総の序

夕暮れの京都競馬場スタンド最上段から、池に浮かぶ水鳥を見ながら、こう考えた。
智に働けば馬が掛かる。情に棹させば流される。意地を通せばタテ目を喰らう。
とかく競馬は難しい。難しさが高じると、安易なモノに心移りしたくなる。
どんな博打も難しいと悟った時、自分のスタイルが生まれて、戦略ができる。
競馬を作ったものは神でもなければ鬼でもない。発祥の国こそ違え、所詮はただの人である。
ただの人が作った競馬が難しいからとて、博打なら何でも良いと云うことはあるまい。


私は若年の昔より競馬の道に心がけ、私が初めて競馬を見たのはハイセイコーの頃であった。
その後、キタノカチドキを経てトウショウボーイ、グリーングラスを目に焼き付け、
初めて馬券を買ったのはホリスキーが菊花賞を獲った年である。
以来20余年、常勝を目指して取り組み、幾多の勝負を決したが、未だ天下無双の境地に達せず。
生れつきの競馬の才能が無かったからだろうか。それとも、兵法が不備だったからだろうか。
確かに兵法は完璧でなかったが、今後、深い道理を得ようと朝夕鍛練すれば、
おのずから「競馬黄金郷への道」は開けるのではないだろうか。
私が目指すのはあくまでも競馬における天下無双である。
人はそれを「無謀」と嘲うかもしれないが、きっと天は笑わない。
兵法の理論にまかせて諸芸諸能の道とすれば、万事において師を求めるのは不可能である。
今、この書を作るといっても、仏法儒学の古語をも使わず、軍記武法の古事をも用いず、
この一流の見解、真実の核心を表わすこと、太陽と観音を鏡として2001年1月1日の深夜、
寅の刻に筆を執って書き始めたものである。


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