KARMA  〜業〜  











爽やかな風が金霞洞を吹き過ぎてゆく。
青い空に浮かぶ白く眩しい雲が目に痛いほどだった。
そして、空の青よりも更に、透き通った美しい青色の髪を持つ人物を、玉鼎真人は誇らしげに見つめた。
蒼い髪に、午後の日が当たって、光り輝いている。
涼しい風の吹く木陰で、木の根元に設えた椅子に座りながら、玉鼎は、駆け寄ってくる楊ゼンを眺めていた。
体が躍動する。
それに合わせて髪が揺れ動き、当たった日の光が乱反射する。
「師匠ーー!」
肩で息をしながら、目を輝かせて楊ゼンが言った。
「言いつかった仕事、終わったので、これから外出してきてもかまいませんか?」
それを聞いて、玉鼎の顔が幽かに強張った。
微笑みかけていた口元が震えながら結ばれる。
しかし、自分のこれからの予定の事で頭が一杯になっていた楊ゼンには、玉鼎の表情の変化は分からなかった。
晴れやかに、爽やかに笑って、玉鼎を見る。
「ああ、勿論だよ………ゆっくりしておいで……」
急いで表情を作り替えると、玉鼎は苦心して、平静な声を出した。
「それでは行って参ります」
若者らしい素直な喜びに満ちた顔を、玉鼎は眩しげに見つめた。
哮天犬に乗って遠去かってゆく蒼い後ろ姿が、空の色に溶けて見えなくなる。
楊ゼンのいなくなった金霞洞は、突如全てのものが灰色に、色褪せて見えた。
椅子に腰を掛けて、一人、重い溜め息をつく。
こんなにも、心が囚われている……あの、蒼い髪の弟子に……………
楊ゼンがここにいないというだけで、心が沈む。
沈んで、沈み込んで、澱が底に溜まってゆく。
心がどんどん汚くなってゆく。
そして、更に、楊ゼンの行った先を考えて、玉鼎は煩悶した。
楊ゼンの行き先は、乾元山金光洞ーーーー太乙の所だった。
いつから楊ゼンは太乙と親しくなっていたのだろうか。
太乙の事を語る楊ゼンの、憧憬の混じった口調、若者らしい含羞み、熱っぽく輝く瞳………
全てが物語っていた………楊ゼンが太乙に恋をしていると。
若者らしい一途さで、太乙に近付きたい、太乙に気に入られたいと必死で……
優しい言葉を掛けてもらうと、天にも昇る心地で有頂天になり、逆につれなくされると、がっくり肩を落として帰ってくる。
微笑ましい光景である…………はずなのに………
親として、子の成長していくのを見るのは、何にも代え難い喜びであるはずなのに………
玉鼎は瞑目した。
………いつ、自分の心に気が付いたのだろうか。
楊ゼンが嬉しそうに太乙の話をする……時……どうして訳もなく不愉快になるのか。
楊ゼンの姿が見えないと、どうしてこんなにも耐え難く寂しくなってしまうのか。
楊ゼンに見つめられると、どうして体が熱くなるのか………熱くて火照っていたたまれない程に………
…………私は楊ゼンに恋をしているのだ…………
認めざるを得ないその事実に直面して、玉鼎は戦慄した。
初めて恋を知った少女のように………まるで自分の心を制御できない。
楊ゼンが愛おしい……………だけではないのだ。
楊ゼンを自分だけのものにしたい、できうることならこの金霞洞に閉じ込めて、拘束して………朝も昼も晩も……自分だけしか見えないようにして………その瑞々しい体を貪りたい………のだ。
夢を見たことがあった。
獣のような格好をして、後ろから楊ゼンに貫かれて、歓喜の声を辺り憚らずに出している自分………
我を忘れて快楽に耽溺している、悍ましい自分………
覚醒した時、あまりの悍ましさに、目の前が霞んだ。
自分の、隠し続けてきた、黒い欲望。
それを否応なしに認めさせられ、あまつさえ………肌着に、夥しい量の夢精をしていた。
………その事実が、玉鼎を芯から震え上がらせた。
これが真の自分。
弟子を、口に出すのも憚られるような、汚らわしい欲望に滾った目で見ている自分………
師として……仙人としてあるまじき……欲望を抱いている自分……
汚らわしい………身の毛もよだつ欲望……………
それからの玉鼎は必死だった。
如何なる手段を取ってでも、この、汚らわしい欲望から逃れなければならない。
そして、万に一つも、楊ゼンに気取られてはならない。
こんな私…………おまえに貫かれて、歓喜に身悶えする事を切望しているような私………こんな私を知ったら、おまえは永遠に私の元を去っていってしまうだろう。
嫌悪と侮蔑を込めた視線を私に残して…………
そんなことは…………嗚呼、そんなことは想像するだに恐ろしく耐え難い。
自分を掛け替えのない師として慕ってくれる楊ゼン…………その信頼を裏切るような事は………そんな事はできない。
もし楊ゼンに知られたら……………
その時は、全てが終わり………何もかもが水泡に帰する。
だから、全身全霊を払ってでも…………堪えなければならない。
この、抑えがたい思慕の念を………無理矢理にでも抑え付け、制御できない肉欲を、どうしても制御しなくてはならない。
そして、これからも、永遠に、楊ゼンの師匠として………存在するしかないのだ。
それにしても…………苦しい。
重苦しい物思いから我に返ると、玉鼎は胸を抑えて、溜め息を吐いた。
肺一杯に、どろどろした汚泥が詰まっているようで、呼吸さえままならない。
楊ゼンのいない金霞洞は、朽ちかけた廃屋のようで、耐え難く寂しかった。
しかし…………楊ゼンがいても…………自分の心を無理矢理に押し隠して、楊ゼンの信頼に値する師…………を演じるのにもほとほと疲れてしまった。
…………進むことも、退くこともできない…………
…………一体私はどうしたらいいのか…………
答えの見つからない問を、今日も玉鼎は自分に問い掛けた。














「……ただ今、帰りました……」
次の日の朝……………楊ゼンの声が玄関から聞こえてきた。
一睡もせず、まんじりと夜を過ごした玉鼎は、思わず飛び出した。
「あっ……師匠……」
玉鼎が出てくると思っていなかったのか、楊ゼンが驚いたように声を上げた。
晴れやかな顔がほんの少し上気して、若者らしい喜びに満ち溢れている。
一夜にして、別人になったかと見まがうような輝きが、楊ゼンの全身から、隠しようもなく溢れ出ている。
突如、足下の大地が崩れて、奈落の底へ真っ逆様に落ちてゆくような、そんな喪失感が玉鼎を襲った。
「……楊ゼン……」
できるだけ平静な声を出したつもりだったが、実際に出た声は、酷く嗄れて掠れていた。
「すいません、師匠………こんな時間に帰ってきて………」
喜びを隠しきれない様子で、それでもできうる限り神妙に、楊ゼンが言う。
「……いや………」
体中の力が抜けていくようだった。
握りしめた拳が細かく震える。
楊ゼンを直視する事に堪えきれず、視線を逸らして玉鼎は言った。
「………疲れているのだろう…………ゆっくり休みなさい………」
てっきり叱られると思って覚悟していた楊ゼンは、驚いて玉鼎を見た。
紫碧の瞳が……………その視線が苦しい。
目を逸らしたまま、玉鼎は言った。
「おまえも、もう、立派な大人だ………自分の行動は自分で決めなさい………」
目を見開いて玉鼎を凝視していた顔が忽ち破顔する。
「はいっ! ありがとうございます!」
嬉しさを隠しきれない様子で、楊ゼンは玉鼎に駆け寄ると、師に抱き付いた。
避ける間もなく、楊ゼンに抱き付かれて、玉鼎は背筋が凍るほどの衝撃を覚えた。
楊ゼンの若々しい体臭が鼻孔を擽る。
………想像していたよりもずっと力強い腕。
………熱い体温。
全身が震え上がる。
あれほど必死になって抑え込んでいた欲望が、一瞬にして体中を焼き尽くすほどの勢いで、玉鼎の脳を浸食した。
………体が蕩ける。
………血が一気に下半身に集中する。
体の変化を悟られまいと、玉鼎は体を強張らせた。
「師匠………」
何も知らない楊ゼンが、嬉しそうにすり寄ってくる。
………眩暈がする………
これ以上、もう、堪えられない…………
私は…………!
気が遠くなるかと思った時、ふっ………と楊ゼンの体が離れた。
「……では、師匠、休ませていただきます……」
楊ゼンが離れていく。
体温が、楊ゼンの匂いが、無くなっていく。
その絶望的なまでの喪失感に、玉鼎は無意識に楊ゼンを追おうと、一歩足を踏み出していた。
「くっ…………!」
唇を噛み締める。
切れて血が滲み出すほど、噛み締める。
爪が肉に食い込むほど、拳を握り締める。
………体中が震える。
これ以上、もう、堪えられないと悲鳴を挙げるように…………
楊ゼンが部屋から姿を消すと、玉鼎はがっくりと膝を突いた。
床に、長い黒髪が美しい曲線を描いて散り広がる。
肩で大きく息をしながら、玉鼎は必死で自分の中の激情を鎮めようとした。
楊ゼンは……………太乙と一夜を過ごしたのだ。
念願が成就して、天にも昇る心地なのだろう。
喜びを隠しきれない、若々しい顔。
一夜にして自信に満ちた動作。
愛するものを手に入れた時の、若者らしい不遜にも似た喜び。
それに比べて私は……………
玉鼎は己の滑稽さに、自嘲すら通り越して、絶望した。
楊ゼンからは、まるで相手にされていない自分。
これ以上、もう、ほんの少しでも堪えきれないほど思い詰めている自分が、まるで道化役者のようだった。
独り芝居…………滑稽で惨めな、惨めでそして哀れな、莫迦な自分。
報われることのない思いを、それでもあきらめきれない。
相手にされないのは分かっているくせに、どこに望みを繋いでいたのか。
もう、何の希望も無くなった。
元々希望など始めから存在しなかったのに、何を勘違いしていたのか。
楊ゼンの、自分に対する敬愛が、いつかは情愛に変わると、そんな莫迦げた望みに賭けていたのだ。
不意に涙が溢れ出して、玉鼎は目を瞬いた。
今、楊ゼンが太乙と結ばれたという、冷酷な現実を眼前に突きつけられて、こうなるとは始めから分かっていたのに、玉鼎は自分が何も理解していなかった事に気が付いた。
これほどまでに自分が未練がましいとは………
現実が突きつけられたら、きっとそこであきらめられると、悲しい予想を立てていたのに。
自分のこの、醜悪なまでに滑稽な願望………
楊ゼンに…………抱かれたい………貫かれたい………!
口にするのも悍ましい、この私の醜い願望を………捨て去ることができると思っていたのに。
玉鼎は両手で顔を覆った。
願望は捨て去ることができなかった。
それどころか、ますます体の中で燃えさかって、自分の全てを焼き尽くすかのように、荒れ狂っている。
楊ゼンの若々しい体臭。
身近で嗅いだ時の、あの、体が一瞬にして蕩けた感覚。
あぁ、罪深い……………私は………………でも、抑えきれない………!
玉鼎は顔を覆ったまま、床に突っ伏した。













「師匠………最近、どこかご加減が悪いのですか?」
楊ゼンが心配そうに、玉鼎に尋ねてきた。
ここ数日、玉鼎が、心ここにあらぬといった様子で、沈んでいたかと思うと、ふいといなくなったり、日も高い昼間から寝台で休んでいたりしている。
いつもの師らしくない、どこか疲れたような挙措動作をしていたので、楊ゼンは気になったのだ。
食事も進まないらしく、テーブルの上の料理にも殆ど手が付けられていない。
テーブルで向かい合わせに座って、楊ゼンは言いながら玉鼎を見た。
数日で、げっそりと頬が痩けたような気がする。
元々白い肌が透き通るように青くなって、目の下には隈ができている。
やつれた顔にはらりと黒髪がかかって、どこか呆然とした風の玉鼎の様子が心配だった。
「………いや、大丈夫だよ……」
しかし、玉鼎は楊ゼンの心配をよそに、素っ気なく返事を返した。
「……でも、お元気がないようなので………」
尚も言うと、玉鼎は我に返ったように、焦点を合わせて、楊ゼンを見つめた。
紫碧の瞳に、心の底から心配しているという、暖かな色を湛えて、自分を見ている弟子の、その、揺らぎのない信頼が、信頼意外の何物でもないその愛情が、苦しい。
業火に焼かれるようだった。
そう、このままでは、私は……………
分かっていた。
自分がもう限界だという事は。
自分の心を、荒れ狂う感情を律し、制御することは既に不可能だった。
………そして、表面を取り繕うことにも、もう疲れ果ててしまっていた。
………自分は醜い。
弱く、醜悪で、………そして、最後には自分の欲望を優先させてしまう、そんな唾棄すべき、卑しい人間だという事も分かっていた。
玉鼎は楊ゼンをみて微笑んだ。
「心配いらないよ、楊ゼン………ちょっと疲れただけだよ……」
「そうですか……」
玉鼎が笑い掛けてきたので、安心した楊ゼンはほっとしたように言った。
「でも、ご無理なさらないで下さいね。……師匠は、すぐ、無理をするから、僕心配で……」
紫の瞳に、師に対する気遣いの色を交じらせて、楊ゼンが言う。
玉鼎は瞳を閉じた。
視界が閉ざされると、楊ゼンの息使いまで感じられるような気がする。
………妄想だ。
もう、何度も、夢の中で、想像の中で、楊ゼンの激しい息使いを聞き、体臭を嗅ぎ、体温を感じているから、………現実の中でさえ、このような妄想に襲われるのだ。
………限界。
終わらせる。………そう、終わらせなければ。
私が狂ってしまう前に。
私が私でいられるうちに。
この妄想を、醜悪な欲望を、悍ましい自分を………終わらせる。
玉鼎は心配いらないと言うように、さらに楊ゼンに微笑みかけた。














金霞洞に、密やかな夜の帳が降ろされ、しんと静まり返った静謐が部屋を圧する刻。
ギイッ………
微かな音を立てて、楊ゼンの部屋の扉が開かれた。
幽鬼のように、ゆらりと影を揺らして、玉鼎は部屋に入った。
窓から、氷のように冷たく白い月の光が射し込んでいる。
光に照らされて、寝台の上に横たわっている楊ゼンの頬が白々と光って見えた。
規則正しく肩が上下している。
部屋の空気は冷たいのに、楊ゼンの周囲だけは空気までもが若々しい情熱に熱せられたように、温かな色に満ちて見えた。
「楊ゼン…………」
そっと口の端に、愛しい者の名を乗せてみると、その言葉は霧のようにさぁっと流れて部屋に拡散した。
「楊ゼン………」
もう一度、味わうように、名を呼んでみる。
月の光に照らされた、蒼い豊かな髪。
寝台の上に広がって、渦を巻いて艶めいている。
そして、赤みの差した、健康そうな頬。
何か幸福な夢でも見ているのだろうか、微かに微笑んでいる唇が、濡れて赤く熟れている。
体の芯をぞくりとする感覚が走り抜け、玉鼎は思わずよろめいた。
これから………これから私は………
自分のすることを考えると、更に足下がおぼつかなくなり、玉鼎は力無く床に座り込んだ。
必死で自分を立て直す。
虚ろな瞳を上げて、楊ゼンを見る。
先ほど、夕食の時に、密かに食事に紛れ込ませた眠り薬の効果で、楊ゼンはぴくりともせず、深い眠りに落ちていた。
戦慄く指を伸ばして、掠めるように、楊ゼンの頬に触れる。
暖かく、弾力のある、それでいて、しっとりと手に吸い付くような、滑らかな肌の感触。
指が燃える。
指からの感覚が、脳を浸食する。
あぁ…………!
玉鼎は瞑目した。
震える体を、漸くのことで立ち上がらせる。
上から見下ろすと、楊ゼンは侵入者の存在に気付くこともなく、深く幸福な眠りについているようだった。
「楊ゼン………」
もう一度、愛しい者の名を呼ぶ。
震える手を伸ばして、楊ゼンの額に掛かっている、紫紺の髪をそっと払う。
白い額が、露になる。
その下の、形の良い、男らしい眉。
閉じた瞼にかかる、長い、弧を描く睫毛。
高い鼻梁。
薄暗い中にも、陰影がはっきりとついて、彫像のように整った顔立ちが、美しかった。
そして、形の良い、赤い唇。
震える指先を伸ばして、そっと唇に触れる。
なぞるように、形を辿るように、その唇の線に沿って指を這わせると、指が震えて、玉鼎は、眩暈にも似た怖じ気を感じた。
ごくりと唾を飲み込む。
やがて玉鼎は震える体を少しずつ、少しずつ倒して、そっと楊ゼンの、その形の良い唇に、自分の唇を近付けていった。
唇が触れ合うほどに近づけると、楊ゼンの温かな息が感じられる。
息が止まるような緊張を覚えて、玉鼎は硬直した。
体が進まない。
ここまで来て、まだ自分は……………迷っている。
今日で、何もかも、終わりにするつもりだった。
自分がまだ自分でいられるうちに。
………何を躊躇っている。
もう、決めたことではないか。
今、この瞬間だけが、私に残された最後の…………時間。
これは、私が楊ゼンをあきらめるための儀式………
震える唇を必死に堪えながら、玉鼎は楊ゼンの唇に触れた。
幾分、かさついた、でも、弾力のある感触。
楊ゼンの………唇。
夢にまで見た………弟子の唇を、今………私は………!
体がかっと熱くなる。
血が沸騰する。
鼓動が忽ちのうちに早鐘のように鳴り始め、全身が鼓動に合わせて、揺れ動いた。
唇を押し付けて、歯列を割り、楊ゼンの口腔内に、舌を差し入れる。
熱い口腔内のぬめった感触に、あっと言う間に脳が沸き立った。
ほのかに甘いような、例えようのない味感がする。
玉鼎は楊ゼンの口腔内を深く犯した。
唾液が飲みきれなくなって、玉鼎は漸く唇を離す。
口腔内に侵入しても、楊ゼンは全く覚醒する気配がなく、ほんの少し、眉を動かしただけで、やはり眠っていた。
手の甲で唾液に濡れそぼった唇を拭きながら、玉鼎はせわしく呼吸を繰り返した。
こんなに、……滑稽な程に興奮している。
体中の血がどくどくと激しく循環し、熱っぽく、そして、蕩けている。
禁忌を犯すその後ろめたさが、更に興奮を暗く煽っていた。
震える体を立て直すと、玉鼎は両手を楊ゼンの寝着にかけた。
そっと衣服を脱がせていく。
白く、筋肉の過不足なく付いた胸。
水をはじくような、その、若々しい肌。
夢ではぼんやりとしか見えなかった、秘めた部分が、露になっていく。
肋骨の線、引き締まった腹部、形の良い臍。
そして………下半身。
蒼い陰毛に縁取られた、形の良い、若々しい性器。
無意識のうちに、ごくりと玉鼎は唾を飲み込んだ。
食い入るように、其処に目が吸い付けられる。
陰影のついたその部分が、玉鼎を気も狂わんばかりに誘ってきた。
思わず手を伸ばす。
陰毛にそっと触れる。
柔らかく、ふさふさとしたその茂みの中に、指を絡めさせる。
感触を味わうように、手を動かす。
そして、中心でまだ柔らかく、微かに息づいている楊ゼン自身を、玉鼎は戦慄く指先で捕らえた。
………熱い。
火傷しそうに熱く、指が震える。
そっと握り込むと、手の平が燃え上がった。
無意識のうちに、吸い寄せられるように、玉鼎はそれに唇を寄せた。
まるで餓死寸前の人間のように、奥まで、無我夢中で銜え込む。
それ特有の性臭が、玉鼎の脳を殴打した。
浅ましい、餓鬼のような執拗さで、玉鼎はそれを舐り上げた。
刺激で、楊ゼンのそれはすぐに勃起してきた。
忽ちのうちに血が流れ込んできて、硬く張り詰め、玉鼎の口の中で、ぴくぴくとその存在を主張する。
熱い肉の、弾力のある、硬い感触。
これを………私の中に…………!
考えただけで、ずきんと快感が背筋を走り抜ける。
既に、玉鼎自身も痛いくらいに張り詰めていて、想像だけで達する寸前だった。
我慢しきれなくなって、もどかしげに、衣服を脱ぎ捨てると、玉鼎は楊ゼンの上に跨った。
脚を大きく開いて、自分の後孔に、楊ゼンの先端を押し当てる。
もう、一瞬たりとも、我慢できなかった。
なんて浅ましいのだろう。
なんて悍ましいのだろう。
今のこの私の姿。
何にも知らない弟子を、薬で眠らせて、そして、その上に跨って…………
こんな姿はたとえ自分でも正視に耐えなかった。
………悍ましい!
それでももう、我慢できない!
楊ゼン、………おまえが欲しいのだ。
今だけ、どうか、私を許しておくれ。
私の、………この老いた私の醜い、愚かしい願いを………!
玉鼎は一気に体を沈めた。
「あぁっ………!!」
雷に打たれたように体が反り返る。
繋がった一点から、衝撃が一瞬の内に全身を焼き尽くす。
頭が、体が、何もかもが蕩けて、玉鼎は絶叫した。














「では師匠、行って参ります」
爽やかな風が吹き渡る金霞洞。
愛しい人に会いに行くという喜びを全身で表現しながら、楊ゼンが言った。
「……あぁ、……太乙によろしくな……」
愛しい人の名を呼ばれて、楊ゼンの顔がぱっと赤くなる。
「……師匠……」
困ったように、師を見ると、師が優しく微笑んでいた。
「楽しく過ごしておいで……」
でも、師が認めてくれていると思うと、やはり嬉しい。
誰よりも尊敬し、敬愛している師匠だからこそ、嬉しいとも言えた。
「はい!」
元気に言うと、楊ゼンは哮天犬に乗って、金霞洞を離れた。
青い、雲一つ無い蒼天に、その若々しく美しい後ろ姿が、小さくなってやがて消えていくのを、玉鼎はじっと見つめた。
視界から消えた後も、しばらくその場に立ちつくして、消えていった一点を見つめる。
さぁっと寂しい風が吹き過ぎて、玉鼎の長い黒髪をさらさらと揺らした。
微笑を浮かべて、玉鼎は空を見つめていた。
………凍り付いた微笑。
………彫像のように、その場に、いつまでも。
日が西に落ちて、辺りが暗くなる。
冷たい風が玉鼎の髪の毛を巻き上げ、渦を作って躍らせた。







やがて玉鼎は、微笑を浮かべたまま、一人暗い同府に、……永遠の煉獄に帰っていった。













終わり


暗いですね………終わりが。でもこういう終わり方好きだったり。


<蒼月の滾り>
ふふっ……うふふふふふふっ……予想を遥かに上回る素敵さに、拝見した後しばし放心していた蒼月です(バカ)
魚月さまはご自分のHPを開いていられまして、そちらの更新がすごいんですよ!それなのに、そんなお忙しい方から奪い取ってしまいました。魚月さま、本当にありがとうございますぅ(TT)もう傾倒でございます。ああ、私にもそれだけ速くキイが打てたら(泣)

 

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