16d 農業ITセミナー

2002.11.16 Sat. 11時頃 110教室

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土壌分析とトレーサビリティについて

石井工業株式会社

戸井田秀基

toita-h@ishii-ind.co.jp

[プロフィール]

1974.3 金沢大学工学部土木工学科卒業。

1974.4 久保田鉄工(株)本社システムエンジニアリング事業部 入社。

1990.12 石井工業(株)技術開発部長として 入社。

1993.5 石井工業(株)技術開発部を分社独立、(株)テクノイシイとして設立。常務取締役として就任。

1997.5 石井工業(株)常務取締役に就任。

[講演に当たって]

石井工業(株)にて、選果機の新規画像システムの構築に従事する傍ら、現代農業における問題点の打開策として、下記のシステムの構築に奮闘している。

@ 消費者への公開に関するトレーサビリティシステム

産地が出荷する野菜、果実はすなわち、国民の食に他ならない。現在、世界から日本へあらゆる野菜、果実が出荷されている現状に対し、食の安全性が根本的な緊急課題になっている。今が逆に、産地がその安全性について世界との差別化を構築すれば価格優先の市場から、やはり安全な日本の農産物というブランドが構築できる最大のチャンスとも言える。

このチャンスを生かす方法として、消費者に対して産地が生産情報を「公開する」という概念を実現し、消費者とともに共生する事を何としても根付かせる事が、産地活性の重要課題であると考える。

A あらゆる農法の科学的根拠を持たせたトレーサビリティシステム

農業が、天候という次元で科学的根拠を持ちにくいでいる事から脱却する手法として、まず土壌を解析し、その生産結果(選果結果)にフィードバックし、より科学的な情報化を実現できるためのトレーサビリティシステムを構築する。

[講義内容]

最近問題視されている農作物の残留農薬・食品表示虚偽問題等により、一般消費者は農作物への安全性について高い関心を示している。

これらの問題に対し、農作物の残留農薬の計測、土壌分析、栽培履歴等の情報公開を行う一連のシステムを提案し消費者への安全性の公開について考える。

1. 土壌分析の意義

 

1.1 背景

近年、過剰な化学肥料や農薬の使用から土壌汚染が問題視されている。また、消費者の安全性への気持ちの高まりから無農薬野菜が注目を集めており、今後、農作物や土壌の安全保障が必要となってくると予想される。

 

1.2 ミネラル農法と土壌分析

このような背景より、化学肥料や農薬を使用しないミネラル農法が話題となっている。

ミネラル農法とは、土壌中に植物の生育に必要な微量ミネラルを補足し、植物本来の活性を高め、化学肥料や農薬に依存しない安全な作物を生産する農法である。

植物の生育には主に窒素、燐、カリウム、カルシウム、マグネシウム、硫黄、鉄、亜鉛、銅、ホウ素、モリブデンなどの微量元素が必須である。また植物は光合成生物であるが、夜間は酸素を必要とするため土壌のふくよかさ(通気性)が要求されており、農薬や化学肥料を使用せずに農作物の品質を向上させるためには、これら諸要素の数値化が必要になる。

土壌分析方法としてX線を利用したX線回折分析とエネルギー分散型蛍光X線分析などがある。X線回折分析は、物質の結晶構造を明らかにするもので、試料にCu K_線やMo K_線などの特性X線を照射して、その反射から得られたピークプロファイルを分析して結晶構造の解析をするものである。

土壌の無機固体成分のうち、最も微細な粘土部分は、土壌の水分・養分保持力、易耕性などに大きく影響する要因であるが、その特定はX線回折分析によってのみ可能であり、土壌科学における不可欠な技術の1つである。

これに対してエネルギー分散型蛍光X線分析は、従来の化学分析に替わる手段として登場したもので、X線管から出る一次X線を試料に照射することによって試料から発生する含有元素特有の二次(螢光)X線を分光して、その波長、強度から、特定元素の定性、定量分析を行うものであり、土壌中の有害元素、植物体の欠乏養分の把握などに、特に威力を発揮するものと思われる。

再現性のあるミネラル農法を行うためには、土壌の諸成分の数値化が必要であり、今後、簡易的で安価な土壌分析装置の開発が要求されると思われる。

 

2. 残留農薬問題へのアプローチ

 

2.1 背景

中国では野菜の残留農薬のために中毒事故が多発しており、香港でもブロッコリーを調理して食べた家族が中毒になり入院した。

また最近、冷凍ホウレンソウを中心に中国産の冷凍野菜に高濃度の残留農薬が確認される報告が相次ぎ、スーパーなどが店頭から撤去したり、飲食店が使用を自粛するなどの影響が各地に広がっている。この様な事から消費者の安全性への気持ちが高まり、農産物の残留農薬検査を求められるケースが増えているようである。

 

2.2 残留農薬の検査方法

農作物の残留農薬の定性及び定量は主に、GC(Gas Chromatography:ガスクロマトグラフィーGC)や、HPLC(High Performance Liquid Chromatography:高性能液体クロマトグラフィーHPLC)などの装置があり、目的残留農薬に合わせてGC、HPLCともに用いられている。

また、最近では残留農薬の測定にイムノ・アッセイ法が用いられるようになった。イムノ・アッセイ法とは農薬の種類ごとに抗体を用意し、抗原となる農薬と結合させ、抗体にあらかじめ結合させておいた酵素により発色反応を行い、発光量から残留農薬の濃度を数値化する方法である。

全国に先駆け、埼玉県のJAふかやでは、この方法を用いて残留農薬濃度を測定し、検査結果をHPにて公開している。今後、各農業機関などは、JAふかやの様な農作物の安全保障を消費者から要求されると思われ、土壌分析同様、簡易的で安価な残留農薬測定装置の開発が必要とされる。

3 種々の分析方法と今後の課題

「残留農薬基準」とは、農産物に残留する農薬量の限度として厚生労働大臣が定めており、これを超えるような農薬が残留している農産物は販売禁止等の措置が取られている。この様に残留農薬に関する規定は厳しくなってきている。しかし、GCやHPLC、イムノ・アッセイ法などで農薬自体の検査は行われているが、大気中にて分解された農薬分解物の毒性試験、定性、定量は行われていないのが現状である。また、農作物の残留農薬検査は行われているが、農作物が生産された土壌の検査は行われていない。

消費者の安全性への気持ちの高まりから農薬自体だけでなく、農薬分解物の安全性を確認する事、化学肥料や農薬からの土壌汚染を防ぐ事が必要になるであろう。また、消費者の信頼を得るためには、一連の農作物の流れを管理するトレーサビリティシステムの構築が重要視されると思われる。


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4. Webを利用したdiscloseシステム

4.1 食卓のブランド化

現在の社会情勢の中、食品・農産物の安全性と、その表示への信頼性について深く考え直す必要があり、組織立った体制作りと、信頼性の高いシステムの確立が早急な課題と言える。

 ここで、これからの消費者が、食品・農産物と流通事業者に求める重要項目について列挙する。

・ 食品の安全性

・ 表示の信頼性

・ 流通過程の明確化

・ 必要とされる詳細情報の添付

・ 幅広い情報公開

また消費者の購買傾向は、産地や食品添加物、原材料といった内容重視へと変わりつつある。勿論これまで通り、食品の美味しさや鮮度には敏感であり、少々高くても安心と信頼の高い、ブランド食品への関心が高まっていると言える。

4.2 安全公開のシステム化

消費者の安心と信頼を満足させる体制作りとシステム化について、

・ 法律や行政指導

・ 正確な検査

・ 誰でも利用可能な情報照会システム

の整備が特に重要課題であると考えられる。

 この課題に対して、トレーサビリティシステムが近年脚光を浴びている。このトレーサビリティシステムとは、商品の生産履歴を追跡する仕組みであり、農産物の栽培履歴から、流通過程に至る情報を付与し、消費者に安全を公開するシステムである。

一連の牛肉問題に対して、福岡県とJA福岡中央会がトレーサビリティのモデルシステムを構築しサービスを開始している。また、JAふかやでは、ネギ、ホウレンソウ、キュウリの残留農薬の自主検査を行い、その結果をホームページ(HP)で照会できる全国初のシステム化を進めている。これらは、生産・栽培・農薬等の各種情報を、商品についたID番号を利用してWebから照会できるもので、広く普及したインターネット網を有効に利用した安全公開システムの先駆けと言える。

4.3 イシイトータルトレーサビリティシステムの提案

これらのシステム化は、非常に大がかりなものが予想される。また、付与される情報が信頼できるものであるためには、生産者レベルでのシステム化は極めて困難である。よって、全国のJA殿や流通・加工業者が中心となり、行政を交えた体制作りが重要になってくると考えられる。特に、生産者と市場を結ぶスタートラインに位置するJA殿が、情報の取りまとめを行うことで、信頼性の確立と、産地ブランド化との両側面からのアプローチにつながり、今後の農産物販売促進と日本農業の生き残りにおけるキー項目の一つに位置づけられてくる。

さらに、消費者が望むより多くの情報を付加するためには、高度なセンシング技術も重要になってくる。弊社は、JA殿が生産者から請け負う、集荷・選果・出荷にわたる一連作業を機械化し、全てコンピュータで管理するトータルシステムを提案している。特に、果実の糖酸度をはじめ、傷や病害等のセンシング技術の開発に力を入れており、信頼性の高い計測データに基づいて選別された農産物に、生産者情報や栽培園地情報、残留農薬情報や、栽培管理履歴情報といった種々の情報を付与して出荷する総合システムの確立を目指している。さらに、これらの農産物に対して、市場や仲卸といった各流通業者で履歴情報を追加していくデータベースを構築することで、消費者は全ての流通過程を追跡することが可能となる。

また、このシステムでは、単に消費者が履歴を追跡確認するだけでなく、中間業者や、生産者が流通過程を追跡できる相互トレーサビリティであり、万が一のリスク管理能力や、市場動向調査、消費者の声をオンラインで結ぶといった種々の要素をもつものとなる。

イシイでは、簡易かつ高精度な分析・検査装置の確立と、上に提案したトータルトレーサビリティの構築により、信頼ある安全な食卓を守ると共に、農産物の生産性向上、国内農産物の消費拡大へとつながる、農業社会貢献を第一の目標に掲げている。

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