to Chap 1

THE MUMMY RETURNS by Max Allan Collins
based on a motion picture screenplay written by Stephen Sommers



・プロローグ・
スコーピオンの呪い

編集者註: 以下は1930年ロンドン、ベンブリッジプレス発行の「ファラオの呪い:神話と神秘」(著者 イヴリン・オコンネル博士)第6章からの抜粋である。図書館学の学位を持ちながらもオコンネル博士は当時の考古学とエジプト学の分野で最高の権威として知られていた。オコンネル博士は、高名なエジプト学者で、ガストン・マスペロ卿と共に1922年にツタンカーメンの墳墓を発掘したハワード・カーナハン博士の息女で、1925年から1927年までカイロ博物館の博物館員を勤めた。1927年に著名な冒険家、リチャード・オコンネル氏と結婚、家庭を設けるために退職する。後年オコンネル博士は大英博物館の館長を務めた。

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スコーピオン・キングは、その実在を証明する遺物や、存在したといわれる時期の後数世紀に遡る事のできる、彼の事跡を記したヒエログリフも存在しないが、今日のエジプトの子供達には大変リアリティがある存在である。西洋文化の世界にお化けがいるように、ファラオの国、エジプトにはスコーピオン・キングがいる。それは往々にしておやすみ前にお行儀の悪かった子供を脅すために親が使った悪の化身だった。

しかしヒエログリフに描かれたスコーピオン・キングの姿は決して怪物ではなく、怖ろしくも堂々としていた。雄々しく強い意志を秘めた残忍な相貌のくせに、どこか心惹かれる男性的な戦士で、配下の何千というアッカド人兵士の中にもひときわ目を引く勇姿を誇っていたという。

その名が示すスコーピオン───ハサミ状の前肢と、体節を持ち、反り身で振り上げた尾、致命的な毒針を持つ砂漠の節足動物、サソリ───その姿は彼の盾に鮮やかに浮き彫りされていた。黄金のサソリの胸当てが褐色の体躯を飾る以外に、身につけるものといっては布の下帯と毛皮、それに様々な戦功の証の品だけだった。スコーピオン・キングに従う戦士達は、サソリが浮き彫りされた金の円板を先端に付けた旗印のもとに戦場に赴いた。

中でも最も目を引くサソリの意匠は、スコーピオン・キングの右腕を常に飾っていたどっしりした金の腕輪だった。「アヌビスの腕輪」と呼ばれたこのブレスレットは(今は既に忘れ去られた古代の不可思議な技術によって)伝説の失われたアーム・シェアのオアシスへの道を示すといわれていた。

学者達は、エジプトへのスコーピオン・キングの大侵攻をBC.3112年の前5年間と推定している。スコーピオン・キングは5000人の兵士の先頭に立ち、驚異の城壁都市テーベを攻撃した。それを迎え撃ったのは15,000人のシュメール人だった。

半月刀を宙に突き上げ、命令を叫ぶスコーピオン・キングは、遠く離れた陣地から命令だけ下す将軍とは全く違っていた。彼は全軍の先頭に立ってその足で砂漠を駈けて敵を攻撃した。目は爛々と燃え、半ば狂おおしく、刀を振るうたびに編んだ二本の髪束が共に揺れた。物に憑かれたように戦うスコーピオン・キングと振り下ろす熾烈な刀は多くの敵を雑草のように刈り取り、配下の兵士に新たな勇気を与え、蛮行を促した。

しかしシュメール人は次々と押し寄せ、さしものスコーピオン・キングの軍もテーベ守備軍に敗走させられた。砂漠の砂塵に呑まれて、彼らは策もなく散り散りになった。

シュメール人に敗北し、アーム・シェアの聖なる砂漠に追い立てられてスコーピオン・キングと軍勢は新たなる戦いを強いられた。それは更に勝つ見込みのない闘いだった。敵は太陽と砂、それに水の欠乏だった。かつて無敵を誇った軍の生き残りは広大な荒地へよろめきながら進んで行った。重い足を引きずり砂丘を上り、また下り、宛のない行軍は続いた。日が高くなるに連れて兵士達は一人また一人と弊れていった。点々と散らばる屍体は鳥のついばむところとなり、いずれは晒された骨が散らばる事になる...何人といえどあえて後を辿ろうとしない道だ。

やがてスコーピオン・キングの軍は、彼一人を残すのみとなった。ピラミッドのような巨大な砂丘の麓で、そこに宝があることを約するように頂上が太陽で黄金色に輝くのを見た。この砂丘の向こうにオアシスがあることを確信して、彼は登った。大きく体をゆるがせ、よろめき、つまづきながら、しかし決して這うことなく登り、登って、遂に頂上にたどり着いた...
...そして、彼の眼前には、更に果てなく砂の海と砂丘のうねりが続いていた。

ここにいたって、遂にスコーピオン・キングは膝を屈した。屈強な体も連日の砂漠の照り返しと咽の渇きと飢えで確実に死の淵へ追いやられていた。命の炎が消えかかっていた。彼は灼熱の空を見据えて拳を振り上げた。その腕にブレスレットが陽光にまばゆく光った。彼の呪いの声は砂の谷に響き渡った。

「アヌビスの神よ!」彼は叫んだ、嗄れ声は砂の上にサソリのようにはね回った。「我を助けよ、我に今ひとたび生を与えよ、敵を屠る機会を与えよ! ─── 代わりに、神々が我に許さなかった黄金のピラミッドを捧げよう、アヌビスの神に大神殿を奉じよう!」

天は答えなかった。しかし膝が沈み込んでいる砂の中で何かがうごめいて、彼の注意を引いた...1匹の生きたサソリ、黄金の偶像ではない本物のサソリが、仰々しい戦鎧のサソリの文様を嘲笑うかのように這って近づいてきた。

スコーピオン・キングは空に向かって不敵な笑いを浮かべ、身をのたくらせる虫をむんずと掴むと毒針が刺すに任せた。苦痛に顔を歪めながら虫を口に押し込むと噛んで噛んで噛み砕いた...そして遂に飲み込んだ。

「黄金のピラミッドと我が魂を!」挑むように空を睨んで叫んだ。「これが我の供物だ!返答はいかに!」

周囲の砂から目を見張るような緑がほとばしった。突然、みずみずしい植物群が爆発を起こすように砂漠から湧きあがった。生え揃うには数年を要するような高さに木は達し、草はさわさわと密生した..しかも瞬きの間に。そして、まろやかに岸を洗う水の音が耳に届いて、スコーピオン・キングはよろめく足を踏みしめて立ち上がると砂丘を下り、始めて見る植物の中を、命の輝きを見せる水の元へと歩んでいった。水を手に掬い、ひび割れた唇を潤し、口中に残るサソリの苦い味を洗い流した。

これが伝説にいう、アーム・シェアのオアシスがスコーピオン・キングと偉大なアヌビス神との契約によって生まれたという件である。

スコーピオン・キングが率いる貪欲な軍勢が簒奪した財宝と奴隷の力で黄金の寺院が建てられた。しかしそれは、以前の負け戦の形見として砂漠に散在しているような「人」の軍勢ではなかった。それはアヌビス神の作った悪鬼、怪物ともいうべき戦士で、犬に似た外骨格には筋のような筋肉がまとい付いている。犬に紛う頭部には、燃えさかる石炭のような目が光り、半月刀が一閃して敵の頭が胴から離れてころがり、手足が飛び、血しぶきがあたりに飛び散るとき、口からは絶え間なく、残忍な喜びに震える吠え声や唸り声、金切りの笑い声がはき出された。

この地獄の侵攻で最後に陥落することになった都市は、当然ながらテーベであった。

何千という非情なアヌビスの軍勢は、かつて栄華を誇った都市に突入して後に累々と瓦礫を残した。スコーピオン・キングの頭には最早征服の文字はなく、ただ破壊の二文字だけがあった。高殿には火がかけられ、鉄槌は建物を突き崩し、犬頭の兵士が気まぐれに刀をふるうたびに、男も女も恐怖の叫びを上げて逃げ惑った。

大虐殺のさなかに、血と泥にまみれ、汗で煤が縞模様を作っているスコーピオン・キングは、彼の暗黒の魂と同じくらい黒い煙が渦巻く中で、勝利に酔い、復讐の成就の甘美さを味わった。どっしりとした厚い胸を黄金のサソリを象る胸当ての下で波打たせながらスコーピオン・キングは配下の醜悪な兵士達を振り返った。その異形の物は大洪水のように眼下に広がるもの全てをのみ込み押し流し、いま自分たちの作り出した廃墟の中をうろつき廻っていた。犬頭の兵は、殺すべき相手もなく、もう燃やすべき物もなく、略奪する都市もなく、途方に暮れているようだった...彼らの勤めは終わったのだ。

突如として予期せぬ電撃のような痙攣がスコーピオン・キングの全身を走った。苦痛の余り砂丘の頂上にいた時のように膝を折った。魂が体から吸い出されていくとき如何ともしがたい怒りに満ちて大声で吠えたが、見る間に体は萎え、黄金のブレスレットは手を離れて空しく地に落ちた。

周囲でも配下の犬頭の軍勢が、悲しげな遠吠えを上げながら散り散りに黒い砂へと崩壊していった。

神話に拠れば、アヌビス神は自軍を元の砂に戻し、それ以来彼らは、新たな愚か者が神々との契約を交わし、再び目覚めさせられるまで、静かにその日を待ち続けているのだという。

しかし、今度彼らが目覚めるときは、指揮者たるスコーピオン・キングも共に目覚め(そのようにいわれているのだが)その侵攻はテーベのような都市を滅ぼすに終わらず、まさにこの世界全体に厄災が及ぶであろうと言われている。

プロローグ 了

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