涼夜桃香
「う〜む…………」
西岐城。
東の離れに位置する執務室で、周の軍師太公望がひとり唸り声を上げていた。
それの出所は、もちろん毎日のように湧いて出る悩み事。
立場上、悩み事の類いなどそれこそ星の数ほどあった。
治水工事への人材派遣や、流民の宿営地の設置や、慢性的な資金不足に加え、殷へ進軍するための作戦遊案など、数え上げればキリがない。
キリがない。が、片っ端から解決していかないことにはどうしようもない。
そんなわけで、サボり魔武王に代わって執務室に強制カンヅメだった太公望だが、いい加減神経がだれてきたようである。
「だぁ………いくらなんでも疲れたわい。なんじゃ、もう夜ではないか」
筆を放り出して背後を見やれば、紋様彫刻見事な細工格子の向こうに、既に濃闇色の帳が落ちついていた。
かれこれ休息なしで十数時間。疲れもするはずだと、太公望は疲労の極まった身体を書簡だらけの机の上に投げ出す。だらしないとは思うが、このまま眠ってしまいたかった。
だが、
「おっししょーさま!ご苦労様ですっ!」
さらに疲れが上乗せされるような明るい声とともに、ばんっと威勢よく扉が開かれた。
「……………」
ますますぐったりした表情で、太公望は隈のできた眼だけを動かす。
予想に違わない天然道士の顔がそこにあった。
「…………武吉か……何の用じゃ………」
もう誰かと話すことさえ億劫だ。言葉を放つ側から、うつらうつらと視界がぼやけ出す。
「あ、お師匠さまー、寝るのはもうちょっと待ってくださいよ。せっかくお師匠さまの大好物持ってきたんですからっ!」
言ってじゃんっと鼻先に尽きつけられたのは、輪切りにされた蜜桃の冷製だった。熟れた豊麗な香りが、太公望の消えかけた意識を一気に引き戻す。
「おお、武吉。珍しく気がきくではないか!」
「珍しく、は余計ですよーお師匠さま」
にこにこ笑いながら釘を刺す武吉を無視して、太公望は素早くぱくっとひとつを口に含む。さすが高級な蜜桃だけあって、瑞々しい甘さが渇いた口腔を潤した。
「ん〜……旨いのぅ!働いた後は尚更じゃ。疲れが払拭された気がする……武吉、礼を言うぞっ」
と、上機嫌な太公望を、武吉も笑ったまま見下ろして、
「嫌だなー、そんなことありませんよ。でもお師匠さま、どうせお礼をいただけるんなら、僕こっちの方がいいです」
「へっ………?」
ふたつめの桃を頬張りながら、武吉に向き直る前に、彼は唐突に椅子に膝をついて太公望にのしかかってくる。その突飛な行動を彼が頭で理解するより早く、
「僕にも味見させてくださいよ、お師匠さま」
桃の雫に濡れた唇をぺろ、と舐められ、そのまま深く口づけられた。
「んん………っ!!」
舌と舌とが妖しい音を立てて絡み合う。そのねっとりとした突然の感覚に、太公望はたまらず鼻にかかった喘ぎを漏らした。
「ふっ……ぁ……」
ぴちゃ、とわざと音を残して慣れた吐息が去る。
「美味しいですね。僕、蜜桃って食べたことがなかったんです」
「たわけ………そっちのを食べればよいであろうが………」
「だってこっちの方がずっと美味しそうですよ?ねえ、お師匠さま」
無邪気に笑って、武吉は太公望の唇をなぞる。それを嫌がって身を引く彼を引き止めることはせず、そのまま椅子から半乗りになっていた身体をおろした。
しかし、次の武吉の行動に、太公望は心底ぎょっとする。
「ぶ、武吉っ!おぬし何を………!」
「え?だってお師匠さま、ここ十日ほど執務室にこもりっきりだったんですよ。さすがに欲求不満でしょう?」
「んな………っ!」
無茶な理屈に絶句する太公望の肢を構わずに割って、そこに屈み込んだ武吉はさも当然のように行為を進めていく。腰布を取り、無理に下衣を剥ぎとって、白い肌をあらわにした。
勿論太公望はその間にこれ以上ないほどの抵抗をしたのだが、天然道士の非常識な馬鹿力に適うはずもなく………
下肢だけ素肌を全て晒した上、大きく肢を開かれるという、太公望にとっては目眩がしそうなほど恥ずかしい体勢を取らされる羽目になった。
「ば、バカ者っ!服を返せっ!」
「大丈夫ですよ、別に最後までしたりしませんから。お師匠さまを満足させてあげるだけです」
「別にしていらんわっ!いいから離さんかっ!!」
真っ赤になって怒鳴る太公望を、武吉は楽しそうになだめると、何の前触れもなく太公望の中心に指をまとわりつかせる。
「ヒッ………!」
その細くて冷たい感触に、太公望は抵抗を忘れてびくりと竦み上がった。いくらなんでも行為が性急すぎて、身体がついていこうとしない。
「ぶ……武吉……わ、わしは疲れておるのだぞ。……少しは気遣って………」
「大丈夫ですって。……あれ、でも身体の方は正直ですね」
白々しく言って、武吉は既に反応を示している太公望のそれに、くり、と指先を押し込む。
途端、太公望の白い喉は仰け反り、敏感な欲望からは液体が零れ出した。
「……っや………ぁはっ………!」
「もう濡れてきましたよ……ほら、キモチイイですか、お師匠さま」
焦らすようにくちゅっとソレを軽く擦って、武吉は小刻みに震えている太公望を見上げる。
………形だけは嫌がっているものの、彼の瞳は確かな快楽を訴えていた。
「イイ、って言ってくださいよ、お師匠さま。そうすれば……」
「ん……ん、ぁっ……!や、やだ……ぁっ!」
ゆるゆると繰り返される間接的な愛撫に、太公望はたまらず泣き声を上げる。確かにここしばらく身体の欲求を満たしている暇などなかった所為で、訪れる快感はいつもより甘く激しかった。
「ぁ……は……ぶ……武吉………」
「なんですか、お師匠さま」
くすくすと笑って、武吉は太公望の頬に手を添える。勿論、彼の欲望を休める事無く刺激したまま。
「おっ……おぬし、意地が悪いぞ!」
「僕をずっと放っといたお師匠様が悪いんですよ。ちゃんと言ってくださるまで、許しませんからね」
呟き、汗の滲み始めた内股を軽く噛んで、舌を滑らせる。それにびくびくと太公望は過剰な反応を見せた。
「あ……ぁっ……」
極めることのできない快楽が辛くて、顰められた眦から涙が零れる。いくら縋るような視線を情人に投げかけても、言葉通り一向に許してくれそうな気配がない。どころかそんな太公望の媚態を愉しんでさえいるようだ。
「……っ……こ、の根性悪がっ………」
「もー意地っ張りですねーお師匠さまは。早く諦めればいいのに………」
苦笑気味にひとりごちると、武吉は更に太公望を追い詰めるように指を動かした。先走りの液を掬い、それを彼の欲望に擦りつけるようにして激しく扱く。同時にはだけさせた胸元をも嬲った。
「は……ぁふ……っ!や……も……ぅ……!」
身体を反らせ、太公望はもう限界だといわんばかりにふるふると首を振る。武吉の手のなかのものもしきりに蜜を吐きながら痙攣していた。
「武吉っ……は、早く………っ……!」
「早く?何ですか?」
「っ…………」
こんな切羽詰った哀願を洩らしても、相変わらず彼の態度はそっけない。
たいこうぼうはぎゅっと唇を噛み締めて、酷く悔しそうな表情で、
「い………達か……」
「何?聞こえませんよ、お師匠さま」
「………達かせ……て…………っ……」
蚊の鳴くような声で言い終えると、太公望は耐えきれずにしゃくりあげて泣き出す。真っ赤になって恥らう彼の様子は誰が見ても酷く扇情的なものだった。
「よく出来ました」
にっこりと嬉しそうに笑うと、武吉は指を舐めつつ太公望のそれをぴちゃ、と口に含んだ。途端に今までとは比べ物にならないほどの快感が太公望の背筋を駆け上がる。
「ああぁッ!」
やっと与えられた悦楽に、太公望は艶っぽい嬌声を上げ、身体を強張らせた。絶頂が近づいている証拠だ。
いやらしい音を立てて、武吉は的確に性感を刺激しながら舌を這わせる。小刻みに律動しているソレを、今度は焦らす事無く駆り立てた。
「ほら、イっていいですよ………」
囁きながら、根元を戒めていた指を緩める。
「ん、んぁ、あッ!」
断続的な悲鳴を上げ、太公望は堪らず武吉の口の中に放っていた。
「美味しかったですよ、お師匠さま。よっぽど禁欲が辛かったんですね」
「たわけ………」
躊躇いもせず太公望の精液を飲み下した武吉に、太公望はぐったりした抗議を投げる。久方ぶりの、しかも焦らされた末の解放に、意識が白濁と薄れていくのを抑えることができない。
それでもそのままの格好でいれるわけがなく、ろくに動かぬ手足で着物を掻き集めようと、椅子から身体を起こした。
が、その時を見計らったように。
「ん、むッ!」
白い蜜でべたべたの唇が、太公望のそれを塞ぐ。とっさに押しのけようと腕に力を込めたが、勿論無駄な抵抗で、その液体を無理矢理に味あわされた。口腔に残っていた桃の甘い香りが、頭に溶けこむ様にして消えてゆく。
やがて、ゆっくりと唇が離れた。
「どうですかお師匠さま?自分のは」
「だぁほ!何がどうですか、じゃ!いい加減に退かぬかっ!!」
赤面したまま怒鳴り散らす太公望から、武吉はくすくす笑って身体を引く。
「はいはい。あ、桃あったかくなっちゃいましたね。また冷やしてきましょうか?」
「別に構わぬ、それより服を返せ」
ふてくされた表情で、太公望はどうにか服装を正す。早く自室に戻って風呂に入りたかった。
ちゃっかりと桃の皿だけを手に、今度こそ立ち上がろうとした太公望の背を、懲りずに武吉がぎゅっと抱きしめてくる。
それに太公望が何か反論を返す前に、無邪気な声を耳元に吹き込まれた。
「僕もお師匠様の部屋行っていいですか、いいですよねっ」
「…………」
いいも何も、最初から決め付けた口調で返答を求められれば世話はない。
やっぱりそうくるか、と太公望は疲れ気味に嘆息したが、
「………わかっておるわい。好きにせい」
こやつに適うわけがないのだと諦めた表情になって、照れを隠した軽い促しを返した。
やがて、ばたんと閉められる、無人になった執務室の扉。
二人が去った涼風の吹きぬける回廊には、芳醇な桃の香りがただよっていた。
何だ、こりゃーっ!!(……と管理人に叫びたい方が何人いらっしゃるだろう……TT)
どういうわけかできてしまった話です。なぜに武太なのかが自分でも多いに悩むところ(爆)
いただきものの桃を食べてるときに、何となく思いついたのですが、ここまで変な話になるとわ……
裏裏にもってくほどでもない(?)と思ってこっちに置いてみました。
それにしてもしてるだけ……もーちょっとマトモな話書かなきゃあな……(ホントだよ)