痒い……自由にならない体を必死によじって、玉鼎は耐え難い感覚を少しでも楽にしようとした。
体はーー全ての衣服を剥ぎ取られ、両手首に鉄輪がはまり、寝台の柱に鎖で繋がれている。
両脚は大きく開かされ、足首にも鉄輪がはまり、そこから鎖が天井の滑車まで伸びていた。
滑車は二つ。それぞれの足に繋がっており、今は足首は寝台から60センチほどの空間に浮いていた。
足首が空中にあるために、上半身は寝台に仰向けの形をとらされている。
鉄輪に擦られた四肢が痺れるように痛んだ。
しかし、それよりも……先ほどから、耐え難い感覚が玉鼎を苛んでいた。
痒みーーそれも肛門からのーーである。
痛い方がずっとましだった。
疼くような、何とも表現のしようがない、そして一時もじっとしていられない痛痒感が玉鼎の全身を戦慄かせる。
無意識に秘孔を開いたり窄めたり、或いは双丘を蠢かせたり、ひっきりなしに動いていなければ我慢できない。
しかし、その位では焼け石に水で、微妙に刺激を受けたその場所が、更に耐え難く疼くだけだった。






蟻地獄 (後編)






あの、悪夢のような夜ーー初めて楊ゼンと太乙に犯された時ーー最後には気を失ってしまった玉鼎が、次に目覚めたときには、既に今の体勢をとらされていた。
元は太乙の研究室の一つであったらしいこの部屋は、今は何もなく、ただ部屋の中央に寝台があり、その上に玉鼎は横たえられている。
万歳の格好をとらされた上半身と、大きく開かされた下半身ーーあまりの恥態に玉鼎は眩暈がした。
どうにかして足を閉じようと、両脚を動かしてみたり、腕を振ってみたりする。しかし、鎖がガチャガチャ言うだけで、天井の滑車はピクリとも動かなかった。
「あ、目が覚めたんだね?」
柔らかい声が降ってきて、玉鼎はビクっとした。
太乙がいつの間にか部屋の中に入ってきていた。
(太乙…!)
突然、犯された時の光景が蘇ってきて、玉鼎は頭がカッと熱くなった。
微笑みながら近付いてくる太乙を玉鼎はキッと睨み付けた。
その視線を感じて、太乙は困ったように目を伏せた。
「……怒ってるの?」
「…当たり前だ!」
怒りに体が震える。
「これは何の真似だ、太乙! 外せ!」
拘束されている手足首をガチャガチャと動かす。
太乙は、そんな玉鼎を同情するように見ていたが、軽く首を振って言った。
「……だめだよ。外したら…君はもう手に入らなくなってしまう…」
そう言って、玉鼎をじっと見つめた。
「玉鼎……ずっとずっと好きだったんだ。私の気持ち、分かってくれる? 君が欲しくて欲しくて……今だってそう、こうやって君を前にするとーーこんなに……」
太乙は衣の裾をからげて、その下で屹立しているモノを玉鼎の眼前に突きつけた。
室内光に照らされて、てらてらとぬめり輝いているソレに、玉鼎は背筋が冷たくなった。
思わず目をつぶる。
太乙が傷ついたような声を出した。
「……いや? …だよね……」
そう言って、小さくため息をつくと、気を取りなおしたように、穏やかな声音で続けた。
「まあ、いいんだ。君がいやがるだろうってことは最初から分かってたんだし……でもね? 玉鼎ーー」
そして、小さく含み笑いをした。
「……時間はたっぷりあるから……気長にいくことにしたんだ。……君が私を欲しいって自分から言ってくれるまでね……」
そう言うと愛おしそうに玉鼎の後孔を指で撫でさすった。
括約筋を揉みほぐすように指を蠢かす。
「やめろ!」
微妙な感触にぞわぞわとした。自由にならない体が歯がゆい。玉鼎は一喝するように大きな声を出した。
「フフフ……だめだよ玉鼎ーー。私を怖がらせようったって……。でも、そんなとこが……すごく可愛い……」
いきなり指を突っ込まれて玉鼎は仰け反った。
「……いい気持ちーー。君が絡みついてくるよ……」
歌うように太乙が言う。目を細めて、玉鼎の全身を睨め回しながら笑みを浮かべる。
「……きれいだね……玉鼎……」
中指を付け根まで挿入すると、太乙はくいっと関節を折り曲げた。
「うっ……!」
ずんっとした感覚が突き上げてきて、玉鼎は思わず呻いた。
さらに人差し指も挿入される。
同時に、太乙の左手が玉鼎自身を握り込んできた。
額に汗が滲む。玉鼎は全身を硬直させて、太乙に逆らった。
「そんなに我慢しなくていいのに……。私がまるで君を苛めてるみたいじゃない…?」
指を蠢かせながら太乙が言った。
「………!」
太乙の思い通りにだけはなるまい。玉鼎は残った自尊心をかき集めてそう思った。
唇を噛みしめて堪える。
そんな玉鼎の様子を太乙はじっと眺めていたが、やがて左右に首を振って言った。
「……もっと素直になれば君も楽しめるのに……まあ、いいけどさーー。どっちにしろ、私は君を犯すんだから………」
ズッーーー!
いきなり太乙のモノが挿入ってきた。
衝撃で玉鼎の内股が痙攣する。
ガチャガチャと鎖が耳障りな音を立てた。
痛みとも疼きともつかぬ、名状しがたい刺激が玉鼎の脳まで突き抜けた。
「……う……うぅ…!」
抑えようとしても漏れ出す声を止めることはできなかった。
玉鼎は眉間に皺を寄せ、固く目を閉じて、必死に衝撃に耐えた。
瞼の裏で閃光が煌めく。
体がゆさぶられ、自身を擦りあげられ、体の中心には溶けた鉄のように熱い太乙のモノが突き入れられる。
…目を閉じても溢れ出す涙までは止めることはできなかった。






そして……。
コトが終わった後、太乙が、さんざん蹂躙した箇所に軟膏のようなものを丹念に塗り付けて出ていった。
もはやピクリともせず、ただ太乙にされるがまま、玉鼎は焦点の合わない瞳を天井に彷徨わせていた。
太乙が出てゆくと、部屋がしんと静まり返る。
体のあちこちがじんじんと熱を持って痛む。
手足首は金属が擦れ、ヒリヒリと痛んだ。
体が重い。
全身が疲労で鉛のように重かった。
底なし沼に沈んでいくように、玉鼎はいつしか眠りに落ちていた。






どれほど眠っただろうか。
体中を灼くある感覚が、玉鼎の目を覚まさせた。
痛痒感……。
人間の感覚において最も我慢のできないものーーそれが玉鼎を襲っていたのである。
痒い……!
そう思った途端に我慢できなくなった。
括約筋を何度も弛めたり締めたりーーそんなことはますます痒みを増長させるだけだがーー何かしていないといられない。
外れるはずのない手をガチャガチャと動かしてみたり、寝台の敷布に尻を擦り付けてみたり、玉鼎は羞恥に身の細るような思いをしながらも、体を動かさずにはいられなかった。
痛痒感はどんどんひどくなってくる。
額に冷や汗が滲み、目が霞んだ。
「辛そうですね……師匠……」
いつから見ていたのか、楊ゼンが入り口近くの壁に、背を凭れ掛けさせていた。腕を組んで、玉鼎を凝視している。
ぎょっとして玉鼎は一瞬体の動きを止めた。
(ーーー!)
すぐさま耐え難い疼痛感が襲ってきて、さらに冷や汗が滴り落ちる。
「……大丈夫ですか?」
声音だけは心配そうに、楊ゼンが近寄ってきた。
その瞳の奥の、情欲に狂ったような輝きを見て、玉鼎はぞくりとした。
体が竦み上がる。
すると、さらに痛痒感が増し、玉鼎は身悶えした。
「ああ、そんなに我慢して……」
楊ゼンが同情するように、玉鼎を覗き込んで言った。
「痒いのでしょう……可哀想に……。でも、師匠…、それは治りませんよ。ーー太乙真人様が特別に作った薬ですから……」
優しい声音で労るようにひどいことを言う。
ピクリと反応する玉鼎を面白そうに眺めながら、楊ゼンは更に続けた。
「……でもね、師匠……」
玉鼎の耳に息を吹きかけるようにそっと呟く。
「これをつけると、あっという間に治りますよ。……ほら……」
手に持っていた瓶を見せる。
中のゼリー状の物体を右の人差し指で少々掬い取ると、楊ゼンはその指を玉鼎の後孔にぐいっと差し込んだ。
瞬間、激烈な爽快感と、痺れるような快感が玉鼎の脳を貫き、玉鼎は思わず身震いした。
「どうですか? 治まっただけじゃなくて、…とても気持ちが良くなったでしょう?」
反応を見て、満足そうに楊ゼンが言う。
「師匠……、これが欲しくないですか? もっとつければあなたの今の苦しみなんて、あっという間に消え去ってしまいますよ……?」
そう言ってから、指を引き抜く。
指が抜け出てしまうと、すぐさま、あの、灼熱の痛痒感が戻ってきた。
一度薬の効果を味わってしまっただけに、その後の苦しみは耐え難く、玉鼎は唇を血が滲むほど噛みしめた。
それでも全身から汗が吹き出し、体は細かく震えた。
ひたすら耐えようとする玉鼎を見て、楊ゼンが言った。
「師匠らしいですね……でも、いつまでもつかなあ。……ほんとにいらないんですか? せっかく持ってきたのに……」
そして、固く目を閉じている玉鼎に囁く。
「まあ、僕は痛くも痒くもありませんから別にいいんですけど……。じゃあ、これ、捨てますね……」
ビクリと玉鼎が目を開く。間近に楊ゼンの瞳があった。
蒼い瞳に囚われる。狂気を孕んだ蒼い瞳に。
「どうします? 師匠……」
楊ゼンが囁く。玉鼎の黒い瞳を見つめながら。
目を逸らすことができない。
玉鼎は息を呑んだ。
「さあ……言って下さい……」
楊ゼンの声ががんがんと頭の中に反響する。
答えはーーーもう、用意されている。
少しずつ、少しずつ唇を開くと、玉鼎は幽かに言った。
「ほしい……」
楊ゼンがにっこりと微笑んだ。
「フフフ……よく言えましたね。……でも、師匠……ほんとうに、心から欲しいですか?」
蒼い瞳に射られるようだった。
玉鼎はがくがくと顎を震わせて頷いた。
「じゃあ、……その証拠を見せて下さい……」
ガチャリ……鎖が外される。手と足を拘束していた鉄輪も外された。
呆然と見ている玉鼎の半身を起こすと、楊ゼンは衣を脱ぎ、全裸になった。
寝台に上がり、腰を下ろすと、瓶の中のゼリーを全て自分のモノに塗りつける。
若さ溢れるそれは元気に脈打っていた。
呆けたように見ている玉鼎の体を支えて自分の方に向かせると、楊ゼンは言った。
「さあ、師匠……あなたが来て下さい。本当に欲しいのなら……ここに……」
薬がたっぷりと塗られたソレを指さす。そうして仰向けに身を横たえた。
玉鼎は一歩も動けなかった。
身軽になった今、いくらでもここから逃げ出すことができるのに。
こんな狂ったような空間からすぐにでもーー。
ーーそれなのに、体が動かない。
目は、楊ゼンの欲望に吸い付けられたように、ただソレを凝視している。
……欲しい……欲しい欲しい欲しい欲しいーーー!
頭の中で、同じ言葉が渦巻いている。
他に何も考えられない。
自分の鼓動がやけに大きく、ゆっくり感じられる。
「欲しくないんですか……?じゃあ、僕は行きますよ?」
楊ゼンが半身を起こして、寝台から降りようとした。
「…ま、待ってくれ!」
思わず大声を出していた。
必死に楊ゼンの体を止める。
蒼い瞳に、この上ない満足の色が広がり、楊ゼンは瞳を細めて笑った。
くらくらするーー。玉鼎は必死で体を動かした。
重い腕を、足を引きずりながら、楊ゼンの上に跨る。
ロボットのようにぎくしゃくと、のろのろとした動作で、それでも確実に。
楊ゼンのモノに手を添えると、玉鼎は息を詰め、目を閉じて、一気に体を沈めた。
「ーーー!!」
楊ゼンが焼けた火箸のように、玉鼎の全身を一気に貫いて焼き尽くした。
体が一瞬にして熔ける。
たとえようのない快感と、目くるめく陶酔が玉鼎を襲った。
「フフフ……師匠、素敵です……ああ、あなたが締め付けてくる……」
うっとりと楊ゼンが言う。
「う……うぅ……は……ぁ……!」
……声が漏れる
……体がしなる。
玉鼎は欲望のおもむくままに、体を激しく動かした。
……もう、矜持も自尊心も、この快楽の前にはどうでもいいことのように思えた。
自分が変わっていく……変えられていく……こんなにもたやすく……今まで培ってきたものが崩落していく……。
堕ちていくのは本当に簡単で、ひどく心地よかった。
「あ…ぁ……もっと……して…くれ……!」
譫言のように繰り返し、自分から腰を動かして楊ゼンを求める、このような浅ましい姿など、つい先ほどまでは想像もできなかったのにーー。
しかし、これは紛れもない自分の姿なのだ。
いや、これこそが隠していた自分の真の姿なのかもしれない。
「……ししょう……いっしょ…に……」
楊ゼンが玉鼎自身を握りこんでくる。
強烈な快感に玉鼎の背が綺麗に反り返る。
長い髪が弧を描いて宙に舞った。
……もう、どうなってもかまわない。
……もっと……もっとしてほしい!
目の前が真っ白になる。
どこからか妙なる音楽の調べが聞こえてくるような気がした。
……どこに行くのだろう、私はーー。
どこでもかまわない気がした。たとえ、地獄だろうと何だろうと……。
「あぁ……楊ゼン……!」
快感に全身が燃え上がっていく。
どこまでも、どこまでも、自分が浮遊していくような感覚にとらわれる。
眩しい光が近づいてくる。
もうすぐ……もうすぐ、あの光に包まれる。
……絶頂の瞬間……
玉鼎は楊ゼンの手の中に自分の欲望を吐き出した。
同時に楊ゼンの熱い迸りを体内に感じる。
……歓喜と不可思議な開放感が玉鼎の全身を満たした。
……堕ちていく……堕ちて堕ちて、どこまでも……。
……でも、堕ちることのなんと気持ちのいいことか……。
「師匠……好きです……」
楊ゼンが熱っぽい声で囁き、玉鼎を抱き締めてくる。
意識が混濁するままに、玉鼎は楊ゼンの腕の中に頽れた。





 
……『君が私を欲しいって自分から言ってくれるまで』……
先ほどの太乙の声がふと脳裏に浮かぶ。
あの時は何をふざけたことをーーと思っていたのに。
今はそう思っていた自分が遙か霞んで見えた。
堕ちた地獄の何と甘美であることか。
もう、逃れられないーー。








 
太乙の笑いが聞こえたような気がした……。












《あとがき》

玉鼎受難物語にしようとしたんですが、気持ちよくなってもらっちゃった。なんか中途半端ですね…。反省。

《管理人のいらない滾り》

まさに婀娜とゆう艶言葉が激烈に似合う玉鼎サマ……もうもう堕ちてなお美しいですわっ!!
もしや続編までいただけるなんて思いもしなかっただけに、真剣に狂喜した蒼月です(笑)
あああああっ!!魚月さま、本当に有難う御座いましたっ!!!
無意識な誘い受けの玉鼎サマも罪ですが、貴方はもっと罪です……(敬服)


 

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