第十五回日蓮正宗法華講全国大会

 
     現況報告   正信会副議長 佐々木 秀明師

 本日は第十五回法華講全国大会が晴天の下にかくも盛大に開催されまして、誠におめでとうございます。

 北は北海道、南は沖縄、九州の同志の代表の皆様、強盛なる信心でもって参加され誠にご苦労さまでございます。もう十分ご承知の通り、本年は大石寺開山七百年に当たります。我々正信会としましては今までの池田さんの発言、また阿部さんの池田さんに対してのいれ込み、そういうものから判断しまして、本年は本門寺改称というようなこともあり得るかもしれないというところで、さまざまな活動をしてきました。また、継命等ではそれらについてキャンペーンを張りました。

『大日蓮』誌に見解

 そして三月の十一日、正信会の代表の僧俗約四百五十名で、これを阻止すべく抗議登山をしてまいりました。イヤな思いをしました。しかしこの本門寺改称ということに対して宗門は一つも公式的なもので反論したことがなかったんです。この抗議登山の後に初めて公に『大日連』という宗門の機関誌で、本門寺改称などということは有り得ない、正信会の連中が抱いている妄想であると言っております。経緯はともあれ、本門寺改称はなくなったわけでございますから、イヤな思いをして代表登山をされた皆様、誠にご苦労さまでございました。  パンチ利きました(拍手)今、マスコミで、池田さんと阿部さんがうまくいっていないなんていうことがいろいろと云々されていますけれども、果たしてそうでしょうか。池田さんと阿部さんじゃ格が違うんです。池田さんの方が一枚上でケンカにならないですよ。かつて阿部さんが教学部長の時、「池田先生の社会に展開する教学は完璧です」と言ったですね。諂いに諂った。

 今はどう言っているか。一番新しいところ、本年四月六日のお虫払法要でまた阿部さんは「SG1会長池田先生の指導と世界各国の信徒の異体同心の信行はまさにその実証を示しつつあるものと思われます。そしてこの未曾有の正法広布の中にあって、本年は開創七百年の佳節を迎える次第であります」と。ますます発展しているんだと言っているんです。

 でもこの池田さんと阿部さん、本当は仲は悪いです。欲でつながっているんです。本山は経済的繁栄、池田さんは宗教を利用して権力の簒奪を狙っている。狐と狸、必ずボロが出ます。

  大聖人愚弄の仏罰

 また池田さんは世界のあちこちで勲章をもらっておりますけれども、勲章で罰を免れることはできません。

 ルーマニアのチャウシェスクを見てご覧なさい。池田さんより遙かに上の独裁者です。ご覧の通りだ。

 大聖人を愚弄する仏罰というのはそんなものではありません。たっぷりと我々、見学しょうじゃありませんか。そのためには大いにこの正信覚醒運動を盛り上げていかなければならないと思います。

 さて裁判ですが、我々は双方却下のために争っているのではありません。勝利するために裁判をしておるんですけれども、宗教上の問題だから取り扱うことができないと最高裁で判決が確定しますと、一代限りは住職でいられるかもしれない。ある程度の時間の余裕はあるかもしれない。時間があるのは有り難いことですから、ますます精進をして、この正義の力を大きくして、富士の清流を取り戻すために頑張ることはもちろんでございます。

 しかし住職は一代でございますが、皆様方の法燈相続がございます。やがては正信会としましては、新寺院建立、または布教所設立というような事態になるかも知れません。その時は皆様方によろしくご協力をお願い申し上げる次第でございますけれども、焦ってはいけません。正信覚醒運動というのは住職がお互いに正信会費というものを出し合って、助け合ってやっているんです。団結が一番肝心です。急いで自分のところはお金があるから早くお寺を建ててしまえと、これじゃ団結になりません。その辺のところをよろしく認識をしてもらいたいと思います。

聖教紙スリ替え

 だからといって黙って一代限り待っているってことじゃないです。それ相応にそのお寺の器量と貫禄でもってやがて来る時のために備えられることは結構です。焦ってはいけません。その辺のところを皆様方、十分お考え下さい。我々正信会としましても、議長を中心にしまして、裁判の推移、結果を見て、どのような展望がいいかというようなことをいつも考えておりますから、一つ信頼して見守っていただきたいと思います。

 今、マスコミで特別御形木が偽か否かと騒がれておりますけれども、創価学会は八体の板本尊を模刻した。模刻というと、ばかにきれいだけれども、八体偽本尊を作ったということなんです。まだあるかもしれないけれども。かつてこの問題が起こった時に、当時学会の青年部長の野崎勲さんという人が「そっくり同じものを作ったんですから許してください」と言いました。そっくり同じだから困るんですよ。「南無池田大作」と書いてあれば直ぐ分かるじゃないですか。その程度なんです。

 日顕師はこの問題に対しても「御本尊を持つ者に基本的に謗法はない」と言っているんです。今度の偽特別御形木の問題であれが偽物か本物かはさておきまして、この五月十二日付け聖教新聞にこう出たんです。「もともとこの偽本尊云々との話は昭和五十三,四年ごろ、のちに御法主上人に反逆し、宗門から擯斥された正信会の悪侶らが、宗門、学会を分断し、自らほしいままにするための野望から言い出した陰険な策略による作り話である」と。しかし私達が八体を模刻したわけではありません。いつの間にか加害者が被害者になっちゃうんですよ。誠に汚い連中です。偽物、本物はともかくとしまして、我々は本物の信心をしなければいけない。全くの本物の御本尊を拝んでおっても、大聖人は「何に法華経を信じ給うとも謗法あらば必ず地獄にをつべし」と仰せです。この辺のところをよくよく皆様方考えられて、一生成仏のために精進しなければいけないと思います。

日興上人の精神を

 本年は「日興上人の精神を学ぼう」というところで頑張っておりますが、日興上人の精神は何かと申しますと、一言でいえば謗法厳誡です。日興上人が原殿御返事に「いづくにても聖人の御義を相継ぎ進らせて世に立て候わん事こそ詮にて候へ」と。いずこにおっても大聖人の正義を立てることが肝心だと。正義を立てているのは我々です。今我々しかいないんです。そして同じ御返事に、「元より日蓮聖人に背き進らする師共をば捨てぬが還つて失にて候と申す法門なり」と。自分の師匠であっても謗法をやっておるものは捨てなさい、それが大聖人の仏法ですよと示し置かれているんです。

 そして遺誡置文の一番最後には「此の内一箇条に於ても犯す者は日興が末流に有る可からず仍つて定むる所の条条件の如し」と。これが日蓮、日興の門下である。我々しかいないじゃありませんか。我々の責務は重大です。折伏こそ力になるんですから、大いに折伏をして、その力でもって創価学会を責めて、大聖人の仏法、清流を取り戻すために頑張るのが我々の責務でございますから、本日を契機に、なおいっそうのご精進をお願いする次第でございます。以上をもって現況報告と致します。

   

     

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