北陸新幹線建設問題を考える

                                                                  2003.12.14

北陸新幹線建設スキーム見直しをめぐる論議は混迷を深めている。一方、えちぜん鉄道・福井口駅−福井駅間の鉄道高架化問題は、沿線市町村が費用の1/3を負担することでようやく決着を見そうである。えちぜん鉄道の高架化では反対の理由に北陸新幹線がえちぜん鉄道の高架化部分のさらに上部である3階部分を走るようになると都市景観上好ましくないという議論があった。福井市の鉄道高架事業は、もともと当初の旧京福線の時点でも新幹線は3階部分を走る絵を描いておいて(その絵で沿線住民の立ち退きを要請している)、第三セクターになって県の負担が増えるからといって都市景観上好ましくないという理屈はあまりにも無節操・無思想・無責任な議論である。また、何年先ともわからない新幹線と今、地域の足として活躍する第三セクター鉄道を同列に比較する発想自体もはたまた疑問である。それほどまでに経営のことを心配しているなら、新幹線が開通し北陸本線の在来線が第三セクターになったときの収支計算でもしてみたらどうかと思うが、そのような議論はとんと聞いたことがない。

 

――北陸新幹線で福井・東京間は20分程度しか短縮されない

ところで、北陸新幹線が実現した場合の福井から東京までの所要時間を計算した武蔵野高校鉄道研究会のレポート「北陸新幹線の必要性に関する考察」があるので以下少し長いが引用しておこう。

「所要時間は最高速度によって変化するため、ここでは整備新幹線の当初の設計最高速度である260km/h(表定速度は240km/hで計算)、現在の新幹線の運転最高速度300km/h(表定速度は280km/h)、現在の新幹線車両の設計最高速度(500系)320km/h(表定速度は300km/h)、北陸新幹線が全線開業する頃には可能かもしれない350km/h(表定速度は325km/h)の4種類で試算したいと思う。

 ここで、少し事情に詳しい方ならご指摘なさるかもしれない懸案がある。それは、現段階で長野新幹線東京〜長野間の所要時間は、最速でも79分かかり、表定速度は170km/h程度にしかならない。その原因は主に3つある。1つ目は、東京〜大宮間に23分も要することである。これに関しては、この区間は線形も悪く、また沿線が住宅地であるので、これ以上のスピードアップは騒音が問題となるため、考えるべきではない。よって、この区間は現行通り所要時間23分として計算する。2つ目は、上越新幹線大宮〜高崎間で最高速度が240km/hに抑えられていることである。これはATCが未対応なだけであり、上越新幹線の設備であれば、これ以上の速度で走ることは十分に可能である。しかし、やはり古い時代の新幹線なので、300km/h(現在の山陽新幹線の運転最高速度)以上の運転は困難であると判断し、この区間は300km/h以上の運転はしないこととして試算する。3つ目は、長野新幹線の設備である。長野新幹線は、当面は短距離の新幹線であること、建設費の圧縮を要請されていたことなどから、従来の新幹線よりも貧弱な設備(追い越し設備が軽井沢にしかない等)で造られてしまい、現在は高速運転にはあまり向かない(軽井沢駅構内制限30km/h等)状況である。しかし本線の線形はよいので、少し改良するだけで十分高速運転することは可能である。しかし、改良するには費用がかかるので、ここでは、改良した場合と、しない場合の両方を掲載することとする。ただし、高崎〜軽井沢間は連続30‰勾配という特殊な条件であるため、改良した場合でも表定速度は200km/hとする。掲載するのは、高速タイプで、停車駅は、東京・大宮・長野・上越・富山・高岡・金沢・福井とする。

 

東京〜福井間        改良     未改良

260km/h運転   2時間38分  2時間44分  参考:新幹線乗り継ぎ米原

300km/h運転   2時間22分  2時間30分     経由特急「加越」

320km/h運転   2時間17分  2時間30分     最速3時間29分

350km/h運転   2時間12分  2時間26分

 」

 しかし、この算定結果は、最速列車での計算であり(さらに、長野新幹線は建設費を節約するため架線をシンプルカテナリ方式で建設しており、260km/h以下でしか運転できない)、現在の長野新幹線・東京〜長野間を85分で結ぶ最速「あさま」は1列車のみであり、通常の高崎、軽井沢駅等に停車する「あさま」は110分かかっており、最速列車より25分多くかかっている。しかも、長野−上越間も飯山トンネル付近の山間を通り抜けるので30‰勾配の箇所があり170km/h程度での速度でしか運転出来ない箇所がある。また、上越駅でJR東日本とJR西日本の管轄区域が分かれるので、ここで、運転手・車掌が交代することになる。したがって、福井〜東京間は試算の未改良時間の2時間44分を前提として、これに単純に現行「あさま」の25分プラス10分程度のタイムロスがあるとして、それをプラスとすると、ほとんどの列車は3時間19分以上かかる。これでは現状の新幹線米原乗り継ぎでの東京間の平均:3時間40分と比較すると約20分程度の時間短縮効果しかないこととなる。この程度では福井・滋賀県両商工会議所が提唱する米原駅への「のぞみ」停車で十分対応可能である。

 

――大阪・京都方面乗り入れは思考停止状態

 大阪産業大学の波床正敏氏・中川大氏の「北陸新幹線全通が旅客流動に与える影響に関する研究」によると、2000年3月現在の大阪・京都方面から北陸三県への運行本数と提供座席数は40本:26,500席となっており、越後湯沢乗り継ぎ東京方面からの20本:10,600席を大幅に上回っている。ただし、東京方面には小松・富山〜羽田便が28本:9,200席ある。この他、北陸三県から名古屋方面が16本:8,500席、北陸三県から米原が14本:3,900席となっている。

しかし、大阪・京都方面への標準軌道での乗り入れ方法は完全に行き詰まっている。若狭回りルートは亀岡市を通過するもので、京都にとっては何のメリットもなく、大阪市街地への乗り入れも膨大な費用がかかり現実性を欠いているからである。また、米原ルートによる東海道新幹線への乗り入れも滋賀県にとっては何のメリットもないから反対であるとはっきりと拒否されている。1999年段階では湖西線経由によるスーパー特急方式の現実論が当時の県選出国会議員、県議会・商工会議所などでも一時浮上していたが、2001年の糸魚川〜富山間を標準軌道でという見直し以降尻すぼみとなり、完全な思考停止に陥ってしまった。公共交通網は経済圏を相互にむすぶことを基本とする社会的共通資本であり、一方の経済圏を全く無視した形で線形を引くことはできない。まして、線形も引けないとなると、これは言いたい放題の無責任論以外のなにものでもない。

 大阪・京都方面への乗り入れは湖西線を利用したスーパー特急方式以外に選択肢はない。問題はどこからスーパー特急を走らせるかだけである。標準軌道が長野〜富山間で、石動〜金沢間の工事がスーパー特急規格で工事中である現状の工事状況から判断すれば、当面は富山からはスーパー特急方式とならざるを得ない。将来整備計画が変更され、金沢まで標準軌道が延伸されるとするならば金沢からでもよい。しかし、標準軌道が南越駅まで延伸された場合の福井駅始発(現整備計画での南越=武生駅は新幹線の車両基地であり、北陸線との乗り継ぎは福井駅でしかできない)というのはどうであろうか。南福井駅に大阪・京都方面40本、名古屋・米原方面30本もの車両基地を用意できるであろうか。標準軌道が敦賀まで延伸されれば、敦賀駅にはこの程度の車両基地は十分確保できる。しかし、敦賀駅までの北陸本線直流化は目前であり、これに滋賀県の琵琶湖環状構想と連動するならば、湖西線経由で大阪・京都までのアーバンライナーを走らせれば十分である。それではJR西日本は北陸本線というドル箱路線を失うだけで何の利益もないであろう。福井商工会議所の北陸新幹線調査研究(平14.10.20)によると、北陸三県と大阪・京都は919万人もの交流人口がある。また、名古屋方面とも696万人もの交流人口がある。福井県には放っておいても何らかの線形を引かなければならない。東京までわずか20分程度の時間短縮に、それこそ政治的時間を浪費する理由は何もない。

 

 

以下参考に、1993年に「自治研ふくい」に掲載した論文を再掲載する。

(参考)

199304「北陸新幹線問題」について(自治研ふくい)

T.北陸新幹線計画の現況・スーパー特急方式で整備へ

 福井県の高速交通体系・特に北陸新幹線については、今年度は昭和63年8月の政府,自民党の申し合せによる、いわゆる「5年後の見直し」の年に当たり、県では県内の着工優先区間の明示(福井駅から北陸トンネル北口までの34km)、南越駅・大阪間の駅・ルートの公表、小松・南越駅間の工事実施計画の認可をめざしている。

 ところで、新幹線の整備については、かつて「うなぎ」か「あなご」かという論争があったが、@現東海道・山陽・東北新幹線のように、標準軌道で標準車体を走らせるフル規 格方式、A山形新幹線のように、路盤を改良した現狭軌道の外側にもう本レールを敷設し、標準軌道とし、車体は狭軌道用のものを走らせるミニ新幹線方式、B現狭軌道の路盤を改良し、狭軌道用のスーパー特急を走らせる方式がある。

 北陸新幹線では、1991年、富山県が新高岡駅・金沢間で、在来線の存続問題に具体的に応える形で、従来のフル規格方式一本槍の姿勢を変え、スーパー特急方式で工事を行うことが決定した。高崎・長野間については既にフル規格で工事が始まってお、北陸新幹線では総延長約590km(高崎まで)で、軌道の異なった2方式による整備が行われることになるが、長野・糸魚川間はまだ、具体的にどうするかは決定しておらず、当面、現実的には1996年に開業予定の北越北線(現北陸線・犀潟から上越線・六日町間)をとおり、越後湯沢で上越新幹線の乗り換えていることと比較し、金沢・富山からはかなり時間短縮が図られることとなる。

 こうした全体的な動きに従う形で、1991年12月、県では福井・敦賀間についてスーパー特急で整備するように要望することとなった。公式の見解はどうであれ、この時点で、敦賀.大阪間の新幹線建設=若狭ルートという話は事実上消えた(湖西線利用により大阪と結ぶ)といえるだろう。

U.県内世論のズレと議論の方向性

  ところが、県内では、相も変わらぬフル規格方式=若狭ルート案が幅を利かせており、在来線の存続問題を含め、十分な議論がなされていない。スーパー特急では福井・大阪間 で10分ほどしか短縮できないので、投資の割には時間短縮のメリットがない。また、若狭の開発もできないと考えているからである。

 鉄道の建設は大規模な投資であり、その維持・補修にも相当の社会的費用が必要とされるが、鉄道輸送は自動車輸送と比較して大量輸送が可能であり、エネルギー・資源効率・環境影響から評価しても、重要な交通手段である。特に主要な輸送手段である自動車輸送が交通問題・大気汚染や人手不足、輸送の非効率性などにより行き詰まっている現在、鉄道輸送に新たな期待がかけられており、今後とも継続的な「改良」投資を行っていく必要がある。しかし、高速交通網は他県と結ばれて始めて効果を発揮するものであり、JRや他県が乗ってこないような県内「独自」の議論をいく、ら展開していても意味は ない。

 そこで、以下の論点に整理して地域住民を含めた議論を行ってはどうだろうか。

@公共交通網は経済圏を相互にむすぶことを基本とするものであり、一方の経済圏を全く無視した形で線形を引くことはできない。福井の場合、金沢や富山、大阪や京都、首都圏等を無視した線形は現実的ではないといえる。新幹線による県内の受益圏をできるだけ大きくしようという発想は、他の受益圏がそれを望む場合にのみ成り立つものである。

Aプラスの効果と費用の評価にばかりではなく、マイナスの効果と費用についても評価する必要がある。

 県の案では、福井・敦賀間の停車駅は南越駅1箇所であり、福井駅から南今庄までの並行在来線は第3セクター化する計画であるが、福井・南今庄間の11駅の住民は受益者になりうるのか、受益還元が無く一方的に土地占有を押しつけられることはないか。

B新線の検討区間は、目的に対して合理的な手段が選択されているか。もっとも効果が高く無駄の無い手段を選んでいるか。たとえば、福井から大阪までの短縮時間ばかりではなく、南越駅の場所は現武生駅から20分程度離れることになるが利便性はどうか。「北陸新幹線整備促進研究会」では、福井・鯖江間を在来線を利用し、鯖江から北陸トンネル北口までを新線とする案(第2案)も検討されたようだが、さらに複数の案を検討してもよいのではないか。

C第3セクターの安全性や保守はどうするのか。採算の問題をどうするのか。

D開発効果への非限定的で過大な期待はないのか。

E在来線のシステム・ネットワークを補強するという考えで新線を考えた方がよいのではないか(たとえば、フランスのTGVのような考え。)

F小浜へは、敦賀よりのアクセスを改良することが現実的ではないのか(リゾートラインは大阪・京都方面からのアクセスだけを考慮しており、名古屋・東京方面の考慮がない。実際の利用者はどうなのか)。

G以上を含めて総費用を算定し(その場合、過大な需要予測をせず、また、過小見積をせず、直接の建設費用だけではなく、社会的費用の内部化のための費用=公害防止費用や移転者への十分な補償等を含め)、建設後の収支予測をした場合どうなるか。

H「無いよりは有った方がよい」式の住民の素朴な感情を利用して、新幹線の建設をめぐって、金丸事件の様な公共投資の利権をあさろうとする悪い「期待」はないのか。

 日本の旧国鉄が破産したのは、もともと独立採算を旨とする公社に、政策的な要求を含め過大な社会資本投資を押しつけてきたからである。民営化された現在、過大な投資を期待するのはどうであろうか。

R最後に「議論」はベストではないにしても、よりよい方向を見つけだすために行うべきであり、この際「たてまえ」はやめるべきではなかろうか。

 

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