まぼろしの白馬   エリザベス・グージ
The Little White Horse  by Elizabeth  Goudge  1946


1946年、あかね書房から「国際児童文学賞全集の一として刊行されましたが絶版、その後1990年福武書店から文庫版で再刊されて、現在は岩波少年文庫で読むことができます。
イラストはウォルター・ホッジスの挿し絵がそのまま用いられています。

物語はファンタジーでありながらとても堅実な相を呈しています。各所で語られる戸外の景色、室内の装飾、美味しい料理の数々、動物の様態、そして主人公マリア・メリウェザーをはじめとする人物達はそれぞれの性格がはっきりと書かれていて存在感があります。
不思議な事にマリアが見たまぼろしの白馬まで実在のものであるかのように感じられてきます。
幾度もの鑑賞に堪える、折り目正しい伝統的なファンタジーとして、この作品は隠れた根強い人気を保っています。

〈あらすじ〉

父母を失ったマリア・メリウェザーは遠縁の又従兄弟を頼って、ロンドンからイングランド南西部、ウェスト・カントリー(デボン州)に移ってきました。メリウェザー家の領地は盆地で、一方に青い半月形にメリウェザー湾が開けています。
シルバリーデュー村の領主館であるムーンエーカー館には、ベンジャミン・メリウェザー卿が住んでいます。聖マリア教会の裏にはパラダイスの丘が広がっています。

このムーンエーカー館には言い伝えがありました。 代々現れる男性の太陽のメリウェザーと女性の月のメリウェザーが仲良くしている限り家は栄えるというのです。 
しかし夢のような世界にも暗い一面がありました。 その昔ノルマン征服王ウィリアムと共に海を渡ってこの地に封じられたノワール卿の一族との確執でした。

メリウェザー家の祖先ロルフ卿は良質の羊毛の取れるパラダイスの丘一帯の利権を欲しがり、黒ウィリアムと呼ばれたノワール卿の一人娘、月姫を政略結婚で娶りました。 それも、黒ウィリアムの死後領地を手に入れるためでした。
ところが黒ウィリアムに世継ぎの男の子が産まれたためメリウェザー卿の野望はくじけて、月姫への扱いも粗略になりました。

夫の本質を見た月姫は「月のしずく」という真珠の首飾りだけをもって、海からあがってきた白馬に乗ってどこへともなく走り去りました。 娘の思想を知った黒ウィリアムは姿を消し、その幼い息子もゆりかごの中で冷たくなって見つかったと言うことです。
 結局この事件に関係を持ったと思われる者は見つからず、ロルフ卿は悪事の黒幕とささやかれながら一生を送ります。
そして結局、月姫との間に生まれた息子がメリウェザー家を継ぐことになりました。

その後ロルフ卿の子孫とノワール卿の子孫と称する「黒い男」達は、ことあるごとに谷の主導権を巡って争そい続けてきました。この確執を終結させられるのは、矜持をすてて貧しい羊飼いと結婚できる月姫しかないともいわれて来ました。 しかし代々の月姫は些細なことで当主と諍いを起こしムーンエーカーを去っていくのが常でした。

図らずも当代の月姫となったマリアは、着いたその日から不思議な御者や、領地へ入る岩のトンネル、雄鳥や騎士の形に刈り込まれた曰くありげなイチイの木などに目を奪われます。 
マリアは塔の上の、本当に小柄な人しか入れない夢のような部屋をもらいます。天井には星で囲んだ三日月の彫刻があり、青い絹のかかったベッド、松かさとリンゴの木がかぐわしく香る暖炉、誰とも知らない人が、心尽くしのもてなしをしてくれたのでした。

会った途端に意気投合したベンジャミン卿は気のいい中年の男で、早速マリアに可愛い乗馬用の馬をくれて領地を案内してくれます。言い伝えのロルフ卿の飼っていたのと紛う、ライオンのような犬ロルフ、気のいい料理人マーマデュークと猫のザカライア。村の教会の情熱的な神父さん、岩屋に住んでいる妖精のようにすてきな女性ラブデイと息子のロビン、善人ばかりのほほえましい生活が始まります。

やがてロルフ卿の過去の過ちを知ったマリアは長年の争いをやめさせるべくロビンと共に黒い城に乗り込み、ノワール卿と直談判します。 そしてノワール卿が出したのは「月のしずく」を戻すこと、初代のノワール卿が殺されたのではない証拠をみせることという、ほとんど不可能な要求でした。 

やがて物語の糸が全て一所に収束して、マリアは古い井戸の保冷用のうろで「月のしずく」を見つけます。それを持ってノワール卿を訪問しますが、捕まえられそうになり、頼みの犬のロルフともはぐれて逃げまどいます。 
偶然逃げ込んだ大木の根本の穴の奥には海へ続く道があり、初代のノワール卿が夕陽にむかってこぎ出していったと言われる伝説のバイキングの船がそのまま時が止まったかのように残っていました。

証拠を見せられてもまだ疑うノワール卿に、マリアは海からあがった白馬を見せると約束します。マリアにも本当に白馬が現れるか確信はありませんでした。 しかし他に方法はありませんでした。
夜も明けようとする頃、乳白色の光と共に海から数百頭の馬が疾走してきます。一頭だけ残った白馬が二人の眼前で跳びはねて消えていきました。

マリアは翌日のお茶にノワール卿を招待します。 些細なピンクのゼラニウムの諍いで館を去った先代の月姫のラブデイをベンジャミン卿と和解させ、その昔恋人同士だった家庭教師のヘリオトロープ先生と老牧師がお互いをその人と分かり、黒い男達が大挙してやって来たとき十分なご馳走と飲み物が彼らを迎えて、物語は大団円を迎えます。


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