無光








「……どこに行くんだい、道徳」
 乾元山金光洞。
 深い闇に彩られた室内。乱れた褥の上で。
 今しもそこを離れようとしていた道徳真君は、眠っているとばかり思っていた相手に腕を引かれ、呼びとめられた。
「…………」
 汗で湿った身体に、薄い前合わせの肌着を羽織っただけのしとどな恰好。
 疲労の所為か、陰った青色の瞳を気だるそうにそちらへと向けて、
「………起きていたのか?」
「そりゃあ、ね。君こそ………いつから意識があったの?」
「……お前が解放してくれてから、しばらく後だ」
「そう。……随分慣れてきたんだね。最初の頃なんて一日中眼をを覚まさなかったのに」
 くすくすと可笑しそうに笑みを噛み殺す洞府の主……太乙真人を、道徳は忌々しそうに睨みつけた。早く忘れ去りたい屈辱を、この男はいつも無遠慮に抉り返してくれる。
 勿論、自覚しているだろう上で……
「……もう戻る……朝、俺が居ないと、天かが心配する」
 虚ろな口調で言い捨てて、道徳は太乙の手を振り払い、ギシリと床に足をつきかけた。
 が、
「駄目だよ、道徳……別にいいだろう。天化君だってもう子供じゃないんだから」
 今度は後ろから背を抱かれて、それを遮られる。離してくれと、弱いかぶりを振ったところで無駄だった。
「………っ」
 すぐに首筋を細い指が這い回ってくる。確かな意図を持った仕草に、道徳は嫌悪も露な表情を作った。慣れれるわけがない。こんな……望んでもいないことを。
「離せ、太乙……一体幾度俺で遊べば気が済むんだ?」
「さぁ、際限なんてないんじゃない?……君は可愛いから」
「ふざけるな。……俺は帰るといってるんだ」
「だから帰さない、って言ってるだろう……いつも聞き分けがないよね、君は」
 少し苛ついたように呟くと、太乙は道徳の両手を引いて、寝台に乱暴に押し倒す。それに僅かに強張った彼の眦を緩く撫で、性急にはだけた胸元へと口づけた。
 そのまま、徐々に唇が下へとおりていく。
「……っ……たい、いつ……やめ……」
 疲れ果てた肢体をなお弄ばれて、道徳は瞳を揺らしながら力ない拒絶を口にする。
 聞き入れてくれるわけがないと、それはよく判っていたけれど。
 それでも……こんな……
「もう………嫌だ………」
 掠れた声で、呻くようにこぼされる哀願。
 既に抗う気力すら残っていない、そんな相手の衰態を、それでも太乙は愉悦を宿した目で見据えながら、
「大人しくしておいで、道徳。……こんなこと、弟子に知られたくはないんだろう?」
「っ………」
 その静かな脅しに、道徳は一瞬身を竦ませ、
「………お前は酷い奴だ」
 そして、諦めたように身体の力を抜いた。
 憔悴した眼で、どこか遠くを見つめる道徳の額に、太乙は冷笑しながら唇を寄せて、
「………良い子だね、道徳………」
 そのまま、感慨なく道徳の腰を引き寄せる。



 苦痛に哭く喘ぎが、暗い闇の中に響いた。

 

 

 

 

 




「コーチ、大丈夫さ?」
 ためらいがちに声をかけられて、道徳はハッと卓子から顔を上げた。いつのまにか眠ってしまっていたらしい。 
 眼をこすりながら右を仰げば、端正な弟子の顔が視界に飛び込んでくる。
「あ、ああ、天化。お帰り……修行は済んだのか?」
「うん、一段落ついたからコーチに相手してもらおうと思って……でも、この頃コーチ具合悪そうだから……」
「……そ……んなこと、ない。心配するな」
 ぎこちなく笑いながら告げられた言葉に、天化は僅かに首をかしげて、
「そう……さ?けどコーチ、昨日も帰ってくるの遅かったさ。……いつもどこ行ってるさ?」
 いつ帰るかのかも、行き先すらも教えてくれない。別に詮索するつもりなんてないけれど、こうも頻繁だとやっぱり不安になってしまう。
「……心配、かけたか?」
「ん……うん、心配したさ」
 頬を掻きながら伏せ眼で呟く天化を、道徳は悲しげな表情で見上げた。
 そのまま、すっと天化の顔に触れて、
「すまない……今度から、ちゃんと帰ってくるから……」
「本当?コーチ……でも無理しなくていいさ……」
「天化……」
 背伸びした物言いのなかに隠された寂しさに気づいて、道徳は深い自責の念にかられる。
 不器用でまっすぐで……どうしようもなく優しい弟子。
 心配をかけたくない、悲しそうな顔を見たくなんてないのに。
 自分はいつも……この子を困らせることしか出来ない。
「無理じゃないさ……ごめんな、天化」
 もう一度謝るのとともに、次は天化の身体が屈み寄せられた。
 何を、と問う前に力強い腕がぎゅっと自分を抱き締めてくる。
 ……陽だまりと、土埃の……何よりも安堵を抱ける、香り。
 荒んだ心の内が、知らず穏やかに鎮められていく。
「天化………どうした?」
 大人しく身体を預けながら、道徳は天化の背をぽんぽんと叩く。それに呼応してか、いっそう彼の腕に力が込められた。
 しばらく、そうしてぬくもりを確かめ合った後。
「コーチ……キスしていい?」
 自分の髪に顔を寄せながら、天化が遠慮がちにそう聞いてくる。
 道徳は一瞬眼を見張ったが、
「………ああ、いいよ」
 静かに笑んで、軽くその蒼眼を閉じた。
 すぐに、柔らかく唇が重ねられる。誰かとは全く違う………ついばむような、切ないまでに優しい口づけ。
「ん………」
 甘い余韻を残して、慣れた体温が離れる。
 視界を開けば、嬉しそうに笑む天化の顔がいっぱいに映し出された。
「ありがと、コーチ………手合わせ、してくれるさ?」
 言ってひょいっと莫邪の宝剣を胸の前に掲げる。
 道徳は唇を小さく拭いながら、ん、と顔を上げて、
「もちろん。………お前が上達が早いから嬉しいよ、天化」




 愛する存在。
 甘やかな睦言と、時折の口づけ。彼が自分に望むのはたったそれだけのこと。
 他には何もいらないと。
 あなたの側に居られれば、それで幸せなのだと。
 月が綺麗だった夜空のもとで。
 ……哀しいほど純粋に、彼はそう囁いてくれた。




 この穏やかな交わりを壊したくはない。
 翻弄され、欠け崩れゆく正気の中で……いつも、ただそれだけを願っていた。

 

 

 



 ザゥッ!!
 土煙を舞い上げて、天化が突進する。
 間合いに踏みこんでこようとした彼を、道徳は後ろ足を返して飛びのいた。
 引いては攻め、虚をかけて斬りかかり、またそれをいなして、
 陽炎の如く、無数の蒼い残像が二人の間で交錯を繰り返す。圧倒されるほどに真剣な、打ち合い。
「………っ」
 迅い斬り込みを、道徳はそれでも全て受け止めて、弾く。
 彼が自ら向かっていくことは滅多とない。どちらも宝貝を使用しているため、一太刀なりと受けてしまえば、かなりの傷を負う羽目になるからだ。
 だから道徳は専ら天化に攻めさせ、護りが甘くなれば口で注意するようにしていた。
 しかし、本当に彼は面白いほど成長が早い。こうして手合わせをするごとに、確実に伸びていることがはっきりと実感できる。
 ザッ………
「はーッ………コーチはやっぱり強すぎさ………」
 一旦間合いを取り、天化は息を吐きながら大きく肩を上下させた。弱音らしき口調とは裏腹に、澄みきった眼がまっすぐにこちらを捕らえている。
「そうか?………これでも結構焦っているんだぞ」
 けして嘘ではない台詞を投げて、道徳は気づかれぬよう呼吸を荒くつく。天化を気遣って、必死に隠そうとしてはいるものの、実はもう普通に立っていることさえ辛かった。
 額に巻かれたバンダナは吹き出す汗の所為で重く、既に用途を果たしていない。紗を宿して歪む視界が酷く煩わしかった。
「……熱まで出てきたか………」
 フウ、と喉を震わせて額に手を当てる。いずれにせよ、もうしばらくだ。
「天化。最後にしよう……最後にもう一度、お前が向かって来い」
 にこりと辛さを押し込めて笑い、道徳は宝貝を構える。
「最後?……わかったさ、コーチ」
 ふっと天化も笑顔を解いて、宝剣を握り直した。
 陽の照りつける岩場に、張り詰めた静寂が流れる。
 刹那。
 ビュゥッ、と天化が手にしていた宝剣を数本、道徳目掛けて投げつけた。
 恐ろしいほどの疾さで、それは牙をむく。
 同時に、天化も姿勢を低く保ちながら地を蹴った。
「………!」
 上下からの二段攻撃。成程、大抵の者ならばこれを交わすことは難しい。
 さすがに面白いことを考えると、道徳は飛び退さりながら上方の宝剣を蹴散らそうとして、


 ぐらり。

 何の前触れもなく、平行感覚を失うほどの目眩が彼を襲った。

「…………っ………!」
 咄嗟に目元を抑え、手にしていた宝貝をカラン、と取り落として、



 ズッ………


 頭の芯を揺さぶるような、鈍い衝撃が右肩を貫いた。
 途端、首と腕から生温かい感触が溢れ出す。
 上下の感覚すら抱けぬままに、道徳は意識が緩慢に遠退いていくのを感じて……
「コーチっっ!!」
 ……瞬間、裂けんばかりの悲痛な叫びが耳に届いた。
 力を失った四肢が、何かに抱き留められる。
 そしてうっすらと開けた霞眼の先に……自分を支える弟子の泣き顔。

 

 




 ………ああ………そんな顔をしないでくれ……
 お前の涙を見るのは……何よりも、辛い………

 

 

 


「コーチ!コーチ……どうしよ……血がとまんね………」
 紫陽洞。
 溢れ出る涙を拭おうともせず、全く意識のない師の身体を掻き抱きながら、混乱した呟きを放つ天化の姿があった。
 莫邪の宝剣が突きたてられた、右肩。おびただしい鮮血が、道徳の青い服を嫌な色に染め上げている。それに伴い、どんどんと道徳の顔から血の気が失われていった。
 簡単な軟膏などは常備してあっても、それ以上の薬は何一つ置いていなくて、天化は何も出来ずにただ道徳の名を呼ぶしかない。
 彼が、今の奇襲を回避できない、なんて考えもしなかった。強い師。自分なぞまだまだ適うわけがないと……
「コーチ、起きて……お願いだからっ……!」
 涙がつまって、上手く言葉が告げない。
 ぽたぽたと道徳の頬に絶え間なく涙が零れ落ちてゆく。
「コーチ………」
 真っ赤に腫らした眼を強く瞑り、道徳の掌を両の手で握り締めた……その時。
「天化君」
 いっそ冷淡とも言えるほどに、静かな呼び声が洞府内に響いた。
「!太乙真………!」
「道徳……怪我したの?」
 天化の驚きなど意にも介さず、すっと二人の側まで歩み寄ってくる。
 元々、太乙の眼は天化の方を少しも向いていなかった。
 碧の瞳に映し出されていたのは……酷い傷を負った想い人だけ。
 太乙は天化を無言で押し退け、道徳の肩に顔を近づけた。
 そしてしばらく傷口を診て、
「……酷いね。天化君、これは君がやったの?」
 天化に背を向けたまま、太乙は言う。
 静けさを持ちつつも、氷のように冷たい、その声。
 天化はびくっと青白い頬を強張らせて、
「え……ぁ……し、修行の手合わせの時……コーチがバランス崩して……それで……」
「そう………君が、やったんだね」
 入り乱れた台詞をぴしゃりとはねのけ、太乙は服が赤く汚れるのも構わずに道徳を抱き上げる。そのまま、天化を一度も窺うことなく、洞府の入り口へ向かって足を進め始めた。
「ちょっ……太乙真人サマ!?」
 天化は濡れた眼を見開いて、彼を呼び止めようとする。今の師は動かすことさえ危険な状態だ。いくら意識がないとはいえ、黙っていられるはずがなかった。
 慌てて走り寄って、太乙の肩を掴もうとした彼だが、
「何?……動かすなって?」
 鬱陶しそうに呟かれて、思わずその動作を止めてしまう。
「そ、そうさ……今のコーチは………」
「じゃあずっとここに放り出しておけと?薬も何もないところに?」
 突き放した正論に、天化の身体は微かにたじろいだ。
「ぁ……それは……」
「よく考えてごらん、天化君。私の洞府でしか、彼の傷は治せないだろう……理解したなら、邪魔しないで欲しいね」
 あからさまに敵意をもった眼差しに見据えられ、天化は何か違和感を覚えて立ち竦んでしまう。
 今目の前に居る男は、天化の知っている十二仙ではなかった。
 凍った威圧感に、彼は底知れぬ恐れさえ抱きつつも、
「あ……じゃ、俺っちも……」
 師の方は心配げに見やり、行く、と掠れた声を絞り出そうとする。
 だが、その前に、
「駄目だよ。邪魔にしかならないから………来てくれなくていい」
「……っな………」
 静かに告げられた鋭い拒絶に、今度こそ天化は絶句した。
 あまりな言い方だ、と反論する怒りさえも、目の前の男の雰囲気に飲み込まれていく。
 叩きつけられる、明らかな憎悪。
 道徳を傷つけた……事に対しての……?
(それだけじゃ、ねーさ………)
「………太………」
「それじゃ、天化君」
 怒気に隠された何かを悟って、表情を固くする天化を太乙は冷たく一瞥すると、入り口の向こうに姿を消していった。
 冷えた部屋にひとり残された天化は、ただ困惑をたたえた瞳のまま、
「コーチ………」
 やり場のない憤りを、胸に抱える。
 愛しい人を、この手で傷つけてしまった痛み。
 そして、心の襞を侵食するように湧きあがる、嫉妬にも似た不安。
 それが何故なのか……彼には確かめる術がない。

 

 

 

 



 肩が………痛い。
 ずくり、と嫌な衝撃を伴ってそこが疼きを繰り返す。
 眼を瞑ったままでも判る……額を伝って落ちた汗が、ぽた、と音を立てた瞬間。
「起きなよ、道徳」
 感慨のない声に、覚醒を促された。
 何かに弾かれたように、ハッと道徳の視界は色取り戻す。
 しかし、辺りは酷く薄暗かった。……よく見渡せば、どこかの部屋のようで。
 ……あまり、見覚えのない……
「……ここは……」
 と、起きあがろうとして右半身に走った鋭い痛みに、道徳は声も無く喉を詰まらせた。
 反射的に肩を抑えれば、そこにはざらついた包帯の感触。
 裸にされた上半身に、それが幾重にも巻かれている。
「傷…包……帯……?」
 霞のかかる思考で、現状を自覚する前に、
「私の洞府だよ、道徳」
 間近から、笑いも含みながらも酷く尖った声色が耳にそそがれた。
「!」
 ばっと傷を堪えてそちらに向き直れば、予想に違わぬ美貌がこちらを覗きこんでいた。
 微笑みの浮かぶ口元とは裏腹に、その眼には優しさの欠片すらうかがえない。
「太乙……?何故……」
「何故?何が?」
 応えを遠回しに突き放して、太乙は呆然となっている道徳の顎を粗野な動作で掴み上げる。
 ……どれだけ穢そうと、鮮やかな光を失わない……深い翡翠色の瞳。
 混乱を含んだそれを、太乙はなお冷ややかに見据えて、
「怪我をした君の手当てをしただけよ……びっくりだね。洞府に言って見れば、血だらけで転がってるんだから」
 責めるような口調で淡々と吐き捨てられ、そこで道徳はようやく思いに至る。
 それと同時に、この場に居ない愛弟子のことを。
「あ……天化は……!」
 きっと、心配している。
 いや、泣いているかもしれない。
 断片的な記憶に、彼の泣き顔だけはやけに鮮明に残っていて……
 ………お前は何も悪くないのだと。
 そう言って、早く安心させてやりたかった。
 なのに、
「あの子はこないよ。邪魔だから来るなと言った。そして君をここから出すつもりもない」
 そんな台詞を殊更ゆっくりと囁かれる。
「な………」
 眼を見張って寝台を飛び降りようとする前に、両肩を鷲づかみされて、そのまま布の海に叩きつけられた。
「……!かはっ……!」
 傷口を爪に抉られる激痛に、道徳は小さく悲鳴を上げて全身をさざめかせた。
 脈動するそこが、灼けつくような痛みで覆われる。
 ゆきすぎた痛覚に、遠のきを見せる意識を、それでもどうにか持ちこたえると、
「何でそんな酷いことを……あの子は俺を心配して……!」
「……酷い?何を言ってるんだい、酷いことをしたのは彼だろう?君の綺麗な肌に……こんな醜い傷を負わせた」
 道徳の怒りを余所に、太乙はまた彼の肩に強く指を這わせる。……最初から苦痛を与えることを目的としているような、そんな接し方で。
「ぅ……ぐっ……!」
 びくんと道徳の身体が大きく波打つ。
 流したくもない涙が一筋、頬を伝った。
「……違……う!天化は何も悪くない!悪いのは………!」
「煩いよ……彼を庇う言葉なんて聞きたくもない……君は、私だけを見ていればいいんだよ……」
「ぁ……ぁ、あっ!」
 ビッと包帯が破かれ、赤い染みの散った白い破片が空を舞う。
 痛みに竦んだ道徳の身体を、それでも太乙は容赦無く抑えつけて、彼の下肢を乱暴に割り開いた。
「……ぁ……」
 突然の暴挙に、道徳はなお顔を青ざめさせる。彼の意図を察し、がたがたと傷ついた身体を震わせた。
 どれだけ嫌悪しようと、今の彼には抗う力も気力も無い。
 ただ怯えることしか許されていない道徳の唇を、太乙はうっすらと笑みながら無言で塞いで、
「………っ!」
 するり、と赤い液体で染まった胸に指を滑らせる。
 そのまま強張った肢の間を濡れた手で抑えて、一度も慣らすことなく道徳の内におしはいった。
「………!!」
 青色の瞳が、連なった激痛の所為で限界まで大きく見開かれる。
 四肢はこれ以上ないほどに竦みあがって、ひくりと喉が痙攣しながら上下した。
「……った…い……つっ……!やめっ……!」
 ひきつった哀願が切れ切れに絞り出される。
 しかし、それが聞き入れられることはなく、更に乱暴に身体を揺さぶられた。
「……ァ……ぅ……っ……!」
 性急な行為に、ぼやけた視界が赤く濁る。麻痺した肩の痛覚や発熱が混沌となり、道徳の胸には凄絶な不快感が押し寄せてきた。
 身体の奥が、痛い。
 眼が、勝手に涙を流す。
 吐き気が……止まらない……。


 ……もう……やめて………


「…………ぅ、ぁ……」
 弱々しい呻きを断続的に吐き出す道徳を、太乙は恍惚と見つめながら強く抱き寄せる。
 深くなった繋がりに、彼はびくんと疲れた身体を震わせて、
「たい……いつ………」
 微かな声音で、自分を犯す者の名を呼んだ。
 その完全に怯えた表情に、太乙は曖昧な笑みで答えながら、
「可愛いよ、道徳……もっと、私の名を呼んで……」  
 紅く濡れた頬を、音をたてながら舐め取り始める。
 そして、どこか虚空を彷徨うような眼で……愛しい者を今一度抱いて、

「愛してるよ……君だけを……ずっと、ね………」

 

 


 やっと手に入れた宝玉。
 もう誰にも渡さない。
 渡すことが、できない。
 気の遠くなるような昔から、私の眼には君しか映ってはいなかったのだから……

 



 そう……もし今、この男を誰かに奪われるぐらいなら……

 

 

 


「私は君を殺すよ、道徳………」

 

 

 

 

 


栞都さま!辛めの乙道、とゆうリクエストをどうもありがとうございました!
折角いただいたというのに、遅れてしまって(そんなものではない)申し訳ありません……
……しかもその挙句にできたのがこれか、お前……(死)
何だか太乙サマ救いようのない性格になってます。まるで紅茫の天化君バージョン(苦笑)
う、う〜ん。辛め、とダーク、を同一視してしまってよかったのだろうか……?
しかしかなり乙道っていいです(にやっ)これからもメインに増やしていきたいですねぇ。

 

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