「1999年度日韓地域活性化セミナー」事例発表    1999.10.18
日本における「地方分権改革の動向」「日韓地域交流による地域づくり事例 」
自治大学校部長教授 山谷成夫
 
1.はじめに
 アンニョンハシムニカ
 自治大学校の山谷成夫(やまやしげお)です。本日はこのように多くの韓国の皆様の前で発表する機会を与えていただきましたことを、大変光栄に存じます。
 自治大学校は、自治省の1機関であり、地方公共団体の中堅職員に対する研修機関です。自治大学校では、年間延べ約1,000人の研修生が学んでいます。
 自治大学校は、過去には韓国の自治団体職員を研修生に受け入れたり、韓国自治部の幹部職員を客員研究官として招へいしたりして、研修・研究を通じて韓国との交流を行っています。
 さて、日本では現在、地方分権改革が行われようとしています。
 本日は日本で行われようとしている「地方分権改革の動向」を中心にお話し、合わせて「日韓地域交流による地域づくり事例」について紹介したいと思います。
 
2.地方分権改革の目的
 午前中の澄田知事のお話にありましたように、日本では、本年7月に地方分権一括法が公布されました。この法律は、地方自治法をはじめとする475本の法律を改正するもので、地方公共団体に関係する法律のほとんどが改正されることとなりました。法律の改正内容の大部分は、来年4月から実施されます。
 この地方分権改革は、2001年1月から実施される中央省庁の再編成と合わせて、日本の明治維新、戦後改革に次ぐ第三の改革であると言われています。
 日本では1947年に日本国憲法が制定され、民主国家の統治システムとして地方自治というものが、制度的に保障されました。同時に制定された地方自治法に基づいて、地方自治制度が構築されています。地方公共団体が国から一定の独立性をもって、住民の参加のもとに主体的にその地域の行政を執行するというのが、地方自治の本来の姿であります。
 しかし、実際には、国すなわち中央省庁が強い権限を持ち、地方公共団体は中央省庁の指示や指導に従う、という中央集権型の行政システムでありました。中央省庁が政策を企画立案し、地方公共団体がそれを忠実に実施するという行政システムです。
 中央集権型行政システムは、日本の急速な近代化と経済発展に寄与し、先進諸国の水準に追いつくことに大きく貢献してきました。しかし、中央集権型行政システムは、全国画一の統一性と公平性を重視するあまりに、地域社会の多様性を軽視し、地域ごとの個性ある生活文化を衰退させてきました。そのため、国民の多くは、日常生活の場で真の安らぎと豊かさを実感できないでいると言っても、言い過ぎではありません。
 このような状況を打破するためには、地方分権改革を推進し、固有の自然・歴史・文化をもつ地域社会の自己決定権、すなわち自分達の地域社会のことは自分達の責任で決定する、という権利を拡充する必要があります。
 また、日本の社会は人口の高齢化と出生率の低下が急速に進行しています。このような高齢社会・少子化社会に的確に対応するためには、住民に身近かな行政主体である地方公共団体が、それぞれ地域の実情に応じた有効な行政サービスを提供しなければなりません。そのためには地方分権改革を推進し、地方公共団体に対して必要な権限と財源を委譲することが不可欠となります。
 
3.地方分権改革の概要
 地方分権改革は、このような中央集権型行政システムを改革し、国と地方公共団体の関係を今までの「上下・主従」のものから「対等・協力」のものにして、住民に身近な行政は地方公共団体に委せようとするものであります。
 この度公布された地方分権一括法により、様々な制度改正が行われることになっています。その主なものをいくつかご説明します。
@ 国と地方公共団体の役割の明確化
 1つめは、国と地方公共団体の役割を明確化しようとするものです。
 国は、国際社会における国家としての存立にかかわる事務、全国的な制度や基準を統一して定める事務、全国的な規模で実施する事業などを重点的に担うこととしています。
 一方、地方公共団体は、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うこととしています。
 すなわち、国の役割を限定的にするとともに、地方公共団体の役割を広く捉えています。今後はこのような国と地方公共団体の役割分担に基づいて、国の制度や政策が立案され実施されることとなります。
A 機関委任事務の廃止
 2つめは、機関委任事務の廃止です。機関委任事務は国の事務を地方公共団体の長すなわち都道府県知事や市町村長が国の下部機関として執行するものであります。機関委任事務は、都道府県の事務の7〜8割、市町村の事務の3〜4割を占めるとも言われています。これは中央省庁と地方公共団体を上下の関係に置くとともに、中央省庁が地方公共団体を統制する強力な手段にもなっています。
 機関委任事務は1888年に制度化されました。以来日本の地方自治制度の根幹をなしてきました。この制度が廃止されることは文字通り画期的なことです。機関委任事務を廃止し、自治事務と法定受託事務に区分し直すことになりました。
 法定受託事務とは、国においてその適正な処理を特に確保する必要があるものとして法律や政令で定められる事務であります。自治事務は、法定受託事務以外のすべての事務であります。
 自治事務も法定受託事務も、ともに地方公共団体の事務でありますが、法定受託事務はその性格のために国が関与する度合いが相対的に強いものとなっています。
 機関委任事務の廃止により国と地方公共団体の関係は、対等なものになります。
B 国の関与の見直し等
 3つめは、国の関与の見直しです。
 日本の地方自治制度の特徴の一つとして、中央省庁が地方公共団体に対して、まるで教育ママのようにあれこれと口をはさむことがあげられます。すなわち、中央省庁が地方公共団体に対して様々な指導や監督を行っています。これが国の関与であります。国の関与は、地方公共団体に自立性、自主性を失わせる原因にもなっています。また、地方公共団体が中央省庁の許可・認可などを得る手続きが繁雑で時間を要し、行政執行を非効率なものとしています。
 今回の地方分権改革は、中央省庁が地方公共団体の事務の処理に関して行っている勧告、指示、許可など各種の関与を類型化し、できる限り少なくするとともに、国が関与を行う場合の方式や基準をルール化することとしています。
 このほか、今回の地方分権改革では国の権限を都道府県に、また都道府県の権限を市町村にそれぞれ積極的に委譲することとしています。また、国が地方公共団体の組織や機関の設置を義務付けている規制を廃止したり、縮減したりすることとしています。
 以上が、地方分権一括法により地方分権改革の主な内容です。
 今回の地方分権改革は、検討の過程において中央省庁の強い反対や抵抗に合い、その内容が後退したところもあり、地方公共団体にとっては不十分な点も多くあります。しかし、国と地方公共団体の関係を対等・協力なものに改革するという点においては、大いなる成果があったものと評価できます。
 
4.地方分権改革において残された課題
 今回の地方分権改革において残された課題を4つ取り上げて、お話しします。
@ 財源の委譲
 1つめの課題は、財源の委譲です。
 地方分権改革を名実ともに実現するためには、権限のほかに財源が、国から地方公共団体へ委譲される必要があります。財源委譲という観点から見ると、今回はほとんど成果がありませんでした。
 地方公共団体の歳入の主なものは、地方税、地方交付税と国庫補助金です。
 国庫補助金は、地方公共団体が特定の事務や事業を実施する場合に、それぞれの事務・事業を所管している中央省庁が交付するものです。中央省庁は、国庫補助金について細かい条件や基準を付けることによって、地方公共団体の事務・事業をコントロールしています。地方公共団体は国庫補助金をもらうために、このような制約に従わざるを得ません。国の施策を地方公共団体に実施させるためには、国庫補助金が最も有効な手段となっています。
 国庫補助金制度は、地方公共団体の創意を生かした自主的な行財政運営を阻害しています。また、行政の簡素・効率化や財政資金の効率的な使用を妨げる要因となっています。
 このため、国庫補助金を廃止したり、その運用を改革する必要があります。しかしながら、国庫補助金制度の改革については、中央省庁の反対が強く実現していません。
 さらに、地方公共団体が自由に支出できる使途の特定されていない地方税や地方交付税を増やすことが不可欠であります。この点における改革も、今回は実現していません。
 現在、日本経済は長く低迷状態にあります。このため、国も地方公共団体も財政状況はひっ迫しています。このような状況で地方公共団体の財源を増やすということは困難であります。政府では、「日本経済が2%程度の成長軌道に乗った時点で財源配分の問題を検討する」ことを表明しています。
A 市町村の合併
 2番めに、当面の課題として基礎的地方公共団体である市町村の合併があります。
 日本には市町村が3,252団体あります。そのうち、人口1万以下のものは1,525団体あり、全体の47%を占めています。韓国に比べて基礎的自治体の規模が小さいものとなっています。このため、市町村へ権限や財源を委譲すると、行財政の効率が非常に悪くなってしまいます。
 また、日本では国が、財政力の弱い小規模市町村に対して地方交付税により必要な財源をより手厚く援助しています。しかし、国は財源が不足しているため、地方交付税総額約21兆円の原資のうち約8兆円を借入金に依存しています。今後も地方交付税の財源が限られてくるため、小規模市町村へ地方交付税を手厚く交付する余裕がなくなってくることが予想されています。政府は、このような事態に陥いる前に市町村合併を推進し、行政の効率化を図り、市町村の財政基盤を強化しようとしています。国の与党三党の政策担当者は現在の市町村数を3分の1すなわち1,000くらいに統合すべきである、主張しています。なお、最終的な政策合意には、具体的な数字までは盛り込まれていません。
 一方、市町村長、議員あるいは住民は、「市町村合併により役場が無くなると、地域が衰退する」あるいは「住民の意見が行政に反映されにくくなる」などと反対しております。
 自主的な市町村の合併を強力に推進すべきであるというのが、政府の基本的な方針であります。このため、政府では、市町村の合併を推進するための財政援助措置を講じるとともに、都道府県知事に市町村合併のパターンを示すように要請しています。
 市町村合併の問題は、日本の地方自治制度にとって大きな課題となっています。
B 住民参加
 3つめの課題は、住民参加です。
 地方分権改革の究極の目的は、住民に身近かな行政を住民の選択と責任において実施することにあります。
 そのためには、住民が地方公共団体の政策へ参画できるようなシステムを構築しなければなりません。今回の地方分権改革では、この分野における改革については取り上げられていません。
 日本では、最近、原子力発電所や産業廃棄物処理場の立地を認めるか否かという争点に関して住民投票が頻繁に実施されるようになっています。これは市町村が条例を制定して独自に行うものです。今までは役所のみで決定していたことに住民の意見を反映させようという試みであります。
 また、住民グループが役所の不正な経理などを監視し、場合によっては住民訴訟によって責任を追及しようとする動きが全国各地で見られます。
 役所側においても、積極的に住民に対して情報を公開して、住民の意見を政策に反映させようとする様々な取組みを行っています。このように住民が、政策決定に参加したり、行政活動を監視したりする事例が今後さらに増えていくものと思われます。
 住民参加という課題は、中長期的課題として検討されるべきものであります。また、全国画一の制度として定めるより、地方公共団体がそれぞれの地域の実情に即したシステムを形成していく必要があります。
C 地方公共団体における主体的な取組み
 最後の課題は、地方公共団体における主体的な取組みです。
 今回の地方分権改革により地方公共団体の行政が直ちに大きく変わるというものではありません。しかし今後、地方公共団体は、地域の行政課題に対して住民の参画を得て自らの責任において解決しなければなりません。今までのように国からの指示や国の対応を待っているというような事態は、許されなくなります。
 地方公共団体の権限が大きくなるということは、責任も大きくなるということであります。
 地方公共団体の果たすべき大きな責務に地域づくりがあります。
 その地域の人々が生きがいをもって、安らぎと豊かさを感じながら暮らしていけるように、個性豊かな活力に溢れた地域社会を実現することが、地方公共団体の責務となっています。
 このためには、住民の積極的な参加を通じて、その地域の自然・歴史・文化を活用しながら、地域の知恵と創意を生かした地域づくりに取り組むことが重要であります。
 このような地方公共団体における主体的な取組みが実現されなければ、地方分権改革は住民にとって意義のあるものにはなりません。こういう意味において地方公共団体の責任は大きなものとなっています。
 韓国でも地方分権について検討が行われているそうですが、私のお話が少しでも参考になれば幸いです。
 
5.日韓地域交流による地域づくり事例
  −宮崎県南郷村(みやざきけんなんごうそん)−
 次に、2つめのテーマであります「日韓地域交流による地域づくり事例」について、お話しします。
@ 「百済の里づくり」の取組み
 午前中の澄田知事が県の事例をお話になりましたので、私は基礎的地方公共団体である市町村における事例として、九州にある宮崎県南郷村(みやざきけんなんごうそん)の事例を紹介します。
 <スライド1>
 南郷村は九州山地に存在する典型的な山村であります。人口は約2,800人で、主なる産業は林業ですが、林業の不振により、若者が流出し、過疎化、高齢化が進行しています。
 南郷村には、「百済伝説」が語り伝えられてきました。この「百済伝説」とは、古代国家である百済が滅亡したとき、その王族が南郷村に移り住んだというものであります。南郷村には百済王族を祭っている「神門神社」(みかどじんじゃ)があり、王の遺品として銅鏡が残されています。また、「百済伝説」に関連した「師走祭り」(しわすまつり)というお祭りも引き継がれています。
 南郷村では、このような歴史的資源を活用し、地域活性化の方策として「百済の里づくり」に取り組むとともに、韓国との間で活発な国際交流を行っています。
 「百済の里づくり」は、1986年からはじまった村おこし運動のテーマであり、「子々孫々に誇り得る南郷村の創造」を目標とするものであります。
 まず1986年に韓国扶餘(プヨ)へ歴史調査団を派遣し、南郷村の伝承物について学術的な観点から調査を行っています。
 翌年の1987年に韓国政府派遣の学術調査団が南郷村を訪れ、古墳や文化財の調査を行っています。南郷村では現在なお、学術的調査活動を続けています。
 <スライド2>
 1990年には、「扶餘」の王宮跡にある建物をモデルにした「百済の館」を日韓交流のシンボルとして建築しています。建築に当たっては韓国人技術者の指導を受け、瓦と敷石(チョンドル)は韓国から輸入し、丹青(タンチョン)仕上げを施しています。
 このほかにも、韓国の伝統建築を再現したり、公共建築物のデザインの統一や修景・美化を行っています。
A 日韓交流事業の展開
 1990年からは、韓国から国際交流員を招へいして、住民を対象とした韓国語講座を開催したり、村役場で国際交流事務を担当してもらっています。現在は、5人めの国際交流員が滞在しています。
 1991年には「扶餘」と姉妹都市の緑組をしています。
 1990年から中学生の交流を行っています。南郷村の中学一年生は夏休みに全員、韓国に出かけ、ホームスティを通じて韓国の文化や歴史を学んだり、受け入れ家族の心のこもったもてなしを受けたり、貴重な経験をしています。また、韓国からも中学生が南郷村を訪れ、一般家庭でホームスティをしています。
 1994年には「扶餘」林川(イムチョン)中学校と南郷村の中学校が姉妹校となりました。
 このような相互交流が、これからの時代を担う青少年の国際的な視野と感覚を養う大きな原動力になることは間違いありません。
 余談になりますが、「韓国の少年は、礼儀正しくお年寄りを大切にする」と言われています。こうした韓国少年の態度が日本人にとっては大変啓発になるようです。
 1993年の大田(テジョン)EXPOには「百済の里展」を出展し百済王族の遺品などを紹介しています。ご覧になった人も多いと思います。
 <スライド3>
 このほか、南郷村の若者が韓国伝統芸能「サムルノリ」の演奏を学び、韓国の伝統文化を体験しています。また、女性のグループがキムチ料理の講習を通して交流を行っています。このほか、住民が主体となった様々な分野での交流活動が行われています。
 <スライド4>
 また、韓国から国会議員や駐日大使などの要人をはじめ多くの人々が南郷村を訪れ、活発な交流を続けています。
 「韓国との交流は、最初は手さぐりで始められ、むしろ南郷村からの押しかけの交流であった」と、南郷村役場の担当者は振り返って述べています。しかし、韓国との交流は今や1300年の時を超えて相互の交流として広がりつつあります。
B 地域づくりとしての成果
 <スライド5>
 南郷村に残されている銅鏡を保存するため、日本の古代における代表的な木造建築物である正倉院(しょうそういん)と全く同じ大きさで同じ形に複製した「西の正倉院」(にしのしょうそういん)を1996年に建設しました。この「西の正倉院」は博物館として公開されています。
 南郷村は、これまでは何の特色もない小さな山村でありました。この南郷村では村役場と住民が「百済の里づくり」のテーマのもとに結集して、取り組んできました。その結果が韓国との交流として実を結び、「小さな村の大きな挑戦」として、日本で全国的に注目されるようになっています。そのことによって住民が自分達の村に対して大いに自信と誇りを持つようになっています。
 さらに、地域の文化価値やイメージが飛躍的に向上し、今まで観光客がゼロであった南郷村に日本全国から年間8千人から1万人の観光客が訪れています。そして韓国からの観光客も1996年には940人に達しています。残念ながら韓国の金融危機後は、減少しています。
 いずれにせよ、このような観光客の増加によって新しい雇用の場が生まれ、地域産業が活性化しています。
 以上が、南郷村の「百済の里づくり」の概要です。
 
6.おわりに
 日本には「百聞は一見に如かず」ということわざがあります。私の話に興味を持たれた人は、是非一度、南郷村にお出掛けになって「百済の里づくり」を直接ご覧になって下さい。
 南郷村の取組みは、地方公共団体の主体的な地域づくりの成功事例として高く評価されています。
 日本も韓国も経済活動、産業活動が国際化しており、生産性の低い、投資効率の悪い山村はとかく経済発展から取り残されてしまいがちであります。このような不利な条件に置かれている地域どうしが相互に交流し、地域づくりのノウハウを開発しながら地域活性化を図っていくことが今後さらに必要となっています。そのことが、ひいては両国の地方自治の発展に大いに役立つものと確信しています。
 日本と韓国の地域交流が益々盛んになり、両国の地方自治が発展していくことを祈念しております。
 ご静聴ありがとうございました。カムサハムニダ