オシリスの王笏
テーマ別に分けてそれぞれ述べて来ましたが、いよいよお話が佳境に入って、しかも場所と登場人物がその都度入れ替わるので、時系列に従って順次述べていくことにします。
全体について言えるのは、かくも荒唐無稽のお話でありながら、評価すべきはきっちり自己に課したルールを守っていることです。つまり辻褄合わせ、原因結果がもれなく述べられていることです。
映画ではその事態に至る説明が省かれて、唐突な感じの箇所もありましたが(そもそもこの検証を始めたのも映画での前後関係の齟齬がノヴェライゼーションで見事に説明されているのに感心したからです)、どの行為にも出来事にもそれなりの説明があります。
ハムナプトラ1、2を通じて構築された世界が完結しているさまには小気味よい物があります。
舞台は変わってカイロ、特別仕立てのプライベートの列車にイムホテップ一行は乗り込んでカルナックを目指します。同行したのが例の3人組、どうやらアヌビスの腕輪の強奪に失敗した後は博物館に収められていた「死者の書」の入っていた櫃を盗むことを命じられたらしいのです。
"This is no ordinary chest, is it?"
Jacques said, angrily. He blunt fingers glided
over the hieroglyphs. "This is a cursed
chest, yes?"
"You surprise me, Jacques, "Meela
said, folding her arms, resting them on the
gentle shelf of her bosom. "Do you read
hieratic?"
"No," Red said, stepping forward,
"he reads museum guidebook. Tell her
what it says in there, Jacques..."
"'Death will come on swift wings to
whoever defiles this chest,'" the Frenchman
said, from memory.
────「これは、普通の箱じゃねえんだろ?」怒った様子でジャックが言った。太い指先が箱の象形文字をなぞった。
「これは呪いがかけられている」
「あら、びっくりね、ジャック」ミーラは円やかな胸の上でゆったりと腕を組んで答えた。「あんた、神官文字が読めるの?」
「いや」レッドが前に出た。「博物館のガイドブックを読んだのさ、なんて書いてあったか教えてやれよ、ジャック...」
「『この箱の神聖を汚す者に死は速やかに訪れん』ってな」フランス人は丸暗記したまま言った。
この部分もなるほど、というところ。雇われたごろつきが簡単にヒエログリフをすらすら読んだらおかしいでしょう。館長達も、3人の無学なところを利用して荒仕事をやらして、とどのつまりにはイムホテップに饗しようとしているのですから。
"Who open this chest," the Curator
interrupted dismissively. "Yes, yes,
suck them dry and then he will become whole
again. I wrote that guidebook entry, gentleman.
Iknow all about it."
────「この箱を開ける者」館長は見下すように男の言葉を遮った。「そうだ、そうだ、開ける者の肉体を飲み干し、彼は再び全き者となる...ガイドブックの項目を書いたのはこの私だ。中身は全部分かっている」(館長のことば)
全部承知しているから早く3人に死者の書の入っていた箱を開けさせようとしてたのだということが分かります。箱に書かれた「この箱を汚した者に死は速やかに訪れん」の呪いが忠実に効力を保っているのですね。
イムホテップが再生するには死者の書を読むだけでよかったのですが、肉体が再生するためには誰彼なしに襲っていいというものでもはないようですね。
呪いの箱が開けられなければならない、その開けた人間の肉体を貪って完全体になるというお約束を守っているわけです。
しかし、もう死者の書はミーラの手元にあって、その力でイムホテップは再生したわけですから、箱の中は空ということになります、とすれば箱そのものにパワーが宿っているのでしょうか? それも一度ハムナプトラ1で開けられているのに、効能がまだあるのでしょうか? 何年も閉めておくとリチャージするのかな? それともこの呪いはイムホテップ用にカスタマイズされているので彼が死ぬとまた初期状態に戻るとか...ま、これは冗談ですが、何とか納得のいく説明が欲しいところです。
ともかくも3人は後ろの車両で箱を開け、哀れ、イムホテップの犠牲になってしまいます。

一方こちらはオコンネル達。イムホテップより先にカルナックに到着するために「魔法の絨毯」が要ると飛行機乗り(?)のイジーの所に行きます。イジーの話っぷりからリックとイジーはかなりヤバイ付き合いがあったようで、強運なリックに対してイジーはどうも貧乏くじを引き続けていたらしい事が分かります。
"I'm flyin' high, see, hidin' against
the sun. So O'Connell, here, flags me down
with a mirror, gives me the all-clear. So
I fly in nice and low for the pickup, glide
in nice and quiet, and that's when I see
he's on horseback, with half the Marakeesh
coppers on his tail, also on horseback. They
start shooting at me, and I wind up in the
middle of the road, my spleen hangin' out,
and the big guy here goes galloping off with
some belly dancer grabbing him around the
waist!"
Evy cocked an eyebrow at her husband. "Belly
dancer?"
────「おれっちは太陽を目くらましに高く飛んで隠れていたんだ。そしたらこのオコンネルの野郎が鏡で大丈夫だから下りてこいと合図した、そんでこいつを拾いにうまく低く静かに滑るように近づいたって訳だ。その時だ、おれがこいつを見たのは。馬に乗って逃げてるんだ、何とまあマラケシ中の警官の半分は引き連れてな。奴らはおれにも撃ってきた、結局道のど真ん中に下りることになっちまって、もう、肝がつぶれたの何のって。そこにこのデカ物が、腰の辺りにはベリーダンサーがしっかりとしがみついたままで馬をびゅんびゅん飛ばしてくるんだ!」
エヴィは夫に向かって眉を上げた。「ベリーダンサーですって?」
ははあ、これで分かった。映画ではbank job「銀行の件」と言っていましたがハムナプトラから生還してカイロの監獄に収監されるまでの間にかなりやばい事をしたようですね。台詞ではイジーが撃たれたのに(それも「ケツを撃たれた」..失礼!)事から多分逃げるときに撃たれたと思われるのですが、オコンネルはというと「ベリーダンサーと歩いていた」では二人が連んできな臭いことをしていた、そんな風には聞こえませんね。オコンネルは通りすがりだったように聞こえます。
でも上記の台詞なら、さもありなん、その状況が目の前に浮かぶようです(笑)
最初はリックと関わり合いになることを嫌がったイジーですが、あの手この手で脅かされたりすかされたりして、とどめは黄金の王笏...つまりオシリスの槍で心を決めました。欲に目が眩んで、と言いたいところですが、あれ程嫌がったのがころりと豹変するのは少し唐突でした。これには訳があります。
"You hand that gold thingamabob over
to ol' Izzy, and I'lldo anything you ask---hell,
I'll do unspeakble things with a camel at
the Cairo opera house!"
"Didn't you already do that New Year's
Eve, 'twenty-three?" Grinning, O'Connell
held the scepter out to the little guy. (中略)
In outraged disappintment, Jonathan dropped
the bags heavily and said, "What's the
idea of giving my golden stick to that blighter?"
────「おまえこの金ぴかが欲しいんだろう、イジー。お前がやれと言ったら何でもやるよ...カイロのオペラハウスで、駱駝とちょっと口にはできないことでもやってやろうじゃないか!」
「それは23年の大晦日に、もうやっちまったんじゃねえか?」
オコンネルはにやりと笑いながらこの小男に王笏を渡した。
────(イジーに王笏を渡したのを知って)憤慨と落胆が入り交じって、ジョナサンは荷物をどさっと置いて言った。「あんな奴にぼくの金の杖をやってしまうなんて、一体どういう了見なんだ?」
リックが王笏を持っていたために、それをイジーとの取引に使われてしまってジョナサンはがっかりします。と言うのもハムナプトラから偶然に持ち帰った宝物は(多分彼の取り分の)例の性格ですから、全部金に換えるか、人にだまし取られてしまって、「もう、これしか残っていない」と王笏に執着していましたね。ジョナサンにとっては命の次に大事なものだったのです。それをなぜ一時でも手放したか? 少し前に戻ってみましょう。
O'Connell shrugged. "Izzy's always been
a trifle shy....Jonathan, unload the Dusie,
get our bags."
"My hands are fairly full," Jonathan
said.
O'Connell glanced at his brother-in-law and
saw him smilingly lifted up the golden Scepter
of Osiris.
──── オコンネルは肩をすくめた。「イジーって奴はいつもちょっと人見知りをするのさ...ジョナサン、車から荷物を下ろせ、バッグを取ってくれ」
「今手がふさがってるんだ」とジョナサン。
オコンネルは義理の兄をちらりと見るとにっこり笑いながらオシリスの黄金の王笏を取り上げた。
ジョナサンに業を煮やしたリックがオシリスの王笏を取り上げてジョナサンに荷物を下ろさせる、その結果リックの手にある王笏にイジーが目をつけたと言う訳です。ジョナサンが懐にしまっていたら、この展開にはなりませんでした。そしてジョナサンが更に執着をつのらせる結果にもならなかったのですから、実に自然で上手く話が進むようになっています。
"The idea is," O'Connell said,
"rescuing Alex."
"Well, of course, but---"
Evy said, "If Rick thinks it was the
right thing to do, Jonathan ---it was the
right thing to do."
but Jonathan didn't seem so sure, his expression
that of a child awsked to share his toys
with a sibling.
────「どういう了見かって?」オコンネルが言った。「アレックスを助けるためだ」
「ああ、もちろん、だが...」
エヴィが口を挟んだ。「もしリックが、それはしなけりゃならないことだと思うんなら、しなけりゃならないことなのよ」
しかし、ジョナサンにはそれほど、その通りだとは思えなかった。ジョナサンの顔つきは気に入っているおもちゃを兄弟に貸してあげなさいと言われた子供の表情のようだった。
少し話が後へ飛びますがこの王笏についてもう少し考えたいと思います。ジョンナサンはロンドンでミーラたちに襲われたとき、館長が王笏を見て "It
cannnot be!"───「こんなことはあり得ない!」と口走ったのしっかり覚えています。それを飛行船の中でイジーから一時的に取り戻して、アーデスに言います。
"Not bad, eh?" Jonathan said, displaying his
prize catch to the Med-jai.
Ardeth Bay regarded the artifact with narrowed
eyes. "If that curator fellow reacted
to the sight of the scepter in the manner
you reported..."
"He did."
"...then this must be an important object,
perhaps with significance beyond its monetary
worth. I would, my friend, keep it close
to your...what is the expression? Vest?"
──── 「悪くないだろう?」取り戻した獲物をメジャイに見せながらジョナサンは言った。
アーデス・ベイは目を細めてこの工芸品を見つめた。「もしあの館長とやらがこれを一目見て、君が言うような様子だったと言うなら...」
「そうだったんだよ」
「...それでは、きっとこれは大変な値打ちのあるものなのだ。多分金には換えられない価値をもっているのだ。私なら..そうだ君のその...何と言ったか、ベストの中にしっかりいれておくさ」
ここでもさりげなくジョナサンに王笏を手放すなと告げています。これでますますジョナサンはイジーには渡さないという対抗心を燃やすわけです。
しかし、実際はこのすぐ後で気が付いたイジーに取り上げられてしまうのですが...
その後ご存じのようにイムホテップの「水爆弾」攻撃で墜落した船からまんまと王笏を「取り戻し」ます。その時の台詞が "Come
to Daddy..."「さあ、パパの所においで」でしたね、これには大笑い。こちらはノヴェライズにはありません。しかしアーデスの助言通りしっかりベストの胸にしまっていますね。

さて、もうおわかりでしょうか、かくも王笏にこだわったのは実は最後の瞬間にこの王笏=オシリスの槍がストーリーの分岐点となるからです。人間のリックがスコーピオン・キングに勝つためにはそれを封じる力を持った道具が必要だったのです。それがハムナプトラから持ち帰った宝物に入っていたのは、まあ偶然として、それを最後まであの場に持っていくためには(しかもその重要性は伏せられたままで)それなりの理由が必要だったからです。
あれがスコーピオン・キングを封じる唯一の武器だと先にばらしてしまっては面白くありません、しかし飛行船の墜落、ピグミー・ミイラの襲撃、ロック・ナーたちとの戦いの間中、あの弱虫ジョナサンが重くかさばる王笏を放り出さずに黄金のピラミッドにまで持って来るにはそれなりの強い動機付けが必要だったのです。
かくしてジョナサンはピラミッドの中まで王笏片手に走り込み、リックに「槍だ」と言われて今度は躊躇なく投げつけるというわけです。
もちろんこれは私の「お楽しみ解釈」ですがこう考えると不思議に無理なく全てが納得できるので、ここは一つ「オッカムのカミソリ」に登場して貰って、これでよしとすることにしましょう。
(2001/07/04(水) 記) |