50年目の贈り物<1>
ヴンッ………
澄みきった青空の下、白銀の刃が陽にめく。
………ガラガラガラァァ………
一瞬の静寂の後に厳かな轟音を立て、彼の眼前の大岩は崩れ去っていた。
「……こんなものか」
パチンと皮革の鞘に斬仙剣を収め、一人の仙人はそう呟く。
闇絹を織り込んだような潤沢ある黒髪に彩られた、凄艶な麗姿。
銀灰の甲冑と、漆黒の羅綾を纏うその美丈夫……玉鼎真人は、すとんと側の川原石に腰をおろした。
久方ぶりの、深山奥深くへの遠出だ。今玉鼎の居る川原は道程こそ険しいが、眺めは最高に美しく、彼の気に入りの修行場のひとつでもあった。
「…………」
サラサラと清音を奏でて、水青色の浅瀬は淀みなく流れる。
透明な水泡を含んだ涼気に肌を晒しながら、玉鼎はフウッと溜息をひとつ吐いた。
「怒っているだろうな………」
夜が白け出す頃、玉鼎は洞府を抜け出してきていた。
楊ゼンはきっと今頃立腹だろう。何故黙って出ていったのか、自分を連れ行かなかったのか、と。
いつもは弟子よりも寝起きの悪い彼だが、今日だけはたっぷりと時間を使って考えたかった。いや、考えねばならぬことがあった。
「どうするかな……」
なんだかんだと過ごす内に、もう期日は明日にまで迫ってきている。
一体どうしたものか。頭をひねっても何も思い浮かばない。
可愛い愛弟子が、初めて自分の洞府に来た記念日だ。何か彼が喜ぶようなものを送ってやりたいのだが……
「………で、オレのところに来たわけか?」
青峯山紫陽洞。
コポコポと緑茶を煎れつつ、道徳真君は呆れ顔で眉をひそめる。
もういい加減慣れた、といった風体だ。
道徳は、前前からこの人心の機微に疎い友人に、やれ子育てだのなんだのと世話を焼いてやっていた。なにせ彼は気の遠くなるほど生きているにもかかわらず、筋金入りの世間知らずだからだ。
「すまない。お前以外に思い浮かばなくて………」
「まあいつものことだからいいが……早いものだなぁ、もう楊ゼンがお前に弟子入りしてから50年も経つのか……」
「ああ……だから何かを贈ってやりたくて、色々と考えたんだが、もう楊ゼンはあの通り大きいだろう?どんなものに興味があるのかがわからなくてな」
物静かな美声で語りながら、玉鼎はぽりぽりとつまみをかじり、そこでふと気づいたように顔をあげた。
「……そういえば、お前の弟子はどこに?」
「天化か?修行だ」
「そうか。彼に聞きたかったんだがな……そうだ、道徳。弟子から何か欲しいと言われたことはあるか。よかったら教えて欲しい……参考にするから」
ぐっ。
おっとりとした発言に、道徳は熱いお茶を喉に詰まらせた。
「? どうした?」
「えっ。あ、いや………とっ……特にない…な、うん」
道徳はぶんぶんと手を振り回しながら、歯切れの悪い台詞を返す。
まあ当然だろう。
以前に「欲しい物はないか」と聞いて「カラダ」なぞと吐かれたなんて、一体どの口で言えというのか。
「……そうか。残念だな……となるといよいよ困った」
などと呟いて、玉鼎は腕組みをしながら真剣に考え込む。そんなに悩む必要があるのかとは思うが、そこは馬鹿真面目な真人のこと、手抜きを知らなかった。
「宝貝とか……しかし私は宝貝作りは不得手だし……幻の仙桃というのも、太公望ではないしな……」
「悩むところだな。なにせ天才道士だ……大概のことは見聞きしてるし、欲しいものぐらい自分で手に入れるだろうし」
「道徳……さらに悩みの種を増やさないでくれ」
思わず額を抑えた玉鼎に、だから、と道徳は言葉をついで、
「お前にしかあげれないものを探せよ。お前から貰った物なら、何だって楊ゼンは喜ぶだろうさ」
それは思いつきの言葉ではなく真実だった。
あの蒼髪の道士の、師匠に対する執着心は半端なものではない。玉鼎はそのことにあまり、いや全然まったく気づいちゃいないだろうが。
「以前なんて、こいつの肩に手を置いただけで、ものすごい形相で睨まれたもんなぁ……」
「何か言ったか、道徳」
「いや、別に……で、どうする気だ?」
「どうするもなにも……私にしか贈れない物か……」
はっきり言って、そんなものあるだろうか。
気の利いたものを所しているわけじゃなし、元々私物自体あまりないし……
などととんちんかんなことをつらつらと考えていたときだ。
「道徳、遊びに来たぞぃ」
バァンといきなり扉が開かれて、見知った顔が現れた。
「太公望」
「おや、玉鼎。おぬしも来ておったのか」
少し驚いた表情になりながら、ぺたぺたと歩み寄ってくる太公望に、道徳はぽんっと手を打って、
「いいとこに来た、太公望。ちょっと相談があるんだが」
ほどなくして。
「………なるほどのぅ。楊ゼンに贈り物か」
事情を聞いた太公望は、顎をしゃくりながら椅子の上で上体を逸らせた。
「ああ、情けないことだが、私にはよくわからなくてな……」
「まあ確かに、あやつになまじっかなものを贈っても仕様がないのぅ」
「頼む。何か知恵を貸してくれないか?私に出来ることなら、なんでもするから」
ぴくり。
その健気な言葉に、太公望の片眉が跳ね上がる。
「なんでも……か」
その時の彼の笑顔で、道徳は相談を持ちかけるべき相手を間違えたと悟ったが、もちろん手遅れだった。
「そぉかそうか……ならば」
不意にガタンと席を立ち、玉鼎の眼前にびっと人差し指を突きつける。
そして、ニイイッと口端を歪めると、
「少しばかり、儂に付き合ってもらおうかのぅ」
うう……自分でも何やら訳のわからない内容になりそうです……。
しかし、何で私ってこう、長ったらしい話しか書けないんだろう……(TT)