バリ島ツアーその1  2016.11




     ――バリ島旅行――

   バリ島へ
 
 娘がバリ島で結婚式を挙げるという。何年振りかの海外で、バリ島へ行くことになった。海外は、10年以上前のハワイ以来だ。感覚が完全に鈍っていて、直前になっても準備がままならない。トランクに荷物を積めたのは、二日ほど前の週末だった。考えてみれば、洗面用具と替え下着、衣類を2,3種類持っていけば用が足せる。あとは、旅行社からのチケットや日程表、それにほどほどの日本円があれば十分だ。支払いはクレジット中心になるので、カードとパスポートは当然必須品である。
 当日は、駅からサンダーバードで新大阪、そこからは関空行きのはるかに乗り継いだ。昼に自宅を出て、夕方には関空のホテルに到着した。バリへの出発は11時なので手続きは9時前から、当日の朝出ても間に合わない。少々お金はかかるものの、空港内で一泊するのも悪くなかった。
 航空会社は、インドネシアのガルーダ航空。300人定員のエアバスであった。室内は、2,4,2の配列で、窓際にペアで取ることができた。客室乗務員はほとんど現地のインドネシアの人で、一人は日本人のようであった。制服は鮮やかなオレンジ色と深い緑。どちらもインドネシアをイメージする印象的なものであった。機内食は日本食とインドネシア食。我々は迷わず後者にした。米と煮込み料理、それにパック物であったが、明らかに日本とは違う味付けである。異国情緒を感じさせるものであった。飲み物はビールを注文した。缶入りのインドネシア製のビンタンという銘柄であり、少々苦みが気になったが口に合ったものであった。その後、バリへ入ってもずっとビンタンビールばかり飲むことになった。
 バリのデンパサール空港へは約7時間の空の旅。機内食の後は、じっと我慢の時間であった。外を見ても、海洋の上では何も見えず。フィリッピンやボルネオ島が見えるはずであるが、雲がかかって何も見えない。機内には個々にディスプレイが付いていて、ミュージックやビデオが楽しめるだが、英語ばかりなので分からず。カーナビのような航空機の位置を示す画面と情報ばかり見ていた。高度は1万メートル以上、地上とのスピードは800キロから900キロ。外の気温はマイナス50度で飛び続けていた。この高度になると天気は安定しており、特に問題になることもない。窓からの紫外線が強く目にまぶしいものある。外を凝視できないぐらいであった。
 デンパサール空港に近づくと、機内では税関の申告書を配られた。事前にチェックしておいたので、ローマ字、英語で記入したが、申告する品は何も持っていないで、何の問題もない。
 風もなく、安全にデンパサール空港へ到着。機からの渡り廊下の窓に触れば、熱帯の熱気が伝わってくる。11月の日本からやってくると、まるで地域まるごと暖房をしているようだ。
 覚悟していた入国手続きであるが、意外にスムーズ。到着する航空機も少なく、質問もなかったので、楽に終えることができた。ただ、荷物が成田発のGA881便と重なったため、少々手間取った。これには、結婚式を挙げる娘らが乗っており、荷物を待っている状態で会うことになった。
 先に荷物をもらい、HISの旗を頼りに出口へ向かった。ロゴ入りの青色のアロハシャツを着た係り員が待っていたが、なんと旗を上下逆に持っているではないか。事前に、空港では詐欺が横行していると聞いていたので、ちょっと警戒する。たどたどしい日本語で声かけてくれ、車を手配してくれるのだが、しばらくは半信半疑であった。ツアーなので団体扱い、何人もまとめて移動するつもりでいたが、一家族ごとの送迎のようだ。日本で考えたことと、現地では違うこともあるようだ。おかげで、自分たち専用のガイドと車なので、次の日の「達人ツアー」は貸し切り状態になり、何かと都合がよかった。
 

   ホテルコンラッド

 ホテルは、思っていたよりもはるかに大きくて豪華。フロントには日本人スタッフが常駐していた。ただ、最初にクレジットカードから1万円程度の預り金を引かれたのには驚いた。これは、世界的にはこれが常識なのかもしれないが。
 部屋までの移動は迷路のごとく。ボーイさんに連れて行ってもらわないと絶対に行けない。本当はチップをあげた方がよかったのだが、ルピアの小銭を持っていなかったのであげられず。少々悪い気分にさせたようだ。ツインの部屋は広くて豪華。中庭に直結しており、そのまま出られるようになっている。椅子が室外にあり、庭の一部で寛げるようになっていた。サニタリーは広くて開放的。全面が大理石張りで、国内の中級ホテルではまずありえない。扉はガラス張りだし鏡も特大、これがリゾート地のホテルだと言わんばかり。予約が早かったため、パッケージツアーの所定の部屋よりも上級の部屋であった。本来は、もう少し下のレベルのはずだ。
 ただ、ボイラーまでの距離が遠く、湯が出てくるまで5分ほどかかったのには閉口した。湯が出るまで水を出しっぱなしにするので、もったいないと言えばもったいない。洗顔セットには立派な歯ブラシに歯間ブラシまで付いていたし、石鹸も最高級のもの。使わなかったがバスタブに入れる本物の香料材も用意してあった。ここまでの高級ホテルは生まれてこのかた初めてだ。


   レストランでの夕食
 
 夕食は何とかなると考えて、予約はしていなかった。ホテルに着いたのは夕方の7時ごろ。それから外へ出ることもできず、かといって食品は一つも持ち込んでいなかった。仕方なく、高額承知でホテルのレストラン「スク」に飛び込む。アジア料理が自慢のホテルのメインレストランだ。ビュッフェ形式と聞いていたが、食にありつけるなら何でもよかった。
 入り口で一人4000円ほど掛かると聞いたが、背に腹は代えられぬ。レストランは素晴らしい作りで前には池が広がっているように見えた。あとでそれはプールであることわかるが。池をバックにステージが設けられ、女性が民族衣装で踊っているではないか。バリへきてぜひ見たかった舞踊である。予定では結婚式の後に夜のウブドへ出かけて、バロンダンスを見るつもりであった。しかし、結婚式の後は疲れが残っていることや、夜のウブド村をうろつく自信がなかったため変更。昼の美術館観覧に変えたばかりだった。 
 バリ舞踊は諦めていたのだが、一日目のレストランでお目にかかれるとは思わなかった。初めてのネゴンダンスは、何とも感動的。綺麗で品があり、動画に収めずにはいられなかった。5人ほどが踊って、最後は記念写真まで撮ることができた。食事はさすがに高級ホテルのもの、申し分ない品と質だ。牛肉は宗教の関係で出ていないが、豚肉と鶏肉の煮物やソーセージ、果物類も豊富だ。バリの食を十分堪能できた。ただ、時間が9時までだったので少々時間切れ。ゆったりと時間を楽しむという訳にはいかなかった。


   朝日の中の朝食
 
 朝食は7時から。8時には達人ツアーの迎えが来るので、それまでに朝食は終えておくことが必要だ。それで、開店早々の朝食となった。昨晩池と思われていたところは、プールであった。すでに、水浴びをしている人も見える。ステージだと思っていた場所は、単に平たいデッキのような場所であった。その周りは植物が植えられ、常時、水が流されていた。鯉が何匹も泳いているし、それを狙った鳥たちも来ていた。鳩ぐらいの大きさであるが日本のカワセミに似た鳥が来ていた。昨晩とは全く違った印象を与えてくれている。この時間では、朝日が入り爽やかなレストランの庭を演出している。
 庭側の席には、日本人風のペア―や西洋人、中国人もいるのだろう。思い思いに朝食を楽しんでいた。このホテルに泊まっている娘夫婦もどこかで食事をしているはずであるが、この場所では見つけられなかった。
 食事は、基本的には昨晩によく似たアジア料理であるが、全く同じではないようであった。西洋風のベーコンやパンもあるし、ケーキなどもあった。日本の寿司風の物もあったが、ここで食べるものでもないだろう。自分の場合は、せっかくバリに来たのだからと、インドネシアのカレーだの、煮物だのを中心に選んだ。バリの米もしっかりいただき、十分な朝食をすることができた。コーヒーや紅茶もあるので、ゆったりできる。この朝食に幾ら支払っているのか未だにわからないが。


   ワンデイツアー
 
 出発前に選んでおいたワンデイツアー。バリ島達人ツアーというタイトルで、朝の8時から夜の9時過ぎまで、フルにバリ島を巡るものだ。初めての場合、こういうフルコースのツアーに乗っかるのが一番いい。知らない島を自力で周るのはとてもじゃないが無理だし、タクシーをチャーターするのも面倒。第一、どこが良いのかほとんどわからない。ツアーなら、車で連れて行ってくれるし、食事も心配しなくてよい。ハワイ島やマウイ島で経験済みだ。
 当初、小型のバス程度を予想していたが、意に反して、昨日の空港へ迎えに来てくれたガイドさんと専用のミニバンが来てくれた。これなら、車内で質問もできるし、最高の環境である。ガイドはケティさんという50歳ぐらいの現地の男性。娘二人で一人は現地の大学へ通い、英語を学んでいるという。ガイド歴は長くHISも長いので、信頼の置ける人であった。日本語は通じるが、発音が少々悪いので聞き取れない部分もあるが、大勢には影響なしであった。この人を通じて、バリの生活をいろいろ聞くことができた。
 

   バロン舞踊
 
 デンパサール市の東側に、バロン舞踊の劇場がある。専用の舞台は南洋の国らしく、屋根はあるが仕切りも窓もない。照明は自然光を基本にしており、人工的な照明は一部のみだ。当然、エアコンもなく、外からの自然の換気がエアコン代わりだ。伝統に培われた建物であり、今風に言えば省エネの見本のような建物である。
 向かって舞台の左手には、10数人が囃子を演奏する場所がある。演奏する人はプロではなく、日ごろ田や畑で生計を立てている人が、アルバイトで来ているようだ。40から60歳ぐらいの男性で構成される。指揮者はおらずに、先頭に居る人が調子を取って演奏が始まった。演奏は打楽器中心であるが、日本では見られないものばかりである。曲になっているようななっていないような、耳当たりの良い軽快な打楽器の音が延々と続く。
舞台に最初に現れたのは、バリ風の獅子舞。中国の獅子舞のような、日本の獅子舞のような。獅子の面は日本の神楽のそれに似ているが、目がバリらしくまん丸で飛び出ている。かたかたと顎を動かすのも日本と同じだ。二人の人が中に入って演じている。物語の前の前座のような役割のようだ。
物語は、家来が出てきたり、王様が出てきたり、姫やサルが出てきたりして、面白おかしく進んでいく。喜劇のような学芸会の劇のような。それほど洗練されていないのでかえって近親感を感じる。途中、民族衣装を着た舞踊が入る。バリ風に目を丸くして、手先を広げ、中腰で囃子に合わせて踊るものだ。豪華な装飾品や衣装を着けた女性の踊りは、バリのイメージそのものである。
公演は約1時間ほどであった。観客は白人もいれば、インド系の人、中国人や日本人と多様で、それぞれの目で楽しんでいたようだ。多くの人がスマートフォーンで動画や画像を撮っていた。カメラを持っている人は少なく、今の時代を感じさせた。言葉はすべてインドネシア語らしく、言っている意味はさっぱりわからないが、英語や日本語で書かれた物語のあらすじをもらっていたため、大体の筋は理解できた。
当初は、ウブドで鑑賞する予定だったバロン舞踊。予定を変えたため、今回の旅行では見られないと思っていたが、ここで鑑賞できたのはラッキー。これで、バリへ来た目的は達成されたような気になったものだ。色々な意味で面白く、価値のあるバロン舞踊鑑賞であった。


   ゴア・ガジャ遺跡
 
 ウブド村の西に位置する10世紀ごとの寺院遺跡。岩に横穴を掘り、そこで修行僧が修業をしたという。20メートルほど掘られた穴に、修行する場所がいくつも掘られていた。一番奥には石象が祭られており、お供え物が置かれていた。
 寺院には、修行した洞窟のほかに、水を湛えた立派な施設があり、参拝客を楽しませている。水が滝のように落ちたり池には鯉が放されたりで、どこかの公園施設のような趣があった。寺の集会場らしき建物もあるが、現在、寺院として機能しているかどうかは分からなかった。
 帰り際、坂道を登っていると道端に緑色した蛇を見かけた。若草色の蛇は日本では見られず興味を引くものであった。はるばる日本からやってきた客を見送りにきたのあろう。ありがたいことだ。
 この遺跡はバリ島を代表する観光地になっており、ツアーコースの目玉にもなっている。訪れる観光客は絶えないし、門前には雑多な土産店が並び賑やかなものであった。古い石の建造物と木造建物のバランスがよく、バリらしい観光地の一つである。


   キンタマーニ高原
 
 名前が名前なので言いにくいが、高原そのものは素晴らしい。阿蘇のようなカルデラ火山であり、展望は外輪山から眺めることになる。円錐型の内輪山は美しく、カルデラ湖も悪くない。まるで、どこかの国立公園のような趣だ。標高が高いため気温が低く、蒸し暑いバリ島では貴重な場所になっている。高原野菜などを作る農家も見られたり、湖では養殖用の筏も浮いており、生活と密着した場所のようだ。
 我々は外輪山に建てられたレストランで食事を摂った。レストランの入り口でおしぼりを貰ったのだが、はさみ火箸で挟んで出してくれた。清潔と言えばそうだが、この大胆さは日本にはなく驚く。席はテラスにしたため、眼下には180度の視界が開け、キンタマーニのカルデラを存分に楽しむことができた。
食事はビュッフェ形式で、自分で好きなだけ皿に盛るものだ。バリ風の鳥や豚の料理で見慣れたものであるが、美味しくいただいた。飲み物はもちろんビンタンビール。すると、足元にはなぜか猫が一匹現れた。客からもらう食べ物で生活しているのだろうが、我が家の猫に比べると小さくて痩せている。一切れ鶏肉をやったが食べない。どうも香辛料が強すぎて、猫には合わないようだ。隣の白人のテーブルからは、何か貰っていたようだ。猫1匹いると、アジアらしい雰囲気が感じられていいものだ。
 途中、東から黒い雲が現れて15分ほど雨に降られた。熱帯の雨はどんなのだろうと屋根から落ちる雨水を手に貯めてみたが、日本のそれと何も変わらず拍子抜けした。熱帯のスコールは熱湯のようなイメージがあったがそうではなかった。雨がやんでからそこを後にしたが、ウブドから車で1時間以上かかる遠い場所ではあるが、なかなか良い場所であった。帰途の道路沿いに農家や畑の様子も見られた。大満足のキンタマーニ高原であった。
 

   お土産店
 
 HISのツアーコースに入っているらしく、お土産店、布製品の店、銀製品の店と連れていかれた。いずれお土産を買うつもりでいたので否定はしないが、観光客値段でそれほど安いものではない。品物自体の品質は悪くなく、値札も付いているので観光客は買いやすい。
 店に入る前に、布の絵付けや銀の製作過程を見せてもらう。それはそれで面白く興味を引くが、そのあとの製品に親しみを感じてしまう。我々も何も買わないつもりで店に入ったが、いつの間にか数10万ルピア分程度を使っていた。
慣れてくれば、一般の市場やお土産店で買うこともできるが、バリを訪れた初日はとてもじゃないが何もできない。こういう企画も、旅行者、現地の店ともに利益があれば仕方ないかなと思わせる。


   地元のスーパー
 
 地元の人が利用している普通のスーパーに行ってみたくて、ガイドさんに連れて行ってもらった。外見は普通のスーパーで看板にはCOCOマーケットと書いてあった。
早速入ってみれば、整然と品物が並んでいる。日本のスーパーではもう少し雑然と置いてある印象だ。置いてある品は主に加工品や果物や飲み物であるが、地元の人にしてみれば高級品というところか。値札を見ても、それほど安くはなかった。ただ、値札が付いている分、気楽に買えるというものだ。値引き交渉もしなくていい。カートを引っ張って気楽にお土産を買いこんだ。当然クレジットカードも使える。
 果物の棚には、マンゴーやパイナップルなど現地らしい果物のほか、スイカ、トマトという日本で見慣れたものもある。ただ、道端でよく見かけたバナナは不思議に置いてなかった。これらの果物は総じて日本の物に比べて成熟度が足らない印象を受けた。
 菓子類は日本で売られているものに近く、しっかりとした作りと包装だ。日本の資本で作られているのだろうか。ちょっとした民芸品も売っている。どれも、地元の人の収入に比べれば多少高めのようだ。地元の人が使うというより、長期滞在の外国人が買いに来る印象を受けた
 飲み物類は日本とほぼ同じ。見慣れたロゴの飲み物がきれいに並んでいる。ビンタンビールの缶も並んでいた。値段は日本のビールとそれほど変わらないものであった。
 他には電気製品が三分の一ほどの床面積を占めていた。詳しくは見なかったが、日本製品や韓国製品が多いはずだ。外には日産車が展示されていたので、食品専門の日本のスーパーマーケットとは考えかたが違うようだ。
 出口では制服を着た30歳ぐらいの女性の人がレジを打っていた。日本ほどは手慣れていないのが印象的だ。支払いはカードを使えた。これは、ルピアを多く持っていない旅行者にとっては有り難い。
 付き添ってくれていたガイドの人がLEDの電球を2,3個購入していた。家では電球を5,6個使っているのだが、省エネのために買ったと言っていた。蛍光灯はまだ普及していないという生活状況を知ることになったが、それ以上にLEDの波がここまで来ていることに驚いた。


   ケチャダンス
 
 ケチャケチャという男性の囃子に合わせて、一つの物語を演じる郷土舞踊。場所は、今朝バロン舞踊を見学した地区のようだ。当初、朝と同じ場所とガイドから聞いていたので、バロン舞踊と同一の舞台で演じられると勘違いしたが、同一地区の別のケチャ舞台であった。考えてみれば、演じられる中身が違う上に毎晩公演があるので、専用の舞台の方が合理的である。これならば舞台準備はほとんどいらない。
 10数人の上半身裸の男性が、物語の最初から最後までケチャケチャという言葉を発する。中には10代と思われる少年や、胸にさらしを巻いた中年の女性もいる。毎日のことなので人が足らず、いろんな人がバイトでお手伝いしている様子だ。
 物語の内容は良く分からないが、途中、民族衣装をまとった女性の舞踊が入るのは、バロン舞踊と同じだ。いつみてもこの舞踊は素晴らしい。朝のバロンの劇は喜劇風であったが、ケチャ舞踊は真面目にやっている。この劇団の個性なのか、すべてがそうなのかは判断が付かない。
 観劇する人数が少なかったので、一番前で鑑賞することになった。自分の目の前で繰り広げられるケチャの劇でバリの舞踊を十二分に堪能できた。ただ、途中から隣へ割り込んできたどこかの国の中年男性が気になった。足を広げて、自分が鑑賞するのではなくスマホで動画を撮りっぱなし。わが夫婦の顔をじろじろ見るし、西洋的なマナーは全く持ち合わせていない。日本人も高度成長期には世界中でそんな態度をしたのだろうと思った次第。
 舞台が始まる前に、民族衣装を着た踊り子さん風の人と一緒に写真を撮ってもらった。買っても買わなくても良いと言われていたが、結局10万ルピアを払い帰りにもらって帰った。少しでもバリ島のためになればと思う次第だ。一つのサービスだね
 バリにはもっと本格的なケチャダンスもあるようだ。100人ぐらいの男性が、トランス状態になってケチャを発するとも聞いている。今回のケチャダンスも悪いわけではないが、次回のバリ訪問の時にはぜひその本格的なケチャ舞踊を経験したいと思っている。



バリ島ツアーその2へ

旅の記録へ戻る