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富士年表9 
(1750年〜1829年)
西暦 年号 干支 改元 天皇 武家 年号(B) 改元(B) 天皇(B) 聖寿・聖滅 歴代 富士門下事項 門下・一般宗教事項 国史事項 備忘録
 
1750 寛延 3 庚午 桃園 徳川家重 滅後 469年 日教
4.18 重須16代日専寂72(過)6.22 京要法寺33代大応院日奠寂67(過)8.25 日因法を日教に付し、東之坊に移る(聖779)9.11 日教座替式を行なう(聖781)11.19 細草檀林古制30ケ条を万代のために念書す(8ー297)冬 日元14代学頭となる(聖782)○日因五重宝塔建立之由来を記す(石蔵) 1月 智観院日顕著護惜正法抄3巻刊(刊記)1月 本義院日勇著蒲鞭折疑論刊(刊記)○本有院日相壽量品義5巻を著す(奥) 1.20 幕府百姓の強訴を厳禁す(徳記)
 
1751 宝暦 1 辛未 10.27 桃園 徳川家重 滅後 470年 日教
10月 京磯村荘兵衛注法華経及び御義口伝の板木を求めて京要法寺に寄す(奥)12.28 日元対俗三衣談を著す(1ー385)○日文江戸に生る、俗姓佐藤氏(聖790)○富士妙蓮寺日立興門口決集10巻〔籾山日得筆写〕を編す(同寺蔵) 3.28 江戸養勇軒某挫日蓮を著刊(序)7.15 道樹院日幹続種論10巻を著す(序)10月 江戸北村立真斎著挫日蓮笑解刊(刊記)10月 日蓮聖人御法界、豊竹座上演(平百)○加藤重昌断挫日蓮を著す(奥)○安芸浄土僧大叔蓮語自面放痾笑を著刊(刊記) 6.20 徳川吉宗卒68(徳譜)12.19 大岡忠相卒75(寛政譜)
 
1752 宝暦 2 壬申 桃園 徳川家重 滅後 471年 日教
3.28 日因法華本門常住不滅肝要抄を著す(石蔵写)3月下旬 日因十法界抄科文を著す(石蔵)5.4 日因釈迦佛供養抄記を著す(石蔵)5.25 日教末法証得抄を著す(石蔵写)6.8 日教母妙本卒(大過去帳)6.11 日因木絵二像開眼事記を著す(石蔵)6.29 日因常忍抄記を著す(石蔵)8.12 西山28代日長寂43(過)8.18 大石寺学頭理境坊日理撰時抄文段上の講を始む(日理講記) ○某、護日蓮を著す(章目)○深草日祐自照雑記を著す(章目) 8.12 山県周南卒66(先哲)12.15 家重琉球使節を引見す(徳記)
1753 宝暦 3 癸酉 桃園 徳川家重 滅後 472年 日教
2.7 日因末法初心成佛奥旨を著す(石蔵)7.15 大石寺学頭理境坊日理撰時抄文段下の講を始む(日理講記)11.28 大石寺学頭理境坊日理撰時抄文段講記2巻〔日理講記〕を著す(石蔵) 4.10 より60日間江戸深川浄心寺において身延古佛堂祖師開帳〔出開帳の始まり〕(延史)5月上旬 要識日成然燈録2巻を著す(序)10月 本有院日相撃大毒鼓論15巻を著す(奥)○道樹院日幹著続種論10巻刊(刊記) 4.27 佐渡に代官を置く(徳記)6月 長崎奉行所に目安箱を置く(徳記)
 
1754 宝暦 4 甲戌 桃園 徳川家重 滅後 473年 日教
3.19 讃岐20代日量寂(過)10.13 下総猿島富久成寺梵鐘造立(寺譜)12月 大石寺学頭日善要用集・孝養感得抄を著す(石蔵) 9月 忍定院日憲宗義五条註釈を著す(奥)9月 忍定院日憲宗義五箇問答記弁大意を著す(奥)○鈴木意正著一談解頤3巻刊(刊記)○池上正善庵日長閑寺茶話を著す(巻首)○不受日縁・日然強訴して御蔵島に配流(金覚過)  閏2月 山脇東洋・小杉玄通等京において初めて囚人の死体を解剖す(洋学)10.19 宝暦暦を使用(続史)
 
1755 宝暦 5 乙亥 桃園 徳川家重 滅後 474年 日教
1.18 保田25代・小泉26代日壽寂69(過)1月 京要法寺信徒福田正恒要法寺鬼子母神由来記を著す(宗年)7.22 大石寺学頭13代大遠院完道日理寂細草47代(大過去帳)7月 玉円坊日彭江戸常在寺縁起を著す(石蔵写) 2.15 玉沢日通本化血脈図解〔門葉縁起〕3巻を著す(章目)2月 道樹院日幹小山茗話8巻を著す(奥)3月 竜潮日近著輪円具足梵字譚刊(刊記)4月 恭壽院日耕童蒙本迹易解抄3巻を著す(奥)8月 本是院日貞正中山法華経寺縁起を著す(奥)11月 尼崎本興寺日心宗祖御伝記抄10巻を著す(奥)○要伝院日鏡番神決疑論4巻を著す(奥) 7.1 朝鮮飢饉により幕府対馬宗義に3年間金1万両宛を与え救済せしむ(徳記)
 
1756 宝暦 6 丙子 桃園 徳川家重 滅後 475年 日元
4.14 日因臨終正念得意之事を著す(妙文)4.16 重須18代日英寂、細草46代(過)6.4 日因日目上人新田家系図1紙を図し陸前本源寺等4ケ寺へ配布(陸前本源寺蔵)8.12 日因四種浄土事を著す(石蔵写)8月 日教法を日元に付し報恩坊に移る(聖781)9.19 日元座替式を行なう(聖782)11月 日真15代学頭となる(聖783) 2.16 智観院日顕経王金湯篇10巻を著す(序)3月下旬 玉沢妙法華寺本堂落成(棟札)12.23 越中黒瀬本法寺18代三沢檀林9世本有院日相寂69(歴譜)著書70余巻あり○道樹院日幹涅槃経疏釈疑4巻を著す(奥)○大阪山中利水録内外の祖書を修補す〔宝暦修補本〕(奥) 6月 幕府、米価騰貴するをもって米商に密蔵を禁ず(憲編)10.9 醍醐冬照卒78(公補)
 
1757 宝暦 7 丁丑 桃園 徳川家重 滅後 476年 日元
4.8 日因日有上人御物語聴聞抄佳跡3巻を著す(1ー185・石蔵)5.24 日因人間界男女胎生左右異論之事を著す(石蔵)7.3 富士妙蓮寺日立富士山記を著す(同寺蔵)7.17 西山29代日悦寂(過)8.12 32世日教寂54(大過去帳)8.22 讃岐中之坊顕妙阿敬慎坊日清法難入牢して寂(大過去帳・9ー318) 3月 村上勘兵衛録内40巻・目録1巻刊(刊記)8月頃 要伝院日鏡破邪一刀記2巻を著す(奥)○忍定院日憲名字口唱決2巻を著す(奥)
1758 宝暦 8 戊寅 桃園 徳川家重 滅後 477年 日元
1.12 伊豆実成寺28代日通寂(過)8.19 日元、日寛33回忌のために報恩抄を開講す(講記)○日穏細草檀林52代に化主となる(聖783)○京要法寺信徒福田半右衛門造佛読誦論を著す(巻首) 5月 天台宗恵燈邪正枢要決を著す(奥)7.1 凌霄院日鶴〔慈弁日通〕著勧信黄葉譚2巻刊(刊記)8.4 白牙院日覚録外祖書真偽弁を著す(奥)○智観院日顕著経王金湯篇10巻刊(刊記) 7.23 所司代松平輝高竹内式部を捕える(先哲)7.24 権大納言正親町三条公積以下公家衆17人竹内式部の事に関して罰せられる(兼胤)9.3 田沼意次大名に列す(廻状)
 
1759 宝暦 9 己卯 桃園 徳川家重 滅後 478年 日元
春 日厳、学頭日真奥州巡教の際得度12才(聖791)4.18 讃岐21代日要寂(過)6.24 日堅母妙隆日円卒70(大過去帳)夏 日穏下総中田真光寺有明堂を建つ(聖784)7.13 大石寺僧日敬三道用意抄を著す(石文)8.22 日・母妙久日遠卒(大過去帳)11.28 日堅江戸妙縁寺に住す(聖785)12.28 摂津池田源立寺3代即信坊日解寂(過)○日相陸前宮城郡南宮に生る、父賀川権八(聖792)  2月中旬 智観院日顕本迹互成本無今有弁を著す(奥)7月 京妙満寺日乗著法華文句記攬剛9巻・述解刊(刊記) 5.7 竹内式部を追放に処す(兼胤)6.21 服部元喬〔南郭〕卒77(先哲)
 
1760 宝暦10 庚辰 桃園 徳川家治 滅後 479年 日元
1月 日穏薬王品能令衆生下講記を著す(大石寺南之坊蔵)6.5 日泰父融賢日周卒(大過去帳)8.15 西山25代日泉寂(過)11月 京要法寺日全本尊式改奠を門末に達す(9ー79)○日宣江戸に生る(聖793) 4.8 隆門徒某法華百金録2巻を著す(石蔵写)5月 合掌日受本迹自鏡篇2巻を著す(宗全6ー1)7月 深草元政著唱題得意抄刊(刊記)7月 忍定院日憲評破長短義・評破六即成佛義を著す(奥)8.1 小西檀林遠壽院日量五佛道同決疑章2巻を著す(序)10月 越中高岡大法寺日暁妙義論8巻を著す(序) 2.4 江戸大火(徳記)3.10 西尾忠尚卒72(寛政譜)
 
1761 宝暦11 辛巳 桃園 徳川家治 滅後 480年 日元
5.16 大石寺塔中遠信坊中興円入坊日勝寂(過) 2.16 道樹院日幹著小山茗話8巻刊(刊記) 2.21 武家諸法度を頒つ(徳記)6.12 徳川家重卒51(徳譜)12.30 幕府大坂米商の空米切手及び両替商の印金売買を禁ず(徳記)
 
1762 宝暦12 壬午 後桜町 徳川家治 滅後 481年 日元
3.24 保田29代・小泉32代日潤寂51(過)4.18 日因成佛法華肝心口伝身造抄記を著す(石蔵)4.28 日因宗旨建立三四会合抄3巻を著す(石蔵)5.1 重須17代日堅寂73細草36代(過)8.9 京要法寺34代日全寂57細草45代(過)12.13 讃岐22代日恵寂44(過)○日厳細草に入檀(日浄寺文書) 2.18 幕府寺院へ田畑を寄進することを禁ず(徳記) 8.13 山脇東洋卒58(哲後)
 
1763 宝暦13 癸未 後桜町 徳川家治 滅後 482年 日元
3.4 日因新田・南条両家之事を著す(5ー318・石蔵)○日礼江戸に生る、父石倉善六(聖794)○日厳袈裟免許16才(日浄寺文書) ○凌霄院日鶴解惑2巻を著し次年刊(刊記) 6.24 幕府本草家田村元雄を徴す(徳記)
 
1764 明和 1 甲申 6.2 後桜町 徳川家治 滅後 483年 日真
2.22 摂津池田源立寺4代昌山坊日応寂(過)春 覚林日如仙台日浄寺に布教25才(9ー320)5月 大石寺御影堂大香炉造立(石文)8.19 日堅寛師伝を著す(石蔵写)9.27 日元法を日真に付し石之坊に移る(聖782)11.13 日穏16代学頭となる(聖784)12.27 仙台佛眼寺類焼(寺誌) ○称理院日東元祖御一代記2巻を著す(序) 2.27 家治朝鮮使を引見す(徳記)閏12月 武蔵・上野に百姓一揆起る(徳記)
 
1765 明和 2 乙酉 後桜町 徳川家治 滅後 484年 日穏
1.15 京要法寺日慈末徒得意8条を令す(9ー79)春 覚林日如陸前本道寺再建のため陸前妙教寺塔中東陽坊に赴く(9ー321)3.8 覚林日如信徒3人と共に入牢、〔仙台法難の発端〕(9ー322)6.8 板倉周防守勝澄大石寺五重宝塔建立費〔第二回〕千両大杉山300両外500両を供養す(8ー68・宝建記)7.26 34世日真寂52(大過去帳)7月 日真代理学頭遠妙院〔日穏〕仙台法難のため仙台日浄寺へ下向(9ー323)8.12 日因当家袈裟数珠之口伝を著す(石蔵)9.11 覚林日如陸前長渡に配流、妙教寺日真謹慎、賀川権八〔浄性〕三郡追放、中川三郎左衛門他国追放、富沢惣右衛門等閉門、洞ノ口3人甚六・市郎兵衛・治三郎1年奴(石文)9.13 日元母妙運日宝卒(大過去帳)9.17 日真母妙成日就卒(大過去帳)10.26 日因種脱妙塔供養勝劣抄を著す(妙文)11.12 日元法を日穏に付す(石文)11.20 日・父浄蓮坊日久比丘寂(大過去帳) 10.3 池上正善庵日長正善論を著し、次年刊(刊記)11.21 黄華院日義寂37蒭蕘集7巻の著あり(越後本覚寺過)○下総大乗寺日従肩車を著す(奥) 12.4 衆医の躋壽館に至りて医術を研究するを許す(徳記)12.23 検校・勾頭・座頭等の高利貸を禁ず(徳記)
 
1766 明和 3 丙戌 後桜町 徳川家治 滅後 485年 日穏
5月 日穏日有上人御入佛御縁起を著す(妙文)7.1 陸前妙教寺21代久遠坊日真寂〔覚林日如法兄法難に連坐〕(過)7.25 江戸常泉寺11代中村阿恵了坊日喜寂60(過)11月 日堅17代学頭となる(聖785)○日調駿河富士郡下中里に生る、父後藤孫兵衛(聖795) 4月 凌霄院日鶴犀浦沙弥訓4巻を著し、10月刊(刊記)8月 恭壽院日耕本迹境智論3巻・本迹精確論5巻を著す(奥) 3月 高暘谷卒48(哲後)
 
1767 明和 4 丁亥 後桜町 徳川家治 滅後 486年 日穏
8.26 日穏異体同心抄を著す(石蔵写)8月 日穏事鏡抄を著す(石蔵写)9月 日穏法器抄3巻を著す(石蔵写)11.14 京要法寺信徒福田半右衛門末法付要録を著す(石蔵写)11.26 日厳父法順日恵寂(大過去帳) 7月 浄土宗大我獅虫論を著刊、正善論を駁す(刊記)心地院日塔著折解惑刊(刊記)○凌霄院日鶴独笑庵韋絃3巻を著す(奥)○深草日祐霞谷宗義章・経歌詩歌を著す(奥)○尼崎勧学院日秀童戯聚砂抄を著す(奥) 7.1 側衆田沼意次を側用人となす(寛政譜)8.21 幕府山県大弐・藤井右門を死刑に処し竹内式部を八丈島に流す(徳記)
 
1768 明和 5 戊子 後桜町 徳川家治 滅後 487年 日穏
3.11 伊豆実成寺29代日恩寂(過)4.18 日・細草60代の化主となる(聖786)5月 仙台佛眼寺梵鐘再鋳(寺誌)8.27 讃岐19代日達寂(過)10.23 細草58代孝真院孝察日善仙台法難のため下向し仙台日浄寺にて寂(過) ○観如院日透著本門事一念義2巻刊(刊記) 4.28 真鍮銭〔四文銭〕を鋳造す(徳記)
 
1769 明和 6 己丑 後桜町 徳川家治 滅後 488年 日穏
春 日礼、日穏の室に入る7才(聖794)4.3 日宣父真慶日視卒(大過去帳)5.3 板倉周防守勝澄卒〔大石寺五重宝塔施主、慈雲院殿加誠源承日明〕(大過去帳)6.14 31世日因寂83(大過去帳)8.29 富士妙蓮寺27代日立寂51(過)富士門流弘通用心事の著あり○日珠加賀に生る、父小川弥右衛門(聖796) 3.26 道樹院日幹寂55(寺譜)7月 合掌日受本迹自鏡篇補闕2巻を著す(宗全6ー80)8月 下総浄妙寺日透護法得宜論2巻を著す(奥)9月 尼崎勧学院日秀三益示要抄を著す(奥) 2.21 諸国農民徒党強訴の取締を令す(徳記)10.12 青木敦書〔昆陽〕卒72(寛政譜)10.30 賀茂真淵卒70(近叢)12.27 天文方佐々木秀長暦書を撰進す(徳記)
 
1770 明和 7 庚寅 後桃園 徳川家治 滅後 489年 日堅
4.6 日穏法を日堅に付し東之坊に移る(聖784)8.16 京要法寺本堂上棟(宗年)10.1 妙光阿生蓮院日命大坂自明院〔蓮華寺〕を相続し法華宗に改宗す(9ー75)10.15 保田30代・小泉33代日演寂62(過)12.29 加賀藩再び領内に富士大石寺信仰を禁ず(9ー301)○日・18代学頭となる(聖786)○日相日穏の室に入る12才(聖792) 2月頃 尼崎勧学院日秀本門円宗回向通不問答抄を著す(該書)4月上旬 池上正善庵日長法華訂正記を著す(奥)5月 伊藤道皓〔存真〕駁獅虫論を著刊(刊記)10.13 玉沢日通祖書目録を編す(序)○凌霄院日鶴独笑庵集を著す(奥)○増上寺定月著獅子絃5巻刊(刊記)
 
1771 明和 8 辛卯 後桃園 徳川家治 滅後 490年 日堅
2.18 日量富士上条に生る、清一覚良政3男(聖797)春 日元、京・大坂・堺に遊化し、2.24 京要法寺に至り、3.1 御堂において説法(聖782・宗年)春 日泰細草61代の化主となる41才(聖787)9.29 覚林日如陸前長渡島に事光庵を創す(縁起)11月 大坂自明院〔蓮華寺〕大石寺末寺となる(9ー75)12.8 大坂自明院蓮華寺と改称(9ー76)冬 日泰細草退檀江戸教化6年(聖787) 2月 堅樹院日好聖語綴輯2巻を著す(序)3.19 守真院日専、日隆著開迹顕本宗要抄目録を編す(奥)12.19 凌霄院日鶴〔慈弁日通〕寂、(深草過)教観雑録2巻・草山閑語等の著あり 3.4 前野良沢・杉田玄白等千住小塚原にて死刑囚の腑分〔解剖〕を見る(蘭学)6.4 徳川〔田安〕宗武卒57(徳記)
 
1772 安永 1 壬辰 11.16 後桃園 徳川家治 滅後 491年 日堅
春 日堅大石寺書院を再建(聖785)春 日相細草に入檀14才(聖792)5.7 日堅当体義抄文科を著す(石蔵写)○日元大坂蓮華寺に至り堂供養を修す(9ー75) 5.21 堅樹院日好諫状を寺社奉行に呈す(石文)8月 浄土宗大我曇華論を著刊(刊記)10.28 京寂光寺9代本昌院日達寂82(寺譜)12月 甘露院日泉当体義抄真偽弁を著す(巻首) 2.29 江戸行人坂の大火(徳記)4.9 江戸内藤新宿を再興し甲州街道の宿駅となす(徳記)8.2 江戸・東海道・奥州諸国大風雨洪水(徳記)
 
1773 安永 2 癸巳 後桃園 徳川家治 滅後 492年 日堅
6.5 日礼父源壽日量卒(大過去帳)9.12 日穏開目抄講記を著す(妙文)○日荘江戸に生る(聖799) 6.17 身延開闢500遠忌を修す(延譜) 4月 諸国疾疫流行す(達治)
 
1774 安永 3 甲午 後桃園 徳川家治 滅後 493年 日堅
3.15 日荘父啓善日淳卒(大過去帳)3.15 京要法寺本堂落成(宗年)4.21 富士妙蓮寺26代日詮寂69(過)7.3 35世日穏寂59(大過去帳)五人所破抄一覧の著あり8.25 京要法寺35代蓮昌院壽仁日慈寂61(過)秋 日礼日堅に随侍得度す(聖794) 8月 江戸森田座にて日蓮記を上演(歌譜) 8月 杉田玄白等著解体新書4巻刊(該書)
 
1775 安永 4 乙未 後桃園 徳川家治 滅後 494年 日堅
3.5 会津実成寺25代日塵寂(過)6.24 日任母妙岸日厳卒(大過去帳)9.23 重須21代智応院日守寂(過)10.2 日泰母妙賢日和卒(大過去帳) ○明静院日境法華宗規矩を著す(序)○深草日祐雲臥堂壽草を著す(奥)
 
1776 安永 5 丙申 後桃園 徳川家治 滅後 495年 日・
2.16 京要法寺日良令3ケ条を門末に達す(9ー80)4.18 日・大坊に入る(聖786)5.3 日堅法を日・に付し富士見庵〔遠信坊〕に移る(聖786)秋 日泰19代学頭となる(聖787)11.23 日純江戸常泉寺に住す(聖788)11.24 下野小金井蓮行寺長好坊日達寂〔日任の師〕(大過去帳) 7.3 玉沢妙法華寺33代境持院日通寂75(過)7.22 京妙満寺92代永昌院日受寂85(寺譜)10.11 身延七面山本社全焼(続史)11.8 京妙覚寺日・観機篇を著す(奥) 3.4 幕府対馬宗義暢に朝鮮互市の手当として毎年金1万2千両を給す(徳記)4.1 オランダ人コビタン、家治に謁す(洋学)4.13 池野大雅卒54(近叢)
 
1777 安永 6 丁酉 後桃園 徳川家治 滅後 496年 日・
1.3 小泉35代日量寂64(過)春 日珠日・の室に入る9才(聖796)8.12 日任父秀岸日荘卒(大過去帳) 1.15 尾張吉田正直法華神道童子問を著す(奥)3.19 西谷檀林某倍増神威録を著す(奥)5.29 身延〔除歴〕日唱江戸に入牢毒殺(延史)11.16 石見太田妙光寺日荘末法要行録3巻を著す、次年刊(序)
 
1778 安永 7 戊戌 後桃園 徳川家治 滅後 497年 日・
1.7 仙台洞ノ口加藤了助事光堂縁起を著す(9ー328)1.11 大石寺僧運高日誓二品読誦等集説を録す(石蔵)2.26 33世日元寂68(大過去帳)3.27 阿波敬台寺4代本境阿智光坊日豊寂(過)6.29 小泉36代日観寂(過) 3月 備後妙顕寺日叡読経要義2巻を著す(序)8.15 尼崎長遠寺日選撃蒙論3巻を著す(奥) 春 伊豆大島三原山噴火(徳記)6.9 ロシア船蝦夷地に来り通商を松前氏に求む(通航)10.11 幕府瞽者及び処士等の高利貸を禁ず(徳記)▽仙台藩封内風土記御用書上げを徴す(伊文)
 
1779 安永 8 己亥 光格 徳川家治 滅後 498年 日・
5.4 西山31代日令寂54(過)8.10 重須20代堅雄院倫哲日慎寂細草59代(過)9.17 磐城滑津本法寺焼失(寺誌)○日・大納言家基公他界につき納経拝礼のため下向(聖786) 2月 健立日諦祖書目次を編す(序)3.6 水戸檀林48代円妙院玄得日耆寂(水檀歴)4月 健立日諦・玄得日耆本化高祖年譜1巻・同攷異3巻を著す(序)9月 尼崎本興寺日心法華壽量品講説録3巻を著す(奥) 7.25 松平武元卒67(寛政譜)12.18 平賀源内獄死(平源集)
 
1780 安永 9 庚子 光格 徳川家治 滅後 499年 日・
3月 富士妙蓮寺客殿・表門焼失(寺誌)7.11 阿波敬台寺5代田中阿本行坊日寮寂(過)○大石寺中央大塔再興(塔銘) 1.12 一妙院日導法華即身成佛義を著す(奥) 5.28 板倉勝清卒75(寛政譜)8.28 幕府大坂に鉄座、真鍮座を設く(徳記)11.24 阿部正允卒65(寛政譜)
 
1781 天明 1 辛丑 4.2 光格 徳川家治 滅後 500年 日・
大聖人第500遠忌7.22 西山32代日言寂56(過)8.10〜16 日・大聖人第500遠忌を修す(聖786・石文)8月 日荘学頭日泰の室に入る9才(聖799)9.13 日珠父貞性日浄卒(大過去帳)10.13 陸前妙教寺三師塔再興(塔銘)10.15 保田27代・小泉29代日甫寂81(過)10月 仙台日浄寺焼失(寺誌) 6.15 水戸檀林42代円行院健立日諦寂(水檀歴)9月 健立日諦・玄得日耆著本化高祖年譜1巻・同攷異3巻刊(刊記)○深草日祐身延再攀記を著す(奥) 閏5.18 家治一橋治斉の子豊千代〔家斉〕を世嗣となす(徳譜)9.25 松平輝高卒57(寛政譜)
 
1782 天明 2 壬寅 光格 徳川家治 滅後 501年 日・
日興・日目450遠忌4.8 日量日・の室に入る12才(聖797)9.17 会津実成寺27代日亨寂(過) 6月 深草慧明日燈著草山要路会註刊(刊記) 6月 江戸天文台を牛込より浅草に移す(武江)
 
1783 天明 3 癸卯 光格 徳川家治 滅後 502年 日泰
4.28 日・法を日泰に付し寿命坊に移る(聖786)7.11 日珠母妙貞日亮卒(大過去帳)○京要法寺末岐阜正興寺佛像を廃す〔寛政法難近因〕(9ー351) 7月 京本隆寺日東文底義を著す(序) 2.4 近松半二卒59(声曲)7月 浅間山噴火死者2万余人(徳記)9月 大槻玄沢蘭学階梯を著す(該書)11.1 田沼意知を若年寄となす(徳記)
 
1784 天明 4 甲辰 光格 徳川家治 滅後 503年 日泰
春 日任細草69代の化主となる(聖789)春 日珠細草に入檀14才(聖796)5.12 信濃伊那に法難起こる(9ー409)10.22 大坂蓮華寺2代本法阿壽遠坊日深寂(過)○日任江戸下谷常在寺に住す、在住3年(聖789) 2.22 甘露院日泉法門毛孔論を著刊(刊記)3.8 甘露院日泉著玄覧権実義刊(刊記) 3.24 新番士佐野政言江戸城中に若年寄田沼意知を刃傷す(徳記)4.2 田沼意知卒36(徳記)4.3 佐野政言に切腹を命ず(徳記)5.2 萩原宗固卒82(甲子)11.17 幕府仙台城主伊達重村に5年間其の領内に限り通用の銭貨を鋳造することを許す(徳記)○諸国飢饉(徳記)
 
1785 天明 5 乙巳 光格 徳川家治 滅後 504年 日純
2.20 38世日泰寂55(大過去帳)2月 日荘、日泰遷化につき日堅に随侍す(聖799)春 日純20代学頭となる(聖788)4.8 日純母妙了日悦卒(大過去帳)6.1 日・法を日純に付す(聖788) 1月 一妙院日導祖書綱要23巻を著す(序)9月上旬 白川派某、白川遺滴新目録を著す(題筌) 1.23 久世広明卒55(徳記)9.1 幕府米及び金を与えて琉球の飢饉を救恤す(徳記)
 
1786 天明 6 丙午 光格 徳川家治 滅後 505年 日・(再住)
2月 岐阜正興寺日報興目尊縁起を著す(宗年)3.6 金沢信徒田中長右衛門・竹内八右衛門他4名入牢(9ー302)春 日文細草70代の化主となる(聖790)4.29 金沢信徒竹内八右衛門牢死(9ー302)5月 信濃伊那の法難終る(9ー412)6.9 重須19代日彦寂74細草49代(過)7.25 日礼母園林妙閣卒(大過去帳)9.7 日任21代学頭となる(聖789)秋 日純将軍家治他界のため江戸に下向し納経拝礼(聖788)○日純退隠し日・再往(聖788) ○小西檀林性衍院日兼本尊抄記を著す(章目) 1.22 江戸大火湯島大成殿焼失(徳記)7月 関東東北大水害(続王)8.27 老中田沼意次を罷む(徳記)9.8 徳川家治卒51(徳譜)10.5 田沼意次の封を削る(徳記)○最上徳内等千島を探検し得撫に至る(洋学)
 
1787 天明 7 丁未 光格 徳川家斉 滅後 506年 日・(再住)
2月 日純寿命坊に住し下之坊を修復す(聖788)春 日厳細草71代の化主となる(聖791)5.3 小泉38代日恵寂70(過)7月 日・御朱印改めのため江戸へ下向し、8月 帰山(聖786)9.23 日純父了遠日松卒(大過去帳)11.8 京要法寺僧日現現導問答を著す(妙文)12月 日厳江戸常泉寺に住す在住9年(聖791) 5.12 米価騰貴により大坂の飢民蜂起し近隣諸国騒擾す(泰平)5.22 江戸の飢民蜂起す又相模・山城・摂津・播磨・肥後等も亦飢民蜂起す(続徳記)7.1 幕府庶政を享保の制に復し諸有司を誡む(徳記)8.4 幕府倹約令を下す(続徳記)9.15 幕府上杉治憲の治積を賞す(続徳記)9.21 武家法度を頒つ(続徳記)
 
1788 天明 8 戊申 光格 徳川家斉 滅後 507年 日・(再住)
春 日純富士下之坊に移る(聖788)5.22 大坂蓮華寺3代恵門阿本是坊日周寂(過)9.23 日相父浄性坊日顕寂(大過去帳)10月 富士妙蓮寺客殿・庫裡再建(寺誌)○仙台日浄寺再建(寺誌) 1.30 京大火諸本山焼失(圀譜) 1.16 柴野栗山幕府に仕う(続徳記)1.30 京大火皇居炎上(徳記)4.24 2朱判の鋳造を停止し丁銀を鋳る(憲典)6.24 田沼意次卒70(寛政譜)
 
1789 寛政 1 己酉 1.25 光格 徳川家斉 滅後 508年 日・(再住)
春 日・大石寺宝蔵再建起工(聖786)春 日量細草に入檀(聖797)6.22 西山33代日静寂(過)7.11 西山30代日実寂(過)7月 京要法寺日良余佛不造二品読誦の規矩を定め門中に発布(本門大観) 7.12 熊本本妙寺20代一妙院日導寂66(過)7月 不受如信院日現守正論を著す(奥) 3.14 幕府衣服・調度等の奢侈を禁ず(憲典)9.11 那波魯堂卒63(哲後)
 
1790 寛政 2 庚戌 光格 徳川家斉 滅後 509年 日・(再住)
3月中旬 日・大石寺宝蔵再建3日間落慶法要執行(聖786)4.7 磐城滑津本法寺再建(寺誌)4.23 俳優初代中村仲蔵卒55江戸下谷常在寺に葬る(墓銘) 7.7 池上正善庵日長本化宗法明正記3巻を著す(奥)8月 小湊誕生寺日涛血脈明弁を著す(奥)12月 上総藻原鷲山寺八品門流に改派す(要弁跋) 5.24 幕府朱子学を勧め異学を禁ず(憲典)
 
1791 寛政 3 辛亥 光格 徳川家斉 滅後 510年 日任
1.18 小泉39代・伊豆実成寺31代日縁寂68(過)春 日荘細草に入檀19才(聖799)4.22 覚林日如遠島赦免さる(9ー341)6.19 京要法寺36代信壽院日良寂66小栗栖能化(過)7.1 日任大坊に入る(聖789)7.11 日・法を日任に付し寿命坊に移る(聖789)8.23 金沢信徒1万2千人の代表中村小兵衛難の波及するを恐れて富士門内得信仰改変の状を寺社奉行に呈す(9ー312)9.26 金沢信徒中村小兵衛富士門内得信仰改変は偽りなりとして暴問投獄(9ー313)10.3 36世日堅寂75(大過去帳)12.23 金沢信徒中村小兵衛赦免(9ー315) 7月 身延触頭宗延寺・善立寺・瑞輪寺三鳥派のことにつき幕府に答う(9ー216)○不受悦可院日巧折伏護国論を著す(該書) 8.6 武蔵・相模大風雨海嘯起こる(泰平)12月 幕府江戸の町法を改め7分積金を始め町会所を柳原に設く(甲子)
 
1792 寛政 4 壬子 光格 徳川家斉 滅後 511年 日任
7.26 陸前妙教寺25代日林〔仙台法難連座の僧〕寂(過) 8月 池上正善庵日長、三道中心録2巻を著す、慶応元年刊(序)11.13 凌雲院日尚・大川院日淙合著、如来獅子円絃15巻刊(刊記) 5.16 林子平海国兵談を著し海防を論ず、幕府之を罰す(続徳記)8.16 昌平黌修築成る(昌平)9.3 ロシヤ人ラクスマン伊勢の漂民を護送して根室に来り通商を請う(通航)
 
1793 寛政 5 癸丑 光格 徳川家斉 滅後 512年 日任
3.16 大石寺22代学頭信領院源諦日良寂細草68代(大過去帳)9.1 日文23代学頭となる(聖790)秋 日礼江戸下谷常在寺に住す在住14年(聖794) 2.29 不受本妙院日珠幕府を諌暁し 9.13三宅島に配流(宗全21ー117)7月 京頂妙寺日賢光揚義前編10巻を著す(序)10.13 深見要言著本化高祖累歳録4巻刊(刊記) 1.26 尊号一件に関し議奏中山愛親・武家伝奏正親町公明東下す(公武)3.18 松平定信をして伊豆・相模等の海岸を巡視せしむ(続徳記)8.19 松平乗完卒42(寛政譜)6.21 林子平卒56(事文) 本居宣長玉かつま刊行
 
1794 寛政 6 甲寅 光格 徳川家斉 滅後 513年 日任
3.2〜8 京要法寺、日尊450遠忌を修す(寺誌)3.18 京要法寺日立退住東山実蔵院に移る(寺誌)3.21 京要法寺経蔵及び鐘楼再建上棟(寺誌)11.15 保田32代・小泉37代日暁寂70(過) 3.9 堅樹院流増田重兵衛摧邪正義論2巻を著す(奥)10月 不受下総多古法難(金覚過)12月下旬 京本禅寺日要諸教興廃義上巻を著す(奥)
 
1795 寛政 7 乙卯 光格 徳川家斉 滅後 514年 日文
春 日相細草76代の化主となる、秋退檀(聖792)春 京要法寺佛像を廃し文字曼荼羅を勧請す、他の15山これを難詰し、守真院日住本尊問答抄を著して之に答う〔寛政法難〕(要文)4.21 京本隆寺日東京15山を代表し京要法寺の佛像廃止に就き抗議(要文)5.24 京要法寺日住15山の難問に対し、十条の答書を本能寺に送る(要文)6.17 摂津池田源立寺5代壽貞坊日信寂(過)6.28 日任法を日文に付し石之坊に移る(聖789)夏 日量〔説頭〕日荘等18人新説(聖797)7.3 日文大坊に入る(聖790)8.25 40世日任寂49(大過去帳)10.8 日調母妙養日淳卒(大過去帳)10月 日厳24代学頭となる(聖791)11.13 西山34代日啓寂53(過)11.13 京15本山京要法寺を訴う(要文)11.26 京要法寺一山残らず捕われ、自成院・一円坊入牢、他は京15本山へ預けられ京要法寺立入りを差止めらる(要文)○日誠江戸に生る(聖800) 6月 深見要言著本化高祖紀年録10巻刊(刊記)7.27 江戸丸山本妙寺三鳥派の事につき奉行に答う(9ー217)8月 幕府強義佛法厳禁す(恭記)11月 黄華院日義著作集蒭蕘集7巻刊(刊記) 7.17 円山応挙卒63(画人)11.14 幕府高橋作左衛門を天文方となす(続徳記)
 
1796 寛政 8 丙辰 光格 徳川家斉 滅後 515年 日厳
3月 日相仙台に下向、日量随行す(聖797)3月 京要法寺日住蟄居中根本日蓮宗興流百囲論3巻を著す(序)夏 日相江戸常泉寺に住す(聖792)夏 細草檀林焼失、日宣伴頭寮を再建(聖793)8.14 41世日文寂46(大過去帳)9.13 大阪蓮華寺開基妙光阿生蓮院日命寂75(過)秋 日量観行坊日陳を同伴上洛京要法寺を見舞う(聖797)10.2 日・法を日厳に付す(8ー68)10.19 重須本門寺学頭寮を焼く(宗年) ○不受本妙院日珠三宅島配所にて天下安全抄3巻を著す(奥)○池上正善庵日長草山縄正録を著す(章目) 5.28 古賀精里幕府に仕う(寛記)9.2 幕府古銅鎔解所を江戸本所に置く(廻状)
 
1797 寛政 9 丁巳 光格 徳川家斉 滅後 516年 日・(再住)
3.24 石見法蔵寺日誠寛政法難のため、江戸に牢死(要文)4.24 伊豆実成寺30代日等寂(過)5月 大石寺奉行所の命により富士の教義・教式・要法寺関係を答申す(9ー360)6.29 富士妙蓮寺28代日量寂(過)7.11 42世日厳寂50(大過去帳)閏7.10 讃岐23代日泰寂60(過)秋 日量京九条住本寺に住す在住5年(聖797)12月 京要法寺奉行所に富士伝来の立義相続を訴う(要文)12.20 三浦伊勢守の調停により要法寺対京15本山和解し要法寺即日閉門を解かる(要文・9ー363)○京要法寺日住答諸山書を著す(奥)○日相江戸常泉寺の文庫・土蔵を再建(聖792) 1月 不測院日・妖亡鬼伏金鏡編を著す(該書)8月 本化別頭佛祖統紀38巻刊(刊記)10.13 水戸加倉井忠珍日蓮大菩薩記を著す(奥)○大中院日孝編宗旨漢語〔御書漢訳〕6巻刊(刊記) 7.7 イギリス人プロートン再び絵鞆に入港す(通航)12.1 幕府聖堂を改革し官学となす(寛記)
 
1798 寛政10 戊午 光格 徳川家斉 滅後 517年 日・(再住)
3月 出雲石見の要法寺末、京15本山との和融に反対す(要文)春 日相江戸常泉寺本堂を修理し地形四尺を築く(聖792)春 日宣細草77代の化主となる(聖793)8月彼岸 日相佛神道相対を著す(石蔵写)秋 日宣細草を退檀し江戸妙縁寺に住す(聖793)10月 京要法寺自成院・一円坊江戸に出訴し、常泉寺に止宿す(要文・9ー95・9ー372)冬 日相江戸常泉寺本堂の落成供養を修す(聖792)○日英生る(自歴) 3月 尼崎本興寺日妙、本門円宗要品弁意抄を著す(奥)11月 池上正善庵日長本化宗法一道記2巻を著刊(刊記)○池上正善庵日長宗法正義論を著す(序) 3.14 幕府目付渡辺胤等をして蝦夷地を巡回せしむ(廻状)
 
1799 寛政11 己未 光格 徳川家斉 滅後 518年 日相
1月 京要法寺対京15本山本尊問題につき江戸役所において再審(要文)3.8 伊豆実成寺焼失(宗年)3月 京要法寺自成院・一円坊裁許破りにより入牢、入牢7日和談に返る、江戸常泉寺和解を喜ばず宿院を拒絶す(要文・9ー372)春 日相25代学頭となる(聖792)春 日・法を日相に付し寿命坊に移る(聖786)5.4 京要法寺本尊問題訴訟江戸吹上御苑にて将軍直裁により願下げとなる(要文)5.24 本尊問題京要法寺と京諸本山との和解なる(要文)6.13 日厳母妙恵日解卒(大過去帳)9.1 小泉41代日穏寂70(過)9月 京要法寺日住翻邪向正論3巻を著す(奥)11.7 日相大坊に入る(聖792)12月 京会本京要法寺塔中近末寺院佛前飾方を検視し、内済不可能の旨を告ぐ(要文) 12.8 池上正善庵日長再折記3巻を著す(奥) 1.15 幕府若年寄堀田正敦等をして諸家の系譜〔寛政重修諸家譜〕を編纂せしむ(寛記)10月 幕府南部・津軽両家より各500人を出兵して箱館を守らしむ(通航)
 
1800 寛政12 庚申 光格 徳川家斉 滅後 519年 日相
4.11 重須23代日全寂41、細草75代(過)閏4.18 大石寺能化隆明院礼学日念寂、細草65代(大過去帳)6.19 日誠父啓瑞日存卒(大過去帳)11.16 京会本京要法寺日立に雲石末寺取締り不都合により出訴を警告す(要文)12.25 日調父養淳日明卒(大過去帳)12月 京諸本山京要法寺を訴う(要文)12月 京要法寺日立寛政法難の次第を記し、門末真俗に告示す(宗年)○寛政年中 讃岐日・丸亀に妙行寺を創す(寺誌) 1月 天台僧玄空鏡心明智録を著す(奥) 4月 伊能忠敬幕府に請いて蝦夷地を測量す(休明)9.10 伊藤若沖卒85(画人)○富士山に女人の登山を許す(続徳記)
 
1801 享和 1 辛酉 2.5 光格 徳川家斉 滅後 520年 日相
2.24 京要法寺末為久寺日生かけこみ訴訟し入牢(要文)春 日相 大坊・五重宝塔修覆(聖792)4.22 京要法寺末為久寺日生牢死(要文)4月 京要法寺日住末法適時本尊決疑録3巻を著す(奥)6.22 京要法寺京諸本山と分離脱盟の義を請願、7.26却下(要文)7.30 39世日純寂66(大過去帳)8.3 京要法寺京諸本山と和談なる(要文)8月 京要法寺日住本尊決疑尋問録〔諌暁録〕を著す(奥)9.5 日宣母妙全日慶卒(大過去帳) 2.26 相模三浦大明寺事成院日壽祖書綱要・略7巻を著す(奥)5.11 大川院日淙続津通を著す(奥) 3月 伊能忠敬幕府の命により伊豆・相模・武蔵・上総・下総・常陸・陸奥の沿岸を測量す(誠斎)9.29 本居宣長卒72(玉襷)
 
1802 享和 2 壬戌 光格 徳川家斉 滅後 521年 日相
3.18 京要法寺37代守真院日住寂67(過)春 日調細草78代の化主となる38歳(聖795)4.20 石見法蔵寺、江戸芝長応寺の裏書を添えて、京要法寺へ本末解消を迫る(要文)4月 日誠・日相年礼出府帰山の時供奉して登山8歳(聖800)7.7 大坂蓮華寺4代久米原阿諦岩坊日定寂(過)8月 石見の要法寺末、離末願を江戸役寺に提出、よって京要法寺日立江戸へ下向(要文)○日調退檀して久成坊に住す、在坊5年(聖795) 2。23 幕府初めて蝦夷奉行を設く(続徳記)5.11 幕府蝦夷奉行を箱館奉行を改む(続徳記)○伊能忠敬幕府の命により陸奥・出羽・越後を測量す(誠斎)
 
1803 享和 3 癸亥 光格 徳川家斉 滅後 522年 日宣
4月 日宣26代学頭となる44才(聖793)5.26 37世日・寂73(大過去帳)10月 日相 法を日宣に付し寿命坊に移る(聖792)11月 日宣大坊に入る(聖793) 7.8 アメリカ船長崎に来り貿易を請う幕府許さず(通航)
 
1804 文化 1 甲子 2.11 光格 徳川家斉 滅後 523年 日宣
春 日珠細草79代の化主となる(聖796)春 日相寿命坊客殿を南面に修覆す(聖792)4.20 京要法寺末出雲37寺離末の件、双方日延べ願を役寺江戸芝長応寺に提出(要文)4月 仙台洞ノ口法難起こる(9ー347)6.9 日礼養母妙壽日如卒(大過去帳)6.16 重須22代正雄院堅隆日勧寂、細草66代(過)秋 日相仙台洞ノ口法難見舞のため陸前へ下向、日誠随行10歳冬帰山(聖792・聖800)秋 日珠細草を退檀し、江戸常泉寺塔中本行坊に住す(聖796) 11月 詮量院日綱南渓集初編6巻を著す(序)12.9 越後寺泊妙輪寺日歓、経王壽算雪謗を著す(奥) 9.7 ロシア使節レザノフ我が漂民を護送して長崎に来り貿易を求む(通航)2.5 中井竹山卒75(事文)
 
1805 文化 2 乙丑 光格 徳川家斉 滅後 524年 日宣
3.7 京要法寺末寺出雲諸寺離末の件につき、双方寺社奉行に勤行法衣証拠書を提出す(要文)春 日相江戸小梅常泉寺に移る(聖792)8.7 日英江戸妙縁寺日脱について得度(自歴)8月 松江妙興寺凌雲院日相〔一円坊宗淵〕江戸出訴中客舎に寂(過)12.3 43世日相江戸常泉寺に寂47(大過去帳)12月 日誠、日相遷化につき日調に随侍す(聖800) 4.17 相模三浦大明寺38代事成院日壽寂65(過) 3.7 幕府目付遠山景普を長崎に遣わしロシア使節レザノフと会し其の請いを却く(長続)5.3 喜多川歌麿卒53(絵考)10月 加藤千蔭其の著万葉集略解を幕府に進ず(続徳記)
 
1806 文化 3 丙寅 光格 徳川家斉 滅後 525年 日宣
4月 日礼27代学頭になる(聖794)5.22 富士妙蓮寺30代日信寂(過)夏 日調江戸下谷常在寺に住す在住3年(聖795)7月 京要法寺末寺離末一件、末寺側より願下げを寺社奉行に訴う(要文)8.21 京要法寺末寺離末一件願下和解(要文)10月 京要法寺日立帰山(宗年)11月 日珠江戸常泉寺に住す、在住4年(聖796) 3月中旬 池上正善庵日長別頭統紀難得意条々記を著す(奥) 1.26 幕府ロシア船来着の取扱い処置を諸大名に令す(続徳記)3.4 江戸大火(廻状)
 
1807 文化 4 丁卯 光格 徳川家斉 滅後 526年 日礼
5.24 京要法寺と京15本山和解(要文)7月 京要法寺信徒森喜右衛門信行問答記3巻を著す(石蔵)8.14 讃岐24代丸亀妙行寺開基日・寂(過)8.19 日宣法を日礼に付し富士見庵〔遠信坊〕に移る(聖794)11.10 信受院日勝京要法寺に住す(寺誌) 8月 京伏見本教寺日宣甲府神道問答2巻を著す(奥) 4.10 ロシア船樺太に入寇奉行羽太正養津軽藩の兵をして宗谷を守らしむ(休明)6.6 若年寄堀田正敦等を蝦夷地に遣わし総督せしむ(文化)10.24 箱館奉行を松前奉行とす(文化)
 
1808 文化 5 戊辰 光格 徳川家斉 滅後 527年 日調
2.20 重須本門寺学頭寮焼失(宗年)春 日量細草80代の化主となる38歳(聖798)春 日誠細草に入檀14歳(聖800)4.25 重須24代日昇寂(過)5.8 45世日礼寂46(大過去帳)6.4 京要法寺日勝先規により塔中へ12ケ条を達す(宗年)8月 日量江戸下谷常在寺に住す在住8年(聖798)8月 京要法寺賢承日芳、日寛末法相応抄返答を著す(宗年)秋 日調28代学頭となる43歳(聖795)9.24 日宣法を日調に付す(聖795)○久遠院日騰尾張桜井村に生る(尾難) 3月 京頂妙寺日賢西窓随筆2巻を著す(奥)4.28 深見要言著本化高祖画讃録刊(刊記)10月 詮量院日綱南渓集後編3巻を著す(序)○舜竜院日謙顕立正義録を著す(奥) 4.9 幕府相模・伊豆・安房の沿岸に砲台を築く(泰平)4月 間宮林蔵・松田伝十郎と樺太を探検し6月帰る(北夷)8.15 イギリス船フュートン号長崎に入港〔薪水を強要〕奉行松平康英引責自殺す(通航)9.2 加藤千蔭卒72(事文)
1809 文化 6 己巳 光格 徳川家斉 滅後 528年 日調
6.15 日宣種脱相対に約する主師親之義を著す(石蔵)夏 日珠29代学頭となる(聖796)9.1 日英細草に入檀(石文) 5.25 池上正善院日長寂84(墓銘)○詮量院日綱著南渓集3巻刊(刊記)▽京壽量寺日延訓蒙常楽編を著す(奥) 9.21 大草公弼新編南山巡狩録を幕府に進ず(続徳記)
 
1810 文化 7 庚午 光格 徳川家斉 滅後 529年 日調
1.4 江戸妙縁寺類焼(9ー95)5.16 京要法寺39代信受院日勝寂(過)5.26 日相母妙性日浄卒(大過去帳) ○深見要言三沢殿御返事梵音声御書を校正重刻す(奥) 2.26 幕府陸奥白河・会津2藩をして相模・安房の海岸に砲台を築かしむ(文化)5.14 安藤信成卒(文化)○水戸治紀大日本史紀伝部を朝廷に献ず(水徳)
 
1811 文化 8 辛未 光格 徳川家斉 滅後 530年 日調
1.7 京要法寺学頭蓮成院日英尊門流五段相承弁を著す(奥)2月 京要法寺信徒相馬秀治権実分明抄を著す(石蔵写)3月 京要法寺信徒相馬秀治諌言抄を著す(石蔵写)7.22 京要法寺38代慈雲院日立寂60(過)奉上記の著あり 5月 天文方に蛮書和解御用の1局を設け馬場貞由・大槻茂質等を訳員となしショメル百科辞典〔厚生新編〕の翻訳を始む(洋学)6.4 松前奉行支配調役奈佐政長ロシア艦長ゴローニン国後に捕う(北夷)
 
1812 文化 9 壬申 光格 徳川家斉 滅後 531年 日調
3.15 日荘母妙善日浄卒(大過去帳)3月 重須本門寺学頭寮焼失(教報)春 日荘細草82代に化主となる40歳(聖799)冬 日荘因幡日香寺に住す在住8年(聖800) 12.17 堅樹院日好三宅島の配所に寂(9ー222) 8.14 ロシア船長リコルド高田屋嘉兵衛を国後の海上に捕えて去る(通航)
 
1813 文化10 癸酉 光格 徳川家斉 滅後 532年 日珠
2月 京要法寺信徒相馬秀治愚人咄・彼岸抄を著す(石蔵写)夏 日調法を日珠に付し石之坊に移る(聖795)8.18 小泉43代日就寂53(過)8月 日量命により江戸常泉寺より因幡日香寺に赴き、11月帰山(聖798)9月 京要法寺信徒相馬秀治病即消滅抄を著す(石蔵写)10月 富士妙蓮寺表門等再建(寺誌)10.24 覚林日如仙台洞ノ口に寂74(9ー341) 6月 雅好堂主人法華諸聖略伝刊(刊記)○平田篤胤出定笑語7巻を著す(奥) 4月 米会所を設立す(続徳記)5.26 ロシア船長リコルド国後に来り高田嘉兵衛を介してゴローニン釈放の交渉を開始す(通航)7.5 蒲生君平卒46(事文)9.26 幕府ゴローニン等をリコルドに交付す(通航)
 
1814 文化11 甲戌 光格 徳川家斉 滅後 533年 日珠
4.11 日珠大坊に入る(聖796)5.1 西山35代日元寂(過)5.1 日英細草86代の化主となる(石文)5.26 江戸常泉寺20代本量院教好日扇寂細草81代(聖789)6月 日宣江戸常泉寺に住す在住8年(聖793)7.7 富士妙蓮寺29代日長寂69(過)9.13 日英江戸妙縁寺に住す(石文) 7月 文周日峰三冬夜話3巻を著す(序)9月 常在院日深著峨眉集20巻刊(刊記)9月 日證高祖大士真実録2巻を再刊(刊記)10月 玄修院日明新選校正祖書46巻並録外目録集4巻を編す(序)○京村上勘兵衛等註画讃2巻を再版(刊記)○不受勇行院日長正法護国論を著し幕府を諌暁し入牢(金覚書)
 
1815 文化12 乙亥 光格 徳川家斉 滅後 534年 日調(再住)
春 日量30代学頭となる(8ー259)夏 日誠新説21歳(聖800)8.10 日珠寿命坊に移り、日調再住(聖795) 2.21 不受勇行院日長江戸に牢死(金覚過)7月 京伏見本教寺日宣著四箇名言論・住迹顕本抄刊(刊記)12月 不受本妙院日珠適時信規論3巻を著す(奥)○是妙日応、日応抄を著す(奥) 7月 近畿大洪水(泰平)8月 仙石政和類聚国史を刊行す(該書)○杉田玄白蘭学事始を著す(該書)
 
1816 文化13 丙子 光格 徳川家斉 滅後 535年 日調(再住)
4.16 立正院日・京要法寺に住す(宗年)9.7 日英母妙広日禎卒(大過去帳)9.22 47世日珠寂48(大過去帳)10月 京要法寺末寺心得5ケ条を発す(宗年)12.7 日量興目御両尊和讃を著す(石蔵写) 1.1 京頂妙寺29世玄収院日賢寂82(過)宗旨要解10巻・同撮要・宗教要解12巻・余年集10巻・同追加・先師伝の著あり9.24 江戸河原座に岩井半四郎等日蓮記を上演(歌年) 2.16 幕府諸国の人口を調査す(廻状)2.19 頼春水卒71(事文)4月 江戸疫病流行(武江)8月 畿内・東海道風雨洪水(武江)
 
1817 文化14 丁丑 仁孝 徳川家斉 滅後 536年 日量
1.27 46世日調寂52(大過去帳)2.16 日宣法を日量に付す(聖798)8.2 日誠母妙瑞日慈卒(大過去帳)8.25 日霑江戸に生る父鈴木惣左衛門(霑伝)11月 日量、日目以下歴代御伝を著す(石蔵) 1月 平田篤胤著出定笑語付録2巻刊(刊記) 5月 諸国大旱魃(武江)9月 英船浦賀に来る(通航)
 
1818 文政 1 戊寅 4.22 仁孝 徳川家斉 滅後 537年 日量
3.4 保田31代・小泉34代日正寂84(過) ○舜竜院日蒼本尊分蒙を著す(序) 5.13 イギリス人ゴルドン浦賀に来り貿易を求む(通航)
 
1819 文政 2 己卯 仁孝 徳川家斉 滅後 538年 日量
夏 日荘31代学頭となる(8ー260) 4.7 本妙院日臨本門自誓受戒作法草案を著す(奥)4月 本妙院日臨一代蔵経略要を著す(奥)7月 什門伊賀井信正三道合法方鑑開目抄を著す(奥)○江戸西教寺潮音掴裂邪網篇を著す(奥) 1.13 水戸徳川治保大日本史紀伝部45冊を幕府に進ず(文政)
 
1820 文政 3 庚辰 仁孝 徳川家斉 滅後 539年 日荘
8月 日量法を日荘に付し寿命坊に移る(聖798)9.3 日荘座替式を行なう(聖800)9.24 富士妙蓮寺31代日題寂56(過) 5.12 本妙院日臨当家教相を著す(奥)7.28 勇猛院日麑祖書考正義を著す(奥)11月 智勇院日進摧破綱要取要篇を著す(序)▽斎藤不言斎 観心本尊文底秘沈顕本抄3巻を著す(序) 6.28 幕府新文字銀を鋳る(貨幣)10.17 幕府高橋景保の満州文書翻訳の労を賞す(文政)○塙保己一の群書類従成る(該書)
 
1821 文政 4 辛巳 仁孝 徳川家斉 滅後 540年 日荘
秋 日宣江戸常泉寺より帰山(聖793)10.13 江戸妙縁寺恵了坊日立常陸本証寺を弥平田村に移し、山号を筑波山と改む(寺誌) 2.9 江戸西教寺潮音金剛索を著す(奥)不受無量院日至・明了院日相・通達院日義、岡山に牢死(金覚過) 8.4 畿内・東海・南海・山陰諸国大風雨(泰平)9.4 伊能忠敬卒77(伊能忠敬事蹟集纂)9.12 塙保己一卒76(温故堂塙先生伝)12.7 幕府東西蝦夷地を松前氏に還付し南部・津軽両氏の戌兵を撤せしむ(文政)
 
1822 文政 5 壬午 仁孝 徳川家斉 滅後 541年 日荘
1.7 44世日宣寂63(大過去帳)2.26 仙台佛眼寺類焼(仙災表)8.29 相馬大作江戸に刑死(感恩寺文書)○永瀬清十郎、富木要達と称し、尾張に至り弘教すること2ケ年(尾難)○尾張信徒高崎タヨ等、六日講を結成(尾難) 2月 本用院日就著 立正治国論摘註刊(刊記)3月 京伏見本教寺日宣著 三道合法図解刊(刊記)6.27 遠江横砂妙竜寺隆禀 問答抄を著す〔横砂問答〕(序)7月 遠江横砂真宗長円寺大霊二妙二十麁褒貶抄を著す(奥)8月頃 大霊問答抄裂邪網を著す(序)9月 玄収院日賢著光揚義後篇7巻刊(刊記)11.24 中村学徒睿運護法論を著す(序)11月 駿河貞松蓮永寺日富寸裂邪網を著す(奥)11月 駿府信士某横砂土産3巻を著す(序)11月 英含院日通遠江中村鶴峰寺に裂邪妄想論を著す(序)12.7 中村学徒睿運貞松学窓に摧邪牘を著す(奥)12.21 西谷学徒隆禀折尺牘褒貶抄を著す(序)12.22 本妙院日臨 海周の名をもって佛海微瀾を著す(序)12月 西谷学徒慈通対座問答を著す(序)12月 英俊百問を著す(奥) 2.1 江戸町奉行府下に唐人踊を禁ず(甲子)
 
1823 文政 6 癸未 仁孝 徳川家斉 滅後 542年 日荘
4.8 大石寺裏門再建上棟(棟札)5月 日量富士大石寺明細誌〔宝冊〕を著す(5ー319)7.27 重須27代日量寂(過) 2月 一道院日理再問会答記を著す(奥)3.8 横砂大霊佛海・・を著す(序)3.22 大霊、批紅評黄篇を著す(序)4.8 海周金剛杵を著す(序)4月 大霊大象歩章を著す(跋)9.17 甲斐醒悟園本妙院日臨寂31(内房本成寺過)本化別頭教観撮要・教観雑編・忍草雑記・三大秘法弁の著あり10.15 大霊 浄業金櫃を著す(序)12月 臨導聖語明鏡顕魔論を著す(石文)○大霊 汝々我々論を著す(奥)○駿河貞松蓮永寺日富、三国一統志を著す(奥)▽大霊 対座問答記甄謬を著す(奥) 7.6 蘭館医ドイツ人シーボルト長崎出島に着任(シボ)○青山延于の皇朝史略成る(皇史)
 
1824 文政 7 甲申 仁孝 徳川家斉 滅後 543年 日荘
1.21 保田33代・小泉40代日承寂(過)春 日誠細草84代の化主となる(聖801・8ー279)6月 日誠江戸下谷常在寺に住す(聖801)○永瀬清十郎の弘教により尾張信徒高崎勝治等本因妙講を結成(尾張)▽日量本因妙得意抄を著す(石文) 1.25 舜竜院日蒼、三難問書2巻を著す(奥)2.27 不受源浄院日学岡山に牢死(金覚過)5.12 英園院日英四宗要文纂補3巻を著す(奥)8.27 身延久遠寺焼失(延史)閏8.21 京本隆寺30代唯妙院日東寂(過)10.19 紀伊感応寺18代勇猛院日麑寂68(過)祖書編輯考・妙宗先哲本尊鑑3巻の著あり○斎藤不言斎 己心本有本尊抄を著す(奥)○京東山檀林日淳教相摂鑑を著し次年刊(刊記) 5.18 幕府1朱金貨を鋳る(貨幣)8.19 関東・奥羽大雨洪水(甲子)
 
1825 文政 8 乙酉 仁孝 徳川家斉 滅後 544年 日荘
2月 日量日寛上人伝を著す(5ー353)7.28 尾張信徒高崎勝治等5名本成寺に本用院日就を論破す(尾難)7月 尾張法難〔文政度〕起り翌年11月終る(尾難)8月 高崎勝治等尾張内得信者、本迹論〔名古屋問答〕を記し、日量に上申す(尾難)11.15 日量目師略伝を著す(石蔵写) 1月 浄土宗紀伊法福寺知空、弾憚改妙義論取要決2巻を著す(序)4月 舜竜院日蒼当家秘要録2巻を著す(奥)8.20 身延久遠寺再建(延史)8月 本用院日就富士門評破を著す(奥) 2.15 幕府異国船打払令を発す(続徳記)
 
1826 文政 9 丙戌 仁孝 徳川家斉 滅後 545年 日荘
1.26 讃岐25代日・寂62(過)11.18 日量書状をおもって尾張本因妙講を激励す(尾難) ○観阿著本朝四箇度宗論記再刊(刊記)○小川泰堂曲林一斧を著す(序) 3.25 オランダ人家斉に謁す(通航)12月 岩垣松苗の国史略成る(史略)
 
1827 文政10 丁亥 仁孝 徳川家斉 滅後 546年 日荘
1.23 日量再び尾張信徒を激励す(尾難)2月 日誠江戸常泉寺に住す(聖801)春 日量大石寺諸堂修復勧化のため永瀬清十郎を伴ない、関東・東北の地を巡錫(聖798)5.16 重須26代日豊寂(過)9.1 重須25代日堯寂(過)11.6 重須本門寺諸堂焼失(教報) 10月 舜竜院日蒼応需抄を著す(該書)11月 池上輪成院日教本化正宗略興記を著す(序) 5.21 頼山陽日本外史を松平定信に呈す(該書)
 
1828 文政11 戊子 仁孝 徳川家斉 滅後 547年 日荘
4.22 小泉42代日因寂84(過)秋 日量関東・東北より帰山(聖798)12月 日量三度尾張信徒を激励す(尾難)○日量断疑生信録を著す(石蔵写) 3.27 玄修院日明尾張甚目寺村本郷に寂72(日明寺過)3月 鎌倉妙法寺日恵採汲余稿を著す(序)8月 丹後妙円寺英園院日英開目抄類聚を著す(奥)▽池上輪成院日教、台当両家悟道大旨を著す(奥) 6.30 大風雨諸川洪水(甲子)10.9 書物奉行兼天文方高橋景保密かに図書をシーボルトに与う景保即日禁獄さる(洋学)
 
1829 文政12 己丑 仁孝 徳川家斉 滅後 548年 日荘
2.6 永瀬清十郎什門邪義破折を著す(石蔵写)3.16 日胤江戸京橋に生る父鈴木久三郎(自歴)10.17 江戸妙縁寺・筑波山本証寺中興恵了坊日脱寂(大過去帳)冬 日荘 年礼のため江戸に下向(聖800) 3月 京伏見本教寺日宣著住迹顕本抄刊(刊記)9.6 身延久遠寺焼失(延譜)▽英含院日通甲府神道問答記を著す(該書) 3.21 江戸大火(泰平)5.13 松平定信卒72(系譜)6.27 幕府1朱銀を鋳る(貨幣)
 
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