善無畏三蔵抄

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善無畏三蔵抄の概要

【文永七年、浄顕房・義浄房、聖寿】 
法華経は一代聖教の肝心、八万法蔵の依りどころなり。
大日経・華厳経・般若経・深密経等の諸の顕密の諸経は、震旦・月氏・竜宮・天上・十方世界の国土の諸仏の説教恒沙塵数なり。
大海を硯の水とし、三千大千世界の草木を筆としても書き尽しがたき経経の中をも、或は此れを見、或は計り推するに、法華経は最第一におはします。
而るを印度等の宗、日域の間に仏意を窺はざる論師人師多くして、或は大日経は法華経に勝れたり。
或る人人は法華経は大日経に劣れるのみならず、華厳経にも及ばず。或る人人は法華経は涅槃経・般若経・深密経等には劣る。
或る人人は辺辺あり、互に勝劣ある故に。或る人の云く、機に随て勝劣あり、時機に叶へば勝れ、叶はざれば劣る。
或る人の云く、有門より得道すべき機あれば、空門をそしり有門をほむ。余も是を以て知るべしなんど申す。
其の時の人人の中に此の法門を申しやぶる人なければ、おろかなる国王等深く是を信ぜさせ給ひ、田畠等を寄進して徒党あまたになりぬ。
其の義久く旧ぬれば、只正法なんめりと打ち思て、疑ふ事もなく過ぎ行く程に、末世に彼等が論師・人師より智恵賢き人出来して、彼等が持つところの論師・人師の立義、一一に或は所依の経経に相違するやう、
或は一代聖教の始末浅深等を弁へざる故に専ら経文を以て責め申す時、各各宗宗の元祖の邪義、扶け難き故に陳し方を失ひ、或は疑て云く、論師・人師定めて経論に証文ありぬらん。我が智及ばざれば扶けがたし。
或は疑て云く、我が師は上古の賢哲なり、今我等は末代の愚人なり、なんど思ふ故に、有徳高人をかたらひえて怨のみなすなり。
しかりといへども、予自他の偏党をなげすて、論師人師の料簡を閣て、専ら経文によるに、法華経は勝れて第一におはすと意得て侍るなり。
法華経に勝れておはする御経ありと申す人出来候はば、思食べし。
此れは相似の経文を見たがへて申すか。又、人の私に我と経文をつくりて事を仏説によせて候か。
智恵おろかなる者弁へずして、仏説と号するなんどと思食すべし。
恵能が壇経、善導(ぜんどうく)が観念法門経、天竺・震旦・日本国に私に経を説きをける邪師其の数多し。
其の外、私に経文を作り、経文に私の言を加へなんどせる人人是れ多し。然りと雖も、愚者は是を真と思ふなり。
譬へば天に日月にすぎたる星有りなんど申せば、眼無き者はさもやなんど思はんが如し。
我が師は上古の賢哲、汝は末代の愚人なんど申す事をば、愚なる者はさもやと思ふなり。此の不審は今に始りたるにあらず。
陳隋の代に智■法師と申せし小僧一人侍りき。後には二代の天子の御師、天台智者大師と号し奉る。
此の人始いやしかりし時、但漢土五百余年の三蔵人師を破るのみならず、月氏一千年の論師をも破せしかば、
南北の智人等雲の如く起り、東西の賢哲等星の如く列て、雨の如く難を下し、風の如く此の義を破りしかども、終に論師人師の偏邪の義を破して天台一宗の正義を立てにき。
日域の桓武の御宇に最澄と申す小僧侍りき。後には伝教(でんぎょう)大師と号し奉る。
欽明已来の二百余年の諸の人師の諸宗を破りしかは、始は諸人いかりをなせしかども、後には一同に御弟子となりにき。
此等の人人の難に我等が元祖は四依の論師、上古の賢哲なり、汝は像末の凡夫愚人なり、とこそ難じ侍りしか。
正像末には依るべからず、実経の文に依るべきぞ。人には依るべからず、専ら道理に依るべきか。
外道仏を難じて云く「汝は成劫の末、住劫の始の愚人なり。我等が本師は先代の智者、二天三仙是なり」。なんど申せしかども、終に九十五種の外道とこそ捨てられしか。
日蓮八宗を勘へたるに、法相宗・華厳宗・三論宗等は権経に依て、或は実経に同じ、或は実経を下せり。
是れ論師人師より誤りぬと見えぬ。倶舎成実は子細ある上、律宗なんどは小乗最下の宗なり。
人師より論師、権大乗より実大乗経なれば、真言宗・大日経等は未だ華厳経等に及ばず、何に況や涅槃法華経等に及ぶべしや。
而るに善無畏三蔵は、華厳・法華・大日経等の勝劣を判ずる時、理同事勝(りどうじしょう)の謬釈を作りしより已来、或はおごりをなして法華経は華厳経にも劣りなん、何に況や真言経に及ぶべしや。
或は云く、印真言のなき事は法華経に諍ふべからず。或は云く、天台宗の祖師多く真言宗を勝ると云ひ、世間の思ひも真言宗勝れたるなんめりと思へり。
日蓮此の事を計るに、人多く迷ふ事なれば委細にかんがへたるなり。
粗余処に注せり、見るべし。又志あらん人人は存生の時習ひ伝ふべし。
人の多くおもふにはおそるべからず、又時節の久近にも依るべからず、専ら経文と道理とに依るべし。
浄土宗は曇鸞(どんらん)道綽(どうしゃく)善導(ぜんどうく)より誤り多くして、多くの人人を邪見に入れけるを、日本の法然、是をうけ取て人ごとに念仏を信ぜしむるのみならず、天下の諸宗を皆失はんとするを、
叡山三千の大衆・南都興福寺・東大寺の八宗より是をせく故に、代代の国王勅宣を下し、将軍家より御教書をなしてせけどもとどまらず。弥弥繁昌して、返て主上上皇万民等にいたるまで皆信伏せり。
而るに日蓮は安房の国東条片海の石中の賎民が子なり。威徳なく、有徳のものにあらず。
なににつけてか、南都北嶺のとどめがたき天子の虎牙の制止に叶はざる念仏をふせぐべきとは思へども、経文を亀鏡と定め、天台・伝教(でんぎょう)の指南を手ににぎりて、建長五年より今年七年に至るまで、十七年が間是を責めたるに、日本国の念仏大体留り了ぬ。
眼前に是れ見えたり。又口にすてぬ人人はあれども、心計りは念仏は生死をはなるる道にはあらざりけると思ふ。禅宗以て是くの如し。一を以て万を知れ。
真言等の諸宗の誤りをだに留めん事、手ににぎりておぼゆるなり。
況や、当世の高僧真言師等は其の智牛馬にもおとり、螢火の光にもしかず、只、死せるものの手に弓箭をゆひつけ、ねごとするものに物をとふが如し。
手に印を結び、口に真言は誦すれども、其の心中には義理を弁ふる事なし。結句、慢心は山の如く高く、欲心は海よりも深し。
是は皆自ら経論の勝劣に迷ふより事起り、祖師の誤りをたださざるによるなり。
所詮、智者は八万法蔵をも習ふべし、十二部経をも学すべし。末代濁悪世の愚人は、念仏等の難行易行等をば抛て、一向に法華経の題目を南無妙法蓮華経と唱へ給ふべし。
日輪東方の空に出でさせ給へば、南浮の空皆明かなり。大光を備へ給へる故なり。螢火は未だ国土を照さず。
宝珠は懐中に持ぬれば、万物皆ふらさずと云ふ事なし。瓦石は財をふらさず。
念仏等は法華経の題目に対すれば、瓦石と宝珠と、螢火と日光との如し。我等が昧き眼を以て螢火の光を得て、物の色を弁ふべしや。
旁凡夫の叶ひがたき法は、念仏真言等の小乗権経なり。
又、我が師釈迦如来は一代聖教乃至八万法蔵の説者なり。此の娑婆無仏の世の最先に出でさせ給て、一切衆生の眼目を開き給ふ御仏なり。東西十方の諸仏菩薩も皆此の仏の教なるべし。
譬へば、皇帝已前は人、父をしらずして畜生の如し。尭王已前は四季を弁へず、牛馬の痴なるに同じかりき。
仏世に出でさせ給はざりしには、比丘比丘尼の二衆もなく、只男女二人にて候ひき。
今比丘比丘尼の真言師等、大日如来を御本尊と定めて釈迦如来を下し、念仏者等が阿弥陀仏を一向に持て釈迦如来を抛てたるも、教主釈尊の比丘比丘尼なり。元祖が誤を伝へ来るなるべし。
此の釈迦如来は三の故ましまして、他仏にかはらせ給て娑婆世界の一切衆生の有縁の仏となり給ふ。
一には、此の娑婆世界の一切衆生の世尊にておはします。阿弥陀仏は此の国の大王にはあらず。
釈迦仏は譬へば我が国の主上のごとし。先ず此の国の大王を敬て、後に他国の王をば敬ふべし。
天照太神・正八幡宮等は我が国の本主なり。迹化の後、神と顕れさせ給ふ。此の神にそむく人、此の国の主となるべからず。されば天照太神をば鏡にうつし奉て内侍所と号す。
八幡大菩薩に勅使有て物申しあはさせ給ひき。大覚世尊は我等が尊主なり、先づ御本尊と定むべし。
二には、釈迦如来は娑婆世界の一切衆生の父母なり。先づ我が父母を孝し、後に他人の父母には及ぼすべし。
例せば、周の武王は父の形を木像に造て、車にのせて戦の大将と定めて天感を蒙り、殷の紂王をうつ。
舜王は父の眼の盲たるをなげきて涙をながし、手をもつてのごひしかば本のごとく眼あきにけり。
此の仏も又是くの如く、我等衆生の眼をば開仏知見とは開き給ひしか。いまだ他仏は開き給はず。
三には、此の仏は娑婆世界の一切衆生の本師なり。此の仏は賢劫第九、人寿百歳の時、中天竺浄飯大王の御子、十九にして出家し、三十にして成道し、五十余年が間一代聖教を説き、八十にして御入滅、舎利を留めて一切衆生を正像末に救ひ給ふ。
阿弥陀如来・薬師仏・大日等は、他土の仏にして此の世界の世尊にてはましまさず。
此の娑婆世界は十方世界の中の最下の処、譬へば此の国土の中の獄門の如し。
十方世界の中の十悪五逆誹謗正法(ひぼうしょうほう)の重罪逆罪の者を諸仏如来擯出し給ひしを、釈迦如来此の土にあつめ給ふ。
三悪並に無間大城に堕て、其の苦をつぐのひて人中天上には生れたれども、其の罪の余残ありてややもすれば正法を謗じ、智者を罵り罪つくりやすし。
例せば、身子は阿羅漢なれども瞋恚のけしきあり。畢陵は見思を断ぜしかども慢心の形みゆ。難陀は婬欲を断じても女人に交る心あり。煩悩を断じたれども余残あり。何に況や凡夫にをいてをや。
されば釈迦如来の御名をば能忍(のうにん)と名けて此の土に入り給ふに、一切衆生の誹謗をとがめずよく忍び給ふ故なり。此等の秘術は他仏のかけ給へるところなり。
阿弥陀仏等の諸仏世尊悲願をおこさせ給て、心にははぢをおぼしめして、還て此の界にかよひ、四十八願十二大願なんどは起させ給ふなるべし。観世音等の他土の菩薩も亦復是くの如し。
仏には常平等の時は一切諸仏は差別なけれども、常差別の時は各各に十方世界に土をしめて有縁無縁を分ち給ふ。
大通智勝仏の十六王子、十方に土をしめて一一に我が弟子を救ひ給ふ。
其の中に釈迦如来は此土に当り給ふ。我等衆生も又生を娑婆世界に受けぬ。
いかにも釈迦如来の教化をばはなるべからず。而りといへども人皆是を知らず。
委く尋ねあきらめば、唯我一人能為救護と申して釈迦如来の御手を離るべからず。
而れば此の土の一切衆生生死を厭ひ、御本尊を崇めんとおぼしめさば、必ず先ず釈尊を木画の像に顕はして御本尊と定めさせ給て、其の後力おはしまさば、弥陀等の他仏にも及ぶべし。
然るを当世聖行なき此の土の人人の仏をつくりかかせ給ふに、先ず他仏をさきとするは、其の仏の御本意にも釈迦如来の御本意にも叶ふべからざる上、世間の礼儀にもはづれて候。
されば優填大王の赤栴檀いまだ他仏をばきざませ給はず、千塔王の画像も釈迦如来なり。
而るを諸大乗経による人人、我が所依の経経を諸経に勝れたりと思ふ故に、教主釈尊をば次さまにし給ふ。
一切の真言師は大日経は諸経に勝れたりと思ふ故に、此の経に詮とする大日如来を我等が有縁の仏と思ひ、念仏者等は観経等を信ずる故に阿弥陀仏を娑婆有縁の仏と思ふ。
当世はことに善導(ぜんどうく)法然等が邪義を正義と思て浄土の三部経を指南とする故に、十造る寺は八九は阿弥陀仏を本尊とす。
在家出家・一家十家・百家千家にいたるまで持仏堂の仏は阿弥陀なり。其の外木画の像一家に千仏万仏まします。大旨は阿弥陀仏なり。
而るに当世の智者とおぼしき人人、是を見てわざはひとは思はずして我が意に相叶ふ故に只称美讃歎の心のみあり。
只、一向悪人にして因果の道理をも弁へず、一仏をも持たざる者は還て失なきへんもありぬべし。
我等が父母・世尊は主師親の三徳を備へて、一切の仏に擯出せられたる我等を、唯我一人能為救護とはげませ給ふ。
其の恩大海よりも深し、其の恩大地よりも厚し、其の恩虚空よりも広し。
二つの眼をぬいて仏前に空の星の数備ふとも、身の皮を剥いで百千万天井にはるとも、涙を閼伽の水として千万億劫仏前に花を備ふとも、身の肉血を無量劫仏前に山の如く積み、大海の如く湛ふとも、此の仏の一分の御恩を報じ尽しがたし。
而るを当世の僻見の学者等、設ひ八万法蔵を極め、十二部経を諳んじ、大小の戒品を堅く持ち給ふ智者なりとも、此の道理に背かば悪道を免るべからずと思食すべし。
例せば善無畏三蔵は真言宗の元祖、烏萇奈国の大王仏種王の太子なり。教主釈尊は十九にして出家し給ひき。
此の三蔵は十三にして位を捨て、月氏七十箇国九万里を歩き回て諸経諸論諸宗を習ひ伝へ、北天竺金粟王の塔の下にして天に仰ぎ祈請を致し給へるに、虚空の中に大日如来を中央として胎蔵界の曼荼羅顕れさせ給ふ。
慈悲の余り、此の正法を辺土に弘めんと思食して漢土に入り給ひ、玄宗皇帝に秘法を授け奉り、旱魃の時雨の祈をし給ひしかば、三日が内に天より雨ふりしなり。
此の三蔵は千二百余尊の種子尊形三摩耶一事もくもりなし。当世の東寺等の一切の真言宗一人も此の御弟子に非るはなし。
而るに此の三蔵一時に頓死ありき。数多の獄卒来て鉄縄七すぢ懸けたてまつり、閻魔王宮に而る。
此の事第一の不審なり。いかなる罪あつて此の責に値ひ給ひけるやらん。
今生は十悪は有りもやすらん、五逆罪は造らず。過去を尋ぬれば、大国の王となり給ふ事を勘ふるに、十善戒を堅く持ち五百の仏陀に仕へ給ふなり。何の罪かあらん。
其の上、十三にして位を捨て出家し給ひき。閻浮第一の菩提心なるべし。過去現在の軽重の罪も滅すらん。
其の上、月氏に流布する所の経論諸宗を習ひ極め給ひしなり。何の罪か消えざらん。
又真言密教は他に異なる法なるべし。一印一真言なれども手に結び、口に誦すれば、三世の重罪も滅せずと云ふことなし。
無量倶低劫の間作る所の衆の罪障も、此の曼荼羅を見れば一時に皆消滅すとこそ申し候へ。
況や此の三蔵は千二百余尊の印真言を諳に浮べ、即身成仏の観道鏡に懸り、両部灌頂の御時大日覚王となり給ひき。如何にして閻魔の責に予り給ひけるやらん。
日蓮は顕密二道の中に勝れさせ給て、我等易易と生死を離るべき教に入らんと思ひ候て、真言の秘教をあらあら習ひ、此の事を尋ね勘ふるに、一人として答をする人なし。
此の人悪道を免れずば、当世の一切の真言並に一印一真言の道俗、三悪道の罪を免るべきや。
日蓮此の事を委く勘ふるに、二つの失有て閻魔王の責に予り給へり。
一つには、大日経は法華経に劣るのみに非ず、涅槃経・華厳経・般若経等にも及ばざる経にて候を、法華経に勝れたりとする謗法の失なり。
二つには、大日如来は釈尊の分身なり。而るを大日如来は教主釈尊に勝れたりと思ひし僻見なり。
此の謗法の罪は無量劫の間、千二百余尊の法を行ずとも悪道を免るべからず。
此の三蔵此の失免れ難き故に、諸尊の印真言を作せども叶はざりしかば、法華経第二譬喩品の今此三界皆是我有其中衆生(ごちゅうしゅじょう)悉是吾子(しつぜごし)而今此処多諸患難唯我一人能為救護の文を唱へて、鉄の縄を免れさせ給ひき。
而るに善無畏已後の真言師等は、大日経は一切経に勝るるのみに非ず、法華経に超過せり。
或は法華経は華厳経にも劣るなんど申す人もあり、此等は人は異なれども其の謗法の罪は同じきか。
又、善無畏三蔵法華経と大日経と大事とすべしと深理をば同ぜさせ給ひしかども、印と真言とは法華経は大日経に劣りけるとおぼせし僻見計りなり。
其の已後の真言師等は大事の理をも法華経は劣れりと思へり。印真言は又申すに及ばず、謗法の罪遥にかさみたり。
閻魔の責にて堕獄の苦を延ぶべしとも見えず、直に阿鼻の炎をや招くらん。
大日経には本一念三千の深理なし。此の理は法華経に限るべし。
善無畏三蔵、天台大師の法華経の深理を読み出でさせ給ひしを盗み取て大日経に入れ、法華経の荘厳として説かれて候大日経の印真言を彼の経の得分と思へり。
理も同じと申すは僻見なり。真言印契を得分と思ふも邪見なり。
譬へば人の下人の六根は主の物なるべし、而るを我が財と思ふ故に多くの失出で来る。
此の譬を以て諸経を解るべし。劣る経に説く法門は勝れたる経の得分と成るべきなり。
而るを日蓮は安房の国東条の郷清澄山の住人なり。幼少の時より虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)に願を立てて云く、日本第一の智者となし給へと云云。
虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)眼前に高僧とならせ給て明星の如くなる智恵の宝珠を授けさせ給ひき。
其のしるしにや、日本国の八宗並に禅宗念仏宗等の大綱粗伺ひ侍りぬ。
殊には建長五年の比より今七年に至るまで、此の十六七年の間、禅宗と念仏宗とを難ずる故に、禅宗念仏宗の学者蜂の如く起り、雲の如く集る。是をつむる事一言二言には過ぎず。
結句は天台・真言等の学者、自宗の廃立を習ひ失て我が心と他宗に同じ、在家の信をなせる事なれば、彼の邪見の宗を扶けんが為に天台・真言は念仏宗禅宗に等しと料簡しなして日蓮を破するなり。
此れは日蓮を破する様なれども、我と天台・真言等を失ふ者なるべし。能く能く恥ずべき事なり。
此の諸経・諸論・諸宗の失を弁ふる事は虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)の御利生、本師道善御房の御恩なるべし。
亀魚すら恩を報ずる事あり、何に況や人倫をや。此の恩を報ぜんが為に清澄山に於て仏法を弘め、道善御房を導き奉らんと欲す。
而るに此の人愚痴におはする上念仏者なり、三悪道を免るべしとも見えず。而も又日蓮が教訓を用ふべき人にあらず。
然れども、元年十一月十四日西条華房の僧坊にして見参に入りし時、彼の人の云く、我智恵なければ請用の望もなし、年老ていらへなければ念仏の名僧をも立てず、世間に弘まる事なれば唯南無阿弥陀仏と申す計りなり。
又、我が心より起らざれども事の縁有て、阿弥陀仏を五体まで作り奉る。是れ又過去の宿習なるべし。此の科に依て地獄に堕つべきや等云云。
爾時に日蓮意に念はく、別して中違ひまいらする事無けれども、東条左衛門入道蓮智が事に依て此の十余年の間は見奉らず。但し中不和なるが如し。
穏便の義を存じおだやかに申す事こそ礼義なれとは思ひしかども、生死界の習ひ、老少不定なり、又二度見参の事難かるべし。
此の人の兄道義房義尚此の人に向て無間地獄に堕つべき人と申して有りしが、臨終思ふ様にもましまさざりけるやらん。
此の人も又しかるべしと哀れに思ひし故に、思ひ切て強強に申したりき。阿弥陀仏を五体作り給へるは五度無間地獄に堕ち給ふべし。
其の故は正直捨方便の法華経に、釈迦如来は我等が親父阿弥陀仏は伯父と説かせ給ふ。
我が伯父をば五体まで作り供養せさせ給て、親父をば一体も造り給はざりけるは、豈不孝の人に非ずや。
中中山人海人なんどが、東西をしらず一善をも修せざる者は、還て罪浅き者なるべし。
当世の道心者が後世を願ふとも、法華経釈迦仏をば打ち捨て、阿弥陀仏念仏なんどを念念に捨て申さざるはいかがあるべかるらん。
打ち見る処は善人とは見えたれども、親を捨てて他人につく失免るべしとは見えず。
一向悪人はいまだ仏法に帰せず、釈迦仏を捨て奉る失も見えず、縁有て信ずる辺もや有らんずらん。
善導(ぜんどうく)法然並に当世の学者等が邪義に就て、阿弥陀仏を本尊として一向に念仏を申す人人は、多生広劫をふるとも、此の邪見を翻へして釈迦仏法華経に帰すべしとは見えず。
されば双林最後の涅槃経に、十悪五逆よりも過ておそろしき者を出ださせ給ふに、謗法闡提と申して二百五十戒を持ち、三衣一鉢を身に纏へる智者共の中にこそ有るべしと見え侍れと、こまごまと申して候ひしかば、此の人もこころえずげに思ておはしき。
傍座の人人もこころえずげにをもはれしかども、其の後承りしに、法華経を持たるるの由承りしかば、此の人邪見を翻し給ふか、善人に成り給ひぬと悦び思ひ候処に、又此の釈迦仏を造らせ給ふ事申す計りなし。
当座には強なる様に有りしかども、法華経の文のままに説き候ひしかば、かうおれさせ給へり。忠言耳に逆らい良薬口に苦しと申す事は是なり。
今既に日蓮、師の恩を報ず。定めて仏神納受し給はんか。各各此の由を道善房に申し聞かせ給ふべし。
仮令強言なれども、人をたすくれば実語・軟語なるべし。設ひ軟語なれども、人を損ずるは妄語・強言なり。
当世学匠等の法門は、軟語・実語と人人は思食したれども皆強言・妄語なり。仏の本意たる法華経に背く故なるべし。
日蓮が念仏申す者は無間地獄に堕つべし、禅宗真言宗も又謬の宗なりなんど申し候は、強言とは思食すとも実語軟語なるべし。
例せば此の道善御房の法華経を迎へ、釈迦仏を造らせ給ふ事は日蓮が強言より起る。日本国の一切衆生も亦復是くの如し。
当世此の十余年已前は一向念仏者にて候ひしが、十人が一二人は一向に南無妙法蓮華経と唱へ、二三人は両方になり。又一向念仏申す人も疑をなす故に、心中に法華経を信じ又釈迦仏を書き造り奉る。
是れ亦日蓮が強言より起る。譬へば栴檀は伊蘭(いらん)より生じ、蓮華は泥より出でたり。
而るに念仏は無間地獄に堕つると申せば、当世牛馬の如くなる智者どもが日蓮が法門を仮染にも毀るは、糞犬が師子王をほへ、痴猿が帝釈を笑ふに似たり。
七年  日蓮花押 
義浄房浄顕房 

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