画制作。レーガン大統領の肖像画,「アメリカン・トレイン」のシルク,ジャック・ニクラウスとの共同企画「ゴルフ・シリーズ」など制作中。ほかに,世界デザイン博(’89名古屋,作品名:ファンタジー),オーストラリア建国記念(作品名:ボート パレード),ハリウッド100年祭,エッフェル塔100年祭(作品名:ミルキィ・ウェイ),フランス革命200周年(作品名:巴里祭)など,各国の行事の公式ポスターの原画制作を依頼されている。
1989
(平成1)
40  4月より名古屋・大阪・静岡・銀座の松坂屋名店にて「ヒロ・ヤマガタの世界」展開催。 
 「ベリー・スペシャル・アーツ・フェスティバル」(ケネディ・ファンデーション)の版画とポスターをチャリティーで製作(作品名:スペシャル・セレブレーション)。
 サンフランシスコ地震救援のため,「ファイヤー・ワークス」(シルク)の売上げ全額をサンフランシスコ赤十字社へ寄付。
 ジャック・ニクラウスとのジョイント企画「ファイブ・グレート・チャンピオンシップス・オブ・ゴルフ」をプロデュースする。
 「フリーダム・オブ・エクスプレッション(表現の自由)」キャンペーンを続け,国連に絵画を贈る。
 ファウンディング・ナショナル・チェアパーソンであるエリザベス・テイラーとの個人的な友情を通してアメリカン・ファンデーション・オブ・エイズ。リサーチ(エイズ研究の米国財団)への寄付を始める。
1990
(平成2)
41  大阪,博多,京都,東京で,パステル画による「ヒロ・ヤマガタ展」開催。
 メキシコシティの国立美術館にて展覧会。
 「アメリカ移民200周年」のポスター原画制作。
 ドイツ・ベルリンの「フリーダム・キャンペーン」のポスター原画制作。ベルリンのチェックポイント・チャーリーでの除幕式に出席。
 ヤマガタ財団(YAMAGATA FOUNDATION)設立。
 ベリー・スペシャル・アーツ(ケネディ財団)のワシントン・アート・フェスティバルに参加,5月にはブッシュ大統領からホワイト・ハウスに招待され,身体の不自由な人々の為にケネディ財団とヤマガタ財団でチャリティーイベントを開く。
1991
(平成3)
42  アーノルド・シュワルツェネッカー友情協力によるケネディ基金賛同チャリティ記念として「プレミエショー」を製作。
 「'91世界陸上」のポスター原画制作。
 1月と3月にはリトアニア,ランドバーグの前指導者に首都ヴェルニアスへ国のフリーダム(自由)キャンペーンを始める為に招待される。
 何千もの映画を保存しているニューヨーク名映画集記録保管所への経済援助を始める。
1992
(平成4)
43  名古屋,横浜,東京,大阪で「ヒロ・ヤマガタ新作原画展」開催。
 米国ウォルト・ディズニー・アート・クラシックス・インクと製作契約。
 「コロンブス新大陸到達500周年記念」のポスター制作。
 「遷都1200年祭」ポスター原画「金閣寺」制作。
 米国移民局創設100周年記念ポスター原画「作品名:エリスアイランド」の制作。
 オリンピック委員会よりスペインのバルセロナオリンピックの公式アートイメージを製作依頼される。
 ナロパ学会(詩,音楽,映像,舞台芸術の分野でサマーフェステバルや教育プログラムを行う私立の教養学部)への経済援助を始める。
1993
(平成5)
44  エイズ・チャリティー全国縦断来日展開催。
 2月詩人アレン・ギンズバーグとグレゴリー・コルソと共同してロックンロール世代の詩人についてのドキュメンタリー映画を制作する企画を始める。
 「キャピタルヒルズ200周年記念」の原画を,アメリカ政府の依頼によって制作。
 ジーン・ケネディ・スミス氏と共にベルギーのブリュッセルで行われた世界中の身体の不自由な人々の為のVSAインターナショナル・アート・フェステバルに参加。
 ジャック・ニクラウスとの新ゴルフ・シリーズ共同制作発表。
1994
(平成6)
45  『ヒロ・ヤマガタ全版画集』出版記念展を名古屋,東京,大阪,横浜で開催。
 アースリー・パラダイスのイメージをメルセデス・ベンツカブリオーレクーペ(1952-1953)のクラシックカーにペインティングし,ロサンゼルス市立美術館,バーンズデルパーク(ロサンゼルス)にて最初の展示会を開催(9/13〜10/23)。
1995
(平成7)
46  「アースリーパラダイス展」を箱根彫刻の森美術館,文化とコミュニケーション展(ベニス,イタリア),モナコ王室アンティークカーコレクション展(モナコ国王の依頼により)(モンテカルロ・イタリア),ボルゲーゼ宮(モンテカティーニ,イタリア),アニアリーミュージアム(トリノ・イタリア)にて開催
 故郷・琵琶湖の環境保護のために「ラブ・アンド・ドリーム(琵琶湖)」を製作。作品の売上収益金の一部を財団法人国際湖沼委員会(ILEC)に寄付する。
 米国オリンピック委員会より,アトランタオリンピック100周年記念として全種目の作品製作を依頼される。
1996
(平成8)
47  「アースリーパラダイス展」ストックホルム・ロイヤルミュージアム(スウェーデン国王カール・グスタフ16世の招待)にて展覧会。
 日本赤十字社,全国110カ所にある献血ルームにポスター(小さな花屋)を贈呈。
1997
(平成9)
48  写真作品「エターニチイ・オア・ホワット展」をフレッド・ホフマン・ファイン・アート・ギャラリー(ロスアンジェルス)にて開催。
 ウィーン現代造形美術館にて「アースリーパラダイス展」(オーストリア)開催。
 レイザーインスタレーション「エレメント・A」展をフレッド・ホフマン・ファイン・アート・ギャラリー(ロスアンジェルス)にて開催。
 「アースリーパラダイス」のイメージを使用した,レーザー光線によるアカデミー賞会場デザインとインスタレーション(ガバナーズ・ホール)を制作。
 長野冬季オリンピック大会のポスター原画を制作。
1998
(平成10)
49  「アースリーパラダイス・フォー・ローマ ヴィアベネト」展をバルベリーニ宮(ローマ)にて開催。
 レーザーインスタレーション「光の彫刻」による展覧会をファーストストリート橋(ロスアンジェルス)にて開催。
 音楽にインスピレーションを受けたシリーズ「ミュージックシリーズ」を発表。
 NHKのドキュメンタリー番組の取材で初めて中国を訪れる。
 「次代を担う若者たちに自分たちの国「日本」の素晴らしさに目覚め,日本人としての誇りを持ってもらいたい」そんな思いを込め,日本の心をテーマにした新シリーズ「日本のエッセンス」の制作を開始する。
1999
(平成11)
50  「アースリーパラダイス展」カッセル(ドイツ)にて開催。
 「アメリカン・リップス」マルボロギャラリー(ニューヨーク)にて展覧会。
 劇場映画「ザ・ソース」をプロデュース,ロスアンジェルス現代美術館にて上映。
 屋外レーザー・インスタレーション「ローマイヤーライツ」展をローマイヤー彫刻美術館(ミズーリ州セントルイス市)にて展覧会。
 ホワイトハウス設立200周年実行委員会より「ホワイトハウス設立200周年」の版画製作を依頼される。
 中国・チベットを旅して水墨画,水彩画,版画,デッサンなど様々な表現で描かれた「悠久のシルクロード」シリーズの製作を開始する。
2000
(平成12)
51  レーザー・インスタレーション・グループ展「アクティブ・ライフ」シンシナティ市現代美術センター(オハイオ)にて開催。
 レーザー・インスタレーション「太陽系インスタレーション プロジェクト1」をヤマガタスタジオ(マリブ市)にて開催。スタジオを公開する。
 グラミー賞の2000年の公式アーティストにグラミー財団より任命される。
2001
(平成13)
52  「NGC6093」エースギャラリー(ニューヨーク)にて展覧会。
 「フォトン999」グッゲンハイム・ミュージアム・ビルバオ(スペイン・ビルバオ市)にて展覧会。
 迎賓館に「オーキッド&パロット」(原画)が納められる。
2002
(平成14)
53  「プロトン・インダクション」ペパーダイン大学(マリブ市)フレッドワイズマン美術館にて展覧会。
2003
(平成15)
54  「ヒロ・ヤマガタとNASAの世界」横浜にて展覧会。
 「スーパーノバ3」オハイオ(アメリカ)にて展覧会。
 「市政300周年記念イベント−音と光の夜」サンクトペテルブルグ(ロシア)にて展覧会。
 「華麗なる色彩の魔術師 ヒロ・ヤマガタ原画展」浦添市美術館にて開催。
2004
(平成16)
55  「クウォンタン・フィールドX3」ビルバオ(スペイン)にて展覧会。
2005
(平成17)
56  レーザーアートと音楽を融合させた「マスターカード・メットリッピン」渋谷にてレーザー・インスタレーション「セオリー・シックス」を発表。

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