桜色の遊戯




 



 夏天には、無情なまでの輝きを放つ太陽。
 炎の洗礼を受け続けた象牙色の大地は、所々に大きな亀裂を生じている。
 枯草の生い茂った、不毛な辺境の地。
 その陽炎が揺らぎ立つほどの酷暑の真っ只中で、なおも対峙を続ける二人の道士がいた。

 

 


 じり、じりと肌が灼かれる。
 ともすれば目眩を起こしそうなほどの激しい熱光を、それでもぶんぶんと振り払い、天化は莫邪の宝剣を握り直した。
 柄が苛立つほど汗で滑る。それが暑さの所為か、緊張の所為かを図る余裕はない。
 三尖刀を所持する天才道士は、今目の前。
 本当に同じ場所に存在しているのかと思うぐらい、涼やかな顔をしてこちらを窺っている。
 やっぱ楊ゼンさんは強ぇさ………
 幾度も仕掛けては返り討ちにあい、天化の身体の節々は三筋の傷だらけだ。
 しかし、まだまだ歯が立たないとはいえ、一太刀ぐらいは報いたかった。
 好戦的な光を清々しい眼に宿して、天化は慎重に間合いを詰める。
 溢れ出る汗が、ぽたり……と顎を伝って落ちた瞬間。
 ザッ!!
 右足を残像が生じるほどに疾く踏みこんで、彼は一気に楊ゼンの懐にもぐり込んだ。
 しかしもちろん、それで仕留めることが出来ると思っていたわけではない。
 素早く後ろ足に地を蹴って、三尖刀を横薙ぎに切ろうとする楊ゼンを見越し、天化は背を返して彼の頭上を後転で飛び越える。
 その奇襲は成功し、完全に背後に回りこんだ。
「やったさ!楊ゼンさん、覚………!」
 ヴン………ッ。
 修行とはいえ真剣勝負と、天化は勢い良く宝剣を振りかぶり、
「コー…………!」
 ザシュゥッ!!
 次ぎの刹那には、それこそ景気良く三尖刀の風圧に吹っ飛ばされていた。

 

 


「あ、てててて…………」
 べちゃっと情けない着地を果たした天化の元に、大した疲労もうかがえない楊ゼンがスタスタと歩み寄ってくる。
「大丈夫かい、天化くん」
「大丈夫じゃねーさ!もー卑怯さ、楊ゼンさん!」
 差し出された手を渋々と借りて、天化は何とか起き上がる。疲れが一挙に押し寄せてきたような表情だ。
「卑怯?ちゃんとした戦術のうちだよ……僕の変化はそんなに似ていた?道徳師弟に」
「………ヒドイさ、コーチに化けるなんて」
 しらっと肩を竦めて言う楊ゼンから、天化はぷいっとそっぽを向く。完全な膨れっ面だ。余程悔しかったらしい。
「もーいいさ、帰るさ。……どーせ俺っちは騙されやすいさ」
「そんなに拗ねないでよ。可愛いけどさ」
「真顔でそーゆーコト言わないでほしいさ!」
「どうして。………大体、なんで攻撃止めちゃったのさ。あんなに上手くこの僕の虚をついたっていうのに、勿体無い」
「………だって………俺っちにコーチを攻撃するなんてできっこねーさ………」
 ぴくっ。
 本人は全く自覚していない問題発言に、楊ゼンはすっと表情を変える。
「どういうことだい?」
「へっ………?」
 何やら不穏な調子の声に、天化は間の抜けた返事をして振り向いて、思わず口から煙草を取り落とした。
 楊ゼンが意味もなくにこにこと笑っている。
 彼の突発的な笑顔は、道徳の怒鳴り声よりもずっとコワかった。別の意味で。
「僕には平気で攻撃できるくせに、道徳師弟にはそれができないって君は言うんだね?……何だかすごく腹が立つんだけど」
「な、なに言ってるさ楊ゼンさん?」
 わけがわからないながらも肌で危機を感じ取って、ずずっと天化は後退さる。彼がこういう言い回しをした後に、ロクな目にあった試しがない。
 不自然にひきつった天化の顔に、楊ゼンは薄笑いしながら軽く触れ、
「君がそんなに恋人をコケにした態度を取るなら……こっちもそれ相応の対応をしなきゃいけないね」
 などと勝手に呟いて、楊ゼンは再び三尖刀を構え直す。
 それにぎょっとしたのはもちろん天化だ。
「こいび………ちょっちょっと待つさ!俺っちこれ以上できな………!」
 予期するどころかかなり理不尽な展開に、天化は慌てて手を振って弁明しようとするが、
「問答無用」

 

 そして激烈な爆音と天化の悲鳴とが、割れた大地に延々とこだました。

 

 

 



「………おぬしら、一体どういう修行をしておったのだ?」
 周の王都、豊邑。
 ひんやりと冷たい西岐城のなかで、太公望は呆れを通り越したような声を発した。
「大したことはありませんよ。少し夢中になってしまっただけで」
 にっこりと笑いながら楊ゼンが応える。いや、彼しか応えることは出来なかった。
 なぜなら天化は哮天犬に突っ伏したまま、ぴくりとも動かなかったからだ。おまけに全身という全身が擦り傷と痣だらけである。
「…………かなり大したことがありそうだがのぅ」
 何となく悟ったような顔になって、太公望は気の毒そうに大きな溜息を吐いた。
「まあよい。楊ゼン、責任もってちゃんと看病してやるのだぞ」
「わかってますよ、師叔………ちゃんとね」
 笑顔を崩さないまま、楊ゼンは太公望に辞儀を返すと、足早に自室へと向かっていく。
 ………誰かと誰かの(一方的な)関係など、太公望はとうに感づいていた。まあ、だからといって何をするわけでもなかったのだが。
「………ご愁傷さまだのぅ」
 二人と一匹の後ろ姿を見送りながら、そんな実感を込めてこぼされる太公望の声だ。

 

 

 


「ほら、天化くん。いい加減起きたら?」
 バタンと自分の部屋の扉を後ろ手に閉め、楊ゼンは誇りで汚れた上着を脱ぎ落とす。
 強情な恋人は、いまだ愛用の宝貝のうえでぐったりとしていた。
「起きれるんなら起きてるさ………大体誰の所為で………」
「君が悪いんだよ。僕に妬かせたりふるから」
「アンタが勝手に怒っただけさっ!俺っちが何したって言うさっ!!」
「………それに気づかないから、なおさら腹が立ったんだけどなぁ」
 しょうがないな、と溜め息の後に、楊ゼンは天化を哮天犬から抱き下ろす。細い彼の身体は汗でびっしょりだった。当たり前だが。
「ひとりじゃ立てないかい?」
「っ………」
 悔しそうに歯噛みして、天化はなんとか膝を立てようとするが、酷使された身体は容易に言うことを聞いてくれない、がくがくと関節が鳴って、とてもじゃないが支えなしでは身を起こしていられなかった。
「意外と繊細なんだねぇ、君って」
「あんな容赦ない攻撃何時間も受ければ誰だってこうなるさっ……!」
 自棄気味に吐き捨てて、天化は顔を伏せる。どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。
「………やれやれ。まあいいか、ほら歩いて」
 楊ゼンは肩を貸しながら苦笑して、軽々と天化を引きずっていく。
「…………?」
 どこに行く気なのかと疲れた顔を上げれば、備え付けの湯殿くぐるところだった。

 …………………湯殿?

 その単語を頭で理解するや否や、天化の顔色はザーッと後退する。ここにもあまり、いやかなりいい思い出はない。
「よっ楊ゼンさん!いいさ、風呂ぐらい自分の部屋で入るさっ!」
「へえ、この足でどうやってそこまで歩いていくの?」
「うっ………で、でも………入りたく、ないさ………」
 語尾の消えかかった力ない拒絶に、楊ゼンはくっと笑いを噛み殺す。真っ赤になっている彼が面白くてたまらなく可愛かった。
「思い出す?………確かに何度も………」
「わぁーっ!んなこと口にしなくていいさっ!……と、とにかくひとりで入ってほしいさ……」
「駄目だよ。汗だくで転がってたら風邪をひく元になる」
 この際、大人しく風邪をひいた方がいいかもしれない。
「いやだから……って、なに人の服脱がせてるさ!俺っち、嫌だって言ってるさぁっ!」
 無駄な抵抗を見せる天化に、楊ゼンは譲歩する気色など微塵もなく、彼の簡易な衣服を手際良く剥いでいく。
「やめっ……」
 あらわになった小麦色の滑らかな肌。日々怠ることなく鍛えているせいか、まだ幼さは多少残っているとはいえ、綺麗に引き締まった身体つきだ。
 上衣と、靴。バンダナとベルトを取ったところで、楊ゼンは一旦手を休めた。
 天化は助かったとばかりに半裸になった身体を壁に寄せて荒い息をつく。戸を一枚隔てているとはいえ、湯槽から湧きあがってくる熱気に頭がくらくらとし始めた。それでなくとも異常に暑い日だというのに。
「ふ、服返してほしいさ………」
「駄目だって何度言えばわかるのかな。君は本当にいつも聞き分けがないよね」
「アンタが無理な注文ばっかりするから………って楊ゼンさん、何してるさ!」
 再度文句を叩きつけようとして、天化は逆に引っ繰り返った驚声をあげる。おもむろに楊ゼンが着衣を脱ぎ始めたからだ。
「何って……風呂に入るんだから当然じゃないか」
 天化の焦りとは裏腹な、涼しい呆れ声。
 蒼い髪がぱらりと宙に浮く。彼は少しの躊躇いも見せずに全ての衣服を身体から取り去った。天化とは対照的なほどに白い、均整の取れた美しい肢体だ。
 それを見るのが初めてではないといえ、やはり天化は赤面して絶句する。慣れようとして慣れれるものではない。……どこまでも視線に絶えうる姿だけに、余計始末が悪いのだ。
「ほら、天化くんも」
「へ………ってわぁぁっ!い、いいさ!俺っちこのまま入るさ!」
 ズボンに伸びてきた手を辛うじてかわし、天化は広い湯殿の扉をあけて中に転がり込む。子供じゃあるまいし、人に服を脱がされて恥ずかしくないわけがない。
 楊ゼンは髪を掻きあげながら、続いて中に入ってきた。腰に白い布を巻きつけただけの格好で、呆れたように腕組みをしている。
「このまま……って、それじゃ風呂に入る意味が無いよ。第一、気持ち悪くないかい?」
「全然そんなことないさっ!……じ、じゃとっとと髪と身体洗って……」
 おいとまするさ、と慌しく手に取った石鹸を、あっさりと別の手に掠め取られる。
「楊ゼ………」
「僕がやってあげるよ。そのままにしててね」
 言うが早いか、ザッと頭上から湯をかけられる。何か気を抜けない状況下だとは言え、汗で湿った肌にはそれが気持ち良かった。負った傷にはかなり染みたが……まあ、その程度の痛みには雲の上にいた時分からの修行で慣れている。というか、怪我より打撲の度合いの方がキツかった。
 やがて細い指が泡を伴って髪に触れてくる。驚くほど優しい仕草で。
「ん………」
 天化は目を瞑りながら頭を垂れて、思わず鼻にかかった声をもらしてしまう。緊張が知らず解けるほど、細やかな指の動きが快い。
「気持ちいい?」
「うん…………」
 天化は素直に頷いた。実際気持ち良いのだから仕方ない。
 そして筋肉の緩和とともに、疲れの後の眠気がどっと襲ってきた。
「………っ………」
 こっくりと船を漕ぎそうになって、天化はいかんいかんと持ち直す。こんなところで熟睡して相手に迷惑をかけるのも気がひけた。天化は意外と律儀なのである。
 怠い腕を持ち上げて、ごしごしと強く眼を擦るところへ、
「まずいなぁ………」
 そんな色の変わった呟きが落ちてきた。
「は…………ん、むッ!」
 鈍った思考が危機を察知する前に、ぐいっと髪を引っ張られ、顎を抑えられて唇を塞がれる。咄嗟のことで空いたままだった口唇に、すぐにするりと舌が滑りこんできた。
「ん〜……んんっ………!」
 目一杯反らされた喉が苦しい。絡められた熱い塊に思う存分口腔を侵される。飲みきれない液体が絶え間なく顎を伝った。
 あまりの上手さに天化は不本意にもぼぅっとなってしまう。元々、この綺麗な人と交わす口付けはそんなに嫌いではなかった。が、それと羞恥心とは別問題である。
「ふっ……ごほっ……っ、い、いきなり何するさ、楊ゼンさん!」
 ようやっと解放され、一気に肺になだれ込んできた空気に天化は思い切り噎せ返った。咳のために曲げようとした背を、後の不届き者に強く抱き締められる。
「君が無防備でいるからいけないんだよ。折角洗うだけですませてあげようと思っていたのに」
 思っていただけかどうかは非常に怪しいが、そんなことより、さも自分に非があるように囁かれたその台詞の内容に、天化は文字通り飛び上がった。
「冗談じゃねぇさっ!!俺っち疲れてるのに、その言い草はなにさぁっ!」
 本当に冗談じゃないと天化はどうにか楊ゼンの腕の中から抜け出そうとするが、所詮は弱った手足、結果は徒労以外のなにものとしても返ってこない。
「まあまあ諦めなよ。君も気持ち良くさせてあげるから」
「その前に死んじまうさ!少しは俺っちの負担も考えて欲しいさっ!」
 往生際悪くばたばたと足掻く彼に、楊ゼンはくすくす笑いながらまたざぁっと湯をかける。
「………っ………」
 髪を覆っていた泡が流されてゆく。おかげでようやく天化は目を開けることができた。
 すぐに眼に飛び込んできたのは、自分の首と腰とにかかる白い手。透明な雫に濡れたそれが妙に艶かしくて、天化は意味もなく顔に朱を散らした。
 この手と身体で……自分は……
「は、離すさ………」
「離さないよ。何赤くなってるの、天化くん」
「何でもねーさ!」
「嘘ばっかり………僕に、感じてくれてるんでしょう?」
「なっ……違………っ、ァ!!」
 いきなり横から顔を覗きこまれたかと思うと、身体の中心を遠慮なく布越しに握られる。自分でも滅多と触れないソコに異質な感触を覚えて、天化はますます身体の熱を上昇させた。
「ん……ぁ………」
 どくどくと、脈流がうるさいほどに波打つ。抵抗したいのに、自分の全てを知り尽くしている手が、それを許してくれない。
「………ホラ、もう硬くなってきたよ」
 正確にツボを刺激しながら、楊ゼンはくすっと笑んでソレをゆっくりなぞる。途端、びくびくと天化の身体は過剰なほどの反応を見せた。
「ぁ………っぅ……っや、やめ……!」
「やめてもいいの?」
「………っ………」
 天化は紅い唇を噛んで、また楊ゼンから顔を背けてしまう。態度こそそっけないが、否定の言葉を咄嗟につがなかったことで、楊ゼンの行為を促していた。
「本当に可愛いねぇ、君は………布越しじゃ焦れったいか」
「えっ……な、何するさっ………!」
 ぐっと両腕をまとめて後ろに引かれて、天化は木板のうえに仰向けに倒される。その間にしっかり手首は布で縛られていた。濡れて強度を増したそれを、半減した力では解くこともできない。
 だんっと背を強く打ちつけ、途端脊髄を駆け抜けた激痛に天化は思いきり顔を歪めた。今更だが背中にも幾つも打撲痕がある。
「いっつ………!ほ、解くさ、これっ!!」
「駄ー目。聞き分けがない上、素直じゃない君にはちょうどいいだろう?」
「全然よくねーさっ!!第一、誰もするって言ってないさぁっ!!」
 ただでさえぼろぼろの身体をこれ以上こき使われたら、それこそ完全に寝台から起き上がれなくなってしまう。そうでなくとも、眼の前の美丈夫に抱かれたら、常時でも丸一日はくたばってしまうというのに。
「ちっとは俺っちの体調気遣ってほしいさ……!」
「だから一回でやめてあげるって。………でもこれ以上逆らうなら、どうしようかと考えるけど」
「っ!!」
 ギラッと楊ゼンの蒼眼が妖しい光に歪んだ気がして、天化は情けなくもぴたりと抵抗を止める。いや、身体が固まってしまったといった方が正しい。
「いい子だね」
 不自由に軋む天化の身体を組み敷いて、楊ゼンは改めて彼の唇に自分を重ねた。
「………っん………」
 桜花の色に似た湯気が、絡み付くように火照った全身を包み込んでいる。歯列をなぞられ、わざと大きな音を立てて舌を吸われ……それを嫌がって天化は呻きをもらすが、例のごとく無視された。
「っ………ふぁ……」
 ぴちゃ、と名残惜しそうに甘噛みを残して熱い吐息が去る。
 そのまますぐに額から瞼、顎……首へと唇は滑っていって、
「……っ、痛………っ!」
 カリ、と胸に歯を立てられる。濡らされたそれは細い指に弄ばれて、天化の身体の奥に小さな快感が押し寄せた。それとともに、得体の知れない罪悪感も。
「ん、ぅー………ちっくしょ……」
 なんでいつもこうなるんだと、天化は眦を寄せて涙を浮かべる。
 しかし、それはすぐに楊ゼンの優しい唇に舐め取られて、
「悔しそうな顔だね。………そんなに僕に抱かれるの、嫌?」
「い………」
「まあ身体に聞いた方がいいかな」
 言うが早いか、ずぶぬれになったズボンをあっさり剥ぎ取られて、直にソコに刺激を加えられた。
「ッ!ぁ……ぅっ!ああっ!」
 ビクリと天化の身体が跳ねる。石鹸でぬめっていた手でくちゅくちゅ激しく擦られて、敏感な中心はすぐに先走りの蜜をこぼし始めた。けれど、楊ゼンはけしてそれ以上の感覚を彼に与えようとしない。
「ほら……やっぱり嫌じゃないんだね?もうぬるぬるだよ、天化のココ」
「嫌………さッ!手、離し……っ……!」
 たまらず楊ゼンの胸に顔を預けて、天化は涙声で叫ぶ。焦らされることに、彼の身体は驚くほど慣れていない。最初の頃は快楽を極めるたびに失神していたほどだ。
「ん………んぅっ……!」
 回りくどい快感を与えてくる愛撫に、天化の細い腰は知らず揺れだす。
「そんなにイキたい?……君の身体は相変わらず素直だね。でも駄目だよ」
「ぇ、ぁ……嫌ぁっ!」
 先端を弄くりながら根元を強く戒められて、辿っていた悦楽が途切れる。解放できない熱が辛くて、天化はぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「泣き顔も可愛いよね。………僕は一番好きかな」
「ん……な……んで、こんな意地悪ばっか、する、さ……っ!」
「僕をてこずらせた罰だよ。最初からそうして大人しくしててくれれば良いのに」
「できるわけ……ねーさ、んなの……それより、も、許し……ッ!」
 ひくっとしゃくり上げて、天化は哀願を喉に詰まらす。もう泡と湯と涙で顔中ぐしゃぐしゃだった。
「……辛……ぃっ………!」
「しょうがないなぁ……それじゃ、僕は手を離してあげるから」
 言葉通り、あっさり手が外される。
「え…………?」
「天化くん、自分でしてごらん」
 綺麗な唇からそんなことを言われて、天化は目の前が真っ白になった。
「……そ、そんなこと……できるわけねー、さ……」
「そう?じゃあずっと辛いままでいるかい?」
「………っっ!!」
 意地悪く耳元に囁かれて、天化はぶるっと背筋をしならす。耳朶にかかった吐息にさえ身体が過敏に反応してしまう。
「もう限界でしょう?………ほら」
 する、と拘束を解かれ、強張った掌を導かれる。
「ッ!」
 感じたくもない熱が、自分の手に直接伝わってきた。楊ゼンはなおもソレに天化の指を絡めさせる。
「ちゃんと握って………僕に見せて」
「ぅ………」
 甘い誘惑が、ぼぅっと溶けかけた頭の芯に響いてくる。熱に侵された四肢をどうにかしたくて、天化は涙目のままおずおずと手を動かした。
「んー……ぅっ………く……」
 不器用な手つきで、とろとろと液体の溢れ出す先端に指を差しこみながら、天化は淫猥な音を立てて自身を扱く。こんな光景をあの蒼い瞳に見られているという事実に、死にそうなほどの羞恥心を感じたが、それでも快楽を求める指は止まってくれそうになかった。
「いやらしい格好だね、天化君………見られてて感じてるのかな?」
「んな……ッ、誰がしろ、って……!」
「手元が休んでるよ」
「ひ、ぁっ!」
 思わず浮きかけた天化の手をなおも強く握らせて、楊ゼンは彼の後ろの片方の腕を滑らす。湯で濡れてはいるものの硬く閉じている蕾に、それでも遠慮なく指を捻じ込んだ。
「……い……痛っ……!」
 突然の苦痛に、天化の背筋が強張る。
「あ、やっぱり痛い?」
「当たり……前……さっ!」
 悪びれた様子のまったくない声に、再度文句を言おうとして更にソコに押し込まれ、天化はひくりと喉を上下させた。
「でも痛くても入れちゃうよ………石鹸で指を馴らしてあるから……ほら」
「ぅ……ァぅっ………!」
 ズルッとざらつく指が身体の内に入ってくる感触に、天化は酷い悪寒を覚える。好き勝手に扱われて鳴く自分が惨めで、彼は耐えきれず泣きじゃくりだした。
「も……っ、嫌さぁ………っ!」
「何が?」
「何が……て……!」
「だって天化くん、こうされるの好きでしょう?」
「な…………!」
 余裕たっぷりに言うなり、楊ゼンの長い指はさらに奥の一点を刺激した。
「ひ……ぁっ!ああっ!」
 途端、ビクンと天化の濡れた身体が跳ねあがる。ソコから流れ出る先走りがいっそう増えて腿を伝った。
「ほら………やっぱり好きなんだね」
「ぁ……ち…違う……さ……」
 震える否定は力なく、天化はこれ以上無いほど赤くなって、楊ゼンの胸元に顔を埋めた。恥ずかしくてまともに顔を合わせられない。
「ぅー……ん……ふっ……」
 焦れったい感覚に、天化の固まっていた手が動く。早くこの苦しさから解放されたかった。
 ぎゅっと眼を瞑りながら、荒い息を繰り返して手を動かす天化に、楊ゼンはくすりとひとつ笑んで後ろを犯す指を増やす。
「ぁ………ぁあっ!」
「ほら、天化くん。………もう限界なんだろう?」
「んっ……んぅ………!」
 びくびくと、天化の手の内で扱かれているものが解放を願って振動する。
 そして徐々に内股も小さく痙攣し始めて、
「っァ………あああっ!!」
 瞬間、天化の頭のなかは真っ白になっていた。

 

「ぅ………ぷっ」
 ざぶん、と放った後の気怠い余韻に浸る間もなく、力の抜けきった身体が浴槽に放りこまれる。
「広い風呂はいいね。気持ちがいい」
 そんなことを言いつつ、楊ゼンも続いて入ってきた。
 そして反論を許す暇すら与えず、実に鮮やかな手つきで天化の腰を持ち上げ、自分を開かせた肢の間に滑りこませる。
「なっ………!」
 そのあまりの体勢の恥ずかしさに、天化はざぶざぶと湯を掻き分けて離れようとするが、しっかりと腰を抑えこまれていてはどうすることも出来なかった。
大腿のきわどい位置にあたる楊ゼンの欲望に、不本意だが身体の震えが止まらない。
「はっ離すさっ!」
「駄目。僕はまだイってないんだよ。……ちゃんと最後まで付き合ってもらうからね」
 最後まで、とは勿論言わずもがなだ。
 その台詞に反射的に固まった天化に、楊ゼンはにっこりと花も顔負けな微笑みを浮かべて、
「だから自分で挿れてみて。できるよね?」
 またとんでもないことを言われた。
 天化は眼をこぼれおちそうなほどに見張って、ぱくぱくと口を泳がせる。
「じっ……自分でって………」
「簡単だよ。そのまま腰を落として、自分で動けばいいだけさ」
 それのどこが簡単なのか、なんてツッコミを入れる余裕は天化には既にない。
「ぜ……絶対無理さ、そんなの。俺っち嫌さ……」
 半泣きになって天化は楊ゼンの胸板を叩く。縋るように美貌を見上げても、微笑したまま首を横に振られるだけだ。
「大丈夫だよ。……それとも僕が無理矢理すればいいの?」
「ッ!!」
 信じられない二者択一。混乱した思考は当たり前だが堂々巡りになって、応えなど出るはずもなかった。が、
「……い……痛いのは嫌さ……」
「そう。だったら………どうすればいいのかな?」
「〜〜〜〜〜」
 意地の悪すぎる促しに、天化はひくっとしゃくりあげながらも、諦めたようにゆっくり腰を沈めていった。
 震える手を、既に勃ちあがった楊ゼンのソレに添えて、歯を食いしばりながら何とか自分の内へ入れようとする。
 が、
「や……やっぱり入んねーさ……こんなおっきいの……」
 先をあてがっただけで襲ってくる強い圧迫感に、天化は早くも涙声で音をあげかけた。
「平気だって。ちゃんと馴らしてあるんだから」
「ぅー………」
 平気なわけねーさ……と投げ遣りなことを思いつつも、この人相手に何を言っても怒鳴っても無駄だと悟ったのか、天化は渋々とその言葉に従う。
 痛みをこらえてぶるぶる震える膝を曲げれば、ぬるっとした感触ともにソレの先端が入ってきた。
「ぅぁ………!っ、ぁ……!」
 不快な粘膜のひきつりに、天化は楊ゼンの肩口に顔を擦りつけて必死で耐える。いくら慣らしても、やはり許容を大きく上回った異物を受け入れるのは辛かった。
「っん……ん……ぅ………」
 涙を次から次へと流し、荒い息を繰り返しながら、天化は僅かずつ身体を沈めていく。それでもなかなかその行為は進まなかった。
 亀頭を濡れた蜜口に愛撫される、その焦れた快感に、最初は眉を寄せつつ耐えていた楊ゼンも、
「………仕方ないなぁ」
 我慢が限界にきたのか、唐突に天化の足首を掴んで持ち上げた。
「ひ………!ぁぁ、うぁぁっ!!」
 畢竟、一点にかかった体重のせいで、ずぶずぶと楊ゼンのソレが天化の秘部に飲み込まれていく。
 その突然脳髄を貫いた激痛に、天化の意識は本気で霧散しかけた。
「痛っ……て……!い、いきなり何するさぁ……っ!!」
 逼迫な罵声も苦痛の所為で高く上擦っている。涙腺が壊れたように滝のような雫が頬を伝い落ちた。
「ごめん、痛かった?……ああでも気持ちいいよ、君のなか」
「な……何言って……あぁぁっ!」
 まだ呼吸すら整っていない内に、ぐり、と無遠慮に突き上げられる。侵入してきた湯にも内壁を刺激されて、それは酷く凄絶な感覚だった。
「う……ぅ、ふっ………ぁ……」
 ぐちゅっぐちゅっと激しく腰を上下される。首筋に噛み付かれるように口づけられ、また硬度を取り戻してきた自身に巧みな愛撫が加えられて、天化は痛みとすりかわった尽きない快楽の波に翻弄された。
「ん……ぁ、楊ゼンさ……」
「イイ……?天化君……」
「ぁ……イイ、さ……もっと………」
 ぼぅっと熱に浮かされたような色っぽい顔で、そんなことを口走る天化に、楊ゼンはくすっと笑んで口づけた。もう意識など半分以上飛んでしまっているのだろう。でなければ、恥ずかしがりやの彼が自分を求めるような台詞など口に出来るはずもない。
 と、理性では理解しつつも、楊ゼンの情欲はその言葉に殊更強く煽られた。
「ひ………ぅ、あっ!」
 天化の身体がしなるほど抱き締めながら、最奥を抉る律動を何度も繰り返す。……今まで平静を保っていた楊ゼンの顔も微かに上気してきていた。
 そして、双方から洩れる荒く熱い息の合間に、
「……中に出すよ、いい?」
「ぇ………?ぁ……ぁあああっ!!」
 どく、と熱い飛沫が天化のなかに叩きつけられる。その甘い衝撃に、彼もまた添えられた楊ゼンの手のなかに放っていた。

 

 

 


 そして、その夜。晧く円かな月が、闇天に座す静城のなかで、
「おぬしら、一体どんな湯浴みを………」
「いえ、大したことはありませんよ。すこし夢中になってしまっただけで……」
 と、一度どころか天化が三度気を失うまで戯れを続けた楊ゼンが、涼しい顔で太公望と会話を交わしていた。

 

 それから丸二日間、天化は寝台の上で過ごす羽目になったとかならないとか……

 

 


「あ〜……もー、どっちの修行も勘弁してほしいさ〜………」

 

 

 

 


わはははは!前回があまりに暗かったから、今度は明るくいこうと思って、
……結果こんなのができてしまいました。壁紙そのまんま桜色。
砂吐くほど甘いです。その癖、一番内容はヤバいかもしれません。

初めてなのに、本当に何書いてるんだか……でも、楊天とても楽しかった(オイオイ)
機会があればまた書きたいなぁと思います。もう少しシリアスなのを……(いや、アンタには無理だろう)

 

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