嫉妬の行方







 

 
「なあ玉鼎。今、オレのところに剣の得意な弟子がいるんだ」

 

 

 そもそもの始まりは、そんな師の友人の何気ない一言からだった。

 

 

 

 

 

 




 キィン………ギィンッ………
 陽光がちょうど真上から降り注ぎ始めた、ぽかぽかとのどかな白昼の頃。
 玉泉山の西方……巨大な白岩がごろごろと転がっている浅瀬で、
「……ッ……な、なんて強ぇー人さ……っ!うわっ!」
 ギン!と残像すら残る迅さの斬撃に足元の岩を穿たれ、思わず天化はぐらりと上体を傾かせる。
「まだ隙があるぞ。全身に気を配れ」 
 慌てて彼が体勢を立て直す側から、そんな冷静な台詞が悠然とよこされた。
「んなのわかってっ………って、あれ?」
 悔し紛れに強がりを言おうと前方を見やったが、彼の姿は既にそこにない。焦りつつ、きょろきょろ目線を彷徨わせれば、黒髪の剣士はいつのまにか自分の頭上の岩の上だ。
「な……っ」 
 虚を突かれて場から離れながらそこを仰げば、彼の繊細な漆黒の髪が、涼風に流れるままになっている。
 あの天才道士の師を永に渡ってつとめあげてきた、崑崙十二仙玉鼎真人。
 手合わせの最中とはいえ、余りの浮世ばなれした美貌に、思わずぼぅっと眼を霞ませてしまうほどだ。
 ………僅か数日前。天化の師匠である道徳が、旧友である玉鼎の元に訪ねてきた。
 そこで彼が引き合いに出した話は、弟子に稽古をつけてほしい、とかいった内容のもので、玉鼎は至極あっさりとそれを承諾した。
 同じ剣を振るう者の相手をするのは、とても楽しいことだと言うのだ。
 その言葉通り、今岩場を軽やかに飛び交っている彼の表情には、普段滅多とお目にかかれない笑みが浮かんでいる。
 もちろん、平時は静かで差し障りのない笑顔ではいるものの、今のように嬉しさに思わず顔がほころぶほど、となるとこれはかなり珍しいことで………
 ………傍らでその修行風景を眺めていた道徳は、儲け物とばかりにひどく上機嫌であった。
 が、しかし。
 それに見事に反比例するかのように、ず〜んとした暗雲を辺りにただよわせている者がいる。
 体型よし容姿よし、頭も良ければ術も完璧。ただし、類を見ないほどの師匠っ子……もとい、独占欲の強い男。
 言うまでもなく、天才の名をほしいままにする道士、楊ゼンである。
 彼の先程からずっと二人のやりとりを傍観していたのだが、その不機嫌さは今や絶頂に達していた。
 面白くない。断っじて面白くないったらない。
 大体道徳さまも道徳さまだ。自分だって剣を得意としてるくせに、何故わざわざ僕の(強調)師匠のところにまで弟子を引っ張ってくるのか………
(……って、わかってるよ、そんなこたぁっ!!どぉせこのスポーツオタクは、なんのかんの理屈つけようと、結局は師匠の側に居たかっただけなんだろっ!)
 実際その通りなので、なんとも反論し難いのだが、まあそれはさておき(さておくな)。
 要は師をぶん取られた上、自分の稽古のときより楽しそうな様子を見せつけられた事を楊ゼンは怒っているのである。
 なにせ、かれこれ早朝からこの剣戟は続いているのだ。自分が、いくらもうやめるよう申し立てても、師はともかく天化がひどく反発して、未だに全く聞き入れる気色はない。
「師匠!もう昼を回りますよ!一旦(というかもう)お休みになったらどうです!」
 いい加減腹に据えかねて、楊ゼンは幾度目かの横槍を投げた。これ以上ヒトの師匠を独占されるのは、どうにも我慢ならない。
 玉鼎はそんな弟子の声に、まじ合わせていた天化の剣を振り払い、間合いを取ってひょいとそちらを振り向く。
 玉鼎としては、まだまだこうして心地よい剣の駆け引きに興じていたかったのだが、いかんせんその親バカ度は、あの太乙もを凌ぐほどである。当然、可愛い弟子の言葉に応じぬ理由はない。
 が、
「ああ、そうだな。そろそろ一度休んで……」
「えーっ!!俺っちならまだまだ大丈夫さ!玉鼎真人サマ、もっと相手してほしーさっ!」
 にこりと笑いながら玉鼎の投げかけた承諾が、また不満そうな天化の声に遮られる。
 楊ゼンは思わず彼に向かって哮天犬をけしかけたくなった。というか冗談でなく手を上げかけた。
「しかし天化君……少しは疲れただろう?また後で相手になるから、今は……」
「いや、全然疲れてなんかいねーさ!それに、アンタみたいな強いヒトとやってると、わくわくするさ……だから、な、頼むさっ!もうちっとだけ付き合ってほしいさっ!」
 そんな溌剌と見せかけた声に、玉鼎は眼を細めて呑気に微笑する。
「そうか?本当に君は修行熱心で、前向きなよい子だな。道徳も自慢だろう」
(ちっがぁ〜〜〜うっ!!ナニ腹立つほどあっさり騙されてるんですか、貴方はっ!あの天化君の笑みが見えないんですかっ!)
 楊ゼンの心中の叫び通り、天化はしてやったりというなんとも妖しい笑い方をしていた。
 そして更には、ちらりっと楊ゼンに横目をやり、「やーい、ザマーミロ。アンタなんかにゃ譲らねーさ」などと言わんばかりに、ちちっとタバコを揺らしたのだ。
 そこでマジにキレかかった楊ゼンを、道徳は掴みかかるようにしてすんでのところで抑えつつ、
「よっ楊ゼン!ちょっと待て!そのナタクに変化しかけた右手はなんだっ!」
「止めないで下さい、道徳師弟。あぁの修行熱心で前向きであなたの自慢のお弟子さんには、ちょっとお灸を据えた方がいいです……ああ、なんならあなたでもいいんですよ」
「いっ?」
 唐突にくるぅりっ、と無表情に振り向かれて、道徳は思わず後退さる。心当たりがないではないだけに、真剣にびびった。十二仙ともあろう者が情けないことだが、この殺気にはちょいと太刀打ちできそうにない。
「だ、だから楊ゼン、落ち着けってば。始めて俺以外の十二仙に稽古つけてもらえたから、喜んでるんだよ、きっと」
「……言ってて苦しくなりませんか?」
「うっ…………」
 さらりと辛辣に返され、道徳は素直に言葉を詰まらせた。
「だ、だからさ。ほら剣の相手は………」
「あなたも剣の使い手のはずですが?」
「……いや、あの………たまにはオレ以外の手練れに、と……」
「それで僕との稽古を邪魔されたんじゃあ、たまったものではありません」
「………し、しかし君なら一人で修行くらい………」
「僕、は師匠、に相手をしてほしいんです」
「…………あ、愛されてるなぁ、玉鼎は」
「当たり前です。愛していますから」
「………………」
「他にご質問は?」
「い、いやもういい……けど、も、もうしばらくだけ許してやってくれよ。あんなに嬉しそうな天化を見るのも珍しいからさ」
 あせあせと言葉を次ぐ道徳に、楊ゼンは眉をひそめながら大きな溜め息をついた。
 そして、髪をかきあげながら、また前方に目線を戻して、
「ほら、防御が甘くなってる。足元を狙われぬよう集中しろ」
「わかったさ!」
 岩瀬の上では、相も変わらずの激しい攻防。
 ひどく楽しそうな師の表情が、眼に飛び込んでくる。
 自分にも滅多と見せてはくれない……心から笑っているかのような、そんな顔。
 それが、何よりも嫉ましかった。
「まったく愛弟子を放っておいて……剣ぐらい、僕だって扱えるのに………」
「それでも君の十八番は変化だろう?彼も遠慮してるんだよ。……それに、別に剣技の有無に関わらず、玉鼎は君の成長を一番楽しみにしていると思うがな」
「わかってますよ、そんなこと……でも、師匠は僕にあんな風な笑顔を見せてはくれません」
 僕との手合わせのときに、今みたいな血を躍らせるような好戦的な光が、彼の眼に宿っていたことはない。
 いつも優しく微笑んで、僕の頭をゆっくりと撫でてくれるだけだ。
 大きくなったな、と。
 また強くなったな、と。
 その言葉が、嬉しくないはずはないけれど。
 時折、弟子と言う立場が、ひどくもどかしくなる時がある。
「……あなたが羨ましいですよ、道徳師弟。一人の友人として……男として、認めてもらえるのだから」
 いきなり口にされた呟きに、道徳は僅かに眼を見張りながら首を傾げた。
 そして、ぽりぽりと大きな手袋の上から頬を掻くと、
「んー……まあ、な。でもハタから見れば、君ほど羨ましい位置にいる奴はいないと思うけどな。ずっと、ずっと側にいれる。側にいて、オレ達の知らないあいつを、お前だけが見ることが出来る。そうだろ?」
 友人は、あくまで友人のまま。
 それ以下にも、それ以上にもなることは出来ない。
 足元に引かれた境界線を、けして越えることはないのだ。
 ……己から、踏み出さぬ限りは。
「それは………そうです、けど………」
「無いものねだりだよ。持っていないものは欲しくなる。……君の場合は、余計にそれが激しいんだろうな」
 天才である君には。
 そう。手に入らぬもののほうが、ずっと少ないのだろうから。
 その意味深な台詞に、しかし楊ゼンはぴくっと眉を揺らすと、
「それどういう意味ですか、道徳師弟。それじゃあまるで、僕がワガママで勝手で自分本意などーしよーもない男に聞こえるんですが」
「いやそのまんま……じゃなくてっ!ええと、その……ぎょ、玉鼎はあれですごく鈍いから、君も苦労するだろうなぁ、って………」
 しどろもどろな言い訳に、しかし図星を突かれたのか、楊ゼンは尚更難しい顔になって黙り込む。
 どちらかというと、師匠は来るもの拒まず去るもの追わずな攻めタイプに見えるのだが、いかんせん彼の弟子になって数百余年、彼の浮いたウワサひとつ耳にしたことがないのだ。
 どこぞのオタクや変人と怪しい……とかいう根拠のない疑心はあるが、あくまで想像の域を出ない。
(でも師匠って、色事に疎いんだか敏いんだかわかんないよなー……まあ、疎いにこしたことはないんだけど、あんまり鈍すぎるのもなー……)
 などなどと、脱線した思いをつらつらと胸中に巡らせていたときだ。
 ギィ……ンッ………
 一際澄んだ音が、一瞬虚空に響き渡った。
「!」
 我に返って視線を移せば、やけにゆっくりと視界をよぎる莫邪の宝剣。
 それは無音でくるくると回転しながら、ざっと一つの岩に突き刺さる。
「まいった」
 宝貝を空高く跳ね上げられた天化は、微妙に嘆息して、痺れの残る腕を脇に掲げた。
 さすが、あの楊ゼンの師と言う肩書きは伊達ではない。手加減してくれたにも関わらず、襲い来る猛追を受け止めるだけで精一杯だった。
 そんな潔い天化の様子に、玉鼎はふっと顔を崩して、彼の喉に突きつけていた斬仙剣を下ろす。
 そしてそれを鞘におさめながら、緩やかに天化の側に歩み寄った。
「君に礼を言うよ。とても有意義な時間だった」
「んなとんでもねーさ。コーチも強ぇーけど、玉鼎真人サマは違った意味で強ぇさねー。楊ゼンさんとどっちが強ぇのさ?」
「それは……もちろん楊ゼンだろう。近頃、あのこの相手には肝を冷やしてばかりだ」
「ふーん………とてもそうは見えねーけど……でも、そうまでしてあのヒトの相手することないんじゃねーの?」
 含んだ言葉に、玉鼎は眩しそうに微笑んで、少し小首を傾げた。
 その際に、さら、と艶やかな黒髪が揺れ、陽光の粒子がその上を舞う。
 天化は思わずタバコを取り落としそうになった。
「まあ……そうなんだがな……それでも、弟子の稽古に付き合うというのは楽しいものだ。あの子が強くなっていることを、肌で感じることが出来る」
 刻のない色褪せた日々のなかで。
 自分を慕ってくれる弟子だけが、唯一鮮やかな存在だから。
「へぇ……そういうもんさ……?」
「そんなものだよ。道徳だってきっとそうだ。君の成長を、君よりも楽しみにしていることだろう」 
「コーチが………」
「師匠!何をぼぅっと突っ立ってるんですか!」
 二人のやりとりを最初は遠巻きに眺めていた楊ゼンだが、いい加減業を煮やしたのか、タンッと玉鼎の天化の立つ岩場に飛び乗ってきた。  途端、不届きな弟子同士の間に火花が散る。
「………修行熱心なのも良いことだけど、あんまり(師匠の)身体の負担を考えない稽古はどうかと思うよ、天化君」
「そりゃあどうも。つい玉鼎真人サマに相手してもらってはしゃいじまったさ。……でも、別に迷惑じゃなかったみたいさね〜……なあ、楊ゼンさん」
 むかっ、ときたのは双方同じことで、しばらく不毛な睨み合いを続けていたが、
「……まあいいです。もう終わったのなら、師匠、早く洞府に戻って昼餉にしましょう。僕作りますから」
 自分の有利さを悟ったのか、楊ゼンが玉鼎の袖を引っ張って岩場を降りさせようとする。
「あ、ああ………」
 それにつられて、玉鼎も足をつい、と動かした。
 が、
「な……」
「な………ッ!!」 
 驚声を上げたのは、玉鼎と楊ゼンほぼ同時だった。
 確かにあげもするだろう。
 前振りもなく、いきなり天化が玉鼎に体当たりするようにして、抱きついてきたのだから。
「へへッ。ありがとさ、玉鼎真人サマ。今日すっげえ楽しかったさ」
 困りつつも抗う理由を見つけられないでいる玉鼎に、天化はごろごろと擦り寄りながら、そんな無邪気な台詞を口にしてくる。
 そう父性愛をつつかれるようなことを言われて、玉鼎がその抱擁を拒めるはずもなかった。どころか、実に嬉しそうな表情に変わる。
 そして、こともあろうに楊ゼンのまん前で、天化をそっと抱き返したのだ。
(んな……ッ!!何僕の前で見せつけるような振る舞いを………!!)
 第一、自分が成人してから一度もされたことがない。
 怒る理由が微妙にずれている気もするが、確実に楊ゼンの堪忍袋は爆発寸前だった。
 しかし、それにまったく気づかず、玉鼎はなおも彼を煽るような言葉を天化に囁いていく。
「ああ、私もだ。君の成長が心待ちにされる」
「ホントさ?」
「勿論」
「なら、俺っちまたここに来てもいいさ?」
「ちょ………」
「ああ構わないよ。いつでもおいで。私で良ければいくらでも相手をしよう」
「!!??」
「嬉しいさ〜。玉鼎真人サマって美人だし優しいし、最高のお師匠さまさね」
「そうか?そんなことを言ってくれるのは君だけだがな」
(僕がいつも言ってるじゃありませんか、僕がッッ!!)
 そりゃ口の前に手が出るから、聞いてる余裕はないのかもしれないが。
 って、そんなことはどうでもいいッ!!!
「師匠っ!天化君!いい加減に離れたらどうですか!」
 怒鳴りつつも、ばりっと二人を力任せに引き剥がす。これ以上ベタベタしてるところを見せ付けられたら、本気でこの辺一帯を荒野に変えかねない。
 突き飛ばすようにして玉鼎から離され、天化はむすっとした表情で楊ゼンを睨みつけた。
「いきなり何するさ!邪魔しないでほしーさ!」
「それはこっちの台詞だっ!さっきから黙ってれば、人の師匠に無遠慮に……もう終わったなら、早く帰ってほしいね!」
 イマイチ事態を把握しきれてない玉鼎を残して、どろどろと険悪な雰囲気が周辺に漂う。
 そしてそれを破ったのは、不自然に明るい道徳の叫び声だった。
「おーい、天化ー、あんまり二人を困らせちゃダメだぞ!もう帰るから、おりてきなさい!」
 これ以上楊ゼンの逆鱗を刺激すれば、真剣に(自分の)命の保証がない。
 そう思っての、実に懸命な対応である。
「え〜……もうさ〜………?」
「ほらほら、君の師匠が呼んでるよ。行った行った」
 しっしっと楊ゼンに掌で追い払われ、天化は渋々ながらも岩場を下り始める。
 それをどことなく名残惜しそうに見つめていた玉鼎だったが、やがておずおずと口を開いて、
「……楊ゼン。何故彼を毛嫌いするんだ?快活な青年じゃないか」
「そんな風に思ってるのあなたぐらいですよ………そりゃ清々しくもなるでしょう。あの師匠の元で育てば」
「………ああ………まあ、そうだな………」
 愚問だった、と控えめに言い淀む玉鼎に、ようやっと楊ゼンは落ち着いて語りかけようとして、
「玉鼎真人サマー!約束忘れちゃ嫌さー!!」
 下方からせりあがってきた忌々しい声に、またも出鼻をくじかれる。
「ああ、わかってるよ。気をつけてお帰り。道徳もな」
 そうして肩を落としている楊ゼンとは対照的に、いつになくおっとりした声音で玉鼎はひらひらと手を振った。
 やがて、二人の姿が岩場から遠退いていく。
 それが見えなくなるまで見送って、玉鼎はさて、と別の岩に飛び移ろうとした。のだが、
「っと………」
 ぐい、と腰を抱かれて強引にそれを遮られる。
 多少驚きつつ目線をずらせば、蒼い容姿がすぐさまそれに飛び込んできた。
「どうした、楊ゼン?……おりないのか?」
「どうした、楊ゼン。じゃありませんよ!僕が怒ってるのわからないんですか?」
「怒る……?一体何に?」
「……そうですか……わかってないんですね」
 はぁぁぁっと重たい息を吐くと、おもむろに楊ゼンは玉鼎の身体を抱き締めてきた。
 片手は首に、片手は腰に、顔は肩に埋まるほど……ちょうど、先程天化がしたように。
「楊ゼン………?」
 その不思議そうな声と、肌に直接の体温を感じて、楊ゼンはようやく安堵にも似た溜め息をつく。
「しばらくこうさせてください。それで帳消しにしてあげます」
「………?」
 彼の言葉が今一つ理解できなかったが、逆らわないほうがいいかと玉鼎は大人しく彼に身体を預けた。元々この弟子の理解に苦しむ行動は、今に始まったことではない。
 時折なびく微風が、仄かな楊ゼンの香りを鼻腔に運んでくる。
 玉鼎はそれに、ふわりと唇を緩めて楊ゼンの胸に頬を押し当てた。
「?師匠………?」
「………泰山香……いい、香りだな………」
「え?]
「眠くなってきた」
「は?ちょ、ちょっとししょ………」
 焦る楊ゼンを無視して、彼は楊ゼンを押し倒すようにそのまま岩の上になだれ込む。
 そして、彼の身体を下敷きにしたまま、すーすーと早々に寝息を立て始めたのだ。
 いかな楊ゼンといえども、この展開はちょっと予想できなかったのか、唖然と眼を丸くする。
「………師……」
 胸元辺りに、玉鼎の美麗な寝顔。
 艶やかな長い睫毛が、呼気の度に微かに揺れて、
「……綺麗、だよなぁ……ホント………」
 なるべく師の身体を動かさぬよう、楊ゼンはごそごそと苦労しながら上体を起こし、彼の身体を膝上までもってくる。
 そうすると、いっそう玉鼎の美貌が陽を受け、眼に際立って映った。
 どうやら本当に熟睡しているのか、軽く肩を揺さ振っても、まるで起きる気配がない。
「確かに今日は朝早かったけど………誰かの所為で」
 元来玉鼎は寝起きの良い方ではなかった。どころかはっきり言ってかなり悪い。
 ……しかも、昨晩は自分が「そういうこと」を強いたため、普段ならばまだ寝台のなかな筈の時間に、あの二人が来訪してきたのだ。無理に起きて、それで何時間もぶっ続けで剣を振りまわしていたのだから、まあ眠くなっても仕方ない……とは思う、のだが。
「こんな師匠初めて見るよなー……いつもは頼んだって、こんなコトしてくれないくせに」
 ぶつぶつとけして不機嫌でない呟きをもらして、楊ゼンは玉鼎の首脇に指を差しいれた。
 サラ、と耳に涼しい音を立て、それはすぐに掌を流れ落ちる。
「……………」
 白皙の肌とは対なすように、鮮烈な感銘さえ抱く宵闇の麗姿。
 今の玉鼎は、常時とは似ても似つかぬほどに無防備な表情で、
 ………道徳真君さまの言う通り、これが「自分だけが知っている師匠」なのだろうか。
 そう考えると、楊ゼンは無性に嬉しくなった。
「まったく、拷問ですよ師匠………こんな美味しい状況を、僕にどうやって耐えろと言うんですか」
 昨日の今日だから、なるべく自粛しようとは思っているのに。
 苦笑しつつ嘆息して、楊ゼンはささやかな報復とばかり玉鼎の唇をぺろりと舐め上げる。
 しかし、それで余計に我慢できなくなったのか、軽かったはずの戯れはそのまま深い口づけへと変わっていった。
「ん………」
 僅かに眉を寄せて、玉鼎の喉から小さな抗議が洩れる。が、無論そんなものを素直に聞き入れる楊ゼンではなく、唇を離した後も、それを顎から首筋へと伝わせていく。
 そうして、一旦身体を起こすと、ぐい、と口端を袖で拭い、
「墓穴掘っちゃったな……ふふ、やっぱりダメですね。我慢なんかできそうにありませんよ、師匠………痛みわけ、ってことで勘弁してくださいね」
 玉鼎の衣服に手をかけながら楊ゼンは、そう妖しく微笑んで、構わずに行為を続行したのだった。

 

 

 


 

 鈍くてつれない、それでも誰よりも大切な人。


 恋路には気紛れそうな貴方だけれど…………今は、僕だけに繋がれてもらいましょうか。

 

 

 

 

 




 そして、その後の玉鼎の末路は記すまでもない。が………

 




 バァンッ!
「玉鼎真人サマ!修行に来たさ〜!」
「だぁーッ!!だから一日とあけずヒトの洞府に遊びに来るんじゃなーいっ!!」
「まあまあいいじゃないか楊ゼン。天化君、ゆっくりしていきなさい」
「またそんな…………もしかして師匠、この前のこと怒ってます?」
「さぁ………何のことだかわからんなぁ」
「へーぇ、そうですか。………今晩、覚悟しておいてくださいね」



 などというほほえましい光景が、長々と玉泉山で見受けられたとかられないとか………

 

 

 

「……なんであんな風に育っちゃったのかなぁ、もう………」

 

 

 

END


さづきさま!楊玉+…というリクエストをどうもありがとうございました!!
も、もうこの遅れは既に切腹ものです!本当にごめんなさいです、ああ(TT)
今回は何を血迷ったか、天玉なんていうオソロシイ伏線をはってしまいました。マイナーもここまで行くと…ねぇ、私(流汗)
後は、玉鼎サマが攻めだか受けだか鈍いんだかわざとなんだか、わからない(?)ようにしてみました。
すごく掴みドコロのない人です。こんな玉鼎サマも結構好きなんですよねぇ(笑)
シリアスがわずかに入ってますが、楊ゼンの性格を変えてでも(待て)ギャグに徹したこのお話……
……あああっ!さづきさま、こんなもので申し訳ありませんっ!リク小説はいつも頑張って書かせていただいてるのですが…っ!(泣)

 

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