夕翔ーyuusyouー







 紅紫の薄雲が遠くの空に漂い、濃厚な太陽が山頂にかかりかけた夕暮れ時。

 独特な奇声を発する烏の飛び交う………そんな変わりない光景のなかで、

「あーっ!やっと今日も終わったってばよ!」

 相も変わらず元気の良い、一人の少年の快声が響き渡った。

 ん~……っと大きく背伸びをする彼のほかに、同じ年頃の生徒が二人。そして彼らの担当である一人の上忍が、緩慢な動作で佇んでいる。

「ん、ご苦労だったな。また明日も早い。よく食って寝るように」

 簡潔極まりない台詞を、まだ子供には理解できないような本を読みながら言う男に、当の少年……ナルトはねぇねぇと忙しない口調で話しかけた。

「あのさ、あのさ先生!明日からはもちっとマシな任務だよな!」

「………それ昨日も言ってなかったか?」

「だぁってぇ!いっつもつまんないのばっかりじゃんか、落し物探しとか迷い犬猫捕獲とかさぁ!」

 既にお決まりの文句に、カカシは呆れたような顔つきでナルトに向き直る。

「まーたお前は………それが下忍の義務なんだから我慢しろって言ってるだろーが。みんなそこから始めんだよ、お前だけ特別扱いしてどーする」

「う~………でもでもオレってばもっとすげぇ任務したいんだってばよ!とにかく子守りとかはもう絶対やだっ!」

 やだやだやだ、と三歳児顔負けのように駄々をこねるナルトに、カカシはさてどうしたもんかと頭を掻きながら彼を見下ろした。

 とはいえ、何故かこの生徒の我侭には怒る気になれない。

 それは多分、打算も私欲も何もない、純粋な強さへの情景だけを彼が抱いているからだろう。

 贔屓とは自覚しつつも、カカシは宥めるようにぽんぽんと教え子の頭を叩いて、

「わかったわかった。火影様にかけあってやるから、今日はとりあえず帰んなさい。………ああサスケもサクラも、お疲れさんだったな」

「はーい!もうナルト、先生困らせるのやめときなさいよ!」

「ふん………」

 それぞれ挨拶を残し、二人は素直に思い思いの帰途についていく。

 その後ろ姿を見送った後、カカシはナルトの方に目線を向けた。

 夕方、任務を終えて、いつもかわされる会話だ。

「で、お前はどこに帰るんだ?」

「ん~………イルカ先生ンとこ!」

 たいした迷いも見せずに、ナルトはまっすぐ恩師の塒を指差す。

 彼の顔を見ることがそんなに嬉しいのだろうかと不思議に思うぐらい、溌剌とした笑顔を見て、カカシはまたか、と顎をしゃくった。

「たまには寄り道せずにかえったらどうだ?あの人だって仕事忙しいんだから………お前みたいな騒がしいのに付き合うのは疲れるんだぞ?」

「あーひでぇ!何でそんなこと言うんだってばよ!いーじゃん、イルカ先生はいつでも来いって言ってくれてんだからっ!」

 単純なナルトはムキになってふんっとそっぽを向く。

 毎日会いに行っているというのに、それでもまだ足りないらしい。

 愛されてるねぇ、とカカシは揶揄でない笑みを浮かべながら、彼の頭をがしがしと撫でた。

「ハイハイ………じゃあ今日は俺もついていくかな」

「えーっ、何だってカカシ先生が来るんだー?」

「…………不満そうな表情だな。何か文句でも?」

 しらっとした様子で長身から見下ろされ、ナルトはぐっと舌まででかかった抗議を呑みこむ。

 何だか知らないが、この妙な迫力は苦手だった。

「だ、だってだって………」

「たまにはいいだろ。さ、行くか」

 言い吃る相手をキレイに無視し、カカシはさっさと一人で歩き出す。

「あ、待ってってばよ先生ー!」

 そのいつものことながら前振りのない動作に、ナルトも慌てて後を追いだした。



 涼しげな風薫る薄暮、二つの長い影が、仲良く道に映し出されていた。


 

 

 


「ああナルト、よく来たな」



 上りなれた階段を三段飛ばしで駆けあがり、忙しなく戸を叩けば、いつもの穏やかな笑顔に迎えられる。

 日々の仕事と任務をこなしながらも、少しも疲れをあらわにしようとしない彼に、カカシは知らず眼を細めていた。

「あれ、カカシ先生も………」

「先生!あのさ、あのさ、俺今日任務でさ………!」

 などと、さっき散々愚痴っていた態度を一変させ、ナルトはイルカの腕を引き掴みながら一気にまくし立てだす。

 幾分舌ったらずな自慢話を、彼は突っぱねることもなく真剣に聞きつつ、その度に教え子の頭を優しく撫でながら、

「そうか、よく頑張ったなぁ……その調子で努力するんだぞ」

 少しも嘘のない顔で、そう繰り返した。

 ナルトはそれを聞いてよりいっそう自慢げに、それこそ一日に会った出来事を全て言い尽くしそうな勢いでとめどなく喋る。

 これはイルカ先生も大変だとカカシが半ば呆れているところで、顔を上げた本人の視線とぶつかった。

「ねー、イルカ先生ってば聞いてる?」

「ああ、勿論。ちょっと待ってな」

 それに頬を膨らませるナルトをあやすように撫でつつ、ぺこ、と彼は恐縮するように頭を下げてくる。

 その様子が少しも卑屈に見えないのが不思議だ。

「すみません、カカシ先生。わざわざナルトに付き添ってくださって………」

「いや、そんなつもりもなかったんでお構いなく。ただちょっと挨拶をと思いましてね」

「そうですか?………では尚更こんな玄関口で失礼ですね」

「ああいや、ホントに気にしないでください。俺が勝手に来ただけですし」

「はあ………」

 それでも申し訳なさそうに言い淀むイルカに、カカシは僅かに口元を緩めた。

 堅実で、偽ることや欺くことを知らない。

 食うか食われるかの渦中で生きる忍にとって、それは災いを呼ぶ元でしかないけれど、だからこそ彼の姿は鮮やかに映る。

 自分も相手も、闇に巣食う存在であるのは確かなのに。

 それでもどうして、この人はこんな風に迷いなく笑うことができるのだろうか。

「ねえイルカ先生。ナルトは頑張ってますよ」

「え?」

「だから、あんまり気負わないで下さいね」

「………カカシ先生……?」



 あなたばかりが、この子の深い業を背負いこむことなどない。

 誰かと分け合えば、あるいは押しつけてしまえば、その苦しみから逃れることができるだろうに。

「………それが、できない人なんだよなぁ………」

「どーしたんだセンセェ。オレのこと誉めるなんて気持ち悪いなぁ、なんか企んでるだろ」

「ナルトっ!何てこと言うんだっ!」

「ははは、まあそれを言われちゃ耳が痛いな。………でも、ま、お前も先生のこと大事にしろよ。………こんな人は、本当に滅多といないんだから」

「?」

 わからない顔つきで小首を傾げるナルトに、カカシはそれ以上を語ることなく、スッと姿勢を正す。

「じゃ、オレはこのへんで。………邪魔者は消えてやるよ、ナルト」 

 そうして意地悪く笑いながら、彼は手を振って二人に背を向けようとした。

「カカシ先生」

 そこを、済んだ声音に呼びとめられる。

 カカシがそれに呼応して、ゆっくりと首を後ろにまわせば、



「………ありがとう、ございます」



 僅かに眼を伏せ、それとだけ言葉が告げられた。

 …………それで、十分だった。

「………いえ、それじゃ」

 にこ、とあえて何も返さずに笑みをかたちづくって、カカシは特有の足取りで夕日を背負い去って行く。

 その後ろ姿を何気なく見つめながら、ナルトはふとした顔で問いかけた。

「………ねえ、イルカ先生ってば何の話してたんだ?」

「……ん、ああ…………お前の先生は、本当に素敵だなってことだよ。憎まれ口きいててても、ナルトだって本当はカカシ先生のこと大好きだろ?」

「……む………」

 その台詞を暫くナルトは肯定も否定もせずに受け止めていたが、突然飛び上がると、ぎゅうっとイルカの首に抱きついてきた。

「………ナルト………?」

「カカシ先生も嫌いじゃないけど………でもイルカ先生が一番好きだってばよ!」



 自分の心を、守ってくれた人。

 本当に、大好きだった。


「………………」

 ナルトの告げた言葉に一瞬眼を見張り、イルカは次にふっと顔を崩す。

 そして、ひょいと彼の身体を持ち上げ、そのままそっと柔らかく抱き締めながら、

「………ありがとう、ナルト」

 優しい忍は、静かに囁く。



 お前がいてくれるから、己は道を見失わずにすむ。

 守るべき者の為なら、人はいくらでも強くなれるから。

 …………だから。

 だから、この子を何に変えても守りたかった。

 自己満足だと嘲られてもいい、せめて自心だけは裏切ることのないように。



「………でもいずれ、お前はオレなんかよりもずっと強くなるんだろうなぁ」

「うん!ぜったいイルカ先生より強くなって………そんでぜったい先生に恩返しするからな!」

「ハハ、そりゃ楽しみだ」

「あー、信じてないだろー!」



 嬉しいよ、ナルト。



 お前が強くなってくれたこと。

 

 

 

END


………(言い訳を考えている)
えーっと……ナルトを見守る二人のセンセイ、というのを書きたかったんですが……
ヤバくもないし面白くもないですね、ああごめんなさいです(TT)
本当は長編しか書けない奴ができないことをするから………(反省)

 

 

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