撰時抄の概要

 本抄はその題号が示すように、今末法の始めの五百年は白法が隠没し、上行等地涌千界によって『法華経』の要法妙法五字が広宣流布するときであることが示されている。内容的には前後二段に分けることができる。すなわち前段は時について詳述され、今末法の始めの五百年という時に、地涌千界が出現して妙法五字が流布されることが示され、後段はその一大事の秘法の内実を、諸宗との比較から明らかにされ、更に台当異目の立場から本門『寿量品』の題目が示され、それを今日蓮が日本国に建立することが示されている。第一に前段の論旨を示せば、先ず仏法の内実及び流布等の如何を知るには、時を知ることが肝要であり、機根その他はそれに付随するものであることが示される。これは佐前 番号23「唱法華題目抄」から 番号145「法華取要抄」に至るまで、機根を中心にしてきたことと相違している。 

 もっとも「観心本尊抄」以来、末法の始めの五百年に上行菩薩が出現して本門本尊が建立されると宣言された時点で、時を基点として法門が建立されることは必然であったといえるであろう。さて、そこで末法の始めの五百年という「時」における弘教は摂受ではなく、『勧持品』『不軽品』の如く強いて説く折伏を用いるべきことが示される。また、その「時」は『大集経』の第五の五百歳にあたり、白法が隠没し『法華経』の肝心たる南無妙法蓮華経の大白法が広宣流布する時であるとし、その前兆として天変地夭が起こり、法華経の行者が国主を諫暁しても用いざれば、諸天が隣国に仰せつけて此国を襲い前代未聞の大闘諍が起こり、終には『法華経』を用いることになるであろうと述べられる。

 更に『法華経』の流布は在世八年と滅後末法の始めの五百年であって(「観心本尊抄」の「在世本門末法之初一同純円也。但彼脱此種也。」を思い合わすべし)、その『法華経』流布の時に生まれあわせたことは大果報であって、正像の大王よりも末法の民・癩人は勝れるとされている。因みに身延本「撰時抄」では「末法に入ても五百年すきなハ、又権機なるべきか。唯像法の後末代の始五百年計こそ純円の機にてハ候へけに候へ。」とあって(『日蓮聖人真蹟の形態と伝来』296頁)、純円の機は「末法の始めの五百年」という考え方に立たれていたことがわかる。そして、末法正機を具体的に示すために三時弘教の次第が順次詳説される。特に注意すべきは像法の天台と伝教との勝劣で、両者は同じく像法の法華経の行者であるが、天台は円定円恵を説いたのに対し伝教は円戒を建立した点において勝れる聖人であるとしている。

 これは「曾谷入道殿許御書」に既に述べられるところである。しかし、末法に入ればそれらは総て隠没し、南無妙法蓮華経の五字七字が上行菩薩等の地涌千界により広宣流布されるとし、台当異目が示される。第二に後段は前段を受け継ぎ、しからばその天台伝教が未だ弘通せざる最大深秘の正法とは如何との問が設けられる。その答えの前提として「三の大事」とてまず浄土宗・禅宗・真言宗が破折され、次でそれらより最大の悪事として、それらを許す叡山天台宗の破折がなされる。
 
 すなわち慈覚大師は理同事勝をもって『法華経』を下し真言宗の方人となり、安然和尚は『教時諍論』に「真言第一・禅宗第二・法華第三・華厳第四」といったために禅宗が蔓延り、恵心僧都が『往生要集』を著すことによって浄土宗を生むことになったとし、彼らを「伝教大師の師子の身の中の三虫」であるとしている。恵心の破折はこれをもって嚆矢とする。そして法華経の行者たる日蓮は、これらの邪義を道理・証文そして現証において指摘し、不軽菩薩の如く忍難弘教する故に、彼の像法の時代に権大乗の題目(阿弥陀の名目)が広宣流布したように、南無妙法蓮華経の広宣流布も疑いないとの確信が述べられる。具体的にいえば、天変地夭・蒙古襲来はその前兆であり、

 これは一往は嘆きであるが、その責から逃れるために上下万民が『法華経』に帰依し日蓮に帰依することを思えばかえって喜ぶべきであるとしている。次に「立正安国論」の上申、文永八年九月十二日の逮捕の時、そして文永十一年四月八日の平左衛門との会見、以上を三度の高名といわれ、その時々に示した予言が的中しているのはすべて経による故であり、日本国の上下万民がこれを用いず大難をもって応じ続けるならば、必ず相応の現証が起きるであろうとし、我が門弟はこのことをよく心得て、不軽菩薩の如く身命を賭して随力弘通せよ、 しからば必ず諸天の加護を蒙るであろうと激励され本抄は終っている。

 因みに後段冒頭に天台伝教が弘通せざる最大深秘の正法につき、「問、いかなる秘法ぞ。先名をきき、次に義をきかんとをもう。」との設問があるが、諸宗破折の後に「寿量品の南無妙法蓮華経」とあるぐらいで、明確な答えは示されていない。恐らくそれは直後の(本抄は建治二年に添削されている)建治二年七月の「報恩抄」に示されたものと思われ、その点で両者は姉妹編といえるであろう。