環境ホルモンとは?
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最近マスコミでも盛んに取り上げられている「環境ホルモン(内分泌撹乱物質)」の定義は定まっていませんが、1997年2月にアメリカで行われた会議では、『生体の恒常性、生殖、発生あるいは行動に関与する種々の生体内ホルモンの合成、貯蔵、分泌、体内輸送、結合、そしてそのホルモン作用そのもの、あるいはクリアランス、などの諸過程を阻害する性質を持つ外来性の物質』(環境庁資料の訳)とされました.
特に問題になっている新たな脅威は、生物の存続を危うくする生殖や発育への深刻な影響です.生物の種類によって表れる障害は異なりますが、雌では性成熟の遅れ、生殖可能齢の短縮、妊娠維持困難・流産などが見出され、雄では精巣萎縮、精子減少、性行動の異常等との関連が報告されています.
具体例を列挙すれば、アメリカのアポプカ湖ではワニの雄の生殖器が小さくなり子ワニの数が減少(農薬DDTとその誘導体が原因)、イギリスのある川では魚に雌雄同体が多数発生(洗剤に関連するノニルフェノールが原因)、世界各地のイルカやアザラシの大量死(PCBが原因の一部と考えられる例があります)、日本でのイボニシなどの貝の雌の雄化による繁殖低減(防汚剤として船底用塗料に含まれるトリブチルスズなどが原因)、等々で各地域独特の弊害があぶり出されています.
人間についても例えば精子数の減少が指摘され、デンマークでは1938年から1990年の間にほぼ半減というデータが示されました.この報告には反論と支持が出されましたが、他の国でも類似のデータが示され、動物実験での確認例もあって減少傾向は否定できないようです.日本でも、若者34人の精子濃度等の検査で、世界保健機関の基準を満たしたのが1名だけという報告がありました.
また、胚や胎児の段階での環境ホルモン暴露の影響は大きく、事故などで高濃度に曝されて生まれた子どもには、成長の遅れや行動上の問題が指摘されています.あとで述べるように、環境ホルモンは極めて微量でも作用するため、とりわけ様々なホルモンが重要な働きを示す胎児・乳児の時期に摂取した影響が、成長に伴ってあるいは次世代にどのように発現するのか、長期的な調査が必要です.
環境ホルモンの作用は、以下のように考えられています.生物のからだの中で正常なホルモンは、発生や発育などの諸段階において適宜特異的な生理活性を示します.ホルモンレセプターを刺激して遺伝子を活性化し、必要な生体反応を起こすのです.いわば細胞という工場のラインを動かす、スイッチの役目を果たしているわけです.ところが環境ホルモンは、レセプターに対してホルモンと同じような働きをして、不必要なときに工場を稼働させたり、正常ホルモンの働きを阻害して必要なときに工場が動かないようにしてしまいます.この結果、不要なものが過剰にできたり、必要なものが不足して、生体の正常な機能が果たせなくなります.中でも問題なのが、エストロゲン(女性ホルモンの一種)と類似した作用を示す化学物質が、エストロゲンレセプターと結合してタンパク合成を引き起こしたり、他のホルモンバランスを乱したりすることです(ホルモン類似物質).男性ホルモンのレセプターに結合して、男性ホルモンの働きを阻害するものもあります(ホルモン遮断物質).
環境ホルモンはこのように"スイッチ"のようなものですから、他の毒性に比べて極めて低い濃度で影響が表れます.この問題について世界中に警鐘を鳴らしたコルボーンらの著書「Our Stolen Future」ではそのことを、『タンク車660台分のトニックに、ジンを1滴たらした量』と表現(長尾力訳の翻訳版「奪われし未来」による)しています.また、生物濃縮(例)が大きな意味を持つことから、食物連鎖の上位のものほどその影響が顕著と考えられています.
もともとホルモンは、必要な時期に(早過ぎず遅すぎず)必要な濃度で(多過ぎず少な過ぎず)存在して、はじめて正常な働きをするようにできています.これは、生物が極めて微量な化合物を、繊細にコントロールしてその機能を維持するシステムを築き上げてきたこと物語っています.環境ホルモンの問題は、その生命システムを根幹から揺さぶる重大なものなのです.
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