報恩抄送文

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報恩抄送文の概要

                                【建長二年七月二十六日、聖寿】 
御状給はり候ひ畢ぬ。親疎と無く法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ。御心得候へ。御本尊図して進候。
此の法華経は仏の在世よりも仏の滅後、正法よりも像法、像法よりも末法の初には次第に怨敵強くなるべき由をだにも御心へあるならば、日本国に是より外に法華経の行者なし。これを皆人存じ候ぬべし。
道善御房の御死去の由、去る月粗承はり候。自身早早と参上し、此の御房をもやがてつかはすべきにて候しが、自身は内心は存ぜずといへども、人目には遁世のやうに見えて候へば、なにとなく此の山を出でず候。
此の御房は又内内人の申し候しは宗論やあらんずらんと申せしゆへに、十方にわかて経論等を尋ねしゆへに、国国の寺寺へ人をあまたつかはして候に、此の御房はするがの国へつかはして当時こそ来て候へ。
又此の文は随分大事の大事どもをかきて候ぞ。詮なからん人人にきかせなばあしかりぬべく候。
又設ひさなくとも、あまたになり候はばほかさまにもきこえ候なば、御ため、又このため、安穏ならず候はんか。
御まへと義成房と二人、此の御房をよみてとして、嵩がもりの頂にて二三遍、又故道善御房の御はかにて一遍よませさせ給ては、此の御房にあづけさせ給てつねに御聴聞候へ。たびたびになり候ならば、心づかせ給ふ事候なむ。恐恐謹言。

七月二十六日                                        日蓮花押 
清澄御房 

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