独裁

 




 
無機質な天井ばかり見つめていた。いつもいつも…。
 薄暗い地下には光さえ届かず、天の低い空間の中央に備え付けられた大きな台はいかにも部屋の主の趣向を露にするかのよう。その端、自身で自覚するより小さな影は腰を掛けたまま、所在なさそうに床を見つめたまま。…正確には…鈍銀の光湛える重い金属の鎖を。
 束縛の証。惨めなほどの…それ。
 鎖ばかりではなく、肌に散らされた紅の刻印一つ一つまでが所有すべく男の暗い笑みを呼び覚ますよう。情事の最中の瞳は…忘れられもしない、狂気。
 彼は、全てを奪わなければ満足しないのだろうか?こうして外界と遮断された暗い地下に監禁されて、人としての何もかもを奪われて…頼るべくはその存在ばかりになるほか術を知らない。そうまでしなければ満足を得られないのだろうか…?何という、恐ろしい男。
「……………………………」
 天を仰ぎ、幾度目かの嘆息もしかし誰にも聞き咎められることもないままに、暗い闇にと飲まれていく。わずか潤む瞳は、まだ少年のそれのよう。
 ―――助けて…欲しい……
 そう願わないはずがない。せめて、もう少しの尊厳を。
 だが、現実にはこの身を縛する銀の鎖一つ断ち切れないまま。本気になればこの程度、叶わぬはずもないだろうに…。
 …本当にこの身体を、精神を縛るのは…厚い壁でも鎖でもないのかもしれない。ぼんやりと思いながら、だが認めてしまうのはそら恐ろしい。何故なら…彼がどこを見るか、誰を見つめるかを…知るから………。


 ―――音もない世界に、わずかに響くのはこの世界をただ一人支配するその人の足音。徐々に近づくそれに戦慄、もう逃げ出してしまいたく…もがいてもただ鎖が鳴るけたたましい金属音が、響くばかり…。



「―――ねえ道徳?」
 唇の端だけで暗く笑うのは、美しい男。その瞳は正気の沙汰ではなく、普段の彼を知る者の誰が想像しえるものであろうか?
「太乙、おまえ…いいかげんに……!」
「―――助けて欲しい、とでも…?」
 訴えたところで、解放してくれるような彼ではないが…それでも、どうにか逃れたい。必死の想い。
「キミは…私が嫌い…?」
 わずかうなずく道徳に、整えた如くに美しい太乙真人の眉が上がる。傷ついたようなその素振りさえ…威圧を覚えてならない。
「でもだめだよ、道徳…。私はキミが好きだからね…。キミが私を嫌いでも、手放すつもりはない。」
 口元に浮かんだ微笑は、なまじ顔立ちが整っているだけ…普段のそれが偽りの穏やかさに隠されているだけ…冷たく、恐ろしい含み。何より、たとえどれ程に足掻いたとしても逃れられない…。
「それにしても…悪い子だ、私から逃げたいなど…もう二度と、いえないようにしてあげようか……?」
 指の先で体中をなぞりながら、太乙真人はただその状況を楽しむばかり。道徳にしてみれば、その指先の動作一つにしても、鋭く神経に障るというのに。
「っ、太…いつ、やっ…!」
 荒い呼吸と共に、両の瞳よりこぼれる涙。酷く悲観的なその表情が忘れられず…幾度と無意味に泣かせてしまうのは、酷い。自覚しながらも太乙真人は冷酷に笑みを湛えたままで、唐突に体を割る…指先。
「っ…う!」
 一気に内をこじ開けられ、押し寄せる感覚。紅い閃光のような激痛が走ったのはほんの一瞬で、奥深くまでねじ込まれた指先が引かれたにかかわらず…熱を帯びる、体。まるで…今だ彼がそこにいるかのよう。
「う…ああ……っ」
 耐えきれずの吐息すら、面白がるかのように瞳に揺らぐ炎。そうしていると幼くしかない道徳の双眼は潤み、恨めしそうにすねた仕草。だが、それさえも長くはもたず…すぐに大きな瞳からは輝きも消えうせ、焦点も定まらないままに蕩けそうな熱に浮かされた如く。
 ああ、また…この男は、薬の類を持ち出したに違いない。不自然な昂りに恨めしくもあきらめ半分の、嘆息。この先どのような目にあうかなど、もうとっくと身をもって知った事実。
 たしか、雲中子あたりが好んで調合していたものを太乙真人が譲り受けたことがそもそもの運のつきで、面白がった太乙が研究を重ね、改良を加えたものがそれ。元来、研究こそ生きがいで、そのうえ情事の際には気が遠くなる程追い詰め、相手の泣き叫ぶ姿ばかりを好む太乙真人にとって…これ以上の研究対象はない。
「っ…う、あ…!」
 絶大の威力はさすがとしかいいようはなく、体中蝕む熱に幾度吐息をもらしただろうか?涙さえ意識せずに流れ落ちるばかり、それでも太乙は先のただ一度を除いてはほんのわずかもふれることなく、ただただ面白がるよう見つめるばかり。よりによって過敏な粘膜に触れられた、そのうずきは出口のない熱にとって変わり…もう気も違いそう。
「っ、く…!太乙、たい…っ」
 乱れ、誘うように上目に見つめる道徳には蔑む如くの太乙の視線など、念頭にないのだろう。貪欲な様がまた愛らしいと…普段衣服に覆われた箇所ばかり鮮やかな白の道徳の肌に指先を寄せ。
「っう、ん………」
 ようやくと熱い体に潜り込む指に、わずかながらにも満たされた悦びに跳ね上がる腰は、本人は自覚するのだろうか?必死な様がどうにもおかしく、かわいらしい。
「あ、ああ…う…んッ!」
 どれ程乱れても、あくまで冷静な瞳のままの太乙。悔しさに、どうにもならない快感に…身をよじるたび、金属のぶつかるけたたましい物音。その中に、熱い吐息と艶かしい喘ぎがこぼれていく…。
「や…、し…て………」
 普段では口にしないような言葉までこぼれていくのは、あまりに昂らされたせいだろうか?もはや狂わされた意識には、体裁さえなりふり構う場合もないのだろう、まとった衣に愛らしい指先が食い込む…激しく欲するあまり、無意識のそれ。
「ああ…。素直なキミが、いい…」
 指先でからかうよう頬を撫でてから、一気に太乙真人が覆い被さる。いつも圧倒されてならない長身の体に、組み伏せられるたび…恐怖と、わけのわからぬ感情も渦巻いていた。
「可愛い…道徳、そんなに欲しい…?」
 朦朧としながらも、素直にうなずく仕草はまだ幼い印象。無造作にあてがわれる太乙自身を、受け入れるべくとするのさえもほとんど無意識の行動。
「あ、あ―――ッ!」
 その一瞬に耐えきれず、悲鳴も高く鋭い。千年と時を刻んだ体であっても、こうして情事に耽る表情は幼く、永遠に十代の危うさをもつかのよう…。
「っ…あ、うっ………!」
 太乙自身はまるで謀ったかのよう、弱い箇所ばかりを巧みに穿つ。決して力でねじ伏せられているわけではないが…強い快楽はある意味、何より手堅い楔となり得るのかもしれぬ。ほとんど暴力に近いそれにのたうつ体、指先はがむしゃらに宙をかいては崩れ…白い腹をさらに白く雫が飾る。
「道徳、キミは…意外に早いね…?」
 胸にまで散ったそれを拭いながらの嘲笑めいた太乙の言葉に、一気に頬が染まる。それは己で自覚しながらも…だが、今だ信じ難い。
 そもそも、本来ならばこうまでは酷くはなかったはずだ。少なくとも、太乙真人と関係する以前は。それがこうまで変えられてしまうのも…また、底知れぬ彼の恐ろしさなのだろうか?彼の手に落ちてしまえば、誰も彼もあの美しい指先に、淫らに応えるよう…変えられてしまうのだろうか………?
 今だ欲に任せ、己の体を貪る男の瞳を朦朧と見つめる…途方もない激しい流れに飲まれるのは彼もまた同じだろうに、悔しい程平静なその瞳。
「あ…あッ、あ……!」
 対する己は、もはや気も狂わんばかりというのに。抗議の言葉さえ、嬌声にとって変わって口をつく。こうまで卓越した技術を、どこまでも非情に人を見下ろすその冷酷さも…一体彼は、どこで身につけたのだろうか?それは知る由もないが、ただ一つ…自分はおろか、誰も彼には適いはしないのだろうと…ぼんやりと思う。少なくとも、道徳の知る範囲では。
「う…あぁ、も、う……!」
 限界を超えたとすれば…こんな感覚だろうか?あくることなく熱を帯びる己自身は今にもはじけんばかり、まぶたの奥までチラチラと光も走り…際限なく蕩かされる、意識。吐息一つさえ甘すぎて苦しい程。すぐ近くにささやく太乙の声さえ、幻めいて遠い。
「道徳…?」
 あふれんばかりに涙を湛える大きな瞳からは光も消え失せ、肩で息をする様まで弱々しい。普段の体力が自慢の彼からは想像もつかぬ…だが消耗しきったその様子に、ひるむどころか太乙は容赦なく新たな悦楽を刻みつけていく。
「っ…うぁ…、ん………!」
 あっという間に次の波にさらわれてわけもわからず、固く握り締めた指の先には鮮血さえにじむ。ただその程度はもはや凄まじいまでの奔流の内では些細なことでしかなく…急激に景色は光を失っていく。最後、わずか残った意識の中…太乙真人の熱さばかり、鮮やかである。



「また泣いているな…」
 切れ長に美しい瞳を物憂げに歪めての嘆息。その瞳に写るただ一つは…手を延ばせばすぐ届きそうな距離に、無防備に泣きじゃくる少年のような幼い表情の仙人。つい先刻までここの主にいいように弄ばれ、ようやく先ほど意識を取り戻して…そうして悟った残酷なそれに、ただ泣くばかりしか術を知らない彼を。せめて抱きしめ、慰めたくとも…目には見えないが、厚い壁に阻まれては指一本触れることも、優しい言葉一つかけてやることすらも叶わぬ。
「…可愛い姿だろ?私を思ってああ泣くのかとも思えば…感慨深いくらいだね?」
 かくも酷い言葉を平然といい放つ背後の男に、さすがにわずかに振り返っては呆れ半分。
「…大層な趣味だな、太乙。」
 壁一つ隔てたすぐ向こうには、太乙その人に手酷く扱われて泣く姿があるというのに…それを楽しそうに見つめる。全くをもって、普通の神経の持ち主ではないとしかいいようがないのではなかろうか?どれ程に酷い辱めを与えたか、知れば…尚更。
「そう?けど、キミ程ではないと思うけどね、玉鼎」
 真意さえ伺わせることのない形ばかりの微笑のまま、相も変わらず壁ばかりを見つめ続ける玉鼎の腰を抱き寄せては…申し訳程度にまとった薄布を託し上げ。
「道徳は、たしかに可愛い…。それはキミにいわれるまでもなく、知るが…道徳の近くにいるがためにキミ程の仙人がまさかここまでするとは…今だに信じられないからね…?」
 幾度も道徳の体を弄んだ指先で、次は己の体をこじ開けては、穿つ。意識せずとも昂る、それが己ながらに可笑しくもある。
「っ…あ……」
「キミにはこちらは、少しも向かないと思っていたが………」
 常に冷静沈着でどこか気難しそうに写る彼であったが…その彼が、今はどうしたわけかこの手の内である。―――正確には、乾元山に捕えた道徳の姿を盗み見る変わりに、体を提供する…といった具合の取り引きである。そのためのこの部屋の壁は太乙真人が特別に細工を施したもので、今太乙や玉鼎のいる側よりは向こうの様子を克明に伺えるが、道徳のいる向こう側からは決してこちらの様子は見ることはできない。
 太乙真人が、手にいれた獲物をそう簡単には手放すはずはない。知るからせめて、最愛の者の近くに…。決して手も触れられないと知り得ながら、この状況に甘んじるは…太乙以上に、道徳に執着する故だろう。
 ―――たいした男だ。この私までを…手玉にとろうとは………
 愛しい者だけを見つめ、太乙真人になされるがまま…彼の巧みなそれに、こぼれそうになる嬌声をかみ殺す姿は惨めで、けれど甘美。四六時中を最も愛しい者の姿を見てすごせる今の生活に、己に言い訳るほどの不満はないのかもしれぬ。
「私…など犯して…楽しい…のか………?」
 吐息まじりの低い玉鼎のささやきさえも、太乙真人は軽く笑みで返し。
「まあ…ね……?」
 本来玉鼎は道徳のようにねじ伏せ、屈するような人間ではない。普通に考えれば、どうしたところで手に入れることも叶わぬ相手…それを好きにできるというのは、支配とはまた別の快感。美しい彼が乱れる姿は、そうでなくとも妖艶で幻想的でもあればこそ尚。
「まあでもキミも、私の相手ばかりしていればそれこそ欲求不満にもなるだろ?何なら、今度…ナタクでも貸してあげようか…?」
 思いがけないその名に瞳を上げる…ナタクは彼の創造物である以上に、愛弟子であり…むしろ子供に近いだろう。その子を人に犯せという親が、どこにいるのだろうか?瞳はより一層の凶行に歪んだ輝き。
 …彼は知るのだろうか?その姿を見るたび、その名を口にするたび…一層険しい表情は、どこか取り繕った如くであることを。どれ程冷酷に装っても、一瞬でもその瞳が和むことを。彼がどこを見るかは…一目瞭然であることを。
「…それで、いいのか?…愛しているだろう?あの子を……」
「………………………………」
 玉鼎の言葉に、わずかに粗野に突き上げるは…おそらくは言い当てられた故。その様がわずかに可笑しくもあり、いよいよ激しい愛撫にうねる、身体。
「あ…あぁ…、っ……」
 太乙真人に幾度も幾度も乱暴にゆさぶられ…慣れない感覚に、麻痺した身体を持て余す。その耳元に、低いささやき。
「あの子は、いくら教えても覚えないからね…。だから、少しは慣れてもらおうと思っただけだよ…」
 素質は与えておいたはずだからと言葉を続ける太乙真人は、最愛の者さえもこの扱い。…いや、愛する者こそを踏みにじる傾向にあるのは、すでにつきあいの長い玉鼎にして見れば周知の事実で、別段取り立てて驚くほどのことではないのだろうが…。その証拠に、壁の向こうの道徳には酷い仕打ちばかりを与えるのに対し、己相手にはほとんど本気ではない。互い、ただの処理に熱くなるほどには若くないといってしまえば、それだけの関係。
「もちろん、私も楽しませてもらうからね…。手を抜いてもらっては、困る。」
 彼のその言葉は気の知れた友でありながら、屈辱を与える瞳は冷徹な支配者。その瞳のまま…昂りに指先を当てては、器用に操っていく…。瞬間の凄まじい快楽に、目の前は白。
「ア…ぁ…!」
 視界が戻って先に目にしたものは、無残に床に吐き出された欲望の断片。もう幾度と犯されても、その眺めと…内に感じる太乙の熱さばかりには、一向に慣れる気配はなかった………。



 ようやくと解放され、暗い地下の部屋にただ一人きり…端正な顔立ちの美貌の仙人が見つめるのは…相変わらずに、壁の向こうの小さな影。泣き疲れてようやく眠るその姿が、愛しくて愛しくて…いつまでも見守っていられたらば。
 穏やかなこの子の表情を見ていることが、こんなにも幸福。そのために太乙に何をされようと…その程度がどうというのかと思えてしまう程。

 ―――ああ、幸せにしてあげられない…どころか、助けてあげることさえ叶わぬ私を。
 どうか…許して欲しい。
 こんなにも…愛しているのに、かかわらずに………

To Be Continued...




<<<言い訳。(汗)>>>
うわあ;まずはスミマセン;しょせんは太ナタらぶ女の書いた文章ですから…(汗)
うええー;しかし中途半端な話で申し分けないい!(死)
ああこんなはずでは…;…何故この程度のエロしか書けなかったんだろ?(爆死)
うわわ、お目汚しを失礼致しました;葵しゃんのステキなページにこんなの載るなんて…(嫌といわれそう;(苦笑))
うう;とりあえずコーチと玉サマは葵しゃんに捧げましゅ。(いらんだろー。(大笑))
太乙は欲しい方にあげますので(いねえよ)適当にもってって下さい。(謎)オレは話にしか登場しないナタちゃんだけでいい…(死)

しかし乙玉(ってだけでもすごいカップリング;)。攻×攻っぽくてオレ的にはイマイチ不本意っす。(泣)

 

<管理人の蛇足文>
うふふふふ、らびさま!本当に有難う御座いました!
何って苛められてるコーチがマジ最高です!!(><)
こーゆー狂気混じったお話は蒼月イチオシ的に好きなんです(爆)
そうまでなってしまう愛、というものに惹かれるんでしょうか……いいですよね(何が?)。
最後の十二仙二人には完全にノックアウトされました。何でしょう、あの妖しさは……(歓喜)
もーぅ、後編楽しみに待たせていただきます!

 

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