Revenge of the Scorpion King
スコーピオン・キングの復讐

Prologue
スコーピオン・キングの目覚め

エジプト、アーム・シェアの谷───1937年

仄暗いアヌビス神殿の中は緑の苔と黄色みを帯びた菌類が黄金の壁面に斑点をつくっていた。石に刻まれたヒエログリフが松明の明かりに揺らめいた。ずっと向こうの壁添いにはミイラが立ち並び、そのせいか、神殿全体に朽ちていく屍のにおいが満ちていた。
...そしてスコーピオン・キングが苦悶に満ちて、死の淵から甦ろうとしていた。

何千という漆黒のサソリが彼の全身を刺し、無数の尾の先端が鋭い針のように彼の厚い胸板を苛んでいた。スコーピオン・キング、半ば人、半ばサソリ……6本の足の硬い鱗と巨大な尾には致死の毒を持つサソリが群がっていた。サソリの毒が全身に大波のように押し寄せて廻る、血よりももっと熱く、もっと強力に。
スコーピオン・キングはまだ己の胸に突き通されたままのオシリスの槍を凝視した。その冷ややかな先端は心臓を貫いている。

4年前、スコーピオン・キングは地上を征服するために、主のアヌビス神の軍勢と共に6000年の眠りから覚めた。もしリック・オコンネルの存在がなかったら、スコーピオン・キングの目的は達成されたはずだった。しかしその栄光の代わりに、オコンネルは死の槍をスコーピオン・キングの胸に突き通し、肉体を一瞬のうちに黒い煙霧の海に帰してしまった。未来永劫に姿を現さぬように……しかしそれもこれで終わりだ。
思いがけなく再び生へ目覚めた驚きも、サソリの棘の苦痛に飲み込まれていった。スコーピオン・キングは吠えた。眼前でアヌビスの戦士の長が松明を掲げていた。松明の火が揺らめく。アヌビス兵は歪んだ人体と灰色味を帯びた犬の頭部の繋がったおぞましい姿だった。しかしその様なアヌビス兵すら、頭蓋骨が露出して黒光りするサソリの体のスコーピオン・キングほど怖ろしい姿をしてはいなかった。

『お前に命を授ける』
声が轟いた。それはアヌビス兵から発せられたものではなかった……そもそも人の声ではなかった。言葉は墓場から聞こえるように塵の積もった石の床から滲み出て、澱んだ空気の中をコウモリのようにはためいて飛び回っているようだった。ジャッカルの頭部を持つエジプトの死の神、アヌビス神自身の声だった。

『6000年の昔、敵をうち破るのに力を貸した代償にお前は私に魂を売った』
アヌビス神の囁き声は続く。『お前は未来永劫に私に尽くすのだ。4年前のお前には失望させられた。肉体の死などという些細なことでこの契約からお前を解き放つわけにはいかぬ』

「アヌビスの御神は命を奪い、アヌビスの御神は命を授ける。アヌビス御神の賜物は大いなるかな」
スコーピオン・キングは祈祷を唱えた。前肢を持ち上げて、鉄でも断ち切る力でハサミを閉ざしたとき、不遜な笑いがスコーピオン・キングの顔をよぎった。胸に深々と刺さっているオシリスの槍を鷲づかみにすると唸りと共にぐいと引いた。傷口から黒い血と毒液がどっとほとばしり、そして傷は癒えた。癒えるのに気が遠くなるような年月を要する傷がたちどころに癒えた。スコーピオン・キングは6本の足ですっくと立った。

『お前に使命を与える』 アヌビス神の声が軋むように続く。
『オコンネルがお前を滅ぼしたとき、彼の義兄が我がピラミッドの頂からダイアモンドを盗んだ。今力ある者どもの手元にある。その者どもの望むのは何かを探り、我が手に宝を戻さしめよ』
スコーピオン・キングがアーム・シェアのアヌビス神殿を守るようになって久しい。数多くの人間が侵入を試み、生きて戻った者は皆無だった……オコンネルたちを除いては。

スコーピオン・キングの血管に火が濯がれた。「主よ、必ずや宝を取り戻します。そして汚された神殿の名誉を復讐によって贖います」 スコーピオン・キングは誓った。
アヌビス神の声は喜びにうち震え、突如としてぴたりと止んだ。沈黙が再び薄暗い神殿に満ちた。
『お前の行く手に立ちはだかる者が居る』 声がささやく。『オコンネルの息子...アレックス、彼を止めよ』
スコーピオン・キングは這い出した。今度と言う今度は慈悲のかけらもない。「目覚めよ、我が兵よ!」壁に立ち並ぶミイラに向かって叫ぶ。「己が身から塵を払い、異教徒に死を与えよ!」



1.Bad-Luck Alex
凶運アレックス

エジプト 砂漠地帯、アスワンの南─── 1937年

走りながらアレックス・オコンネルはまた腕からアヌビスの腕輪を振り落とそうともがいていた。しかしそれはしっかりとロックされていて離れない。背後から聞こえるのはアレックスと父がアーム・シェアのジャングルで追いかけられた獰猛なピグミー・ミイラの乾いた骨が地面にぶつかる音だ。太陽の昇る前にアレックスと父がアヌビス神の黄金のピラミッドまで行き着けなかったら、腕輪は彼の命を奪う……そしてピグミーたちの追っ手から逃れられなければ二人ともむさぼり食われるのだ。

「アレックスの腕にアヌビスの腕輪がはめられたからには……」アーデス・ベイは警告した。「スコーピオン・キングが目覚めてアヌビスの軍が立ち現れるだろう」 
アーデス・ベイはオコンネルたちの信頼厚い友人でありメジャイの長である。5000年の長きに渡って、この勇敢な冒険者たちは愚かな者がミイラの墳墓に封印されている邪悪なものを解き放たぬように墳墓を守ってきた。
「スコーピオン・キングを滅ぼし、アヌビスの軍を黄泉の世界に戻すのだ、さもないと────」アーデス・ベイは言葉を切った。「スコーピオン・キングは全世界を破滅させるだろう」
しかしこの時ばかりはアーデス・ベイの警告は間に合わなかった。オコンネル親子は厄災に見舞われていた。

アレックスと父は、朝日が黄金のピラミッドの先端に差すその瞬間に神殿の入口に飛び込んだ。パチンと音がして腕輪ははずれて床に音を立てて落ちた。
突然大地が震えて揺れはじめた。『アヌビスの神殿を騒がせるのは誰か』 声が広間から轟き、雷鳴のような足音が近づいて来る。
アレックスと父はアーデス・ベイの言葉を思い出して恐怖の眼差しでお互いを見つめた。
足音は更に大きくなった、アレックスは覚悟を決めた。

アレックス・オコンネルは驚いて飛び起きた。まだ胸で心臓が早鐘のように打っている。素早く辺りを見回して安心して大きな溜息を一つついた。ただの夢だったのだ、4年前にスコーピオン・キングと遭遇して以来幾度となく見ている夢だ。ここは砂漠だ、そしてスコーピオン・キングはもうずっと前に死んでいるんだ。

満天の星明かりの下で、1匹の巨大な黒いサソリが土の中から彼の手の方に忍び寄ってくるのが見えた。
今の僕には生きている毒虫がお似合いだ、スコーピオン・キングの事なんて考えたくもない……冷や汗が顔を流れ落ちた。
サソリは好きではなかったが、アレックスはじっと動かずにいた。先程から数時間、墓荒らしと思しき男たちのキャンプの様子を窺っていが、午後の日差しのせいで知らぬ間に眠りへと誘われてしまった。その結果、今、マシンガンを小脇に抱えたドイツ軍の兵士が10フィートと離れぬ所に立っているのだ。さらに50フィート程離れたところには男たちが幾つかの焚き火の周囲に思い思いに広がっている。そのうちの5、6人は衛兵だった。アレックスはサソリから逃げるどころか、息すら凝らさなければならなかった。

ここで捕まったら盗人と思われるだろう。エジプトの法では盗人の手は切り落としていいことになっている。ドイツ人は皆冷酷に見えた。見つかれば、捕まえるどころか、直ちに撃って来るだろう。
アレックスは身じろぎもしないで立ち並ぶ岩の陰に隠れていた。両手と膝をついて頭を垂れている姿は、身に纏った褐色のローブのお陰で岩に溶け込んで見えた。小石が手のひらと膝に食い込む。黒いターバンが頭を覆っていた。
もしかしてローブと暗闇だけでは自分の姿を隠しきれないかもしれないとアレックスは急に不安になった。焚き火は煌々と燃えていたし、幾つかのテントの中には灯りが点っていてストーブの石炭のように明るく輝いて見えた。

サソリはもぞもぞ前進すると手からほんの数インチのところで止まった。
アレックスは冷静になれと自分に言い聞かせた。意識をアーデス・ベイの教えに集中させようとした。小声でつぶやいた。「メジャイは人類を秘密のうちに守る、決して人目に付かない。メジャイは物をよく見るが、姿は見られることはない、メジャイは悪を討つ、しかし叫びは立てさせない」
……メジャイは責務を果たしている途中にはうっかり眠らない、顔を赤らめながら、こう付け加えた。

12才のアレックスは何をおいてもミイラの墳墓の守護者、メジャイの一員になりたがっていた。古代の墳墓に隠された恐ろしい軍隊をその目で見て以来、どんな墓荒らしにも自分と同じような過ちを犯させたくなかった。危険が大きすぎる。
アレックスは両親の友人であるアーデス・ベイに4年前にあってからこの方、ことある毎にメジャイのやり方を学んで来た。今、両親はここにはいない、二人はよくアレックスをアーデス・ベイの所に預けて出かける。それほどにこのメジャイの長は二人の信頼を勝ち取っていた。

アーデス・ベイの子供の育て方はアレックスの母親の考えとはかなり違っていた。母にとっては「教育」とはラテン語と古代エジプト語を学ぶことだった。アーデス・ベイは異論を差し挟まなかったが、そこに日課として剣の訓練を加えた。アレックスが本当にメジャイになるつもりなら、墓荒らし共の企みをくじく手段を学ばなければならないからだ。
4年間メジャイの修行をした後でも、まだ一員には加えてもらえない。剣の使い方を知っているだけではメジャイにはなれない。自分が完全な勇気と不屈の心を持った"人類の守護者"であることを証明する必要があった。

そもそもの事の起こりはそこだった。アレックスの母がベンブリッジの考古学協会会で論文を発表するために、両親はそろってイギリスに向かって発った。旅の予定は3週間だった。
この時間を利用してアーデス・ベイは、アレックスにムシュウォール・ワと呼ばれる一人旅をさせる決意をした。いよいよメジャイになる資格があるか示すときが来たのだ。アレックスにはアーデス・ベイや他のメジャイがどこにいるのか見当も付かなかった。しかし、今朝なにやら怪しげなドイツ人の一隊がアスワンの街を出るのを目撃して、すぐにアレックスは、一行を追跡して様子を探る事にした。修行中のメジャイの義務だと思ったからだ。彼らがまっとうな一団ならそれはそれで良し、静かに引き下がるだけだ、しかしもし墓荒らしならば……

アレックスの耳が遠くから砂漠を走る車のエンジンの唸りを捕らえた。3ヤード離れたところでコオロギが鳴き出した。
サソリが更に近づくのを唇を噛んで見守った。手から1インチのところで何故かためらっている。サソリは指をコオロギだと思っているのかもしれない。
アレックスは目だけを動かして衛兵を見上げた。ドイツ人はアレックスの頭の上を越えて何もない砂漠を見やって、長いタバコの一息を吹かしている。
なぜこれほどたくさんの衛兵が必要なのだろうか、あいつらはきっと臆病者なんだ。

やがて衛兵はアレックスの頭越しにタバコの吸い殻を投げ捨てると、焚き火に向かって歩みさっていった。
サソリが尾を持ち上げてよたよたと進んできた。致命的な一刺しを喰らう前にアレックスは思い切り上から拳を叩きつけた。
「まことに、申し訳ないね」アレックスはつぶやいた。

すぐに辺りを見上げる、誰にも見られていない。岩の陰から忍び出ると近くのトラックの下の陰の中に隠れた。ドイツ人がどんな支度をしているのか知りたかったからだ。
キャンプに数人のエジプト人の下働きがいて女性の代わりに焚き火で鳩の肉を炙っていた。トラックに近づくにつれて漏れてくるスパイスの利いた香りに思わず生唾を飲み込んだ。近くのテントからはパイプタバコの臭いが漂ってくる。だが、これらの快い香りの下に、もう一つ、忘れようとしても忘れられない臭いが隠れているのをアレックスは敏感に察知していた────腐敗したミイラが発する埃っぽい臭気だった。

彼らはもう墓を暴いてしまったんだ! 警備がこんなにぴりぴりしているのも頷ける。トラックにはミイラや金の財宝が山ほど積まれているのかもしれない。
もし幸運が微笑めば誰も害を被ることはないだろう、強力な呪が墓を守っているのだから。
これで決まりだ、アレックスは、もうこれ以上ただ監視してるだけではいられないと感じた。何か手を打たないといけない。何千年もの間、メジャイは、墓を荒らそうとする者には凶運が降りかかると信じて語り伝えてきた。

「よし」 アレックスは小声で言った。「今夜のぼくの名は"凶運"だ、凶運の報いは怖ろしいぞ」
墓荒らしたちは3台の補給用トラックを持ちキャンプの向こう側には百頭にも及ぶラクダと馬が仮のねぐらに繋がれていた。
ざっと計画を立てた、トラックを壊して動物を怯えさせて走らそう、そうすればドイツ人は這々の体でカイロに戻るしかないだろう。

再び遠くで車の音がして、彼方のうねる道をヘッドライトが跳びはねながらやってくるのが見えた。車がトラックの横まで入ってきてヘッドライトのビームにはっきり自分の姿が捉えられるところを思わず想像した。早くここから出なければならない。
アレックスは大きな2台のトラックの間の影の中にするりと出た。トラックは両方とも幌がかかっている。近くにはガソリンの入ったドラム缶が小さなピラミッド型に積んである。このドラムの後ろに隠れれば監視の目から姿を隠せるだろうと計算した。手に昼間の太陽に焼かれてまだ暖かい砂を掬うと、近くのトラックのガソリンタンクに向かってそっと這ってキャップを外しはじめた。ブリキのキャップは回すとかすかに軋んだ。
アレックスは手を止めた、決して大きな音ではなかったが、メジャイはいかなる音も立てずに勤めを果たすものだ。
近くには誰もいなかった。アレックスは素早くふたを取ると砂をガソリンタンクに投げ込んだ。これでエンジンは使い物にならない、トラックは走り出しても1マイルと行かないうちに立ち往生するだろう。

一台あがり、後2台。
キャップを元の所に置いたときにトラックが揺れるのを感じた。うわっ、中に見張りがいたんだ!
さっとトラックの下に転がり込む。暖かい砂の上に伏していると、リアバンパーから二本の足が音もなく地面に下りるのが見えた。何者かがほんの一瞬屈み込んでトラックの下を窺った。
アレックスの心臓は飛び上がった、ドイツ人がぼくを追っている!



2  FOOT ROT AND DYNAMITE
朽ち足とダイナマイト_1


トカゲより素早くアレックスは身を翻すと這って隣のトラックの下へ移動した。後を追って来るやつが初めのトラックの周囲を身を屈めて下を入念にのぞき込んでいるのを第2のトラックの下からじっと見ていた。
アレックスはタイヤの背後に急いで回り込んだ。間違いなく後をつけてられている。本能や直感が全身で逃げろと叫んでいた。しかしそれを押し止めたのは心に浮かんできたアーデス・ベイの言葉だった...「恐れを支配できない者は恐れの奴隷になるしかない」

死体より奴隷でも生きている方がいい! アレックスは転がって第3のトラックの下に入った。並ぶトラックの影だけを頼りに20ヤードを走って岩の後ろに身を投げた。
姿を見られたのではないかと恐れてものの3秒ほどそこにうずくまってから背後を覗いた。
後を付けているやつは2番目のトラックの所にいた、相変わらず何かを探して聞き耳を立てているような素振りだ。

アレックスは思い切って動くことができなかった。ドイツの軍用車幌付きコンバーチブルが幌を畳んでキャンプ地に入ってきた。他のトラックと並んで止まってくれと思ったが、意に反して車は焚き火のすぐそばまで回り込んできた。後部席にはドイツ軍の将校...おそらく司令官が制服に威儀を正して背筋を伸ばして座っていた。見るからに酷薄そうな男だった。
墓荒らしの一味はその男を見るや跳ね起きて口々に「ハイル ヒトラー!」と叫んだ。その声には恐怖のおののきが感じられた。

明るく闇に浮かび上がるテントの一つから墓荒らしのリーダーが現れた。その手には銀製の犬の頭の付いた黒檀の杖が握られていた。こざっぱりとした服装の長身の男だったが大層痩せているのでまるで動く骸骨と言った様子だった。
次の光景でアレックスは口の中がしゅっと乾くのを感じた。男の後から体を傾げながら出てきたのは半ば腐ったピグミーの死体だった!
そいつは包帯で撒かれていないのでミイラではない。その食屍鬼は朽ちた毛皮を身に纏い、顔の半分は削げ落ちて、むき出しになった歯が不気味に並んでいる。片手に不細工な槍を持ち、ゴムのような縮めた猿の手を首から下げている。両足もかなりの部分が腐って落ちているせいで怖ろしげな揺らいだ歩き方をしている、そして耳障りなきしみ声を上げて唾液を垂らしている...

気味の悪い音がアレックスの背筋をぞっとさせた。後を尾けているやつのことなど一瞬で心からどこかに消えてしまった。食屍鬼、そう、この腐れ足の類の怪物をスコーピオン・キングの墓で一度だけ見たことがある。しかしこの怪物が生きている人間に付いて歩いている光景は初めて眼にするものだった。
なぜこの男の後に着いているんだろう?
ピグミー食屍鬼のあとから古代の剣を佩いた大柄なミイラの戦士が続いて姿を現した。
"Wilkommen, Kommandant R(ようこそ、R 司令官)" 墓荒らしの骸骨のようなリーダーが、手にした黒い杖を砂に突き立ててへつらう様なしぐさで頭を下げながら呼びかけた。

司令官は返礼に軽く頷いて、集まった男たちを持ち場に返した、いかにも傲慢な態度だった。食屍鬼に眼を据えると無愛想に質問を始めた。墓荒らしのリーダーはそれを古代エジプト語に直しだした。"Neb Commandant R. apa ur hesi tua..." アレックスは母からしっかり古代エジプト語の手ほどきを受けていたのでその会話に付いていくことができた。「R 司令官はお前が大層お気に召した...しかしお前のような異形の者に頼るのが得策か、まだ迷っている」
死者がこのように話すのを今までに聞いたことがなかったが、ちっぽけな食屍鬼が金切り声を立てるに及んで、何とかそいつの答えを聞き取ることができた。『この"異形の者"は信用できる、お前の主人が契約の取り決めを守る限りは..』

R司令官は大柄で冷酷無比な目つきをしていた。ピグミーを嫌悪をこめて見たものの、持っている鞄を少し挙げて相手に見せた。忌まわしい契約を守る証拠がここにあるといわんばかりだった。
朽ち足はバザールの業突張りな商人よろしく両手を揉みしだいてきしる声を立てた。『おお、素晴らしい、これでご主人様もお喜びになるだろう!』


墓荒らしはうなずいた。「お前がわれわれをそこへ案内すれば、ヒトラーから相応の報酬をもらえる」
アレックスは知らず知らずのうちに話に引き込まれていたのに気がついた。トラックの方を振り返って見たが、後を追いかけてきている衛兵の姿は見えなかった。墓荒らしと食屍鬼は軍用車の前の席に乗り込み、後部にはR司令官が座った。無口な兵士のミイラは後方に残って控えた。

どこへ行くんだろう? アレックスはアーデス・ベイに習った呪文を思い出そうとした。この呪文を唱えればミイラは眠るはずだった。アレックスにはこれは危険なことだと分かっていた。アーデス・ベイの警告がありありと思い出された。「アラーの神の思し召しがあれば、この呪文は大抵のミイラに効くだろう。しかし中には効かない者もいる。昔のファラオたちはほとんどのミイラを奴隷から作った。ネコや猿、フクロウ、牛までミイラにした。この呪文はこういった普通の生き物を眠らせることができる」
「だが強い魔術師によって作られた毛色の変わったミイラもある...」ここまで話してアーデス・ベイはぞくっと身を震わせた、その眼が険しくなった。「そいつらには気を付けろ!」

それは単純な呪文だった。その意味はこうだった 『二つの眼を持つホルス神の御前で、汝に命じる、永の墓に帰りて眠れ』
それを古代エジプト語で言うのだ。アレックスはじっと兵士のミイラを見て心を集中するとささやいた。"_Heru-ur-khenti-r-ti, aa_m...gab as-t...?"最後の言葉が思い出せなかった、Har?...Heem? 何だったろう? バッジの古代エジプト語便覧を持っていないのを悔やんだ。
しかし突然ミイラは剣を下げると手を口に当てて欠伸を洩らし、そこに惚けたように立ち尽くした。

いいぞ、アレックスは思った。あいつは半分眠っている、多分呪文はしばらく時間がかかるのだ。もう一度兵士に気を集中すると唱えた。"_Heru-ur-khenti-r-ti, aa_m...gab as-t...heb?"
兵士のミイラは途端に気を付けの姿勢に跳ね起きて攻撃を仕掛ける牡牛のように頭を下げた、そしてくるりと向きを変えると一番近くのトラックに向かって突っかかっていった。鈍い音がしてミイラは運転席側のドアにぶち当たり、うなり声を上げてトラックにもたれかかった。

アレックスは思わず首をすくめた。「こんなはずじゃなかったのに!」
その時、轟音がキャンプを揺るがした。トラックの横のドラム缶が爆発を始めて炎が夜空に吹き上がった。ドラム缶が次々にロケットのように空中に舞い上がった。ドイツ人が叫んでいる、"Wasseer!(水だ!)"
男たちは頭を抱えて地に伏せた。キャンプのあちら側では馬が跳ね上がり、繋いである綱を引き契った。ラクダは足かせにあがらって騒ぎ、下働きの者達が走り回って肝を潰した動物たちを何とか落ち着かせようと必死になっている。

トラックは3台とも炎上して、中の1台は爆発で横倒しになっている。突然1台が爆発した、中空に破片が飛び散る。
熱い風がアレックスに吹き付けた、燃えるドラム缶がテントを直撃したのだ。辺り一面にオイルが飛びり、テントはめらめらと炎に包まれた。
「うえっ!」腐った肉片が上から降ってきてアレックスは思わず叫んだ。兵士ミイラが燃えている!
包帯が燃えてミイラは手負いの獣よろしく炎をかきむしった。声にならない絶叫の形に開けられた口からスカラベが争って転がり出た。
アレックスは急いで携帯用の水筒から炎の上に少しの水を掛けた、それでミイラは静かになってもう二度と動かなかった。アレックスはミイラを脇へどけた。ミイラの乾いた体を持ち上げるのは大きな枕を持ち上げるのとどこか似ていた。

足音が駆け寄ってくるのが聞こえた! 「ピグミーだ!」パニックでうろたえて小声で言った。「そうかドイツ人だ!」
人影が岩の後ろに、アレックスの上に折り重なるように飛び込んできた。アレックスは拳を固めていつでも殴りかかれるように身構えた。が、爆発の光でちらりと捕らえた人影はありがたいことにミイラやドイツ人ではなかった、エジプト人の少女でどう見ても13歳くらいだった。ショールを首に巻き付け、飾り気のない茶のローブを纏っていた。少女は岩の後ろにうずくまるとポケットから棒状のダイナマイトを引っ張り出した。
この娘がドラム缶を吹っ飛ばしたんだ!

女の子はドイツ人を見据えると這って移動しようと構えた。全くの偶然で、手がアレックスの顔に触れた...少女は驚きと恐怖で凍り付いたようになった。
「ぼくの鼻をもぐつもりかい、それともただ摘んでるだけ?」アレックスはささやいた。
少女は思わず大きく喘いだ。
「静かに!」アレックスは彼女の口に手を当てた。「ぼくは味方だ!」少女は目だけで見返した。「静かに話さないと君も死体になるよ」
しかしこの警告は遅すぎた。
"Ein Saboteur! (妨害工作だ!)" 誰かが叫んでいる、少女はパニックで大きく目を見開いてアレックスを凝視した。

衛兵が3人二人の方へ走ってくる。機銃が火を噴いた。弾丸が周りの岩に跳びはねて火花が飛び散った。「ここから逃げるんだ!」アレックスは叫んだ、トラックのガソリンタンクが爆発して地面が揺れた。少女はアレックスの手を掴むと力を込めて引っ張った。二人は砂から岩が露出しているところに向かって走った。キャンプから銃撃が炸裂して足下の地面に弾が食い込む。急に彼女はアレックスを岩の後ろに引っ張り込んだ。
そこにも長居はできなかった。女の子はダイナマイトを掲げて言った、「これが最後よ」それにキスするとキャンプ目がけて高く放った。ダイナマイトは燃えさかるトラックの後ろに落ちた。それを目にした衛兵は地面に伏せた。その瞬間にトラックが積み荷を四方にまき散らしながら爆発を起こした。

「行こう!」アレックスは言うと彼女の手首を掴んで自分のラクダの方に駈け出しだ。石が磊落とした乾いた河床を走り、大きく回り込み、ついで小石だらけの低い丘を登った。
ここしばらくの間銃撃は追いかけてこなかった。それでアレックスはやっとの事で生きて虎口を脱出できたのかもしれないと思った。R司令官の車の衛兵が二人を捜すために車のライトで砂丘を照らし始めた。二人はまた走り出した...ゆうに1マイルも離れた所の丘にたどり着くまで足を止めなかった。

アレックスのラクダはその小高い丘のちょうど後ろに足かせを掛けて繋いであった。
アレックスは大きな岩塊の間で初めて足を止めると、乱れた息を整えようと喘いだ。額から汗が滴り落ちた。少女はアレックスのそばでしゃがみ込んでいたし、アレックスの方は、キャンプの様子を窺って彼女の手並みに感心していた。炎はまだトラッの上で燃えさかって赤々とした光が立ち上る油煙を夜空に浮かび上がらせていた。

キャンプは混乱の極みだった。男たちはラクダや馬を追いかけ、燃え上がった炎を砂を掛けて消そうと躍起になっていた。ドラム缶やトラックはキャンプの外縁に置いてあって、直接爆発で死傷者は出なかったようだ。しかしドイツ人は巣をつつかれたスズメバチのように怒り狂っていた。
アレックスはあの墓荒らしが何を企んでいたのかが気になった。ピグミーとドイツ将校の組み合わせで何をしていたんだろう?、それが何であれ、よからぬ事に違いなかった。

アーデス・ベイに知らせなくっちゃ...そう思ったが、いや、まだだと思いなおした。ぼくたちがぶつかっているものが何かはっきり分かってからだ。
アレックスはターバンを解くともっとしっかり巻き始めた。「トラックを壊すならもっと目立たない方法は考えつかなかったのかい?」
少女は編んだ黒髪をショールの下に押し込んだが、何も答えなかった。
「どうしてキャンプを爆破しようと思ったりしたのさ? 死人が出たかもしれないのに」
「誰も死ぬわけなかったわ」少女の声は険しさを増した。茶色の目は爛々と光った。「人の近くには仕掛けなかったわ」

少女の英語は完璧だったが、アレックスの耳はあるかなしのアクセントを聞き取った...彼女はドイツ人だった。
「だって...きみはドイツ人だろう!」
「あいつらとは違うわ、私はユダヤ人よ。国でヒトラーが力を持ってからは市民権を剥奪されたわ。ヒトラーの部下はわたしたちの家や本を焼いて店を潰したの、わたしたちは今戦争の真っただ中にいるのよ」
「わたしたちって?」アレックスはオウム返しに聞いた。両親からドイツ国内の緊張が高まっていることは聞いていたが、戦争が起こったとは聞いていなかった。

「あいつらと私よ」少女は説明した。
「ぼくがその一人じゃなくってほっとしたよ」アレックスはにやっと笑った。ターバンを巻き終わると金のピンで端をしっかり留めた。横で少女は手の甲で顔の汚れをぬぐうと革の編み上げサンダルを締め上げた。
この子の親はどこにいるのだろう?...アレックスは素早く下の方を窺いながら思った。100ヤード程下の岩場を捜している衛兵の銃の吹く火花が見えた。のんびりおしゃべりをしている時間はもうない。
「じゃあ、勇敢な兵士くん」囁き声で言った。「きみは弾に当たっても平気なのかい、それともそんな風にしているだけかい?」

「私はレイチェル・ストレーカー───答えは、そうなろうとしてるのよ」
「だったら、レイチェル、きみがぼくと同じぐらいに弾に強くないんなら、あ、ぼくはアレックス・オコンネル、ここを離れた方がいいよ。ぼくのラクダは二人乗せられる」アレックスはレイチェルの手を取ると、丘の上目がけて走り出した。



3 MYSTERIES REVEALED

明かされた不思議

アレックスとラクダの所にたどり着いて、レイチェルは臭いを一息吸うなり鼻を押さえて言った。
「くさい!」
「どうかしたのかい? スティンクワッドが嫌いなのかい? そりゃ少しは臭いはするだろうけどここらの砂漠でスティンクワドッドほど足の速いラクダはいないよ」アレックスが取りなした。
「だから他のラクダがみんなで追い出そうとするんでしょう、きっとそうよ」レイチェルが言った。
「ところであなた、お水もってる?」
「水かい、もちろんだ」
アレックスは水筒を取り出すと振ってみた。中身は半分以下になっていた。少し手の平に水を受けてラクダに飲ませてやる。

「私の英語ってそんなにひどい? 水が欲しいのは私よ」
レイチェルがいらついて言った。
「砂漠ではこうするんだ。自分が飲む前に必ずラクダに水をやるんだ、そうしないとスティンクワッドは頭に来て、座り込んだらてこでも動かないよ。そうなっちゃドイツ人の射撃の的さ」

「あら、そう」ちょっとむっとしてレイチェルは言った。
アレックスはラクダに水を飲み終わらせると次にレイチェルに水を分けた。まるで何日も水を飲んでいなかった様にレイチェルは水を貪り飲んだ。アレックスは足かせを取ると鞍の袋にしまって、それからラクダに鞍を置いた。二人はアレックスが前に、レイチェルが後ろに乗って軽くアレックスの腰に腕を回した。

杖で軽くつついてスティンクワッドを立たせると広がる砂の海に向かって急いで歩き出させた。遅い月が昇り始めていた。赤みがかった暗い月は辺りを同じ色に染め上げていた。夜風が涼しかった。運がよければ夜明けまでには風がラクダの足跡を消してくれるだろう。

何かがアレックスの気にかかっていた。彼は今まで見たものを思い返した。確かに、あの墓荒らしの首領は食屍鬼とR司令官との取引を中で取り持っていたようだ。でも今まで、死者と取引をしたやつなんて聞いた事がない。ピグミーを操っているのは誰なんだろう、一体何が狙いなんだろう、そしてドイツ人は何を見返りに手に入れるのだろう?
「私をアスワンで下ろしてくれる?」
レイチェルがアレックスの思いを遮った。アスワンはここから一番近い街で、ラクダで一日の距離だった。アレックスは今朝アスワンからドイツ人の一向を追跡してきたのだった。レイチェルは一日中トラックの陰に隠れて工作する機械を窺っていたに違いない。

「アスワンに住んでいるのかい?」
「いいえ、カイロ、父は大使館に勤めているの。アスワンから汽車に乗って帰れるから」
「ふうん、アスワンか...」アレックスは考えこんで言った。
「いいよ、アスワンで下ろしてやるけど、先に払ってもらわなくっちゃ」
「払うって? わたし...わたし余分なお金なんて持ってないわ」
「じゃ、いいさ。取り引きしよう。乗せてってやるからぼくの質問に答えてよ。例えば、あのドイツ人達が何者かとか、何をしようとしているのか、君は思い当たることがあるかい?」

「わたし、あまりよく知らないのよ」レイチェルは答えた。
「あのキャンプをつくったのはゾーリン・ウングリヒトという男よ」
「ウングリヒトだって!」アレックスは思わず大声を出した。
「父があいつには気を付けろと言ってたよ。ウングリヒトはトレジャーハンターさ、邪魔する者は誰でも殺すんだ。父もインドの寺院で、危ないところだったんだって。ウングリヒトは金のためなら何でもするらしい。あの司令官については、何か知らない?」

「R司令官はヒトラーに近い人らしいわ、誰かに支払う賄賂を持ってきているみたい、きっと悪人だと思うわ。それにピグミーの首領について話しているのを聞いたの...der Koig der Scorpions(デア・ケーニッヒ・デア・スコルピオンズ)、キング・オブ・スコーピオンって」
アレックスは思わずスティンクワッドの手綱を引き絞ったので、ラクダはつんのめるように止まった。スティンクワッドは怒って頭を巡らすと唾を吐いた。

そんなことがあるはずがない! アレックスは4年前に父親がスコーピオン・キングを殺すのを目した。もしあれが甦ったのだとしたら...怖ろしい記憶に思わず怖気を払った...アヌビスの軍が現れるのも遠い先のことではない。
「あいつらの行き先が分かったよ、急いで砂丘を突っ切ればあいつらを叩けるかもしれない」
そう言うとラクダの頭を回して一散に南に向かって駈けだした。
レイチェルは鼻を鳴らした。
「アスワンへ連れて行ってくれるって言ったじゃない、アレックス、あなたも泥棒なの? キャンプに潜んでいたのは賄賂のお金を盗むためだったの?」

アレックスは笑った。
「いいや、ぼくも君みたいにトラックを動かせないようにしようと思ってたのさ、だけどもっと静かにやる方が好きだけどね」
「どうしてよ?」
「こっそり忍び込んでまたこっそり逃げた方が、生きていられる確率が高くなるさ」
「そうじゃなくって、私が聞きたいのは、そもそもどうしてあいつらのトラックを故障させようとしたしたかったのかって事」
「あいつらは墓荒らしなんだ」アレックスは説明した。

「ミイラの墓には黄金も隠されているけど、それよりも不思議な呪文を書いた古代の本と...その呪文の使い方を知っているミイラがいるんだ。古代エジプトのファラオ達は、墓に封じ込められた忌まわしい力を人が解き放たないように、墓に人を寄せ付けないように衛兵を雇った。何千年も衛兵はその務め
を果たしてきたんだ。彼らはメジャイと呼ばれていて、その長はぼくの友達だよ。今ぼくも仲間に入れて貰うために修行しているんだ」

「ふうん、それで?」まだ納得できないというにレイチェルはアレックスの方を見た。
「それで、スコーピオン・キングはそんな古代の怪物の中では最強のやつだ。4年前にスコーピオン・キングが甦った時には、もう少しでぼくの家族はみんな死ぬところだったんだ。もしドイツ人があいつと取引をするとすれば...あいつらに不可能なことなんてなくなるよ」
レイチェルはスティンクワッドの横腹に軽く蹴りを入れて速度を上げた。
「じゃあ、アスワンは後回しでもいいわ。そっちへ行って!」

前にレイチェルにスティンクワッドは砂漠で一番俊足だと言ったが、それは嘘はではなかった...そんなに。
「ハイヤッ!」
アレックスが一声叫ぶとラクダは猛然と走り出した。




4 DEADLY DEAL
死を招く取引

明け方近くアレックスとレイチェルはスティンクワッドを繋ぐと、月に照らされたアーム・シェアの谷を見おろす尾根に登った。アレックスが予期していた通りに、黄金のピラミッドはもうどこにもなかった。4年前、それはここから半マイルほど離れたところに屹立していた。だがアレックスの父がスコーピオン・キングを討ち倒したときにピラミッドも周囲のオアシスも全てが地の底に沈んだのだ。アレックスは安堵の息をついた・・・じゃ、まだ時間はある。

ドイツ人の車は遠くをのろのろと走っている。車のへッドライトが岩だらけの谷間に奇怪な影を投げかけている。アレックスが隠れている尾根の前面には砂岩の壁に一列に像が彫りだしてあった。ジャッカルの頭を持ったアヌビス神の像だった。それぞれの高さは100フィートもあるだろうか、足は谷の底に付いて頭は尾根の先端にまで届いている。もと神殿のあった西の方を守り、虚ろな目で東の方を睨んでいる。それぞれが、先端に輪の付いた十字架の形のエジプト人の永遠の生命を意味するアンクに似た王笏を持っている。長い年月の間に砂混じりの風が彫像の顔を削り、眼窩を穿ったが、それでも彼らは夜空の星と同じように変わらず堂々とした威容を保っていた。

アレックスは一つの像の肩の後方にあるおあつらえの場所にレイチェルを連れて行くとそこに座ってドイツ人を待ち構えた。アレックスにとって今の状況は、ただ以前いた場所に戻ってきただけでなく、時間まで過去に戻ったような気がしてならなかった。
両親と共にエジプトを訪れるたびにいつも同じように感じる、エジプトは、その輝かしさと美しさ全てにおいて彼の情熱をかき立てて止まないのだ。メジャイになりたいと思う理由も実はこのエジプトに対する畏敬の念から出ていた。

あのスフィンクスを初めて見たのはたった3才の時だった。両親がギザのピラミッドの調査を終えた後アレックスを連れて大スフィンクス像を見せに連れて行ってくれたのだ。ライオンの形をした像の下でピクニックもした。アレックスはスフィンクスの顔をじっと見上げた。王の頭飾りをかぶり、顎髭のあるファラオの顔だった。

Abu el Hol・・・"恐怖の父"スフィンクスはこうアラビア語で呼ばれている。しかしアレックスはこの像を見ても恐怖は感じなかった、むしろそのすごい大きさと美しさへの驚嘆が体全体を満たしたように感じた。しかし年月の容赦ない手が大像を浸食しているのが悲しかった、世界の七不思議の一つが蝕まれている。たった3才でも、何とかしてこの像を助けてやりたかった。その思いは今も変わっていない。

アレックスはレイチェルの方をちよっと見て言った。
「エジプトに来てどれくらいになるの?」
「まだ1週間よ」レイチェルの答えは意外だった。
「でもアラビア語は何年も前に勉強しているの。ドイツから逃げたとき父は外人部隊に入って、まずアリジェリアに駐屯したの」
「そう」フランスの外人部隊の司令部はアルジェリアのシディ・ベル・アビスにある。
「お父さんはずっと傭兵をやってたのかい?」
「ずっとじゃないの。父はお金のためだけに人を殺すような人間をすごく嫌っていたわ、本当の意味での兵隊だったの。でもドイツには私たちの未来はなかった」
「だからといって自分で戦いを挑むのにも余り未来はないよ」アレックスは言った。
「君がこんな事をしているのを、お父さんはどう思ってるんだい?」
「父は知らないわ、仕事でここにはいないの。私はカイロのフランス大使館にいてお人形遊びをしていると思ってるのよ」
アレックスはうなずいた。自分の両親だって彼が砂漠に出て墓荒らしの妨害工作をしていると知ったらきっとびっくりするだろう。

突然眼下に車が止まった。運転手がライトを消してごろごろ鳴っていたエンジンも静かになった。アレックスとレイチェルの周囲では沈黙が耐えられないほどの重さでのしかかってきた、見晴らす荒野も果てしなく圧倒的な広さで迫ってくる。
「何をするんだと思う?」レイチェルが尋ねた。
アレックスは双眼鏡を取り出すと目にあてた。薄暗い暁明の中で何人かの人影が見えた。ゾーリン・ウングリヒトが運転席におり、隣には例の"フット・ロット"が、そしてR司令官が後部席に座っていた。
「何かを---それとも誰かかもしれないけど、待っているんだ」
荒野に目を転じたが近くに人影もない。


彼らは太陽の上の縁が遠くの砂漠を最初の曙光で染め上げるまで待っていた。突然アレックスはまるで砂が砂漠を吹き渡るような微かなざわめきに気付いた。しかしここ数時間というもの、風は収まっていた。髪が頭で逆立つのを感じた。

黒い波が起こっていた、小さな黒い体に足の付いた虫がざわめきながら地面から体を震わせて出てくる波だった。何百万というサソリが岩の間から這いだしてドイツ人の車の周囲に群がってきた。
車は大きな影を投げかけながらゆっくりと前方に動き出した。その後をサソリが大きな波になって、砂をこすり、石を鳴らしながら付いていく。毒針はくるりと背中の上で反り返っている。もしここのサソリの毒が全部砂にぶちまけられたら、人が溺れるくらいに深い水溜まりになるんじゃないかな、アレックスはこんな想像さえした。

それは奇妙な行進だった。車はサソリの這う速度に合わせてのろのろ進んだ。
アレックスは旧に口の中が乾く思いがした。あいつらは前に神殿のあった場所を真っ直ぐに目指している!
「ここにいて。あいつらから目を離さないでくれ」レイチェルに声を掛けた。
「もっと近くで見張れる場所があるか見てくる」
「もっと近く? あんなにたくさんのサソリの?」レイチェルが聞き返した。
「どうぞお好きに!」

谷へ下りる道を見つけようとアレックスは岩の間を縫って降り始めた。100ヤードも行かないうちに彼は二つの大岩の間で鎌首をもたげているコブラに出くわした。コブラは頭部を広げると舌をちろちろ見せながらアレックスを睨んだ。アレックスは慌てずに手のひらをコブラに向けてあげると古代エジプト語でコブラをなだめる文句をささやいた。"Mer-segrit"
コブラはちょと戸惑ったよう見えたが、やがて大人しく首を垂れると岩の間に這って戻った。
「ようし! いつもうまくいくな」アレックスはくすくす笑った。

車は1マイルも行かないうちに谷の中央に寄って停止した。アレックスは大急ぎで石の後ろに駆け下りると双眼鏡を目に押し当てた。後部座席でR司令官が立ち上がって持っていた革の鞄を開けた。中から何かを取り出すと高くあたまの上に掲げた。それはまるで白熱した光りが彼の手から放たれているようだった。
夢中で双眼鏡のピントを合わせると、R司令官がピラミッド型の巨大なダイアモンドを持っているのが目に飛び込んだ。4年前にアレックスの伯父のジョナサンがアヌビスの神殿から持ち去ったダイヤと同じものだった!

アレックスは思わず唸ってしまった。父はジョナサン伯父に、あのダイヤは厄介の元になると言ったのにジョナサンは気にも止めなかった。一番新しい恋人に感嘆の声を上げさせたかっただけなのだ。父は、とにかく最初についた買い手に売却してしまえと主張した。アレックスが最後に聞いたのは、そのダイヤはオックスフォードの裕福な夫婦の手に渡ったということだった。
「きっとドイツ人が盗んだんだ」アレックスは小声で言った。

R司令官がダイヤを掲げる中に、黒い霧が地面から湧き起こり空中に何百フィートという高さに立ち上った。霧の中に勝利に酔って咆哮する人の顔が現れた。それはスコーピオン・キングだった、アレックスの血が血管の中で凍り付いた。
やっとドイツ人がアヌビス神にダイヤを返そうとしているのだと察しが付いた、だが、その見返りに一体何を求めているのだ?

R司令官は怪物のようなスコーピオン・キングに向かって不敵に笑いかけると砂上にダイヤモンドを投じた。彼がドイツ語で叫ぶとウングリヒトがすかさず古代エジプト語で後をなぞった。アレックスは耳を澄ませて何とか内容を聞き取ろうとした。
「アヌビス神の神殿は、われわれの共通の敵の手によって汚された! その折り盗まれた物を私は返した。これを私の主からそなたの主への友情の印として受け取って貰いたい」
R司令官は昂然として言った。
暗い顔は勝ち誇ったようにダイヤモンドを見下ろすと、その目が勝利を噛みしめるように、ゆっくりと閉じられた。

大地が身震いを始めた。遠くで地震が起きたように微かな音で地鳴りが聞こえてきた。やがて谷全体が世界が半分に引き裂かれるように大揺れに揺れだした。大岩が上の崖から転がり落ちて弾みながらアレックスをかすめた。彼は両手で頭をかばった。

突然朝日がダイヤモンドの表面で踊った、その下で猛火が燃えているかのようなまばゆい光りがアレックスの目を眩ませた。
耐えきれないくらい光がまぶしさを増した、そしてアレックスは真相を見た・・・それは炎ではなくて黄金だった!黄金のピラミッドの形をした神殿がふたたびその姿を地の底から現したのだった。
見る間にピラミッドは岩や土砂を持ち上げながら完全に大地の上に出現した。土煙と砂が空中に舞い、その中で黄金のピラミッドは今できたかのようにみずみずしく光を放っていた。落ちてくる岩や土を避けるためにウングリヒトは大慌てで車を後退させた。車のあったところに大量の土砂が雪崩落ちてきた。
しかしアレックスの悪夢の記憶にある、あの呪われたジャングルはまだ地中に埋もれたままだった。
まだ最悪というわけじゃないか...アレックスは少しだけ気が晴れたように思った。

そして...やつらが現れた。
神殿の周囲の砂から波打つようにアヌビス兵が起きあがった。忌まわしい生き物は墓場から抜け出してきたようにのろのろと骨の見える腕を上げた。ジャッカルの口は絶えず異音を発して、動物的な喜びの吠え声を立てながらアヌビス兵は神殿の前で戦斧を振りかざしていた。

アレックスはショックで目を見張った。おそらくスコーピオン・キングはダイヤモンドを取り返したらこの卑小なおべっか使いたちを一ひねりで押し潰してしまうのではないだろうか。
ドイツ人は恐れを成したようだった。ウングリヒトは慌ててエンジンをかけるとそろそろと後退を始めた。しかしアヌビス兵は前進しなかった。
ミイラの衛兵の一隊が神殿の二つの入口からよろめきながら出てきた。骨と朽ちた肉体の一部が灰色の包帯の間から覗いている。各々がブロンズ製の、先端が分厚い斧のような古代の剣を高く掲げて服従を誓っている。彼らは神殿の前に二列縦隊になった。
やがてスコーピオン・キングが暗い神殿の奥から姿を現した。アレックスの覚えている以前の姿よりもずっと猛々しく見えた。むき出しの頭蓋は陽光の中で白く光り、カミソリのように鋭い尾は荒々しく打ち振られている。その右手の鋏には死を招く"オシリスの槍"が握られていた。

"As tai-ten neb? Tua hati shepa," スコーピオン・キングが揺るがすような声で古代エジプト語を語った。意味は、見返りを受けるお前の主は誰か? といったところだろう。
R司令官とウングリヒトは声を一にして叫んだ。
「アドルフ・ヒトラー!」
『どの様な見返りを望んでいるのか?』
「彼は死に打ち勝つ力を求めている」
『アヌビス神は全ての人の命を求める』スコーピオン・キングは答えた。
『何故お前の主の命を取ってはならないのか?』
R司令官は昂然と答えた。
「我々の主、ヒトラー閣下はこの地上に未だかつてなかった程の最強の軍隊を集結させている。兵士は雷を放つ杖を携え、火を吐く鉄の象や空を飛びながら破壊の卵を落とす金属の鳥を飼っている。主に立ち向かえる敵はいない---時を除いては」
「アヌビスの神が願いを聞き届けるならば、我が主ヒトラー閣下はアヌビスの栄光を称える神殿を建てよう、今ここにある神殿の何倍も壮麗な神殿だ。世界中に再び地下の神アヌビスを崇拝させ、その門前にひれ伏させるのだ」

『お前にその力があることの証を見せよ』
スコーピオン・キングは要求した。三頭のアヌビス兵が犬のように唸り、唾液を垂らしながら大股で車に近づいた。
R司令官は落ち着き払ってホルスターからピストルを抜くと最初の怪物の眉間に狙いを付けた。一発で獣をしとめると回転して第二の兵を狙って撃った。そいつの頭は後ろにのけぞった。
第三の兵はR司令官が撃つ前に車にたどり着いた。司令官は狙う暇がなかった、彼は三発兵士の胸に撃ち込んだが、ただ後退させただけだった。傷口から黒い血がどっと溢れた。戦斧を車のフードに深々と静めて苦悶の叫びを上げて兵は死んだ。
兵が倒れるたびに、それが作られた元の砂に返って地上に散らばった。
全ての兵を倒すとR司令官はピストルを振って言った。
「もしアヌビスの神が我が主の願いを聞き入れるならば、そちらの軍隊にこんな武器を持たせよう」

スコーピオン・キングはにやりと笑った。
『しかとヒトラーの力の程は見せて貰った。しかし人は永遠に生きるようにはできておらぬ。彼に地上の千年の支配を許すアンクをお前に与えよう。しかし千年だ、それ以上はだめだ。見返りにヒトラーは死者の神アヌビスに彼の愛でる者を生け贄に捧げねばならない。そのものは魂をアヌビスに捧げるのだ。承知か?』
R司令官はうなずいた。
「第三帝国の支配が千年続くならヒトラー閣下もご満足だろう。世界の支配に人ひとりの魂なぞ安いことだ」

崖の中腹でアレックスはレイチェルが驚いて小さな叫びを上げるのを聞いた。



5 NOWHERE TO RUN
逃げ場無し


レイチェルの叫び声がドイツ人に聞こえたのじゃないだろうか、アレックスは咄嗟に思った。事態はますます悪くなっていた。アレックスは音を殺して石の間を縫ってレイチェルの所へ戻り始めた。

上に登りながらポケット中の信号用の鏡を指で探った。その凹面鏡はちょうど彼の母のティーカップの受け皿くらいの大きさで、彼が旅に出る前にアーデス・ベイがくれたものだった。
「何千年もの間、祖先達はサハラを越えて知らせを送るのによく磨いた短剣を使ってきた。メジャイの短剣を身に帯びるのは大変な名誉なのだよ」
アーデス・ベイはアレックスにこう言った。
「いつの日かお前もその栄誉を受けるだろう、だが今のところはお前にはこの鏡だ。もしわれわれの手が必要なときは、これを太陽にかざすのだ、そうすればわれわれが駆けつける」
今こそメジャイを呼ぶときだ、アレックスは思った。
でも先にレイチェルを見つけなくては。

アヌビス神の立像の後ろの崖の頂上にたどり着いた。しかしレイチェルの姿はなかった!
きっと怖くなってラクダの所へ戻ったんだ、アレックスは思った。同時にレイチェルがそんなに簡単に怖がるだろうかと疑った。
アレックスのちょうど真上の狭い溝から石の上を歩く音が聞こえてきた。アレックスはそっと呼びかけてみた。
「レイチェル?」
岩の背後から桟道に姿を現したのは黄ばんだ歯の間から唸り声を上げる巨大なミイラの衛兵だった。湾曲した刀を抜いて半ば肉が削げ落ちて骨の見える腕に高く掲げた。怪物はアレックス目がけてと突進してきた。
 
アレックスの手元に武器はなかった。死にものぐるいで彼は呪文を叫んだ。
"_Heru-ur-khenti-ar-ti, aa_m qab as-t heh!"
しかしミイラは攻撃の手を休めなかった。
アレックスは手を挙げて少しでも攻撃を防ごうとした。信号用の鏡がきらっと光り、ミイラの包帯を照らし出した。
これだ!アレックスは狙いをつけるとまぶしく輝く光りをミイラの目を目がけて反射させた。湾曲した鏡は拡大鏡のように焦点を結んだ。

ミイラは目を細めて怒りの声を上げた。そして目が眩んだまま刀を振り回しながら突進してきた。アレックスはすんでで頭を下げて避けた。刃は宙を割いて風音を立ててアレックスの鏡を強打した。鏡は砕けた。アレックスはかろうじて大きな破片を落とさずにしっかり持っていた。ミイラが再び刀を振りかぶった。そのとき足を石に取られてミイラはばったり倒れて、怒りの叫びを上げながらもんどりを打っ
て真っ逆様に崖を落ちていった。アレックスはほんの一瞬その場にじっと立ち尽くしていた。まだ胸が煽っていた。

「あいつらレイチェルに何をしたんだ?」小声でつぶやいた。
アレックスは狭い桟道を見上げた。もう一体のミイラが重々しい足取りで死をもたらす古代のブロンズの刀をひっさげて近づいていた。アレックスは再び鏡の破片で狙いを定めてミイラの目に光を当てようとした。
ミイラは唸りを上げた。その死者の国の言葉は乱れていて乱雑だったがアレックスは何とか聞き取れることに気付いた。
「降伏しろ、この愚かなガキめ」そうミイラは言っていた。
「さもないとお前のはらわたを生きながらに抉り出して、一つかみずつ食魂鬼に喰わせてやる!」

この後ろに3体目のミイラが岩の陰から忍び出てきた。そいつはレイチェルを前に引き据えて咽には鋭い剣を押し当てていた。
「逃げて、アレックス!」レイチェルが叫んだ。
「ここから逃げて!」
しかし逃げたくてもアレックスには崖から飛ぶより行き場はなかった。
アレックスに残ったのは手を挙げて降伏する事だけだった。
ミイラ達は饐えた歯を口いっぱいに見せて気味悪く笑った。



6  CAPTURED!
捕まった!


『降伏しろ!』ミイラは叫んだ。
アレックスは手を挙げた。その手にはまだギザギザに割れた鏡の破片を持っていた。
ナイフにして使える、そう思った。
「おい、お前」大声でミイラに呼びかけた。
「お前たち、大変な間違いをしているぞ。ぼくたちはあそこの人の仲間だ」
彼らの干からびた頭が混乱するのを期待しながら、アレックス唇をなめて下のR司令官の車の方を向いて顎をしゃくった。

『そうかな、ラクダ野郎?』ミイラの衛兵が相変わらず耳障りな声で言った。
『では主人はお前に会いたがっているだろう』
そう言って桟道を足を引きずりながらアレックスの方へ上がってきた。一歩毎に朽ちた古い包帯の先が揺れた。
『ネファイ、ネファイ、大丈夫か?』
ミイラは崖の上から仲間に呼びかけた。地面は100フィート下で、ネファイは岩の上に落ちたようだった。
怒りの声を上げてミイラはアレックスに向き直った。
「ぼくのせいじゃない、あいつは自分が飛べると思ったんだ」アレックスは言った。
ミイラは剣の先でアレックスの胸を小突いた。
『行くんだ、このジャッカルめ!』

両手を上げてレイチェルはまだ夜の冷気の残る陰になった谷間を辿っていた。岩が両側に柱のように伸び上がり空気には塵と砂漠の石の金属的な臭いが満ちていた。
アレックスかレイチェルのどちらかが歩みを緩めるとミイラたちは剣で背中をぐいと押すのだった。
「ねえ、」アレックスはレイチェルにささやいた。
「捕まりそうになったとき大声で叫べただろう、大抵女の子って叫ぶものじゃないかい?」
レイチェルは顔を顰めた。
「誰かに腐った山羊の糞の臭いのする大きな手で口を押さえられながら叫ぼうとしてご覧なさいよ」彼女は歯ぎしりをした。
「それにあなただって大慌てで戻って来て捕まってしまうだなんて」

確かにレイチェルの言うとおりだった。ここはもう敵の手に落ちていると予想すべきだった。
「何とかして逃げる方法はないの?」レイチェルが聞いてきたが、
「なんにも」これが答えだった。
『もう一度その舌をぺらぺらさせたら、』アレックスの後ろに付いていたミイラの衛兵が唸った。
『舌を切り取って、熱い石の上でそいつが身もだえするのを見てやる』

あっという間に一行は谷の底に着いた。通りすがりにネファイの体が転がっていた。巨大なアヌビス神像の足下で岩に叩きつけられて小さく見えた。乾ききった骨は粉々に砕け腹部はぽっかりと空洞になっているのが見えた。腹にはネズミが巣くっていたが大分以前にそれも死んだらしい、ネズミの骨が半ば消化された食物のように残っていた。体内に唯一残っている器官は心臓だった、それも乾ききってクルミくらいの大きさに縮んでいる。

『ネファイは従弟みたいなものだった』一体のミイラが歯の間から声を出した。
『きっとおれに剣を貰って欲しいと思うだろう』
『従弟だって?』もう一体がすかさず言った。
『おれにとっちゃ兄弟も同然だ、仲のいい兄弟以上のもんだ、おれにこそ剣をもらってもらいたいと思うだろう』
最初のミイラはうなずいた。
『よかろう、だが肝臓の入っているカノピーック・ジャーはおれのもんだ』
『分かった』二番目のミイラは答えた。
『金の指輪はおれがいただく』
「ねえ、」アレックスが口を挟んだ。
「彼はちょっとしたいい包帯を巻いているじゃないか。ぼくが貰ってもいいよね」

アレックスの後ろの衛兵が唸った。
『笑えるうちに笑うがいい、人間め。お前がこれから行くところは悪鬼だけが笑うところだ』
ミイラ達はネファイのめぼしい持ち物を取ると、アレックスとレイチェルを引き連れて砂漠を半マイルほど離れたウングリヒトの車の所まで進んだ。車から南に200ヤードほども離れていないところで黄金のピラミッドが陽光に燦然と輝いていた。忌まわしいスコーピオン・キングはもう内部に退いていたが入口は全てアヌビスの兵士とミイラが固めていた。

ウングリヒトが彼らに何をするつもりなのかアレックスは懸命に想像しようとした。
一行が近づくと地面が音を立てたようだった。黒いサソリがあらゆる石の下、砂塊の境目から、這い出してきたのだ。何百万もいただろうか、アレックス達が近づく周りを鋏を振りかざし、棘のある尾を威嚇するように振り上げてもぞもぞと這い回った。
「ほら、もっと近くでサソリが見たかったんでしょう、これくらい近かったらいいの?」 
レイチェルがアレックスにこっそり言った。
「ああ」答えたが咽がからからに渇いていた。
サソリを見て一番怖気が出るのは数が多いからではなかった、ウングリヒトの車へ伸びる一筋の細い道だけを残して、後は一面にびっしり埋め尽くすサソリの動きが背筋をぞくぞくさせたのだ。

ウングリヒトは車の幌を掛けて太陽の光を遮りながら前の席に座っており、骸骨のような容貌は陰になっていた。R司令官は車の傍らを歩きその後に醜怪なピグミー・ミイラ、フット・ロットが付き従っていた。
「ほうほう、これは思いもかけんことだ」
R司令官は残忍そうな笑いを浮かべた。
ウングリヒトが座席から体を伸ばした様子は棺桶から半身を出したゾンビーのようだった。皮膚は、ほとんど白と言っていいほど青白く、ずっと前に死人の仲間入りをしているかのようだった。
「昨夜キャンプを襲ったのはお前達だったんだな、子供なのに勇敢な事だ」
頭を振りながら言った。
「そろそろやったことのツケを払って貰わないといかんな」

ピグミーが小走りで出てきた。
『女は骨の上になかなかいい肉が付いている、こっちの男はデザートに美味そうだ。お前たちこいつらを殺せ、後はおれが料理する』
ウングリヒトはこの言葉ににやにや笑うと拳を振りかぶった。アレックスは足を踏ん張って拳を避けようと身構えた。
「待て!」
その拳をつかんで押し止めるとR司令官は命じた。
「殺したいのならここから出て砂漠でやれ」
言いながらホルスターから銃を抜いた。

いやだ! アレックスの心臓は飛び上がった。必ず逃れる道があるはずだ。

ウングリヒトは気に入らないと言った目つきで銃を眺めた。
「それは使わない、それにこんなに砂が熱くてサソリが腹を空かせているときには殺らない」

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