上野殿御返事
| 上野殿御返事弘安二年正月三日の概要 【弘安二年正月三日、南条時光、聖寿五十七歳、真筆断存】 餅九十枚･薯蕷五十本、わざと御使を以て正月三日未の時に、駿河国富士郡上野郷より甲州波木井の郷身延山のほら(洞)へおくりたびて候。 夫れ海辺には木を財とし、山中には塩を財とす。旱魃には水を財とし、闇中には灯を財とす。 女人は夫を財とし、夫は女人を命とす。王は民を親とし、民は食を天とす。 此の両三箇年は日本国の中に、大疫起て人半分減じて候か。去年の七月より大なるけかち(飢渇)にて、里市とをき無縁の者と山中の僧等は命存しがたし。 其の上、日蓮は法華経誹謗の国に生れて威音王仏の末法の不軽菩薩の如し。将又歓喜増益仏の末の覚徳比丘の如し。 王もにくみ民もあだむ。衣もうすく食もとぼし。布衣はにしきの如し。草葉をば甘露と思ふ。 其の上、去年の十一月より雪つもりて山里路たえぬ。年返れども鳥の声ならではをとづるる人なし。 友にあらずばたれか問ふべきと、心ぼそくて過し候処に、元三の内に十字九十枚、満月の如し。 心中もあきらかに、生死のやみもはれぬべし。あはれなりあはれなり。 こうへのどの(故上野殿)をこそ、いろ(色)あるをとこ(男)と人は申せしに、其の御子なればくれない(紅)のこきよしをつたへ給へるか。 あい(藍)よりもあをく、水よりもつめたき氷かなと、ありがたしありがたし。恐恐謹言。 正月三日 日蓮花押 上野殿御返事 |