第3回  ちょっといって講座

「 均等法その後とパート労働」

柴山恵美子 女性労働問題研究家

1990年6月23日 於:福井県民会館

 

T.雇用機会・待遇の均等に関する世界の流れ

1.均等法5年目の状況と新しい対話の方向

 均等法は1985年に国会で成立し、翌86年に施行され、今年は成立5年ということになります。法律の中身を知らない状況から、法律の中身が少しわかってきたというところです。6月は均等法月間ということで、各県の労政課と労働省の婦人少年室がシンポジュウムを企画しましたが、必ず、シンポジュウムのパネラーに使用者団体・使用者の代表が入っています。労働対資本とか、労働者対企業とかいった形ではなく、意見が違っても同じテーブルに着いて、違った意見をそのまま出し合って、お互にそれを付き合わせてみることが出来るようになりました。日本の社会は今まで、労働団体は労働団体、使用者団体は使用者団体、女性は女性、男性は男性ということで分れていたわけです。交流したり、接点を探したり、相互乗り入れしたり、相互浸透したりということが欠けていました。行政が主催する場でそういうことが行なわれるということは、面白い事です。私たちはもっともっといろんなチャンスを利用すべきだし、そういうことによって、日本の社会で分れていたものを、お互に相互乗り入れしながら、それを超えたところで人間的な社会を作り上げていく必要があります。

 たとえば、なぜ、ペレストロイカかですが、ヨーロッパにおけるウーマンリブ運動と反核運動、エコロジーの運動などからゴルバチョフは学んでいるわけです。そういう学びの中から、自分たちの社会主義圏が立後れているもの、克服しなければならないものを感じとっているわけです。対立の時代から、対話と協調の時代になっているわけですが、対話の中で、多数派になれるかどうかは、こちら側の意見が正当であり、且つ説得性を持つかどうかということです。多数派形成の能力が対話をしていく中で問われるわけです。

2.地球的視点から日本の女性の地位をどう見るか

 私の基礎的な研究はイタリア研究・ECにおける女性労働の研究です。それの国際比較という意味で日本の研究もやっているわけです。いったい外国は日本をどう見ているかという発想が必要です。

 1988年にヨーロッパへ行ったときに、EC議会の委員とか労働組合のリーダーとかインタビューをしましたが、ショックを受けたことは、西ドイツのDGB(機械金属労組)が35時間要求を掲げてストライキをしました。1970年代まで、日本の産業界が好意を寄せていたのは西ドイツの労働組合でした。なぜかというとストライキは全然やらないし、対立を好まない組合と見られていたからです。一番嫌いなところはイタリアでした。その西ドイツの組合が2月のストライキを打って、37.5時間の労働時間を勝取りました。この要求は、何も西ドイツが突出しているわけではなく、ヨーロッパの労働組合がいっしょになって、ヨーロッパ労働組合連合を作っているわけで、その要求が35時間労働です。ミッテランが1980年代始めに政権を取ると、すぐ1時間短縮というのを上からやりました。政府の取れないところ、今、取っていないところは、労働運動で下から勝ち取っていく。可能性のあるところから突破しようということを、欧州連合は立てているわけです。公務員の一番長いのはイタリアで36時間です。1921年からそうです。だから、イタリア人は働かないといってものすごい攻撃が掛けられました。EC12ヶ国の中でイタリアは結構金を貰っているので、サッチャーなんかが叩くわけです。イタリアは警察にも組合があって、賃上げでストライキを打つわけです。

 DGBがストライキをやった時、街じゅうに「君たちが労働時間を短縮すれば東アジアのどこかの国が喜ぶぞ」というポスターが貼られました。ということは、日本という国はヨーロッパの労働組合叩きに利用されているわけです。私たちは知らなくても、そういう状況だということです。

 DGBのシュナイダーという技術部長にお会いしたんですが、局の組織が代わったというわけです。どういうふうにかというと、「労働の人間化局」になったというのです。ヨーロッパではよく言われたことですが、日本人は働く為に生きているのか、生きる為に働いているのかどっちだということです。たとえば、「年次有給休暇の取得率はどのくらいですか」と日本の労働組合の幹部が質問したところ、目を丸くして「それはいったいなんだ」と言われました。取得率などという言葉は世界にはないわけです。日本だけです。年次有給休暇を休ませなかった使用者は社会的制裁を受けて罰せられます。休まない労働者は村八分になってしまいます。

 均等法にしても企業の「努力義務」というのが非常に多いわけですが、「努力義務」などという国際法の言葉はありません。年休が取れない、休憩時間が取れないというんですが、「取れないのか」「取らないのか」ですが、「取れない」休ませてくれないのだというのですが、「くれない」族になってはだめです。何故、取らないのか、そこが問われてきています。本音のところで、私たちの暮しとか在り方が問われています。

 イタリアでは残業手当は100%です。労働組合の幹部も日曜日は働かないというほど徹底して家族重視です。アメリカのAFL−CIOでは残業手当は300%です。

3.1975年と「世界行動計画」

 雇用機会・待遇の均等に関する世界の流れ・地球的規模で人類史が目指している方向は、男女が職業と家庭と社会参加を人間らしく調和できるような職場・家庭・社会をどう作るかです。一口では「男女共生社会」といえます。

 なぜ、雇用機会均等法なのか、雇用平等法なのかですが、1975年は国際婦人年でした。これは、72年の国連総会で決めたものです。その5年前の1967年に女性差別撤廃宣言が国連で採択されています。さらに、その前年66年国際人権規約が採択されています。1948年に世界人権宣言が採択されています。この宣言に基づいて、国際法規として人権規約が採択されました。 なぜ、国連がそのような仕事をしてきたかというと、国連憲章の前文で、「我等連合国人民は、今世紀中、言語に絶する戦争を2回経験した。平和の為にこの惨害から子孫を救う為に国連を設置する。大国と小国の不平等、基本的人権、男性と女性の差別」があると戦争に繋がるとうたっているわけです。戦争の前に女性の職場進出があっても、戦争になると非常に保守的な思想が台頭してきて、「女性よ家庭に帰れ」という運動がものすごく起きてきます。戦争が実際に勃発すると、今度は「女よ銃後を守れ」ということで、工場とかで活用するわけです。このように男女不平等というのが戦争の原因となるなるということをきちっとうたっているわけです。

 女性の問題については女性の地位委員会というのも出来ています。ここで女性の地位について検討し、各国の労働運動・婦人運動と関連を持ちながら国連に提起していくわけです。女性差別宣言法は女性差別というものに初めて光を当てたわけです。その第一条で、女性差別は基本的人権の侵犯であるといっています。基本的人権の侵犯ということは、きわめてきつい規定です。75年に世界婦人会議を国連が音頭をとってしました。この時に、婦人の地位向上に関する世界行動計画が採択されました。社会・経済・政治・文化あらゆる分野に女性の地位向上に関する具体的な行動の計画です。そして、75年だけアドバルーンを揚げても向上されないので、76〜85年を国連婦人の十年として、行動を継続する。そして、一切の責任は各国の首相・大統領にあると定められたわけです。地球的規模で女性の地位向上がそれぞれの国を挙げて行なう枠組みになっていくわけです。

 79年には女性差別撤廃条約ができました。国際法として成立したわけです。 81年にはILOの家族的責任を有する男女労働者の機会均等及び平等待遇に関する条約(156号)・勧告(165号)が出ました。(条約は国会で批准すると国内の法律を改めなければなりません。勧告はもっと高い基準です。)家庭責任は男女にある、そして雇用に於いて男女平等であるためには、家事・家族サービス労働を軽減するようにしなければならない。それがなかったら、職場に於いて男女が平等に働く事ができないというものです。そのために、1日の絶対的労働時間の短縮、残業の暫時の削減、年次有給休暇の延長、週休二日制の拡大、出産休暇の延長、両親休暇(育児休暇というのは女性だからということで与えられていた休暇ですが、本来の育児は男女平等にする必要があるわけです。育児休暇は女性ならば誰でも出産するわけですから、全ての女性に国の法律で平等に与えなければならない。ILOの主旨もそうです。ところが、日本の均等法では、使用主が努力義務で企業が個々に導入を考えるということになっています。

しかし、この条約では、さらに一歩先の両親〔父親〕にも与えなさいといっているわけです。)、子供及び近親家族の病気の時の休暇、パート労働の保護(労働時間だけが違うだけで、その他は平等である。しかも、国際法では、パートは自発的パートタイマーでなければならないと規定しています。女性が働きたいときに、労働市場にパートしかないという状況を作ってならないということです。あくまでも本人の選択によってすべきである。もし、パートをしなければならないような背景があるとすれば、その背景がなくなったとき、フルタイマーを選択できる選択権を与えなければならないと書いてあります。)。これらが基本的原則です。

 さらに、社会的下部構造の充実を重視しています。鉄道・住宅・下水道・保育所など、家事労働を軽減するような箱物と人の手=公的サービス供給システムを地域社会の中に如何に作るかです。たとえば、両親休暇を導入したことによって保育所を減らすような事があってはならないといっています。

 その他に、有給教育休暇、最近、連合が言い出しました。ヨーロッパでは70年代に取組まれました。ILOでは70年代に国際法として成立させています。有給教育休暇の枠組みは、労働組合の教育、社会教育、職業教育、この3つでありさえすれば有給で教育を与えられるというものです。技術革新が現在の様に進んでいるときには、有給休暇の教育というのはものすごく大事です。じぶんが、学校で得た知識、持っている知識というものが短縮してきているわけです。ワープロだって付加部分が出てきて半年毎に替わってしまうわけです。どんどんと変って行く。技術革新の速度がものすごいわけです。だから、昔のように工学部をでたからという勲章で、一生その仕事を続けられないわけです。職業転換もすごくある。若いころやっていたことより好きな事がでてきたら、教育を受けてもう一回替りたいというような、人生選択の多様化もでてきているわけです。だから、こうした休暇を労働協約なり社会的なコンセンサスとして形成していかないと、日本の労働者は現実の労働に対応できなくなる。

 この法律の成立によって、1965年の家庭責任を持つ女性に関する勧告は廃棄されました。家庭責任は男女にあるということが、国際法上打出されたわけです。これは革命的なことです。

 1982年に女性の参加宣言が国連で採択されています。その第一条では、世界平和は男女が平等に政治・経済・社会・文化に参加しない限り保たれないといっているわけです。そのためには、家庭に於いて家族的責任を平等に分担しなければできない、と言っています。とくに、意志決定組織(労働組合とか町内会とかPTAとか)、政策決定組織(行政とか政党とか議員)に女性を送り出さなければならない、そうしなければ社会は変らないとしています。

4.西暦2000年への女性の地位向上の為の「将来戦略」

 1985年には10年間の総括を行なっています。10年間で変化した事は、女性の意識がものすごく変ったことです。女性の職場進出が拡大したことです。しかし、1945年以降女性が獲得してきた地位が奪われる傾向にあるといっています。したがって、今後も行動を継続しなければならない。2000年まで運動を続けようといっています。重点は労働に於いては雇用に於ける平等、両親休暇です。そして、パートタイマーの保護です。世界的に増大の傾向にありますが、これは搾取をする1つの形態として表れているといっています。

 81年の女性差別撤廃条約の中で、雇用に於ける平等謳われていますが、ILOが既に雇用・職業に関する平等条約を出しています。女性は看護婦・保母等が多い、男性はたとえば歯科技工士等が多いが、その職業に就くための試験や勉学の機関はほとんど変らない。なのに、女性が多い職業では賃金が安い。それは、女の仕事、男の仕事と分れているからです。職業に於ける差別禁止はは、自営業・家内労働など工場の中で行なわれるべき労働が安く行なわれるので外へ出して行なわれるものです。イタリアなどでは、民法を改正し、こうした職業も従属労働とし、仲介業の禁止を行ない、工賃を工場内での同じ仕事あるいは同類の仕事の労働者の賃金と同じとする。この工賃は賃上げの労使交渉の対象とすることになっています。

 女性差別撤廃条約は、批准したら国内法を変えなければならない。しかも、批准国は女性差別撤廃委員会を作らなければならない。批准国はレポートを上げることが義務づけられ、上げたものは点検されるわけです。日本が国内に於いて女性をどう扱っているのか、法制はどうなのかということは、絶えず国際的な監視の元にあるわけです。国内的な枠組みを越えて、普遍性を持った力学が動く時代に移っているといえます。

 たとえば、EC統合の問題ですが、12の国がそれぞれ政府も議会も持っていながら、欧州議会という議会を持っています。EC委員会と言う行政機関も持っています。そこで、EC指令というものを発令して、どこの国の法律がどうであろうと、各国になになにしろと降りてくるわけです。国を越えた力学が働いているわけです。女性については、75年の同一賃金、76年の平等の指令の他、母性保護、社会保障などが出ています。イギリスのサッチャーが反対していて指令としてまだ出せないものに、両親休暇があります。これまでは全会一致制を採っていたわけですが、85年の合意によって、多数決制を採ることになりました。イギリスを除く各国は両親休暇制を導入しています。それから、家族理由休暇(家族に対する理由が在れば、一括してそれで休める休暇です)、冠婚葬祭、病気、学校訪問休暇(ギリシャ)なども家族的責任の両性分担の立場から、男女いずれかが取っていいわけです。学校訪問休暇などは1子につき年間6日あります。

U.どこまできたか、機会均等

1.日本の女性の地位にものすごい国際的関心が

 日本はECの労働者に比べて500時間も長く働いているといわれますが、その500時間の中身はいったい何かということです。ECでは年次有給休暇が5〜6週間にも増えています。完全に休みが取れているということです。有給教育休暇は労働協約によって取られています。産前産後休暇は多いところで半年あります。育児休暇(両親休暇)、家族理由休暇等の組合せの中で500時間が出てきているわけです。単に残業するかしないかの問題ではないわけです。日本の国も世界一の経済大国で、日本の作った品物が世界中を蔽っているわけですが、そのことは、私たちが知る知らないにかかわらず、外国の人達は日本のことを知っているわけです。そのことのなかで、労働時間の長いのが叩かれる、家を持てないのが叩かれる、社会的投資が少ないといって叩かれるわけです。私たちは自分たちの地位がどれだけ国際的に大変かということを知らないわけです。国際的には日本の女性の地位をめぐってものすご関心が集っています。

2.男女の均等な機会・待遇の確保の為の措置

 では、日本の均等法はどういうものかというと、募集及び採用は事業主の努力義務、配置・昇進も事業主の努力義務です。努力義務というのは国際法では言葉すらないわけです。禁止規定に変えていかなければなりません。教育訓練、退職解雇は禁止ですが、罰則規定がありませんので有効性が薄くなる。

 均等法成立前から、この均等法を避けたいということで、銀行、証券会社を中心にコース別人事制度を導入しました。一般職(事務のみ)、総合職(いままで男性がやっていた職務で昇進昇格がある)というように、本人が選択するという形を採っているわけです。総合職は転勤があるなどといわれると、本人は家庭や結婚が在りますから、一般職を選択せざるをえない状況におかれるわけです。これは雇用差別であり均等法の精神に合わない。

 どのくらい均等法が定着したのかということですが、1番間口が開いたのは、募集採用と定年です。募集は男子のみということはやらなくなりました。採用となるとちょっと問題があります。最後の選択は密室で行なわれるからです。結果的に女性が成績が悪かったといわれれば、どうしようもない状況なわけです。諸外国では、クウォーターシステムをしています。ようするに女性の枠取りです。1/3、公務員のところでは特に社会的責任があり、先行しなければならないとしており、ヨーロッパやアメリカでは公務員の1/3は被差別者に与えなければならないとしています。ヨーロッパではだいたい女性の為に取るわけですが、アメリカでは人種のるつぼですから、有色人種・女性の為に取るわけです(アメリカの雇用平等法は黒人解放運動とウーマンリブ運動が合体して1960年代にできた法律ですから)。イタリアでは採用の決定の場に労働組合が同席するという方法を採っています。

 これからの問題は配置・昇進、研修、人事考査、賃金です。これらは、まず外国等の問題も研究しながら論議していく必要があると思います。職場の中で専門職として雇われながら、お茶酌みをやって30個の茶碗を洗ったかどうかではなく、専門の職に於いて評価し、評価される関係を作っていかなければなりません。差別された場合どうするかですが、苦情処理機関を労使で作りなさいとなっている。労働側、使用者側代表も女性の代表を入れ込む必要が在ります。企業の中でできない場合は、労働省の婦人少年室など外へ出す。それでもという場合は、調停委員会に掛ける。これも、外国の様な雇用平等委員会に権限を強める必要があります。

3.女子労働者の就業に関する援助措置

 女性が雇用を続ける為のいろんな援助の1つが再雇用制度です。妊娠、出産育児のために会社を辞めるということはこれまでいくらもありましたが、辞めてもまた今の会社に戻りたいと意思表示したら、戻れるという制度です。こうした制度を企業の中に作ってもらう。国ではこの制度の普及の為に女子再雇用奨励金を出しています。1企業当り、1人につき、中小企業は30万円、大企業は20万円です。育児休業も努力義務ですが、育児休業奨励金が出されており、1企業に対し最初に申出た女性があった場合、中小企業には60万円、2年目は40万円、3年目以降は20万円です。大企業の場合は45万円、2年目35万円、3年目以降は15万円です。これらは私たちが出してきた税金ですから大いに活用する必要があります。

 両親休暇ですが、男女が休めるように国の法律として制定する。社会保障制度として保証する。そうすれば企業もしやすい。

 看護婦が足りない、助産婦が足りないという状況が高齢者社会となって出ています。育児休業助成給付金というのがあり、休業した女子労働者1人当り8600円と定めています。今年の春闘では電機労連などが育児休暇制度をそうとうかちとっていますが、1年が大体標準で、無給ですが、休んでいる間も社会保障を納めなければなりませんので、社会保障ぐらいは企業が出すという形です。私は、これに加えて戻るときに戻れないような環境においてはならないと思っています。西武デパートでは300人の再雇用対象者のうち戻ってきているのは30人で正職員は2人であとの人はパートです(これはいつでも正職員に切換えられます)。問題は1割しか戻ってきていないことです。商品か変っていく、現場が変っていくとそれについていけない。月に1回程度は職場に出てきてもといた現場の上司から最近の状況を聞いたり、組合もまた組合の新聞を送るなりしながら、現場から離れない形を配慮していく必要があります。 同一労働同一賃金の問題はパートの問題がからまっておりほとんど改善していません。

V.人手不足とすすむ女性労働の戦力活用

 女性労働を取巻く状況ですが、女が強くなったといいますが、何故そうなのかというと、経済を担う比率が高くなったからです。15才以上人口の50%が労働力に変りました。労働力率の上昇が特徴です。1975年以降の上昇は特にそうです。労働力人口に占める女子比率は40%です。日本経済の4割を担うまでになったわけです。労働力率を年齢階級別に見ると、M字型になります。中断再就職型といえます。男は台形型です。このボトムの層(26才〜35才)が競り上がって来ています。それが50%を超えています。世界中が注目していることです。1つは元の様に戻る。2つは現在の様な状態で留る。3つは台形型になるという仮説があります。私は台形型にいくと予測しています。なぜなら、労働力不足になるからです。

3.世界のパートタイム労働の方向

 女子雇用労働者が増えており、家庭の主婦が減ってきている。そして、84年に逆転して女子雇用労働者が多くなった。88年の統計では137万人も増えています。専業主婦が小数になってきています。女子雇用者の7割が既婚者です。低学歴・若年・未婚・短期型から高学歴・既婚・継続型となってきています。女工哀史の時代と比べても、問題が複雑で辛くなってきています。今の人達は家庭があって働いているので、たいへんな状況が起きているといえます。

 女子短時間労働者が増えています。4人に1人が短時間労働者です。統計の取り方にもよりますから、約800万人がパートとかそれに類するもです。女子労働者の増加率より短時間労働者の増加率が多くなっています。就業形態における男女構成比ですが、出向社員は男子が多い。しかし、派遣労働は女子が多い。パートは圧倒的に女が多い。臨時日雇いも女が多い。4割も経済を担いながら、不安定雇用で労働時間が長いということが起きています。

 平日のパートの妻と正職員の妻を比べた場合、家事ではパートの妻が5時間と長いが、正職員の妻は3時間31分、夫はわずか8分です。男性並みに女性が活用されながら、家へ帰ってきたら家事家族サービス労働を、専業主婦がやっていたと同じ形で全部働く女性が処理しているということです。国際法の考え方は、家事家族サービス労働というのは、明日の労働力再生産をする社会的有用労働と位置付けしています。この労働時間をプラスして考えれば、男性と女性とではどっちが余計働いているかです。日曜日は夫が少し手伝いますが59分です。女は5時間22分です。職場で同じ物を要求され、家庭では余暇時間などの自己啓発の時間がほとんどないということは、非常に差別が固定化されます。

 年間実労働時間の推移ですが、1975年以降増えています。結局、残業が増えているわけです。ヨーロッパ諸国では残業は男でも2時間の歯止めがかかっています。超過勤務は50%増しです。 女性の労働が不安定化、多様化しているわけですが、パートを人生選択の1つとして豊に位置付けていくことです。正職員からパートになれる、パートから正職員になれるという選択の自由を定めるべきです。諸外国では、パート労働者の比率は正規労働者の1/2です。残業禁止です。その他は全く同じにしなければなりません。労働組合への参加、役員への立候補の権利も保証されています。パートを導入する場合は労働組合の同意なしにはできませんし、どこの部署に何人、どういう仕事に入れ、労働条件はどうかということまで決めます。ヨーロッパでは労働協約で10%までしか認められません。先頭を切ったイタリアの法律案では、60才以上の人、職業生活35年以上続けた人、小学校に上がる以前の子供を持った男女、本人が身体障害者・家族に身体障害者がいる場合はパートになれるというものです。なる時は自発的に申出てなる。正職員を2年やったらパートになる権利が生じる。パートを2年やれば本雇いに戻れる。というものです。日本の社会は選択肢がものすごく少ないわけです。子供ができた・辞めるかどうか、年をとった・辞めるかどうかと、いつもその状態です。雇用から離れずに、時には育児休業制度を使い、時には再雇用制度を使い、時にはパートを使いして選びながら生きていける、職業と家庭とが調和できるようにしていく方向に社会そのものを変えていく必要がある。

4.出生率の低下と気持ちよく働ける職場づくり

 1989年の出生率の統計が厚生省からでました。1.5人です。労働省は80年代は低迷しても上へ揚がるだろうと考えていました。若年層と高齢者層のクロスの線が平成12年くらいに来るだろうと予想していました。ところが、1990年代半ばで来るということでものすごい危機感を持っているわけです。労働力の構成からみると昭和63年が太い線、平成22年が細い線です。ところが、出生率の低下によって、女性及び65才以上の高齢者を労働力に組入れなければ、日本の経済が3〜4%の成長率を遂げることができなくなってくるわけです。最近、近所でものすごく繁盛していた店が閉店しました。理由はパート、アルバイトが集らないからで、しかたなく、家族で24時間営業をやっていましたが、過労死するということで閉店してしまいました。人手不足がものすごく、今年は女子をどんどん採用する傾向ににあります。それから、今の若い人は会社を選ぶのに、有給休暇どのくらいあるか、週休二日制はあるのかどうか、再雇用制度があるのかどうか、介護休暇があるかどうか、育児休暇があるかどうかということでしています。労働組合が要求する前に、企業では取組んでいるわけです。自分たちが働きやすい状態を作るのに要求を出しやすい状況なわけです。人手不足は若年男子なわけです。既婚女性、中高年男性はいらないといっていますが、その人達が気持ちよく働ける職場を作らなかったら、その企業が生残れなくなっています。労働組合の方がものすごく遅れています。年次有給休暇を取らないような社員は無能者だというように経営者も変ってきているわけです。7割が第三次産業で働くようになってきていますが、第三次産業は土地や工場が財産の時代から、人が財産の時代になってきているわけです。

 橋本大蔵大臣は女が高学歴化したから出生率が下がったといったところ、外国の女性記者が怒って、それは日本政府の見解かと詰寄られました。それから、中絶のできる期間を24週から22週に切替るなど、女の責任において何かをやらせようとする。スウェーデンも出生率が低下しましたが、長い休暇などを整備したことによって出生率が上がってきています。女性の労働力なしには日本経済の歯車は回らなくなってきたのです。

5.男・女の職業・家庭・社会参加の人間らしい両立・調和に向って

 産業ロボット1台で生産力は5倍になるわけです。OA機器の場合6割の向上があります。それならば、賃金が5倍になる可能性があるわけです。労働時間が1/5になる可能性を持っていたのではないでしょうか。1975年から技術革新が進んだのにもかかわらず、労働時間が延びてきたということは、いったいどういうことか、ということが問われています。ヨーロッパでは職場にコンピューターが入ったら、労働を人間化して、より働かなくて賃金をあげましょうということで35時間制を実現しているわけです。なぜ外圧が強いのかということは、日本のこの産業構造が問われているからなのです。日本の社会は生産力の増大が本当に労働者や国民の生活を豊にする為に還元されなかったわけです。この異常なる構造が問われているわけです。

 

・・・講師のプロフィール・・・

 柴山恵美子  女性労働研究家 評論家

 長野県信濃町出身。高校教師、新聞記者を経て、女性労働問題の研究生活に入る。著書に「女たちの衝撃ーコンピュータは女の働き方をどう変えたか」「ME革命と女性労働」「女の人権と性」、訳書に「イタリア婦人解放闘争史ーファシズム・戦争との苦闘五十年」等多数。